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名もないテクノ手 このページをアンテナに追加 RSSフィード

EPUB版『InDesign者のための正規表現入門』

InDesignのTips一覧

2008-10-18

[][][]ターミナル<->Finderのやりとり

ターミナルでごにょごにょしているとき、カレントディレクトリをFinderで表示したい時ってありませんか? MacOSX固有のコマンドになってしまいますが、こんな感じでさくっとフォルダが開きます。

$ open `pwd`

ちなみに、openコマンドはアプリケーションを指定してファイルを開くことも可能です。MacWiki - コマンド/openが詳しいかな。この説明はやや古いみたいなので、manページも参照してください。

fcd

上記のような場合の逆として、Finder上でごにょごにょしているときに、最前面のフォルダーをターミナルのカレントディレクトリにしたいときがあります。わたしはいままで、ターミナル上で「cd 」とタイプして、Finderからドラッグ&ドロップしていました。

だがしかし、fcdを導入すればターミナル上で「fcd」とタイプするだけで、最前面のフォルダーをターミナルのカレントディレクトリになります。おー、便利。

f:id:seuzo:20081018160801p:image

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fcdはScript factoryのTetsuro KURITAさんがターミナル用に書かれたスクリプトです。

インストール、使い方、ダウンロードはこちらから。

http://www.script-factory.net/software/terminal/fcd/index.html

2008-06-15

[][][]枯れて候

過日、印刷会社さまにPDF入稿した時、「InDesign CS2までなんです。CS3は勘弁して欲しい」と言われた。「なんでやねん!」と言いたい気持ちをぐっと押し殺して、わたしも少し大人になった気分だ。


「アプリケーションは枯れている方がいい」という言説がある。わたしはその意味する所は理解しているつもりだけれど、現実的にわたしたちの身の回りにある(仕事に使われる)商業的なプロダクトにはこの法則は当てはまらない。

こんな言葉をよく耳にする。「やっぱりInDesignはCSぐらいが安定していていいよ」「Illustratorは8が最終バージョンでしょ」

うーん、まあ何を使ってもいいんだけどね。こう断言する根拠がわからないのだ。だから月並みに「枯れているからいい」と漠然と思ってるんじゃないかと想像しよう。


そもそも「枯れているからいい」法則は古い口伝の経験則だ。これを否定するつもりはまったくない。なぜ「枯れているからいい」のか、少しおさらいしておく。

Eric S. Raymondのオープンソース三部作のひとつ「伽藍とバザール」に、「はやめのリリース、しょっちゅうリリース」という節がある。

http://cruel.org/freeware/cathedral.html#4

これは(オープンソースでの)プロダクトの品質が高まる過程で、十分な目玉(テスター)によってバグが発見され続けるフェーズを指している。こうしたフェーズを経ることで「バザール方式」は「伽藍方式」よりも品質が高まるという論調だ。

つまり、開発バージョンで徹底的にバグフィックスを行うことで、安定板の品質を担保していると言える。Unixアプリケーションの多くはこうした時間を経て(多くの目玉によって十分に検討されて)、「枯れている」という評価を得ることになる。

現在もこうした方法が取れているのは、やはり「バザール方式」でしかない。「伽藍方式」では、密室裏に(少ない目玉で)開発された「製品」を唯々諾々として「使わせていただく」ほか手だてがないのだ。つまり、現在のAdobe製品をはじめとする商業的プロダクトは「枯れている」状態にはならない。決して。


たしかに、リリースされたばかりの製品は未知のバグを纏っている。そりゃあ、そうだ。だって初めて多くの目玉に晒されるのだから。そしていくつかのドットリリースを経て、ようやく仕事の道具として安心して使えるようになる。

それでもバグは残る。枯れないのだから。残ったバグはどうなるか? 単にそのメジャーバージョンでは放置されるだけだ。そして時期バージョンでこっそり修正されている。

アドビサポートデータベースで、「製品名→InDesign」「バージョン→CS2」「プラットフォーム→すべてのプラットフォーム」「質問カテゴリ→製品トラブル」「文書更新日→すべて」「検索窓→空欄」で検索すると、115件がヒットする(本日現在)。そのうち、CS3のチェックがついたものが20件になっている。単純計算なのだが、約83%の不具合がCS2に放置されていることになる。これは数字のマジックかもしれないが、数字になっている分だけ想像や恣意的なバイアスを退けている。

こうしたアドビのバグフィックス状況に対して、異議申し立てをしているわけではない。それは「伽藍方式」の宿命であるし、わたしたちが「使わせていただいている」のは変わらないのだから。本質的な「異議申し立て」は、別モデルを打ち立てることに他ならない。

アドビシステムズの「アドビサポートデータベース」は、こうしたトラブル情報を公開しているという分だけ良心的とさえ言える。だって、昔使っていた「QXなんとか」なんていう製品は、いかに不具合情報を隠すかってことに東奔西走していたのだから。


「古いアプリケーションは公知の不具合が多い」という意見もあるだろう。情報が多いってやつ。これもほんとにそうなんだろうか? と疑問を抱かざるを得ない。ここにはひとつの誤解があるように思う。情報は常に蓄積されつづけて減らない、っていう誤解。

情報は永遠に変わらないURIにとどまっていない。情報の書かれたブログはやがて閉じられ、サイトは移動する。たとえば、QXなんとかの情報が最も蓄積していたのはニフティサーブのフォーラムだったが、既に一意のURIを失っている。わたし個人のサイトでさえ、すでにQXなんとかの情報を排除して久しい。

ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、 久しくとどまりたる例しなし。(方丈記)


モリサワのOCFやQXなんとかの要ドングルなどを例に挙げるまでもなく、古い環境を維持するリスクは高い。アドビ製品にしても、2バージョン以上古い製品からのバージョンアップなできないなどのコスト上昇問題もある。いままで論じてきた通り、商業的プロダクトが「枯れていない」のも自明だ。

なのになぜ、そんなにこだわるのか? わたしがInDesign CS3を使うのを許してくれないほどに。

種々いたずらに文字数を浪費してきたが、すべてはこの4文字の前に屈する。「こだわり」。高リスクも高コストも高不具合も無力だ。金をかけて危ない橋をわざわざ渡るのは、それがこだわりだから。う〜ん、マンダム。

「執着を捨てよ」とゴータマも言っていたよ。あ、俺のことか。やぶへび。