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2011-01-29

[][]東洋の哲学を語る2

池田 「法華経シルクロード」展が民衆に開かれているところに、博士が注目されたことはさすがです。わが意を得た思いです。

 「法華経」そのものが語るように、この経典は一切衆生、すなわち全民衆に開かれた経典です。「すべての人間のため」の経典であり、その「自立」のための経典です。

 それゆえ、私は、誰よりも「法華経」を実践し、最も深い生命の次元で理解している学会員の一人ひとりに見ていただきたかったのです。

 その心を博士はご理解くださっている。「法華経」が説かれた意義の核心をつかまれている。大変、うれしく思います。

 ところが、、インドでは残念ながら、やがて仏教が衰退していった。その理由として、仏教が観念的ものとしてとらえられ、民衆から遊離したという説がありますが、博士はどのように考えられますか。


チャンドラ インドでは、仏教は主として哲学的な機能にとどまりました。僧院での学問としての位置にあり、それは古代の仏教大学なのですが、仏教自体が限られた一部の上流階級のものになってしまいました。

 インドでは、イスラムの侵入によって仏教が滅んだわけですが、それは、王宮よりも僧院が、物質的に非常に豊かであったことを知っていた侵入者(イスラム)が、破壊したからです。当時のインド仏教は僧院仏教であり、僧院を破壊することが、すなわち仏教を破壊することになったわけです。


池田 非常に考えさせられる話です。もし、仏教が民衆の心をつかんでいれば、たとえ建物が壊されても、仏教は滅ぼされることはなかったでしょう。宗教にとって不可欠なのは、形としてではなく、精神性として人々の心に流れているかどうかなのです。

 貴国のネルー初代首相は、仏教滅亡の理由に、釈尊の神格化を挙げています。本来、「人間の生き方」を身をもって説いた釈尊が、人間を超えた“神”のように権威化されたために、仏教は滅んだというのです。いわば、「仏」とは尊敬する対象であっても、人々が「その生き方に続く」という存在ではなくなってしまったのです。それに対して、日蓮大聖人は、人間の実生活から遊離した仏教を人間に取り戻すことを教えられたのです。

 私たちが行っている仏教運動も、釈尊や大聖人の歩んだ「人間の道」を受け継ぐものであり、そのために、仏を権威化して人間を手段にしていくものとは、徹して戦うのです。

 釈尊も、日蓮大聖人も、人間を隷属させようとする悪の権威と戦いました。それが「人間の道」です。人間を、人間たらしめる道です。仏の心は、そこにしかないのです。


「自立」簡単なようでしい。

自立した一人一人が「異体同心の団結」で戦うところに信仰の醍醐味があるのだが、「自立」=「勝手(わがまま)」とはき違えてしまう場合も多い。

哲学が浅いと軽くとらえてしまうのだと思います。

だからこそ信心は「教学」が大事。

師の指導とともにしっかり学び、思索し自身の生命哲学として生命に刻んでいくことが「自立」に繋がっていく。

当然「信・行・学」ですから、まず実践がないと深まりませんね。

まさに、人は人の中で磨かれていくわけです。


仕事と同じでまずやってみないとわからない。最初は教えてもらいながら、いろいろ苦労したり悩んだりしながら、仕事の喜びを知っていく。その上で、必要な「資格」をとるために勉強したり挑戦したりします。で、経験の中から「労働の哲学」ともいうべきものをつかんでいく。

仕事に対しての姿勢が確立されると「働く喜び」が生まれてくる。

まあ、日本人は働きすぎというところもありますが……。


古代インドと時代が全然違うので、一概には言えないが、宗教が民衆から遊離し「特別化」「権威化」していくと衰退して行くのでしょうね。

中国で仏教が衰退していったのも同じような背景だと思う。


組織の中で「目前」の戦いに追われているとなかなか感じることはできないが、創価学会という団体は信仰を根本に偉大なる「民衆運動」「平和運動」を実践している。

大事なのは幹部だ。幹部が「権威化」「官僚化」すると現場は大変です。

最近では、「きれいな言葉で」メンバーを「隷属」させようとする幹部も多い。

抜苦与楽」ではなく「抜楽与苦」な指導をしたりする。

しかも本人は「意識していない」「わかっていない」ので始末が悪い。説明しても理解できないのだ。「やらせたら福運がつくのだから」てな感じだ。

そんな戦いが必要な時もあるが、それは個別で指導激励していくものだ。


何のための新聞啓蒙?

何のための文化運動?

何のための法戦?

この「何のため」が分からない、「何のため」を語らない幹部はいない方がいい。

最前線のメンバーが喜んで戦えるように、励ましの風、勇気の風、喜びの風を送っていくのが幹部の使命だ。

おかしな幹部がいるところは「心あるメンバー」が防波堤になればいい。

そのための組織だ。

皆に信頼される、確固たる防波堤を目指し日々挑戦していきたい。

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