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英文学をゼロから学ぶ

2018-04-20

イギリス文学史I(第4回)『アーサー王の死』

マロリーについて

15世紀の散文で最も有名なのは、サー・トマス・マロリー(Sir Thomas Malory, 1406?-1471)の『アーサー王の死』(Le Morte d'Arthur, 1467-70)です。

『アーサー王の死』は、いわゆる「騎士道物語」に位置付けられます。

「騎士道物語」とは何か。

僕の手元にある高校世界史の教科書(『詳説世界史』)から引用してみましょう。

学問にラテン語がもちいられたのに対し、口語(俗語)で表現された中世文学の代表が騎士道物語である。騎士は西欧中世の人間の理想像で、武勇と主君への忠誠、神への信仰、女性・弱者の保護などを重視する彼らの道徳が騎士道である。このような騎士の武勲や恋愛をテーマにした文学作品として、『ローランの歌』や『ニーベルンゲンの歌』『アーサー王物語』などが知られている。また、おもに宮廷をめぐり歩いて騎士の恋愛を叙情詩にうたったのが吟遊詩人であり、その最盛期は12世紀であった。

マロリーは、古くからイギリスに伝わり、広くヨーロッパ大陸にも流布していたものの、断片的な挿話に過ぎなかったアーサー王伝説を集大成しました。

アーサー王伝説(the Arthurian legends)については、『イギリス文学の歴史』(開拓社)に、次のようにまとめられています。

アーサー王は、伝説的な王であるが、ケルト人の族長で、6世紀ごろ、ローマ軍がイギリスを撤退したのち、侵入して来たアングロ・サクソン人に抵抗した実在の人物であったかも知れない。アーサー王を中心にして、多くの伝説が集められているが、その中には、アーサー王の誕生、その武勇と功績、そして死、王の部下の12人の「円卓の騎士」(The Knights of the Round Table)の活躍、騎士ラーンスロットのアーサー王の妃ギネヴィアに対する愛情と献身、トリストラムとイゾルデとの恋物語、騎士たちが聖杯(Holy Grail:キリストが最後の晩餐のとき用いたといわれる)を探求する物語、などが含まれている。(参考:円卓(Round Table) ギネヴィアが、アーサーと結婚するとき、彼女の父王が、贈物として家宝の「円卓」と100人の騎士を与えた。このテーブルには、150人が坐れた。円形であるため、席の上下の区別がないので、席次争いがなくなった。今日の「円卓会議」(round-table conference)方式も、この考え方から出ている。)

それでは、『アーサー王の死』の著者サー・トマス・マロリーについてまとめられた箇所を、『はじめて学ぶイギリス文学史』(ミネルヴァ書房)から引いてみましょう。

著述家。ウォリックシャの旧家の出身で、祖先の領地を継いだ。放埓な生活を送り、たびたび重罪を犯したかどで告発され、投獄される。一時期、保釈され、ウォリックシャの代議士として議会に選出されたが、再投獄され、獄死した。ここにあげた『アーサー王の死』は、彼の最後の獄中生活で書かれたものといわれている。

この作品は、フランス語のアーサー王伝説や英語の頭韻詩、『アーサー王の死』(Morte Arthure)をもとに書かれた。創作後、約15年たってから、キャクストン(William Caxton, 1422?-91)によって、題名がつけられ、編集、印刷、刊行されたものである。今世紀はじめまで、キャクストン版(1485年)が、唯一の資料であったが、1930年代に古い写本がウィンチェスター大学で発見された。

内容は、アーサー王を中心とする円卓の騎士たちの物語で、中世騎士道精神をよく伝えるものである。歯切れよく、明解な文章で、アーサー王の生涯を軸としたさまざまな出来事が、情趣豊かに描出されており、散文では、15世紀最大の作品といわれている。

『アーサー王の死』について

上の引用の中に出て来るウィリアム・キャクストンは、イギリス最初の印刷業者で、大陸から印刷術を導入して、約80冊の本を出版しました。

その中には、チョーサーの『カンタベリー物語』やマロリーの『アーサー王の死』が含まれています。

『アーサー王の死』というタイトルを付けたのもキャクストンですね。

キャクストン版の『アーサー王の死』には、彼による「序文」が付けられているので、その内容を簡単にまとめてみましょう(訳文は、ちくま文庫版より)。

それによると、アーサー王は歴史上の九大偉人の一人であり、しかも、その内3人いるキリスト教徒の筆頭なのだそうです。

キャクストン自身は、アーサー王の実在を信じてはいません。

しかし、彼の実在を主張する高貴な方々の強い要請で、この『アーサー王の死』を印刷したとあります。

基になったのは、「トマス・マロリー卿がフランス語の数冊の書物から選び、英語に翻訳した写本」なのだそうです。

キャクストンは、本作を印刷した目的は、「高貴な方々が、騎士道の華々しいわざや、当時の一部の騎士たちがならいとした君子らしい有徳の行為をお読みになって、学ぶことがおできになるように」と言っています。

また、「暇つぶしにお読みになっても、結構この本は面白いと思います」とも。

彼は、この膨大な物語を、21巻、507章に分けました。

各巻の内容は以下の通り。

第1巻…ウーゼル・ペンドラゴンが気高い征服者アーサー王をもうけた次第を扱う。

第2巻…気高い騎士バランを扱う。

第3巻…アーサー王とグウィネヴィア王妃の結婚、その他を扱う。

第4巻…マーリンうつつをぬかすこと。アーサー王が挑まれた戦さのこと。

第5巻…ローマ皇帝ルーシヤスを征服。

第6巻…ラーンスロット卿とライオネル卿のこと。波乱に富む冒険の数々。

第7巻…気高い騎士ガレス卿。ケイ卿にボーメンと名づけられたこと。

第8巻…気高い騎士トリストラム卿の誕生及びその事績。

第9巻…ケイ卿、ラ・コート・マル・タイエ卿、およびトリストラム卿について。

第10巻…トリストラム卿、波乱万丈の冒険。

第11巻…ラーンスロット卿とガラハッド卿。

第12巻…ラーンスロット卿と、その狂気。

第13章…ガラハッドが始めてアーサー王宮廷へ来たこと。聖杯探求が始まったいきさつ。

第14巻…聖杯の探求。

第15巻…ラーンスロット卿について。

第16巻…ボールス卿とその弟ライオネルについて。

第17巻…聖杯について。

第18巻…ラーンスロット卿と王妃。

第19巻…グウィネヴィア王妃とラーンスロット。

第20巻…アーサーの悲惨な最期。

第21巻…アーサー王の最後の別れ。ラーンスロット卿がアーサー王の死に仇を報いるために来たこと。

なお、ちくま文庫版には、以上の内、第1、5、11、12、18、19、20、21巻しか収録されていません。

途中の巻がかなり省略されているので、内容がつながらない部分も多いです。

ちくま文庫版では、「序文」の次に、「主要登場人物一覧表(五十音順)」が付いています。

本作は、長大な物語なので、とにかく登場人物の数が多いです。

騎士の名前を延々と列挙しているだけのような箇所も。

最初は、アーサー王が如何に立派な王者たるにふさわしい人物であるかが描かれます。

誰も抜けない岩に刺さった剣を易々と抜き、彼を倒すために集まった諸国の王を蹴散らして。

戦争のシーンの描写は、やたらと生々しいです。

剣で腕が切り落とされたり、肉が骨まで砕けたり。

『ベーオウルフ』のように、巨人や竜との戦いも

で、イングランドの王に過ぎない彼がローマ帝国まで征服してしまいます。

ところが、途中から主役はラーンスロット卿になってしまうのです。

このラーンスロットというのが、アーサー王に仕える身でありながら、王妃であるグウィネヴィアを愛してしまいます。

このグウィネヴィアというのが悪女なんですわ。

ラーンスロットは彼女に翻弄されます。

あれほど神がかって描かれたアーサー王は、最早ただの脇役のオッサンです。

最後の死に方も、伝説の英雄にしては、ちょっと平凡かな。

アマゾンのレビューで、小谷野敦氏が、また「退屈な古典」と書いていますが、確かに、そうかも知れません。

ちくま文庫版の巻末には、編訳者・厨川文夫氏(慶応大学名誉教授)による「解説」があります。

同書に収録された部分の「あらすじ」がまとめられているので、以下に引用しましょう。

アーサー王の数奇な誕生から話ははじまり、やがてアーサー王が、反抗する諸王を平らげ、ついにはローマ帝国を征服し、世界最強の王国を完成する。しかし一方においては、アーサー王が最も信頼する勇士ラーンスロット卿と、アーサー王の愛する美しい王妃グウィネヴィアとの間に、不倫の恋がひそかに芽生え、成長している。ついにはこの不倫の恋が、アーサー王の円卓騎士団の結合に重大なひびを入れ、アーサー王の王国崩壊の原因となる。騎士達の中には、ラーンスロットを嫉み憎む者もいる。陰険なアグラヴェインやモルドレッドなどである。ことにモルドレッドは、アーサー王がその昔、モルゴースを自分の姉とは気付かずに、これと肉体関係を結んで生ませた不倫の子である。アーサー王がフランスにいるラーンスロットを討伐せんとフランスへ攻め入った時、モルドレッドをあとに残し、国を治めさせたが、モルドレッドは王国を乗取ろうと企て、グウィネヴィア王妃をわがものにしようとした。これを知ったアーサー王はただちに兵を返し、モルドレッドと対決した。激戦でモルドレッドは倒れるが、アーサー王も瀕死の重傷を負って妖精の国アヴァロンへ去っていく。グウィネヴィア王妃も、ラーンスロットも、世を棄てて修道の生活に入るが、まもなく王妃は死んでアーサー王と同じ墓に葬られ、ラーンスロットは死んだ二人の墓にとりついて嘆き、悔恨と悲嘆のうちに、ある真夜中に息を引きとる。

この作品の最後に、作者は自分のことを「騎士サー・トマス・マロリー」と名乗り、この本をエドワード四世王の治世第9年目(1469年3月4日〜1470年3月3日)に書き上げたと言っています。

それから約15年後、キャクストンがこの作品を印刷・刊行しました。

以来、この作品は、キャクストン版のみで知られて来ましたが、1934年、オークショット氏がウィンチェスター・コレジでマロリーの作品の写本を発見し、ヴィナーヴァ教授がこの写本をキャクストン版のテクストと比較した結果、このウィンチェスター写本の方が、キャクストン版よりもマロリーの原作を忠実に保存していることが明らかになったのです。

ヴィナーヴァ教授は、ウィンチェスター写本を校訂し、キャクストン版との異同を示す脚注を付けた本文を作り、それに注釈や解説を付して、1947年に刊行しました。

ヴィナーヴァ教授の説の重要な点は、従来『アーサー王の死』として、あたかも一つの長編のように扱われて来たものは、実は8編の別個のロマンスであるということです。

更に、これらの8編は、キャクストン版でもウィンチェスター写本でも、同じ順に配置されていますが、製作年代はこの順番ではないと。

ただし、ヴィナーヴァ教授の新説に対しては、多くの反対論や修正説が出ています。

まあ、古い作品ですから、本当のところはよく分からないということですね。

もちろん、1947年にヴィナーヴァ教授の版が出版されるまでは、キャクストン版しかなかったので、後世の英文学に影響を与えたのは、後者の方です。

エドマンド・スペンサーウォルター・スコットウィリアム・モリス、D・G・ロセッティ、スウィンバーン、テニスン、E・A・ロビンスン等の英米詩人は、皆『アーサー王の死』を読み、その影響を受けた作品を書いています。

この辺の『アーサー王の死』の出版史については、『出版文化史の東西』(慶應義塾大学出版会)に詳しいです。

ちくま文庫版の「解説」には、マロリーについても詳しく述べられています。

作者サー・トマス・マロリーは、イングランド中部のウォリックシャに同名の騎士がいて、古い記録が残っており、おそらくそれと同一人物だとされているそうです。

祖先の領地を相続し、フランスへ出征。

1450〜51年にかけて、強盗、窃盗、家畜泥棒、ゆすり、強姦、殺人未遂の罪で告訴されています。

数回投獄され、1451年7月には、濠を泳いで脱獄。

それから5日後には、大修道院に押し入って扉を破壊し、院長を侮辱し、財宝を盗んで、またも投獄されています。

にも関わらず、数年後にはウォリックシャの州選出代議士として英国議会に出席したり、国王と共に出掛けたりしているのだとか。

最近の我が国にも、パンツを盗んで逮捕されたことのある大臣がいましたが、それどころじゃないですね。

『アーサー王の死』を書いたマロリーと、この無頼の騎士とは別人だという説もありますが、ウィンチェスター写本に、「この書は、騎士囚人トマス・マロリー卿の筆になりしものなり。神この者を釈放したまわんことを。アーメン」と書かれているそうです。

マロリーは1471年3月14日に獄死し、ロンドン郊外ニューゲイト付近の聖フランシス礼拝堂に埋葬されました。

『アーサー王の死』を完成させたのは、亡くなる1年か2年前のことでした。

「解説」には、マロリーに至るまでのアーサー王伝説の変遷も極めて簡潔にまとめられています。

重要な最初の文献は、12世紀中頃の、ジェフリー・オブ・モンマスがラテン語で書いた『ブリテン王列史』。

ここには、未だラーンスロット、円卓、トリスタン、宮廷的恋愛、聖杯の探求等はありません。

しかしながら、15世紀のマロリーの作品に見られるアーサー王の生涯の物語の骨格は、既に出来上がっています。

作者ジェフリーは、オクスフォードのウォルターという聖職者から、ブリトン語(ケルト語)の古い書物を提供されて、それをラテン語に訳したと言っていますが、このブリトン語の原書は発見されていません。

ただ、ジェフリー以前に、アーサー王の伝説がケルト民族の間はもちろん、その外にも流布していたことは、様々な根拠から推測出来ます。

歴史上の実在人物としてのアーサーは、紀元6世紀の初めに、サクソン人と戦って、しばしばこれを敗走させたケルト人の将軍でした。

けれども、ブリテンは遂にアングロ・サクソン人に征服され、ケルト人はウェイルズやコーンウォールアイルランドスコットランド、更には今日のフランス北西部ブルターニュ(ブリタニー)等へ逃れて、そこに定住しました。

これらのケルト人は、いつの日かアーサーが戻って来て、自分達の滅びた王国を再興してくれるに違いないと信じていたのです。

この強い願いと夢とが、やがて彼らの救国の英雄アーサーを世界最強の王者に育て上げてしまいました。

ブリテン王列史』に、その輝かしい生涯を記録されたのは、この偉大な王となったアーサーです。

ジェフリーの『ブリテン王列史』は、1155年、ワースによってフランス語の韻文に訳され、『ブリュ物語』となりました。

これは、更にイギリス詩人ラヤモンによって、1200年頃、英語の韻文に訳され、『ブルート』となります。

15世紀に、マロリーが処女作『アーサーとルーシヤスとの物語』(キャクストン版第5巻は、これを書き改めたもの)を書いた時に原拠としたのは、14世紀の英語頭韻詩『アーサー王の死』ですが、この頭韻詩の無名の作者が原拠として用いたのは、ジェフリーとラヤモンの書物だったのです。

中世フランスの最大のロマンス作者クレアチン・ド・トロワ(12世紀)は、アーサー王物語を扱って、宮廷風騎士道物語に新しい領域を開きました。

彼は、トリスタンの物語も作ったと自分で書いていますが、その物語は現存しません。

この話しは、本来はブリテン原住民ピクト人のものでしたが、コーンウォールやウェイルズのケルト人の間に発達し、やがてブルターニュのケルト人に伝わり、そこからフランス人に知られるようになったものとされています。

トリスタン物語は、元はアーサー王物語とは別のものでしたが、他の多くの物語と同様に、アーサー王物語に結び付けられてしまいました。

13世紀になると、韻文のロマンスを散文に書き直し、こうして作られた散文物語をグループに組み合わされることが、フランスで行われました。

サー・トマス・マロリーが、作品の中で、しばしば「フランス語の書物」を原拠として挙げていますが、それは上述の13世紀の散文の書き直されたものを指しているのです。

『アーサー王の死』は、英文学史の一環か、特に中世英文学を専門に研究している先生のいる大学でなければ、原書講読はなかなか行なわれていません。

中英語の主要な文献としては、『カンタベリー物語』があるからでしょうか。

『出版文化史の東西』によると、中世から近世を経て長く読み継がれた中世英文学の作品と言えば、『カンタベリー物語』と『アーサー王の死』しかないことは、出版史が証明しています。

ところが、前者は早い段階から研究対象となって来たのに、後者は愛読されることはあっても、論じられることはほとんどありませんでした。

前者には現存する15世紀写本が84もあるのに、後者は写本の存在すら長く知られていなかったのです。

『出版文化史の東西』執筆者の高宮利行氏(慶應義塾大学名誉教授)は、「おそらく騎士ロマンスという荒唐無稽な物語展開で読みやすい散文だったために、研究対象にならなかったのであろう」と分析しています。

僕も、いつかは原文で読んでみたいような気もしますが、とにかく長過ぎますからねえ。

テキストについて

ペンギン

原文のテキストで最も入手し易いのは、次のペンギン版でしょう。

アマゾンで注文すれば、数日でイギリスから送られて来ます。

初版は1969年。

編者はJanet Cowen氏。

序文はJohn Lawlor氏。

キャクストン版を底本とする現代綴りのテキストです。

『出版文化史の東西』には、「これは入手しやすいペンギンクラシックスとして増刷を重ねたので、一般向けのテクストとしては二〇世紀後半の社会で最も人口に膾炙した」とあります。

アマゾンのレビューにあるように、原典の語順はそのままに、綴りだけ現代英語に直したものです。

まあ、シェイクスピアと同じですね。

でも、散文なので、100年以上後に書かれたシェイクスピアよりも、むしろ読み易いと思います(もちろん、簡単なはずはありませんが)。

中英語と言っても、末期なので、綴りを現代綴りに直したら、近代英語に近いのでしょう。

例えて言えば、二葉亭四迷新潮文庫で読むような感じでしょうか。

アマゾンのレビューには、校訂版としての地位はないので、学術論文には使えないとありますが、トマス・マロリーで卒論を書くような奇特な学生は、学部にはまずいません。

シェイクスピアで卒論を書く学生ですら、滅多にいないのですから。

特に、学部生が英文学史の授業で触りだけ読むのなら、現代綴りで十分です。

本書には、『アーサー王の死』全21巻の内、9巻までが収められています。

なお、表紙は写真と違って、現在ではペンギンクラシックスの黒いものに統一されています。

Le Morte D'Arthur Volume II (Penguin Classics)

Le Morte D'Arthur Volume II (Penguin Classics)

初版は1969年。

編者はJanet Cowen氏。

序文はJohn Lawlor氏。

本書には、10巻から21巻までが収められています。

如何に現代綴りとは言え、こんなに長い英文学の古典を、一般人が原文で読めるはずもありませんから、一番頼りになるのは、やはり翻訳(日本語訳)版でしょう。

翻訳について

ちくま文庫

手に取り易い文庫版は、上述のように、ちくまから出ています。

初版は1986年(ただし、元になった全集は1971年)。

編訳者は、厨川文夫氏と厨川圭子氏(翻訳家)。

訳文は分かり易いです。

この文庫は膨大な原著(キャクストン版)のダイジェスト版で、完全版は同じく筑摩書房から出ています(全5巻。ただし、絶版)。

昨今、何でもかんでも文庫にする筑摩なので、この完全版も早く文庫化されないかなと思っているのですが(単行本には、アマゾン古書でプレミアが付いています)。

この文庫版には、「序文」の次に「主要登場人物一覧表(五十音順)」と「アーサー王の親族系図」が付いています。

何せ登場人物の数が多い物語なので、こういうものがあると、大変ありがたいですね。

映画化作品について

アーサー王物語の映画化作品は多数ありますが、それらの紹介は、また改めたいと思います。

原文読解

それでは、『アーサー王の死』の冒頭部分(第1巻第1章)を読んでみましょう。

下に「原文(現代綴り)」「日本語訳」を記しました。

「原文」には、語注も付けてあります。

SIR THOMAS MALORY

Le Morte D'Arthur

(1)

(原文)

(テキスト9ページ、1行目〜)

Book I

CHAPTER 1. First, How Uther Pendragon sent for the Duke of Cornwall and Igraine his wife, and of their departing suddenly again

(日本語訳)

1

ウーゼル・ペンドラゴンコーンウォール公とその奥方イグレーヌを招いたこと。そして、二人が突如、立ち去ったこと。

(2)

It befell in the days of Uther Pendragon, when he was king of all England, and so reigned, that there was a mighty duke in Cornwall that held war against him long time. And the duke was called the Duke of Tintagel.

ウーゼル・ペンドラゴン王がイングランド全土の王として治めていた頃のことである。コーンウォールティンタジェル公という強大な領主がいて、長い間ウーゼルに刃向かっていた。

(3)

And so by means King Uther sent for this duke, charging him to bring his wife with him, for she was called a fair lady, and a passing wise, and her name was called Igraine.

そこで、ウーゼル王はティンタジェル公のもとに人を遣って、奥方ともども伺候するように命じた。奥方は美人でたいそう賢いという評判だったからである。奥方の名はイグレーヌといった。

(4)

So when the duke and his wife were comen unto the king, by the means of great lords they were accorded both.

ティンタジェル公と奥方はウーゼル王の御前に出、高官たちの取りなしで、和睦した。

(5)

The king liked and loved this lady well, and he made them great cheer out of measure, and desired to have lain by her. But she was a passing good woman, and would not assent unto the king.

ウーゼル王はこの奥方にすっかり惚れこんでしまったので、度はずれな歓迎をした。奥方と同衾したいものだと言い寄ったが、奥方はたいへん貞節な人だったから、どうしても王の言葉に従おうとはしなかった。

(6)

And then she told the duke her husband, and said, ‘I suppose that we were sent for that I should be dishonoured, wherefore, husband, I counsel you that we depart from hence suddenly, that we may ride all night unto our own castle.’

そして夫のティンタジェル公にこう告げた。

「わたくしたちがここに呼ばれたのは、わたくしを辱しめるためだったようです。ですから、あなた、今すぐにここを発ちましょう。夜どおし馬をとばして、わたくしたちの城へ帰りましょう」

(7)

And in like wise as she said so they departed, that neither the king nor none of his council were ware of their departing.

奥方の言ったとおりに二人は宮殿をぬけ出したので、ウーゼル王も側近も誰一人、彼等の出発に気づかなかった。

(8)

As soon as King Uther knew of their departing so suddenly, he was wonderly wroth.

二人に出しぬかれたのを知るやいなや、ウーゼル王は猛烈に腹を立てた。

(9)

Then he called to him his privy council, and told them of the sudden departing of the duke and his wife.

枢密顧問官たちを呼びよせて、ティンタジェル公夫妻が不意に出発したと告げた。

(10)

Then they advised the king to send for the duke and his wife by a great charge:

顧問官たちは王に、ティンタジェル公夫妻に強硬な命令を発して、お呼びつけになるがよろしい、と進言した。

(11)

‘And if he will not come at your summons, then may ye do your best, then have ye cause to make mighty war upon him.’

「もしティンタジェル公が王さまのお召しに従わない時は、御存分に遊ばされてよろしいかと存じます。大軍を以て戦争をしかける理由が、こちらにはあるわけでございますから」

(12)

So that was done, and the messengers had their answers, and that was this shortly, that neither he nor his wife would not come at him.

進言どおりに事は運んだ。やがて死者が返事を持って帰って来た。返事は、要するに、ティンタジェル公も奥方もウーゼル王の御前には伺候しない、というものであった。

(13)

Then was the king wonderly wroth. And then the king sent him plain word again, and bad him be ready and stuff him and garnish him, for within forty days he would fetch him out of the biggest castle that he hath.

王は怒り狂い、折り返して手紙を送り、「守備を固め、兵員食糧を備えるがいい。いかに強大な城に立てこもろうとも、四十日以内には必ずお前を引きずり出してくれるぞ」とはっきり言った。

(14)

When the duke had this warning, anon he went and furnished and garnished two strong castles of his, of the which the one hight Tintagel, and the other castle hight Terrabil.

ティンタジェル公はこの警告を受け取ると直ちに、二つの堅固な城の護りを堅めた。一つはティンタジェル城といい、もう一つはテラビル城といった。

(15)

So his wife Dame Igraine he put in the Castle of Tintagel, and himself he put in the Castle of Terrabil, the which had many issues and posterns out.

奥方イグレーヌはティンタジェル城に、ティンタジェル公自身はテラビル城にこもった。テラビル城の方には外へ通じる大門、通用門がたくさんあった。

(16)

Then in all haste came Uther with a great host, and laid a siege about the Castle of Terrabil. And there he pitched many pavilions, and there was great war made on both parties, and much people slain.

そこへウーゼル王が大軍をひきいて急遽攻めよせて来た。テラビル城を包囲し、大天幕をたくさん張りめぐらした。互いに激戦を交え、多くの人々が殺された。

(17)

Then for pure anger and for great love of fair Igraine the King Uther fell sick.

やがてウーゼル王は一途な立腹と、美しいイグレーヌへの激しい恋心がもとで、病気になってしまった。

(18)

So came to the King Uther Sir Ulfius, a noble knight, and asked the king why he was sick.

それを知ったウルフィウス卿という立派な騎士が、ウーゼル王のもとへ来て、「どこがお悪いのですか」とたずねた。

(19)

‘I shall tell thee,’ said the king. ‘I am sick for anger and for love of fair Igraine that I may not be whole.’

「うち明けて聞かそう。予は怒りと、美しいイグレーヌへの恋心のために病気になったのだ。この病は直しようがあるまい」

(20)

‘Well, my lord,’ said Sir Ulfius, ‘I shall seek Merlin, and he shall do you remedy, that your heart shall be pleased.’

「さようですな。私がひとつ、マーリンを探してまいります。王さまの御心が満足されるよう、マーリンならきっと直してくれましょう」とウルフィウス卿は言った。

(21)

So Ulfius departed, and by adventure he met Merlin in a beggar's array, and there Merlin asked Ulfius whom he sought.

ウルフィウス卿は出かけた。そして偶然にも、乞食のなりをしたマーリンに行き会った。

マーリンは「どなたをお探しじゃな」とウルフィウス卿にたずねた。

(22)

And he said he had little ado to tell him.

卿は「お前なんかに言う必要はない」と答えた。

(23)

‘Well,’ said Merlin, ‘I know whom thou seekest, for thou seekest Merlin; therefore seek no farther, for I am he, and if King Uther will well reward me, and be sworn unto me to fulfil my desire, that shall be his honour and profit more than mine, for I shall cause him to have all his desire.’

「お前さんが誰を探しているか、わしはちゃんとわかっている。マーリンを探しているのじゃろ。それなら、もう探すには及ばん。わしがそのマーリンじゃ。もしウーゼル王がたっぷりわしにほうびをくれて、しかもわしの望みを叶えてくれると誓うなら、それは、わし自身の名誉や得になるというよりむしろ、ウーゼル王の名誉とも利益ともなるのじゃ。なぜなら、わしは王の望まれることをぜんぶ叶えて進ぜるのじゃからな」

(24)

‘All this will I undertake,’ said Ulfius, ‘that there shall be nothing reasonable but thou shalt have thy desire.’

「よろしい、わしにまかせておけ。道理に叶ったことならば、何事でもそなたの望みは叶えてつかわす」とウルフィウス卿は言った。

(25)

‘Well,’ said Merlin, ‘he shall have his intent and desire. And therefore,’ said Merlin, ‘ride on your way, for I will not be long behind.’

「それなら、王の願いを叶えて進ぜよう。さ、馬に乗って帰りなされ。わしはすぐあとから行くからの」とマーリンは言った。

【参考文献】

詳説世界史B 81 世B 304 文部科学省検定済教科書 高等学校 地理歴史科用』木村靖二、佐藤次高、岸本美緒・著(山川出版社

イギリス文学の歴史』芹沢栄・著(開拓社)

はじめて学ぶイギリス文学史神山妙子・編著(ミネルヴァ書房

出版文化史の東西:原本を読む楽しみ』徳永聡子・編著(慶應義塾大学出版会

2018-04-19

最近注文したCD

最近注文したCDは、細君に某黒企業楽天で頼んでもらった、アルフィーの『ARCADIA』。

ARCADIA

ARCADIA

アルフィーの14枚目のオリジナル・アルバム。

内容については、聴いてから書く。

2018-04-18

最近注文したCD

最近注文したCDは、細君に某黒企業楽天で頼んでもらった、アルフィーの『DNA Communication』。

DNA Communication

DNA Communication

アルフィーの13枚目のオリジナル・アルバム。

内容については、聴いてから書く。

2018-04-17

最近注文した本

最近注文した本は、朝日新聞のサンヤツで見て、細君に某黒企業楽天で頼んでもらった『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち:近世の観劇と読書』(白水社)。

初版は2018年。

著者は北村紗衣氏。

詳細については、読んでから書く。

2018-04-16

今読んでいる本

今読んでいる本は、『アーサー王の死』(ちくま文庫)。

再読。

内容については、近日中に紹介する機会があると思うので、省略。

2018-04-13

最近買った本

最近買った本は、アマゾンで注文した『Le Morte d'Arthur Volume II』(Penguin Classics)。

Le Morte D'Arthur Volume II (Penguin Classics)

Le Morte D'Arthur Volume II (Penguin Classics)

初版は1969年。

著者はSir Thomas Malory。

編集はJanet Cowen。

序論はJohn Lawlor。

内容については、他で紹介する機会があると思うので、省略。

2018-04-12

最近買った本

最近買った本は、アマゾンで注文した『Le Morte d'Arthur Volume I』(Penguin Classics)。

初版は1969年。

著者はSir Thomas Malory。

編集はJanet Cowen。

内容については、他で紹介する機会があると思うので、省略。

なお、表紙は写真と違って、現在はPenguin Classicsの黒いものに統一されている。

2018-04-11

最近買った本

最近買った本は、細君に某黒企業楽天で注文してもらった『ビカミング・ジェイン・オースティン』(キネマ旬報社)。

ビカミング・ジェイン・オースティン

ビカミング・ジェイン・オースティン

初版は2009年。

著者はジョン・スペンス氏。

訳者は中尾真理氏(奈良大学教養部准教授)。

アン・ハサウェイ主演『ビカミング・ジェーン』映画化原作。

内容については、読んだら書く。

2018-04-10

今読んでいる本

今読んでいる本は、『カンタベリー物語〈下〉』(岩波文庫)。

完訳 カンタベリー物語〈下〉 (岩波文庫)

完訳 カンタベリー物語〈下〉 (岩波文庫)

詳細は、他で紹介すると思うので、省略。

2018-04-09

最近読んだ本

最近読んだ本は、高田馬場の芳林堂で見付けて衝動買いした『パブリック・スクールと日本の名門校:なぜ彼らはトップであり続けるのか』(平凡社新書)。

初版は2018年。

著者は秦由美子氏(広島大学教授)。

まあ、ラテン語が6年間必修のイートン校とか、全寮制のラ・サールとかを取り上げて比較するのは面白いが。

日本の高校が進学実績に縛られ過ぎているという批判は当たっているだろう。

しかし、著者が公立中高一貫校に批判的なのは納得が行かない。

理由は「私立のように理念がないから」って。

世の中のほぼ大多数の高校生は、本書で取り上げているような灘や麻布のような名門私立校には進学出来ない。

パブリック・スクールもそうだが、要するに、金持ちじゃなきゃ行けない学校だ。

でも、貧乏人だってちゃんとした教育を受けたいだろう。

そういう人達の受け皿として、公立の進学校が必要ではないか。

まあ、公立中高一貫校も、今や塾で対策を立てないと受からないらしいが。

そして、僕の母校のような名もない底辺公立高校は、最早消滅の危機である。