Shammerism

2018-12-21 一人の主張は我侭と言われるが・・・

一人の主張は我侭と言われるが・・・

今年も間も無く終わる。今年一年を振り返ると、ずーっと一つのことばかりを考えてきた気がする。それは、個の埋没について。抽象的な言い方だが。

3.11を境に、これまでは仕方ないと諦めてきたあることについて、多くの人が意見を言うようになった気がしている。それは、自分自身の気持ちを大切にする生き方。高度経済成長の時代の名残なのか、社会には会社、仕事での責任こそ最優先で果たされるべき課題で、一人一人のこうしたい、ああしたいということは二の次というか、それをしたいならまずは仕事をしろという風潮、俗っぽい言い方をすれば、「働かざる者、喰うべからず」というのが当然の時代が続いてきた。その結果、個人個人の気持ち以上に、何か別の社会正義(企業理念とか)を優先することを無意識のうちに強制され、それが当然とされる時代が続いていた。そういった課題のようなもの以上に自分の都合を優先すると言うと、我侭だとか無責任だとか、そう言われても文句を言えず、自分以上に自分以外の何かを優先するという時代が続いていたように感じる。この流れが3.11で変わり、双方のバランスが大切だという意見、なんとかハラスメント問題を根絶しようという動きなど、これまでの社会、自分以上に他者を重視するのが当然とされてきた価値観を見直すような時代になりつつあるのではないかと感じる。

昭和の時代、それこそ体罰なんて当然だった。医学的には非合理でも、心を鍛えるという「正義」を揭げて、夏の炎天下のスポーツの部活でも水を飲んではいけない、水を飲むということは自分の弱さに負けるということだ、というようなことや、何かに失敗したら筋トレの時間を倍にするとか、みんなの前で恥をかかされるような罰ゲームのようなことをするのが当然とされていた。お酒を飲めない人が飲まないと言うと、ノリが悪いとか、先輩の言う事を聞けないのか、的な発言で拒否するようなことが許されない空気があった。このような空気の社会を自ら作りだしつつ、「社会は厳しいところだ」と後輩に教えていく。このような負の連鎖が会社、学校など、一般的に「社会」と呼ばれるようなところで日常的に行われていた時代がある。今で言えば、とんでもないということもある。こうした社会を生き抜いて来た世代の人の中には、今の時代はたるんでいる時代に見えるのかもしれない。

過去、こうしたことをされてきた人も同様のことを感じなかったのかと言えば、決してそんなことはないだろう。それでも否定できない事情があったのだと思う。個人的には、年功序列、終身雇用、退職金の三本柱で個人の一生を社会が保証されていた、ということがあるのではないかと思っている。理不尽と思える苦しいこと、キツいこと、人権侵害と思えるような内容でも、一生の保証がされている以上、そういうものも必要悪として耐えに耐える人生を送るのが当然だった時代じゃないかと思う。

しかし、バブルの崩壊でその一角が崩壊する。年功序列というものがなくなり、働いても働いても大した昇給は期待できなくなった。しかし、それだけでなく時間の経過とともに退職金ももらえなくなる人が増え、終身雇用もほとんど崩壊した。その一方で、体罰やらハラスメントやらだけは慣習というか文化のような感じで残った。これに耐えるのはもうやめたい、そう叫ぶ人が出てきたのがリーマンショックによる雇用不安、そして3.11がそれを決定的なものにしたのではないかと思っている。そして、某企業で起きた過労を理由にした自殺などがこの流れにさらに拍車をかけた。経済格差の拡大も既存社会のあり方を疑問視する声としては見逃せないと思う。多様性とかダイバーシティという言葉が流行り出しているのもその一端ではないだろうか。他にもいろいろあるだろうが、究極するところは「自分の人生を満足に生きたい。誰かの、社会の犠牲になったとしか感じられないような生き方はしたくない。そう思うのは我侭なのだろうか。」という叫びではないかと自分は思う。

バブルの崩壊前の時代に、もっと自分の時間を大切にしたい、なんてことを言ったら、それこそ怠け者のレッテルを貼られて、社会人として再教育が必要というような雰囲気だったのではないだろうか。バブル時代、自分は小学生くらいだったから具体的にはわからないところもあるが、漠然とそんなことを感じている。しかし、時代は変わって、多くの人が自分の気持ち、自分の人生を大切にする、大切にできるような生き方を求めるようになったと思う。テレワークなどの導入、副業の解禁なども、個人としての生き方を尊重するために必要な仕組みとして、もっと拡まってほしいと思う。どこでも好きなところで働きたい、そんなことを言うと、我侭だとしか言われなかった時代から、「それが普通じゃない?」と言う社会になってほしいと思う。