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ドキドキ上海日記 RSSフィード

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11月26日(日)【1DAY】レネット×メイリッシュコラボカフェ
何の前フリもなくこのお店の話題が出ることがあります。
ていうか、そればっかりです。

2018/10/16 (Tue)

閃乱カグラ(おっぱい)

アニメの2期が始まったので観てたらソシャゲのCMやってて、そんなのあったんだーと初めて知ってインスコしてみた。

閃乱カグラ SHINOVI MASTER -東京妖魔篇-

http://senran2.tv/

アニメ2期。

シノビマスター 閃乱カグラ NEW LINK

https://www.hpgames.jp/shinomas/

考えたくないが "NEW LINK" は「乳輪」とかけてるんではないかと思われるフシが。

事前登録受付中のDMM GAMES版は「衣装全破壊」があってスマホ版よりえろいらしい。そっちにするんだったか……w

(追記)スマホ版とアカウント共有できるって書いてあった。やるじゃん。

PEACH BALL 閃乱カグラ

https://senrankagura.marv.jp/series/peach/system/

D

ピンボールらしい。3DS版もそうだけどなんでこれを任天堂ハードで出そうと思ったw

俺は前のTVアニメ一期と最初の(たぶん)3DS版ゲームしか知らんのだが、その時は「善忍」「悪忍」という対立構造がありそれぞれ忍者の学校があって抗争するという話だった。

その後ゲームは何作も出て、アニメはTVではやってないはずだがOVAとかで展開してたのかな? よくわからんが今回のTVアニメ2期ではいきなり知らんキャラが増えてて、準拠しているらしいゲーム『シノビマスター〜』では5人一組のチームが6つもあるではないか。メインのライバルキャラも褐色キタエリの焔ちゃんだったはずが原由実声の雪泉さんにすげ替えられている模様。

前のアニメはわりと真っ当に面白かったと思ったのだが今回はいろいろ変わってどうも下馬評はあまりよろしくなさそうである。

というわけでスマホ版『シノビマスター 閃乱カグラ NEW LINK』を始めてみたのだが……もうストレージの余裕がないので、先日惜しくもサービス終了したスクメロのキャッシュクリアした。スクメロの最終アップデートでローカルで動作する版が配信されてるはずなのだが3GBもあるのでまだ適用できてないのだった。ローカルだけで動かすってことは全データ持つってことだもんな……。閑話休題。

3DS版の閃乱カグラは(もはや記憶の彼方だが)横スクロールアクションで連打してると物凄いコンボが繋がるというゲームだった。今回のもコンボ数を稼ぐのがキモになってるようなのでそれが閃乱カグラシリーズの共通要素なのかな?

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飛鳥のこのバンザイジャンプしてクルッと回って決め、の勝利ポーズはカット割りまで含めて3DS版のゲームと同じな気がする。開発がずっと同じとこなわけでもないだろうに、そんなの共有できるのかな。

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瓶切りの修業。なぜかビール瓶ではなく牛乳瓶w

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アクセサリの表示位置調整ができる。これは他のゲームでは見たことない。

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俺のお気に入りは、うりょ声で関西弁の日影さん。裸に見えるのは衣装が「バスタオル」だから(笑。 それしかないんだもん! デフォルト衣装(私服)はオフショルダーヘソ出しにダメージジーンズという格好のはずなのだがなぜかその衣装が付いてこないのだった。ゴスロリ眼帯の未来ちゃんも「お子様キャミソール」という服しかない。メガネはオプション。閑話休題。

ゲームとしてはまだ何とも言えないが、画的にはモデルの出来もいいし乳もちゃんと(縦横に)揺れるしなかなかだと思う。ゲーム開発のことはよく知らんがUnityとかなのかな。この乳揺れもUnityなのか? 上にも書いたが旧作のアセットをどれくらい再利用してるのか? などは気になる。

あと最初に入力するプレーヤー名がデフォルトで「シノマス」(=ゲームの略称)なのでそのままにしてる人が有意に多い(笑。 既定値なしで入力を強制するゲームが多いと思うけど、デフォルトで平気な人が多いんだなとわかったのは興味深い。個人的にはデフォルト名でフレンド申請されたら断るw

2018/09/29 (Sat) 早稲田松竹

銀子&先生

『グレイテスト・ショーマン』

予告は何度か観てたけどそれ以外何も知らんで観たのでいろいろ驚いた。

正確には『ラ・ラ・ランド』の流れを汲むスタッフと言うてた気がしたので、俺は『ラ・ラ・ランド』と同じデミアン・チャゼル監督の『セッション』は好きだったからそういう繋がりはあるかと思ったら、ラ・ラ・ランドと一緒なのはミュージカルとしての音楽制作スタッフだということで俺はラ・ラ・ランド自体は観ておらんので結果関係なかった(笑。

つーことで一応これ実在のP.T.バーナムの話なんですね。それすら知らなんだ。まあもはや伝記映画とはいえないレベルで相当脚色してるっつーか、実際のバーナムはいかがわしすぎて絶対ヒュー・ジャックマンが演じるような奴じゃないし(笑、ミュージカルのノリでやるような話じゃない。実際この映画も前半の展開だけでいい話みたいに終わってたらしょーもない映画だったと思うけど(十分スペクタクルではあったが)、後半は興行師という存在の救い難い一面にも踏み込んではいて、でも結局終盤は勢いで持ってった感あるというか映画のノリと今ひとつ噛み合ってなかったんでは。そこはフェイクを見せて客を呼ぶ興行とこの映画そのものを重ね合わせたのかもしれないというのは間違いなく穿ちすぎであろう。フリークショーに固執してバクチ興行を打つ興行師の執念を『セッション』ばりの狂気の演出で描いたほうが面白かったのではないか(監督違うっつーの)。

『リメンバー・ミー』

原題"Coco"なのね。これはリメンバー・ミーでいい気がする。まあローカライズもディズニー様ががっちりハンドリングしてるんだろうからバカな邦題が付けられることはありえないのだろう。知らんけど。

公開時も同時上映だった『アナと雪の女王/家族の思い出』を一緒にやってたけど、なんと俺はアナ雪本編を未だに観ていないのだった(笑。

ピクサーは脚本開発にものすごいコストをかけてガッチリ作り上げることがメイキングなどで知られるようになりましたが、それって俺の好物のはずなんだけど、確かにスキのない造りだけどいまいちハネないなーという感想になることも多く、めったにないことだけどジャパンのアニメでも脚本以降の工程が全て満点に近い仕上がりになって初めてそれ以前の、企画の段階でどこを目指すかによって最終的な飛距離が違ってくるなということが見えるケースがあり、ピクサーは毎度その水準には達してるということではないかと。あちら(北米)では実写映画だってちゃんと手間かけてシナリオ作ってるんだろうに必ずしもバカ映画がなくならないのは、やはり撮影の都合とか役者の都合とか「何を撮る」という対象から出発せざるをえないのと違って最初から画面に映るものは全てゼロからコンピュータの中で作り出すというフリーハンドでスタートできるってのは大きいのかなと。閑話休題。

俺が思うに、死んだ人間に会ったり話ができるというのはフィクションにおける最大の禁じ手というか、それやったらいい話になるに決まってるじゃねえかと思うのだが、この映画ではメキシコにおける「死者の日」をちょうどジャパンのお盆みたいなノリで死者と生者の領域がカジュアルに交わる場として描きつつ、両者が越境するルールは厳密に決められていて都合のいい展開みたいなものはない。それも「生者が誰も記憶していない状態になると死者の国からも消えて第二の死を迎える」とか「写真が飾られていること」が生者の国を訪れる条件だったりとか、つまり祖先を祀ることが重要で「家族」を縦(世代)に拡張するテーマになっている。余談だけど『007 スペクター』のオープニングでもメキシコの死者の日やってたけどなんか欧・米の人のツボに入るものがあるんだろうか。

そういう意味でそれこそテーマの部分からよく考えられてると思うんだけどじゃあ大好きかというとそこまででもないのは結局、劇中で歌われるテーマ曲『リメンバー・ミー』がいまいちツボに入らなかったからだろうか。映画って難しい(笑。

2018/09/23 (Sun)

じゅんじゅん

米澤穂信『いまさら翼といわれても』(KADOKAWA)

古典部シリーズ第六弾。

そのうち文庫になるのでそしたら(電子版を)買うのだが、なぜかこのタイミングで借りて読んでしまった。

全六編の短編集で、どういうわけか一つだけ読んだことがあった。初出誌で読んだんだっけ? 角川の小説誌なんか読んだ覚えないが。と思ってその『連峰は晴れているか』の初出をチェックしたら野性時代の2008年7月号(!)だという。いやいやいくらなんでも10年も前に読んだってことはない。てことはアンソロジーか何かに収録されたのを読んだのかな? 謎だ。収録作の中で初出は一番古いので、単行本になる前のタイミングで雑誌に再掲載でもあったのかな。ミステリマガジンの米澤穂信特集とかだろうか。そんなのあったか記憶にないけど。

上記の通り本書の初出は2008年から2016年までの間、散発的に書かれたものを集めた短編集だが、古典部シリーズ随一の傑作かもしれない。俺の中では。日常ミステリとしてはともかく、青春小説としては一番心が揺さぶられた。

白眉は『鏡には映らない』。

折木奉太郎が、中学の共同卒業制作の彫刻で自分の担当したパートで手抜き作業をしたため完成品の出来が台無しになる。それを見たデザイン担当の女子が発狂したので騒ぎになり、完全に悪者になった奉太郎は同じ中学で同学年だった連中の間では現在でも蔑まれている、という話。を、同窓生と会って話したのがきっかけで思い出した伊原摩耶花が当時のことを調べる。

まずこの話を摩耶花視点でやるというのがいい。シリーズ開始時点での摩耶花が折木に対して当たりが強すぎるように見えたのもこれが一因なわけであり、「当時折木の彼女だったらしい女子」が登場するに至って摩耶花の示す驚愕、千反田えるの前では彼女疑惑について言及しないといった機微、全てが絶妙である。

結局は例のデザイン担当の女子が「犯人」、折木の「彼女」がいわば被害者で、奉太郎とついでに福部里志も一枚噛んでその犯行を未然に防いだ、という話なのだが、犯人が最初から好感の持てない描写で登場するのはともかく、「被害者」の彼女も決して共感しやすい人物として描かれてはおらず、自分を助けた折木奉太郎を「ヒーロー」としながらも直接の交流は一切ないというのもいいし、何より結果として今も折木奉太郎が嫌われ者のままであるという現実は何も変わらない。そして奉太郎本人もそのことについて一言半句の釈明もしない。これがいい。すごくイイ。初めて折木奉太郎を本当にかっこいいと思った。

『一夢庵風流記』でいうと「辛苦みつつ降りき」というやつだ。本編が始まる前の序文にあたる「かぶき者」というパートに出てくるので万一未読の人は今すぐ読んでいただきたい。出典は『日本書紀』の素戔嗚尊の神逐のパートだという。閑話休題。

それから『わたしたちの伝説の一冊』は、『クドリャフカの順番』で描かれた文化祭での事件の後、摩耶花が漫研を退部するに至る話。彼女が漫研を辞めたことは他の人物から間接的に語られていたが、その経緯はここで書かれてたのか。『クドリャフカ〜』では、問題作『夕べには骸に』に次いで摩耶花が評価していた『ボディトーク』の作者が敵役である河内先輩だったことに最後に摩耶花は気づくのだが、二人がそのことを話すことはなく漫研において既にこれじきった両者の関係は修復に至らない。湯浅と河内の本当の関係など読者は知っていることを登場人物は知らず、知っていることも話されないまま終わる。それはそれで何とも言えない余韻があって好きな結末だったのだが、クドリャフカが2005年でこれが2016年だから、ちゃんと追ってても10年以上越しで決着したわけか。それもすごい。

強いて難を言えば一冊通じて千反田えるの出番が少ない。「気になります!」も一回しか言うてないし(笑。 でも奉太郎が省エネ主義になった原因の小学生時代の事件を語る『長い休日』で聞き手になるのはさすがメインヒロインえるだし、巻末の表題作はまさに千反田える一身上の件で、今後も問題になることを暗示する鮮やかな幕切れで終わっている。

あと小学生時代の奉太郎の一人称が「ぼく」なのも萌える。小学生の弟への姉貴の対応もイイ。実にイイ。(そればっか)

 

2018/08/30 (Thu)

すのはら荘の

はてダ終了のお知らせ

2019年春「はてなダイアリー」終了のお知らせと「はてなブログ」への移行のお願い

http://d.hatena.ne.jp/hatenadiary/20180830

まあベースがブログ以前の時代のシステム(tDiary)だからとっくに時代遅れだったのは明らかなわけで。

本当はタイミングを見てこの日記は終了するつもりだったんだけどその前にサービスの終了がきてしまった(笑。

はてなブログへの移行は今のところ考えてないというか、たぶんしない。

俺の場合、日記はガチで主に自分のための「日記」なので、自分が過去ログ検索して読める状態にはしておきたいのだが、そこをどうするか。MovableType形式のデータをエクスポートできるのでローカルの仮想マシン上にMTを立ててそこに復元するか。でもMTのインポート機能って全く信用してないんだよね俺……。仮想マシンずっと立ち上げてるわけじゃないからいちいち起動するのもめんどいし。あとはてなダイアリーってなにげに自前の過去ログ検索がわりとイケてて、そこが気に入ってたのかもしれない。いまどき検索機能なんか自前で実装してるブログないもんね。Googleのサーチボックス使うやつばっかりで。あれは俺的には微妙なんだ……。

まあ、そんなわけなのでとりあえず終了するまでは今まで通り普通に更新してると思う(笑。

追記

移行しなかったはてなダイアリーの投稿データについて

はてなダイアリー終了までにユーザー様自身がはてなブログへの移行等を行わなかった場合でも、公開済みの投稿データについては引き続き閲覧できる状態を維持するように予定しています。詳細に関しては、後日あらためてご案内します。

だそうです。読んでなかった。

うーん、それだと逆に困るのでどっかのタイミングでプライベートモードにして公開は終了するかも。

いや原則としてWeb上の情報はなるべく長く残して閲覧可能にしておくべきというポリシーではあるんだけれども、何事にも例外はございまして。

2018/08/25 (Sat) 早稲田松竹

あそび

http://www.wasedashochiku.co.jp/lineup/2018/ready_jumanji.html

なんか映写機故障で最終回が休映になったらしい。よかったその前に観て。

『レディ・プレイヤー1』

これ映画化する前に翻訳された原作小説タイトルが『ゲームウォーズ』って、史上最悪クラスの邦題じゃん!! この日記では映画の酷い邦題をたびたび指弾してきましたがこれはもう映画化でこれ以上の酷い邦題はありえなかったので思い余って元に戻しちゃったのかしら。

なんか公開当時「俺はガンダムで行く!」ていうセリフが論争を呼んでた気がするけど、そもそも原作ではウルトラマンなわけでしょ? 「変身に制限時間がある」て演出がそのままだったし、あくまで本人のアバター=身体の拡張がガンダムの形になっただけで、アクションも全然MS的ではなかったし、ガンダムの出し方としては決してうまくなかったと思いました。アメリカ人て意外と「ロボットを操縦する」ことの快感がわかってないんじゃないかって気がする。でもメカゴジラやら何やら、この分野のジャパンコンテンツの強さはナチュラルに出ててよかったですね。「マリオカートの練習じゃねえぞ!」みたいなセリフもあった。

あとは最後に「火・木はオアシス休みにしてリア充しよう!」てなったのが物議を醸してたのかな。単純にその曜日しかインできない人がいたら困るだろと思った(笑。

プロット的にはハリデーの共同創業者だったモローがもっと重要な役であるべきはずなのに映画では半端だったので気になる。ゲームウォーズとやらを読んでみるしかないか。

ついでに音楽がアラン・シルヴェストリだったのにビックリ。まだ生きてたんか! ていうかむしろスピルバーグより若かったのか!

『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』

前作『ジュマンジ』ってちゃんと観たことないけどよくTV放送されるB級映画ていうイメージだった。なんか似たような映画がもう一本あってタイトル違うけど同じシリーズなのかと思ってたが違ったみたい。何と勘違いしてたんだろ。(→追記:たぶん『ザスーラ』だわ。同じ原作者なのか。)

オリジナルはボードゲームなので(観てないけど)、サイコロを振ったらヤバいことが起こるのは分かってるのに途中でやめられないというのがサスペンスだったと思うのだが、今回は最初から全員TVゲームの中に入って出られなくなるという展開なのでだいぶ種類が違う話だよね。

まず全然仲良くない4人が一緒にゲームを始める流れをどう作るのかってとこに注目してたのだが、それぞれ学校で問題を起こして居残り作業として物置部屋(?)の片付けを命じられ、そこでゲーム機が出てくるという、半分はなるほどだけど半分は無理矢理な展開になってて、なるほどこれでいいのかと思った。勉強になる(笑。

オタクの主人公がゲーム内ではマッシブな冒険家になるなど、プレーヤー本人とゲームキャラのギャップが面白さなのだが、性別が逆転するのは一人だけだしギャグに走りすぎてないのは好感が持てる。でも他はNPCが決まったセリフしか喋らないとか、先行プレーヤーが攻略に行き詰まってゲームから出られずゲーム内で生活しちゃってるとか、あまり目新しさがないというか、ありていに言って『HUNTER×HUNTER』のグリードアイランド編で見たネタばかりである。ライフが3つあって2回までは死んでもリスポーンするってのは逆に古いゲームっぽいけど。

先にプレーしてた「5人目のプレーヤー」が途中で登場するのが脚本上のもう一つの目玉で、このアイディアがなかったらキツかったなと思ったけど、これも前作にあった要素を引き継いでるのか。

彼、アレックスは現実世界では20年前に行方不明になっているのだが、本人の体感ではゲーム内にいたのは「数ヶ月」だという。自分から見て20年後の世界から主人公らが来たことを知ってショックを受けるのだが、このへんはややこしくてよくわからない。「ここでは時間経過が把握しづらい」と言ってるので数ヶ月のつもりでゲーム内で20年経っていたのか、「ゲーム内の数ヶ月が現実では20年」という時間の流れる速さに差があるのか、最終的に現実世界に帰るとそれぞれゲーム開始時点に戻ってるので、逆に「ゲーム内では長時間過ごしたけど現実ではほとんど一瞬だった」とも解釈できる。つまりどうなるかはゲームクリアしてみないとわからなかったわけで、極論すると自分より20年後のプレーヤーが来たからといって別にショック受ける必要ないというか、ショック受けるってことは少なくとも「現実世界に帰ったら20年経ってた」というオチを想定してるわけで、でもよく考えるとその想定には何の根拠もないわけなので、ちょっと混乱があるというか。

20年間行方不明だったはずのアレックスがその前の時点に帰還したことで主人公らが帰った20年後の世界でも失踪事件がなかったことに改変されてて、つーことは世界線が一つしかなくて全部の時系列に改変が適用されるバックトゥザフューチャー的な設定なんだけど、もう一つゲーム内という別の時間軸がある世界を介してるせいでなんか不思議な感じになってる。このへんの設定を整理したらもう一ひねりできたんじゃねえかな? そもそもライフ3つなくしたらリアルに死ぬってのも単なる推測であって確定情報がないし、ちゃんとしたルール説明がなくなんとなくお約束で流しちゃってる部分が多いのは気になる。だからライフ残り1だから次に死ぬとヤバいみたいなサスペンスもあんまり強調されてないし。

あと『ウェルカム・トゥ〜』ってわかりやすいけどベタなタイトルだなと思ってたら最後ほんとにガンズのあの曲が流れて噴いた。

2018/08/14 (Tue) 早稲田松竹 スピルバーグとイーストウッド 現代アメリカと巨匠たち

と、先生はおっしゃっている

『15時17分、パリ行き』

これも実際にあった事件を、主人公三人を当事者本人に演じさせて撮るという無茶な映画。イーストウッドだから実現したんだろうなあ。何を考えてるのかはわからんが。

というわけでメインの三人は役者じゃなく素人なんだけどそこは全然気にならなかった。ていうかこの三人は一緒に旅行中だった小学校以来の親友で、犯人を取り押さえたあと重傷者の応急処置もして死者を出さなかったことにも貢献したのね。知らなかった。そりゃ映画になるわ。アメリカ人こういうの大好きだもんなと思ってました。

事件のWikipedia記事を読むと事件発生を知った乗務員が助けを求める乗客を無視して乗務員室に施錠して閉じこもったとか酷い話も書いてあるが、そのへんは描写がなく完全に三人にフォーカスしている。後に叙勲されたのは四人でもう一人イギリス人もいたのだがこの人が何したのかもほとんどわからない(笑。 三人が書いた本が原作だからでもあるか。読んでみようかしら。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』

原題は "The Post"。最初にスクープしたニューヨーク・タイムズではなく後追いで報じたワシントン・ポストの話ってところがいかにもスピルバーグっぽい。

社主=発行人であるメリル・ストリープと編集主幹であるトム・ハンクスの二人がメインで、つまり新聞における「経営(資本)と編集の分離」の問題を扱ってるんですね。ジャパンでも読売争議なんかで問題になったやつですが、向こうでも微妙なんだな。序盤でトム・ハンクスがメリル・ストリープに「あんたはボスだから意見は尊重するが紙面に口出しはするな」と釘を刺すシーンがある。

メリル・ストリープは家族経営だった同紙の株式の公開に踏み切る直前で、公開から一週間以内に「緊急事態」があった場合は銀行が手を引くというオプションが契約書の条項にあるという伏線があったり、先々代である父親が経営の後継者に指名したのは婿養子である旦那で、彼が自殺しちゃったので引き継いだというのがコンプレックスになっていたり、渦中の人である国防長官マクナマラとは親しい友人なので私情において忍びなかったり、要するに最終的に法に触れる覚悟で機密文書の内容を報じるか否か? の判断を彼女が迫られるというドラマなんですけど、最後に決断する瞬間がわりとアッサリしてたり、印刷が始まるまでの彼女を翻意させようと法務担当者が画策する流れももう一波乱あるのかと思ったら中途半端だったり、スピルバーグにしては食い足りないなと思ってしまった。まあ実話だからか。

「報道の自由は報道することによってのみ守られる!」ってトム・ハンクスが決めゼリフみたいに何度も言うたり、「自分もJFKの誕生パーティーに出たり友達づきあいしてたけどそれは間違いだった」と反省の弁を述べる。綺麗事とはいえ何つっても土台が実話だという強みがあるよね。ジャパンでは建前であるという以前にその理念が周知されてるのかどうかが疑問だ。

あとラストシーンがウォーターゲート事件を暗示してて、まるで続編への引きみたいだと思いました。ニクソンていうのはほぼ完全な悪役なんだろうけど、アメリカ人の大統領に対する感情というのはどうもよくわからない部分もある。

ちょうど山形浩生が昨日マクナマラ回想録の書評を上げてた。

2018/08/01 (Wed)

Batta『とにかくやれ!!〜Just Do It〜』(永遠娘 朧絵巻 壱)

ロリババア専門誌『永遠娘』が、「電子書籍専用コミック誌」を別冊? の形で出してきた。永遠娘本誌の電子版もあるんだけど、内容はそれとは全く別で全篇新作描き下ろし。ただマンガ5本で全100ページくらいとボリュームは控え目である。

同じ茜新社のGirls forMも「電子書籍専用新規コンテンツ」を「今秋配信予定」だそうで(Vol.17巻末で告知)、たぶんこれと同様の企画なんでしょうね。

それこそ再録とかじゃなく同じ雑誌の新規コンテンツを電子版のみで出すって、何が狙いなのかよくわからんのだけど、もし本誌を電子版のみに移行した場合どれくらい売れるかのリサーチなんではないか? くらいしか考えつかないなあ。

とりあえず『永遠娘 朧絵巻 壱』を読んでみたんですが、個人的にはエロマンガ誌って一冊あたり20本弱くらい掲載されてるマンガを読んで当たりが2、3本あれば御の字、くらいの感覚で読んでるので、そもそも母数が少ないのって期待薄と(無意識に)思ってたりするんですが、これはさすがに本誌の執筆陣からエース級を揃えてきたのかな。Batta先生も創刊号から描いてる人。

てなわけで掲題の通りこれを紹介したいというのが今回の本題である。

エロマンガは古典落語のようにあらゆる作家が限られたプロットを再話し続けている(のが面白い)というのが俺の持論なので、その中で「新しい噺(≒サブジャンル)」が生まれてくる瞬間、に注目しているのだが、たとえば「メイド喫茶もの」はせいぜいここ十数年くらいの比較的最近に成立したジャンルだし、というのはメイド喫茶のブーム自体がその頃だから。もっと最近でいうと「おっさんレンタルもの」というのが何本か描かれたのを確認しているがジャンルとして定着するには至ってない感じか。

そこで次に来そうなのは「バーチャルユーチューバーもの」と予想していたのだが、

思いの外、直球なやつが来た。

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セリフ回しまで完全に特定のVTuverをフィーチャーしている(笑。

Batta先生はもともと『狐のお嫁ちゃん』を描いてる人で、おキツネはお家芸である。

ストーリーは、主人公のVTuberが使っているアバターがたまたま自分ソックリだった狐の神様が文句を言いにくるという話。神様の名前が「伊賀専女(イガタウメ)」でこれは狐の古名なのだが、ちゃんとそれらしい名前をつけてくるのが伝奇物っぽくていい。Batta先生の持ち味である。

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配信を観てDM送ってくる神様。

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で、村の神様だったのが村ごとダムに沈んで信仰が失われ忘れ去られてしまったので、存在し続けるためにVtuberである主人公の力を借りたいという。オチは改めて本人(神)をモデルに精巧なアバターを作ったらVTuberとしても人気が出て、閲覧者数の増加=神様の知名度=信仰の力にもなってるという、エロマンガとしては不必要なまでに(笑)キッチリしたプロットに仕上がっていた。

俺がなんとなく想定してた「VTuberもののエロマンガ」というのはやはり「おっさんが美少女のアバターで装う」という部分をフィーチャーするのかなというもので、TSものの周縁ジャンルみたいなイメージだったが、「VTuberと閲覧者」を「神と信者」に重ね合わせるというアイディアは単純にすごい。

俺個人はTSジャンルは苦手な一方で狐ロリババアは大好物なので(笑)、いきなりジャンルの究極というか完成形が来ちゃったかなという感じがしているが、VTuberものといってもいろんな切り口があることもわかったので今後も注目していきたい。

あ、でも俺バーチャルユーチューバーってそれこそのじゃろりおじさんの初期のを観たくらいで、他は全く追えてないんですわ。

永遠娘 朧絵巻 壱 

2018/07/27 (Fri)

初登場シーンがこれ

COMIC高が休刊

前も書いたけどジャンル誌として「女子高生」は中途半端すぎると思うし、たとえば「JKは好きだけどJDはダメ」みたいな人ってあんまりいないと思うんで、どうせジャンル縛るんならそれこそ「ロリババア専門誌」くらいニッチに行かないと意味ないと思うんですよ。

とか言いつつ、なぜかコミック高って雑誌としては一番好きなエロマンガ誌と言っていいくらい好きで、なにせ抜群にセンスがいい。今はどうか知らんけどエロマンガ誌って編集部の人数が少ないから編集長個人のセンスが誌面にストレートに反映されやすいのかな? という仮説を立てていて、加えてエロはどうしても個人差の大きい受け手側の嗜好にも依存するところ大なので、「この雑誌、(俺にとって)絵がイケてる作家が全然いねえなあ〜」とか「Beastって全部同じ絵柄だよね?」みたいなことって起こりやすい。だから雑誌のコンセプトそのものには疑問がありつつも中身は俺個人とのシンクロ率が高かったということだったのだと思う。LO系独特の、編集部の主張がアオリや告知文の前面に出すぎてるところなんかは鼻につくというか決して好きではなかったんだけどコンテンツ部分のクオリティは最高だった。

その意味では高の増刊で「業界唯一のビッチ専門誌」を謳ったsasecoのほうがジャンル誌としては王道だったと思うんだけど、中身的には特別感心しなかったというか高に通じるものはあまり感じなかったな。てか、sasecoもVol.3で休刊してたのね。知らんかった。

まあ休刊といってもまた来年から季刊で出るとのことで、どういう仕組みかしらんけど休刊即リニューアルはエロマンガにはよくあることであり結果としてエロマンガ誌の数はなかなか減ることがない(笑。 中の人も上記ツイートのスレッドで「ちょっと拡大しすぎ」たと言うてる通り、もともとLO増刊として不定期刊だったのが隔月になり、さらに月刊化したのが去年だから手を広げすぎたというのも本当っぽい。

でももっと頑張って買い支えればよかったのか……いや本誌は毎月買うてたけど。

7/31追記

昨日出た9月号を読むと、「アンコール掲載」が4本(!)もある。月刊化した頃からずっと原稿が足りない言うてて持ち込み募集してるけど、本当に原稿が集まらなくて制作が回ってない感じなんですかね。そのへんの説明は終になかったけど。

2018/07/20 (Fri)

アメンボ赤いな愛城華恋

藤沢周平『隠し剣孤影抄』『隠し剣秋風抄』(文春文庫)

引っ越しを経て埋もれてたのが出てきたので久しぶりに読み直した。このクラスの短編集であれば定期的に読み返すので電子版で持っておきたいのだが、電子化されてないのである。→ って書いてから今確認したらいつの間にかKindle版があった。うそーん!

不勉強で藤沢周平はほとんど読んでなかったのだが、友人に誘われてなぜか映画『必死剣鳥刺し』を観に行った際に予習として読んだ。本当はジブリ映画を観る話だったのが、任せておいたら上映期間を勘違いしてたとかで急にこれを観ることになったのだったと思う。ジブリ映画だって必ずしも自分では観に行かないのに、まして全くノーマークだった時代劇か。いや時代劇は好きだけど。それでも直前に原作を読んで予習したという。映画が良ければ原作を読みたくなるし、映画が微妙なら原作はどうなんだろ? と気になったりするので、なんだかんだ原作を読むほうである。

で、映画『必死剣 鳥刺し』であるが、原作には「醜貌」と書かれてる主人公がトヨエツなのである。藩主の近習頭取なのに、顔がブサイクだから見せるな! とお上に言われてしまうというのがプロットにも関わってくる部分なので、トヨエツてのはどうなんだ。まあホントに不細工を主役にするわけにもいかんのだろうけど、一応あまり綺麗に見せないメイクにはしてたのかな? ちなみに敵役は吉川晃司。映画そのものは正直特別面白いものではなかった。

キムタク主演の『武士の一分』も同じシリーズ原作(『盲目剣谺返し』)である。観てないけど、あれは山田洋次監督だし、失明した武士とその妻の静かな暮らし、みたいな映画と思われてたんじゃないかと思うが(俺は思ってた)、まさかのチャンバラ映画なのである。しかも目が見えない主人公に対して相手のほうが奇策を仕掛けるという、変な殺陣だった。映画はどうなってるのか気になるな。それからこれも同じシリーズの『隠し剣 鬼の爪』も山田洋次監督で映画化してたのか。今知った。

というわけで原作の「隠し剣」シリーズは一話完結の剣豪小説短編集。藤沢周平ユニバースに共通する舞台、架空の藩である「海坂藩」(七万石。庄内藩がモデルと言われる)で、下級藩士だが腕の立つ主人公が様々な事情から強敵と真剣で立ち合うことになる、というパターンで展開する。タイトルは『○○剣××』の形式で「××」が必殺技の名前になるのだが、「流派の秘伝で主人公にだけ伝えられた秘剣」であったり「それがしが独自に工夫して名付けたもの」だったりする。名前のついた技が話のフックにはなるものの、外連味はあったりなかったりで、むしろ殺陣はわりと淡泊だと思う。どちらかというとタイトルの頭にくる『臆病剣〜』とか『酒乱剣〜』といった部分がプロットの肝になって、しかも意外な結末を生むところがいい。

『必死剣鳥刺し』でいえば「必死剣」は「これを使う時は自分はほとんど死んでいるだろう」みたいなこと言うだけで、技としては「刀身に左手を添えて槍のように突き上げる」という描写があるのみ。おそらく、低い姿勢から腕だけで上に突き上げる技なので、立ち上がれなくなったような状態で遣うことを想定してたということではないかと思うが(実際に瀕死の状態で座り込んだ姿勢から遣っている)、そこまでの説明はない。映画では「仮死状態になってから生き返る必殺技」に見えるので(笑、「あれってどういう理屈なの?」と訊かれて困った。

まあ、全十七編に渡って同じ藩のほぼ同じ時代を書いてるっぽいので、海坂藩、剣の達人多すぎ斬り死に発生しすぎでしょと思うが(笑、粒揃いで完成度は高い。『女人剣さざ波』は主人公ではなくカミさんが実は達人というパターンだし、『暗殺剣虎ノ眼』はこれも女性側の視点で暗殺剣の遣い手は誰なのか最後まで謎のまま進行し戦慄のオチで終わるという、定型を外してくるのもいくつかあっていい。

藤沢周平はこれが好きすぎて、他にも同じ感じの短編集ないかな? と思ったら見当たらなかったのでそれ以上読んでなかったのだが、改めて読もうかしら。『たそがれ清兵衛』は昔読んだ気もするが全く覚えてないな。

 

2018/07/16 (Mon)

フカ次郎

リクオ・シングル『永遠のロックンロール/海さくら』発売記念スペシャルライブ

於、Zher the ZOO YOYOGI

ザーザズーに前回行ったのは青木佑磨と学園祭学園ワンマンだった気がする(笑。

ゲストはウルフルケイスケ。ここ数年よく共演してるみたいだけど観るのは初めて。ってかウルフルズって今ウルフルケイスケ抜きで活動してるのか。知らんかった。

少なくともここ10年くらい、観たリクオのライブは全部シッティングだったと思うんだけど今回はスタンディングだった。まあザーザズーに椅子なんかないか。

納得いく曲が書けたので10年ぶりにシングル出した、というレコ発ライブだけあって、だいたいいつもやるような定番の曲が少なめで新曲中心のセット。本人は「第三の思春期」とか言うてたが充実してるようだ。

最後の告知で「今度は中村耕一さんと一緒にやる」と言ったが客の反応が薄かったので「元J-WALKの」と言ったら「おおー」ってなったんだけど、今確認したらちょうどJ-WALK30周年のタイミングで覚醒剤で逮捕されて大変だったみたいな話が。そういえばそんなことあったかなーくらいの感じ。別に問題あった人が周りに集まってるわけじゃないんだよな? そんな雰囲気でもなかったし。