Hatena::ブログ(Diary)

シェイブテイル体験記 旧シェイブテイル日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2014-11-19 マネーの発明はいつだったのか このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 専門家の間でもマネーが発明された時期には定説はないようです。
今日はこのマネーの歴史について、私なりの考察をしてみたいと思います。


◇マネーの発明:いくつかの見解
 マネーがいつ発明されたかは、マネーをどう定義するかにより時期が大幅に異なってきます。 Wikipedia英語版*1によれば、最初のマネーは紀元前9000年紀ころの穀物や家畜だった、とする説もあるようです。

ただ、単なる穀物や家畜では、他の財の価値の測定もできなければ、価値の保蔵も困難だったでしょうから、紀元前9000年紀の穀物・家畜をマネーの起源とするのは、一部学者による見方に過ぎないと言えるのかもしれません。

一方、紀元前670年のアナトリア半島(現トルコ)のリディアでは、金銀合金である琥珀色のエレクトロン*2が発明されていますので、マネーの起源は少なくともこの時期もしくはそれ以前と言えましょう。*3

前回「大昔、物々交換などなかった - シェイブテイル日記 大昔、物々交換などなかった - シェイブテイル日記」で紹介した「21世紀の貨幣論」の著者・フェリックスマーティンは紀元前3100年頃のメソポタミア文明にはまだマネーは存在していなかったという見解です。
紀元前3100年頃のメソポタミアといえば、シュメル人が世界初の都市ウルクを建設した時代に当ります。(ウルク文化期は紀元前3500−3100年頃) 

f:id:shavetail1:20141119161922j:image:w360:right
オリエント地域での貨幣関連史
ところがメソポタミア文明研究者小林登志子氏によればウルク文化期後期には既に商人が出現していたとのこと。 *4
貨幣がない時代に商人とはいかにも奇異な話です。

フェリックスマーティンは、マネーが発明されるために必要な要素は、「文字・数学・会計・定量化」だと考察しています。*5

メソポタミアで文字と数学が発明されたのが紀元前3300-3100年頃。*6
それ以前は紀元前数千年間粘土でできたトークンと呼ばれる一見座薬のように見えるものがあり、例えば羊5頭を表すのには決まった形状のトークン5個をブッラと呼ばれる粘土容器に収めて表現していました。 それが紀元前3100年頃に大きなイノベーションが起こり、トークン自身ではなく、トークンを湿った粘土に押し付けてできた型で数量を表現するようになりました。
その後すぐ、羊100頭を示すには羊のトークンを100回型押しするのではなく、羊と100とを示す記号を葦でできたペンで書くようになったのです。(人類最古の文字、ウルク古拙文字と数字の発明)
そして、これら人類最古の文字と数字は、家畜・穀物の量や貸借など会計帳簿をつけることで発展しました。

f:id:shavetail1:20141119163032j:image:w360
3次元トークンから2次元の楔形文字への進化


これらのように、紀元前3100年頃には文字、数学、会計は発明されていたものの、フェリックスマーティンはこの時代のメソポタミアには定量化の方法がなかったためマネーは存在しなかった、と結論づけています。

ところが実際にはこの時代には定量化の方法は存在していたのです。
それは紀元前3500年頃の地層から大量に発掘される、斜めの縁をもったボウル(Bevel-rimmed Bowl)
でした。
このボウル、水をいれれば漏れるし、見た目も不格好で、当時のゴミ捨て場から大量に発掘されるなど単一ではみすぼらしい陶器の鉢に過ぎません。
ただ、非常に特徴的なのは、同型同大のボウルが何千個となく出土していることです。
これらボウルの使い道は当時の労働者が報酬の穀物をもらうときの計量コンテナだったと考えられています。 *7
f:id:shavetail1:20141119163254j:image:w360
斜めの縁をもったボウル(Bevel-rimmed Bowl)

フェリックスマーティンの認識とは異なり、彼がマネー発明の前提条件と捉えた四要素、「文字・数学・会計・定量化」は紀元前3100年頃までにはすべてシュメル人が住むメソポタミアの地で揃っていたのです。

この時期の穀類定量コンテナが一種の秤量貨幣であり、その裏側には現代同様の貸借関係を記録する文字・数字・会計システムが揃っていたとするなら、これこそマネーの起源と考えられるのではないでしょうか。

そうであれば当時、このメソポタミアに商人が世界で初めて発生し、大規模な人口集積地つまり都市が世界で初めて発生したということも偶然ではなく必然であったと捉えることができます。

リディアでのエレクトロン貨などは、先進地、東方メソポタミアでのマネー発明を受け、麦あるいは金銀の秤量貨幣の不便さを解消するための漸進的発明だったのではないかと私は思います。
f:id:shavetail1:20141119161842j:image:w480
古代の大文明とマネー

*1http://en.wikipedia.org/wiki/History_of_money#The_emergence_of_money

*2エレクトロンギリシャ語琥珀を意味する

*3:ちなみに古代中国貝貨紀元前2100−紀元前700年頃にかけて使用されていました。

*4小林登志子著「シュメル」−人類最古の文明 p17

*5:フェリックスマーティン「21世紀の貨幣論」 キンドル版1043行目

*6:マーティン 1043行目

*7World History Sources-Bevel-rimmed Bowls

T.MT.M 2014/11/21 19:28 マネーの起源がまさか『どんぶり勘定』だったなんて・・・。
はじめまして。
いつも知的好奇心をくすぐる素晴らしいブログをありがとうございます。
楽しみに拝読しつつ、勉強させていただいております。
器を使い、数をかぞえ、ことばで約束(信用)をするようになったと
同時にマネーは誕生したと考えるとなんかロマンチックでもありますね。

shavetail1shavetail1 2014/11/22 07:16 T.Mさま
コメントありがとうございます。
マネーの発明が紀元前3300−3100年のメソポタミア・シュメル人によるもの、ということは定説にはなっていないのですが、この時代・この地域で、現代人にも必要不可欠な文字・数字・会計・商業・都市が集中して発明・出現したことが大変興味をそそられるところです。

彼の地では、はるか昔より小麦などが自生していて、紀元前6000年にはチグリス・ユーフラテス川を利用して灌漑農業も始まりある程度の人口集積は可能だったようです。ただ都市を支える程の食料供給ではなかった。そうすると自分が消費するよりも多くの麦を得るものとそうでないものがどうしても出るでしょう。 この時、食料を得ることができなかったものは放っておけば飢えて死ぬだけ。

片や麦を多量に得た者も食べられる量には限りがありこちらは放っておけば食料を無駄にするだけ。

そうであれば多く得たものはわずかしか得られなかったものに分け与えると思われます。 いや正しく言えば貸し付ける。貸し付けることで、得られた麦は得られなかった者の飢えを防ぐと同時に、負債に形を変えて消滅を免れます。

つまり負債はマネーの誕生よりも前に発生していたでしょう。
後は、このブログに書いたように、ウルク文化期に文字・数字・会計が発明されたことで、ボウルで定量化された負債は流動化し、秤量貨幣となったのではないでしょうか。

蛇足ですが、この当時物々交換が主体だとすると人々は秤量貨幣の麦を貨幣として蓄積してしまい、麦の退蔵によりいわば麦デフレが発生し、循環するマネーとはならなかったのではないでしょうか。

岡野岡野 2014/11/30 10:26  初めまして。
 最近、日本政府は、赤字国債により破綻をするような現状にあるかということを調べて、shabetailさんのブログにぶちあたりました。楽しく読まさせていただいています。
 そのおかげもあり、早速「21世紀の貨幣論」も読みました。

 shaivetailさんが影響を受けた本を紹介していただければありがたいです。