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2017-04-08 すべては銀行の信用創造行動から始まる このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

皆さんは、おカネはどこで生まれるかを考えたことはおありでしょうか?
通貨の供給ルートとして、しばしば「信用創造」として、銀行に預けられたおカネが引き出しに備えた準備預金を除き、再び別の銀行に貸し出されるモデルが紹介されることがありますね。 
しかし、あの教科書に載っているモデルは間違いなんです。

おカネはどのようにしてうまれるか。
これについて、本日は、Twitterでのやりとりの延長で、横山昭雄氏の「真説 経済金融の仕組み」を一部抜粋してご紹介します。

横山昭雄 「真説 経済金融の仕組み」 p80-p84より

第3節 真の通貨供給メカニズム−モデルI

■すべては銀行の信用創造行動から始まる
いま歴史のコマを早回しして、現金・キャッシュが全く不必要なまでに信用化の進んだ金融経済機構を想定してみよう。そこでは一切の取引・決済が預金通貨の振替、手形・小切手の授受を通してなされるため、銀行券・補助貨は全く不必要になる。また、政府の財政活動に伴う金融的諸取引、外国との貿易・資本取引に絡む諸金融現象についても、当分の間これを考慮の外に置くこととしよう。
この信用経済(これをモデル気噺討椶Α砲旅柔メンバーとしては、中央銀行とA、B二つの市中銀行信金信組農協等すべての預金受け入れ機関を含む概念)、資金を需要する甲、乙、丙、…等複数の企業とa、b、C、…等多数の家計があるとしよう。
この進んだ信用経済における、たとえば10000のマネーストック(全額預金通貨)は、どういうプロセスを経て供給されるのだろうか。
それは、銀行の(主として対企業)″貸出″行動を通して供給される(より広くは信用供与、つまり相手方への貸出のほかに、相手方からの有価証券買い取り・引受をも含む概念。以下便宜のため"貸出"なるタームをもって与信全体を意味することとするが、必要に応じて有価証券取得をも含む与信概念にも言及)のである。

今、一般企業と同様、利潤追求企業としての銀行Aが、企業甲の設備資金借り入れ需要(800)に対応する、とする。
(中略)
この時の取引関係の経理処理を、複式簿記手法によって示せば図3-1の通り。つまり、銀行は貸出を行い、その反射行為として、自己の負債としての預金を創出するわけである。これを信用創造という。まさにM・フリードマンが言う通り、″銀行の書記のペンから預金が産まれる″のである。この後、企業甲が、機械メーカー乙から機械(700)を購入すれば、関係者の貸借対照表(B/S)は、図3-2の通り変化する。
この場合、便宜上、メーカー乙もA行の取引先と仮定する。
A行は、このような貸出活動を、甲以外の多数企業にも行い、トータルで7000の与信残高、したがって7000の預金残高を持っている、とする。同様にB行では3000の与信残と3000の預金残が見合っている、とする。
両行合計で10000の与信がなされ、経済全体として10000のマネーストックが供給されているのである。この時、経済全体のB/Sは図3-3の通り。
さて、以上の話の流れでは、預金とは、すべて銀行貸出・与信行動のはね返りとして創出された″派生預金″であると断じられ、既存の教科書によく見られるような、貸出と無関係な″純預金″あるいは″本源的預金″という概念が全く無視されている点、あまりにもこれまでの常識に反していることに触れておく義務があろう。

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(中略)

 エコノミスト、つまりマクロ経済を考察している人達が、金融機構全体を論ずる場で、貸出のためには預金獲得が必要といった発言をしたとしたら、これは全くの誤りであると言わなければなるまい。それはたとえば、個人預金なるものをちょっと詳しく考えてみれば、すぐに理解できることなのである。

今ここにA行を取引先とする企業甲、そこに勤務し自宅からの利便を考えて給与振込口座をB行に開設しているサラリーマンaがいるとしよう。今月分のaに対する給与40万円が支払われて、B行におけるa名義個人預金口座に振込まれたとすると、この個人預金40万円は、B行にとって間違いなく、貸出の見返りでない本源的預金である。しかしながら、我々はすぐに、A行においてはその分だけ甲の企業預金が減少していることに気が付かねばなるまい。つまりB行にとっての本源的個人預金40万円の資金源泉は、実はA行における甲の企業預金であったわけである。そしてこの甲の企業預金は、恐らく甲が給与支払に先立って製品販売先丙から代金回収を受けたか、あるいは取引先A行から借入れをしたか、のいずれかによるものであろう。ここに気が付けば、さらに製品販売先丙の決済原資となった丙の企業預金もまた、その取引先B行からの借入れか、丙の販売先企業丁からの代金回収かである……と辿っていくことは極めて容易である。つまり、一行にとって本源的預金であるところの個人預金も、その資金源泉をたぐっていけば、結局銀行組織によってそれに先行して行われた、主として企業向けの与信行動にぶつかるのであり、それ以外ではあり得ないということが判明してくる。非債務者法人の純預金についても、理屈は全く同じことである。

このように見てくると、個別行の眼からは一見貸出に関係のない純預金に見えるものも、つきつめて信用体系全体で考えれば、何処かで行われた貸出の見返り(派生預金)に他ならないのであり、したがって(モデル気砲△辰討蓮法マクロ的に見るかぎり、貸出と無関係な、いわゆる本源的預金なるものはそもそも存在しない」ということがはっきりとしてくる。我々が、いま批判的に取り上げているフィリップス型信用拡張公式のミスリーディングな叙述ないし誤謬も、結局のところミクロの個別銀行の預金吸収行動と、全金融体系のマクロ的な預金創出メカニズムとを混同したことから起こったもの、と断ずることができよう。

恐らく、以上の話の流れがあまりに通説と異なるため、いぶかしさを禁じ得ないでおられるだろう読者のために、つまり、「それでは、そもそも本当の本源的預金なるものは、この世にないのか」と、戸惑っておられるかもしれない諸賢のために、話を少し先取りして言えば、モデル気砲△辰討蓮◆中央銀行オペレーションなどで供給する中央銀行預金のみが、全銀行システムにとって、つまりマクロ的に見て、唯一、(市中銀行貸出の見返り・派生ではない)という意味での、本源的預金と称び得るもの」なのである。さらにモデルの制約を取り払った後も、外貨流入などの特殊事例を除き、大筋この考え方が基本となることが判明する。

しかし、ここであわてて付け加えるべきは、「中央銀行信用による中央銀行預金のみがマクロ的本源的預金である」と述べたとしても、それは決して、「この本源的預金がベースとなって信用拡張メカニズムが展開される」などと、言おうとしているわけではない、ということ。むしろ、この犖躄髻蹐海修、筆者が、本書を通じて論駁したいと考えている最大のポイント。このあと順次、この点について、丁寧に論じていくこととしよう。(以下略)


いかがでしょうか。
>>まさにM・フリードマンが言う通り、″銀行の書記のペンから預金が産まれる″

つまりおカネは銀行の貸し出しの際に生まれるという概念、ご理解いただけたでしょうか。

通りすがり通りすがり 2017/04/08 23:47 私は、フィリップスの信用創造論については次のように思っています。

フィリップスの信用創造論でも、貸出でお金が増えることは同じだと思います。

私は、フィリップスの信用創造論の肝は、むしろ経済人の行動にあると思います。

準備率が10%だとして、現金100万円が預金されたら、10万円残して90万円貸し出す、というのは、「ペンから預金が生まれる」に矛盾しません。

なぜなら、預金を90万円、「ペンによって」信用創造されて、それが全部下ろされれば、フィリップスの信用創造論の通りになるわけで、矛盾しなわけです。

つまり、フィリップスの信用創造論の肝は、「現金」でお金が増える、という点にはなくて、「銀行は準備ぎりぎりまで貸し出しを行う」「預金が生み出されたら全部引き出されて使われる」という「仮定」にあると思います。

おそらく、「合理的経済人」の想定なのでしょうが、そういうモデルだと思います。

それと、これはあくまで、「一つの預金」を追ったモデルだ、という点です。つまり、時点ネット決済や、同銀行内決済、そして、出て行った現金もあれば入ってくる現金もあるという「二つ以上の預金」のことは語っていないモデルだということです。

私はそのように思っていますが、ただの匿名の素人さんの意見なので、あまり信用しないようにしてください。

shavetail1shavetail1 2017/04/09 21:32 通りすがりさま

ここで問題視されているフィリップス型信用創造論に従い、A行にb氏が預金100を預けているとして(預金残高100)、法定準備率が1%で、A行はC行(預金残高ゼロ)に口座があるd氏に99又貸しすると考えると、貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99で、預金としては「創造」されていない点が問題かと思います。 もしA行には100、B行にも99残高があるとすれば、この99部分は同時にb氏の預金でもあり、d氏の預金でもあるという詐欺的な状況ということになるのではないでしょうか。

通りすがり通りすがり 2017/04/09 22:45 まず、AさんがX銀行に、100の預金をしたとします。そうすると、預金がAさんの分、100になりますよね、

そして、X銀行がBさんに90の預金創造を行ったとしましょう。そうすると、その時点では、X銀行に現金100、預金が190になります。もっと細かく言うと、資産に、現金100、貸出金90、負債に預金が190になります。

そしてBさんがそれを全部引き出して使ったとしましょう。そうすると、X銀行に現金10、預金は100になります。細かく言うと、資産に現金10、貸出金90、負債に預金100です。

フィリップスの信用創造論の通りです。矛盾はありません。

通りすがり通りすがり 2017/04/09 23:21 私も、もともとは、「フィリップスの信用創造論はむちゃくちゃだ!間違っている」という人でした。

しかし、当時神戸大学助教授、石井隆一郎『現金銀行論』で、フィリップスの信用創造論がバランスシートで説明されているのを見て、見た時点では馬鹿にしていたのですが、ちょっと経ってから「待てよ」と思い、上の理解になったわけです。

当時は、時点ネット決済なども知らなかった、というのもあります。

通りすがり通りすがり 2017/04/09 23:23 『現金銀行論』ではなくて、『現代金融論』です。打ち間違えました。すごい古い本です。

こんな「趣味」は、現実では誰にも語れません。

通りすがり通りすがり 2017/04/09 23:25 ああ、1965年の本なので、すごい古い本、とも言えないですね。たびたびすいません。

通りすがり通りすがり 2017/04/10 13:44 「もしA行には100、B行にも99残高があるとすれば、この99部分は同時にb氏の預金でもあり、d氏の預金でもあるという詐欺的な状況ということになるのではないでしょうか。」

そうではなくて、bさんの預金は100であり、dさんの預金は99です。何も詐欺的なことでもありません。A銀行がdさんにお金を貸すときに、A銀行の預金の総額が199になり、そしてdさんが現金を99下ろすと、100に戻ります。

それをdさんが使ったり、別の銀行に預ければ(別の銀行に融資を受けたdさんが全額預けるなんてことは通常ないと思いますが)、別の銀行にdさん、あるいはdさんが使った先の人の預金が99(総額)になります。

何も矛盾はありません。ようは、A銀行が「現金」を渡す、ということを注目してしまって、その時点で預金創造がなされていることが見えにくくなっているだけです。

なぜなら、預金が生まれなければ、現金は下ろせないので。直接、現金が渡されてたとしても(通常そんなことはないとは思いますが)、別に矛盾しません。その時点で預金が生み出されて、それが下ろされたということが省略されているだけです。

通りすがり通りすがり 2017/04/10 13:59 「誰かに貸し付けるときに無から生じる」というと、多くの人は、「預金を作ったって、現金がおろされるんだからそこで限界があるでしょ」ということになってしまうと思う。

だから、銀行内決済、時点ネット決済、現金は単に預金の移動を助けているだけ、出て行く現金もあれば入ってくる現金もある、準備金の後積み、日銀の金融調節、という知識が必要になってくる。

でもここまでこれる人がどれぐらいいるだろうか。もっと人生には楽しいことがたくさんある。人を馬鹿にして気持ちよくなるためには、あるいは自分が頭がいいと思いたければ、1〜3冊ぐらい経済学者の一般書を読んで、その知識で殴り続ければそれで事足りる。

通りすがり通りすがり 2017/04/10 21:34 「A行にb氏が預金100を預けているとして(預金残高100)、法定準備率が1%で、A行はC行(預金残高ゼロ)に口座があるd氏に99又貸しすると考えると、貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99で、預金としては「創造」されていない点が問題かと思います。」

間違っていると思います。A銀行には、bさんの預金100で、C銀行にはdさんの預金99です。dさんの預金99は、A銀行がdさんに貸出を行った際、信用創造されています。

A銀行が1になるのは、ここでは現金です。預金と現金がごっちゃになっていると思います。

それと、C銀行に口座があるdさんに、A銀行が貸す、というのも、ちょっとそもそも違うのではないかと思って、金融大学HPによれば、

http://www.findai.com/yogow/w00321.htm

「銀行が、預金者から100円を預かったとします。法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます。A企業は、銀行から借りたお金で、取引先であるB企業に支払いをします。B企業はそのお金を銀行に預け、銀行にはB企業の預金90円が新たに作られます。」

となっており、A企業への貸出をしてその支払いがB企業でいき、預金される、となっています。私はこの金融大学HPと同じ理解でした。

通りすがり通りすがり 2017/04/10 23:01 現代の銀行は現金を渡して融資する、ということはしないと思いますが、現金を直接貸し出したとすれば、その仕訳は、

貸出金 100/ 現金 100

になると思います。では現代はどうかというと、まず

貸出金 100/預金 100

となって、預金が信用創造され、現金でそれがおろされたとすれば、

預金 100/現金 100

となり、最終的な結果は同じになります。

つまり、銀行に貸出金という資産が表れている時点で、相手には当然借入金という負債が生じていて、それを預金でもっていようが、現金でもっていようが、「信用創造」されたのは同じなのです。

フィリップスの信用創造論は、経済学を学ぶ人たちが説明の文章を読むときに、この「貸出金」という資産勘定が銀行に発生することが、よく分からないことによって、誤解が生じていると私は考えています。

また、実際の制度をよく知っている人たちも、フィリップスの信用創造論「を」簿記的に仕訳してみる、ということはしないため、「預けられてそれがまた貸し出されるなら、使えないカネが増えることか、まったく間違っている」とか言ってしまうのだと思います。

使えないカネが増える、ではなくて、X銀行が、Aさんに100万円貸したらなら、まさに「そのお金が」使えるお金なのです。

と、私は「みんながしている誤解」はそのようなものだと思っています。

asdasd 2017/04/11 00:11 書こうかどうしようか迷いましたが…
私も通りすがりさんと同様の理解です。言い方や捉え方が違うけど、結局どちらも同じ事を言ってると思います。
私なりの理解では、信用創造の歴史の話でも結構重要ポイントだと思いますが、帳簿上の数字という概念が組み込まれているところがキモだなあ、と思ってます。預金を貸し出したはずなのに預金が手つかずに残ってる、っていう。この部分なんかまさに詐欺的ですよね。

通りすがり通りすがり 2017/04/12 00:39 こうやって説明すると、「だって、99現金を渡したら、1になっちゃって、bさんがお金をおろしたくても使えないじゃないか」という人がいるのだと思う。

だから、このモデルは誤解を生みやすいのだと思うし、信用創造の形を教えるのに適切だとは言えないのだと思うが、これはあくまでモデルであって、一つの預金を現金で追ったものにすぎないのだと思う。

つまり、例えば、A銀行から99預金がB銀行に流出しても、B銀行も貸し出しを行っているなら、A銀行に99預金が流れることだって考えられるのだが、それだと2つ以上の預金を扱うことになるので、また別の話になってしまう、ということなんだな。

A銀行が貸し付けた人が、A銀行と取引のある人のところでお金を使う場合だって考えられるわけで、そうなると、別にB銀行にお金が流出するわけでもなくなる、ということもある。

また、日銀の買いオペ等による、マネタリーベース供給とか、金融調節とか、マネタリーベースを融通しあう(貸付合う)、コール市場とか、そういったものが現実にはあるわけで、そうなってくるとまた別の話になってくる。

自分としては、そのように最初から教えたほうがいいと思うが、ともかく、フィリップスの信用創造論の批判は微妙なものが多いと思っている。

私は、モデルの仮定うんぬん、というよりも、そもそもみんな簿記の仕訳が出来ますか、私の上で書いていることが分かりますか、と問いたい。私は高等数学が分からないから経済学の論文は読めない。だから、経済学が出来る人も、簿記が出来ないと認めてほしい。つまり上の説明は分からないんだ、と。

tamurin7tamurin7 2017/04/13 02:44 そうですね、私も通りすがりさんが書いている通りだと思います。
フィリップス型の信用創造論(と呼ばれていることも今回初めて知りましたが)は別に間違っているわけではない。
ただ、非常にミスリーディングであることが問題なんですよね。
現金で貸していることにされると、貸した瞬間に実は預金が創造されているのだということに気づける人はほとんど居ないでしょう。
この説明だと銀行がお金を作っていることが非常に見えづらくなってしまう。
嘘をついているとは言い切れない説明でありながら、銀行がお金を作っていることを見えなくしている点で、この説明を考えた人(フィリップスさんですかね)は天才的だなぁと思ってます。

望月夜望月夜 2017/04/13 02:48 通りすがりさんの言っていることは、概ねその通りと思う。

個人的には、「このモデルは誤解を生みやすいのだと思うし、信用創造の形を教えるのに適切だとは言えない」というところが、全体を通してもっと強調されても然るべきとも思うが。

通りすがりさんはかなり理解されている方なので、今から書くことは通りすがりさんに対してではなく、通りすがりさんのコメントを読んでいる人たち(そしていまいちピンと来ないであろう人たち)の理解の一助としてもらうために書く。

通りすがりさんが『フィリップスの信用創造論』と呼んでいるもの、よく「又貸しモデル」と言われるものは、決済が全て「引き出された現金」を介して行われる、という仮定のもとに組み立てられている。ただ一方向だけに限れば、銀行間決済であっても(一旦引き出された現金が移動するか、日銀当座預金が直接移動するかの違いはあっても)同様のことが起き、仕訳上の動きも(ほぼ)同一である。

問題は、実務的には「引き出された現金で決済する」というのは全体で見て極めて限定的な規模であるということである。

この部分を根本的に正すと、最終的に言えることは、我々が決済手段としているのは実は現金(紙幣・硬貨)ではなく、信用、負債なのであって、現金はあくまでその単位であったり、信用決済を補助するものであるに過ぎない(信用貨幣論)、ということなのである。

shavetail1shavetail1 2017/04/14 08:12 皆さんコメントありがとうございます。

ここまでコメントいただいた皆さん全員、フィリップス流信用創造に賛同されているようですね。

さて、通りすがりさまのご指摘、「フィリップス流信用創造と矛盾はないではないか」
これは私もそう思います。特に1行だけでみればそう思えます。

「現金と預金を混同していないか」
これは混同していません。モデルIでは元々現金の存在を前提としていないからです。

さて、信用創造については、通りすがりさまの仕訳で間違いはないと思いますが、その理解ならば、そもそも他行から受け入れる預金は新たな信用創造と直接は関係ない要素ではないでしょうか。

フィリップス流の理解ではそれが信用創造の原資という理解ですから。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 09:03 「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99」

A銀行の預金残高は1ではないですよ、と言っています。1になるのはここでは現金ですよ、預金はbさんの100ですよ、預金と現金を混合してますよ、と言っています。もし、現金の存在を前提としていないのであれば、「A行にb氏が預金100を預けているとして(預金残高100)、法定準備率が1%で」という、その前の文章があるのが意味が通りません。

「その理解ならば、そもそも他行から受け入れる預金は新たな信用創造と直接は関係ない要素ではないでしょうか。」

これは入ってきた現金を準備金を除いた額全部貸し出して、全部引き出されて使ったらどうなるのか、みたいな「モデル」なんだと思います。モデルは仮定で構成されています。また本源的預金に関していうと、歴史的経緯なども考えなければいけないと思っています。もし、現在のお金の原資が、幕府がまいた銭だったり、輸入したものだったりした場合、本源的預金は存在するといえるかもしれません。私はそういうことには興味はありませんが。

ともかく私が思うことは、フィリップスの信用創造論を批判している人たちは、銀行が現金で貸し出した際、当然、銀行に貸出金という資産が生まれる、ということがあんまよくわかってないんじゃないか、というものであり、ブログ主さんがそうではないのであればもうしわけなかったです。

shavetail1shavetail1 2017/04/14 13:05 「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99」
これは判りにくい話でしたね。それは取り下げます。

この話のポイントは、銀行の貸出しに、本源的預金が必要か否かです。
 フィリップス流の信用創造つまり、本源的預金なしには派生的な預金が生まれないという理解が正しいのかどうかです。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 15:16 「判りにくい」んじゃなくて、間違いだと思います。

「もしA行には100、B行にも99残高があるとすれば、この99部分は同時にb氏の預金でもあり、d氏の預金でもあるという詐欺的な状況ということになるのではないでしょうか。」

という文章から見る限り、ブログ主さんは、フィリップスの信用創造論を勘違いして理解されていると思います。私が言っているポイントはそこですし、あなたの最初のコメントも本源的預金うんぬんなどとは全く書いてありません。

「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99で、預金としては「創造」されていない点が『問題』」と書いてるじゃないですか。ですから創造されてると思いますよ、と書いてるんです。

shavetail1shavetail1 2017/04/14 15:45 まず、金融大学の信用創造の部分をみていただきましょう。

http://www.findai.com/yogow/w00321.htm

これが、フィリップス流の信用創造の説明です。
本源的預金が預けられると、それ自身を別の銀行(の口座がある人)に直接貸し出される、という説明です。

通りすがりさんの書かれた仕訳は正しいのは間違いないですが、上記の信用創造創造の説明の仕訳ではないですね。

私が言っているのは、フィリップス流の信用創造(と言えるのかどうか)では信用創造ができないという点を指摘しています。

通りすがりさんは、無意識に、フィリップス流信用創造説を否定して、本源的預金とは無関係な仕訳(正しいです)を書かれているように思いますが。

shavetail1shavetail1 2017/04/14 16:16 蛇足ながら、金融大学のフィリップス流信用創造(?)スキームの通りなら、どの段階でもB/Sの大きさは100のままですよね。

ところが、通りすがりさんの説明、というよりも横山氏でも私でも信用創造の仕訳をすれば、新たな貸出しが90発生した時、 銀行のB/Sの大きさは100+90になるでしょう。

asdasd 2017/04/14 18:49 フィリップス式では、「Aさんの預金100万から90万がBさんに貸し出されてBさんが90万預金払い戻し権を得ても、Aさんの100万預金払い戻し権は失われずそのまま存続する」ということが明示されませんので、そこが誤解を生む要因の1つでしょうね。
なので、そこさえ踏まえればフィリップス式でも銀行B/Sの大きさは100+90になるわけです。

ものすごく端的に言ってしまえば、フィリップス式本源的預金と横山式本源的預金は全然別物、違うものを指してますよね。
フィリップス式本源的預金はあくまでフィリップス式の見方をするときの便宜的な定義というか、通りすがりさんも言ってますが「そういうモデル」なわけです。
或いは、フィリップス式視点という名のミクロとでも言えましょうか。
そしておそらく、横山氏もその視点自体まで否定しているわけではない、だからこそわざわざ「マクロ的(に見るかぎり)」という但し書きを入れてるのだと思います。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 19:01 ブログ主さんにお尋ねしたいのですが、簿記の仕訳が出来ますか?私の書いていることが正しいと書かれているのに、「金融大学のフィリップス流信用創造(?)スキームの通りなら、どの段階でもB/Sの大きさは100のままですよね。」と書かれているのは変だと思います。

あと、このブログは、

「つまりおカネは銀行の貸し出しの際に生まれるという概念、ご理解いただけたでしょうか。」

「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99で、預金としては「創造」されていない点が問題」

だから、「あの教科書に載っているモデルは間違いなんです。」

という内容なんですから、そうじゃなくて、フィリップスの信用創造論でも、貸出で預金が増えているのは同じなんですよ、と書いているんです。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 19:45 私の仕訳は、金融大学の説明を仕訳したものではない、ということでしたので、金融大学の説明に沿って、仕訳をしたいと思います。

?「銀行が、預金者から100円を預かったとします」

現金 100円 / 預金 100円

?「法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます」

貸出金 90円/ 現金 90円

全く上のコメントの仕訳と同じです。?の仕訳は書いていませんでしたが、それはあのコメント内の説明に不要だったからです。

で、この?の仕訳は、

貸出金/預金

と信用創造されて、

預金/現金

と出されれば、結果は同じですよ、と書いているんです。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 19:47 ※文字化けしているので

私の仕訳は、金融大学の説明を仕訳したものではない、ということでしたので、金融大学の説明に沿って、仕訳をしたいと思います。

1「銀行が、預金者から100円を預かったとします」

現金 100円 / 預金 100円

2「法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます」

貸出金 90円/ 現金 90円

全く上のコメントの仕訳と同じです。1の仕訳は書いていませんでしたが、それはあのコメント内の説明に不要だったからです。

で、この2の仕訳は、

貸出金/預金

と信用創造されて、

預金/現金

と出されれば、結果は同じですよ、と書いているんです。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 19:53 「本源的預金が預けられると、それ自身を別の銀行(の口座がある人)に直接貸し出される、という説明です。」

間違っていると思います。金融大学の説明を見ると、

「法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます。A企業は、銀行から借りたお金で、取引先であるB企業に支払いをします。B企業はそのお金を銀行に預け、銀行にはB企業の預金90円が新たに作られます」

とあり、銀行はA企業に貸して、それが取引先のB企業の支払いにあてられて、B企業が別の銀行に預ける、という説明です。

「それ自身を別の銀行(の口座がある人)に直接貸し出される、という説明」ではないと思います。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 20:23 現実に行われていることは、

貸出金/預金

と信用創造されて、それが現金でおろされると、

預金/現金

になるし、銀行内決済されると、

預金/預金

になるし、グロス決済で考えたとして、別銀行に送金されると、

預金/日銀当座預金

になる。

準備金は後積みだから、預金創造するときに準備金に縛られるわけではない。日銀当座預金を銀行間で貸し借りするのが、コール市場で、全体としてマネタリーベースが足りず、あるは過剰になり、コールレートが上がりすぎたり、下がりすぎたりしないように、主に買いオペ、売りオペにより金融調節が行われる。

で、(上の説明が間違っていたら申し訳ないですが)そういう現実とは関係なく、フィリップスの信用創造論で預金創造が行われていない、という認識は間違いだと思う、と書いています。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 21:50 「下記「金融大学」の「信用創造」説明文などでもよくわからないのは、100円から90円貸しても、10円預金+90円貸し出しみたいにかかれていて、190円ではなく100円のままの仕訳になりそうなんですが私の勘違いですかね。」

勘違いだと思います。金融大学の図を見ても、「銀行 『現金』で残す10円」と書かれています。「10円預金」とは書いてありません。

現金を90円貸し出したとすれば仕訳は、

貸出金 90円 / 現金 90円

であり、もとの100円の預金は減少も増加もしません。減るのは現金であって、預金ではありません。現金が100円あったのが、90円貸し出されて、100-90で10円残るわけです。

つまり、資産に10円の現金、90円の貸出金、負債に預金の100円です。

shavetail1shavetail1 2017/04/17 12:03

https://twitter.com/wankonyankorick/status/853797174773137410

通りすがり通りすがり 2017/04/17 13:09 「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99」

これは間違いということでいいですね。

shavetail1shavetail1 2017/04/17 17:34 http://manabow.com/hayawakari/hayawakari6_2.html
これもまたフィリップス流の信用創造の説明です。
信用創造(?)で預金が増えるように書かれていないでしょう。
そもそもこのサイトの説明では、バランスシートが左右でバランスしていませんが。

勿論、この解説は間違っていますが、この解説こそ、フィリップス流の信用創造の説明なんですよ。

あなたがフィリップス流の信用創造(という間違った概念)を正しく理解していないというだけの話です。

shavetail1shavetail1 2017/04/17 17:38 >「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99」
これは間違いということでいいですね。

勿論間違っています。
勘違いされているようですが、それは私がそう理解しているのではなく、それこそが、私が批判しているフィリップス流の信用創造の説明ですよ。

http://manabow.com/hayawakari/hayawakari6_2.html

これもまたフィリップス流の信用創造の説明ですが、貸出しと両建てで銀行資産が増えているとはされていません。
要するにフィリップス流の信用創造とは間違いということです。

通りすがり通りすがり 2017/04/17 20:10 パンダに貸して、1900万円に預金が増えてるじゃないですか。

「預かったのはタヌキ夫妻の1000万円だけなのに預金口座の合計は1900万円になったな」

と、うさぎさんが言っているのに、「信用創造(?)で預金が増えるように書かれていないでしょう。」とはどういうことなんですか?ちゃんと文章を読んでますか?リッキーさんの批判は信用創造されていないことではないですよ?

リッキーさん:「なぜわざわざ準備率が10%だから現金100万円残して残りを貸し出そう、という一方でということで900万円の預金を振込む(負債を発生させる)のか意味不明」

「900万円の預金を振込む(負債を発生させる)」とリッキーさんも書いているでしょう。900万円信用創造されている、ということですよ?

で、現金が900万円下ろされたら、資産に現金が100万円、貸出金900万円、負債に預金1000万円です。

あなたの言っていることだと、預金が100万になってしまうんですが、どうしてパンダがお金をおろしたら、タヌキの預金が減ってしまうんですか、ということを言ってるんですよ?

「貸出しと両建てで銀行資産が増えているとはされていません」

じゃあ、どうやって、銀行は利息をもらうんですか?お金を貸すんじゃなくてあげちゃう、というのがフィリップスの信用創造論なんですか?

通りすがり通りすがり 2017/04/18 21:00 ブログ主さんに質問ですが、金融大学HPの信用創造論は仕訳が不可能であり、私の2017/04/14 19:47 のコメントでの仕訳は間違っている、と考えているんですか?

2「法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます」

貸出金 90円/ 現金 90円

↑これが間違っていると思っているんですか?

通りすがり通りすがり 2017/04/19 12:31 私が間違えいるにせよ、シェイブテイルさんが間違えているにせよ、人間は間違えているときには自分の間違いに気づけない、なぜなら間違えているから、ということを本当に思う。

それでいて、私たちは、「経済学者はまったく全然わかっていない、間違いを認めない」とか言っているわけだが、自分たちも間違えているときに、それを指摘されたら考え直してみたり、訂正したりといったことが容易に出来るのか、というとまったくそうではない。

人間は、「今現在持っている自分の世界の理解」を容易に手放さない。これは未来予想に関わることでもあり、理解そのものが自分そのものだからだと思う。そして、間違いを認めることは、「群れ」の中の順位、評判、信用を落とす、ということも本能的に思うのだろうとも思う。

おそらく、間違いというのは実際の痛みも伴うもので、身体的な痛みと同じ脳の部位を使っているんじゃないかと思う。何かでそんなようなものを読んだことがある。心の痛みには頭痛薬が効く、とか何かで見たことがある。

しかし、私たちは「知っていること」よりも「知らないこと」のほうが圧倒的に多いので、その点だけでも間違えるなんて当たり前なんだよな。でもそうなると、とたんに世界が不安定なものに思えてくる。だから、「根拠のない自信」っていうものがあるのも役目があるんだし、私たちは「根拠のない自信」があるのが「正常」なんだな。うつ病患者のほうが世界を正しくみている、というのもなんかで読んだことがある。

通りすがり通りすがり 2017/04/22 01:50 例えば、掛けで売上100万円が上がった時の仕訳は、

売掛金 100万円/売上 100万円

になる。この売掛金を現金で回収したら、

現金 100万円/売掛金 100万円

となる。

これを最初から現金100万円でもらったとすれば、

現金 100万円/売上 100万円

となる。つまり、掛けで売り上げて、それから現金を回収するのと、最初から現金で売り上げるのとは、最終的な結果は当然同じになる。

だから、銀行が貸出を行う際に、預金創造をして、

貸出金/預金

その預金が現金でおろされるのと、

預金/現金

最初から現金が貸し出されるのとでは、

貸出金/現金

最終的な結果は同じだ、と言ってるんだな。つまり、現金が貸し出された時点で、その人は現金を得ているんだから、その現金そのものが信用創造されたものなんだ、と言っているんだ。預金が出来て、現金をおろすのと、最初から現金を渡されるのとは、同じなの、と言ってるんだな。

銀行がそのとき貸出金という債権が発生していない、と考えるのは変な話で、「貸してる」のであれば当然債権が発生しているんだよね。「あげちゃう」なら、現金がなくなるだけだけど。

こ↑こ↓こ↑こ↓ 2017/04/27 21:17 久しぶりにコメントさせていただきます ブログ記事に関係ないことで申し訳ないのですが、ブログ主様は松尾匡氏の経済への意見はどう思われているのでしょうか? 知り合いに勧められて松尾氏の本を読んでみたのですが、わかりやすくていい本だと僕は思いました。松尾氏の意見の中でおかしい所はありますかね?

通りすがり通りすがり 2017/04/29 23:52 コメント欄の総括の記事を希望します。私、たむりんさん、望月さんの、ここが、こう間違っている、という記事をばっさりと書いてほしいです。よろしくお願いします。

トムトム 2017/05/02 10:22 教科書的的信用創造説明のダメな点は、銀行が貸出を行う場合に現金を渡すのは現実にはあり得ないことです。

どうしてわざわざ現実には行っていない方法で説明するのか意味不明。そのため「銀行が預金通貨を発行して貸出を行う」という信用創造の本質が見えなくなってしまいます。

JancloJanclo 2017/05/05 05:03 侃々諤々の議論が続いていますが、恐らくここで挙げられてる認識と、政府の信用創造の認識とは乖離はないのでは?

日本経済を考える上では、バランスシートの左側、つまり担保となる資産サイドに着目すべきではないでしょうか?

お金が負債であるの議論に集中していると、麻生大臣のように、企業は投資しろ、銀行は金を貸せ、に行き着いてしまいます。

しかし、企業が投資しないのは、資産の減価リスクが大きい為。
銀行が貸せないのは、貸し出し企業が返せなくなるリスクが大きい為。

つまり、今必要なのは、政府による企業の収益と担保資産の保証でしょう。
実際、護送船団方式だった小泉改革以前の日本では、企業も銀行も積極的にリスクをとっていたわけです。(逆に自己責任社会の今、積極投資をした企業は、東芝やシャープなど無惨な姿を見せています。)

信用創造とは、中国では鉄、欧州では金の借用書から始まってるわけですから、資産サイドに着目した議論が日本経済の為には必要なのではないでしょうか?

トレーダートレーダー 2017/05/12 16:12 シェイブテイルさん、いつも楽しい記事をありがとうございます。
横から失礼致します。

子供に理解させるには関連に説明しないといけない。
大人に理解させるには難しく説明しないといけない…
皆さん小難しく考え過ぎですよ。

レバレッジと言い換えれば理解しやすいでしょうか?
fxや先物では100万円の自己資金があれば、それを証拠金として
1000万円ぶんの取引が可能です。
銀行は100万あれば1000万貸し出せます。
100万あれば90万ではありません。
法定準備率とは証拠金のようなものです。
100万円の自己資金を元に1000万円貸し付けても、
法定準備率の10%です。
この概念が理解しにくいのは、下記の記述に嘘があるからです。

「銀行が、預金者から100円を預かったとします。法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます。A企業は、銀行から借りたお金で、取引先であるB企業に支払いをします。B企業はそのお金を銀行に預け、銀行にはB企業の預金90円が新たに作られます。」

大学や経済学、経済学者というのは都合のよい人物や理論に権威を与えて利用するものです。
銀行が先で、経済学が後付けです。
世界を正しく認識する為には、一度撤退的な自己否定を経験する必要があります。
一生懸命学校で勉強された方であれば尚更です。
今迄の自分や人生はなんだったのかと。

銀行が悪質なのは、自己資金ではなく、他人の資金を元手に他人に又貸しし、
さらにレバレッジをかけ利ざやを抜く利権を作っているからです。
自己資金を使わず、他人のお金を又貸しし、債務者には保証をつけさせ、
返済できない場合は債務者の資産を奪うわけです。
これが正しい行為であるかは皆さんの判断にお任せします。

銀行、そして中央銀行という存在は国家を越えた権力なのです。
歴史をきちんと勉強すれば、これが現実だと理解できます。
要するに認識の枠組み自体が間違っているわけです。
サッカーをしているフィールドで、野球のネクストバッターズサークルで次の打席を待つようなものです。

民衆を利用する側は、それ自体を認識させないフレーミングを教育によって行うのです。
嘘だと思うなら調べてくださいね。

ちなみに私は元トレーダーで、過去に自己資金で新興国の銀行買収を検討したことがあります。
銀行の信用創造は投資家やトレーダーの中では常識です。

shavetail1shavetail1 2017/05/15 17:43 私事ですが、身内に不幸があったため、ブログ更新どころか、チェックもできていませんでした。 後ほどまた書き込みます。

皆様コメントありがとうございます。

shavetail1shavetail1 2017/05/15 21:30 こ↑こ↓さま
コメントありがとうございます。

松尾匡先生。 基本的におっしゃっていることは結構なことが多いですね。 私も数年前には何冊か本を読んだことがありました。

松尾先生の「問題」といって良いのかどうか分かりませんが、全面的には賛意を示せない点は、先生が完全に左翼という枠からは出ようとしないことでしょうか。

折角先生がいい意見をお持ちなのに、なぜ与党に働きかけをせず、あの野党に提言をするのか。 まず左翼、そして国民や経済という順番では、残念ながら現在の日本では意見が通る余地はないのではないでしょうか。 ケインジアン的思想ということでは同じ京都方面なら藤井聡先生の方が実現可能性がありそうではないでしょうか。

shavetail1shavetail1 2017/05/15 21:33 トレーダーさま

ご意見ありがとうございます。 おっしゃる通り、物事を難しく考えると大局が見えなくなるということがありますね。

重箱の隅をつつく議論に終始すると、結局元の自説を擁護することが目的となり、共通認識となる結論から遠ざかる気もします。

shavetail1shavetail1 2017/05/15 21:39 トムさま 2017/05/02 10:22
>教科書的的信用創造説明のダメな点は、銀行が貸出を行う場合に現金を渡すのは現実にはあり得ないことです。

どうしてわざわざ現実には行っていない方法で説明するのか意味不明。

おっしゃる通りです。
あり得ない前提でなければ説明さえもできないのが、フィリップス流の信用創造の説明ですね。 

現代が金本位制あるいは、紙幣が金の引換証という金匠の時代なら多少の説得力がありますが、紙幣・コインは預金通貨の代用という現代の現実から遠く離れて経済学を組み立てた結果、どれほど複雑な数学で修飾しようが、現代には何の役にも立たない代物になっているように思います。

トムトム 2017/05/17 03:47 多くの人々が(一部の経済学者さえも)「銀行は日銀から供給された資金を企業などに貸出している」と誤解しているのは、フィリップス流信用創造の説明のせいだと思います。

フィリップス流説明は「民間銀行がお金を創り出している」という事実をわざとわからなくしているようにしか思えません。

こ↑こ↓こ↑こ↓ 2017/05/19 22:54 お身内にご不幸があったとは知らず、忙しいなら返答してくれてありがとうございます。松尾匡さんは一部では左派トラップとも呼ばれているのですがこれはどういうことなんでしょうかね? あと金融緩和したお金がそのまま財源にならないとも反論されていますがどうなんでしょうか? お忙しのところ失礼いたしました。

ぽっぽぽっぽ 2017/06/17 14:01 money as debt 日本語字幕版
https://www.youtube.com/watch?v=PnVBwrXA990

妙なのに粘着されてたいへんですね。
money as debtでも見てくればいいんじゃないでしょうか。
自分は銀行を批判するつもりはありませんが。