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2017-04-08 すべては銀行の信用創造行動から始まる このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

皆さんは、おカネはどこで生まれるかを考えたことはおありでしょうか?
通貨の供給ルートとして、しばしば「信用創造」として、銀行に預けられたおカネが引き出しに備えた準備預金を除き、再び別の銀行に貸し出されるモデルが紹介されることがありますね。 
しかし、あの教科書に載っているモデルは間違いなんです。

おカネはどのようにしてうまれるか。
これについて、本日は、Twitterでのやりとりの延長で、横山昭雄氏の「真説 経済金融の仕組み」を一部抜粋してご紹介します。

横山昭雄 「真説 経済金融の仕組み」 p80-p84より

第3節 真の通貨供給メカニズム−モデルI

■すべては銀行の信用創造行動から始まる
いま歴史のコマを早回しして、現金・キャッシュが全く不必要なまでに信用化の進んだ金融経済機構を想定してみよう。そこでは一切の取引・決済が預金通貨の振替、手形・小切手の授受を通してなされるため、銀行券・補助貨は全く不必要になる。また、政府の財政活動に伴う金融的諸取引、外国との貿易・資本取引に絡む諸金融現象についても、当分の間これを考慮の外に置くこととしよう。
この信用経済(これをモデル気噺討椶Α砲旅柔メンバーとしては、中央銀行とA、B二つの市中銀行信金信組農協等すべての預金受け入れ機関を含む概念)、資金を需要する甲、乙、丙、…等複数の企業とa、b、C、…等多数の家計があるとしよう。
この進んだ信用経済における、たとえば10000のマネーストック(全額預金通貨)は、どういうプロセスを経て供給されるのだろうか。
それは、銀行の(主として対企業)″貸出″行動を通して供給される(より広くは信用供与、つまり相手方への貸出のほかに、相手方からの有価証券買い取り・引受をも含む概念。以下便宜のため"貸出"なるタームをもって与信全体を意味することとするが、必要に応じて有価証券取得をも含む与信概念にも言及)のである。

今、一般企業と同様、利潤追求企業としての銀行Aが、企業甲の設備資金借り入れ需要(800)に対応する、とする。
(中略)
この時の取引関係の経理処理を、複式簿記手法によって示せば図3-1の通り。つまり、銀行は貸出を行い、その反射行為として、自己の負債としての預金を創出するわけである。これを信用創造という。まさにM・フリードマンが言う通り、″銀行の書記のペンから預金が産まれる″のである。この後、企業甲が、機械メーカー乙から機械(700)を購入すれば、関係者の貸借対照表(B/S)は、図3-2の通り変化する。
この場合、便宜上、メーカー乙もA行の取引先と仮定する。
A行は、このような貸出活動を、甲以外の多数企業にも行い、トータルで7000の与信残高、したがって7000の預金残高を持っている、とする。同様にB行では3000の与信残と3000の預金残が見合っている、とする。
両行合計で10000の与信がなされ、経済全体として10000のマネーストックが供給されているのである。この時、経済全体のB/Sは図3-3の通り。
さて、以上の話の流れでは、預金とは、すべて銀行貸出・与信行動のはね返りとして創出された″派生預金″であると断じられ、既存の教科書によく見られるような、貸出と無関係な″純預金″あるいは″本源的預金″という概念が全く無視されている点、あまりにもこれまでの常識に反していることに触れておく義務があろう。

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(中略)

 エコノミスト、つまりマクロ経済を考察している人達が、金融機構全体を論ずる場で、貸出のためには預金獲得が必要といった発言をしたとしたら、これは全くの誤りであると言わなければなるまい。それはたとえば、個人預金なるものをちょっと詳しく考えてみれば、すぐに理解できることなのである。

今ここにA行を取引先とする企業甲、そこに勤務し自宅からの利便を考えて給与振込口座をB行に開設しているサラリーマンaがいるとしよう。今月分のaに対する給与40万円が支払われて、B行におけるa名義個人預金口座に振込まれたとすると、この個人預金40万円は、B行にとって間違いなく、貸出の見返りでない本源的預金である。しかしながら、我々はすぐに、A行においてはその分だけ甲の企業預金が減少していることに気が付かねばなるまい。つまりB行にとっての本源的個人預金40万円の資金源泉は、実はA行における甲の企業預金であったわけである。そしてこの甲の企業預金は、恐らく甲が給与支払に先立って製品販売先丙から代金回収を受けたか、あるいは取引先A行から借入れをしたか、のいずれかによるものであろう。ここに気が付けば、さらに製品販売先丙の決済原資となった丙の企業預金もまた、その取引先B行からの借入れか、丙の販売先企業丁からの代金回収かである……と辿っていくことは極めて容易である。つまり、一行にとって本源的預金であるところの個人預金も、その資金源泉をたぐっていけば、結局銀行組織によってそれに先行して行われた、主として企業向けの与信行動にぶつかるのであり、それ以外ではあり得ないということが判明してくる。非債務者法人の純預金についても、理屈は全く同じことである。

このように見てくると、個別行の眼からは一見貸出に関係のない純預金に見えるものも、つきつめて信用体系全体で考えれば、何処かで行われた貸出の見返り(派生預金)に他ならないのであり、したがって(モデル気砲△辰討蓮法マクロ的に見るかぎり、貸出と無関係な、いわゆる本源的預金なるものはそもそも存在しない」ということがはっきりとしてくる。我々が、いま批判的に取り上げているフィリップス型信用拡張公式のミスリーディングな叙述ないし誤謬も、結局のところミクロの個別銀行の預金吸収行動と、全金融体系のマクロ的な預金創出メカニズムとを混同したことから起こったもの、と断ずることができよう。

恐らく、以上の話の流れがあまりに通説と異なるため、いぶかしさを禁じ得ないでおられるだろう読者のために、つまり、「それでは、そもそも本当の本源的預金なるものは、この世にないのか」と、戸惑っておられるかもしれない諸賢のために、話を少し先取りして言えば、モデル気砲△辰討蓮◆中央銀行オペレーションなどで供給する中央銀行預金のみが、全銀行システムにとって、つまりマクロ的に見て、唯一、(市中銀行貸出の見返り・派生ではない)という意味での、本源的預金と称び得るもの」なのである。さらにモデルの制約を取り払った後も、外貨流入などの特殊事例を除き、大筋この考え方が基本となることが判明する。

しかし、ここであわてて付け加えるべきは、「中央銀行信用による中央銀行預金のみがマクロ的本源的預金である」と述べたとしても、それは決して、「この本源的預金がベースとなって信用拡張メカニズムが展開される」などと、言おうとしているわけではない、ということ。むしろ、この犖躄髻蹐海修、筆者が、本書を通じて論駁したいと考えている最大のポイント。このあと順次、この点について、丁寧に論じていくこととしよう。(以下略)


いかがでしょうか。
>>まさにM・フリードマンが言う通り、″銀行の書記のペンから預金が産まれる″

つまりおカネは銀行の貸し出しの際に生まれるという概念、ご理解いただけたでしょうか。

通りすがり通りすがり 2017/04/08 23:47 私は、フィリップスの信用創造論については次のように思っています。

フィリップスの信用創造論でも、貸出でお金が増えることは同じだと思います。

私は、フィリップスの信用創造論の肝は、むしろ経済人の行動にあると思います。

準備率が10%だとして、現金100万円が預金されたら、10万円残して90万円貸し出す、というのは、「ペンから預金が生まれる」に矛盾しません。

なぜなら、預金を90万円、「ペンによって」信用創造されて、それが全部下ろされれば、フィリップスの信用創造論の通りになるわけで、矛盾しなわけです。

つまり、フィリップスの信用創造論の肝は、「現金」でお金が増える、という点にはなくて、「銀行は準備ぎりぎりまで貸し出しを行う」「預金が生み出されたら全部引き出されて使われる」という「仮定」にあると思います。

おそらく、「合理的経済人」の想定なのでしょうが、そういうモデルだと思います。

それと、これはあくまで、「一つの預金」を追ったモデルだ、という点です。つまり、時点ネット決済や、同銀行内決済、そして、出て行った現金もあれば入ってくる現金もあるという「二つ以上の預金」のことは語っていないモデルだということです。

私はそのように思っていますが、ただの匿名の素人さんの意見なので、あまり信用しないようにしてください。

shavetail1shavetail1 2017/04/09 21:32 通りすがりさま

ここで問題視されているフィリップス型信用創造論に従い、A行にb氏が預金100を預けているとして(預金残高100)、法定準備率が1%で、A行はC行(預金残高ゼロ)に口座があるd氏に99又貸しすると考えると、貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99で、預金としては「創造」されていない点が問題かと思います。 もしA行には100、B行にも99残高があるとすれば、この99部分は同時にb氏の預金でもあり、d氏の預金でもあるという詐欺的な状況ということになるのではないでしょうか。

通りすがり通りすがり 2017/04/09 22:45 まず、AさんがX銀行に、100の預金をしたとします。そうすると、預金がAさんの分、100になりますよね、

そして、X銀行がBさんに90の預金創造を行ったとしましょう。そうすると、その時点では、X銀行に現金100、預金が190になります。もっと細かく言うと、資産に、現金100、貸出金90、負債に預金が190になります。

そしてBさんがそれを全部引き出して使ったとしましょう。そうすると、X銀行に現金10、預金は100になります。細かく言うと、資産に現金10、貸出金90、負債に預金100です。

フィリップスの信用創造論の通りです。矛盾はありません。

通りすがり通りすがり 2017/04/09 23:21 私も、もともとは、「フィリップスの信用創造論はむちゃくちゃだ!間違っている」という人でした。

しかし、当時神戸大学助教授、石井隆一郎『現金銀行論』で、フィリップスの信用創造論がバランスシートで説明されているのを見て、見た時点では馬鹿にしていたのですが、ちょっと経ってから「待てよ」と思い、上の理解になったわけです。

当時は、時点ネット決済なども知らなかった、というのもあります。

通りすがり通りすがり 2017/04/09 23:23 『現金銀行論』ではなくて、『現代金融論』です。打ち間違えました。すごい古い本です。

こんな「趣味」は、現実では誰にも語れません。

通りすがり通りすがり 2017/04/09 23:25 ああ、1965年の本なので、すごい古い本、とも言えないですね。たびたびすいません。

通りすがり通りすがり 2017/04/10 13:44 「もしA行には100、B行にも99残高があるとすれば、この99部分は同時にb氏の預金でもあり、d氏の預金でもあるという詐欺的な状況ということになるのではないでしょうか。」

そうではなくて、bさんの預金は100であり、dさんの預金は99です。何も詐欺的なことでもありません。A銀行がdさんにお金を貸すときに、A銀行の預金の総額が199になり、そしてdさんが現金を99下ろすと、100に戻ります。

それをdさんが使ったり、別の銀行に預ければ(別の銀行に融資を受けたdさんが全額預けるなんてことは通常ないと思いますが)、別の銀行にdさん、あるいはdさんが使った先の人の預金が99(総額)になります。

何も矛盾はありません。ようは、A銀行が「現金」を渡す、ということを注目してしまって、その時点で預金創造がなされていることが見えにくくなっているだけです。

なぜなら、預金が生まれなければ、現金は下ろせないので。直接、現金が渡されてたとしても(通常そんなことはないとは思いますが)、別に矛盾しません。その時点で預金が生み出されて、それが下ろされたということが省略されているだけです。

通りすがり通りすがり 2017/04/10 13:59 「誰かに貸し付けるときに無から生じる」というと、多くの人は、「預金を作ったって、現金がおろされるんだからそこで限界があるでしょ」ということになってしまうと思う。

だから、銀行内決済、時点ネット決済、現金は単に預金の移動を助けているだけ、出て行く現金もあれば入ってくる現金もある、準備金の後積み、日銀の金融調節、という知識が必要になってくる。

でもここまでこれる人がどれぐらいいるだろうか。もっと人生には楽しいことがたくさんある。人を馬鹿にして気持ちよくなるためには、あるいは自分が頭がいいと思いたければ、1〜3冊ぐらい経済学者の一般書を読んで、その知識で殴り続ければそれで事足りる。

通りすがり通りすがり 2017/04/10 21:34 「A行にb氏が預金100を預けているとして(預金残高100)、法定準備率が1%で、A行はC行(預金残高ゼロ)に口座があるd氏に99又貸しすると考えると、貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99で、預金としては「創造」されていない点が問題かと思います。」

間違っていると思います。A銀行には、bさんの預金100で、C銀行にはdさんの預金99です。dさんの預金99は、A銀行がdさんに貸出を行った際、信用創造されています。

A銀行が1になるのは、ここでは現金です。預金と現金がごっちゃになっていると思います。

それと、C銀行に口座があるdさんに、A銀行が貸す、というのも、ちょっとそもそも違うのではないかと思って、金融大学HPによれば、

http://www.findai.com/yogow/w00321.htm

「銀行が、預金者から100円を預かったとします。法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます。A企業は、銀行から借りたお金で、取引先であるB企業に支払いをします。B企業はそのお金を銀行に預け、銀行にはB企業の預金90円が新たに作られます。」

となっており、A企業への貸出をしてその支払いがB企業でいき、預金される、となっています。私はこの金融大学HPと同じ理解でした。

通りすがり通りすがり 2017/04/10 23:01 現代の銀行は現金を渡して融資する、ということはしないと思いますが、現金を直接貸し出したとすれば、その仕訳は、

貸出金 100/ 現金 100

になると思います。では現代はどうかというと、まず

貸出金 100/預金 100

となって、預金が信用創造され、現金でそれがおろされたとすれば、

預金 100/現金 100

となり、最終的な結果は同じになります。

つまり、銀行に貸出金という資産が表れている時点で、相手には当然借入金という負債が生じていて、それを預金でもっていようが、現金でもっていようが、「信用創造」されたのは同じなのです。

フィリップスの信用創造論は、経済学を学ぶ人たちが説明の文章を読むときに、この「貸出金」という資産勘定が銀行に発生することが、よく分からないことによって、誤解が生じていると私は考えています。

また、実際の制度をよく知っている人たちも、フィリップスの信用創造論「を」簿記的に仕訳してみる、ということはしないため、「預けられてそれがまた貸し出されるなら、使えないカネが増えることか、まったく間違っている」とか言ってしまうのだと思います。

使えないカネが増える、ではなくて、X銀行が、Aさんに100万円貸したらなら、まさに「そのお金が」使えるお金なのです。

と、私は「みんながしている誤解」はそのようなものだと思っています。

asdasd 2017/04/11 00:11 書こうかどうしようか迷いましたが…
私も通りすがりさんと同様の理解です。言い方や捉え方が違うけど、結局どちらも同じ事を言ってると思います。
私なりの理解では、信用創造の歴史の話でも結構重要ポイントだと思いますが、帳簿上の数字という概念が組み込まれているところがキモだなあ、と思ってます。預金を貸し出したはずなのに預金が手つかずに残ってる、っていう。この部分なんかまさに詐欺的ですよね。

通りすがり通りすがり 2017/04/12 00:39 こうやって説明すると、「だって、99現金を渡したら、1になっちゃって、bさんがお金をおろしたくても使えないじゃないか」という人がいるのだと思う。

だから、このモデルは誤解を生みやすいのだと思うし、信用創造の形を教えるのに適切だとは言えないのだと思うが、これはあくまでモデルであって、一つの預金を現金で追ったものにすぎないのだと思う。

つまり、例えば、A銀行から99預金がB銀行に流出しても、B銀行も貸し出しを行っているなら、A銀行に99預金が流れることだって考えられるのだが、それだと2つ以上の預金を扱うことになるので、また別の話になってしまう、ということなんだな。

A銀行が貸し付けた人が、A銀行と取引のある人のところでお金を使う場合だって考えられるわけで、そうなると、別にB銀行にお金が流出するわけでもなくなる、ということもある。

また、日銀の買いオペ等による、マネタリーベース供給とか、金融調節とか、マネタリーベースを融通しあう(貸付合う)、コール市場とか、そういったものが現実にはあるわけで、そうなってくるとまた別の話になってくる。

自分としては、そのように最初から教えたほうがいいと思うが、ともかく、フィリップスの信用創造論の批判は微妙なものが多いと思っている。

私は、モデルの仮定うんぬん、というよりも、そもそもみんな簿記の仕訳が出来ますか、私の上で書いていることが分かりますか、と問いたい。私は高等数学が分からないから経済学の論文は読めない。だから、経済学が出来る人も、簿記が出来ないと認めてほしい。つまり上の説明は分からないんだ、と。

tamurin7tamurin7 2017/04/13 02:44 そうですね、私も通りすがりさんが書いている通りだと思います。
フィリップス型の信用創造論(と呼ばれていることも今回初めて知りましたが)は別に間違っているわけではない。
ただ、非常にミスリーディングであることが問題なんですよね。
現金で貸していることにされると、貸した瞬間に実は預金が創造されているのだということに気づける人はほとんど居ないでしょう。
この説明だと銀行がお金を作っていることが非常に見えづらくなってしまう。
嘘をついているとは言い切れない説明でありながら、銀行がお金を作っていることを見えなくしている点で、この説明を考えた人(フィリップスさんですかね)は天才的だなぁと思ってます。

望月夜望月夜 2017/04/13 02:48 通りすがりさんの言っていることは、概ねその通りと思う。

個人的には、「このモデルは誤解を生みやすいのだと思うし、信用創造の形を教えるのに適切だとは言えない」というところが、全体を通してもっと強調されても然るべきとも思うが。

通りすがりさんはかなり理解されている方なので、今から書くことは通りすがりさんに対してではなく、通りすがりさんのコメントを読んでいる人たち(そしていまいちピンと来ないであろう人たち)の理解の一助としてもらうために書く。

通りすがりさんが『フィリップスの信用創造論』と呼んでいるもの、よく「又貸しモデル」と言われるものは、決済が全て「引き出された現金」を介して行われる、という仮定のもとに組み立てられている。ただ一方向だけに限れば、銀行間決済であっても(一旦引き出された現金が移動するか、日銀当座預金が直接移動するかの違いはあっても)同様のことが起き、仕訳上の動きも(ほぼ)同一である。

問題は、実務的には「引き出された現金で決済する」というのは全体で見て極めて限定的な規模であるということである。

この部分を根本的に正すと、最終的に言えることは、我々が決済手段としているのは実は現金(紙幣・硬貨)ではなく、信用、負債なのであって、現金はあくまでその単位であったり、信用決済を補助するものであるに過ぎない(信用貨幣論)、ということなのである。

shavetail1shavetail1 2017/04/14 08:12 皆さんコメントありがとうございます。

ここまでコメントいただいた皆さん全員、フィリップス流信用創造に賛同されているようですね。

さて、通りすがりさまのご指摘、「フィリップス流信用創造と矛盾はないではないか」
これは私もそう思います。特に1行だけでみればそう思えます。

「現金と預金を混同していないか」
これは混同していません。モデルIでは元々現金の存在を前提としていないからです。

さて、信用創造については、通りすがりさまの仕訳で間違いはないと思いますが、その理解ならば、そもそも他行から受け入れる預金は新たな信用創造と直接は関係ない要素ではないでしょうか。

フィリップス流の理解ではそれが信用創造の原資という理解ですから。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 09:03 「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99」

A銀行の預金残高は1ではないですよ、と言っています。1になるのはここでは現金ですよ、預金はbさんの100ですよ、預金と現金を混合してますよ、と言っています。もし、現金の存在を前提としていないのであれば、「A行にb氏が預金100を預けているとして(預金残高100)、法定準備率が1%で」という、その前の文章があるのが意味が通りません。

「その理解ならば、そもそも他行から受け入れる預金は新たな信用創造と直接は関係ない要素ではないでしょうか。」

これは入ってきた現金を準備金を除いた額全部貸し出して、全部引き出されて使ったらどうなるのか、みたいな「モデル」なんだと思います。モデルは仮定で構成されています。また本源的預金に関していうと、歴史的経緯なども考えなければいけないと思っています。もし、現在のお金の原資が、幕府がまいた銭だったり、輸入したものだったりした場合、本源的預金は存在するといえるかもしれません。私はそういうことには興味はありませんが。

ともかく私が思うことは、フィリップスの信用創造論を批判している人たちは、銀行が現金で貸し出した際、当然、銀行に貸出金という資産が生まれる、ということがあんまよくわかってないんじゃないか、というものであり、ブログ主さんがそうではないのであればもうしわけなかったです。

shavetail1shavetail1 2017/04/14 13:05 「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99」
これは判りにくい話でしたね。それは取り下げます。

この話のポイントは、銀行の貸出しに、本源的預金が必要か否かです。
 フィリップス流の信用創造つまり、本源的預金なしには派生的な預金が生まれないという理解が正しいのかどうかです。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 15:16 「判りにくい」んじゃなくて、間違いだと思います。

「もしA行には100、B行にも99残高があるとすれば、この99部分は同時にb氏の預金でもあり、d氏の預金でもあるという詐欺的な状況ということになるのではないでしょうか。」

という文章から見る限り、ブログ主さんは、フィリップスの信用創造論を勘違いして理解されていると思います。私が言っているポイントはそこですし、あなたの最初のコメントも本源的預金うんぬんなどとは全く書いてありません。

「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99で、預金としては「創造」されていない点が『問題』」と書いてるじゃないですか。ですから創造されてると思いますよ、と書いてるんです。

shavetail1shavetail1 2017/04/14 15:45 まず、金融大学の信用創造の部分をみていただきましょう。

http://www.findai.com/yogow/w00321.htm

これが、フィリップス流の信用創造の説明です。
本源的預金が預けられると、それ自身を別の銀行(の口座がある人)に直接貸し出される、という説明です。

通りすがりさんの書かれた仕訳は正しいのは間違いないですが、上記の信用創造創造の説明の仕訳ではないですね。

私が言っているのは、フィリップス流の信用創造(と言えるのかどうか)では信用創造ができないという点を指摘しています。

通りすがりさんは、無意識に、フィリップス流信用創造説を否定して、本源的預金とは無関係な仕訳(正しいです)を書かれているように思いますが。

shavetail1shavetail1 2017/04/14 16:16 蛇足ながら、金融大学のフィリップス流信用創造(?)スキームの通りなら、どの段階でもB/Sの大きさは100のままですよね。

ところが、通りすがりさんの説明、というよりも横山氏でも私でも信用創造の仕訳をすれば、新たな貸出しが90発生した時、 銀行のB/Sの大きさは100+90になるでしょう。

asdasd 2017/04/14 18:49 フィリップス式では、「Aさんの預金100万から90万がBさんに貸し出されてBさんが90万預金払い戻し権を得ても、Aさんの100万預金払い戻し権は失われずそのまま存続する」ということが明示されませんので、そこが誤解を生む要因の1つでしょうね。
なので、そこさえ踏まえればフィリップス式でも銀行B/Sの大きさは100+90になるわけです。

ものすごく端的に言ってしまえば、フィリップス式本源的預金と横山式本源的預金は全然別物、違うものを指してますよね。
フィリップス式本源的預金はあくまでフィリップス式の見方をするときの便宜的な定義というか、通りすがりさんも言ってますが「そういうモデル」なわけです。
或いは、フィリップス式視点という名のミクロとでも言えましょうか。
そしておそらく、横山氏もその視点自体まで否定しているわけではない、だからこそわざわざ「マクロ的(に見るかぎり)」という但し書きを入れてるのだと思います。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 19:01 ブログ主さんにお尋ねしたいのですが、簿記の仕訳が出来ますか?私の書いていることが正しいと書かれているのに、「金融大学のフィリップス流信用創造(?)スキームの通りなら、どの段階でもB/Sの大きさは100のままですよね。」と書かれているのは変だと思います。

あと、このブログは、

「つまりおカネは銀行の貸し出しの際に生まれるという概念、ご理解いただけたでしょうか。」

「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99で、預金としては「創造」されていない点が問題」

だから、「あの教科書に載っているモデルは間違いなんです。」

という内容なんですから、そうじゃなくて、フィリップスの信用創造論でも、貸出で預金が増えているのは同じなんですよ、と書いているんです。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 19:45 私の仕訳は、金融大学の説明を仕訳したものではない、ということでしたので、金融大学の説明に沿って、仕訳をしたいと思います。

?「銀行が、預金者から100円を預かったとします」

現金 100円 / 預金 100円

?「法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます」

貸出金 90円/ 現金 90円

全く上のコメントの仕訳と同じです。?の仕訳は書いていませんでしたが、それはあのコメント内の説明に不要だったからです。

で、この?の仕訳は、

貸出金/預金

と信用創造されて、

預金/現金

と出されれば、結果は同じですよ、と書いているんです。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 19:47 ※文字化けしているので

私の仕訳は、金融大学の説明を仕訳したものではない、ということでしたので、金融大学の説明に沿って、仕訳をしたいと思います。

1「銀行が、預金者から100円を預かったとします」

現金 100円 / 預金 100円

2「法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます」

貸出金 90円/ 現金 90円

全く上のコメントの仕訳と同じです。1の仕訳は書いていませんでしたが、それはあのコメント内の説明に不要だったからです。

で、この2の仕訳は、

貸出金/預金

と信用創造されて、

預金/現金

と出されれば、結果は同じですよ、と書いているんです。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 19:53 「本源的預金が預けられると、それ自身を別の銀行(の口座がある人)に直接貸し出される、という説明です。」

間違っていると思います。金融大学の説明を見ると、

「法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます。A企業は、銀行から借りたお金で、取引先であるB企業に支払いをします。B企業はそのお金を銀行に預け、銀行にはB企業の預金90円が新たに作られます」

とあり、銀行はA企業に貸して、それが取引先のB企業の支払いにあてられて、B企業が別の銀行に預ける、という説明です。

「それ自身を別の銀行(の口座がある人)に直接貸し出される、という説明」ではないと思います。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 20:23 現実に行われていることは、

貸出金/預金

と信用創造されて、それが現金でおろされると、

預金/現金

になるし、銀行内決済されると、

預金/預金

になるし、グロス決済で考えたとして、別銀行に送金されると、

預金/日銀当座預金

になる。

準備金は後積みだから、預金創造するときに準備金に縛られるわけではない。日銀当座預金を銀行間で貸し借りするのが、コール市場で、全体としてマネタリーベースが足りず、あるは過剰になり、コールレートが上がりすぎたり、下がりすぎたりしないように、主に買いオペ、売りオペにより金融調節が行われる。

で、(上の説明が間違っていたら申し訳ないですが)そういう現実とは関係なく、フィリップスの信用創造論で預金創造が行われていない、という認識は間違いだと思う、と書いています。

通りすがり通りすがり 2017/04/14 21:50 「下記「金融大学」の「信用創造」説明文などでもよくわからないのは、100円から90円貸しても、10円預金+90円貸し出しみたいにかかれていて、190円ではなく100円のままの仕訳になりそうなんですが私の勘違いですかね。」

勘違いだと思います。金融大学の図を見ても、「銀行 『現金』で残す10円」と書かれています。「10円預金」とは書いてありません。

現金を90円貸し出したとすれば仕訳は、

貸出金 90円 / 現金 90円

であり、もとの100円の預金は減少も増加もしません。減るのは現金であって、預金ではありません。現金が100円あったのが、90円貸し出されて、100-90で10円残るわけです。

つまり、資産に10円の現金、90円の貸出金、負債に預金の100円です。

shavetail1shavetail1 2017/04/17 12:03

https://twitter.com/wankonyankorick/status/853797174773137410

通りすがり通りすがり 2017/04/17 13:09 「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99」

これは間違いということでいいですね。

shavetail1shavetail1 2017/04/17 17:34 http://manabow.com/hayawakari/hayawakari6_2.html
これもまたフィリップス流の信用創造の説明です。
信用創造(?)で預金が増えるように書かれていないでしょう。
そもそもこのサイトの説明では、バランスシートが左右でバランスしていませんが。

勿論、この解説は間違っていますが、この解説こそ、フィリップス流の信用創造の説明なんですよ。

あなたがフィリップス流の信用創造(という間違った概念)を正しく理解していないというだけの話です。

shavetail1shavetail1 2017/04/17 17:38 >「貸し出し後にはA行の預金残高1、B行の預金残高99」
これは間違いということでいいですね。

勿論間違っています。
勘違いされているようですが、それは私がそう理解しているのではなく、それこそが、私が批判しているフィリップス流の信用創造の説明ですよ。

http://manabow.com/hayawakari/hayawakari6_2.html

これもまたフィリップス流の信用創造の説明ですが、貸出しと両建てで銀行資産が増えているとはされていません。
要するにフィリップス流の信用創造とは間違いということです。

通りすがり通りすがり 2017/04/17 20:10 パンダに貸して、1900万円に預金が増えてるじゃないですか。

「預かったのはタヌキ夫妻の1000万円だけなのに預金口座の合計は1900万円になったな」

と、うさぎさんが言っているのに、「信用創造(?)で預金が増えるように書かれていないでしょう。」とはどういうことなんですか?ちゃんと文章を読んでますか?リッキーさんの批判は信用創造されていないことではないですよ?

リッキーさん:「なぜわざわざ準備率が10%だから現金100万円残して残りを貸し出そう、という一方でということで900万円の預金を振込む(負債を発生させる)のか意味不明」

「900万円の預金を振込む(負債を発生させる)」とリッキーさんも書いているでしょう。900万円信用創造されている、ということですよ?

で、現金が900万円下ろされたら、資産に現金が100万円、貸出金900万円、負債に預金1000万円です。

あなたの言っていることだと、預金が100万になってしまうんですが、どうしてパンダがお金をおろしたら、タヌキの預金が減ってしまうんですか、ということを言ってるんですよ?

「貸出しと両建てで銀行資産が増えているとはされていません」

じゃあ、どうやって、銀行は利息をもらうんですか?お金を貸すんじゃなくてあげちゃう、というのがフィリップスの信用創造論なんですか?

通りすがり通りすがり 2017/04/18 21:00 ブログ主さんに質問ですが、金融大学HPの信用創造論は仕訳が不可能であり、私の2017/04/14 19:47 のコメントでの仕訳は間違っている、と考えているんですか?

2「法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます」

貸出金 90円/ 現金 90円

↑これが間違っていると思っているんですか?

通りすがり通りすがり 2017/04/19 12:31 私が間違えいるにせよ、シェイブテイルさんが間違えているにせよ、人間は間違えているときには自分の間違いに気づけない、なぜなら間違えているから、ということを本当に思う。

それでいて、私たちは、「経済学者はまったく全然わかっていない、間違いを認めない」とか言っているわけだが、自分たちも間違えているときに、それを指摘されたら考え直してみたり、訂正したりといったことが容易に出来るのか、というとまったくそうではない。

人間は、「今現在持っている自分の世界の理解」を容易に手放さない。これは未来予想に関わることでもあり、理解そのものが自分そのものだからだと思う。そして、間違いを認めることは、「群れ」の中の順位、評判、信用を落とす、ということも本能的に思うのだろうとも思う。

おそらく、間違いというのは実際の痛みも伴うもので、身体的な痛みと同じ脳の部位を使っているんじゃないかと思う。何かでそんなようなものを読んだことがある。心の痛みには頭痛薬が効く、とか何かで見たことがある。

しかし、私たちは「知っていること」よりも「知らないこと」のほうが圧倒的に多いので、その点だけでも間違えるなんて当たり前なんだよな。でもそうなると、とたんに世界が不安定なものに思えてくる。だから、「根拠のない自信」っていうものがあるのも役目があるんだし、私たちは「根拠のない自信」があるのが「正常」なんだな。うつ病患者のほうが世界を正しくみている、というのもなんかで読んだことがある。

通りすがり通りすがり 2017/04/22 01:50 例えば、掛けで売上100万円が上がった時の仕訳は、

売掛金 100万円/売上 100万円

になる。この売掛金を現金で回収したら、

現金 100万円/売掛金 100万円

となる。

これを最初から現金100万円でもらったとすれば、

現金 100万円/売上 100万円

となる。つまり、掛けで売り上げて、それから現金を回収するのと、最初から現金で売り上げるのとは、最終的な結果は当然同じになる。

だから、銀行が貸出を行う際に、預金創造をして、

貸出金/預金

その預金が現金でおろされるのと、

預金/現金

最初から現金が貸し出されるのとでは、

貸出金/現金

最終的な結果は同じだ、と言ってるんだな。つまり、現金が貸し出された時点で、その人は現金を得ているんだから、その現金そのものが信用創造されたものなんだ、と言っているんだ。預金が出来て、現金をおろすのと、最初から現金を渡されるのとは、同じなの、と言ってるんだな。

銀行がそのとき貸出金という債権が発生していない、と考えるのは変な話で、「貸してる」のであれば当然債権が発生しているんだよね。「あげちゃう」なら、現金がなくなるだけだけど。

こ↑こ↓こ↑こ↓ 2017/04/27 21:17 久しぶりにコメントさせていただきます ブログ記事に関係ないことで申し訳ないのですが、ブログ主様は松尾匡氏の経済への意見はどう思われているのでしょうか? 知り合いに勧められて松尾氏の本を読んでみたのですが、わかりやすくていい本だと僕は思いました。松尾氏の意見の中でおかしい所はありますかね?

通りすがり通りすがり 2017/04/29 23:52 コメント欄の総括の記事を希望します。私、たむりんさん、望月さんの、ここが、こう間違っている、という記事をばっさりと書いてほしいです。よろしくお願いします。

トムトム 2017/05/02 10:22 教科書的的信用創造説明のダメな点は、銀行が貸出を行う場合に現金を渡すのは現実にはあり得ないことです。

どうしてわざわざ現実には行っていない方法で説明するのか意味不明。そのため「銀行が預金通貨を発行して貸出を行う」という信用創造の本質が見えなくなってしまいます。

JancloJanclo 2017/05/05 05:03 侃々諤々の議論が続いていますが、恐らくここで挙げられてる認識と、政府の信用創造の認識とは乖離はないのでは?

日本経済を考える上では、バランスシートの左側、つまり担保となる資産サイドに着目すべきではないでしょうか?

お金が負債であるの議論に集中していると、麻生大臣のように、企業は投資しろ、銀行は金を貸せ、に行き着いてしまいます。

しかし、企業が投資しないのは、資産の減価リスクが大きい為。
銀行が貸せないのは、貸し出し企業が返せなくなるリスクが大きい為。

つまり、今必要なのは、政府による企業の収益と担保資産の保証でしょう。
実際、護送船団方式だった小泉改革以前の日本では、企業も銀行も積極的にリスクをとっていたわけです。(逆に自己責任社会の今、積極投資をした企業は、東芝やシャープなど無惨な姿を見せています。)

信用創造とは、中国では鉄、欧州では金の借用書から始まってるわけですから、資産サイドに着目した議論が日本経済の為には必要なのではないでしょうか?

トレーダートレーダー 2017/05/12 16:12 シェイブテイルさん、いつも楽しい記事をありがとうございます。
横から失礼致します。

子供に理解させるには関連に説明しないといけない。
大人に理解させるには難しく説明しないといけない…
皆さん小難しく考え過ぎですよ。

レバレッジと言い換えれば理解しやすいでしょうか?
fxや先物では100万円の自己資金があれば、それを証拠金として
1000万円ぶんの取引が可能です。
銀行は100万あれば1000万貸し出せます。
100万あれば90万ではありません。
法定準備率とは証拠金のようなものです。
100万円の自己資金を元に1000万円貸し付けても、
法定準備率の10%です。
この概念が理解しにくいのは、下記の記述に嘘があるからです。

「銀行が、預金者から100円を預かったとします。法定準備率を10%とすると、10円だけを現金で銀行に残し、残りの90円(元本の90%)をA企業に貸付けることができます。A企業は、銀行から借りたお金で、取引先であるB企業に支払いをします。B企業はそのお金を銀行に預け、銀行にはB企業の預金90円が新たに作られます。」

大学や経済学、経済学者というのは都合のよい人物や理論に権威を与えて利用するものです。
銀行が先で、経済学が後付けです。
世界を正しく認識する為には、一度撤退的な自己否定を経験する必要があります。
一生懸命学校で勉強された方であれば尚更です。
今迄の自分や人生はなんだったのかと。

銀行が悪質なのは、自己資金ではなく、他人の資金を元手に他人に又貸しし、
さらにレバレッジをかけ利ざやを抜く利権を作っているからです。
自己資金を使わず、他人のお金を又貸しし、債務者には保証をつけさせ、
返済できない場合は債務者の資産を奪うわけです。
これが正しい行為であるかは皆さんの判断にお任せします。

銀行、そして中央銀行という存在は国家を越えた権力なのです。
歴史をきちんと勉強すれば、これが現実だと理解できます。
要するに認識の枠組み自体が間違っているわけです。
サッカーをしているフィールドで、野球のネクストバッターズサークルで次の打席を待つようなものです。

民衆を利用する側は、それ自体を認識させないフレーミングを教育によって行うのです。
嘘だと思うなら調べてくださいね。

ちなみに私は元トレーダーで、過去に自己資金で新興国の銀行買収を検討したことがあります。
銀行の信用創造は投資家やトレーダーの中では常識です。

shavetail1shavetail1 2017/05/15 17:43 私事ですが、身内に不幸があったため、ブログ更新どころか、チェックもできていませんでした。 後ほどまた書き込みます。

皆様コメントありがとうございます。

shavetail1shavetail1 2017/05/15 21:30 こ↑こ↓さま
コメントありがとうございます。

松尾匡先生。 基本的におっしゃっていることは結構なことが多いですね。 私も数年前には何冊か本を読んだことがありました。

松尾先生の「問題」といって良いのかどうか分かりませんが、全面的には賛意を示せない点は、先生が完全に左翼という枠からは出ようとしないことでしょうか。

折角先生がいい意見をお持ちなのに、なぜ与党に働きかけをせず、あの野党に提言をするのか。 まず左翼、そして国民や経済という順番では、残念ながら現在の日本では意見が通る余地はないのではないでしょうか。 ケインジアン的思想ということでは同じ京都方面なら藤井聡先生の方が実現可能性がありそうではないでしょうか。

shavetail1shavetail1 2017/05/15 21:33 トレーダーさま

ご意見ありがとうございます。 おっしゃる通り、物事を難しく考えると大局が見えなくなるということがありますね。

重箱の隅をつつく議論に終始すると、結局元の自説を擁護することが目的となり、共通認識となる結論から遠ざかる気もします。

shavetail1shavetail1 2017/05/15 21:39 トムさま 2017/05/02 10:22
>教科書的的信用創造説明のダメな点は、銀行が貸出を行う場合に現金を渡すのは現実にはあり得ないことです。

どうしてわざわざ現実には行っていない方法で説明するのか意味不明。

おっしゃる通りです。
あり得ない前提でなければ説明さえもできないのが、フィリップス流の信用創造の説明ですね。 

現代が金本位制あるいは、紙幣が金の引換証という金匠の時代なら多少の説得力がありますが、紙幣・コインは預金通貨の代用という現代の現実から遠く離れて経済学を組み立てた結果、どれほど複雑な数学で修飾しようが、現代には何の役にも立たない代物になっているように思います。

トムトム 2017/05/17 03:47 多くの人々が(一部の経済学者さえも)「銀行は日銀から供給された資金を企業などに貸出している」と誤解しているのは、フィリップス流信用創造の説明のせいだと思います。

フィリップス流説明は「民間銀行がお金を創り出している」という事実をわざとわからなくしているようにしか思えません。

こ↑こ↓こ↑こ↓ 2017/05/19 22:54 お身内にご不幸があったとは知らず、忙しいなら返答してくれてありがとうございます。松尾匡さんは一部では左派トラップとも呼ばれているのですがこれはどういうことなんでしょうかね? あと金融緩和したお金がそのまま財源にならないとも反論されていますがどうなんでしょうか? お忙しのところ失礼いたしました。

ぽっぽぽっぽ 2017/06/17 14:01 money as debt 日本語字幕版
https://www.youtube.com/watch?v=PnVBwrXA990

妙なのに粘着されてたいへんですね。
money as debtでも見てくればいいんじゃないでしょうか。
自分は銀行を批判するつもりはありませんが。

2016-12-24 書評 「富国と強兵」 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

「現代の経済学者の大半は貨幣が何なのかを知りません。」
そう断言されたら、誰しも「そんな馬鹿な」と思うことでしょう。

ところが中野剛志氏の近著、「富国と強兵」の冒頭の数章を読めば、現代の経済学者の大半が貨幣を間違って理解していること、更にはその間違った貨幣観から、日本をはじめ多くの国々で間違った政策を提言している現状にも納得されるのではないでしょうか。

早速引用します。

貨幣の起源
流派経済学貨幣観はその開祖たるアダム・スミス以来、金属主義の立場に立ち、物々交換の困難から貨幣が発生する起源を説明してきた。 この金属主義対立する学説が表券主義であるが、貨幣の起源に関心を寄せる歴史学者や社会人類学者の多くは、表券主義の方に与した。それは、物々交換から貨幣が発生したという歴史的事実を発見することができなかったからである。 それどころか、歴史研究によれば、「計算貨幣」や「信用」といった社会制度は、商品交換や金属貨幣の登場よりもはるか昔の古代バビロニア時代以前の文明において、すでに存在していたことがあきらかとなっている。*1

金属主義によれば、貨幣の価値は、貴金属によって裏付けられているはずである。しかし、たとえばイギリスでは、17世紀後半、摩損によって重量を大きく減らした銀貨が流通していたが、物価・地金相場為替相場にはまったく影響を与えなかった。また、イギリス政府は18世紀末から四半世紀の間、ポンドと金の兌換を停止していたが、ポンドが国際通貨としての地位を固めたのは、むしろこの時期であった。*2

経済とは、貨幣を中心とした社会現象である。経済というものは、貨幣の存在なくしては成り立たない。それにもかかわらず、主流派をなす新古典派経済理論は貨幣の本質やその起源について、根本的に間違った理解をしている。*3

まず歴史的経緯から、大変簡潔に主流派経済学貨幣観、「金属主義」の誤りが指摘されています。

なお、金属主義大辞林第三版によれば 
きんぞくしゅぎ【金属主義
貨幣の本質を素材である金属そのものの価値に求める学説
とされています。

それでは、中野氏は正しい貨幣の理解とは何と主張しているのでしょうか。

この金属主義対立する学説は、通貨の価値の根拠は、その発行主体、とりわけ国家主権の権力にあるとみなす「表券主義(cartalism)」である。表券主義者は、貨幣の歴史的な進化や使用において中心的な役割を果たしてきたのは市場ではなく、国家であるとする。
(中略)
もっとも、主流派経済学も、不換紙幣の出現により、金属主義を見直さざるを得なくなってきており、今日では表券主義を支持するようになっている。 この場合、主流派経済学は、国家権力によって強制通用力を与えられた「法貨(fiat money)」として表券貨幣を理解するのが一般的である。
(中略)
これに対して、L・ランダル・レイは、同じく表券主義に立脚しながら、国家が貨幣租税の支払い手段と定めている点が決定的に重要であるという説を唱えている。 彼の議論を要約すれば次のようになる。*4
(以下、大事な議論ですが、ここに書くには書評として重たすぎるので、中略。貨幣とは何かに興味がある方は、ぜひ「富国と強兵」を買って熟読ください)

レイは、貨幣とは負債であるという「信用貨幣論」と、貨幣の価値の源泉は国家権力にあるという「表券主義」を結合させたのである。 このような貨幣論を「国定信用貨幣論」(Credit and State Theories of Money)」と呼んでおこう。


「富国と強兵」では、中野氏は貨幣供給に関して巷間に流布している誤解にもきり込みます。

内生的貨幣供給理論
イングランド銀行季刊誌(2014年春号)は「現代経済における貨幣:入門」に続いて、「現代経済における貨幣の創造」という解説を掲載し、その中で、貨幣供給に関する通俗的な誤りを二つ指摘している。*5
 一つは、銀行は、民間主体が貯蓄するために設けた銀行預金を原資として、貸出しを行っているという見方である。
 しかし、この見方は、銀行が行っている融資活動の実態に合っていない。 現実の銀行による貸出しは、預金を元手に行っているのではない。たとえば、銀行が、借り手のA社の銀行口座に1,000万円を振り込むのは、手元にある1,000万円の現金をA社に渡すのではなく、単に、A社の銀行口座に1,000万円と記帳するだけである。 つまり、この銀行は、何もないところから、新たに1,000万円という預金通貨をつくりだしているのである。
 銀行は、預金という貨幣を元手に貸出を行うのではない。その逆に、貸出しによって預金という貨幣が創造されるのである。貨幣が先で信用取引が後なのではなく、信用取引が先で貨幣が後なのである。このことを理解していたジョセフ・アイロス・シュンペーターは「実際的にも分析的にも、信用の貨幣理論(money theory of credit)よりも貨幣の信用理論(credit theory of money)の方が恐らく好ましいだろう」といったが、確かに的を射ている。
銀行による貸出しは本源的預金による制約を受けずに、借り手の需要に応じて行うことが可能である。銀行は、企業家に対して、理論的にはいくらでも資金を貸出すことができるので、企業家は大規模な事業活動を展開し、技術や事業の革新(innovation)を実現することができる。シュンペーターにとって、この信用制度こそが、資本主義経済発展の中核に位置するものであった。
シュンペーターの指導を受けたミンスキーもまた、次のように述べている。

貨幣がユニークなのは、それが銀行による融資活動の中で創造され、銀行が保有する負債証明書の約定が履行されると破壊される点にある。貨幣はビジネスの通常の過程の中で創造され、破壊されるのだから、その発行額は金融需要に応じたものとなる。銀行が重要なのは貸し手の制約にとらわれずに活動するからにほかならない。 銀行は、資金を貸すのに、元手に資金をもっている必要がないのである。この銀行の弾力性は、長期間にわたって資金を必要とする事業が、そのような資金を必要なだけ入手できるということを意味する。*6

更に、もうひとつの通俗的な誤解についても。

さて、イングランド銀行の解説が貨幣供給を巡る通俗的な誤解として指摘するもう一つの例は、中央銀行が、ベースマネー(現金通貨と準備預金の合計)の量を操作し、経済における融資や預金の量を決定しているという見解である。
この見方によれば、中央銀行ベースマネーの供給が、ある銀行の本源的預金となり、それが貸し出されることよって、銀行システム全体で乗数倍の貸出・預金を形成することになる、いわゆる「貨幣乗数理論」である。この見方が正しければ、銀行による貸出し制約しているのはベースマネーであるから、中央銀行ベースマネーの量を操作することで、貨幣供給の量を操作することができるということになる。
 しかし既に述べたように、銀行は、ベースマネーを貸し出すわけではない。銀行による貸出しは、借り手の預金口座への記帳によって行われるに過ぎないのである。従って、銀行の貸出し(すなわち預金通貨の創出)は、ベースマネーの量に制約されてはいない。もちろん、銀行は貸出しを増やせばそれに応じた準備預金も増やさなければならないので、準備調達の価格(すなわち金利)を調節すれば、銀行の融資活動に影響を及ぼし、貨幣供給を調節することができる。それゆえ、今日の中央銀行は伝統的に、ベースマネーの量ではなく、金利操作を金融政策の主たる政策目標としてきたのである。*7

(中略)
驚くべきことに、経済学の標準的な教科書の中には、イングランド銀行が初学者向けの解説で説いている現実の貨幣供給のプロセスをまったく逆立ちさせたことが書かれており、それが一般に流布しているのである。いわば、現代の天文学の教科書が、天動説を教えているようなものであろう。*8


日本人の著書で、これほど貨幣の本質に踏み込んで、主流派経済学の誤り、およびベースマネー供給を手段とするリフレ政策の誤りをきちんと指摘した本を私は知りません。

そしてこの後も、

−タドリー・ディラードは新古典派経済学の想定(理論の中に、現実の貨幣が存在しない)を「物々交換幻想」とよんだ。
−「アダムの罪」を「ドグマ」にまで仕立てたのがジャン・パティスト・セイだとタドリーはいう。
貨幣中立性、セイの法則はともに、「物々交換幻想」から導かれているもの。
−これらが、リカード、ジョン・スチュワート・ミルら古典派、さらにジェヴォンズメンガーワルラス新古典派にも継承された。
−中でもワルラス経済全体の需要が供給と均衡するという「一般均衡理論」の体系を確立し、新古典派経済学を主流派に押し上げる上で大きな貢献を果たした。
−主流派経済学は、いまなおワルラスが確立した一般均衡から出発して、分析を精緻化したり拡張させたりしているのである。*9 

と、現実の貨幣とは異なる、物々交換の幻想から出発した、古典派、新古典派、更には現代における主流派経済学が俎上にのぼり批判されています。

特に、現代の主流派経済学については、

流派経済学は、日常的な意味における時間の概念や(シェイブテイル注:確率分布では表せないタイプの)「不確実性」を無視することによって、経済現象数理モデルで表現することに成功した。主流派経済学は、分析手法数学化したことによって、数学的な分析こそが厳密な科学という通俗的な科学観に強く訴えかけ、それによって、社会科学の中でも特に大きな影響力を持つに至ったのである。
しかし、不確実性を排除することは、貨幣存在意義を排除することである。ワルラス一般均衡理論で不確実性を排除した時、そこから貨幣も蒸発した。
流派経済学経済モデルが大前提とする「一般均衡理論」が想定するのは、貨幣が存在しない世界なのである。

と、その理論の中に貨幣が存在せず、まったくもって現実の経済から乖離した代物として、厳しく批判されています。

これらの明晰な記述が、20章近くにも及ぶ「富国と強兵」の1章の中の一部に書かれているのですから、恐れ入ります。

 実は、本書の主題は、主流派経済学の根本的誤りを糺すことにはなく、これら正しい貨幣認識に基づく経済学と、厚みのある地政学とが交わるところに、新たな学問、「地政経済学」という視点があり、この視点から世界を俯瞰するとまったく新たなビジョンが生まれるというところにあります。

ただ、その内容にまで踏み込むのはとてもこの簡単なブログの記述では間に合いそうもありません。

この本は、現在の経済や政治について、いろいろな見解を持つ人々に、ぜひ一度は手にとっていただきたい名著です。

富国と強兵

富国と強兵

*1:「富国と強兵」p061

*2:同書 p062

*3:同書 p063

*4:同書 p060

*5:Michel McLeay, Amar Randia and Ryland Thomas, 'Money Creation in the Modern Economiy' Quarterly Bulletin, 2014b, Q1, Bank of England, pp14-27

*6:「富国と強兵」p067

*7:同書 p069

*8:同書 p070

*9:同書 p074

こ↑こ↓こ↑こ↓ 2016/12/24 13:10 面白そうな本だけどすごい難しそうですね

shavetail1shavetail1 2016/12/24 13:14 おっしゃるとおりです。 色々と背景知識がないといきなり読めない部分が多いですね。 第一章に限っても結構なので、ぜひ一般向けに仕立て直した本をみたいところです。

田中リンクス田中リンクス 2017/01/04 14:51 僕も買いましたよ!
三橋さんの本も買って読んだんですけど、より専門チックな中野さんのも読んどかなきゃと。
貨幣とは債務のことである、信用創造とは債務の拡大のことである、預金と現金の違い、日銀当座預金と貸し出しの関係性、金属主義の弊害、現実を見ない主流派経済学、債務を減らして経済成長することなどあり得ない、ぼんやりと捉えていた貨幣や経済に対する理解が一気に深まる本ですよね。
まあでも、マクロ経済にあまり関心がない一般層には敷居が高いのかも。そういう意味では三橋さんの本の方が取っつきやすいかもですね。
三橋さんの主義主張の賛否は置いといて、小難しい理論を分かりやすくて説明する能力は、僕は単純に凄いなと思います。友達に勧めるなら「富国と強兵」ではなく、「日本人が本当は知らないお金の話」を僕は選ぶでしょう。

せいせい 2017/01/04 20:59 昔「金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った 」とか「エンデの遺言」などを読んでお金の本質について考えさせられた事がありましたけれども、経済の専門用語が飛び交うような本格的な書作ではないので、そういう見方もある程度でした。直感的にピンとくるのは何故かこの手の裏話的解説ばかりだったので助かります

こ↑こ↓こ↑こ↓ 2017/01/06 20:55 関係ない話で申し訳ないんですが通貨発行益ってこれは毎年あるものと見て正しいのですかね もう一つはニュースでみずほ総合研究所が大型減税を安倍政権が取り入れるようなことが報道されていますが法人税がメインと考えたほうがよさそうですかね

GokaiGokai 2017/02/08 18:54 >さて、イングランド銀行の解説が貨幣供給を巡る通俗的な誤解として指摘するもう一つの例は、中央銀行が、ベースマネー(現金通貨と準備預金の合計)の量を操作し、経済における融資や預金の量を決定しているという見解である。

・私は中野剛氏が間違っていると思います。
・民間銀行は無からお金を貸し出している拙は安倍よしひろ氏の信用創造の説明2と同じものですが、民銀は提供可能なMBの量の範囲内で貸し出ししているに過ぎず、無いものを貸し出しているわけではありませんね。それゆえに日銀の意向は民銀にとってとても大きく、経済への日銀の金融調節はとても大きな影響を与えます。

通りすがり通りすがり 2017/04/08 11:44 今のところ、自分が必要な知識だと思っているもの:

?簿記の仕訳、そこから貸借対照表、損益計算書がある程度作成できる知識があること。

?建部論文で、銀行簿記、中央銀行簿記の仕訳を知ること。

?準備預金の後積みを知ること。

?日銀の金融調節、および、補完貸付制度等を知ること。

?ポール・デヴィッドソンの『ケインズ経済学の再生』で、「貨幣の非中立性」を知ること。

知識を得るときの態度について必要なもの:

?自分が今まさに完全に間違っている可能性を認めること。

?しっかり自分の考え、言うこと、書くことの裏付けとなる文献をちゃんと探すこと。どこそこのネットに書いてあった、などは文献にはならない。翻訳でも同様。

?分からないことは分からない、知らないことは知らない、と認めること(例:私は簿記の仕訳が出来ません。私は高等数学が分からないので経済学の論文が読めません。私は日銀の金融調節なる言葉は知りません等)。

shavetail1shavetail1 2017/04/08 22:29 通りすがりさま

コメントありがとうございます。
学問に対して真摯な姿勢ですね。頭が下がります。
私もそうありたいと思いつつも、なかなかそこまでの心境に到達できていません。

通りすがり通りすがり 2017/04/09 00:04 私は学問なんてやってません。ただの素人の政治経済オタクなだけです。多くのネット上の「論客」たちは、自分たちが匿名の、たんなるド素人の、政治オタクだということをわかってないんじゃないかと思うことがあります。

2016-11-05 日銀首脳と巷間リフレ派はドングリの(以下自粛) このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

一月ほど前ですが、週刊文春で日銀・岩田規久男副総裁の本音(?)を日銀関係者が語ったという記事が載っていました。

THIS WEEK週刊文春
量から金利へ回帰 リフレ派終焉で岩田副総裁の変節 2016.10.01 07:02

辞任も覚悟と公言していた岩田氏だが…
 日本銀行は9月21日の金融政策決定会合で、2013年4月から続く異次元緩和の戦略を修正した。市場に流すお金の量を年80兆円ずつ増やす目標をなくし、長期金利を「0%程度」とする目標に置き換えたのだ。

「そもそも日銀の異次元緩和は、デフレからの脱却をめざし、お金の『量』さえ増やせば物価が上がると唱えた『リフレ派』の考えを採り入れてスタートしたもの。今度の修正策はそうしたリフレ派の主張を否定して追いやり、伝統的な金利政策に回帰する色彩が強い」(経済部記者)

この文春経済部記者の見方は鋭いですね。 
「これからは、イールドカーブコントロール(YCC)だ」
と新金融政策を打ち出したかにみえましたが、内実は量から金利への回帰ということになります。

その上、日銀が直接コントロールできる短期金利以外に、市場が決めるはずの長期金利までもコントロールすると宣言したことにより、速水総裁時代の日銀内でリフレ政策を孤軍奮闘唱えた中原伸之からさえ、「イールドカーブを国家管理の下に置くのは戦時下と同じ発想」と斬って捨てられる始末です。*1

さて、先の文春記事に戻ってみましょう。

 長らく異端扱いだったリフレ派が台頭したのは、2012年12月。政権奪回を果たした安倍晋三首相が「大胆な金融緩和」を日銀に迫ったのが始まりだ。リフレ派に近い元財務官の黒田東彦氏が総裁、リフレ派の筆頭だった学習院大教授の岩田規久男氏が副総裁に送り込まれ、日銀はリフレ派の占領下におかれた。

 だが、リフレ派に従った金融緩和策の成果は出なかった。初期こそ円安誘導で輸入品は値上がりしたが、景気は回復せず、円安が一服すると物価も前年比で下落に転じる。金融緩和頼みの限界が見え、黒田総裁は豹変する。

「今年1月のマイナス金利導入でいち早く宗旨替えした黒田総裁はダメとわかれば固執しないタイプ。一方、岩田副総裁はこだわりが強いと見られていたが、最近は『巷のリフレ派は分かってない』などと言い始めて主張を転換。共通するのは自分の責任は認めないこと」(日銀関係者)

岩田副総裁のいう、『巷のリフレ派』とは、誰の、どのような言説を指すのかが不明ですが、リフレ派の理論的支柱であるはずの岩田規久男氏が自らの信者を切り捨てたのだとしたら、リフレ派もおしまいではないでしょうか。 

ちなみに、量的緩和は無意味と主張しているこの私も、「リフレ派」をデフレ脱却が必要だとする人々とする緩い定義ならば、いまもって私もまた岩田規久男氏にdisられている広義『巷リフレ派』()なのかもしれません。

それはともかく、文春記事ではさらに。

 かくしてリフレ派は敗北を喫し、日本経済を使った「壮大な実験」と呼ばれた異次元緩和は、「量」から「金利」重視へ回帰したのだ。しかし、安倍首相を後ろ盾とする前内閣官房参与の本田悦朗・駐スイス大使ら日銀外のリフレ派は怒り心頭だ。

「日銀の政策修正には『緩和はもう十分。あとは政府の構造改革、規制緩和の問題』とのメッセージも含まれる。『もっとお金の量を増やせ』『まだまだ増やせる』が持論のリフレ派にとっては面白いはずがなく、このまま引き下がるとは思えない」(前出・経済部記者)

 今後も政府と日銀は蜜月を続けられるのか。残り1年半の黒田総裁の任期はそこが焦点になる。


この文春記事は、リフレ批判に終始し、結局実際にどうやったらデフレ脱却が可能かには触れられずに終わっています。

また、記事中登場する岩田規久男氏といい、本田悦朗氏といい、第一の矢・金融政策と第三の矢・構造改革には関心があっても、第二の矢・財政政策には言及されていません。

ただ実際の消費者物価の動きをみれば(図表1;引用元楽天証券)、消費税という負の財政政策を実施した途端に物価が下がり始めたことは誰の目にも明らかでしょう。

f:id:shavetail1:20161105201408j:image:w360
図表1 アベノミクス期の物価推移
[出所]総務省物価指数より楽天証券作成

負の財政政策が物価に直ちに効く(ただしマイナス方向に)、となれば消費税廃止を含む正の財政出動デフレに効かない理由はないでしょう。

ところが、デフレ脱却の責任を負う当の黒田・日銀総裁は、消費税を上げるかどうかの分岐点となった13年8月の消費増税の集中点検会合の席上、次のように強く主張しました

黒田総裁、消費税先送りは「どえらいリスク」 点検会合で発言 2013/9/7付 日経電子版
 内閣府は6日、8月30日に開いた消費増税の集中点検会合の議事要旨を公表した。日銀の黒田東彦総裁が、増税を先送りして金利が急騰するリスクについて「万が一そういうことが起こった場合の対応は限られる」と発言し、予定通りの税率引き上げを求めていた。

 ただ内閣府が内部でまとめた詳しい議事録によると、黒田総裁は金利急騰の危険性に触れ「確率は低いかもしれないが、起こったらどえらいことになって対応できないというリスクを冒すのか」と、政府側に予定通りの増税を強く迫った。

 黒田総裁は国内総生産(GDP)に対する債務残高の比率について現在の約220%から「250%でも大丈夫かもしれない。(しかし)300%でも、500%でも、1000%でも(大丈夫か)といったら、それはあり得ない。どこかでぼきっと折れる。折れたときは政府も日銀も対応できない」と発言。「中央銀行として脅かすつもりは全くないが、リスクを考えておかないと大変だ」と述べた。

 内閣府が公表した議事要旨ではこうした発言を修正・削除している。

この発言により、安倍政権を消費税増税に導いておきながら、実際消費税を上げた結果のデフレ逆戻りにも、消費低迷にも無視し、更には14年11月と今年6月に増税延期されても金利急騰どころかマイナス金利が定着していることにもホッカムリを通しています。 

現在の日銀が黒田東彦・岩田規久男体制になって早くも3年半。 その間物価は消費税増税までは多少上がり、その後は右肩下がりで現在に至っています。 日銀では先日、もう何度目かも判然としないインフレ率2%達成時期の先送りを発表しました。 その間皆が忘れている間も日銀の国債買い入れは続いており、効果不明の長短金利調節も始まりました。

もうそろそろ、日銀の中も巷間リフレ派も、この3年半で結果的に効果がはっきりしてきた第ように「二の矢、正の財政政策でデフレ脱却」という簡単な結論に到達しても良い頃ではないでしょうか。

こ↑こ↓こ↑こ↓ 2016/11/06 13:53 いい加減さっさと減税して財政出動してほしいですね・・・。
安倍首相は今度3選して政権を9年握ってもぎりぎりデフレ脱却できるぐらいの時間しかなさそうですね。出生率1.8やら待機児童介護離職ゼロも政府支出増やせば達成できそうなのにやらないのが本当に問題だと思いますよ

hat_24ckghat_24ckg 2016/11/06 20:33 財政再建派はつける薬がないとして、社会保障を強化したい勢力は財務省お決まりの「財源がない」に対して「国債増発で賄え」と迫るべきです。なぜ大人しく引き下がってしまうのか。

2016-06-26 途上国に始まり、EUに終わる? このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

f:id:shavetail1:20160626083430j:image:w250:right今日も英国EU離脱報道がまだ続いています。 英国はもちろんですが、英国での離脱派勝利から、ドイツ以外のEU主要国内でもEU離脱派が勢いづいているようです。
各国内でも、ドイツに牛耳られて一挙手一投足に規制を入れてくるEUに対する不満が大きくなっているのでしょう。

ただ、EUは英国を準加盟国扱いにするという情報もあり、ノルウェー、あるいはカナダに準じて処遇するとすれば、英国に対して常識的な幅の中でオプションを提示して、離脱させるという流れになるとすれば、英国の離脱問題自身は不透明性が高い今が問題のピークなのかもしれません。

それに対して主要加盟国から離脱運動が盛んになっているEUのあり方こそ、今後の焦点となっていくのではないでしょうか。

ところで、2011年秋ごろ、リーマン・ショックで個人は多額の負債を抱えたまま放置されているのに、サブプライムローンを売った側の大手金融機関の多くが救済されたという不公平などの理由から、ウォールストリートが占拠されたことがありました。 

あのウォール・ストリート占拠運動もまた、直接的には欧州内に渦巻いていたEUに対する不満が米国に飛び火して発生したものでした。
その占拠運動の主導者のひとりは、デビッド・グレーバーという人物で、活動家でもありますが、本職はロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの人類学教授です。*1

彼は人類学調査で赴いたマダガスカルで、経済危機によりIMFから多額の債務を受けざるを得なくなりその代償として厳しい緊縮財政を強いられ、マラリア駆除の予算さえ削減されて、人々の命が緊縮政策の犠牲になる状況を目の当たりにしました。

この経験により、本職の人類学の研究から負債貨幣の関連、およびマダガスカルの状況から負債と緊縮政策との関連について深く関心を持った結果、前者からは現在の経済学に対する強い疑問をいだき、後者から活動家にも進んだようです。 

シェイブテイルとしては、グレーバーはこう考えたのではないかと思います。 
「現在の経済学の基本的な誤りから、世界中に間違った緊縮政策がはびこり、人々を苦しめている」と。

さて、グレーバーの活動家面についてはおくとして、人類学の研究からは2011年に重要な一冊の本が書かれました。 Debt: The First 5000 Yearsという本です。
とても興味深い本なのに500ページほどの原書で、買って読めずにいましたが、この本の骨子について解説した文献を文化人類学者の松村圭一郎氏が現代思想に書いてくれていました。*2
この文献もとても短いという訳ではありませんが、更に骨子に当たる部分を引用します。

(以下引用)
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貨幣負債の起源
貨幣の起源を語る経済学者にとって、負債はつねに貨幣のあとに発達したものだった。ずっと人類学がその誤りを指摘してきたにもかかわらず、経済学的には、信用貸しと負債は純粋に経済的な動機から生じるとされた。だから、負債貨幣以前に存在するとは認められなかったのだ。経済学者は、交換の媒体としての貨幣が登場するまで、人びとは物々交換をしていたと考えた。社会が複雑になるにつれ、直接的な物々交換は煩雑になる。貨幣が媒体となってはじめて、市場が生まれ、取引がうまく機能するようになった。グレーバーは、この神話が想像の産物にすぎないという。

 未開の物々交換を貨幣が代替していくという神話の基礎をつくつたのが、アダム・スミスだった。スミスは、貨幣が政治体制によってつくられたという考えを否定し、それ以前に貨幣と市場が存在していただけでなく、貨幣と市場こそが人間社会の基礎であると主張した。人間だけが、ある物を他の物と交換し、そこから最大の利益を得ようとする。その人間の性質が労働の分業につながり、人類の繁栄と文明をもたらした。政治の役割は、貨幣の供給を保証するなど限定的なものにすぎない。このスミスの観点が、経済が道徳や政治からは切り離され、それ自身のルールに則って作用するという考え方をつくりあげた。
 グレーバーは、その説明には何ら根拠がないと指摘する。 人類学は、物々交換が異邦人や敵どうしのあいだで祝祭的、儀礼的に行われてきたことを示してきた。二度と会わない相手、継続的な関係を結ぶことのない相手との交換では、相互の責任や信頼を必要としない一回きりの物々交換が適切だった。

 経済学のテキストでは、交換する人びとが親しくなることも、地位の差もないという現実離れした想定がなされている。じつさいに社会関係をもつ人びとのあいだでは、物々交換ではなく、贈与交換になる。それが、人類学があきらかにしてきたことだ。

 洗練された物々交換は、むしろ国家経済の崩壊にともなって生じ。最近では、1990年代のロシア、そして2002年前後のアルゼンチンで、貨幣が使われなくなった。かって、ローマ帝国やフランク王国のカロリング朝が滅んで物々交換への転換が起きたときにも、硬貨を使わない信用取引が行われた。

 古代エジプトやメソポタミア時代の紀元前3500年の記録も、硬貨の発明に先立って信用取引が行われていたことを記している。シュメール文明の時代に発明された硬貨の使われ方からは、貨幣が商業的な取引の産物ではなく、物資を管理するために官僚機構によってつくられたことがわかる。負債や市場での価格が銀貨で算定されても、それを銀貨で払う必要はなく、ほとんどが信用取引だった。グレーバーはさまざまな時代の資料を示しながら、物々交換の神話が虚構だと論じる。いわゆる「バーチャル・マネー(仮想通貨)」が最初にでき、硬貨はずいぶんあとにつくられた。さらに長い間、貨幣一般的には使われず、信用取引を代替することはなかった。物々交換は、貨幣の一時的な副産物だったのだ。

 では、なぜ経済学において、この神話が保持されてきたのか。グレーバーは、その理由は、物々交換の神話が経済学の言説全体にとって中心的だったからだと指摘する。 経済学には、物々交換のシステムが「経済」の基礎にあることが重要だった。個人と国家にとって何より大切なのは、物を交換することである。その視点から排除されてきたのが、国家の政策の役割だった。グレーバーは、貨幣をめぐるふたつの理論を参照しながら、国家と貨幣の関わりを考察する。

貨幣の信用理論と国家理論
 貨幣の信用理論といわれる立場がある。この理論では、貨幣は商品ではなく、勘定のための道具だとされた。つまり、貨幣は物ではない。貨幣単位は、たんに計算の抽象的な単位にすぎない。では、物差しとしての貨幣は何を測っているのか。
 その答えが負債である。信用理論家たちは、銀行券は1オンスの金と同じ価値の何かが支払われるという約束だと論じた。その意味では、貨幣が銀であろうと、金のようにみえる鋼ニッケル合金であろうと、銀行のコンピューター上のデジタルの点滅であろうと、関係ない。それらは「借用書」にすぎないのだから。

 もうひとつの立場が、ドイツ歴史学派として知られる歴史家によって唱えられた貨幣の国家理論である。貨幣が計量単位だからこそ、皇帝や国王にとっての関心事となる。彼らはつねに国内で度量衡を統一することを目指していた。じつさいの通貨の循環は重要ではない。それが何であれ、国家が税の支払いなどで認めさえすれば、通貨となる。つまり通貨政府への債務の印として取引されてきた。

 近代の銀行券も同じだ。最初に成功した世代的な中央銀行であるイングランド銀行が設立されたとき、イギリスの銀行家連合は、王に30万ポンドのローンを提供した。その代りに、彼らは銀行券の発行についての王室の独占権を受けとった。今日に至るまで、このローンは返済されていない。最初のローンが返済されてしまえば、イギリス全体の貨幣システムが存在しなくなるからだ。

 この観点から、国家がなぜ貨幣を用いて課税をするのかがあきらかになる。スミスが想定したように、政府から完全に独立した市場の自然な作用によって金や銀が貨幣になったわけではない。グレーバーは、むしろ貨幣と市場は国家によってつくられたと強調する。国家と市場が対立するというスミスに由来するリベラルの考え方は誤りで、歴史的な記録にもとづけば、国家なき社会には市場も存在しないのだ。マダガスカルでは1901年のフランスの占領によって、人頭税が課された。この税は、あらたに発行されたマダガスカル・フランでのみ支払いが可能だった。納税は収穫直後に行われ、農民は収穫した米を中国人かインド人の商人に売って紙幣を手に入れた。収穫期はもっとも米の価格が低い時期だった。
 多くの米を売らざるをえなかった世帯は、家族を養えなくなると価格が高い時期に、同じ商人からツケで米を買い戻すことを強いられた。借金から抜け出すには、換金作物をつくるか、子どもを都市やフランス人植民者の農園に働きに出すしかなかった。それはまさに安い労働力を農民から搾り取るための仕組みだった。農民の手元に残ったお金は、中国人の店に並ぶ傘や口紅といった商品の消費に使われた。この消費者の需要は、植民者がいなくなったあともマダガスカルをフランスに永遠に結びつけた。1990年に革命政府によって人頭税が廃止されたとき、市場の論理はすでに浸透していた。

同じことがヨーロッパの軍隊によって征服された世界各地で起きた。 それまでなかった「市場」が、まさに主流派経済学が否定した「国家」によってつくりだされたのである。
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いかがでしょう。 現代経済学が人類学調査の結果が否定する物々交換という神話を手放さないのは、経済学者にとっては現在の仕事の基礎を失うため、政治家にとっては、政府は小さいほうがいいという自分たちの主張の誤りを覆い隠してくれるから、というのは言い過ぎでしょうか。

シェイブテイルとしては、世界を変えるようなノーベル経済学賞が経済学者の世界からではなく、ちょっと会計をかじった人類学者から出るのではと半分冗談ながら思っています。

Debt - Updated and Expanded: The First 5,000 Years

Debt - Updated and Expanded: The First 5,000 Years


*1:生まれはニューヨーク

*2:現代思想 2012 vol.40-2 pp218「負債とモラリティ」

asdasd 2016/06/26 15:18 市場原理主義者の方々は「とにかく市場に任せろ、国家を切り離せ」と言うけれど、そもそも市場とは貨幣(国家管理された道具)で成り立ってるものだってことわかってんのかいな
…という不満をずっと持ってましたが、この本が広まってくれれば私の溜飲も下がりそうですね

asdasd 2016/06/26 15:28 ネットで序盤を翻訳してくれてる方がいたので今読んでますが、異様に面白いですね。人類学者なのに、そこらの経済学者連中より圧倒的に信用を理解している(笑)
惜しむらくは日本語訳が出版されてないことですが、早速現代思想を取り寄せてみました。

shavetail1shavetail1 2016/06/26 15:43 asdさま
コメントありがとうございます。全くおっしゃる通りで、これほど面白い本がなぜ邦訳されないのか不思議なほどです。

2016-05-29 貨幣と財政からみた経済学派分類 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

安倍首相は昨晩(5月28日)、現在はリーマン・ショック級の経済危機という認識から、10%への消費税増税を2019年10月まで2年半先送りする方針を麻生副総理らに伝えたとのことです。 会合後の報道ではその方針に異論も出たとのことで最終的な落とし所はまだわかりません。

ただ、コンセンサスが得られてきたことは、どうやら金融政策中心のアベノミクスでは限界があり、デフレ脱却・景気好転のためには財政出動も必要だろうということです。

このブログを読んでいただいている方々からみれば、なるべくしてなった結果ということかも知れません。

それにしても、デフレ脱却・景気好転を願う目的は同じでもこれほどのアプローチに対する選好がことなるのでしょう。 今日はこの点を改めて考えてみたいと思います。

下の図は、貨幣(細かく言えば民間を巡るマネーストック)の生まれ方に対する認識(横軸)と財政政策の役割に対する認識(縦軸)の二軸で、マクロ経済に対する認識をグルーピングしたものです。*1


f:id:shavetail1:20160529134248j:image:w600

現代の主流派とよばれる経済学派は、全て貨幣外生説側、つまり図の左側にグルーピングされます。 左側のグループには新古典派系の経済学、ヒックス以後の新古典派総合、あるいはアメリカンケインジアンとよばれる新古典派の土台にケインズのトッピングを載せたような経済学もこちらに入るでしょう。

中央銀行がマネタリーベースを増やせば、民間のインフレ期待が高まり、民間を巡るおカネ、マネーストックも増えるという考え方は、中央銀行がコントロールするおカネマネタリーベースにより民間のおカネマネーストックが操作可能と考えていることになりますから、これまでの金融政策中心のアベノミクスを理論的に支えた岩田規久男日銀副総裁らのいわゆるリフレ派もこのグループになります。

ただこれらの主流派に属する経済観でも財政政策の重要性についてはかなりの幅があるようです。
財政破綻不可避であり、増税をすべきで財政出動はあり得ないという左下のグループ(財政破綻派としましょう)も現在の日本の学者では相当数いるでしょう。

一方、20年ほど前のアメリカンケインジアンは金融政策主体であるべき(それに倣ったのが現在のリフレ派本体)ですが、クルーグマンなど現代のアメリカンケインジアンは、財金併用に大きく居場所を変えています。*2

さて、今後の安倍政権の経済政策と関わりが深いのは図の右側です。
こちらは主流派ではないので、画一的なグループ名は思いつかないのですが、仮に「貨幣中立系」としましょう。

民間を巡る貨幣(≒マネーストック)は、民間銀行で負債と同時に生成し、中央銀行が生み出すマネタリーベースではコントロールはできないという貨幣観が共通しています。

ここには、例えば、旧日銀派例えば白川前総裁以前の日銀)、あるいはポストケインジアン系、現代金融理論(MMT: Modern Monetary Theorists)、そして日銀の実務を知った上で昭和初期にデフレ脱却を果たした高橋是清など、幅広い考え方がありますが、全て「貨幣中立系」グループに一緒くたに属しています。

とはいえ、財政政策に対する選好性は大差があり、旧日銀派は財政政策にはネガティブもしくは無関心であり、今も欧州にいる現代のポストケインジアンは貨幣の内生性には関心が強そうですが、財政政策について統一的な見解は私が知る限りはありません。

さて、ケインズ経済学に名を残しているケインズですが、著書は難解で比較的早世したこともあり、位置づけが明確ではありません。
ただ、ケインズ経済学をモデル化したとされるヒックスは、新古典派の考え方をベースにモデル化したため、ケインズ自身の考えとはかなり距離がある「ヒックス経済学」とでもよぶべきものになっており、貨幣に対する考え方はいわゆる主流派のそれと考えて良さそうです。

ケインズ自身は貨幣の内生性にも気がついていたようですが、それをモデル化するには至らずこの世を去りました。ということでケインズは財政政策重視の、左右にまたがる広い帯で示しました。

前フリ?が非常に長かったのですが、シェイブテイルとしましては、デフレ脱却を目指し財政政策を打ち出そうという安倍政権が最も参考にすべきなのは右上に赤い◯で示した高橋是清の経済政策ではないだろうかと考えています。

以前も示しましたように、高橋是清は財金併用、特に単年で財政規模を急増させて、わずか1年以内にデフレ脱却を果たし、その翌年には早くも財政規模の縮小に舵を切っています。

アベノミクスと高橋財政を比較してみた - シェイブテイル日記 アベノミクスと高橋財政を比較してみた - シェイブテイル日記

高橋是清がいち早くデフレを脱却できたのも、是清が貨幣とは流動性をもった負債だということを実務経験から知っていたからでは、とシェイブテイルは思っています。 そういう私は、自称高橋是清派ということですね。

*1:もちろん経済学派の分類がこの二軸に限るなどということは全くなく、便宜的な分類です。

*2経済学が専門ではない筆者は、主流派経済学には殆ど関心がないので記載が間違っている部分があるかもしれません。 その点はご指摘いただければありがたいです。

2016-04-04 安倍政権の理想を達成したギリシャの現在 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

日本についで財政健全性指標が悪いギリシャでは、2011年から15年の政府債務伸び率が世界一になりました。 
ただし、世界一は世界一でも、世界で最も伸びが小さかったのです。
また2013年には日本が目指すプライマリーバランス均衡も達成しました。
そのギリシャの現状とはどのようなものでしょうか。

IMFのデータベースで比較可能な世界36カ国で、11年-15年の4年間での政府債務伸び率をみると、驚くべきことにギリシャは「財政健全性の優等生」に変貌していました。(図1)

ギリシャでは近年政府債務伸び率が世界一小さい

f:id:shavetail1:20160404162351j:image:w480
図1 政府債務伸び率ランキング
出所: IMF WEO Oct. 2015
比較可能な世界36カ国で、2011-2015年の4年間での政府債務年平均伸び率を算出
図は主要国だけだが、国名の後の数字は伸び率の小さい国ランキングの順位を示す

ギリシャでは2009年の政権交代時に多額の財政赤字が発覚し、その後国際通貨基金(IMF)、欧州連合(EU)、欧州中央銀行(ECB)からの融資と引き換えの緊縮財政が開始されました。
その結果ギリシャの基礎的財政収支、いわゆるプライマリーバランスは2009年の対GDP比-10%から2013年には+1%に改善しました。

ギリシャは安倍政権が骨太方針に掲げるプライマリーバランス均衡を既に実現しているのです。

ギリシャに多額の融資をしているドイツを上回る緊縮財政をしいて、プライマリーバランス均衡を達成したギリシャの経済状況はといえば…。

まず、プライマリーバランス均衡達成とともに、政府債務残高(ユーロベース)は増加が止まりました。(図2)

f:id:shavetail1:20160404170026j:image:w300
図2 ギリシャのPBバランスと政府債務(ユーロ建て)の関係
出所:図1に同じ、以下同


ところが、財政健全性指標つまり政府債務残高÷名目GDPの悪化は止まっていません。(図3)

f:id:shavetail1:20160404170056j:image:w300
図3 ギリシャのPBバランスと財政健全性指標の関係

ということは、ご推察の通り、名目GDPは大幅に悪化しています。(図4)
f:id:shavetail1:20160404170127j:image:w300
図4 ギリシャのPBバランスと名目GDPの関係

また、物価は急速にデフレ化しました。(図5)
f:id:shavetail1:20160404170142j:image:w300
図5 ギリシャのPBバランスと物価の関係
物価はここではGDPデフレーター

その他にも09年から15年の間にギリシャでは失業率が9%から26%に悪化し、一人あたり名目GDPは15%減少しています。

安倍政権は「骨太の方針」で2020年のプライマリーバランス均衡を目指しています。
しかし、現実にプライマリーバランス均衡を達成したとすれば、ギリシャが今体験しているような経済状態を自ら実現する、ということなのです。

プライマリーバランス均衡は現在の安倍政権では国民生活よりも重要な指標であるかのように国家目標化していますが、元々は2006年骨太方針の中での竹中平蔵元大臣の発案に過ぎませんでした。 

ウィキペディアでプライマリーバランス(基礎的財政収支)を調べると、日本語では約2000字の記載があり、ドイツ語でも4500字ほどの詳しい記載があります。ところが、英語では600字程度の定義の記載のみ、他はアラビア語の定義のみ。
他の言語での記載は全くありません。

要するに、世界でプライマリーバランス均衡を気にしている国は竹中構造改革以後の日本と、ドイツ語圏およびドイツの銀行から多額の借金があるギリシャ位ということなのでしょう。

しかもこれを達成すれば、失業率二桁、厳しいデフレで財政健全性は悪化というような最悪な経済状態です。
安倍政権もそろそろ怪しい経済学者たちに鼻面を引き回されるのを止めにしないと、日本は世界一対外債務を持ちながら世界最悪の経済状態になりかねません。

asdasd 2016/04/05 10:31 初めまして。ここ最近から、興味深く読ませてもらってます。

マクロは拡大均衡が標準であるということを理解されてない方が多いんですよね。
だから総需要不足だろうが緊縮財政を支持する人が出てきてしまう。
まあそんなことは義務教育もマスコミも教えないもんだから仕方ないですが、困ったもんですね。

shavetail1shavetail1 2016/04/05 12:45 asdさま

コメントありがとうございます。

おっしゃるとおりで、金利がある以上はマクロでは拡大せざるを得ないし、拡大する際に健全な負債の担い手が政府と企業だということが為政者と大多数の経済学者に理解されていないのは情けないほどです。

長期経済データをみると、政府の債務残高は
1872年に28百万円…長期データの最初の年
1929年に66億円…濱口内閣が一人90円の借金が巨額と不況下の緊縮策を強行して昭和恐慌を引き起こした年
1982年に121兆円…鈴木善幸内閣で財政非常事態宣言をした年
そして現在1200兆円。
いつでも多かったといえば多かったが、四半世紀もすれば何で騒いだのか見当もつかないほどの少額だったともいえます。

そもそも政府がすべての債務を返すのならば、その債務を誰かが肩代わりするのか(海外?)、マネーを使わない自給自足か位しか選択肢がないことを政治家・経済学者が知っているのかどうか。

いずれにしても、サプライサイダーには貨幣や債務は理解できないのに、竹中平蔵らはひどく馬鹿げた国家目標を掲げたものです。

通りすがり通りすがり 2016/04/25 23:18 >長期経済データをみると、政府の債務残高は
1872年に28百万円…長期データの最初の年
1929年に66億円…濱口内閣が一人90円の借金が巨額と不況下の緊縮策を強行して昭和恐慌を引き起こした年
1982年に121兆円…鈴木善幸内閣で財政非常事態宣言をした年
そして現在1200兆円。
いつでも多かったといえば多かったが、四半世紀もすれば何で騒いだのか見当もつかないほどの少額だったともいえます。

馬鹿な人がいつも引っかかっている詐欺の手口ですね。インフレと名目ではなく実質成長の二言で説明できるというのに。

通りすがり通りすがり 2016/04/25 23:21 >そもそも政府がすべての債務を返すのならば、その債務を誰かが肩代わりするのか(海外?)、マネーを使わない自給自足か位しか選択肢がないことを政治家・経済学者が知っているのかどうか。

学部のころに、初歩の初歩の間違いと習うことを恥ずかしげもなく言っている人がいるのを見ると…

たくろうたくろう 2016/04/26 17:42 >馬鹿な人がいつも引っかかっている詐欺の手口ですね。インフレと名目ではなく実質成長の二言で説明できるというのに。

実質成長概念で説明出来ると口ばかり。出来るならやれば。

通りすがり通りすがり 2016/04/27 00:39 >実質成長概念で説明出来ると口ばかり。出来るならやれば。

とっくにやってること。知りたいならば調べればいいだけ。説明を省きすぎたので少し補足すれば、戦前の債務はハイパーインフレ、預金封鎖という名のデフォルトで大部分が清算された。だから実質成長で返済されたという印象を与えたのはまずかった。

結局、馬鹿が引っかかるという事実は曲げようがないけれども。

2015-10-24 中年フリーター問題を解消するための1枚の図 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

最近中年フリーターという言葉が検索ワードに急上昇しているようです。 

 「1億総活躍」と言うからには、まずこの問題に取り組むべきではないか。中年フリーターの増加だ。『週刊東洋経済』(10月17日号)が<絶望の非正規 データが物語る 中年フリーター273万人の実態>で、その切羽詰まった現状と老後破綻(はたん)が懸念される将来を報告している。

 三菱UFJリサーチ&コンサルティングの尾畠未輝研究員が中年フリーターと定義する「35〜54歳の非正規職員・従業員(女性は既婚者を除く)」は、2000年ごろは150万人を少し超える程度だったが、直近では2倍近い273万人に急増している。平均月収は20万円前後、3人に1人が貧困状態にあるという。
(以下略)
Asahi Shimbun Digital 正社員として働きたくても働けない中年フリーターの実態 関口一喜

今朝のNHK週刊ニュース深読みでも中年フリーター問題が取り上げられ、短期利益に振り回され、人件費をコストとして切り捨て、中年フリーターを量産する企業の姿勢にも疑問の声が上がっていました。

曰く、昨今のアベノミクスによる景気回復で新卒者の就職は増えているのに、その多くが非正規雇用によるもので、新卒の非正規雇用者は将来の中年フリーター源であり、彼らの低賃金により、将来の日本の消費低迷まで決まってしまうというのに、企業はそんな簡単なことも予測できないのかと。

それにしても、この四半世紀、中年フリーターが量産される問題は、企業と中年フリーターになってしまう個人(家計)との間で解決可能な問題なのでしょうか。

これを考えるために一枚の簡単なスキームを描いてみました。(図1)

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図1 マネタリーベースとマネーサプライの世界
民間銀行・日銀・政府だけから成るマネタリーベースの世界と、
我々がお金を使って暮らしているマネーサプライの世界の模式図。
このスキームは単純化のため、紙幣・コイン、海外は無視している。
両世界は民間銀行という一点だけでつながっている。

我々が使うお金は主に預金の形になっていて、補助的にお札やコインがつかわれていますが、説明を簡単にするために、お札・コインは図1のモデルでは考えません。 同じく説明を簡単にするために、外貨とのやり取りも無視します。

すると、我々のお金の動き(とモノ・サービスの動き)の大半は図の右側、マネーサプライ界に限定されています。 

我々は企業にサービスを提供し、企業はその対価の給料を銀行に振り込んで我々はそれを消費か貯蓄に回しています。

ところが、フリーターが増え始めたこの四半世紀とは、バブル崩壊とそれに続く橋本政権以後の緊縮財政の時期に重なっていています。

消費税が5%、8%とあがる過程で、このお金の動きに、新たにマネーサプライ界から政府に向けての左向き一方通行、つまり反対給付のない消費税増税が加わりました。*1

図1のスキームをみて、政府が家計や企業から税金を吸い上げるのに、市中銀行や日銀が関係するのか、という疑問も生まれるかもしれません。

政府は「政府口座」という財布を、日銀にしか持ちません。
そして日銀は政府口座と日銀当座預金という銀行の口座しか開設させていないので、政府が民間から税を吸い上げるには、民間→市中銀行(徴収代行)→日銀(口座振替)→政府口座 というルートでお金を吸い上げることになります。

それはともかく、このお金の流れは徴税ということで国民の義務とされています。
この徴税は、本来、政府が同時並行で、逆向きの流れに(ただし別の銀行口座)お金を流していわゆる再分配をおこなうことが目的だったはずです。

ところが、安倍内閣を含むこの20年ほどの政権の大半では、「財政再建」の名の下に再分配抜きの増税が常態化しています。*2

その結果、民間ではお金という名の椅子を巡って椅子取りゲームが繰り広げられ、弱者が椅子(お金)を取り上げられてフリーター、中年フリーターとなってしまうのです。 

ところが彼らは消費も弱いため、日本の経済活動をお金で測定した名目GDPはこの20年来500兆円前後をウロウロするだけであり、内需が拡大しないため、賃金を抑制して利益を確保したはずの企業は海外市場に目を向けざるを得なくなっています。

それにしても、中年フリーター問題の発端が、政府のマネー椅子取りゲームなのであれば、それを止めさせれば済む話ではないでしょうか。

政府がお金を吸い上げるのが徴税で、逆にお金を民間に撒くのが財政政策です。

財政政策の財源は税(図1で、マネーサプライ界から政府への流れ)だけではありません。 その他に政府債務、通貨発行益もあります。

政府債務は、政府が国債を発行して、市中銀行に買ってもらう流れ、お金は、(a)→(e)で政府口座に渡り、これを民間の誰かの口座に振り替えて財政政策が行われます。 その反対に、政府債務が数字としては大きくなりますが、その多くの部分が好景気による税収増として政府口座に戻っていきます。

通貨発行益の場合には、単に(e)で、中央銀行が財源になりますが、このスキームでみる通り、財政政策の財源として政府債務も通貨発行益も大差はないといえるでしょう。

税財源以外の政府債務や通貨発行益を財源とする財政政策を忌み嫌う向きも少なくありませんが、デフレ・ギャップがある日本では、インフレ転換が起きるまで何の副作用もない話です。

実際財政政策により、フリーターを正社員にする方法としては、NHKの番組で東京都が都の財源で実施しているように、中年フリーターに的を絞って、フリーターを正社員化するための補助金として使うのもいいでしょうし、低所得者に一律に配って消費先行で日本経済を拡大して正社員比率の拡大を目指すのも良いでしょう。 単に消費税を減税あるいは廃止しても良いでしょう。

要するに、大雑把に言えば、この20年の悪政の逆をすればいいだけです。

最近、リフレ派の方たちなどはアベノミクスにより新卒者の就職率向上などに胸を張るようですが、株価上昇などで一時的に雇用が改善しても、中年フリーター問題がアベノミクスで好転したとは思えません。

継続的に財政政策実施して、中年フリーター問題を解決すると同時に需要拡大によるインフレ転換をすれば、日本は今よりももっと住みやすい国になると思います。


*1:「反対給付はないというが、社会保障費として使われ、増えているではないか」と疑問の声が上がりそうですが、消費税増税に合わせて、給付水準が上がったわけではなく、高齢化による年金・医療費が自然に増えただけであり、年金支払いについていえば支払年齢の上昇のように、一個人としては支払い総額を抑制される一方です。こうした観点からみれば、戦後の高成長期、安定成長期という時代とは、定量化は難しいのですが、お金が政府から恒常的に民間に補填されている時代だったといえるのかもしれません。それにもかかわらず政府債務問題は全く問題にはなっていませんでした。 これは政府債務の絶対額が小さかったからというのはデータからみて怪しい見解であり、政府債務の伸びよりも名目GDPの伸びが大きければ政府債務の絶対額増は何ら問題ではないということでしょう。

*2:なぜか儲かっている企業への法人税は減税していますね。本当に政府債務を問題視しているのなら、法人税減税はあり得ない話でしょう。

田中リンクス田中リンクス 2015/10/25 02:17 実にごもっともな主張ですね。さらにここに供給至上主義のサプライサイド経済学と外需獲得、国際競争力信仰も加わって日本経済があらぬ方向に進んでいっているのでしょう。
そして「非正規雇用が増えたのは正規社員という既得権益が存在するせいであり、日本型の雇用システムが弊害の元であり、雇用の流動化を進めることで正規と非正規の格差は改善される」と竹中辺りが宣うわけです。
緊縮財政により不景気を持続させながら労働者の権利や立場を弱体化させるような政策を二十年近くも続けていれば、そりゃ中年貧困層も増えるに決まってますよ。

昔の日本型雇用システムは確かに不況期には企業経営の重しになるのは確かです。正社員はすぐに切れないし、一度上げた賃金を下げることも難しい。しかしだからこそ不況期の消費需要減退をある程度防げるという話にもなります。それに生産性の低さによるインフレ不況でもない限り、一時的な需要減退は政府の財政政策でいくらでもカバー出来る筈です。政府がいくら財政政策を打っても需要減退を止めれないというのであれば、それは通貨発行による政府債務の拡大はインフレ率に影響を及ぼさないという等式が成立し、暗に無税国家の誕生を認めることになる。だからこそ構造改革派や緊縮財政派はデフレ不況の原因を供給側に対して求めたがるのでしょう。

ま、そこまで考えずに単に財政破綻馬鹿なのか主流派経済学に洗脳されているだけという人達も多くいるでしょうが。

投資家投資家 2015/10/25 16:01 現実的には、将来ある子どもや若者支援に、より政策の力が入れられるでしょうね。これは仕方ないことだと思います。
そもそも、正規だろうが非正規だろうが、サラリーマンや官僚という生き方が一生安泰な時代はもう終わりでしょうね。

政策や組織に期待するより、スキルや資産を貯めることに注力して、起業家なり投資家なりになるべきですし、これからの時代ならざるを得なくなるでしょうね。