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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2016-08-23

小学五年生に人工知能のプログラミングを教える意味 07:27


 毎日が慌ただしく、めまぐるしく過ぎていく。気がつけば8月ももう終わる。

 先日、8日と18日にかけて、子供たちに人工知能プログラミングを教えるというワークショップを実験的にやってみた。


https://i.gyazo.com/74defc8c87ab6e01fcc91d92993a96c1.png


 「なにをバカな」と思われるかもしれないけれども、僕は子供の持つ根源的な可能性に賭けた。


 最初はUEIが運営している秋葉原プログラミング教室(http://www.akiba-programming-school.com)の生徒向けに考えた。


 とはいえ小学生ばかりで集めても本当に集まるかわからなかったので範囲を少しひろげて「10代」とした。つまり、小学五年生から大学二年生までが受講可能な講座である。


 蓋を開けてみたら大変な人気で、キャンセル待ちも出るような熱気になった。

 結局20人。さすがにこれ以上増えると教えきれないので限界だったと思う。


 会場に集ったのは、親御さんを含めて30人弱。


 なぜ二日間の日程にしたのかというと、今回、さくらインターネットさんのご厚意で「さくらの高火力コンピューティングクラウド」を提供していただいたからだ。


 一日目は座学と、GUIのみで人工知能を学習させる方法を学ぶ。

 画像分類問題は非常に枯れているので、学習させる教材の作り方ひとつで性能が大きく変わることを説明し、だから自分で教材を作ってみよう、というわけである。


 画像を集めてフォルダに分類し、それをzipで固めてアップロード。

 それから学習を始める。


 ある男の子は、学習がうまく始まると「すげえ!やったあ!」と小躍りした。

 こういう素直な反応が見れると張り合いがある。



 実際、人工知能が学習を繰り返して育つためには時間がかかる。


 そこで閑散期となるお盆を利用して、お盆の間、人工知能に学習をさせて10日後に再び集まるという方式で行った。


 10日後、今度は朝からPythonの解説をする。


 秋葉原プログラミング教室では、今回のイベントにあわせて、予めPythonのプログラミングを練習させていたので、小学五年生が大半であっても、ほとんどよどみなくPythonのプログラムを打ち込むことが出来た。


 ところがMacOSの仕様がEl Capitanから大幅に変わったため、Chainerのインストール方法がかなりややこしくなっていた。そこらへんがすったもんだあったのだけど、Raspberry Piのチームは比較的スムーズに学習が始められた。


 僕の授業の基本は写経である。

 要するに、ベーマガよろしく教科書に書いてあるプログラムを見ながら打ち込むのだ。


 みんなやってみるまではバカにするが、これほど効果的な勉強法はない。


 1976年うまれ、いわゆるナナロク世代が軒並みコンピュータに強いのも、この写経を経験していることが大きい。当時はプログラミングの勉強といえば写経だった。


 写経のいいところというのは、頭のなかを一言一句通過することである。

 そして正確に入力すればちゃんと動作するし、ちゃんと動作しない場合は正確に入力できていない。


 うまく動かないときは根気よくソースコードを見れば必ず答えが見つかる。


 ナナロク世代のプログラマーはほぼすべてこの写経によるプログラミングを経験しているが、挫折した者も少なくない。


 エラーメッセージが出るようなタイプミスなら問題ないが、エラーが出ないのに思ったように動かないというバグがある場合、もう絶望的に修正が困難だからだ。


 そのうえ、当時の写経雑誌の金字塔であった「マイコンBASICマガジン」には、度々誤植があった。つまり掲載されているプログラムそのものが間違っていることもあったのである。


 これを自力で突破できる豪の者だけがプログラマーとして成長していった。そこまで興味を持てない人はプログラミングから興味を失っていった。


 こういう挫折から子供たちを救うためには、教えてあげる人、相談できる人が必要だ。そこにプログラミング教室の存在意義がある。


 重要なのは、フェイス・トゥ・フェイスで教えてあげることだ。

 そして生徒がつまづきそうになったときに、ちゃんと導いてあげることである。

 これは通信教育ではできない。


 自分がなにか疑問を持った時に、質問できる相手がいるというのは凄いことだ。


 写経だと思ってバカにしてはいけない。写経は百万の言葉よりも雄弁にプログラミングの本質を伝えることができるのである。


 入力するのはA4にして1ページ程度の短いプログラムだ。


 コツは、僕が真っ先に写経を始めることである。


 ここで僕が自分だけコピー&ペーストをやってズルすると、見ている人は「自分は意味のないことをやらされているのではないか」と思う。そうではなくて、先生がいの一番に、なにか意味がなさそうなことを実際にやる。しかも容易くやる。すると子供たちは自分たちもついていかなければ、と思う。


 作るのはAND回路の学習をする簡単なプログラムで、これは僕がChainerを学んだ時にid:hi-kingさんの解説を読んで感動した内容の縮小版である。

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 打ち込むのにものの数分、実行して結果を確かめると、次に活性化関数を変えてみようとか、ANDではなくORやNOTを学習させてみようとか、XORを学習させてみよう、と続く。


 面白いことに、ここまで来るとlossが下がっていくのを見るだけで「すげえ!なんだかわかんないけど僕が書いた人工知能が学習している!」と大喜びする。世界の深淵を覗き込んだときの喜び。


 それから、お盆休みの間に学習させてみた自分のニューラル・ネットワークをPythonから扱おう、という講義を行う。


 もうPythonのプログラムはお手のものだから、「これを使ったらあんなこともこんなこともできる」とイメージできる。


 いざ実際に教えてみて、もともと自分で企画したことではあるが、子供たちがこんなにも吸収力が高いことに改めて驚いた。


 僕は日本に限らず世界のプログラミング教育の大半は、子供だましであると思う。



 僕が子供の頃も、例えば大人たちが、「子供でもわかるように」いろんな言語を作っていた。いまどきでいう、ViscuitやScratchと同じである。たとえばLOGOという言語があった。亀の動きを定義すると絵が描ける、というもので、それはそれで面白かったけど、LOGOの延長線上に何が作れるのかわからなかった。そこで僕は、BASICでLOGOという言語を実装してみる遊びを思いついてそのようにした。LOGOそのものを触るよりもLOGOを実装する方が遥かに面白いと感じられたのだ。


 僕が子供の頃は、「子供にもわかるようにしてほしい」なんてことは望んでいなかった。大人が用意した箱庭の中で遊ぶなんてうんざりだった。


 僕はホンモノを知りたかった。本当のことを知りたかった。



 その頃の僕がもっと知りたかったのは、マシン語C言語BIOSやグラフィックス・ディスプレイ・コントローラ(GDC)の使い方といった本格的なことだ。数学でいえば、三角関数の高速な実装方法(固定小数点法を使う)や行列計算、三次元幾何といったところだ。

 ところが周囲にそれをきちんと教えてくれる大人は誰も居なかった。

 仕方がないので自分で大学の図書館に通って勉強した。


 ところが、そもそも教科書として出版されている本の内容というのは、質が低かった。

 その時点でも古すぎるか、的外れな内容のものも少なくなかった。


 そしてそれが的外れだったことを知った時は、既に自分が教科書を書く立場になっていた。

 既存の教科書では、行列式やベクトルの説明がわかりにくすぎたので、自分が本を書いた時にベクトルと行列の関係について整理して説明した。


 子供の集中力は凄い。一度興味を持てば、瞬間的に集中力を発揮する。


 するとどんどん吸収していく。

 時には我々自身よりよっぽど速く、先へ先へと進んでいってしまう。

 先生の方がついていけなくなる。


 それがやはり面白い。子供たちは、だからこそ面白い。

 彼らの人生にとって、このたった二日間の教室はさほど大きな影響を与えないかもしれない。


 しかし僕が思うのは、僕達ナナロク世代がうまれた1976年、ちょうどNECがTK-80を発売し、僕の父親世代のエンジニアが「これからはマイクロコンピュータの時代が来る」と直感して、息子にはコンピュータをやらせようと決意していたのと同じようなことが、これからの親世代に起きるだろうということ。


 TK-80の発売日は1976年8月3日。奇しくも、僕の誕生日の一日後だった。この時、父親がTK-80の広告を日常的に目にしていて、会社で勉強会を開催したりしていたことを大人になってから聞いた。


 おれの息子には絶対にコンピュータをやらせるんだ、と思ったと彼は述懐する。


 今の10歳、つまり小学5年生は、10年前、2006年生まれである。

 2006年に何が生まれたか、言うまでもなく、ディープラーニングだ。


 2006年、ジェフリー・ヒントンはネオコグニトロンのアイデアを復活させ、ディープラーニングの可能性を示した。その成果が証明されるのは、2006年に論文発表してから6年後、2012年だった。


 2015年から2016年というのはディープラーニングが大きく注目を集めた年だ。

 だから、ゼロロク世代とかイチロク世代という人達がこれから世の中を動かしていくのかもしれない。


 近い将来に人工知能がスマートフォン並に身近な存在になることは、もはやほとんど避けようのない事実である。気がついたら全てのスマートフォンがAI化されていても全く不思議ではない。


 今でもSiriやGoogle Nowが付いている、という見方もあるが、それをいったらスマートフォン以前のガラケーであっても、インターネット接続機能やタッチパネルは「付いていた」。


 しかしスマートフォンが根本的に異なる価値を持つものであることは明らかだ。


 SiriやGoogle Nowは原始的なAIであり、カネの掛かった子供だましである。それは作った人たちも充分理解している。


 だからこそ、これから始まるであろうAI革命は怒涛のようなものになるだろう。

 今、各社が提案している「AI搭載OS」は、どれも子供だましだ。OSの基本機能としてではなく、単なるアプリケーションの補助機能としてAIを使っているに過ぎない。


 本当の「AI搭載」とは、そうした一連のものとは全く意味が異なるものになるはずである。


 Siriのようなヒューマンエージェントではなく、GoogleNowのような検索しない検索とも違う、新しいAIの活用法が急速に模索されるはずである。


 その進化はガラケーからスマートフォンになったような非連続的なもので、勘の鈍い人には最初はうまく伝わらないようなものである。


 iPhoneは最初から両手をあげて喜ばれていたわけではないことを思い出していただきたい。

 実際にやってくるまでは「うさんくさいもの」「微妙なもの」「こけおどしのもの」と思われていた。


 それが真に実用的なツールであることが一般に広く認識されたのは、発売から少なくとも三年は掛かった。


 今の10歳が20歳になる頃までには、おそらくAIを日常生活で活用することは当たり前になっているだろう。

 その日が来るときに、いかに柔軟にAIを捉え、いかに素早くAIを活用できるようになるか。


 そういう時代に活躍できる子供たちを僕は育てたい。


 こちらのインタビューでも語っていますが、小中学生対象のプログラミングコンテストを開催中です。

 プログラムでもハードでもマインクラフトでもOK。

 9/15まで応募できますよ

ASCII.jp:「プログラミングは小学生からするべき」清水亮氏・遠藤諭氏が語るその理由 (1/3)

http://ascii.jp/elem/000/001/215/1215716/

2016-08-22

発狂起業家仲間に会ってきた 08:41

https://i.gyazo.com/525e8288cb9c41f4ab7c67d9f04e8fd9.png

 ちょっと前に、電通で「発狂起業家対決」みたいなイベントをやったときの相手が八谷和彦さんだった。


 八谷さんとの付き合いは、もうかれこれ15年近くになると思うけど、本当に親しくするようになったのはここ10年くらいかも。


 もともとポストペットのコンセプトを考えた人で、他にも視聴覚交換マシンやメガ日記(いまのブログのはしり)など、様々な活動をしている人だった。


 僕が最初に出会ったのはSo-netで、ポストペットのゲームを作りましょう、という企画だったのだけど、当時はDesign Plexという雑誌に八谷さんのインタビューが載っていて、「夢のなかでピンクのクマが手紙を届けに来たんです」それがポストペット誕生のキッカケだという。


 もう嘘なんだかほんとなんだかわからないこのエピソードの出だしに、「やべえ電波入ってる人なんじゃないの?」と思っていた若き日の僕は、おっかなびっくり初対面を果たしたわけだけど、予想を大幅に裏切り、ものすごくまともな人だったことに今でも驚いている。


 八谷さんは基本的にまともである。

 自分の娘にまで敬語で話す。


 ものすごーくまともなひとで、礼儀とかそういうことをひとつひとつキチッとやる。

 その上で、自分で作ったジェット機で空をとぼうとか頭がおかしいことに13年の歳月と1億の費用をかけている。なるほど発狂起業家とはよく言ったものだ(あれ、僕もその仲間になってたんだっけ?)。



 どこぞの都知事選に立候補するような人間とは根本的に器が違う。

 恐ろしくストイックに、自分の描く夢を追いかけている。


 1億円無駄遣いできる環境も凄いが、むしろ長距離ランナーのように淡々と目的に向かって一歩ずつ進んでいく八谷さんが頭おかしくて凄い。


 その八谷さんから「ついにメーヴェが完成したのでぜひ飛ぶところを見に来てください」という連絡が来た。


 僕は大好きな八谷さんが墜落して死んじゃうような現場にだけは居合わせたくないので、できるだけテストフライトを見に行かないようにしていたのだが、八谷さんのフライトが全て成功して、たぶん今月と来月がラストフライトになるだろう、ということで見に行くことにした。



 ところが台風でしょ。

 スーパーカムイが止まってて、しかたなく高速バスに乗り込むことに。

 これがまた死ぬほど大変で・・・


 というわけで大幅に予定より遅れて現地についたのだが、現地で僕たちを待ち構えていたのは大雨。


 だが僕は生粋の晴れ男。

 晴れ男パワー全開で「明日は晴れさせてみせますよ。みててください」と大見得を切ったものの、とりあえず寿司を食って寝た。


 そして翌日。


 なんと見事に晴れた。

 どうだおれの晴れ男パワーは。圧倒的じゃないの。


 「どうよ八谷さん、おれの晴れ男パワーは」


 翌朝、上機嫌で飛行場に向かうと・・・


 「いやあ清水さん、晴れたのは凄いですよ。けど・・・」


 「けど・・・・???」


 「あれ?あれ何?」


https://i.gyazo.com/6ea5d00b830f1829bcc48db133671403.png


 「滑走路です」


 「は?」


 「だから、滑走路が水没してるんです。まるごと」


 「あの鉄パイプみたいなのは、遊具?」


 「そうです。20年ぶりだそうです。ここまでひどいのは」


 OMG

 あんまり役に立たなかった僕の晴れ男パワー。

 石狩川が増水して大変なことになってしまったらしい。


https://i.gyazo.com/062fcd4fcb5a7e51adb95a5785dada69.png


 仕方ないのでエンジンだけ掛けてもらって雰囲気だけ味わうことに。

 すげー音がした。

 完全にジェットの音。


 イヤーマフラーをつけてないと轟音で発狂しそう。

 もの凄い推力が生まれていて、それをラジコン用のリポバッテリーで制御して、前から三人がかりで止めている。

 凄い、そして、このひと、やっぱり頭おかしい。


 淡々と、丁寧に、やってることが頭おかしい。

 


 いいもの見せてもらったなあ

2016-08-20

なんのかんので実装は大事 08:47

 ある日、会社で「そのアルゴリズムで悩むならニューラル・ネットワークに推定させたほうが良くない?」と言ったら「いや、上手くいくかどうかわからないじゃないですか」「ニューラル・ネットワークの処理でコマ落ちしそう」と言われたので「やって見もせず何を言う」と実装してみたのだが、コマ落ちどころかミリ秒以下で処理できた。


 ただ、Pythonのままだと実装上不都合なのでC言語に移植する必要があって、そういうときにどうするかというとChainerで訓練したニューラル・ネットワークからC++言語のプログラムを自動生成するプログラムを書くのである。


 まあ細かい実装についてはあっちの連載(http://ch.nicovideo.jp/akiba-cyberspacecowboys/blomaga/ar1088216)で毎週紹介していくつもりではあるが(記事は全て書き終わってる)、結論だけ紹介すると、2キロバイト未満のニューラル・ネットワークならば全てキャッシュに乗るので1μsくらいで処理が終わるのである。

https://i.gyazo.com/2f5819b0b861ea223d904a91b0f504ff.png

 このグラフの単位は秒なので、0.001は1ミリ秒だが、実際にはこのベンチマークは1000回ループなのでそのさらに1/1000、つまり1マイクロ秒で処理が終わることになる。実にChainerの約500倍。


 といっても、Chainerをそのまんま使ったとしても0.00047秒だから1ミリ秒以下で推定できることは間違いない。


 L1キャッシュに乗るというのは絶大で、試しにMNISTを識別するオートエンコーダをC++で書くとこうなった。


https://i.gyazo.com/51fedde0f779006495af076f8ce1ea0b.png


 なんと、Chainer版とC++版だけ(した2つ)を比較すると、30%程度しか速度が向上していない。

 これはつまらないので仕方なく大人げないAVX命令を使うとやっとこ10倍程度の速度向上が出来た。



 今回のニューラル・ネットワークの場合、MNISTの第一層は784次元x400次元なのでそれ単体で3.5MB(倍精度に拡張するので実質的には7MB)もある。

 最新のCorei7でもL1キャッシュは32KB程度なので、こんな巨大なものがL1キャッシュに乗るわけがない。


 まあニューラル・ネットワークをどうマシンに最適化して実装するかというのがそろそろ議論の俎上に上がってくる頃だから、ターゲットをどこに絞るかFPGA含めていろんな可能性を議論しなくてはならない。既にFPGAとかASICのIPとかも出始めてきてるしね。


 まあしかし実装は大事だね。

 

 ChainerとかTensorFlowとかは確かに便利なんだけど、実装を意識しないと中身でなにやってるかわかんないから「なんだかわからないから怖い」という黒魔術感に拍車が掛かってしまうけど、実装見てみりゃなんのこたない、かけ算と足し算をひたすらく返してるだけだからね。むしろ最終的には泥臭い実装が効くんだよね。



 今頃は水面下で全国の最適化おじさんたちがアップを始めてるのかな


 とはいえ、まだ実用的なニューラル・ネットワークの適用例が少ないから様子見だろうねえ。

 まあ積和演算となると最適化おじさんたちの昔とった杵柄なので親和性高い気もするよねえ

2016-08-19

プライバシー情報を転売もマイニングもしなくて課金なしで無制限に使えるMoneytreeさんはどうやって儲けているのか 08:07

 さて、先日Moneytreeさんから頂いた不可解なメールについて紹介しました。

https://i.gyazo.com/7c47c0fc60c9b88e36698a4036d36bec.png


 いま見ても不可解で怖い。

 要するに「Moneytreeは、(他社のサービスとは違って)勝手にユーザ情報からデータマイニングして広告を出したり、半匿名情報と謳ってユーザのプライバシーに関するデータを横流ししたり、一定期間より前の利用履歴を見るために課金を要求したりはしないよ」という主張を「みんなの周りに伝えよう」という謎すぎるキャンペーンでした。


 まあこの手のサービスが無料で無制限に使えるというケースの場合、データの横流しは日常茶飯事で、ユーザはデータをある程度は横流しされることを覚悟の上で使うものだと思っていたのですが、どうもMoneytreeはそれをせずに経営を維持しようとしているようなのです。広告も出さず、課金もせずに??どうやって??むしろ怖い

Moneytreeさんが「僕、怪しくないよ! 広告も入れないし課金もしないし閲覧制限もかけないよ!」と言ってて益々怪しい件 - shi3zの長文日記

http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20160705/1467734933


 あの記事自体はそんなにページビューがあったわけではないのですが、運命とは数奇なもので、Moneytreeさんから直々に「説明に伺いたい」ということで昨日猛暑の中お出でいただきました。


 そこでまず分かったのは、「ユーザーのプライバシーを守る」ということがMoneytreeの企業理念の根幹を成していることでした。


 ではMoneytreeはどうやって儲けを出そうとしているのかというと、銀行や企業などがMoneytreeのAPIを使って顧客サービスを行う場合に、若干の手数料をとってサービスをしているとのことです。


 どういうことかというと、Moneytreeはその製品の性質上、全てのクレジットカード情報や銀行通帳の内容などを一元管理しています。


 ユーザーのプライバシーを保ったまま、ユーザーの必要に応じて、必要な企業にユーザーの情報の一部を開示できるという仕組みを企業向けに提供しているのです。


 たとえば「なるほど」と思った例に弥生会計があります。

 個人事業主などが弥生会計のクラウドにMoneytreeを通じて接続しておくと、MoneytreeではAIが出入金記録を精査して自動的に仕訳して弥生会計に入力してくれます。


 一般の人にはなかなかイメージ出来ないかもしれませんが、個人事業主や企業では通帳内容を税理士が把握したり経理担当者が把握しているのが普通です。そういう場合には、Moneytreeの持つ様々なデータへの接続点が一元化されているというメリットが最大限に活かせます。


 Moneytreeを使わない状態だと、出納情報を全て経理担当者が弥生会計に入力しなおさなければなりません。


 「なるほどそれは便利ですね」という感じです。この手間を考えると、企業がMoneytreeに対してお金を払う理由は正当に思えます。


 企業はMoneytreeから提供される有償のAPIを通じて、ユーザーひとりひとりの確認を取った上で(ここ重要)、必要なだけの情報開示を企業やサービスに対して行うことが出来ます。


 たとえばファイナンシャルプランナーなどに預金口座の一部を開示するとか、カードの利用履歴を開示するとかでコミュニケーションコストを減らすことが出来ます。


 そういうビジネスモデルを描いているので、基本方針としてMoneytreeはユーザーから集めたデータを勝手に使わないし、勝手にデータマイニングして広告を表示したり、半匿名情報としてデータを横流ししたりしない、というわけです。



 まあ悪い人たちじゃなさそうだということは最初のメールからも思っていましたが、反対に、こんなビジネスモデルで会社が永続化できるのか少し不安になりました。


 ちなみにMoneytree以外の同種のサービスでは半匿名情報として氏名だけが塗りつぶされた個人情報が一人いくらという値段で流通するのが普通だそうです。


 それはそれで想像するとちょっと怖い。

 TSUTAYAの履歴とDMMの履歴(艦これとかね)とAmazonの履歴とヤフオクの履歴とdocomoの使用履歴と銀行口座などなどが全部統合されたらもうバレバレじゃん。匿名じゃなくなってるじゃん。


 それがほぼ生データのまま流通しているというから、それはそれで怖い話です。


 けれども、まあイマドキ個人情報一つにどれだけ価値があるのかというのはちょっと疑問です。


 特に悪用されなければ個人情報が取られてもいいや、という人も少なくない昨今、まあ僕はTポイントカードをわざわざ財布から出すのが嫌になったのでTポイントカードを使うのやめましたが、たまたま知人の勧めでMoneytreeを使っていたので個人情報が流出しないことをかくにん、よかった。


 ・・・ってほどシビアかなあ。

 まあ芸能人の方々とかは細かく個人情報とられたら面倒くさい、というのは当然あるんだと思いますけどね。

 我々一般人なんかは別にどうでもいいといえばどうでもいい。

 

 まあさすがに「あの会社のあの人がこんなエッチな本買ってましたよ!」とか喧伝されたらそれはそれで困る。


 でも僕のブログのアフィリエイト見てても、もちろん誰が買ったのかはわからないんだけど、何を買ったのかはわかるようになっていて、それはそれでちょっと嫌な気分になることがある。これが個人情報の恐ろしさか。


 ただねー、Googleも企業当初の理念は「広告なんか入れないぞ」だったのに、今や世界で一番広告を売る会社なわけで、Tumblrもそうだよねー。だから、Moneytreeさんにはぜひ頑張っていただきたいのだが、正義を貫くにはまずカネが必要、ということもぜひ考えていただいて儲けていただきたい。


 ちなみにMoneytreeの利用規約はオープンソースで共有されている。


 「われわれは、利用規約を公開し、クリエイティブ・コモンズとして共有してるんですよ!この崇高な気持ちを皆さんと分かち合いたい。そして他の会社にも同じ規約をぜひ使って欲しいと考えているんですよ」


 鼻息荒い。

 なるほどね。


 「まあいい人達そうだから、後日談としてブログでとりあげますよ」


 というと、喜んで帰っていった。

 うーむ。憎めない人たちではあるんだけどなあ。


 じゃあせっかくなのでその利用規約とやらわ見てみるか。


GitHub - moneytree/policies: Moneytree Terms and Policies from moneytree.jp

https://github.com/moneytree/policies

 もちろんここには個人情報を悪用しないなどのマニフェストが書かれていて、少なくとも彼らの眼が黒いうちは本当に個人情報の流用はしないんだろうなあ、ということは伝わってくる。


 と思ったら

お客さまのデータは:

お客さま自身のものです

安全に保持されています

いつでも削除することができます


第三者への情報提供:

事前に同意をいただいている場合

個人を特定できない情報である場合

法令に基づく開示を要求された場合

あれ?個人を特定できない情報なら開示するの?それってあなた達がさっき批判していた「半匿名情報」ってやつじゃ・・・

統計情報の作成

Moneytreeは、お客さまから提供いただいた情報を、個人を特定できない統計情報に処理するために利用することがあります。


 結局データマイニングするんじゃん。

 広告は出さないけどデータマイニングはするの?


 というか彼らがわざわざgithubで共有している利用規約が特段他の規約とくらべてプライバシー保護に熱心だとも思えない。

 あ、あとさ

Creative Commons 表示 - 改変禁止 4.0 国際

あなたは以下の条件に従う限り、自由に:

共有 — どのようなメディアやフォーマットでも資料を複製したり、再配布できます。

営利目的も含め、どのような目的でも。

あなたがライセンスの条件に従っている限り、許諾者がこれらの自由を取り消すことはできません。

あなたの従うべき条件は以下の通りです。

表示 — あなたは 適切なクレジットを表示し、ライセンスへのリンクを提供し、変更があったらその旨を示さなければなりません。あなたはこれらを合理的などのような方法で行っても構いませんが、許諾者があなたやあなたの利用行為を支持していると示唆するような方法は除きます。

改変禁止 — あなたがこの資料をリミックスし、改変し、あるいはこの資料をベースに新しい作品を作った場合、あなたは改変された資料を頒布してはなりません。

追加的な制約は課せません — あなたは、このライセンスが他の者に許諾することを法的に制限するようないかなる法的規定も技術的手段も適用してはなりません。

 あの・・・改変禁止って書いてありますが

Moneytreeは、お客さまの個人情報に関する法令その他の規範を遵守し

 って冒頭に書いてあるのを改変禁止になっていたら、Moneytree以外なんにも使えないじゃん。


 改変禁止の自社専用の利用規約をgithubで公開してクリエイティブ・コモンズとして公開・・・


 まさにチラシの裏にでも書いてろというレベルの寝言でございます。



 日本語がわからないのか(社長は日本国籍ではないそうですが20年くらい日本に住んでる人だそうです)、それとも本当に深刻なほど頭が悪いのか。 

 

 むしろ善良な人に見えただけに不安が益々募ります。



 長文日記はMoneytreeさんを応援・・・していいのか判断に迷っています

2016-08-18

タイトルむずかしい 06:57

 ようやく書き上がった新刊を見て、タイトルがつけられなくて困っている。

 内容は基本的には僕がいろんな人達に話を聞いて、それをまとめただけのものだ。


 今回ばかりは本当に面白い。

 まあ僕が書く本は基本的に僕のツボなのでどれも僕にとっては面白いんだけど、今回は僕が会いたい人に会って、聞きたいことを聞いた本なので自分にとって本当にツボだ。


 ただ、そのぶん、テーマ性はあるものの、生活にごく身近なところから人類の未来まで、壮絶なスケールのギャップがあって悩む。とっつきやすさとスケールの大きさという意味では「トップをねらえ!」的な感覚の本ではある。


 でも映像作品と違って、本はあんまり口コミで広がらない。制作するのに異常なコストがかかる映像作品と違い、比較的低予算で作れる本はロングテールすぎるので、これを口コミだけで広めていこうというのはどだい無理な話である。


 だからタイトルは重要だし、タイトルによって売れ行きが決定してしまうと言っても過言ではない。


 シン・ゴジラも名前つけるの悩んだんだろうなあというのは想像に難くない。

 ちなみにシン・ゴジラの英語版タイトルは GODZZILA Resurgence(ゴジラ・リサージェンス)


 なんか大コケしてるという噂のインディペンデンス・デイ・リサージェンスを髣髴とさせる不安感。もっと別の名前が良かったのではないか。まあ余計なお世話だろうけど。


 ところでいろんなレビューサイトで絶賛されているシン・ゴジラだけど、たまに☆ひとつみたいなレビューを見ることがある。


 それはそれで個人の好みの問題だから「へー」と思うんだけど、内容を読んでみると「まあそういう批判は織り込み済みの脚本だよねー」とニヤニヤしてしまう。


 ふつう☆がひとつ、つまり評価が低いレビューというのは、製作者の意図していなかった痛いところを突くものだけど、今回のシン・ゴジラに関しては「こういう批判が来るだろうな」というのを制作者側が完全に読みきっているであろうことが観客に伝わるつくりになっている。


 「ゴジラらしくない。もっと昔みたいなゴジラが見たかった」みたいな感想ってのは、「そういう人にあわせてゴジラを作っていたから日本の怪獣映画は衰退したんだよ」としか思わないし、「エヴァすぎる」という指摘に関しては「だって庵野秀明だし。エヴァ知ってるってことはそういう覚悟で見に来たんですよね?」としか思えない


 「シン・ゴジラ」が「シン・ゴジラ」というタイトルになった理由

 それはこれはゴジラであってゴジラでない、という意志の表明・・・なんだろうな、きっと。


 でもまあ、正直、タイトルだけ聞いた時はコケると思ったもんな。


 「なんか思い入れ強すぎない?」という不安が僕を襲った。


 だってよ。

 庵野さんの特撮作品といえば、「帰ってきたウルトラマン」とか「キューティハニー」なわけで、ようするに「どストレート」なタイトルが多いわけ。


 だから普通に庵野さんがゴジラのパロディを作ろうとしたら、ズバリ「ゴジラ」で良かったと思う。「ゴジラ、東京に現る」とか、「帰ってきたゴジラ」とかになると思うんだよね。それかもっとシンプルに「ゴジラvs日本」とか。


 それが「シン・ゴジラ」というタイトルは、もはやなにがなんだかわからない。

 シンが意味するものが、シン・エヴァンゲリオンなのか、真なのか新なのかわからない、英語にもしづらい(だからリサージェンス(復活)なんていうまるで的外れなタイトルがついてしまった)


 だからものすごく不安になったんだけど、これはむしろ作戦だったわけだ。不安にする作戦。内容は間違いなく面白いんだから、劇場まで来ればシンに込められた意味を理解できるよね?という作戦。

 

 まあでもこれは、どれだけ不安でもコアな特撮ファンとコアな庵野さんファンは必ず初日に劇場に来るだろうという、ゴジラと庵野さんだからできる作戦であって、普通は無理。だから命名法として参考にならないんだよなあ。



 ちなみに個人的な経験としては本のタイトルはどストレートなものの方が売れると思う。

 ちょっとでもヒネると売れない。


 特に入門書の類はね


 でもストレートこそが難しい。

 


 うーむ