Hatena::ブログ(Diary)

shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2017-03-18

【行かなきゃ損】神田の名店 「江戸っ子寿司」ガード下のお店が25日で一時閉店 07:00

 神田の名店、江戸っ子寿司が神田駅の補強工事のため一時閉店してしまう。

 密かに大ファンだったため、一時的といえど閉店のニュースは哀しい。


 手頃な価格で極上の寿司が味わえる江戸っ子寿司は、何店舗かあるが、江戸っ子寿司フリークの間では特に名店との誉れ高いのがガード下のお店。


https://i.gyazo.com/45e98254add25782b91471f1c9424234.png


 ここの板長さんの握る寿司はとにかく美味い。

 写真は板長さんのスペシャリテ、「みぞれ添えの炙りトロ」


 大根おろしは、様々な白身魚の骨を炊いたもの。美味いよ。ほんとに。


https://i.gyazo.com/8bcf03199f9a76e7ca548240ebf801f4.png


 ヤリイカの肝のせ。ゼータク。美味い。


https://i.gyazo.com/060befc5bab66e76b77be910a3de2355.png


 そして板長さんの仕事が光る卵焼き。

 大葉が入っていて美味いんだコレがまた。


 板長さんはこれで退職してしまうそうなので、江戸っ子寿司の仕事が見れるのは25日まで。

 値段も2人で一万円くらい(八海山の大徳利三本あけた)と手頃なのでお薦めです。

2017-03-16

SixPad楽しい。まだ痩せないけど 10:19

 SixPadが楽しい。

 つけながら仕事できる。


 毎朝つけてる。

 つけながらブログ書く。

 いまも付けてる。


 脂肪の下で筋肉が確実に動いてるのがわかる。

 速筋だけが鍛えられてカロリー消費がほとんどないとか批判はいろいろあるらしいが、僕としてはこんなに楽しいものをなぜ今まで買わなかったんだろうという感じ。


 運転中にも、会議中にも筋トレできる。

 筋トレ好きな人には夢のような機械ではないか。

 しかも辛くない。


 おれ、筋トレがつらいのは、筋トレしてる間に筋肉に集中しなきゃいけないことで、なんで筋肉なんかに集中せにゃならんのだ、という気分になるのが最高につらい。


 もちろんそれは美容のためとか健康のためとかまあ大義名分はいろいろあるものの、なんかしっくりこない。ジムに通うのも、ジムから帰ってくるのも、なんか時間を浪費したという気がする。


 SixPadは時間の浪費にならない。なぜなら筋肉が動いてる間に別のことに集中できるから。

 


 大げさに言えば、だよ。

 SixPadは第二の脳なわけ。


 脳の代わりに筋肉に「動け」と信号を送ってくれるわけだ。やばいよね。

 腕につけるとマジやばい。


 強くすると腕がぶるんぶるん動く。


 「ああ、筋肉ってこうやって動くんだー」とはっきりわかるくらい動く。

 むしろ自分の身体を再プログラミングしている感覚。


 これってけっこう、凄いことよ。



 ただ、使用して6日。いまのところ体重は減ってない。

 でも使い続けて見ようと思う


2017-03-14

ソードアート・オンライン オーディナルスケールをプログラマー/ゲームデザイナーとして見てみた 08:39

 ソードアート・オンラインは原作が好きなんだよね。

 アニメは時間がないので見てないが面白いらしい。


 そのソードアート・オンラインがARになったということなのでワクワクしながら映画館に行ったのさ。新宿バルト9。そのスクリーンは、まるでアニメイトのようなムワッとする熱気と臭い(文字通り)に包まれていた。帰りたい。


 以下ネタバレ


 オーグマーのデザイン。どうもしっくりこない。こういう形にするなら、装着してない場合も折りたためるようにするとかメガネケース的なものに入れるとか、そういう感じのデザインであるべきじゃないか。


 そもそも、けっこう外して歩いてる人いるし。


 また、あの形状だとVRのような完全な没入は無理なので片目だけでいいのか気になる。もしかして片側から両眼に投影?それでもちょっと無理があるよね。角度的に


 そしてオーグマーで提供されているサービスが、まさかのクーポン。

 なんかスマホみたい。いや、リアルなんだけど、それ別にオーグマーがなかったとしてもできそうじゃん。


 サマーウォーズのOZ的なものを期待していたらちょっと肩透かしを食らった感じ。


 いや、サマーウォーズのOZもいろいろおかしいんだけど、OZは完全な公共インフラになっていて、オーグマーはあくまでもソフトバンクが運営してる感じ。スーパーフライデー的にケーキが無料になったりね。



 オーグマーのプログラミングは、おそらくホロレンズのプログラミングと似たようなものになるだろう。要するに死ぬほど簡単ということ。


 それと、今のところホロレンズのプログラムはスタンドアローンなものがメインだが、これがインフラ化していくと当然クラウドを意識したものになるというビジョンはそうズレてない。


 問題はゲームだゲーム。


 この世界のゲーム「オーディナルスケール」は、統計用語で順序尺度。まあ序数と言いたいらしい。序数はordinalだけでいいんだけど。


 このゲームの上位ランカーはインセンティブとしてポイントのようなものを受け取ることが出来、いろいろなものが割引になるクーポンが貰える。このへんがなんかリアルだけどセコいなーという気分になる。まあそれはいい。


 このオーディナルスケール(なんと略してOS。わかりづらい)では、現実空間にモンスターが出現してバトルとなる。


 当たり前だが現実空間なので、頭より高くジャンプしたりだとか、壁を蹴って三角飛びをしたりするためにはもともとの格闘技の素養があって訓練を積んでなければならない。根本的にVRゲームとは別物なのだが、本作ではなぜかゲーヲタであるはずの登場人物全員がプリキュアのように恐るべき身体能力を持っている。


 二年も寝ていた人間の動きではない。


 まあこれはアニメなんでこの部分に関してはとやかくは言うまい。


 実際にこんなゲームを企画して実行したら、まあやばいよね。絶対に怪我人が出る。すぐ炎上沙汰になるだろう。


 そもそもサバイバルゲームだって全力疾走はNGとされている。危ないから。

 こんな全力疾走だのジャンプだのを繰り返したら危ない。危ない上にAR空間にしか存在してない敵に弾き飛ばされている。どういう原理なのだ。オーグマーに反重力装置でもついてないと説明できない。


 さらに、ゲームに参加していない人、オーグマーを装着していない人からすれば迷惑この上ない。

 道端でいきなりカラオケ歌ったりも迷惑だが、オーディナルスケールのプレイヤーは迷惑どころの騒ぎじゃない。危険だ。



 このアニメを見ているとIngressやポケモンGoがいかにストイックに、クレバーに作られたかわかる。あれくらい注意深く作っても、クルマの運転中に使用して人を跳ねたりする輩がいるんだから、オーディナルスケールやりながら運転するやつとかいたらやばい


 っていうかキリトだ。あいつ運転してる。Ingressガチ勢のように。

 しかも運転中にスマホいじってる。やばい。おまわりさんこっちです。



 全体的には楽しめましたが、AR/VR研究のヒントになるかなーと思って見に行った自分としてはちょっと拍子抜けでした。


 細かいアイデアは面白いものが多いけど、全体的にはやはりガチ勢のための映画かな。

 シン・ゴジラと違って原作(アニメも)を知らない人を連れていくと100%おいてけぼりになります。予習推奨


 AR的なアイデアとしてはアクセル・ワールドのほうが良かったのではないかと思ったり思わなかったり

 

2017-03-13

自分のことを知らない人が多数やってくる場合は自己紹介はちゃんとしよう 19:05

おまえがちょまどみたいに若くてキレイでかわいい女子だったら何時間でも聴きたいけど、ダメなオッサンのつまんない自己紹介は5秒以上も聞きたくない。無駄に長いこと生きている人の長い自己紹介ってつまんない。「89年に大手SIの子会社に入社」とか聞きたくない。もうねダメなオッサンは「idと好きなAWSサービス」だけでいいよ。長いこと生きてるからいろいろ言いたいことがあるだろうけど、いらない。無名無能力な40歳以上は自己紹介は最後でもいい。最後まで聞いてもらえるだけマシだ。


みんなが、お前が誰か知りたくなるのは、お前が何をやった人か知った後だ。


http://blogs.itmedia.co.jp/fukuyuki/2017/03/40.html

40歳以上で無名でダメなエンジニア(元エンジニア)が勉強会で登壇するときの注意::村上福之の「ネットとケータイと俺様」:オルタナティブ・ブログ


なにがあったんだ総裁。いや、いろいろありすぎてなにがトリガーになったのか知らないけど


まあ聞く側の気持ちとしてはそうなんだと思いますけど、これが全てのプレゼンに当てはまると思われちゃうと困るので、タイトルにもあるようにあくまで勉強会の話だよね。


逆にサムいと思うのは「この勉強会に来る人ならオレの顔くらい知ってんだろ」的なノリで知らない人おいてけぼりにするプレゼン。しらねえよ。どこの誰だよ。という質問にこたえるために一枚目の自己紹介のスライドはある。


で、配布資料があるならこれは飛ばしてもいい。けど必要十分なことは書いておくべき。

でないと結局、どの立ち位置で喋ってるんだかわかんないし。

「この人どういう背景で喋ってんのかな」っていうのをいちいち聞きながらID検索するのも鬱陶しいし。検索しても結局どこの何者か分からないこと多いし。


idと好きなAWSサービスっていうのもよくわからない。なんのIDだよ。Twitter?


でも自己紹介が30秒以内というのは同意。過去の実績込みで30杪以下。だから総裁のメソッドは僕からしたら20杪長い。


エンジニアなら自己紹介のときに「これ作りました」と一枚の写真で説明できるものがあるといいんじゃないのかな。

それがないなら勉強会で発表とかする前にまずそれ作るところから始めないと


オープンな勉強会ではあんまりいないんだけど、大学や役所のプレゼンだとけっこうこの部分がムダに長い人はマジで居て、心底どうでもいいと思うことがなくはない。ないけど、そんなの僕の経験だと本当に数えるほどしかないので、そういう人は総裁のブログとか見ないと思うんだよなあ。


あと、その昔、モバイル・ワールド・コングレスのキーノートスピーチで、ノキアの社長が文字を一切遣わずイメージ写真のみで語るプレゼンがあって、すげー格好良かったんだけど最後まで聞いても何がいいたいのか全くわからなかった。


抽象度高すぎてもダメだと思うよ。僕は言いたいことを一言でスライドにする高橋メソッドとかがオススメ。たとえトチッたり聞き漏らされたりしても、キーワードは確実に相手に伝わる。


最初の自己紹介5秒。「村上福之です。どこでもある開発会社やってます」くらいしか言わない。どうせみんな俺に興味ない。その後、本題とデモ、詳細な自己紹介は最後。実績があるときは画像とメディア。仕事につなげるときは価格帯と売上実績。


0点。誰だお前。何の開発会社だよ(不動産か?)、やってるってどういう意味?どうしてそこに立ってるんだ。

って感じじゃない?


だったら自己紹介飛ばしていきなり本題に入って欲しい。村上福之という、生涯何の役にも立たない情報でオレの記憶を64ビットも消費すな。


と思った。

まあ全体の内容は同意する点も多いし面白いけど、極論すぎるかな。

今だから敢えて沈黙の艦隊を読む 07:36

 かわぐちかいじの沈黙の艦隊というマンガがあって、これは1988年から1996年までに講談社のモーニングに連載された作品だ。


 日米が極秘裏に建造した原子力潜水艦シーバット。乗組員は全員、死んだはずの自衛官


 ところが処女航海中にシーバットの艦長、海江田四郎は逃走。そして独立戦闘国家「やまと」を名乗り、日本国からも米国からも独立を果たす。


 このマンガ、かなり昔に書かれたものであるにも関わらず、現代にも通用する様々な警句やアイデアに満ちあふれている。


 そしてこの物語は、戦後の戦争漫画としては初めて「情報」を武器に闘う漫画だという点で新しいし、今も色あせない魅力を放っている。ひょっとすると僕がこの世界に入ったのも、子供の頃こういう漫画を読んだ影響かもしれない。本作の主人公が駆使する最大の武器は情報と想像力である。こうした「情報を武器とした戦闘」を描いた作品はとてもめずらしいと思う。主人公が不死身なのは、主人公が発するメッセージや思想といった情報が人々の好奇心や想像力を掻き立てずにいられないからだ。情報であるがゆえに最強であり、それゆえに不滅である。そういう描き方が凄い。


 たまに定期的に読み直すけど、潜水艦バトル漫画としても良く出来てる。まあ僕は停泊中の潜水艦に何度か乗ったことがあるだけなのでリアルなのかどうかはわからないけど、少なくともリアリティは感じられるような描写に徹していた。


 さらにいえば、もう徹底的に男。男、男、男、また男。


 たぶんちゃんとキャラクター設定と台詞のある女性は最終話に3ページだけでてくる海江田の妻だけではないかと思わせるようなほど男だらけということもこの漫画の特徴であり、当時の世相を反映している。その頃はまだ、女性が都知事になるとか大臣になるとか、ましてや国家元首になるとかという話にリアリティがなかったのだ。


 この物語の主人公は基本的に軍人か政治家である。


 そのあたりがシン・ゴジラっぽいなあと思う所以で、政治家というのがどういうものなのか、これまた僕は政治家になったことがないのでリアルなのかどうかはわからないが、少なくともなるほど選挙とはこういう思いで闘うのか、という気持ちを想像するくらいのことができるような描写に感動する。


 そももそなぜ潜水艦が独立国を宣言するのか。

 それは原子力潜水艦は核燃料さえあれば水中の分子を分解して水中から酸素と水を取り出し、何ヶ月も深海に留まっていることが出来るからだ。


 そしてこれは、相互確証破壊(MAD)を実現するための核戦略の要である。


 都市を一撃で消滅させる核兵器を装備し、世界中どこにでも神出鬼没に現れる原子力潜水艦が独立国に等しいという考え方そのものは、「太陽を盗んだ男」にも出てくる。

太陽を盗んだ男 [DVD]

太陽を盗んだ男 [DVD]


 「太陽を盗んだ男」では、東海村に忍び込み、核燃料を盗んだ高校教師が、自宅のキッチンで核爆弾を作り、政府を脅迫する。その際に名乗る名前が「九番」。核保有者として9番目という意味である。


 「太陽を盗んだ男」では、高校教師が気まぐれに政府を脅迫するだけだったが、これを国家的規模に拡大したのが「沈黙の艦隊」だと言える。


 海江田の標的は日本のみならず米国を含む全世界であり、神がかり的な戦術と悪魔のような慧眼で自らの理想を達成していく。


 面白いのは、海江田のこのアイデアに対する否定と肯定、または海江田を利用して新たな安全保障や新たな世界の出現を考える人間など、さまざまな思惑の人間が交錯するところ。


 登場人物すべてが主人公級の熱量で、政治家、ジャーナリスト、経営者、軍人がそれぞれの全存在を賭けて主張をぶつけ合い、時には命がけでそれを証明しようとする。



 よくも一人の漫画家がこれほど複雑かつ政治的、未来的アイデアに溢れたストーリーを練り上げたものだと舌を巻くしかない。


 そしてこの作品は今読んでもぜんぜん色あせない。もちろん現代風にアレンジするとすれば、インターネットの存在がすっぽり抜け落ちていることや、スマートフォンが存在していないことなど細かいところはいろいろあるが、1988年の二ヶ月間という設定の漫画を10年近くやってしまったんだから仕方がない面もある。


 この漫画を知らない若い世代にはぜひ読んでほしいし、現代にも通用するいろいろが、どうもこの漫画にある気がする。漫画喫茶には必ずあるくらいは売れた漫画なのでぜひ。僕はKindleでも全巻買いました。

沈黙の艦隊(1) (モーニングコミックス)

沈黙の艦隊(1) (モーニングコミックス)

2017-03-12

出世か恋か、はたまたその両方か。女性は夢中、男にゃ悪夢。最終兵器ラ・ラ・ランド 16:34


 ミュージカル映画ということできっと楽しい話なんだろうなと思って見に行ったんだけど、やばい。こころをえぐる。このブログの圧倒的読者である男子諸君はSAN値を削られる覚悟で見に行くべし。


 で、もうどこの飲み屋に行っても、誰と話ししてもラ・ラ・ランドの話でもちきり。まあ語りたくなるわなあ。あの映画。



 主人公のセバスチャン、通称セブは、「いつかジャズクラブを作る」と言ってる(だけ)のジャズピアニスト。金無職なし、彼女なし。しかしこのご時世、ジャズピアニストだけではなかなか食えず、いろんなバンドの手伝いをやって糊口をしのぐ日々。


 もうこいつがマジでダメ人間。口ばっかりでほんとに辛い。もうどこに感情移入したらいいんだかわからない。

 

 ヒロインはミア。ハリウッドで女優を目指しながら日々業界の大物が集まるパーティに出席したり、オーディションを受けたり(そして落ちたり)を繰り返すウェイトレス。


 2人は偶然出会い、しかし反発を感じながらも次第に恋に落ちていき、やがて結ばれる・・・というところで終われば「ハッピーエンドで楽しい映画だったねー。いやー帰ろ帰ろ」という感じで追われたのに、なぜか2人でイチャイチャするハッピーライフの描写が始まる。


 もう勘の良い人ならこの時点でいやーな予感するよね。


 そもそも普通の映画に求められる物語ってのは、単純なラブストーリーでいいわけ。

 この映画は単純なラブストーリーの部分だけ見ても良く出来てる。アカデミー賞とれるかは微妙だけど。


 セブのクズ感にぜんぜん感情移入できないけど、まあなんつーかお互い恋人見つかってよかったね、仕事も頑張れよ


 くらいで終わったほうがむしろ平和だった。


 しかしこの映画は単なる娯楽としては終わらない。


 ネタバレになるのでこのあとどうなるかは敢えて書かないけど、もしデートでラ・ラ・ランドを見に行こうと思っているんだったら注意されたし。いつ主人公と自分を重ねられるかわからないからだ。


 実際、これを見て別れを決めたという女性が知人にいる。


 かといって彼女がどうしても見たいと言ってるなら絶対に一緒に行ったほうがいいと思う。最後の悪あがきができるのは映画館を出た直後しかないからだ。


 でも、別の女性は彼氏と見に行ってラストで「なんじゃこりゃ」と思ったらしい。

 まあこれが正常な反応だと思う。


 僕はよく、「ここで終わったら映画じゃない」という言い方をするんだけど、ラ・ラ・ランドに関しては「ここまでやったら映画じゃない」と言ってしまおう。


 「ここで終わったら映画じゃない」というのは、映画というのは純粋なエンターテインメントであって、ラストに観客がポジティブな気持ちで劇場を後にできなければならない。エンターテインメントというのはそういうものだと思う。どれだけ悲劇的な内容だったとしても、例えば主人公やヒロインが死別するような展開になったとしても、「あそこまで愛せるって凄いよね」というポジティブな捉えられ方にならないといけないと僕は思う。



 だから、どんな映画でも、クラスマックスの直前や直後に、「ガーン」とするピンチや別れがやってきて、これで終わっちゃうのかな、という不安を観客に抱かせたところで、ラストのラストで大どんでん返しに持っていく。「ミス・ペレグリン」はそういう意味で、まさに「ここで終わったら映画じゃない」という感じだったし、それが映画の快感に繋がる。


 どんな悲劇でも最後にポジティブな印象を残して劇場を後にするから、観客はまた別の映画も見ようと思って戻ってくる。そういうものでしょ。ファンタジーなんだからさ。



 ところがラ・ラ・ランドはひたすら現実を突きつけてくる。

 芸能界の現実、ビジネスの現実、男の現実、女の現実。


 楽しい気分で劇場を出ようと見に行くと、なんともいえない釈然とした気持ちで劇場を出るハメになる。


 もちろんそういう文芸的な作品なんだ、と言われればそうかもしれないけど、ラ・ラ・ランドが宣伝してる楽しい雰囲気を想像して映画を見に行った観客のなかには「なんでこんな気分で映画終わるの?」と思う人もいるかもしれない。少なくとも男が受けるダメージは半端ない。


 ラ・ラ・ランドの場合、映画らしい終わり方ができるチャンスはいくつもある。にも関わらず、どうしてラストをああいう形にしたのか。


 僕が思うに、監督またはプロデューサーが、個人的になにか女優に恨みでもあったとしか思えない。


 でも人によってはラストのラストのあのミュージカルシーンで号泣したという人もいる。そりゃ泣くしかない。けど、この泣かせ方って正しいの?



 つうかこれにアカデミー賞あげちゃうってことは、もう観客は映画館に来るなって言ってるのに等しい。少なくとも「楽しい気分で映画館を出たかったら、この監督の映画はやめましょうね」というネガティブキャンペーンとしては成功しているのではないか。


 君の名は。のラストで感じた「なんじゃこりゃ」とは全く別次元の「なんじゃこりゃ」がラ・ラ・ランドにはあって、けれども女性は絶対喜んでしまうのでもうこうなると一緒に見に行く男そのものの価値が問われるという、ほとんどの男子にとっては悪夢のような映画なのではないか。



 ラ・ラ・ランドでデートして、もしくは彼女が一人または友達と見に行って、それでもフラレなかったら本当にその子に愛されてるんだと思う。


 わりとリストマス試験紙的な役割を担うこの映画。本当に危険なのでくれぐれもご用心。でも途中のミュージカルシーンは全部楽しいんだよな