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2010-09-05

僕がiPhone/iPadのビジネスアプリ開発にこだわる理由

最近、iPadの話をぜんぜん書いてなかったんですけどね。

iPadはいいですよ。実にいい。

特に3Gね。3G。これは本当に便利です。

でも向き不向きがあるね。


Twitter端末としてのiPadは本当に不便。

なんかボーっと眺める分にはいいけど。



長い文章を入力するっていうのも、まあ得意なほうじゃないかな。

それでも僕はけっこうiPadで長文打ってますけどね。



ここ最近の長いエントリーのいくつかは、iPadで打ってそのままはてなにメールしました。

写真が必要なやつだけ、Evernote経由でMacに取り込んで、Macで写真貼ったりするっていう手間があったけど。



iPadの大事なところっていうのは、まあひとつは薄くて軽くて持ち歩きやすいってこと。

iPadを買って以来、もうMacBookとかもちあるくのが本当に嫌になっちゃって。

MacBookにもいいトコあるんだけど、やっぱとにかくでかくて重い。っていうのは致命的ですねえ。



ただ、本当に残念なのは、iPadを買ったはいいけどあんまり活用できてないっていう声がちらほら聞こえてくること。



実際、先日、IVSっていう、まあITベンチャーの社長の寄り合いみたいなイベントが年二回ほど、札幌と宮崎であるんですけど、そこでけっこうiPad持ってる人多かったんだけど、ちゃんと仕事に使えてる感じがぜんぜんしなかった。



これはイカン。

ブームで終わっちゃいそうだなあって。



iPad、すごーい、で、終わっちゃう。

来年の今頃には「あったね、そういや、iPadって」

っていうことになりかねない。



だって最近、誰もiPadの話しなくなっちゃったでしょ?

Appleの9/1の発表は、「すわっ!7インチiPadかっ!?」って思ったらiPodだったし。


これはやっぱりねえ、iPadを「お仕事で使う」っていう視点がないせいも多少はあるんじゃないかな、と思ったわけです。


iPad、やっぱりMacやPCとは何もかも違うから、いきなり使いこなすっていうのは相当難しい。


iPadを使いこなすというのは、ある意味、すごくクリエイティブな作業で、すべての仕事がクリエイティブなわけじゃないから、そんないちいち新しい端末でたからって活用法まで自分で考えてらんないよ、という忙しい人のほうが多いと思う。



そういうなかで、うーん、でもiPadの登場を心待ちにしていた僕としては、どこかで埃をかぶってるiPadがあることを想像しただけで胸がキュン!と締め付けられるような気分になるというか。まあそれは言いすぎだけれども、ちょっと寂しい気持ちになるのです。



んま、我ながら、ポジショントーク乙って感じなんですけど、iPad、それにiPhone、もっと楽しく使っていこうぜい、というわけで、僕なりにいろいろ考えた使い方をみなさんにご紹介しようと。



んで、大道芸人とか、今はもう見なくなっちゃったけど、秋葉の駅前で昔包丁売ってたおじさんとか、ジャパネットタカタとかね、ああいう人たちに対するリスペクト?がある僕としては、できればiPadやiPhoneの良さ、面白さを皆さんの前で実演したい。



まあそういうこと、してみるのもちょっと一興じゃないか、と思ってですね。



自社製品であるZeptopad Planner Note for iPadの紹介ももちろんするんだけれど、それに限らずいろんなアプリを紹介して、「iPad/iPhoneはこう使うと実にイイゼ!イカスぜっ!ビジネスマンの必携アイテムだぜっ!」という、僕なりの活用術というのをぜひとも実演させていただきたい。



僕はもうKeynote使うの辞めてますから。とりあえずiPadだけでどこまでできるかやってみようっていう。



うちの会社はホワイトボード使うの禁止になっちゃってますからね。

まあこれは、ドッグフードを食べるっていうだけなのでみんながみんなやるべきとは言わないけど、それでもけっこう便利だったりするんですよ。




さらに、僕としてはまあ実はずっと暖めてたプロジェクトがあって、いろいろね、無駄に、無駄と言われそうな部分に拘って作った新作・未発表アプリも紹介します。高いけど。Zeptopad Planner Note より高いけど、その価値は確実にあるぜっ!という奴をね。聞いてもらえば納得すると思います。


そのアプリは、先週、一度AppStoreの審査には通ったんだけど、こっちの都合でやっぱ修正、というところでまあ、早ければ今週中、遅くとも今月中には発売されると思うんですけど、これはすごく面白い。マーケッターの人とか、企画の人とか、とりわけコンシューマ向け企画、ゲームとか漫画とかアニメとか、Webサービスとか、そういうものを企画している人にはぜひ見ていただきたい。夢のような、ほんとに、夢のようなアプリ。ですよ。これを待ち望んでいた人にしてみればね。しかも安い。高いけど、安い。そんなアプリです。いやー、自分でハードル上げてるなあ。ま、要らない人からみたら「ナニソレ?」っていう感想を引き出すことは100%確実ですが。



でもね、僕のテーマとして、iPadやiPhoneじゃないとできない、これがないと人類が進化しない、そんなアプリを作りたいと思ってるんです。いつの日か、いや、できればいますぐ。


まあそんな壮大壮絶なアプリをおいそれと作れるほど世の中甘くないわけですけど、それでも、そこにエンドユーザコンピューティングの最前線があると思っているので。正直、今のところZeptopad Planner Noteはぜんぜん儲かってないんですけど、「iPadがあるとこんなことができるんだよ!」というメッセージを発信するために作り続けています。


Zeptopadは製品開発ではなく研究開発予算で作ってるんです。

本業(?)はおかげさまでそこそこ利益が出せてるから、「天空のエリュシオン」も含めて、自分たちのチャレンジができてる。クライアント様々、ユーザー様々ですよ。


誰かの後についていくのは気が楽なんです。なんかああいうアプリが売れてるらしいから絵だけ変えて真似しようとか、こういうソフトが売れてるからそのまま持ってこよう、とかね。または、ケータイにもiPhone/iPadにもありがちなんだけど、PC/Macでこんなソフトが定番だからそのままiPhone/iPadに移植しようとか。


いや、それは別にいいんですよ。僕たちだってZeptoliner作ってるし。

けど、それだけだったら、なにもiPhone/iPadでやる必要ないと思いませんか?


僕は、iWorkがなんかほとんどそのまんまMac用のソフトのサブセットみたいなのをAppleが持ってきたときにちょっとガッカリしたんです。いや、完全に作り直されてるんだけど、Appleほどの会社でも、いざアプリとなると、デスクトップアプリの移植しか思いつかないのか、と思ってですね。そんなのって人類の進歩にあまり貢献しないじゃないですか。



どうせだったら、マルチタッチのスクリーン、あの大きさだからできるようなアプリを、なにか作ったら、世界が変わるかもしれないじゃないですか。


AppleIIが単なるおもちゃだと思われていたときに、"発明"されたVisiCalc。つまり表計算ソフト、今は俗にExcelとか言われるソフトの元祖ですけど、あれが開発されてから、AppleIIは玩具なんかじゃなく、とてつもなく実用的な製品になった。


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/7a/Visicalc.png

Visicalcの画面


それをマイクロソフトは真似してマルチプランという表計算ソフトをつくり、さらに、Macintosh用にExcelというソフトを作った。ExcelをDOSマシンで動かすためにWindows3.0を作った、というね、要するにたった一本のアプリの発明が、マイクロコンピュータの歴史そのものを作ったと言ってもいい。


いまさらそんなの、バカな夢と言われてもいい。けれども、ビジネスアプリの世界って、そういうことが実際に起きうる世界なわけですよ。

だから僕はね、時間と環境が許す限り、ビジネスアプリの世界を追求していきたいと思っているんです。ただ、なかなか儲からない。AppleとMicrosoftの寡占状況だから。まあExcelに限って言えばMicrosoftのほぼ完全な独占状態と言ってもいい。


そこにこんなちっぽけな、吹けば飛ぶような会社が、曲がりなりにも切り込んでいくんだからそんな簡単なことじゃないです。

けどさ、一度っきりの人生だから、僕はね、やっぱり挑戦したい。たったひとつのアプリが人類の仕事のやり方を全部変えるような、そんな変革を起こしたい、それこそがイノベーションだろうと思っているんです。自分でも、馬鹿げた目標だと思うけれども。


だから、iPadというまったくあたらしいデバイスの出現、それと、これに追従してくるであろうAndroidタブレットの出現は、僕らのような吹けば飛ぶような冒険者にとっては千載一遇のチャンスなんですよ。だって誰もまだ答えをもってないんだから。

マイコンで仕事をするといえば、WordとExcelをそのまま意味したような時代が終わるかもしれない。なにかまったくあたらしい仕事のやりかたを、僕たちは見つけることができるかもしれない。


そんなまあ、実は大それたことを考えつつ、とはいえ死んでしまっては発明することも覚束ないので、ゲームもやります。CMSももちろんやっています。求められれば、コンサルもしてます。そういう、社員全員の残滓みたいな。思いっていうのかなぁ、僕にとってはビジネスアプリを作るっていうのは、いわばホンダがマン島レースに出たりF1に出たりするのと一緒なので、まあホンダみたいに初参加初入賞、みたいな輝かしいもんにはなかなかならないけれども、アーキテクトとしての夢を追いかけていきたいと思っているのです。




そんな思いもありつつ、まずはなんでもいいからiPadをもっとみんな仕事で活用してみようぜ!話はそれからだ、というわけで、来る9/10の金曜日の夜7:00から、渋谷のApple StoreでiPhoneとiPadを仕事にもっと役立てるためのセミナーと称して、いろんな活用例を紹介するイベントを開催します。

http://images.apple.com/jp/retail/images/store_photos/photo_shibuya.jpg

7:00 pm - 8:00 pm ビジネスマンのためのiPhone/iPad活用術:Zeptopadのご紹介

iPhoneやiPadをビジネスに活用する方法を、話題のアプリと共にご紹介するセミナーイベントです。クラウドとEvernoteやDropboxを利用したiPad活用術のほか、マインドマップ作成を中心に幅広い用途に対応するアプリ「Zeptopad」の使い方をデモを交えてご説明。また、人気の書道アプリ「i書道」もご紹介します。



http://www.apple.com/jp/retail/shibuya/


入場観覧はもちろん無料!

お誘いあわせの上ご来場お待ちしております。

うわー、結局すごく告知っぽい。ゴメン

2010-09-04

ジジイとオッサン

そうだなあ。僕がまだ子供だったころ、親父がなにを考えてるのかぜんぜん解らなかった。

親父は絶対的な存在で、なにか気に入らないことがあったらすぐ鉄拳が飛んできた。

そんなふうにしか思ってなかった。


公立の小学校をやめて、国立の小学校へ転入するときだって、僕はちっともそうしたいわけじゃなかったけど、親父の鉄拳が怖くてそれに従った。


親父は工業高校を出てすぐに働き始めた。昔は家が貧乏で、大学に行くという発想そのものがなかったらしい。爺さんはもっと貧乏で、小学校のときに丁稚奉公に出されちゃったから、小学校中退ということになる。そのあと陸軍で血を血で洗うような戦地に赴いて命からがら帰ってきた。


爺さんは戦争の話をしない。

とてもいやな思い出だったんだろう。

爺さんはどうしても三人の息子たちをせめて高校まではいかせてやりたいと、身を粉にして働いた。

昼間は工場で働き、夜は警備員で働いた。


だから爺さんにしてみれば、次男坊が高校をいっぱしに卒業できたというだけで上出来だったんだろう。


ところが親父は高卒で苦労した。

働いても働いても出世できなかった。


そういう時代だった。


 「なにより辛いのは」


親父はまだ小さい僕を正座させて、久保田の千寿をやりながら言った。


 「たとえおれの意見が正しくても、誰にも聞く耳をもってもらえないことだ。学歴がないというのはそういうことだぞ」


だから親父は僕を大学に行かせたがった。

よくある、どこにでもある陳腐な話だ。


僕は親父が自分で果たせなかった悔しさを僕を通じて果たそうとしているのだと思った。

親子三代の代理戦争だ。


そのとき僕が思ったのは、「そんなことに巻き込まれるなんて真っ平だ」ということだった。


僕には僕の人生がある。

大学に行け?

行きたかったら自分で勉強する。自分のためだ。


けれども親父の鉄拳が怖かった。

だから僕はおとなしく、星飛雄馬を演じ続けるのだった。



子供というのは、そういうものだ。

それから何年か経って、やっぱり僕は学生に向いてないと思った。

親父のころよりは大学に入るのがずっと簡単になっていたから、受験勉強をまったくしなくても入れる大学はいくつかあった。


国立大学の夜間学部にひっかかり、なんとか面目は果たしたと思った。


もういいだろう?親父。


俺は大学なんか出なくても、俺の意見に耳を傾けさせてやるさ。そっちが大事なんだろう?

今に見てろよ。



そんな気持ちだった。

大学に通い始めると、距離もあって親父の鉄拳は飛ばなくなった。



けどまー、大学の授業を受けるという"仕事"がまったく性に合わなかった。

勉強なら本を読みながら一人でやったほうがいい。


コンピュータのスキルを上げるなら、授業を受けるよりもプロとして仕事をこなしたほうがずっといい。


そう思っていた。


親父と爺さんの代理戦争は終わったんだ。

あとは自分で好きな人生を生きるんだ。



大学を中退して、マイクロソフトの仕事を始めることにした。

たとえ卒業しても、マシな人生は待っていなさそうだったから。



外資系企業は特にそうだが、新卒と中途の扱いはかなり違う。

新卒はあくまで新卒。ぺーぺー。そこからたたき上げていくにしても時間がかかる。正規の教育ルートで、正規の出世コースに乗らないと出世できない。

大学ですらまともに行けないやつが、「正規の出世コース」に乗れるわけがない。


大学を卒業してからマイクロソフトに入ったとしたら、まあそもそも入れてもらえないか、入れたとしても東大卒の同期よりずっと下の扱いしかしてもらえないだろう。そこで待っている仕事も、全国のラオックスに行ってMS Officeの棚を増やしてもらうとか、その程度の仕事で、まあ良くて、Windows98の日本語インストーラの動作チェックとか、ひょっとしたら、DirectXのサンプルを作らせてもらえるかもしれない。けど、それだけだ。


大学を中退してマイクロソフトの仕事を始めれば、DirectXのサンプルはおろか、SDKの内容を決定したり、将来どんなAPIが必要になるかエスカレーションすることができる。何百人という開発者を相手に、エヴァンジャライズという名の講演活動もできる。HQからも、ぺーぺーとは思われない。彼らは単に"社外のエキスパート"を雇うだけだ。新兵扱いはされない。



そんなわけだから、大学をやめる決断はわりと一瞬だった。

なによりそっちのほうが「俺の意見に周りが耳を傾ける」ということには近い気がしたのだ。



親父に「大学やめるよ」と電話すると、親父は力なく「わかった」とだけ言った。

とっくにあきらめていたのかもしれない。

でもいいや。親父の人形を演じる時間は終わりだ。

おれはもう自活できる。

星飛雄馬は野球をやめたのだ。




結局、マイクロソフトの仕事には一年もせずに飽きてしまうんだけど、とにかくそれから幾年月。


僕は何の因果か地方の国立大学の非常勤講師をしていた。



と言っても、末端の末端の末端の、さらに刺身のツマでしかないんだけれども、大学にまともにいけなかった身としては素直に驚く。どうだ親父、俺のやり方もそれほど間違ってなかったじゃないか。と、思った。



とはいえ、今年度からはあまりに仕事が忙しくなったので、他人の将来のことなんか考えていられない、と断った。



僕は飽きっぽいのだ。


文部科学省と経団連のプロジェクトで、学生に実践的なICTを教えるという主旨の講座だった。


彼らが非常に実直だったのは、ふつうは文科省の予算を取れるだけ取ったらハイおしまい、というケースが非常に多いのに、きちんと学科として設立し、予算が付かなくなってからも永続的に運営しようとしていることだ。



この学科設立に関して、それまでかかわった教員や非常勤講師全員に感謝状をくれるというので、今年の教員を断った負い目もあって、授与式だけは出席することにした。



それにしても不思議だ。

僕は文科省のプロジェクトにはさまざまなかたちで10年以上かかわっているけど、感謝状をもらったことなど一度もない。


どういうことなのか、という興味もあった。


エリュシオンも落ち着いたし、ちょっとした休暇気分で博多にやってきた。


授与式、といっても大学の会議室で形式的におこなわれただけだった。


このプロジェクトに尽力したのは、新日鉄ソリューションズの大力フェロー。前は常務だったらしいけど、今はなにをしてるのか知らない。プロフィールによると1975年入社だから、そろそろ引退のはずだ。



それがなんだかなあ、すっごくいい顔で写真を撮られてる。


列席した人たち、授与された人たちはNTTデータ、富士通、キヤノン、NEC、日本IBMのいずれも役員以上。



僕は自分がとんでもなく場違いなところに来た気がして、非常に肩身が狭かったんだけど、それでもずらりならんだオッサンたち、下手すればジイさんたちを不思議な気持ちで眺めていた。



この人たちは、基本的にわざわざこんな福岡の、しかも街中から車でたっぷり一時間はかかるようなド田舎までやってくるような仕事じゃない。


東京の本社で、日がな一日ふんぞり返っていれば自動的に仕事が終わってる、そんな感じの人たちだろう。



それがなんだか知らないけど、老体に鞭打って、朝からずっと今後の運営方針について会議をしてきたのだという。



ここに並んだ企業は、本来は互いに商売敵。

営業の現場ではバチバチ火花を散らす宿敵ばかりが並んでいるわけだ。



しかし爺さんたちときたら、朝から晩まで教育だの日本の未来だのを真顔で論じてる。


ここの論戦は、感情論も含めてみんなが自分の意見を曲げない。

式次第なんか無視してそもそも論で午前中がつぶれたり、名指しで教授を批判したりということもしょっちゅうだ。



でも好ましいと思うのは、そうやって舌鋒鋭く論戦した当人同士も、夜の懇親会ではニコニコしながら一緒に歌を歌ったりしているというところだ。




昔は、こういう爺さんたちが好きになれなかった。



 「若いやつの人生は自分の人生だろ。好きにさせろよ」



そんなふうにうそぶいたこともあった。


それに、なんかうそ臭い。商売敵同士が仲良く日本のITの未来を考えるために人材育成のカリキュラムを実験するなんてね。



本当はそんなことどうでもいいって思ってるんじゃないの?



そんな穿った目で見ていたんだけど、とにかく久しぶりに見たジイさんどもは、なんか子供みたいにキラキラした目をしていて、俺はいつのまにかそれを好ましいと思うようになっている自分に気がついた。



それでようやっと、いまさら、解ったんだけど。


俺の爺さんも、俺の親父も、どうやら、自分のつまらないプライドに報復するために大学に通わせようとしたわけじゃなかったんだ。


本当に、心から、俺に悔しい思いをさせたくなくて、自分が経験した悔しい思い出を語り、その轍を踏まないよう、時には鉄拳をもってでも、俺が道を踏み外さないように必死で支えてくれていたんだ。


大学に行ってから鉄拳をふるわなくなり、中退すると言ったときに反対もなにもしなかったのは、そのときはとっくに、俺が自分の道を見つけていたからだ。


大力さんたちも、たぶん会社ではうるせえ親父として煙たがられているんだろうなあ。

と思うと同時に、彼らITゼネコンのジイさんたちも、たぶんもはや自分のことはどうでもいいんだろうな、と思った。


老後を十分豊かに暮らせるだけのたくわえはあるだろうし、本来、子供たちの未来とか日本の未来とか彼らの知ったことじゃない。


もしかすると、彼らも若いころは、ジイさんたちを見て、「うるせえ」と思っていたかもしれない。



ではなんで彼らがこんなに熱心に教育に打ち込むのか。

もうとっくに隠居してていいような連中が日がな一日の喧々諤々の議論、そろそろ血圧上がりすぎて誰か救急車呼ばれるんじゃないかと心配になる。それを年に何度も繰り返す動機。



文科省から予算もつかず、会社の利益に直接貢献することもなく、ただひたすら、日本の未来を考えて教育の改革に情熱を傾ける動機。



本当のところはよくわかんないけど、僕はねえ、なんか思ったんだ。

このジイさんたち、きっと愛しちゃってるんだなと。


それは会社とか部下とかつまんないものじゃなく、業界とか、国とか、もしかしたら人類全部かもしれないけど。


そういう、愛してるものになんとか貢献したいんだなと。



それで思い出した。


大好きだった女の子にフラれたときのこと。


原因は100%俺にあって、俺はただ謝ることしかできない。

彼女の気持ちはもう絶対取り戻せない。二度と会ってはもらえない。



けど、俺はすごくその子といた時間が楽しくて、どんどん好きになって、大好きで、本当に、そのすごい幸福な時間に、愛した人に、どれだけ拒絶されようとも、感謝したくて。


それでなんか困ってることがあるみたいだったから、それ買ってあげる、とメールした。

そしたら、メーワクなんだと。ストーカーだよと。ケーサツ呼ぶわよと言われた。

当然なんだけどね。


まあそうか。




それでもなんか、たぶん彼女が困ったことがあったら、きっと助けようとするだろうなと。

たとえ嫌われ、蔑まれても、やっぱり助けるだろうなと。


なんかそれは感謝だと思う。好きとか嫌いとか、そういう恋愛感情とかじゃなくてね。




絶対的な存在だった親父が脳溢血で倒れたとき、なにかできることはないか必死で考えた。

逆にそれで、親父にすごく愛されていたことを自覚した。


いろいろ考えた挙句、おれが親父にしてやれることは、ずっと一緒にしてやることしかなかった。



前よりは家に帰るようになった。

それでも、月に1,2回かな。



そんなふうに考えると、なるほど、老害とかいわれてるジイさんたちの原動力は、実は愛情なんだな、と思った。


たまに権力が強すぎるジイさんが、的外れな愛情を発揮すると、みんなが迷惑する。そんなとこも含めて、それは実は愛なんだなと。



うちの会社じゃないけど、別の会社で、60才の社長が70才の会長と喧嘩して会社をやめた、という話があった。

その60才の社長のほうは「あのジイさんだきゃあ早くくたばったほうがいい」と言うんだけど、僕から見たらどっちもそう変わらない。


で、確かに社長の言ってる方針は正しいんだけど、会長は怖くてその決断を支持できない。

商売ってのは命がけだからね。


で、本当のところ、70才のひとなんかもうすぐ死ぬし、経営のことなんか考えて血圧を上げ下げしたりすべきじゃない。だいたい、すでに莫大な資産をもってるんだから寝てればいい。


だから僕は「とっとと引退すればいいのに」とそのときは思ったが、違うんだろうな。

結局、その会長のジイさんは、その会社と、たぶん、業界とその歴史を愛していたんだと思う。死んだあとのことがむしろ気になるのだろう。


だからと言ってなにもかもゆるされるわけじゃないけど、ちょっとくらい解ってやってもよかったかなあという気がする。




東浩紀さんが早稲田の学生がカンニングしてたTweetを見つけてRTしてるのが話題になっていたけど、カンニングすんなよ、というのも、愛なんだよ。いろんなものに対する。



愛っていうのは人間の根源的な感情であり価値観だから一筋縄ではいかない。

愛情があるなら見逃せ、というのも違う。


愛があるから怒りになり、その怒りがまあときどきひどく人を傷つけることもある。


愛が怒りの力を纏ったとき、それは正義と呼ばれる。



なにをどのように愛するかは人それぞれだ。

だから世の中にはたくさんの正義があり、たくさんの正義がたくさんの愛を賭けて争うのだろう。


そんなことを思った

2010-08-27

24時間で普通のサラリーマンがゲームデザイナーになる方法

今週の24,25は、電通の社内セミナーであるDesign Innovation Workshopにみっちり時間を使っていた。


これが想像したよりもずっと大変で、相変わらず電通の人たちの仕事へのひたむきさにはいつも驚かされる。


今回のワークショップの目的は、ズバリ、電通の6000人の社員のなかから選抜された20人の若手電通マンにわずか24時間でゲームデザインのやり方を教えること。


午前中は、電通の細金さん(エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター)による「広告とゲーム」についての講演が30分ほどあったあと、僕のほうから「ゲームデザインの考え方」について2時間の講義。


この講義ではゲームとはなにか?という定義を一通り説明した。

キーフレーズは「ゲームとはルールの定義とそれを守ろうとする力」である。


そしてこうも言った。

「ゲームデザインとは欲望の設計である」と。


これはまだ序の口。ほんの入り口に過ぎない。

なぜなら、このワークショップの目的は、24時間で20人の"ゲームデザイナー"を養成することだからだ。


どんなゲームスクールでも、どんな大学のゲーム学科でもやったことのないこの目標に、どこまで追従できるか、午後からのワークショップこそが本番なのだった。



まず、「ゲームデザイン」を知る前に「ゲームとはなにか?」を知ってもらわなくてはならない。


そこで教材として用意したのは「人狼」だった。


「人狼」はコミュニケーションを中心にした会話ゲームだ。

10人ほどでグループをつくり、グループのなかに数人紛れ込んだ「人の姿をした狼」を探し当てる、というゲームである。


幸い、このワークショップの参加者は誰一人として人狼をプレイしたことがなかった。


選抜メンバーが全員男性だったので、細金さんに無理を言って女性を呼んでもらった。


経験上、この手のゲームで圧倒的に強いのは女性だからだ。


女性は疑いをかけられにくい。男というのは本能的にオンナを疑うということができない。

自分が留守の間に女性が不貞を働いていたら・・・などといちいち考えては仕事に集中できない。


そんなわけで基本的に男は女性を疑えない。と僕は思っている。

だから男はホステスに貢ぐわけだ。


また、グループの中に目立つ存在が居るというのも重要だ。

グループの中に少数存在する、初対面の女性に興味をまったく抱かないでいるのは難しい。


なんとかしてコミュニケーションをとろうとするが、同時にコミュニケーションする方法についてのためらいが生まれるだろう。


こうした葛藤こそが人狼を面白くしている重要なエッセンスであり、スパイスなのだ。



男だけで人狼をやったら、それは単なる仕事になってしまう。

それではゲームの持っている本質的な楽しさに気付くことが難しいのだ。


そういうわけで、20人を二つのグループに分け、そこに飛び入りの女性に参加してもらって12人で人狼を二回遊んでもらった。


最初は戸惑いながら遊んでいた彼らだったが、二回目となると会話が白熱した。

実は彼らの大部分はこのワークショップでは初対面なのだ。当然だろう。6000人も社員がいるのだから、部署が違えばほとんど別の会社だ。


さて、人狼のルールと楽しさがわかったところで、今度は20人を5つのグループに分け、課題を出した。



人狼のルールを改造して、より面白く、少ない人数でも楽しめるようにしよう、という課題だった。


30分の時間を与え、グループごとに別の会議室でブレインストーミングをした。



それが終わったら、今度は5人用のルールを作ってそれぞれ別のチームに遊ばせる。



すると、ゲームのルールを安易に付け加えて複雑にすると、却ってゲームが混乱したり、興をそいだりすることが彼らにも体験できた。



他人の作ったルールのアレンジを遊ぶことで、遊びやすさや遊びにくさ、面白さやジレンマの変化が体感的に学習できたと思う。


人狼をゲームデザインの最初の課題に選んだのは、このゲームが非常にアレンジのしやすいものだったからだ。

人狼は数多くのバリエーションを持ち、たとえばカードの配分を変えるだけでも全く別のゲームになる。

また、新しい職業を追加することも簡単だ。

つまり、アドホックに「ルール」を付け加えることができるのである。

追加したルールによってゲームが台無しになったり、またより面白いスパイスとして機能したりということを一通り体験してもらったあと、オフィシャルの5人用ルールも体験してもらった。

するとプロのゲームデザイナーがデザインすると、驚くほどバランスがとれていることに気付かされる。


人狼のルールは非常にシンプルだ。

しかし、シンプルであるが故に奥深く、人を熱中させるパワーを持っているのである。

さて、しかし僕は実を言うとワークショップの内容はここまでしか考えてなかった。

このまま最終課題に進もうかとも思ったが、もうひとつ重要なことを体験してもらう必要があると思った。


僕はD&Dのキットに入っていたダイスを取り出した。

6面、8面、10面、12面、20面のダイス。

これを各チームに配り、次の課題を出した。


 「それぞれのチームに与えられたダイスを使って、ゲームのルールを考えてください。ただし、初対面の人とコミュニケーションをとるという目的にフォーカスすること」


与えた時間は30分。

再びそれぞれのチームが独立してブレストを始める。

今度の結果は惨憺たるものだった。

実を言うと、ダイスでゲームを作るのは非常に難しいのだ。

しかしダイス・・・確率論による操作というのは数多くのゲームで用いられている重要な手法でもある。


ダイスによる不確実性が効果を発揮するのは、プレイヤーが本当に自分の力でゲームをコントロールしているのだと思い込ませるような状況だけである。


たとえばD&Dにおけるセービングロール。

確率はわかっている。けれども、念を込めてサイコロを振らずにはいられない。

D&DをはじめとするRPGで、筋力や敏捷性が上がるのがうれしいのは、攻撃力や命中率が上がるからである。

そのとき、機械的な数値だけの処理ではかなり味気ないが、確率が加わることでよりゲームに面白味が増すようになる。


確率を使ったゲームの演出、というのはゲームの中毒性の肝をなす部分でもある。

物語が面白くてひきつけるのは、ゲームでなくてもできる。

けれども、「今度こそ」と思ってやってしまうのは、不確実性にその秘密があるのだ。

現実のゴルフやバッティングセンターが面白いのは、肉体による不確実性があるからだ。

あれをロボットのように正確に打ててしまっては面白くない。


だからコンピュータのゴルフゲームも野球ゲームも、不確実性を導入しているのである。

動き回るバーのちょうどいいところでボタンを押したり、風が吹いたりするのは、不確実性をあげるためだ。

あれが全く不確実性のないゲームだとすると、味気もなにもあったものじゃない。

現実の世界でもかなり不確実性の少ないビリヤードのゲームですら、コンピュータでは不確実性を導入するのが当然だ。


不確実性がゼロのゲームというのは、たとえば囲碁や将棋、チェスなどだ。

この種のゲームは理論上、すべての打ち手を計算で求めることができる。

チェスのチャンピオンがコンピュータに負けるのは、当然なのである。

囲碁の名人にコンピュータがまだ適わないのは、囲碁は想定される状況が膨大すぎてまだ最適解を求められないだけなのだ。これもひょっとすると時間の問題かもしれない。

それはそれで面白いけれども、純粋に読み合いだけのゲームはどうしてもマニアックになってしまう。

読み合いだけのゲームは、結局コンピュータの手のひらの上で遊ばされているだけである。

従って、夢中になってひとつのコンピュータ思考ゲームを遊ぶ状況というのはあまり考えられない。

敵の打ち筋に変化がなければ毎回同じシナリオをなぞっているだけのように錯覚してしまうからだ。

ゲームの中毒性を成立させている原因のいくつかは、人は繰り返しが好きだということに尽きるだろう。しかし単なる繰り返しではない。


たとえば僕はときどき筋トレにハマることがある。

目的は主に健康のためだが、筋トレを毎日繰り返していると、確実に昨日よりも体がバージョンアップしているのを実感するのだ。これは快感である。


同じことを繰り返しながらも、毎回ちょっと違う、というのがいいのだ。

この原理はとりわけギャンブルでよく利用されている。

パチンコをやったことがない人はぜひやってみるべきだ。

パチンコというのはほとんどやることは変わらない。

けれども、ある一定の確率でポケットに玉が入ると抽選が開始される。

開始された抽選は、一定確率であたったり外れたりする。

その確率は法律で厳しく決まっている。

しかし、それだけではユーザは飽きてしまう。

そこでパチンコは、演出を入れている。

たとえば、ポケットに玉が入ると、スロットが回りだす。

スロットがあたるかどうかは、実は玉が入った瞬間に決まっている。

しかし、その結果をすぐ見せずに、演出を入れているのだ。

そこに確率変動といって当選確率に波を作ったり(当選確率に波を作ってもトータルの当選確率が法律で決まっているだけだから問題はないようだ)、予告リーチという仕組みを入れてそろそろ大当たりが近づいていることを知らせたりといった工夫が随所に凝らされている。

その結果、よくできたパチンコの台は、ほとんどの場合、同じ映像を繰り返し見ているが、細部が微妙に異なるので飽きにくい、という性質を持っている。

一万円もっていけば軽く一時間くらいは時間がつぶせてしまう。

稀に儲かることもある。

儲かるかどうかに腕は全く関係ない。

パチスロが上手い人というのは居るが、パチンコが上手い人、というのは原理的には有り得ない。あれは究極のスピードくじなのだ。

こんな話をした。

そしていよいよ最終課題。

実際にケータイで遊べるソーシャルゲームの企画だ。

ソーシャルゲームの開発費は、ほかのゲームに比べるとかなり安い。

エリュシオンは予算をかなりかけたほうだが、それでも2000万円程度だ。だからうちみたいに資本力のない会社でも努力とアイデア次第で本格的なゲームを作ることができた。

同じケータイの無料課金のメルルーの秘宝の開発費が四年間で5000万円だったからそれに比べてもだいぶ安い。

PSP用のRPGをまじめに作ったら、少なくとも2億円くらいはかかるだろう。

今回のワークショップで、優れた企画が出たら、電通と共同で事業化する、という話になっていたので、ワークショップの本命は、ここだった。

これまでの講義とワークショップを通して、ゲームにはルールとジレンマ、それと不確実性による面白みが必要なことは伝えた。

それとソーシャルゲーム。

ソーシャルゲームの成功例として、芸者東京の「おみせやさん」を例にとり、ジレンマの介在なしでプレイヤー間のペッティングをさせることによってコミュニケーションツールとして成功している、ということを説明した。


 「さあ、今度は皆さんが僕たちを驚かせる番だ。目標は会員数500万人、売り上げは月1億円。どんな企画があるか考えてみよう」


制限時間はたった五時間。午後11時まで。

果たしていままでの講義の内容をきちんと咀嚼し、自分のものにできているのだろうか。

僕は8時と10時に、各チームを細金さんと回った。

彼らの企画は、最初、仕組みは良いが訴求が薄いものが多かった。

当然だ。その部分については教えてなかったんだから。


 「ゲームはまず遊んでもらわなければ話にならない。遊んだら確実に面白い、というのは弱い。まず遊ぶ気にさせる。話はそれからだ。できるだけわかりやすい、陳腐なテーマを選んで、しかしそのうえで新鮮さも打ち出さなくてはならない」


逆に仕組みの部分は驚くほど完璧にマスターしていた。

さすが日本のトップサラリーマン達である。基本スペックは高い。

実は日本のゲーム会社でいっぱしのゲームクリエイターを名乗っている人たちも、ゲームの仕組みをきちんとクリエイトできる人はほとんど居ない。

「企画」と「設計」は明らかに違う仕事だが、そのあたりの分業が日本のゲーム会社ではあまりできていない。


大多数の人が常に「なんとなく」作っているという印象を僕はいつも受ける。

企画書も仕様書もあるが、仕様書は無視することを前提に作られたりする。

仕様書の意味が、いわゆるシステム開発とは天と地ほどにも違う。

結局、面白さの部分の大半は、実はプログラマーが設計しているというゲームは少なくないのだ。


専門学校であっても、「ゲームの作り方」という作業は学ぶが、ゲームの仕組みそのものを作り出すようなやり方は学ばない。


だから世にあふれるゲームは、何かのコピーか、そのまたコピーしかなくなってしまう。

目新しい要素として入ってくる新システムも、実はあまり目新しくない。

結局、ゲームの個性は世界観や絵柄といったことにしか反映されず、仕組みそのものが発明されることはほとんどない。


コンピュータゲームの業界はそんな感じだが、全く別の発想がうまれている場所として、カードゲームの世界がある。

カードゲームのクリエイターは、非常にクリエイティブだ。

カードゲームはまずプレイするためにも世界全体の要素を頭に叩き込む必要がある。

そして、勝つためにはどうすればいいのか、ということを徹底的に知るわけだ。

カードゲームは、人間一人がすべてのルールを決定することができる数少ない分野だ。

コンピュータゲームは複雑になりすぎ、ゲームデザイナが隅々までそのパラメータを調整するということが非現実的なまでに肥大化してしまった。

だからまず、僕は彼らにカードゲームのデザインの方法を教えた。

そしてゲームの世界とはまず、ゲームデザイナーの世界観によって構成されるのだということを叩き込んだ。

時間があればD&Dのプレイをやらせて偶発性の導入も理解させたかったが、それには少し時間が足りなかった。

しかしいずれにせよ、ここまで徹底的にやっても、実はそれをきちんと咀嚼し、消化できる人はそう滅多に居ない。

その点で、電通マンたちは実に優秀だった。

また、質問が的確だ。

このコンテストの評価基準はどこにあるのか、ポイントはどこか?目的はどこか?そもそも「良いゲーム」の基準とはなにか?


そういうところを基点としてピンポイントでいい質問をしてくる。

こんなに教えがいのある人たちを相手にしたのは初めてだった。


僕のほうが却って教えられることが多かった気がする。

午後11時、僕と細金さんは、銀座のいきつけのイタリアンバーでささやかな打ち上げをした。

発表は翌日の午後1時だ。

いったいどんな企画が出てくるのか。

ゲームデザインの面白さについて、奥深さについて、彼らの真摯さについて、いろんなことを話しながら、気がついたら布団で寝ていた。

翌朝、もはや勝手知ったる電通の25Fに行った。


 「清水さん、昨日どうでした?僕、覚えてないんですけど」


僕も覚えてなかった。

男性と記憶をなくすほど楽しく飲んだのは久しぶりだった。


 「いや、実は昨日、人狼のあとのことはぜんぜん考えてなくてですね」


 「知ってましたよ」


とにやりと笑う。

細金さんという方は、なんと凄い人なのだろう。と、改めて思った。

僕みたいなふたまわりも年下の生意気な小僧を信じて、全社からもっとも優秀な若手を集め、その教育を任せるなんて、ふつうの度量じゃできない。

僕なりに手は抜かなかったつもりだが、これで十分だったのだろうか。

ひどい企画ばかり出てきたらどうしよう。


そんな後悔がちらりと頭をよぎった。

昨夜の10時にみた時点では、全体の出来はよくわからなかった。

アイデアの方向性で、明らかにおかしなものはその場で指摘したし、アドバイスもした。

けど、それだけだ。

すべては彼らが自分たちで考えた企画だ。

果たしてそれをどう評価するか。


プレゼンが始まった。

1チーム10分。

そして僕は、言葉を失った。

それでもコメントを求められたので


 「時間がなかったせいかもしれないけど、プレゼン資料があまり綺麗じゃないね」


と言うと、隣に座っていたコピーライターで12年、という人が口を開いた。


 「プレゼンの装飾なんてのはその道のプロがやればいい。僕は時間ぎりぎりまで、本当にいい企画を作ろうと知恵を絞りつくした。真剣に、命を賭けて。いいものを作れば必ず伝わるはずなんだ」


 「なるほどね」


僕は続けた。

 「そうか・・・。実にコピーライターさんの仕事というのは、本当はそういうことなのかしもれない。たった一文のコピーが、脳にこびりついて離れない。そんなすさまじいパワーを持ったコピーを考えるのに、それがどんなフォントであろうと関係ないというんだよね。けれども、ゲームは違うんだ。お客さんが手にとって、遊んでくれなきゃ話にならない。飴玉が甘くておいしいと知っていても、包み紙がおいしくなさそうに見えたら、誰も手を出さない。飴玉は、包み紙の持つイメージも含めて、ひとつの商品なんだ。ゲームも同じさ。どんなに良く出来たゲームを作っても、遊んでもらおうという気にさせるパッケージがなければ誰にも届きはしないのさ。だから、中身なんかより装飾のほうがしばしば大事にされる。実際のところ、売れるゲームなんてのは中身は二の次で装飾にどれだけお金と時間をかけられるかを競っているようなもんだ」


コピーライター氏はややムッとした顔で僕を見た。

僕はかぶりをふった。

すべてのチームのプレゼンを見て、最後にいざ総括を、と促され、僕はゆっくりとこう切り出した。


 「今回の感想をひとことで言えば、そうだなあ・・・失敗。大失敗」


会場にさっと緊張した空気が流れる。

細金さんは真顔で僕を見る。会場の全員が僕を不安な目で見つめた。

鏡役員だけは、いつものように銀縁眼鏡の奥で少し笑っているようだった。


 「とても後悔している。最悪だよ」


さらに続けた。


 「お願いだから、ゲームをつくろうなんて考えは起こさないで欲しい。僕らの食い扶持がなくなってしまう」

細金さんの顔から緊張が解けた。鏡役員はくすっと悪戯っぽく笑った。

僕はそれを確認してから、続けた。


 「とんでもない敵を作り出すことに加担してしまったと思う。あなたがたは、たった24時間で、本職のゲームデザイナーとほとんど同じ発想ができるようになってしまった。どうか広告業界でおとなしく広告を作り続けて欲しい。僕は普段、人を褒めたりおだてたりすることは滅多にない。だからこの言葉は僕の本心だ。けれども、もしどうしてもというなら、うちの会社に来て欲しい。おっと・・・」


人事担当者にすこし睨まれた。

それはそうだ。


 「どの企画も目が覚めるほど素晴らしかった。プレゼンのテクニックはともかくとして、どれも甲乙つけがたい。皆さんは僕たちの期待以上に凄いものを作り上げてくれた。そういうことに感謝したい」


みんなが安堵した。


 「ところで今回の優勝作品だけど、プレゼンは一番滑っていたけど、僕はこの企画をぜひ事業化したいと思う」


と言って一枚の企画書をみんなに見せた。

アッという声。なぜなら、彼ら自身が採点した結果では、ランク入りさえしていない企画だったからだ。

隣のコピーライター氏のチームが作った企画だった。


 「この企画は、一見するととるに足らない陳腐なものに見えるかもしれない。でも実は、僕はこの企画を一目見た瞬間、聞いてるそばからウズウズしてきた。僕は他人の企画を聞いて、それを作ってみたいと思った経験なんか滅多にない。だがこの味も素っ気も色気もない企画書を見て僕はもう一秒だってここに居たくない。いますぐ会社に戻ってこれを作りたいという衝動を必死で抑えている」


僕はさっきちょっと緊張した議論をしたコピーライター氏を振り返り、笑った。


 「魂はちゃんと伝わってた」


向き直り、僕は最後にこう結んだ。


 「この二日間は、僕にとっても本当に素晴らしい体験だった。僕が伝えたいことをこれほどまで完璧に理解してくれた人たちはいなかった。みなさんが真剣に僕の言葉に耳を傾け、自分の頭で必死に考えてくれた結果だと思う。本当に、みなさん、どうもありがとうございます」



優勝チームの商品は「究極の人狼」セットだ。

ドイツからの輸入品で、ボードゲームショップに入荷するそばから売れていくという超人気商品だ。


今回は時間の都合でどうしても2セットしか用意できなかった。

そこで残りは同じルールの「隠密作戦」と、これまたドイツの名作「ニムト」をプレゼントした。


事業化しま賞の商品は、「カタンの開拓者」ポケッタブルバージョンだ。

これもいわずとしれた傑作ゲームである。


この二日間、本当にすごい体験をした。

こんな体験ができたのも、鏡役員と細金さんの理解の賜物だ。

こんな凄い人たち相手に僕は自分の文化遺伝子<ミーム>を、彼ら優秀な電通マンに受精させ、彼らはその落とし子として素晴らしい企画を書き上げた。


いわばいまや電通には20人の僕の分身、僕の考え方をすべてマスターし、いつでも模倣できる仮想の清水亮が居るのである。


こりゃあもう、電通からコンサルと称してお金を巻き上げることは金輪際、出来そうにないぞ。会社は大損だな、と思ったのは本当だ。



それでもなんだか妙な満足感があった。

その日は、うまく言えないけれども、なにかとても満たされたような幸せがあった。


新宿のつな八で天麩羅を食べて、それから映画を見て、そしてひさしぶりにぐっすりと眠ったのだった。

2010-08-26

クラウド作戦 AmazonEC2太平洋横断1秒の壁を超えろ

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当初エリュシオンでは国内のクラウドソリューションを使っていたのですが、これが意外と遅くてサーバがすぐもたついてしまう。

特にディスクアクセスが遅いらしく、マスターDBのI/Oが全体のボトルネックになっていた。


サーバ10台構成でも10万人が限界というのはけっこう厳しい。

いくらクラウドが従量制とはいえ、サーバを維持するだけで結構なお金が掛かるので、無尽蔵にも増やせないし、かといっディスクの遅さはハードの問題なのでいかんともしがたい。


連日サーバの負荷対応におわれていた水野くんがこう提案した。


「太平洋越えましょう」

「どういうこと?」

「新しいワールドは、Amazon EC2に作るんです」


クラウドソリューションの代名詞、Amazon EC2。

もちろん真っ先に検討したが、候補から外れていた。

その理由は物理的な問題だ。

どれだけ科学が進歩しようとも光の速さは変わらない。

どんな物体も光より速く移動することはできない。

それがたとえ、形を持たない情報であっても、だ。

光の速度は、一般的に考えられているよりもかなり遅い。

1秒間に地球を七回り半しかできない。

宇宙の規模で考えたら、地球なんてのは取るに足らない存在のはずだ。なのにこのちっぽけな惑星をたった七周するのがやっとなのだ。こんな無力な存在が、宇宙で最も速いなんてウソだと言って欲しい。

たとえ電気信号であっても光の速度を超えることはできない。

さらに、高度に複雑化したコンピュータのマイクロチップは、それ自体が巨大な電気の迷路だ。数百万トランジスタの迷宮を光の速度で電気信号が駆け巡り、機械から機械、機械から人へと伝えて行く。

太平洋の海底には、巨大な光ファイバーケーブルが設置されている。日本とアメリカを繋いでいるのだ。

光がどれだけはやくても、単純に繋いだだけでは光は弱まってしまう。そこでレピータという仕組みが加わる。これによってより遠くまで情報を伝達できるが同時に少し遅くなる。

光が寄り道しているようなものだ。

これが数十キロ間隔で設置されている。

日本とアメリカを繋ぐ海底ケーブルJapan-US CNの容量は400Gbps。

速く感じるかもしれないが、日米の全ての通信がこのわずか400Gbpsでやりとりされるのだ。

さらにレイテンシーの問題がある。

ここで言うレイテンシーとは、通信を開始してから実際に通信が発生するまでの遅延時間を意味する。

国内サーバのレイテンシは一般的に20から30ミリ秒。

Amazon EC2へのレイテンシは片道400から500ミリ秒。

往復で約800から1000ミリ秒。つまり、約1秒だ。


SNSアプリは膨大なアクセスと高速なレスポンスの両立を要求される。

SNSアプリの場合、5秒以内にレスポンスを返さないとサービス側から接続を切られてしまう。かなり厳しいルールだ。

実際、エリュシオンは混雑時にはしばしば五秒ルールに抵触してしまい、接続が切断された。

5秒のなかの1秒はあまりにもでかい。

だからAmazonEC2は候補から外したのだった。


「EC2はダメなんじゃなかったのか?」

「いや、ディスク速度はいまのクラウドソリューションの6倍以上。価格は半額以下です。高速なディスクを生かしてマスターDBを高速化し、低価格を利用してそのぶん台数を増やせば4秒の壁を超えられます」

「もういまのサーバは限界だ。いまのクラウドを使えばすぐに増やせそうだが、EC2でゼロから構築するとなるとかなり時間がかかるだろう」

「宮ちゃんにやってもらう。宮ちゃん・・・」

水野はサーバの山に埋もれてる宮島を呼んだ。

北陸先端大学に居た頃の宮島の姿が僕の脳裏に浮かぶ。


「世界一のサーバーを作りたいんです」


彼は恥ずかしそうにそう言った。


「清水さんが以前ブログに書いて居た、世界一のサービスを作りたいって話。世界一のサービスをやるにはまず世界一のサーバーが必要でしょう。それを僕にやらせてください」


彼の目は真剣そのものだった。

僕の与太話を間に受けて、彼はやってきた。

しかし会社はなかなか独自のサービスを打ち出せなかった。

ようやく見つけた足掛かりが、このエリュシオンだ。

彼は水野とかわるがわるサーバーの面倒を見ている。

いまや会社にとって欠かせない人材だ。


「宮ちゃん、いまのサーバー構成であとどのくらい耐えられる?」


「ちょっと待ってください・・・・・今のアクティブ率と会員数の伸びからいってそう永くは持たないと思いますね・・・・うーん、持って20時間。明日の正午までです」


「Amazon EC2に環境を再構築するのにどのくらい掛かる?」

「20台ですよねえ・・・・安全にいって六時間くらいでしょうか」

「環境を構築したあとにプログラミング?」

僕が口をはさんだ。

「そうです。それと確認。ざっといって四時間はサービスを止めなければならないでしょうね」

「四時間か・・・・・」


会員数が1人でも欲しい状況では四時間は決して短くない。いまは多いときで一時間に千人くらい増えていた。四時間で4000人。

しかし、ワールドが二つに増えたことで様々な影響が出ることを考えると、サービスを止めなければ危険だ。


「わかった。メンテナンスの告知を出そう。俺はプログラマを呼ぶ」

僕はそういって、それからまた水野くんを見た。


「しかし、本当に1秒の壁を超えられるのか?」

「確かなことはわかりません・・・・・でも、いまとなってはこれがベストの選択です」


確かに、国内サーバーであってもしばしばレスポンスタイムが5秒を超えるから、1秒ロスしたとしても4秒以内に返答できれば問題ない。理屈の上では。

だが本当にそうなのか、博打だった。


「よし、第二の理想郷<エリュシオン>はカリフォルニアに作る。すぐ作業にかかってくれ」


深夜二時の決断。

プログラマが到着したのは六時間後。

ちょうど環境がセットアップできた頃だった。


新ワールドへの対応作業は思ったより難航した。

日曜に出てきたプログラマは不機嫌だった。

彼には家庭がある。

休日出勤のたびにひと悶着あるらしい。

そのことを知っていたから、できれば呼び出したく無かった。

だがこの作品を成功させたいという思いは誰もが共通して抱いている。

初めての自社作品だ。

ここまで辿り着くのにあまりにも多くの時間と、多くの犠牲を払っている。

絶対に手を抜きたくない。

その思いは痛いほど感じていた。

別の心配もあった。

ワールド分割という施策そのものへの反応が予想できないことだ。

PC向けのネットワークゲームでは一般的な考え方だが、携帯のゲームでは前例がなかった。

ユーザがこのサーバー分割をどう受け止めるか、賭けだった。

また、従来のネットワークゲームと異なり、友達の紹介をドライブとして用いるタイプのゲームでユーザがどれだけ混乱せずにこれを受け止めてくれるか、これまた未知数だった。

うまく誘導しながらもいたずらに遷移を複雑にしたくなかった。


ユーザがもし、ワールド増設を好意的に受け止めてくれるならば、エリュシオンは新しい遊びの形を提供できることになる。

プレイヤーが二つのワールドで二つの人生を楽しめるようにするのだ。

終わりのあるネットワークゲームであるエリュシオンにとって、ゲームを気に行ってくれたユーザが何度でも遊びたくなるものを作ることは非常に重要だった。

ただしいまは、データをリセットすることはできなくなっている。

新しく最初から遊びたければ、新しいワールドにいけば遊ぶことができるようになる。

逆にもし、これが受け入れてもらえなければ、エリュシオンは今の規模以上にユーザを獲得することができない。


PCの世界ではワールドが増えるごとに熱狂的なユーザが殺到し、我先にとアイテムを買い求めることで売上を倍加する。

しかし携帯のゲームではワールドサーバーという概念はある種のタブーだ。

手軽さやわかりやすさといった マーケティング上は非常に重要な要素をまるごと切り捨てることになる。


僕は前例のないことをするのが好きだ。

しかしそれは、確たる自信の裏付けがあるときだけだ。


企画の仕事を長くやっていると、時折、閃光のように全てのパズルのピースがカチリと音を立ててハマる瞬間がある。

こういうときに前例を破るのは怖くない。

それは新しい前例となるだけだからだ。


しかし今回は別だった。

苦肉の策・・・・できれば避けたかった策。

ゲームを複雑にし、ユーザに嫌われるリスクを伴う策。

PCの世界でさえ、僕はかなり戸惑った。果たしてさらにライトな携帯のユーザがこの変更について来てくれるだろうか。

そして4秒の壁。

・・・・システムに関しては水野くんと宮島くんを信じるしかない。

彼等ならなんとかしてくれるだろう。水野くんとは10年も一緒にやって来たんだ。彼は絶対に困難を乗り越える。彼は僕と同じ、未踏プロジェクトで認定された天才プログラマーの1人だ。

プログラムを書くのをやめてしまった僕と違って彼は"本物の"天才プログラマーだった。


僕は数多くの天才を知っている。

天才と呼ばれる人の共通点は実にシンプルだ。

彼らはどれだけ困難な状況に陥っても、決して諦めたりしない。

考えに考え抜き、必ず解を見つける。たとえ命を落とそうとも。


水野くんは、たぶんどんな手段を使っても時間内にやり遂げるだろう。


僕はプロデューサーの増田を呼んだ。

「ワールド増設でユーザの混乱が予想される。できるだけ彼らに混乱を与えず、ワールド増設が前向きな拡張である事を解ってもらえるような説明を考えて欲しい」


「混乱はするでしょうね・・・・でも技術的な限界ならしょうがないです。なんとか考えて見ます」


本当は技術的にはまだワールドを拡張せずとも打てる手はあった。

しかし、それをやってしまうとシステムの柔軟性が無くなり、新しく要素を付け加えて行く事が出来なくなる。


増田は、ヘビーゲーマーだ。

プログラムも絵もシナリオも書いた事はないが、入社三年でプロデューサーになった。昔のゲーム会社なら、ゲームの制作経験がない人間をいきなりプロデューサーにするのは考えられない。だがプロデューサーに求められる能力は、目利きと交渉だ。ゲームを作る事じゃない。どんなゲームをユーザが求めているか、市場にはどんなライバルが居るか、それを把握している事がなにより重要だ。ヘビーゲーマーの増田は常に自腹で月に何本ものゲームを遊んでいる。マーケットのことは自然と熟知しているのだ。


彼の武器はよく回る頭と、バランス感覚、コミュニケーション能力だ。

教育学部出身でお坊ちゃん育ち、だがそれだけにお金のありがたみと、同時にその危険性の両方をかなり的確につかんでいた。

ヘビーゲーマーだから、市場や課金タイミングに詳しい。

ユーザの気持ちを代弁する存在として彼ほど頼もしい人間はいない。

僕は新しい企画を考えると、まず第一に増田の意見を聞きに行く。

難しすぎないか、退屈すぎないか、目を惹く要素はあるか。

彼が「面白い」と言って受けなかった企画はない。


ワールド分割という耳慣れない概念をユーザがどう受け止めるか、どう説明すると上手くそれが伝わるか、増田以上に良い相談相手はいなかった。


「うーん」


増田は天井を見上げて腕を組んだ。


「例えば、ワールドが複数あるのが世界の設定に絡んでいるのはどうだろう?」


「ウルティマオンラインのシャードですよね。あれもどうかなあ」


「例えば、サーバに宝石の名前を付けて、どれが良いか選ばせるってのは?」


「FF11ですよね。かえって混乱しますよ」


「うーん、そうか・・・」


僕は頭を抱えた。

世界観に矛盾せずワールドを増やす方法が思いつかない。

しかし、ワールドを分割しなければこれ以上の会員増に耐えられない。


「ふつうに番号でいいんじゃないですか?」

「え?番号?」

「サーバー1とか2とか」

「おまえ、このゲームを遊んでるのは高校生だぞ。高校生にサーバーとか言って通じるかよ」

「清水さん、何言ってんすか。いまの子供なんかネットで育ってんですよ。そのくらいの事は解りますって」

「えええっ!・・・・けど、言われてみればそうか」

「それに、いまどき携帯とPCを区別して遊んだりしてないですよ。だから"携帯だし"って先入観をこっちが持つ必要はないんじゃないですかね」

「うーん・・・・そうか」

僕は無意識のうちに自分の高校生活を基準に"高校生"を捉えている事に気づいた。

当時の僕は確かにサーバーを知っていたが、クラスメートは誰もその概念を知らなかった。

しかし、当時は携帯すら誰ももっていなかったのだ。

自分が立派な"オッサン"になっていた事実に、しばしショックを受ける。


「で、でもさ、サーバーってのも厳密には違うじゃん。せめてワールドにしない?」

「ワールド1、ワールド2ね・・・・・うん、いいんじゃないですか?」


これで決まった。


そして正午。

午後一時からメンテナンス開始。

新サーバと現サーバを繋ぎ込み、入念にチェックする。


「あれ? 修練は課金できるけど酒場で課金できないよ」


「えっ!?どっちのサーバー?」


「古いほう」


「バカな。コード変えてないぞ」


「メンテナンス時間は?」


「あと二時間」


「時間がないな」


「新サーバーの方は?」


「問題なく課金できてる」


「逆ならわかるんだがな」


シン石丸はコンソールを睨んだ。

天羽くんがEmacsのウィンドウを世話しなく分割しながら原因を探る。

天羽くんはコンピュータグラフィックで数多くの功績を残す東大西田研のOBだ。

UEIではかなりの古株だ。

僕は密かに彼に「パズラー」というニックネームを付けていた。

難問を与えられるとたちどころに解いてしまう。

やはり、ヘビーゲーマーだが、増田とは趣が違う。

天羽くんの得意分野は専ら数学的な問題だ。

どれだけ複雑な問題でもその本質を瞬時に見抜き、たちどころに解決してしまう。仕様書から実装する速度も驚異的に早い。

しばらくせわしなくコンソールを操作していた手が、ぴたりと止まった。


「あれ?このコードなんです?」


「ん?それメンテナンス画面」


「課金リクエストに対してメンテナンス画面返してますね」


「あー、そうか!」


シン石丸が膝を打った。メンテナンスモードは、今回の改修のためにメンテナンス前20分で作ったコードで、十分なテストをしていなかったのだ。


とにかく原因は掴めた。あとは時間との戦いだ。


「残りは?」


「40分」


「やるしかない」


五時にはメンテナンス時間が終わる。

会社や学校帰りに遊ぼうと言う人が遊び始めるのは午後五時くらいからだ。

沢山のユーザがこの大規模なメンテがあけるのをまっている。

一分たりとも遅らせる訳にはいかない。


「できた!」


「よし、チェック」


シン石丸の声にケータイを握り締めて待ち構えていた辻と増田がすかさずチェックに入る。


「問題ありません」


「こっちも大丈夫です」


「あと何分?」


「15分」


「なんとか間に合ったな」


人事は尽くした。あとは天命を待つのみ。

ワールドの増設が果たして吉とでるか凶と出るか。

僕は祈るような気持ちだった。

メンテナンス明け。


我先にとユーザがサーバーに雪崩れ込む。

ワールド2の管理画面を見て、俺は叫んだ。


「おい、バグってるぞ!」


「なにぃ!?」


シン石丸が目を剥く。


「どこがバグってる?止めるか?」


「いや、止める必要はない。管理画面がおかしいだけだ」


「どうおかしい?」


「会員数があり得ない数字になってる。この10分で1000人が入会してる」


普段は多くても一時間に千人だ。10分で1000人のわけはないのだ。


「いやまて、それはバグじゃない。本当に会員数が増えてる」


「そんなわけあるか」


それまで黙っていた増田が口を開いた。


「いや、もしかすると、メンテナンス時間中に入りたくてもはいれなかったひとが待ってたのかも知れませんよ」


「待つか?4時間だぞ」


「待ちますよそれくらい。本当にやりたければ」


「ワールド1と2を両方やってるのかも」


「いや、重複したユーザは殆どない」


なんとも狐に摘まれたようだったが、会員増加はその後落ち着き、それでも一時間に千人近い入会数が続いた。


「いくらワールドを増やしても、この勢いで会員が増えたらレスポンス時間が改善されないんじゃないか?」


「大丈夫ですよ」


水野が言った。


「いまんとこ、国内サーバーもEC2も、平均レスポンス時間は2秒以内。重くても三秒超えることはありません」


サーバー増設は成功したようだった。


「しかしこのサーバーもすぐいっぱいになりそうだな」


「平気です」


宮島が言った。


「一度EC2に環境をすべて構築したので、次からは仮想マシンをコピーするだけで増やせます」


「それはいい」


「しかもコストは半額。良いことづくめですね」


その後、大きな混乱もなく、ワールド2は順調な滑り出しを見せた。

クラウドの恩恵は絶大だ。

そして念願のランク入り。

会員増加は倍増している。一日約二万人の新規入会者が来るようになった。以前のシステムならとても耐えられなかっただろう。

この方法なら、いくらでも会員増に対応する事ができる。


これでようやく、ゲーム性の向上というもっと重要な事にエネルギーを使う事ができるのだ。


Sent from my iPad



http://gyazo.com/d77a75a51e397581750c2916b5bccdf5.png

GREEアプリ

天空のエリュシオン

http://mpf.gree.jp/79

2010-08-22

クラウドがネットワークゲーム開発者にもたらしてくれたもの

http://gyazo.com/5610184141e2ed36b91f6d69da022609.png

おかげさまで「天空のエリュシオン」が予想以上に好評で、全くの無名メーカーのゲームにも関わらず、今は一日1万人に届こうかという方が新規入会してくださっています。ありがとうございます。


しかし・・・・

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数々の高負荷サービスを支えてきた水野・宮島のサーバ不敗神話が崩壊


言い訳をすると、ゲームの設計をちょっとこだわりすぎて、マスターDBへのアクセスがあまりにも多くてそれが原因で総てのDBとWebサーバが重くなり、GREE側からとめられてしまうという事態に。


実は今、会員数が5倍以上ある別のSNSゲームのサーバも水野・宮島チームで見ているのですが、そちらは構造がシンプルなので劇的に高速化できています。



ところが天空のエリュシオンは、かなりゲームとして作り込んでしまったので、たとえ会員数が1/5であっても、サーバの負荷が高く、最高級のサーバを用意してもギリギリという感じになってきてしまいました。


ひとまず、マスターDBサーバを最高スペックに変更することでいったんは落ち着きましたが、このままの会員数で推移すると遠からず上限に達するということが解ってきました。

しかも、これは本来は喜ぶべきことですが、アクティブ率やユーザの滞留時間がかなり長く、他社のゲームの8倍近くあります。


PV数もここ数日で一日あたり約600万PVを記録しており、これもかなりのハードルになります。

会員数10万人未満でこのPVは他社と比較してもかなり多いようです。

これだけ多くの人が熱中して下さるのは我々にとっては嬉しい誤算ではあったのですが、同時に増え続けるアクセスに対して一定水準のレスポンスタイムを維持するのが難しくなってきました。


しかも、今現在はさらに面白くアクティブ率を上げる施策を実装中であり、これが入るとさらにアクティブ率や滞留時間が増加することになります。





こうしたとき、取りうる対策はふたつあって、ひとつはマスターDBを水平分割してマスター台数を増やすこと。

ただし、この方法はブログやSNSにはかなり効くのですが、ゲームのように常に総てのデータを参照する可能性がある場合、ゲームバランスに関わってくるので簡単に水平分割するのは勇気が必要です。



実はネットワークゲームの場合、ゲームデザインさえもサーバ設計の影響を受けるのです。

データベースの負荷を軽減しようとして、それぞれのプレイヤーのパラメータを(ブログのように)独立させたとすると、他のマスターにあるユーザと対戦したりランキングしたりするのに全く別のサーバを建てなければならず、システムが指数関数的に複雑化していきます。


ここで取りうる選択肢は、ゲームデザインをあきらめてDBを水平分割してひとつの世界に総てのユーザを抱えるか、それともゲームデザインを護ることにこだわるか、の二つです。



従来から僕はずっとこの問題に悩んでいました。

「ケータイゲームはシンプルを身上とすべし」というのが僕の持論で、できるだけ選択肢を少なくして遊びやすくするべきである、というのが僕の考え方です。


しかし、ゲームを面白く作ろうとすればするほど、データベースのアクセスは複雑化し、一定数以上のユーザを抱えることができなくなります。


従来、クラウドがなかった頃は、僕らはサーバを自由に増やすことができませんでした。

まず、データセンターには物理的な場所という大きな制約があります。


 「このゲームは人気が出たから、一気にサーバを10倍に増やそう」


なんてことはできないわけです。

かといって、最初から最高級のサーバを10台も用意しようとすると、それだけで初期費用が1000万円近くかかってしまいます。


回線も同様で、ゲームサービスを開始する前に、「予想会員数」「予想トラフィック量」「予想売上げ」を正確に見積もった上で事前に準備するには膨大な初期投資が必要になります。


自然、僕らのような小さな会社が独自の資本で大規模なゲームを立ち上げることは最初から不可能ということになってしまうのです。



いままで作ったゲームも、人気に火がついたと思ったらサーバ負荷が高すぎてぜんぜんお客さんに遊んでもらうことができず、それでお客さんに嫌われてしまった苦い経験をいくつも重ねて来ました。



某TV番組系のサーバを担当したときは、放映開始から翌日午前3時まで回線がパンクし、SSHでログインすらできないような状況に手を焼いた経験もあります。


そういうとき、サーバをすぐに増やせればいいのですが、当時のサーバ調達は非常に長い納期がかかるうえに前述のような物理的な場所の問題があるので、かなりの投資を覚悟しなければならず、クライアントがなかなか首を縦にふってくれなくて悔し涙を流したことも沢山あります。




ところが素晴らしいことに、いままさにクラウド百花繚乱の時代。


サーバをアップグレードしたり、新しくサーバを調達したりといったことがほんの数時間でできるようになりました。

http://gyazo.com/a7f4afdb31bf44d8e4d1e72b94a80c7e.png

真ん中のくぼんでいるところがサービスが停止してしまった部分です。

その間にサーバのメモリとCPU構成をアップグレードして、復活させると落ちにくくなりました。

従来は運用中のマスターDBサーバのハードウェアをわずか一時間でアップグレードさせるなんて不可能でした。

クラウドならこんな離れ業も易々可能になるのです。




ソーシャルゲームの増え続ける膨大なアクセスとビジネスモデルを支えているのは、実はこうしたクラウドの存在が大きいのです。



うちの会社、UEIでも複数のクラウドサービスを並行して利用しており、これがなければエリュシオンの初期のアクセスをさばくことさえおそらくは困難だったでしょう。


クラウドサービスのおかげで、エリュシオンは典型的なネットワークゲームと同じ方法でサーバを拡張するという方針を素早く立てることができました。


つまり、パラレルワールド(平行世界)を複数つくるという方法です。


従来なら、これは予算を無尽蔵に持っている大資本にしかできない贅沢でした。

しかし、クラウドサービスなら、従量制なのでサービス規模に応じて自在にシステム規模を拡縮できます。

しかも、サーバーを増やすことがそのまま利益に直結します。

なんと時代に恵まれたものだ、と思うのです。



クラウドコンピューティングの恩恵をいま一番受けているのは、僕たちのような会社かもしれません。

http://www.4gamer.net/games/036/G003681/20100810007/TN/001.jpg

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天空のエリュシオン

http://mpf.gree.jp/79