2008-06-18
■職環境としての都市と田舎について、またはそれぞれのベンチャー企業について
先日のエントリもそうだけど、常々不思議に思っていたことがある。
東京での時間の流れは、シアトルの5倍に感じるのに、東京の生産性が必ずしもシアトルの5倍にはならないことだ。
まあそれはたとえばマイクロソフトなんかが典型なのだけど、びっくりするくらい仕事が進まない。それで製品が出るんだから驚きだ。
シアトルでは誰も徹夜なんかしない。どんなに〆切りが近くとも、6時には帰ってデートだの映画だのに行ってしまう。下手すればもっと早い。
にもかかわらず、マイクロソフトはついこのあいだまで世界で最も影響力のある会社だった。最近はシリコンバレーのベンチャー企業のお陰でかげってきている。
開発のスピードという点で言えば、たとえば僕の目からみると海外のWebサービスベンダーはお世辞にも仕事が早いとは言えない。
Googleにしても、絶えず進化し続けているというイメージはあるが、社員の規模が万を数え、研究員がワールドワイドで千人単位の会社にしては、それほど沢山の発明をしているわけではない。日本の小さなベンチャー企業で、Googleよりも沢山のイノベーションを起こしている会社はいくらでもある。
西海岸全般に言えることだけど、どうもペースが遅いのだ。
僕はそれですっかり調子が狂ってしまって、「この街では仕事ができない」と思って東京に逃げ戻ってきた。半年もたなかった。
言いたくないけど、エジケンのインフォテリアUSAなんて、2年間かけてチャットサービスひとつしか作ってないし事業化もできてない。普通に考えたら、日本にこういう会社があったらとっくに潰れていておかしくないが、ファイナンスが充実しているから潰れない。ある意味で暢気にできる。Twitterもそうだ。
東京に、事業化を全く無視したサービスだけを作る会社が、一年でも生存できたらそれは奇跡と言われるだろう。ベンチャーキャピタリストは西海岸に比べるとみな性急で、いうなればセコい。
家賃も高いから、ボーッとしてたらすぐにお金を食い尽くす。
自然、SIや受託開発など、とにかく「生きるために働く」クセが付く。
この「生きるために働く」というのは、中世ヨーロッパ時代の野蛮な戦術を彷彿とさせる。
当時は補給という概念が十分でなく、戦争では互いの国の都市や村で略奪を行い軍隊を維持していた。軍隊はひとところに留まると食料がなくて維持できなくなるため、戦略的な行軍よりもむしろ補給のための行軍を余儀なくされた。
そして国土が荒廃したのである。
これは兵站学が未発達であった頃の話で、兵站を軍事要素として重く見たのがナポレオンであると言われている。
ナポレオンはそれまで傭兵の集まりだった軍人を市民から募集する国民軍に変え、師団、大隊、中隊、小隊という管理体系を産みだし、なにより輜重(補給)を重視した。「瓶詰め」はナポレオンが公募し、ナポレオン戦争のために発明された保存方法であることは有名である。
軍事資源と兵站が充実することで、補給のための行軍を行う必要性が低下した(残念ながら完全にゼロにはならなかった)。それによってより戦略的効果を考えて最適な軍事行動をとれるようになり、勝利を手にしたのである。
この話は、ベンチャーキャピタリストが充実しているアメリカ西海岸と、せせこましい東京との対比に使えるかも知れない。
ベンチャーキャピタリストは、いわば中世ヨーロッパにおける領主であり、CEOは将軍である。
日本のベンチャーにはオーナー企業が多い。これは未だに尾を引く鎖国の影響と言えるかもしれない。ある意味で「一国一城の主」を目指してしまうという悲しいサガがある。
英語で一国一城の主、に当たる言葉はない。
あるとすればindependent*1、individualだろう。
逆に日本語で「独立系ベンチャー」という言葉は直訳臭くて奇異な感じがする。
日本人にとって将軍は常に一人だけ。一国一城の主とは、必ずしもindependentを意味しないのかもしれない。
ただ、僕自身がそうであるように、オーナー企業でないと日本では難しいことは多い。
日本のベンチャーキャピタリストは、とにかく短期的なパフォーマンスを求める。
これは、アメリカのベンチャーキャピタリストが片手間、またはより大きな資産を運用しているのに対し、日本のベンチャーキャピタリストの運用する資産があまりにも小さいことに起因する。
たとえばドワンゴ*2が設立された時のベンチャーキャピタリストは、カナダに5万頭の牛を保有していた。それだけで十分生きていける富をもった人が、ひまつぶしに投資しているのである。
そういう意味で日本に本当のベンチャーキャピタリストは少ない。
サラリーマンか、サラリーマン体質のブローカーが多いのだと思う。
ビジネスマターの会社には日本のベンチャーキャピタリストは向いてると思う。
新しいビジネスのアイデアがあって、それを実現したい。そういうときにはとても役に立つ。
けれども技術イノベーティブな会社には日本的体質のベンチャーキャピタリストは合わないと思う。
会社を作る前も、作ってからも、いろいろなベンチャーキャピタリストに会ったが、どの人にも余裕が感じられない。
技術というのは、1年先に何が起きるかわからない世界だ。
大企業や一流大学の教授ですら、5年先のことは想像もできない。
だからこそ面白いしベンチャーが付けいる隙もあるわけだけど、こういう会社を支援するにはファンドの期限が短すぎるのだ。
高須賀さんも言ってたけれども、技術ベンチャーなんて10年しないとどうなるかわからない。
それまではただひたすら金を使うだけだ。
けれども、日本のベンチャーキャピタリストで、10年間売上ゼロを許容する人なんていないと思う。だいたいのファンドの年限が5年だし、5年以内に上場できなければ社長が個人でお金を返せ、という、泥棒みたいな条項がついている。アメリカではそんなことは有り得ない。
アメリカでは数人しかいないスタートアップ企業に対しても、10億円単位の投資が当然のように行われており、こんなの、社長個人に返せといっても返せるわけがないからもともとそんな条項はない。
しかしだからこそYoutubeは生まれたし、Amazonは急成長できた。Googleに至ってはセルゲイ・ブリンは最後まで広告事業の導入に反対していたけれどもベンチャーキャピタリストから送り込まれたエリック・シュミットが説得した。
僕がシアトルのベンチャーに居たときは、社長はファーストクラスで移動し、ボルボのレンタカーを乗り回し、スイートルームにしか泊まらず、家はアップタウンのペントハウスだった。しかも自分の家はヒューストンに豪邸がある。売上ゼロの会社の社長がこれだ。日本でこんなことをしたら、放蕩経営の烙印を押されて銀行から借入金を引き上げられ、ベンチャーキャピタリストも軒並み逃げていくだろう。
しかし彼は最終的に30億円のファイナンスをし、5000万円の年収を得て、年端もいかない子供に1500万円の年収を払った。
それでもお金なんて使い切れない。
アメリカにおけるベンチャー企業家の仕事というのは、斬新なビジネスのシーズを見つけ出し、組織を作るということしかない。
その後なんと彼は売上ゼロにもかかわらず、早々と会長職に退き、上場企業を買収することで間接的に上場を果たした。
これが僕の知る「ザ・ベンチャー企業家」である。クソ度胸がなければできない仕事だ。
エジケンのLingrや、高須賀さんのLunarrが、なぜ会社として成立しているのか、要するにこういうことなのだ。逆に言うとこれくらい暢気な環境でなければ人が雇えないのである。
日本のベンチャー企業家の典型的な話をすればきりがないが、たとえばこんなストーリーがある。
大手外資系メーカーで技術者として頭角を現し、その人ありと言われたサイトーさん(仮名)は、その後数社のベンチャー企業の幹部職を経て、ついに独立を決意した。
メーカーで10年働いて貯めた貯金と、前の勤め先から資金を調達して、念願の独立を果たす。
設立メンバーは気心の知れたスタッフ5人。しかし5人だけでも喰わせていくのは大変。
いままでやったこともないようなドサ周りの営業をして、なんとか食わせるが金が足りない。親や親戚、知人のつてをまわって拝み倒し、資金繰りに明け暮れる。設立まもない会社は銀行からの直接金融ができないため、自然、ベンチャーキャピタリストに頼ることになる。
そこにやってきたベンチャーキャピタリストのA氏。
数々の企業を上場させてきた百戦錬磨のA氏は、意外にも物腰が柔らかく腰が低い。そういう態度に気を良くしたサイトーさんは彼の差し出すたった3000万円の資金と引き替えに会社の株を10%も渡してしまう。
わずか3000万円と言っても、スタートアップの会社にとっては喉から手が出るほど欲しいお金だ。しかも経験豊富なA氏は、役員まで買って出てくれた。
さて、A氏の人脈もあって会社は急成長。
このとき偶然新入社員の作った「MP3プレイヤー」が大ヒットする。
サイトーさんの会社はA氏以外にも銀行系キャピタルからそれぞれ5%ずつくらい資金調達していたので、サイトーさん自身の持ち株は60%。A氏と銀行系キャピタリストはファンドの償却期限が目前に迫っていることに焦り、サイトーさんに「このMP3プレイヤーの拡販をベースに今すぐ上場せよ」と迫る。
しかしサイトーさんは「今、世の中にはMP3プレイヤーの無料ソフトは溢れてますし、次のバージョンのWindowsには標準搭載されますよ。そんなもの売れるのは今だけだ。それよりも今開発している仮想マシンエンジンを売った方がいいですよ」と抵抗します。
業を煮やしたキャピタリストとA氏は結託して社長解任動議を提出。気がつくと役員会はA氏の味方ばかり。昔からの腹心の部下も、いつのまにかA氏に懐柔されて、いまや役員会にサイトーさんの味方は一人もいません。
かくしてサイトーさんは「会長」という名の名誉職でめでたくリストラされ、会社に居場所がなくなります。
サイトーさんの会社は創業5年で上場を果たし、サイトーさんもしぶしぶながら多少の財産を手に入れ、会社を退きます。
残ったメンバーはMP3プレイヤーを作り続け、そしてWindows95が発売されると売上は激減して株価も急落。気がつくとA氏も銀行系キャピタルも、全ての株を売却済みで社外取締役として名前を残すのみ。
結果だけ見ると、会社はベンチャーキャピタリストの食い物にされ、投資家は騙され、サイトーさんは追い出され、創業メンバーに莫大なお金だけが残りました。
まああまりリアルだと問題があるので、微妙なディティールを変えていますが、だいたいこういうことが沢山起きたことによって、現在のIT不況とよばれる状況が生まれています。去年までに比べると今年の上場件数はびっくりするくらい少ないのも、こういう見せかけだけの売上で上場し、資金を集めるだけ集めたあと逃げてしまうという商法に一般投資家が気づいてしまったからではないかと思います。
この話の恐ろしいところは、A氏にも銀行系キャピタルにも、悪意は微塵もないこと。
彼らは5年というファンドの年限を守るために最も確実で合理性の高い判断をしただけ。
せっかく黒字が出ている部門があるのに、仮想マシンエンジンなんて、(当時)海のものとも山のものともつかないものを作ると言い出す社長は、会社にとって害悪にしか見えない、というのが投資家の普通の見解です。
もちろん、こうはならず、うまくいく例もありますが、それでも一時のトレンドをてこに上場してしまうと、長期的な戦略がとりにくくなります。
結果として、もっと伸びるはずの事業の芽を摘んでしまいます。実際仮想マシンが事業化されるには、95年ではだめで、それから10年は必要だったわけですが、その10年を待てるベンチャーキャピタリストというのは日本には少ないのです(もちろんこれはあくまで例ですが)。
日本型ベンチャーキャピタリストの良いストーリーというのがあるとすれば、たとえば1000円床屋や屋台式クレープハウスのように、資金さえあればあとは永続的にビジネスができる、短期的に勝負できるという、短期決戦型のビジネスモデルがある場合であって、技術ベンチャーのように「優秀な人をたくさん集めました。面白い環境を作りました。あとはなにするかその場の気分で決めます」というものには似合わないのではないかと思います。
創業時のインテルは、今のGoogle以上に自由な空気が流れていたと言いますし、Netscapeだってブラウザを作るのは最後まで禁じ手と考えられていた(Mosaicの開発者、マーク・アンドリーセンが反対していたため)し、ヒューレット・パッカードも、創業時はコンピュータを売ることなんて想像もしていなかったのだと言います。
日本とアメリカの都市的風土の違いというよりも、ベンチャーをとりまく資本環境の違い、そして資本環境の違いを産んでいるのは、そもそも国土がべらぼうに広く資源が豊富というアメリカ特有の事情もあるのかもしれない、と思いました。
これはもうどっちがいいという話ではなくて、どっちが性に合ってるか、という話なのかもしれませんね。
僕はのんびりした気候で働くのもいいけど、昼過ぎに出社してわいわいがやがや夜遅くまで働く生活の方が好きですね
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