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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2009-09-04

要領よく問題解決をするための方法論 19:03

忙しくてブログが書けないという舌の根も乾かぬうちに、こういうことを書くのもなんだけど、ふと思ったことを。


世の中には、要領のいい人と、要領の悪い人が居ます。


要領のいい人というのは、たいていの仕事は、瞬間的に終わらせることができます。

短くて数分、長くて半日。それで、手前味噌だけど、僕はかなり要領がいい方だと思っています。



先日の九州大学大学院での授業でもそうだったのですが、たいていの学生さんは、問題の本質を見つけることをしない癖がついているように思えます。



例えば、こんな問題が出題されました。

あなたは、日本の大手電機メーカーの海外現地法人の社長に任命されました。

その立場で、以下のような問題が発生したとき、どのように対処するか考えなさい。


1. 日本的な慣習に従えない社員をどのように扱うか

2. 日本と現地との文化の違いをどのように乗り越えるか

3. 出張に家族同伴で出かけたいと申請された。本社(日本)では許されないことだが、許可すべきか?

4. 慣習として長過ぎる昼食休憩をどのように対処すべきか

5. 現地採用の社員との言葉の壁をどのようにとっていくべきか?

6. 飲みニュケーションのない世界で、どうやって現地の社員と仲良くするか


また、別の問題も出されました。

問 

あなたはSNSサービスの経営者です。最近話題になっている出会い系サイト規制問題に関して、「SNSが援助行為や麻薬売買などの温床となっている」といわれており、規制の対象になりつつあります。こうした社会の要請に対してどのような対応をとるべきか考えなさい。


1. 援助交際の発生について具体的にどのような対策を講じるか

2. 警察の犯罪捜査などの協力要請に対してどのように対応していくか

3. にもかかわらず発生するであろう犯罪に対し、どのようなPR手段で対抗するか?

4. その他、SNSサービスから援助交際を無くすために採るべき手段はなにか?


こうして出された設問に対して、驚くべきことに、全ての学生が、1番から順番に一問一答式で解答を考えようとしました。


それだけならまだしも、「うーん、この"日本と現地との文化の違い"を乗り越えるのは難しそうだから、とばそう」という判断すらしていました。



実は、この二つの設問は、どちらも同じ性質を持っています。


複数の問題が発生しているように見せかけて、本当の問題はひとつしかないということです。

前者の場合は結局、全ての問題は日本と異国との文化の違いをいかに乗り越えていくか、ということに集約されます。


後者の場合は、結局、「どんな対策を講じようと犯罪は発生する」という前提で、「どのようなPR手段で対抗するか」という3つめの設問が全ての問題の本質です。1と2は、結局「PRするために講じるべき手段」であるわけです。なにしろ1と2の前提条件を「にも関わらず発生する犯罪」という3の一文で覆しています。



この二つの問題の出題者は別の人です(両方とも僕が考えた問題ではありません)。

そして、この問題の真意を自力で見つけることのできた学生は、どうやら皆無でした。



しかし、この二つの設問を作った二人の教官は、二人とも講評で同じように言いました。「なぜこれが一つの問題から発生していると気づかないのだ?」



リーダーたる人間は、全く別々に発生した、一見別物のように見えるトラブルや問題の本質を見抜き、それが発生している本当の原因を取り除く使命を持っています。それこそがリーダーたる人間の重要な仕事です。


個別の問題を個別に処理する、というのはリーダーのやる仕事ではありません。


学生のディスカッションを間近に見ていて、僕が感じたのは、良くも悪くも、彼らは問題をテストだと思って解いているということです。


説明を簡単にするため、こういう心理状態を「テスト脳」と呼ぶことにしましょう。


出された問題をテストだと思ってしまう。だからテストとして処理する。


テストとして処理するとき、解けない設問に思考時間を掛けるのは無駄です。

だから、難しそうな問題、答えの出なそうな問題は飛ばしてしまう。



僕は「問題の先送り」が発生する現場を目撃したような気がしました。



実際の世の中の仕事というのは、そうではありません。

法律を盾にほぼ無尽蔵に税金を徴収できる公務員ならいざ知らず、ビジネスの現場では、問題を先送りしても、すぐにしっぺ返しが来ます。


短くて数ヶ月、長くても数年という非常に短いサイクルで先送りのしっぺ返しを受けます。


だから、問題を先送りすることのリスクは飛躍的に高まるのです。


そして、最終的に及第点を採れば良いテストと異なり、リーダー、責任者たる人は先送りした問題にも全て答え、責任を持たなければなりません。


答えを出さなくても合格できるテストとは、そこが違うのです。



とすれば、無尽蔵に発生し、増え続けるさまざまなトラブル(問題)に対して、対処量法的に対応していては、物理的な時間が足りないということになります。


こうして「いつも一所懸命働いているのに報われない、要領の悪い人」が出来上がります。




それと反対に、要領のいい人というのは、どうするか。

個別の問題の解決など最初から諦めてしまいます。


複数の設問があったら、まずそのなかでもっとも効果的な問題を見つけ出します。

それが最も難しい問題であったとしても、最も効果的な問題なら、それを解決しようと考えます。


そして、テスト脳とは逆のことをやります。つまり、他の問題を無視して、その問題に最も長い時間を掛けるのです。


テストに書かれている問題の点数は、絶対です。だからテスト脳の場合、点数の高い問題だけをやります。

実際の社会で出てくる問題には点数はありません。ときおり、親切かつおせっかいな上司が点数を付けることがあります。「○○が最優先課題だ」などのように言います。しかし、これを信じてはいけません。上司がつける点数は常に間違っているという前提で聞くべきです。なぜなら、上司は忙しいので、そもそもその問題や状況を正確に把握しておらず、そのような状況で正しい点数をつけられるわけがないのです。



結局、配点を見つけ出すのは解答者自身の責任となるわけです。




こうすると、全ての問題を解決することができないのは当然ですが、最も効果的な結果を引き出すことができます。



いわば最も効果的な問題とは、その状況の「ツボ」なわけです。



その「ツボ」を押せば、全ての問題の前提条件が変化し、状況が変化することで解決策の糸口も見つかってきます。ちょうど、パズルのようにです。


テストの場合、ツボを押しても状況は変化しません。だから、テストに慣れていると問題解決の答えが存在していて、状況が静止した場合でないと解答できず混乱するわけです。



しかし、現実には静止した状況など、詰め将棋くらいしかあり得ません。

現実は遥かに自由度が高く、有機的に考える必要があります。



そのために一番重要なのは、肩の力を抜くことです。


難しい問題に直面したら、まず考えて、それで手も足も出ないようなら、とりあえずその問題を出題した人に意見をぶつけてみる。もしくは、問題とされる状況の発生している現場に行ってみる。そこで、自分で状況に積極的に関わっていくことで、状況を変化させ、問題そのものを変化させる。

細部に集中せず、頭をからにして、全体を把握する。

状況の全貌を把握し、そこから問題の「ツボ」がどこにあるのか考える。


どうしても考えがまとまらなかったら、複数の状況が相互に依存する関係を図に書いて、その根元にある問題を取り除く方法を考える。



すると、たいていの場合、驚くほど短時間に問題は解決します。

もしくは、問題の解決が現実的に不可能という結論に達します。



ビジネス上で発生する問題の場合、たいてい重要なのは、発生した問題を解決することよりも、(諦めることも含めた)解決策について周囲に納得してもらうことです。



そのための説明、プレゼンテーションがうまくないと、誰も説得することができません。

プレゼンテーションはなにも凝った資料である必要はありません。


自分がどのようにしてその結論に至ったか、そのプロセスが解るようになっていさえすればいいのです。


たくさんある問題のなかから、自分がどれが最も重要な問題だと考え、それを解決するために複数の方法があるなかで、なぜその方法を選択しようと思ったのか、そのプロセスが解れば、少なくとも状況は変化します。



真面目にコツコツやるだけが仕事をする方法ではないのです。