2010-08-10
■"本気っぽいRPG"をケータイとブラウザで作れるかやってみた長い長い道のり
本日(正確には昨日)、無事、新作「天空のエリュシオン」がGREE向けアプリとしてリリースされました。
天空のエリュシオン
ここまで来る道のりは本当に長かった・・・・
まあ、はてなを読んでるユーザーの皆様はたぶんガラケーとかあまり使ってないイメージがあるんですけど、今回はガラケー向けです。宣伝も兼ねてるけど、純粋にゲームづくり論として読んでいただければ幸いです。
ソーシャルアプリが流行りそう、という機運は3年前にFacebookが大流行している頃から感じ取っていたのですが、早く動きすぎていたためにいろいろあり、結果として実は出遅れる、というマヌケなことになってしまいました。
まあ今回のも、実はソーシャルと言いつつ、もとの企画はブラウザ向けだったんですよ。
ブラウザ向けで、半年作ってた。それを最後に急遽ケータイに移植してソーシャル化したのが、今作です。
超有名RPGをブラウザゲームにしようと画策する
僕がブラウザでRPGを作りたいと思ったのは、実は10年前、ちょうど西暦2000年に遡ります。
もう時効でしょうから、言ってしまうと、当時ある携帯コンテンツプロバイダで働いていた僕は、とある大手RPGメーカーから引き抜きの声がかかっていました。
そのメーカーは誰もが知ってる超大作RPGのブランドを持っている会社で、出せばウン百万本は確実、という会社でした*1
なんでそんな会社が、当時はまだ黎明期だったケータイゲーム屋に声を掛けたのかというと、彼らは新作として、大規模なMMORPGの準備をしていたのです。
当時の僕は、それまで3Dプログラマだったキャリアを棄て、禅僧のように虚飾を排除することで、ゲームの本質的な面白さとはなにか?グラフィックはなぜ必要なのか?パラメータはなぜ必要なのか?偶然性はなぜ必要なのか、といったメタゲームデザインの話題について非常に興味があり、その依り代として選んだのが、当時はCGIしか使えない、JavaもFlashもない頃の携帯電話でした。
これほどなにもない環境で面白いゲームが作れるならば、そのノウハウをそのまま、3Dを始めとする大規模なゲームに転用すれば、とんでもない傑作ができるのではないか、そんな思いからケータイゲームを作り始めたわけです。
ところがこれが意外に儲かってしまい。それから会社と僕の人生の歯車が狂い始めたのはご承知の通り。
そんな時代ですから、僕はその超大作RPGをネットワーク化すると聞いて、ピンと来たのでした。
「よし、それ、ブラウザでやりませんか?」
ヘッドハンターに先方の責任者を紹介され、その場でプレゼンしたのですが全く響きません。
今思えばそれは当たり前。言ってることがブッ飛び過ぎていたのでしょう。
けれども僕はもともとコンピュータのRPGというものが苦手でした。
ひたすらコマンドを選んでレベル上げ。
コマンドといっても、せいぜい「たたかう」「まほう」「アイテム」のどれかを適当な順序で呼ぶだけ。
ここがまあちょっとだけパズルっぽくなってます。
また別のRPGでは、なぜかスキルを使うと、スロットが回ったり、攻撃と同時になにかのボタンを押すとダメージが増加したりするなど、どうも本筋と違うところで戦闘の退屈さを和らげているように思いました。
で、戦闘はまだ楽しいんですけど、問題なのはマップ。それとエンカウント戦闘。
いまどき、なにもない場所を歩いていて、突然敵に遭遇して場面が切り替わるゲームなんかアレとかアレしかありません。
これがかなり苦痛で、行きたい場所に簡単に行けない。
このゲーム文法そのものが、ウィザードリィとウルティマを足して二で割った、初代ドラゴンクエストからぜんぜん進化していなかったのです。
さらに、ストーリーが面白くてぐいぐい引き込まれていると、途中で物すごく強いボスが現れてレベル上げ。
これがまたかなりの作業。
しかもエンカウントしやすそうなところをウロウロしては戦闘、またウロウロしては戦闘、と、自分はまるでロボットにでもなったかのような錯覚すら覚えます。
そういうわけで、僕は総てのFFシリーズを買いましたが、クリアしたのはFF7とFFXだけです。
これもストーリーが面白いので遊んでいただけで、レベル上げとかはやっぱり苦痛だったんですよね。
レベル上げを苦痛と感じる人
これは僕がおかしいのかな、特殊な人間(ADHDの疑いをかけられたこともあるし)なのかな?と思って、しばらく黙っていたのですが、どうも当時のネットゲームの世界を見ると、みんなレベル上げしたキャラをRMTで買ったりしていたじゃないですか。
だから思ったんですね「あ、レベル上げってやな人けっこういるんだな」と。
もちろん、レベル上げが楽しい場合もあります。
これ、RPGのレベル上げってすごくバランスとりが難しくて、難しすぎても簡単すぎてもダメ。
そのくせ、プレイヤーの遊び方によってその時点の強さも弱さも違うから、かなり予想がしづらいんですよね。
でも僕はRPGってストーリーを追いながら、自分が冒険物語の主人公になることに本質があるんじゃないかと思ったんです。
RPGの始祖であるダンジョンズ&ドラゴンズ、なんてまさにそうですよね。
まるで自分が小説の主人公になったみたいにイマジネーションの世界で遊ぶゲームです。
そういう部分が当時のゲームにはあんまり感じられなくて、もうとにかくレベル上げとか合成とか、作業っぽい要素が多いんですよ。そのふたつにも面白い部分は当然あるんだけど、人間、忙しいから小学生みたいに暇じゃない。
だから僕はいっそ、ブラウザで遊べるくらいまでRPGの要素を希釈するべきなんじゃないか、と思ったわけです。
ただ、やっぱり3Dの迫力あるグラフィックに見慣れた人にはちょっと見劣りするかもしれない。
そこをネットワークの面白さ、多人数プレイの面白さでカバーしたら、これは革命を起こせるんじゃないの?と思ってですね。
それを提案したんだけど、やっぱりぜんぜん響かなかった。
RPGのつもりじゃないけどRPGっぽい
そのあとも、ずっとですよ。
ケータイはiアプリなんてものが登場して、本来の「なにもできないのに面白い」という領域が終わり、「昔どこかで見たようなゲームをケータイで再現すれば面白い」に変わっちゃって、それから僕のなかではケータイがすっかりつまらなくなってしまってですね。
それなりに面白い作品を作ったとは思うんですけど、なんか違う。僕がやりたいことと違う。
そういう思いがずっとあったんです。
サラリーマン時代に二本目に作ったゲームが中世ヨーロッパを舞台にした貿易商人のゲームで、町から町へと貿易品を運んで差額で儲かる、という単純な原理を使ったもの*2なんですけど、一般的にはこれはロープレというよりシミュレーションっぽかった。
というのも、戦闘とかがそんなに激しいわけじゃないですし、基本は経済の市場原理をシミュレートしたものだったからです。
ケータイならでは、というところでミソがひとつあって、町と町の間に実際に移動時間がかかる。
けれども、移動中もうかうかしてられない。
途中で海賊に襲われたり、大荒しにさらわれたりするんです。
そうするとメールが届くので、できるだけはやくゲームに戻る必要があります。
早く戻れば、助けを呼んだりしてそうした災難から逃れることが出来るようになっていた。
これがね、遊び方がすごくRPGっぽいんです。
RPGとして作ったつもりはなかったんだけど、実際に遊ぶとRPG。
このゲーム「海運ジェネレーション」には凄い濃いファンの方達が居てくださって、ドワンゴが運営を中止すると発表したときに、僕のところに「なんとかやめさせて」という手紙をユーザさんからいただいたくらい。それもらったときには僕はドワンゴをとっくに辞めていたんですけどね。
それくらい愛してもらえたゲームだった。
でもこれはやっぱりRPGっぽいけれども、RPGとは言えない。
そのうち時代がアプリ全盛になってしまって、僕の作りたかったようなものは時代遅れになってしまったのですね。RPGといえば、ファミコンとかの移植が王道、になってしまった。
鬼っ子
それで作ったのがメルルーの秘宝と、銀河七海物語。
ところがこれも非常に不幸なことがあって、このふたつはほぼ同時につくり始めたのですが、クライアントの方針が二転三転してかなり揉めてしまい、結局、メルルーの秘宝が日の目をみたのは当初の予定の4年後、銀河七海物語はなんとか予定通りに間に合わせたものの、バグだらけでボロボロ。毎日ユーザさんからの苦情に対応するばかりで全く売上げが立たなかった。
銀河七海物語は、当時すこしやめたばかりのドワンゴに遠慮して、舞台をファンタジーからSFに変えて、スペースオペラRPGというのをやろうと思った。
バトルの要素を強化して、他のプレイヤーと船団を組んでパーティ戦闘をしかけ、しかも自分でカスタマイズした3Dの宇宙船が戦う、というわりと壮大なものでした。
けど、とにかく開発期間も人員も、マンパワーも足りなくて、完成したこと自体が奇跡、というか、その裏にはクライアント企業(うちの名義で出てるんですけど、実際には下請け案件なんです)が上場企業だったので、そのスケジュールにあわせなければ違約金を要求される可能性すらあって泣く泣くリリースすることになりました。
これは本当に悔いが残る仕事になってしまった。
売り上げ的には本当はとっくにクローズしていなければいけない赤字サイトなんですけど、まだ根強く遊んでくださっている方がいるのでせめてもの罪滅ぼしとして、残してあります。
でも本当は、銀河七海物語では、もっとちゃんとしたクエストをやりたかった。
RPGというえばクエストじゃないですか。クエストというか、シナリオかな。
お話の主人公になる、というのがRPGの本流の遊び方なのに、なんかその方法がないんですよ。
それってなんか物足りないよなと。
でもMMORPGみたいなものだと、クエストとかオマケ程度だったりするし、当時はそれでもいいかと無理やり納得していました。けど、悔しい。
幻のゲーム、サムライロマネスクはなぜ作られたか
そうそう。MMORPGといえば、サムライロマネスクというゲームも作りました。
これは今だから言えるけど、海運ジェネレーションをリリースした直後に、いきなり会社が「年内にあと12本のゲームサイトをスタートする」っていうプレス発表をしちゃったんですね。
これは完全に僕は寝耳の水。
だって無理なんだから。
企画とプログラムと宣伝とシナリオを全部一人でやっても、それができるのが僕とtarboしかいないんだから、がんばって死ぬ気でやっても一人で二ヶ月はかかる。二人だからたしかに計算上は12本くらいは作れるんだけど、死ぬ気で休まず1年働くほど給料はもらってなかった。
それに、作ったからってすぐに成果はでなくて、既に市場の飽和は始まっていた。
さらにいえば、ネットゲームは作ったからには運営し続けなければいけない。この視点が、プレス発表をした人には完全に欠落していたんだと思う。12本出すということは、12ラインの運営チームが必要ってこと。そんなに人余ってない。
これはまずい、と思って、僕が途方にくれていた頃、ちょうどいいタイミングでドコモがJavaをケータイに載せてiアプリをやるんだと発表してくれた。これはもう最高にいいタイミングでいまでも神に感謝しているさまざまな奇跡のひとつなんだけど、とにかくこれを聞いて、その翌日にはドコモにアポとってその次の週には絵まで入った企画書を持ってプレゼンしてた。
もちろん一番乗り。
なにより良かったのが、そのiアプリに対応した端末が発売されるのは半年後だということ。
つまりiアプリ対応の企画をやるなら、開発期間は半年の猶予があるってわけ。
一人で企画からぜんぶ、なんてこともしなくていい。
既に出がらしのように疲れ切っていた開発チームのメンツは、本人たちがどうおもっていたか知らないけど、結果的にはこの企みに乗った。
「マッシブ」という意味
どうせやるならPCでできないようなゲームがいい。
当時のPCゲームは、同時接続が5000人、つまりひとつの世界に5000人入るのが限界だった。
その限界はなぜ生まれたのかというと、単純にサーバの開発技術やゲームデザインのノウハウが未熟だった。
MMORPGとは「大規模(マッシブ)マルチプレイヤーオンラインRPG」のはずなのに、たった5000人じゃつまらない。
ところがケータイならどうか?
ケータイなら、データはデータベース上に保存されて、随時読み出すだけだ。
しかも、データベースに同時に接続するなんてバカげたことをしなくても、同じ世界を同時に多くのプレイヤーに体験させることができる。
既に僕が運営していたゲームには田舎の小都市くらいのユーザが居て、これがちゃんと同じ世界で遊べてる。
「なんだ、じゃあケータイのほうがずっとマッシブ(大規模)じゃん」
大規模マルチプレイヤーオンラインの「大規模」という語は、ゲーム開発規模ではなく、オンラインにかかるはずだ。
それで当時のデータベースの性能やゲームの設計から、だいたい100倍くらいのユーザを同じ世界で遊ばせることができると試算して、こういうキャッチコピーを付けた。
「50万人で同時に遊べるケータイ向けMMORPG」
いまのSNSをはじめとするWebアプリケーションの隆盛を考えると、控えめすぎるくらいの数字だ。
けど、当時のファイナルファンタジーXIは、「50万人同時接続可能なシステム」と謳っていた。
ファイナルファンタジーってのはRPGの世界のお化けタイトルだ。
それと同時に遊べるプレイヤーのシステム許容量レベルでは肩を並べる。
もちろん、僕はこのとき、ケータイのゲームに50万人ものユーザが参加すると想像出来てなかった。けれども、まあ、10万人は固い。ウルティマオンラインが5000人から2万人くらいの同時接続だから、やっぱりケータイ(というよりもWebベースのゲーム)じゃないとこれだけの大規模な人数を裁くことは出来ない、とタカをくくったのだ。
サムライロマネスクの登場は、たぶん、控えめに言っても業界を震撼させた。たぶん。もしかすると。
いまでもGDCでケータイゲームの歴史を誰かが説明するときに、必ず入っているくらいだ。
このゲームは、2001年のモバイル業界で最も注目され、最も派手にコケたタイトルとして記憶されることになる。
コケた理由の第一は、パケ代だ。
パケットに殺される
どれだけがんばって通信量を削っても・・・・その努力は涙ぐましいもので、通信量を削るためだけに世界でも貴重な4文字ドメインを獲得したくらいだ・・・・、どれだけアプリ側にデータを逃がそうとしても、JARで10KB、スクラッチパッドで10KBという制限の厳しさ、おまけに世の中に存在していない端末を相手にするという難しさ。ゲームなんか動かしたこともない電話メーカーの技術者たちとの意見の食い違い、などなどで、開発は難航した。
それでもちゃんと端末の発売日に間に合ったのは、奇跡だったと思う。
だが、同時にこの超大規模なゲームをきちんと遊ぶには膨大な通信費、いわゆるパケ代を要求された。
このパケ代の暴騰は、実は最初に作った「釣りバカ気分」のときから指摘されてはいたが、当時はドコモも儲かる、ということであまり大きな問題にならなかった。
しかし、サムロマのパケ代の暴騰と、それによるユーザの破産、いわゆるパケ死は、夏野さんがその年のE3のパネルディスカッションでクォートしながら「PACKET DEATH」と呼ぶくらいに問題になった。
それでもまだ熱心に遊んでくれるユーザは、50万人とはいかなかったが、その1/10くらいは居てくれたのは救いだった。
この当時、要するにパケホーダイがなかったのである。
他にもいろいろな問題があって、サムロマは、「ハマるけど、ちょっと、早すぎた」と後にいろいろな人から言われる「幻のタイトル」になってしまう。
パケホーダイが適用される!と思って喜び勇んで作った銀河七海物語は不遇の作品だった。
同時開発してたメルルーの秘宝に完全にリソースを奪われ、なのに締め切りも企画内容も一切縮小が許されない、という厳しい条件のなかで作られた。
これを教訓として、以後、僕は決して、二度と、ゲームをふたつ同時には作らない、というルールを自分に課した。
その後、このルールには、「ゲームを作るときにはその設計において決して誰かにお伺いをたてたりしない」というものも付け加わった。
そのせいで、メルルーの開発は遅れに遅れたからである。
難産の末うまれたマルチプレイヤーARPG
それで、メルルーだ。
メルルーの秘宝は、いまでも30万人のユーザが登録する、世にも珍しい「ケータイ公式サイトのリアルタイムマルチプレイヤーオンラインアクションRPG」だ。
このコンセプトは「MMA」である。
メルルーの開発に四年もかかってしまったのは、クライアントのプロデューサーがどんどん変わっていったことに原因があった。
なにしろ毎回言うことが違う
「FFXIのようにしろ」
と言った日があったかと思えば
「その要素はラグナロクオンラインにしろ」
と言い、ある日などは
「ストリートファイターIIみたいになってないとダメなんじゃないの?」
とのたまう。
恐ろしいことに、どれひとつとっても、アクションRPGじゃないのだ。
まったくジャンルも目的も違う他のゲームの要素をすべてかき集めてアクションRPGを作ろうとするなど、まるでクズ鉄を寄せ集めて目玉焼きを作ろうとするようなものだ。
最後、結局最初のクライアントとは決裂して、古巣のドワンゴに持っていって、なんとか日の目を見た。
この企画は四年待っても、色あせなかった。それはとても嬉しいことだった。
ところがこれはどんどん突き詰めれば突き詰めるほどシンプルになっていった。
実は、メルルーのマップは当初、迷路状になったクオータービューで、プレイヤーはディアブロのように四人でひとつのダンジョンに潜って遊ぶのだ。
ところが問題が出た。
迷路にすると、他のプレイヤーと全く出会えないのだ。特にケータイの狭い画面ではそうだった。
そのうえ、チャットもできない。うちにくいし、チャットなんぞしておったら敵にやられる。
それで横画面のスクロールになった。
この時点でもまだ迷路っぽさは残っていた。
しかし、そもそもオンラインRPGって、他のプレイヤーが見れることが大事なんじゃないの?
それで、結局、ひたすら横に一本道になった。
いま、文字だから簡単に言ってるけど、上記のパターンを全部グラフィックも含めてプログラムが実際のケータイで動くまで作ったんだぜ?
そりゃ四年かかってもおかしくない。
横一本道もさらに問題があった。
マップをランダムに変更するか否かだ。
アイデアとしては、当時流行していたPSOみたいに、ランダムにマップの要素が入れ替わったほうが新鮮で面白いのではないか、というものが支配的だった。
しかし僕はあるとき、マップの組み合わせを考えていてふと疑問に思った。
ゲームが面白い、というのはどういうことなのか?
「ゲームの面白さ」の秘密
ずっと前から僕の頭にあった疑問だ。
98年にマイクロソフトのゲーム機向けソフト支援部隊にいた頃、無数のゲーム開発者を見た。
そこには駄作もあれば秀作もあった。
しかし作っている人たちの能力にそれほど大きな違いがあるわけではなかった。
では、「ゲームの面白さ」とは、どこで決定されてしまうのか?
ある人は「センス」だという。でも何の「センス」なのだ?
またある人は「テンポ」だという。でもどんな「テンポ」なのだ?
そこで大きなヒントになったのは、シューティングゲームだった。
シューティングゲームにハズレ無し、ということわざがある。まあ僕が作ったんだけど。
シューティングゲームは、いまやそれほど人気のあるジャンルじゃない。
けれども、新作のシューティングゲームは、それがどんな無名メーカーのものでも、絶対に面白いのだ。
シューティングゲームだけは、作り手が経験を積めば絶対に面白くできる。
だからかつてはゲームといえばシューティングゲームだったくらいだ。
でも素人が作ったシューティングゲームは、恐ろしくつまらない。
その差はどこでうまれるか?
これは非常にハッキリしている。
メロディだ。
僕か面白いなと思ったことのあるゲーム業界の説で、「音ゲーとは、純化されたシューティングゲームである」という考え方だ。
一般的なシューティングゲームでは上からやってくる敵を十字キーと発車キーでバリバリ撃ち落とす。
ところが音ゲーは、上からやってくる音符、というかタイミングの記号に対応するボタンをタイミング良く押す。
音ゲーにハズレ無し、ということでもある。
つまり面白いシューティングゲームには必ずメロディがあるのだ。
素人が作るシューティングゲームにはメロディがなく、単調なのだ。
僕は小学校の頃、合唱部に居たし、母親がピアノ教師だったから、音楽には少し詳しい。
現代音楽には確立された理論があり、それをふまえてピアノを弾けば、誰でも即興で曲のようなものが作れるのだ。
まあ、言うは易し、というわけで、僕は理論的にそうであることを知っていても、実際には楽器は全く弾けないのだけど、要するにメロディにはルールがあるということだ。
メロディを構成する音の組み合わせをコード*3といい、コードの組み合わせのセオリーをコード進行と呼ぶ。
コード進行に乗っ取っている限り、総ていい曲に聞こえる。
これが音楽というやつの「心地よさ」の正体のひとつだ。
同じことはシューティングゲームにも言える。
シューティングゲームでは、敵の出現位置や、敵が放つ弾の量や弾道にリズムがあり、リズムがメロディを成している。
メロディはある種の様式(コード)に乗っ取っており、様式の組み合わせはコード進行である。
だから、シューティングゲームは、コード進行とメロディの組み合わせさえ間違わなければ、絶対に面白いゲームが作れるのだ。
逆にいえば、これはコード進行を乱したり、リズムを乱しては台無しになってしまうということ。
たとえば、曲の一部をランダムに入れ替えたりしたら、せっかくの音楽は台無しになってしまう。
ゲームのマップの一部をランダムに入れ替えるということは、まさしくそういうことだ。
音楽と違って気付きにくいが、どの組み合わせでも正しいコード進行になるような、つまりどの組み合わせでも必ず面白くなるようなマップのバリエーションを作るのは至難の業なのである。
そういうわけで、僕は自分でもっとも勇気のある決断だと思っているある決断をした。
それはつまり、マップは完全なる一本道とする、ということである。
読んでいるあなたもそろそろ飽きてきたと思うが、ここはけっこう、肝心なところだ。
メルルーは一本道のマップを採用し、それで成功した(と思っている)。
一本道にすることで、コード進行が確定し、ゲームの盛り上げのタイミングが適切に演出できるようになったからだ。
コード進行
この一本道、そしてコード進行、というのが僕のゲーム論の肝になっていく。
そしてFF13だ。
ネットの解説によれば、FF13は驚くほどの一本道RPGである。
マップをみると本当に道が一本しかなく、分岐もほとんど存在しないのだ。
そしてもっと驚くことは、これはこれで面白いということである。
それまでRPGには自由度の加減はひとつの大きなテーマだった。
しかしFF13にマップ上の自由度はほとんどない。
でも面白い。
それはなぜなのか?
物語の主人公になったような錯覚があるからだ。
人は、たとえば映画やマンガのように、自分でコントロールできない物語を自分の体験のように楽しむことが出来る。
ゲームは、たとえば人がさらにその体験に没入するためにさまざまな工夫を凝らす。
適切にデザインされたゲームは、まったく一本道で、まるで分岐や選択肢がなく、完全にコントロールされたものであっても、あたかもプレイヤーが自らの意思で敵に立ち向かい、知恵を絞って謎を解き明かしているかのような錯覚を与える。
プレイヤーが用意された道から外れたことをしたときに、うまくフォローしてつじつまを合わせるのが、最良の一本道RPGだ。
これが一本道RPGの極北、とすれば、いっぽうはドラゴンクエストのような、自由度の高いRPGだ。
しかしドラゴンクエストは、本当に一本道ではないのだろうか。
僕はそのとき、ちょうど去年の年末くらいだったけれども、お台場Appsラボに出演していた山崎を茅ヶ崎の自宅まで車で送っていた。
「清水さん、りょうがついに賢者モード入りました」
「ばっ・・・・なに言ってるんだ?」
「いや、遊び人のりょうが、賢者になったんです」
「ドラクエか?」
「はい。またケータイでやってるんですよ。やっぱ面白いですねドラクエは」
「おれの名前を勝手に入れるなよ」
そんな会話がきっかけで、僕もドラクエ3を久しぶりにやってみた。
すると、あることに気付いた。
ドラクエは、一本道のようには見えないが、やはり道があるゲームだと。
ドラクエの場合、マップ上の場所さえわかっていれば、そこに行く道は一本道だ。
僕は何度も何度も同じ道をたどりながら、「くそ、あいつが倒せない」と悪態をついた。
途中で強いモンスターに遭遇して、HPがかなり削られた。
「くそ、一度戻って体力を回復するか?それともこのまま行くか?」
そのときふと気付いた。
一本道だが、一本に見えない理由。
それは、いつでも引き返せるということだ。
FF13のように完全な一本道の場合、もどって回復する、というのはあまり考えられない。
いや、結局レベル上げまわりではそうなるのかもしれないけど、いかにも不自然だ。
しかしドラクエの場合、「目的地にこのまま進むか、それとも引き返して体勢を整えて出直すか」という選択をプレイヤーは無意識のうちにやっているのだ。
さらにこれを面白くしているのは、ランダムエンカウントだ。そう。僕があれだけ嫌いだったランダムエンカウントは、実は一本道を盛り上げるために存在しているのだ。
どこに、どんな敵が潜んでいるか解らない。
強敵に出会ってしまったら、不運だと思って諦めるしかない。
それか、それでも戦って勝つほうに賭けるか。
そんなドキドキがあり、さらに帰り道も、魔法で帰るか徒歩で帰るかの葛藤がある。
徒歩で帰ろうとしたとき、強いモンスターに会わないように祈りながら歩くことになる。
ゲームにマップは必要なのか?
こうした「一本道敵な流れ」は事実上、マップなど存在してないのと同じだ。
そもそもRPGにはなぜマップがあり、そこをプレイヤーが旅することになっているのか。
理由のひとつは、昔のコンピュータが恐ろしく非力だったからだ。
もうひとつは、文字で説明するより地図で説明したほうがラクだからだ。
マップは目に楽しいし、なにかが隠れていそうでワクワクする。
でも僕は、逆にマップがあることがゲームを退屈なものにしている原因なのではないか、と疑い始めた。
ケータイ版のドラクエ3には、AI戦闘が組み込まれている。
これが実にラクだ。
そもそも、戦闘のときにコマンドを選択する行為そのものが、単なる作業みたいになっているのだ。
面白いのは攻略法を考えてる一瞬だけ。
あとはひたすら、繰り返し、繰り返しだ。
だからAI戦闘のとき、勇者のコマンド「たたかう」を入力するのすら億劫になってしまう。
それから、マップの移動。
行きたい場所は決まっているのだ。
なぜおれは十字キーをずーーっと同じ方向に押したりしなければならないんだ。
おれはゲームがしたいだけだ。十字キーを押したり、Aボタンを連打したりしたいわけじゃない。
こういうのがたまなく「作業」に思えてしまう。
レベル上げが白けるのは、戦いの最中に何度も何度も自分より弱く確実に勝てる敵を倒して経験値やらお金やらを稼ぐという行為が物語の主人公としていささか緊張感に欠けるからだろう。
そこで、思ったのは、AI戦闘のみでいいじゃないかということ。
戦闘のプロセスも、ハッキリ言って興味がない。
プロ野球のダイジェストみたいに、いいところだけ再生してくれればいい。
あとは想像力で補う。
そのかわり、キャラクターは立たせたい。
個性的なキャラクターを登場させて、彼らにそれぞれ別の目的や性格を持たせ、それをマネージメントしていく管理者型のRPG。
彼らと一緒に冒険しているような錯覚を覚えるためのさまざまな仕掛け。
そして、従来のRPGの構造を解体し、一本道のクエストと、町と町の移動とを明確に分ける。
一本道のクエストでは、マップの移動のような面倒な処理は省く。
十字キーを押しっぱなしにして敵が出てくるのを待つようなことはさせない。
物語がライトノベルのように短く主観的な文章で語られ、プレイヤーの視点を一致させる。
敵は、もちろん出てくる。強敵も弱い敵もランダムで登場するが、出てくる「リズム」は一定だ。
リズムが決まっているから、疲れすぎないしつまらなすぎない。
物語を文章と挿し絵で語るから、従来の見下ろしマップ型*4のRPGのキャラ劇なんかよりもずっと豊かな表現が手軽にできる。
そうして総てのクエストをつなぎ、世界の裏に大きな謎を設定して、プレイヤーはクエストをこなしていくうちに、世界の謎に少しずつ迫っていく。
そのために「お話」をきちんと作り込み、ちゃんとオチとエンディングまでしっかりつくる。
ふつう、ケータイのブラウザゲームにエンディングなんか作る愚か者はいない。
出来るだけ、長く、ダラダラ居て欲しいんだから。明確な目的なんか設定したら、ユーザは逃げてしまう。
その結果、ゲーム性はどんどん浅くなり、単なるパチンコと大差ない体験にとどまってしまう。
こういう体験にハマれる人でなければ、長い時間遊ぶことはできないし、結果的にはクリアするはるか手前でゲームに飽きてしまう。
終わるゲーム
しかし全く逆に考えたらどうだろう?
きちんと物語があり、きちんとオチがつき、きちんとそれを楽しめるように設計されているとしたら?
プレイヤーは、その謎や物語、世界やキャラクターに大きな魅力を感じてくれるとしたら?
仮に総てのシナリオをクリアーしてしまったとしても、そのゲームが気に入っていたらそこに残り続けてくれるのではないだろうか。
そしてさらに、運営側が、全く新しい世界やシナリオを用意したときに、いの一番に遊んでくれるのではないだろうか。
さらに言えば、そうしたシナリオを楽しむ過程で、他のプレイヤーと腕を競ったり、アイテムを交換して武器の合成をしたり、といった「やり込み要素」を極めていくという面白さもあるはずだ。
だから僕はずっと昔から、「終わりのあるネットワークゲーム」が作りたかった。
終わったっていいんだ。また始めればいいんだから。
終わらない話なんかつまらない。
けど、ネットワークゲームには終わってはいけないという暗黙のセオリーがあった。
でもそんなものくそくらえだ。
だって、もっと早く、もっと手前で終わることなんかたくさんある。
いまの作品が面白くなかったら、新作を作ったって見向きもされない。
それを繰り返していてはダメだ。
人が同じ作品を楽しめる期間は、平均して1〜2週間、よくて三ヶ月だろう。
そのうえ、ネットワークゲームのいいところは、少しずつでもお話を追加していくことが出来きるところだ。
レベルは自然に上がっていくべきだ。だからそのように調整した。
戦闘は、敵が弱すぎても強すぎてもつまらない。
戦闘に負けたら、やることはたくさんある。
攻略を考えるか、スキルを修業してスキルレベルを上げる、それかもっと強力な仲間を酒場で探し出す。
スキルレベルの修業は、指示すれば数分から数時間で勝手にやっておいてくれる。
レベル上げの秘密
一般的なRPGでレベル上げという不思議な儀式があるのは、バランス調整が厄介であるという理由以外にもっと切実な理由がある。
プレイ時間を引き伸ばす、ということだ。
かつて、総プレイ時間の長さがゲームの満足度と直結する、という考え方があった。
そのためには簡単にレベルが上がってはいけない。
ゲームの難易度調整とは、実は数値やパラメータが基準で決まっているのではない、ゲームの「進行速度」で決まっているのだ。
「理想とされるゲームの進行速度」にあわせて、パラメータの上がり方が逆算的に調整されているのである。
考えてみると、RPGは最もゲームらしいゲームだ。
なぜなら、そのルールに、なにかをシミュレーションしようという意図がほぼ皆無だからだ。
あくまで気分を盛り上げるために、ただそのためだけにルールを作成し、最適な気分となるために、ルールと「理想とされるゲームの進行速度」の間をうめるためにパラメータ調整するのだ。
攻撃力が5とか、防御力が2とか、実は数字そのものにたいした意味はない。
これが5000000でも2.1でもどうでもいい。
問題は、それっぽい数字がでてきて、そのうえで「理想的な進行時間」にピタッとハマるか。だ。
レベルアップするにはこのくらいの時間がかかる、とか、このクエストをクリアするまでには速い人でこのくらい、遅いひとでこのくらいの時間幅がある、という目安をもっている。
これ、要するにシューティングゲームと一緒なのだ。
シューティングゲームでは時間の進行は完全にコントロールできるが、RPGはかなり緩やかにしかコントロールできない。それが違うだけだ。
だからシューティングゲームを面白く作るのは比較的簡単で、RPGを面白く作るのは難しいと言われる。それに、シューティングゲームならどれだけリッチにつくっても一時間もあれば全ステージを観ることはできるが、RPGの場合、一通りやろうと思ったら70時間くらいは覚悟しないといけない。
そのうえ、調整もしないといけないんだからこれはもう地獄だ。
そのプロセスを頭からお尻まで何度も何度も繰り返すのである。
アートワークと素晴らしい才能を持ったアーティスト達
さて、ゲームのための舞台装置は整った。
あとは大きな問題がふたつある。
キャラクターと、背景だ。
このゲームでは、キャラクターはできるだけ個性豊かでいきいきとしていなければならない。
また、ダイジェスト化された戦闘を盛り上げるためには、彼らがしゃべった方が良い。
彼らに命を吹き込むために、お互いのことを意識するラブ度という概念を導入し、ここにマルチエージェントシステムを構築することにした。
戦闘やクエストの結果に応じて、おのおののラブ度が変化し、解きには信頼し、解きにはライバルとして対抗しながらキャラクター達が冒険をするのだ。
このキャラクターには魅力あるビジュアルと、魅力ある性格付けが必要だ。
僕は今回、こういう仕事にうってつけの人物に心当たりがあった。
去年のミルナインという自主製作特撮映画を監督した、田中晴子だ。
漫画家のアシスタント経験やテレビ局の制作の実働経験もあり、クリエイティブで、仕事に向かう態度は真剣そのものだった。
妥協というものを知らない頑固者で、自分がこれと思ったら絶対に引かない。
クリエイターにはそういう人間こそがふさわしい。
僕は今回、彼女に美術全般の監修を頼んだ。
結果は・・・想像以上だ。
これだけのグラフィックを、彼女は着想から発注、納品までわずか三ヶ月で用意した。
ただ描いてもらったわけではない。モチーフになる写真や情景、その細かな背景設定、性格、町の位置づけ、そうしたものを独特なイマジネーションでポージングから構図、色使い、遠近感の付け方まで細部にまでこだわってこれだけの素晴らしいアートワークの完成にこぎ着けた。
この素晴らしいアートワークを実際に描いてくれたのは、コミュニティサイトpixivで知りあったアーティストたち。
pixivで仕事を発注することについてはさまざまな悪い噂もあるので、念のため言っておくが、僕らは彼らに少なくとも一点当たり数万円以上の、普通のプロと同じだけの金額を払っている。
というよりも、プロであるとかプロでないとか、そういう先入観を一切排除して、「この絵は伸びる」「この絵は素晴らしい」という、純粋な視点だけで選んだアーティスト達だ。
正直言うと、僕はpixivでアーティストを探すことに懐疑的だった。
素人だろう、と思っていたからだ。
しかし、実際にはプロも多くpixivで活躍していて、僕は某大手出版社のマンガ編集者に依頼して有望そうな新人を紹介してもらうことにしていたのをキャンセルした。それほどに、魅力的な才能を持ったアーティストたちが溢れていたのだ。
会社としては他にいくらでも選択肢はあった。
けれどもどれだけ経験を積んだプロでも、情熱にあふれた素人にはかなわない。
実際、このゲームには社運がかかっていた。
アーティスト達は全国各地に散らばっており、田中監督はその全員に会いにいき、プロジェクトの意義と目的を説明し、口説いていった。
僕も一度だけ、メインのキャラクターをお願いすることになるユミさんにだけはどうしても会っておきたくて、広島まで行ったくらいだ。
これだけの素晴らしい才能が結集して僕たちの作品に参加してくれたのだ。
しかも、僕たちはこれらの画像を二次利用可能にするという条件までお願いしていた。
アーティスト達は、二つ返事でオーケーをくれた。
だからこの作品のグラフィックは、UEIが公式に第三者に二次利用を認めようと思っている。
要するに、ファンの人なら誰でも、非商用であればこれらの絵やキャラクターを自由に使って良いということだ。ゲームまるごとがひとつの素材集になっているわけである。
仲間
そうして描かれた魅力的なキャラクターと台詞、ストーリーを実際につくり、実質的にゲームのこまやかところまで精緻に設計してくれたのは、鈴木誠さんだ。
鈴木さんは元カプコンのゲームデザイナーで、初代バイオハザードのゾンビ役をやったことで社内に良く知られているマイホームパパだ。
テーブルトークRPGの熱狂的なマニアで、机には常にダイスが転がっているような人だ。
僕がこの企画を話したとき、彼は瞬時に僕の意図を理解してくれた。
「つまり、テーブルトークにより近いRPGを、ケータイでやれるってことですね?」
その相貌は、みたことがないほど光り輝いていた。
彼の才能は、その文章力だ。
短いながらも読んでいるほうをニヤリとさせるスノッブな文章が得意で、そのうえ、豊富なファンタジー知識があるから、マニアからみてもおかしなアイテムは登場しない。
彼はメルルーの秘宝チームで、毎週、すごい名前のアイテムを考えるという極めて難しい仕事をしていた。
その彼の文章力、社内では誰ともなく「鈴木文学」と呼ばれる作品性が本作では余すところなく発揮されている。
僕が書いた最初の、ほんの5ページくらいの企画書を200ページ超の仕様書に落とし込んだのは新人の辻さん。彼女はiPad版のZeptopad Planner Noteの設計も担当している。飲み込みが良く、海外経験が豊富で、説明が上手く、田中晴子とはいいコンビだ。
以前は某RPGメーカーでひたすらマップを作っていた江成くんがうちに面接に来たとき、僕は開口一番、「ゲームにマップはもういらなくなるんだよ。だからマップのないゲームを作りたい」と口説いた。
ゲーム製作におけるマップデザイナーというのは、実は単なる作業者ではない。
マップのあるゲームでは、プレイヤーが自然に目的とする場所にたどり着くよう、しかも彼らがあたかも自分の意思でその目的地を選んだかのような錯覚に陥るよう、配置する必要がある。
これはつまり、リズムとコード進行が身に付いていなければできない大仕事だ。
さらに、別のゲームメーカーから転職してきたばかりの平澤さんは、既にSNSゲームの成功事例をいくつか経験していた。
彼のアドバイスは非常に強力な援護射撃となり、チュートリアルからキャッチコピー、他のユーザの誘導まで総てが彼のアドバイスに基づいている。
鈴木誠を江成、平澤がバックアップし、その後ろでは、シン石丸がメイン、天羽がサブのプログラマーコンビがいる。
今回、彼らは非常にタフな働きをしてくれた。
シン石丸は極めて汎用的なゲームシステムの基礎を作った。これを使うだけで、僕らはすぐさま新作の開発にとりかかることが出来る。およそ想像できるものならなんでも作れるという魔法のエンジンだ。ちなみにシン石丸はUEIの主力事業であるZEKE CMS 4.0も開発している。
さらに、ダイジェスト戦闘という、見たこともないようなロジックを鈴木誠がルール化し、天羽がプログラミングした。
その裏側では、CTOの水野、宮島のコンビが負荷分散に耐えるような緻密なシステムを設計している。
SNSゲームの場合、負荷分散は極めて重要なトピックだ。
水野、宮島チームはどれだけ負荷のかかるようなサービスであっても、まず落としたことがない。
それから、社内のグラフィックチームの面々、緻密なUIをデザインした新津、それを的確にXHTMLに落とし込んだ川中、チーフデザイナーの堀と、メルルーのドット担当の中澤がサブで入った。
このチームをまとめあげ、管理したのは、敏腕プロデューサーとしていまやすっかり逞しくなった増田哲朗。情報収集と分析、交渉ごとは彼に任せておけば安心だ。
彼ら以外にも、たくさんの社員がこれに関わった。
いまやUEIは、60人弱の大所帯だが、その全員がなんらかの形でこの作品に貢献している。
これでやり残したことがないではないが、僕はこの人生のなかで初めて、本当に思う存分、最高の仲間達と最高のゲームを完成させることができたのである。
好きなことをやり遂げる方法
自分の思うようにゲームを作るには、まず、自分で金を用意しなければはじまらない。そのために僕は下請け仕事でチームのレベルアップを計りながら、自分自身も研鑽を重ねながら、じっと機会を待っていた。
ところがゲームの下請け仕事というのは、まあここでハッキリ言うと、ほとんどの場合、うまくいかない。
特にクリエイティブなものは、誰も見たことがないので、ああだこうだと好きなことを言ってくる。
だから下請けでやるには、できるだけ陳腐なものがいい。それが確実だからだ。
生きるためにはなんでもやった。
そうこうしているうちにもっと効率の良い技術の活用法を事業化できないか考えた。
そうしてCMS事業を始めた。これは当たった。CMSだけで楽に食えるだけの稼ぎができた。
手元にお金ができたから、やっと初めて、自分で作る自分のための作品、というものにエネルギーを投じることが出来るようになった。
その意味では、僕はこの作品が成功しようとも失敗しようとも、どちらでも良いと思っている。
ただ、最高の仲間と最高のものが作れた。
もっと良く出来る部分は沢山あるが、限られた時間と人手のなかで、これだけ野心的な仕事をみんなは良く成し遂げてくれたと思っている。
涙
サービスインの前日、僕は自分で作ったゲームを最後まで遊んで、気がつくと涙がとまらなくなった。
ちょうどコンビニにいく途中だったから、路地裏に逃げ込んでわんわん泣いた。
自分で書いたストーリーに感動したのではない。
これが完成したことそのものに感激したのだ。
そして、もしかすると自分自身はもう二度と、これを超える仕事はできないかもしれないと
これが自分の能力、ゲームの面白さを求める旅の終着点であり、この先には消化試合のような人生しか残っていないのではないかと。
あらかじめ断っておくが、圧倒的多数の人々にとって、このゲームが、とるにたらないものに映ることは解っている。
どこかでみたような話にどこかでみたようなシステムででき上がっているのは間違いない。
ハマればおもしろく、引き込まれるような魅力を持っているが、それ以上のものとは思えないだろう。
だが、それでも、これは僕の終着点なのだ。
僕はこれをつくるために文字通り全力を尽くした。
もっとやりたかったことはある。それは今後の運営と開発で入れていくことになると思うが、それでもこれはやりたかったことなのだ。誰にも文句を言われることなく、自分たちの作品だと胸を張って世に出せる、"本物の"RPGだ。
僕がこの作品に過剰に思い入れているからといって、あまり過度の期待はしないで欲しい。
けれども僕はこれを完成させることができたことに、ここまでたどり着けたということに、支えてくれた仲間達に、いままでの作品を遊んでくださった方々に、はてブや2ちゃんで忌憚ない意見をぶつけてくれた方々、これまでお世話になった総てのひとたちに感謝を捧げたい
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