2010-11-02
■ポルノグラフィ
オーストリア。
リンツという田舎町がある。
そこはかの有名なアドルフ・ヒトラーの愛した町であり、彼が最初の演説をした町でもある。
このくらいのヨーロッパの田舎になると、どの店もほとんど看板を出さない。
看板があっても、アイコンだけ。
つまり、ドラクエの武器屋とか、宿屋の看板みたいなものだけで、下品に光ったりはしない。
しかしその店だけは、ただひとつ堂々と掲げられ、毒々しいネオンで「SEX SHOP」という文字を形作り、その存在を主張していた。
それでも、その文字はきわめて控えめに、窓一枚分くらいのコンパクトな大きさで、町の景観を崩さないよう最低限の工夫はされているようだった。
革ジャンを着たジャン・レノみたいなハゲ親父が颯爽とドアをあけて二階へ上っていく。
こんなカッコいいポルノショップへの入り方があるのか、もしポルノショップ入店ファッションコンテストがあったら間違いなく優勝候補なその親父の背中を追いかけて二階にあがると、無数のポルノビデオが。
しかしなにか様子がおかしい。
・・・・全部同性愛向けだった。
慌てて1Fへ舞い戻ると、今度は深紅のボディコンシャスなワンピースに身を包み、匂い立つような色香を発散する女性が、しなやかな手つきでバイブレータを選んでいた。
僕はなんだか不思議な世界に迷い込んだような気がして、そのままDVDの棚をみた。
でもそこにあったのは、きわめて退屈な、世界中のどこにでもある、裸の男女が出てくるだけのつまらないビデオだった。
世界中のポルノは、どれも似ている。
僕の知る限り、ただひとつの例外は、日本のポルノグラフィだけだ。
東京。
本郷大原ビル・・・UEIやグルコース、芸者東京エンターテインメントといった、不思議なIT企業がトキワ荘のごとく同居していたそのビルは、誰ともなしに本郷ヒルズと呼ばれていた。
その二階と五階と六階が、我らがUEIの居城である。
ここに来たのは四年前。それから毎年フロアが増えていって、去年はふんばったが、今年はいよいよ二倍の面積の場所に引っ越すことになった。
もちろん2の8乗である256にかけている。
次はフロアがひとつになってしまうが、8階だ。こういうつまらないことにはこだわりがあるのだ。
その6階に、聖域<サンクチュアリ>と呼ばれる一角がある。
というか、僕がそう名付けて、僕がそう扱っているだけだが。
それはかつては僕の作業机だった。
しかし今や、無数の本やDVDやカメラやデジタルガジェットのるつぼとなってしまい、そこは幾度となくぼくの秘書たちや新入社員たちが片付けを試みたが明らかに場所に比較してモノの方が多くて決して作業場所として復活することはなかった。故に聖域<サンクチュアリ>なのである。
そこから7メートルほど離れた場所に、畳の部屋がある。
そこにおかれたちゃぶ台がここ最近の僕の仕事場になっている。
もうしばらくそうだろう。
引っ越し先では、僕の関係する部署はフリーアドレスにするつもりだ。
みんなノートPCで仕事をしているし、そのほうが集合と離散を繰り返して効率的だからだ。
不意にポロンという音がした。
それは、ただひとつの目的・・・ぼくの注意を引くという・・・それだけのためにフラッシュメモリからロードされ、音源チップへ流し込まれ、漆黒の本体に組み込まれた極小の電磁石を駆動した。電磁石は愛をささやくように磁力のさざなみを奏で、その対面に設置されたそれの恋人役である永久磁石を引き寄せ、そしてまた突き離した。まるで主婦向けのメロドラマのように、その恋のダンスを繰り広げ、そこでうまれた空気の波は、数十センチの距離を経て僕の耳に軽やかなメロディを届かせる。
僕は手慣れた操作でiPhone4のロックを解除し、居眠りしていたApple A4チップを叩き起こした。
最新のIPS液晶とLEDバックライトに照らされたそのメッセージを読んで、ぼくは戸惑いを隠せなかった。
「ねぇ、ディズニーランドに着ていくなら、どんなコスプレがいいと思いますか?」
僕は思わず聞き返した。
「ディズニーランドでコスプレパーティがあるの?」
するとすぐに返事が返ってきた。
「ハロウィンにデートするの。だから彼を驚かせたくて」
僕は即答した。
「高校のときのセーラー服がいいよ」
「ええっ! イタくないですか?」
「まだ二十歳じゃないか。ギリギリセーフじゃない?」
「もっと普通の服が良くないですか?」
「だって仮装するんでしょ?」
「そうですけど、ゴスロリじゃだめですか」
僕は一瞬の逡巡のうち、答えた。
「いや、セーラー服を嫌いな男などいない」
すると彼女は即答する。
「セーラー服にします」
ハロウィンに湧く休日のディズニーランドに有名女子高のセーラー服が混じっているのを想像して、僕は少し可笑しくなって、おもわず顔の筋肉を綻ばせた。
するとそれを目ざとくみていた哲郎が呆れたように口を開く。
「またアレですか」
「別に。そういうのと違うよ」
「なんの話してたんですか?」
「ハロウィンのデートに何を着ていったらいいか相談された」
「それで?」
「セーラー服がいいよって」
「・・・まあそれが嫌いな男はいないですからね」
それでふと午前中のディスカッションを思い出した。
Paulに僕はこう説明した。
「日本では、あろうことか女性(women)ではなく女子(girl)が性愛の対象になっている。セーラー服やブレザーなどの女子高生の"制服"はその象徴になっているんだよね」
「セーラー服は知ってるよ」
「でも当然、日本では未成年への性的接触は法律で禁止されているんだ。けれども援助交際という名の素人売春があとを絶たない。その原因の一端は、もしかしたらセーラー服のセックスシンボル化、ブランド化にあるのかもしれないね」
「ロンドンでは、ナイトクラブやパブに行って、カフェやレストランでもいいけど、目が合って、お互いニコッと笑えば、そのあとは成り行きだね」
「当然、そういうところには成人しかいないわけだろう?」
「そりゃそうさ」
「日本では、未成年が登場するポルノグラフィがまかり通っている」
「ヘンタイ・コンテンツね」
それから僕は、彼を秋葉原のポルノショップに連れて行き、日本の性風俗がいかにバラエティに富んだものか説明した。
僕は海外へ行くと、ほとんど必ず、現地のポルノショップへ行く。
ヨーロッパ、アメリカ、香港、中国、韓国・・・もちろん日本も。
歌舞伎町や秋葉原のように、町中にポルノショップが林立しているのはパリと日本くらいなものだ。
ポルノをみると、その国の価値観の一端がわかる。
その国で性がどう捉えられているか、ということはその国の欲望はどのように表現されているか、ということの裏返しでもある。
性に奔放な国ほど、ポルノショップはおしなべて退屈な印象を受ける。
どのビデオも同じくらい単調だ。
一説によると、アメリカでは、ポルノビデオにモザイクをかける必要はないが、決してレイプしているように見えてはいけないのだという。
だから女優は不自然なほどずっと笑顔で、日本のポルノのように多様性がないのだ。
アメリカ人を日本のポルノショップに連れて行くと、みなそのバラエティのあまりの豊富さと、店内の異常なまでの明るさに例外なく驚く。
しかしもっと驚くのは、日本のポルノは彼らには退屈なのだという。
僕に言わせれば、彼らのポルノほど退屈の極みなのだが、彼らにしてみればモザイクの入ったビデオなどポルノとしての価値はないのだそうだ。
どれだけ単調だろうが、どれだけ彼女たちが不自然な笑顔をしようが、彼らにとってはそっち流のポルノのほうがずっと良いのである。
風情もなにもあったものじゃない。
こんな連中と戦争して負けたのか、と忸怩たる思いだ。
健康な男子なら、誰だってポルノが好きだ。女子だって、少しくらいはポルノに興味があるほうが正常だと思う。
それが恥ずかしいことだとは僕はあまり思わない。まあ自らの性的嗜好を隠す自由はあると思うが。
しかし改めて日本のポルノグラフィを振り返ってみると、これは少子化になってもしかたがないくらいの充実ぶりだ。
なにかに凝り始めるととことん突き詰めたくなるという、日本人の特質が最もあらわれているのがポルノだろう。
日本のポルノはあまりにも数が多く、多様性に富んでいるため、少しでも目立とうと各社があの手この手の凌ぎを削っている。
そういうところもすごいところだと思う。
パッケージの写真の撮り方やキャッチコピーの入れ方、なんかもドラスティックに進化をし続けているし、写真の修正技術(Photoshop)に至ってはハリウッドの特殊メイクもかくや、という出来映えだ。こういうことを日本人はもっと誇っていい。
春画だっていまでは立派な芸術として高く評価されている。
僕からみればルーヴル美術館に展示されているミケランジェロの「瀕死の奴隷」像のほうがよほどエロティックで卑猥だと思う。
半裸で屈辱的なポーズをとる少年奴隷の恥じらいが、凄まじいまでの肉感をもって伝わってくる。
芸術かポルノか、そこに明確な区別をつけるのは無意味だ。
かつてポルノだったものが後に芸術と理解されたのかもしれないし、かつて芸術だったものがポルノに見えるだけかもしれない。
ただ、ポルノ最先端の法則というのがあって、家庭用ビデオテープしかり、CD-ROMしかり、DVDしかり、もちろんブルーレイしかりだが、ポルノは新しいメディアの牽引役として常に最先端のコンテンツ産業を牽引する影の役割を担っている。
いまは絶対にアダルトコンテンツを許さない勢いのMacintoshだって、一時期は、「MacといえばポルノCD-ROM」と言われた時代があったのだ。
そのあたりのことは電脳なをさんあたりを読むとよくわかる。
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そしていま最も新しいコンシューマメディアといえば、間違いなく3Dブルーレイだ。
ところがソフトが極端に少ない。
僕は3Dメディアがどんな新鮮さをもっているのかよくわからなかったので、とりあえずいまのところきちんとした3Dコンテンツとして売られている唯一の大作映画である「タイタンの戦い」を見てみた。
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うん。確かに3Dだ。
そして同時に思ったのは、3Dだと画面ができるだけ大きくないと却って不自然に見えてしまいそうだということ。
二次元の画像だと、奥行きがなくてもそれほど違和感はないが、立体感を伴うと、急に映画が小さな箱庭の中で上映されているような錯覚に陥ってしまう。
ただこれはまあ「へー3Dですね」以上の感想にならず、もちろん映画館でみるのと全く遜色無い感じの立体感ではあるのだけど、キャプテンEOにはまだ及ばない程度の立体感である。
なんといっても差が出るのはポルノだろう。
それで、とりあえず3Dテレビで最先端のポルノビデオを見てみたのだけど・・・・これはとてつもない衝撃的な体験だった。
なにが凄いのかというと、ポルノビデオはハリウッド映画なんかに比べると、視点が等身大で、ほぼ数メートルの距離で撮影しているので、大きなテレビでみるとほとんど実物大になる。
こうなったときの臨場感が半端じゃない。
それ以上に驚いたのは、あまりにリアルすぎて「色情魔の男女が勝手に自分の家に上がり込んで盛り上がっている」ようにしか見えないということだ。
「おまえら他人の家に来て一体なにをやってるんだ」
ということである。
これは体験してみないとわからないことだった。
そうすると、もう心穏やかでは居られない。
というよりも、なにか自分だけ疎外された寂しい気持ちになるのである。
まさかポルノをみて寂しい気持ちになる日が来るとは思わなかった。
「こいつら、おれの目の前で楽しそうにいちゃいちゃしよってからに!」
でもけっしてそこには混ぜてもらえない自分。
いま目からこぼれているのは汗だ。涙じゃない。
そういい聞かせながら、泣く泣くディスクを止めた。
ということはどういうことかというと、要するに3Dコンテンツはそれまでの映像手法とは作り方がまた変わってくるということである。
今は単なる物珍しさから、従来の作品の作り方で3Dを作っているが、その先にあるのは、3Dで見ることを前提に作られたコンテンツだろう。
ちなみにCELL REGZAには2Dの画像を解釈して自動的に立体化するという化け物じみた機能が内蔵されている。
これを使ってAKB48や少女時代のPVを見ると、まるでライブ会場に居るかのような錯覚を覚えることも可能だ。
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とにかくなにか新しい可能性の芽を感じずにはいられない。
この圧倒的な臨場感を活かした新しいエンターテインメントが実現するかもしれない。
それは映画館のような場所ではなく、家庭にあることによってこそはじめてそのメリットを感じられるような体験になる可能性もある。
コンピュータゲームが、ゲームセンターから家庭に移ったとき、そこで求められるゲームの質が変わったのと同様、映画館から家庭へ3Dがやってきたときに、求められるコンテンツの質や方向性もまた大きくシフトしようとしているのだ。
ちなみにWipeoutなど一部のPS3ゲームは既に3Dに対応しているので、それで遊んでみたが、確かに立体感はあるものの、それでゲーム性が変わる、とまでは思えないものだった。
ゲームの3D化はnVidia 3D Visionで一度経験済みではあるものの、あの方式だとモニタのせいもあるのかもしれないが頭がいたくなってしまった。
それに比べるとテレビによる3Dはさすが家電、といえるほど完成度が高く、長時間視聴していても耐えられる気がする。
3Dになって一番面白そうなのはやっぱり一人称視点ゲームかなあ。
そんな感じの立体感がNintendo3DSにもそのままやってくる。
Wiiの次世代機もきっと3Dをサポートするだろう。
世の中がどんどん3D化していくとしたら、そこでうまれる新たなエンターテインメントはどんなものになるのだろうか。
そんなことを考えるうえでも、やっぱりポルノグラフィは最先端のコンテンツなのだ。
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