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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2010-11-04

「仕事がデキる人」と「仕事をする人」の違いと習慣 10:49

仕事がデキる人とできない人の違いはなんだろうか。

ある程度まじめに働いている人だったら、誰だって他人から「この人はデキル!」と思われたいはずだ。

しかし現実にはそう簡単に「デキル!」とは思ってもらえない。


単に与えられた仕事をこなしているだけでは「デキル」と思われない。

仕事への意欲、積極的な態度、そういうものは当然として、ただ我武者らに真剣に努力すれば誰でも仕事ができるようになるというわけではないと思う。


社内でも社外でも、「この人はデキル!」と思う人がたまにいる。

その「デキル!」と思うのはどんなときなんだろうか。


僕が「この人はデキるな」と思った経験をいくつか話そう。



あるとき、とある会社の担当者に呼び出された。

新しい企画をたててほしいという依頼のオリエンテーションだった。

彼女は印刷したパワーポイントの資料を示しながら企画意図を丁寧に説明した。


 「・・・・というわけなんですよ」


しかし僕は、いくつか説明に疑問があって、それをぶつけてみた。

正直、この内容では引き受ける気になれなかったのだ。

すると


 「清水さんならそうおっしゃると思って、次のページを用意してあります。こちらを見てください」


それを見ると、なるほど、プレゼンの最中に僕の頭に浮かんだ疑問がすべて解決されるような資料が作られている。

ここまでされると、特に反論する理由も見当たらず、僕はその仕事を引き受けることになった。


僕が断るであろう理由を先回りしてすべて解決した資料が別途用意されている。

外堀を全部埋めた上で、「ほかに断る理由はありますか?」と聞いてくるわけだ。


こういう人は、仕事がデキる。と思う。



別の経験を話そう。

あるとき、とても難しい契約の交渉ごとをしていた。

先方の出した条件が厳しすぎて、それを引き受けるべきかどうか躊躇した。

僕はヤケクソになって「もうそれでいいかな」と妥協しようとした。

ところがある人が、「いや、この契約はどう考えてもおかしい」と言い出した。


 「おかしいのはわかっている。けれども、いろいろなシガラミでこの仕事を断るわけにはいかなくなっているんだ」


と僕は弁解したが、彼は納得しなかった。


それから彼は弁護士事務所と相談して、過去の裁判の判例を徹底的に調べた。

その結果、過去の判例から、この契約条項は事実上無効であると主張し、最終的に先方が絶対に飲もうとしなかった契約を認めさせてしまった。

僕はその手腕に舌を巻いた。



なるほど、仕事がデキるとはこういうことなのだ。


単に与えられた命令を淡々と実行するのは当たり前。それは「仕事をしてる」ことにはなっても、「仕事がデキる」ということではない。

では「仕事がデキる人」と「仕事をしてる人」の違いはどこにあるだろうか。


僕はこれを「先読み能力」の違いだと思った。

自分がこう言ったら、相手はこう反論する、だからそのために対策をしておこう。

契約がこのままいったら、こんな問題が発生する、こんな問題が発生したら、裁判になる。裁判になったら、判例が効いてくる。判例が既にあるなら、この契約そのものが無効だ。


それらはすべて「先読みする力」によって成立している。

で、この能力そのものは、まともな受験や就職活動をした人はみんな持っているはずだ。


受験勉強は、試験範囲からどの部分が出題されるかわからない。

そこで過去の問題を解いて試験傾向を分析し、対策を練る。


この問題が来たときのためにこの訓練をしよう、とか、この大学はこういう問題が多いとか、かなりの時間をかけて分析と訓練を繰り返す。

模擬試験なんていうのもその最たるもので、もし自分の今現在の実力でその大学を受験したとしたら、どのくらいの確度で合格できるか、そういうことを分析するためのツールだ。


就職活動はもっと露骨だ。

面接でこう聞かれたら?

あらかじめ想定問答を考える。


本命の会社を受ける前に滑り止めと練習を兼ねてほかの会社を受ける。

ありとあらゆる事態を想定して真剣に問題を先回りして取り組む。


この能力が高ければ高いほど「仕事がデキる」潜在能力があることになる。

結果的に「仕事がデキる」人ほど、就職活動で有利になる。


ところがいざ就職すると、これだけ努力したことを忘れてしまう場合がある。

新しく学ぶことが多すぎて、先読みする能力が失われてしまう。

すると途端に「仕事をする人」になってしまう。


そうした中にあって先読みをし続ける人だけが「デキる人」という印象を受けるのではないだろうか。


誰でも持っているはずの潜在的な「先読み能力」を有効に活用するためには、先読みの選択肢をたくさんもっていなければならない。そのためには想像力と知識が必要だ。

例えば難しい契約で僕があきらめたときも、彼は裁判になることまで想定して判例を集めた。


それは「裁判になる」というところまで想像する想像力と、その場合に判例が大きな力を持つという常識、そのためには判例を調べればいい(調べる方法を知っている)という選択肢の広さが、結果的に交渉相手を上回り、難しい契約の合意に持っていったことになる。


このための訓練を常にしなければならない。

僕はこの「仕事がデキる人」にある種の共通点を見つけた。


ゴルフやバスケットボール、テニス、釣り、囲碁、将棋など、仕事以外にきちんとした趣味を持っていて、なおかつ強いということだ。

スポーツやゲームで強くなるためには、先読みの能力が不可欠だ。


囲碁や将棋で先読みの力がいかに重要かは日曜日の囲碁番組や将棋番組を見ていれば明らかだろう。

この二つは完全に先読みゲームである。


ゴルフは身体能力はもちろんのこと、それ以上にコース内におけるストロークの組み立てが重要だ。

リスクをふまえた上で計画を立て、その計画に沿ってコースを攻略していく。


テニスやバスケットボールはある程度以上のレベルになると、読み合いの勝負になる。

敵の思考を読み、その不意を突いて打撃を与える。自然に相手の思考を読み取る習慣が身に付くわけだ。


釣りは、水面下の魚の習性を学び、彼らの性向を予想して罠を仕掛ける。

魚は命がけだから、必死で逃げようとするが、それでも餌に食らいついてしまう。


こういう読み合いを単にストレスと感じてしまう人は、「仕事がデキる」と思われるまでにはなかなか至らないのではないか。


一人用のコンピュータゲームでは、なかなかこういう感覚は育たない。

あれはあくまでもゲーム開発者が総てのレールを用意した上で成立しているエンターテインメントだから、先読み能力がゼロでも、必ず先に進めるように作られているし、そうでなければいいゲームとは認められないのだ。


対戦型コンピュータゲームは、その意味では先読み能力を鍛えるのに向いているとも言えるが、実際問題としては、FPSなどは先読みよりも反射的な動きと正確さを競う要素が強すぎるので、そういう意味ではFPSよりストラテジー要素の強いゲームのほうがより訓練に向くだろう。


ブラウザ三国志」がIT企業の経営層に爆発的にヒットしたのも、そのあたりと関係があるのかもしれない。



ただ、趣味のスポーツが強いとかゲームに強いというだけではだめで、それを普段の仕事のなかで自然に習慣として持ち込めなければ、単に「やればデキる人」の域を出ないことになってしまう。


「やればデキる」というのは、勉強のできない子供に向けて使う常套句で、それを社会人になってから言われるということは、つまり「デキない奴」というのを遠回しに言われているということだ。


ではどうすれば先読みする習慣を身につけることができるか。


これは難しいが、ひとまず命令を与えられたら、お茶を飲む、ということを習慣づけるといいのではないだろうか。

もちろん、「今すぐ○○しろ」と言われてお茶を飲んだら怒られるだろうが、「今すぐ」と言われていない場合、どんな命令でも、ひとつ命令を受けたらまずお茶を一杯飲む。


その間に、その仕事をどうこなせばいいのか考える。

このとき、デキない人は作業そのものについて考えがちだが、ここで考えるべきなのは、作業そのものではなくて作業の結果どうなるか、ということだ。


いま与えられた命令をこなした結果、なにが起きるか、そのとき困る人は誰か?嬉しい人は誰か?困る人と嬉しい人がうまれた結果、さらにその先はどうなるか。


少なくとも二手先まではお茶を飲みながら読み切る。

それから、なぜその命令を自分が与えられたのか、ということについても考える。

命令の意味と目的を考える。


読み切った上で、最後に作業のことを考える。

そうすると、自然と作業そのものの質が上がるのだ。


これを繰り返す。

作業が一時間以上に及ぶものだったら、一時間ごとに休憩してお茶を一杯飲む。


交渉ごとや社内外の打ち合わせでも、相手が次に何を言い出すか、先読みして考える癖を付ける。


新人の頃は、上司や先輩の会議に同行することが多いと思う。

そういうときに新人は一言も喋らないことが多いから、なんで呼ばれているのかわからなくなることもあるだろう。


それは格好の「先読み」の訓練の時間だと思った方がいい。

そのとき、以下のことに心がけて話を聞くといい。


 ・この人はどんな立場で喋っているか?

 ・この人のメリットなにか?

 ・この人のデメリットはなにか?

 ・この人の目的はなにか?

 ・この会議における、この人の背景となる組織の目的はなにか?

 ・こちらのメリットはなにか?

 ・こちらのデメリットはなにか?

 ・こちらの目的はなにか?


上記のことは忘れがちになるので、新人の間はどこかにメモしておいて、会議中、こっそり見ながら話を聞くといい。

すると、会議はなんのために行われているのか、会話はどのように運んでいくのか、自然に分ってくるのだ。

そうでなければ自分が当事者でない会議など、退屈で眠くなってしまう。


このあたりはライフハックに近いテクニックだが、問題はこれを習慣化しようと思ってもなかなかうまくいかないことだ。


あらゆるライフハックがそうなのだが、それを活用できる人とできない人の間には越えられない壁がある。

それは「意図的な習慣化が苦手」ということだ。


人間は意図的になにかを習慣づけることがもともと苦手だ。

けれども、「仕事がデキる人」は自分で自分の習慣を変えることができる。


習慣化するコツは、自分を動物だと自覚することではないか、と僕は思う。


下手に自分に知性があると思うから習慣化に失敗する。

人間は知性的な存在である以前に動物なのだ。

そして習慣とは動物的な習性なのである。


したがって、動物を調教するように、自分を調教する。

毎日体重を測ろうと思ったら、体重を測ることを思い出すような場所に体重計を置いておく。

体重を測るのを忘れたら、自分に罰を与える。


もともと動物的な自分に、外から人工的に罰を与えるのだ。

意図的な習慣化というのがもともと不自然な行動である以上、人工的な仕組みなしには新しい習慣を受け入れることはできない。


さらに、紙に「今日は体重測った?」と呼びかけるような形式で文字を書いて、それを脱衣場の必ず目に入る場所に貼っておく。

これは原始的だが最も効果的な方法だ。



議事録を取る、ということを習慣化したかったら、ノートの表紙にそれを書いておく。

先読みすることを習慣化したかったら、会社のPCの一番目立つところにそれを書いておく。

このとき決して、電子ポストイットを使ってはダメだ。


電源が消えたら消えてしまうような方法はダメである。

必ず、紙に、文字を書いて、それを物理的に貼っておく。


「作業の前にまずお茶を一杯」


などと書いて貼っておく。

こういうことの積み重ねが大切なのだ。


慣れてきたら、剥がしていい。十分それが習慣として身に付いてきたら剥がしても問題ない。

これは初心者マークみたいなもので、あれば思い出す、というお守りのようなものだ。

そしてまたたるんできたら、もう一度同じことを繰り返す。

まさに動物の調教だ。


就職活動に成功したということは、誰でも潜在的な先読み能力があるのだから、「仕事がデキる」人になるのはそう難しくないはずだ。


ここにパレートの法則は関係ない。

事実、部署の90%以上が「デキる人」ばかりの部署だって存在する。

パレートの法則は相対論であって、「デキる人」は絶対論だ。


そして取引先でも同僚でも、できればデキる人に囲まれて仕事をしていきたいものである。