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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2010-12-11

僕が社長になってはじめてわかったいくつかの大切なこと。または川上さんから学んだこと 06:08

IVSで社長だったことを思い出したついでに、社長という仕事についていろいろ思うところがあったので書いてみる。


僕は2003年に創業しているので社長としては8年生ということになる。株式会社化したのは2005年だから、株式会社の社長としては6年生。まあいわばもう小学校は卒業する年である。ここらで振り返ってみるのもいいかもしれない。


僕が社長になった理由はいくつかあるけれども、ひとつは会社の歯車である自分に飽きた、というものがあった。しかし実際にやってみると、なかなかどうして、社長業というのは、それまでとは全く違う考え方を要求されるのだった。


8年も社長をやってると、同時期に創業したまわりの社長は軒並み廃業したり、会社を売却したり、社員を全部リストラして休眠会社化したりといった失敗例が非常に多い。


一説によると、会社は5年で50%が倒産し、10年で90%が倒産するのだという。つまり10年後の生存率は10%だ。


未踏がらみで講演するときも、よく会社を作ったらどうなるか、ということを聞かれるが、会社の経営というのはやってみないと解らないことがあまりにも多い。


そこで今回は形式を変えて、僕が会社を作る前に予想していたことと、現実に直面した出来事を対比させながら紹介する。




■起業前:「会社を作れば人を雇える」 → 起業後「んなわきゃない

 会社員でいるときは、人というのは求人広告でも出せば雇えるものだと思っていた。

 ところが当たり前だけど、人は単にお金のために働いてはくれないのだ。

 とりわけ優秀な人は、そうであればあるほど、給料だけでは働いてはくれない。

 どれだけ求人広告を打っても、まともな応募が来ない、と嘆く日々は長かった。

 まともな応募が来ないのは、要するにその会社の実力なのだ。聞いたこともないような会社で、しかも安い給料で働きたいと思うことは少ない。それでも応募してくる人というのは、要するに他の会社では使い物にならない人、ということになる。もちろんごく稀に本当に優秀で冒険心のある人が応募してくる場合もあるが、これは天文学的な確率と考えていいだろう。


 しかし、会社の立ち上げ時にはお金に余裕もないし、あまり高い給料は払えない。

 そういうときは結局、昔からの知り合いを誘うことになるのだが、これが極めて難しい。

 当たり前だけど、「なあ君、ちょっと僕のためにその安定した給料で働く生活を辞めてみてくれないか」と頼む訳だから、よほどの信頼関係がなければ成り立たない。


 というか、信頼関係だけでもダメで、僕が見て来た例では、仲の良い友達が信頼関係だけで起業するとうまくいかなくなるパターンは多い。


 自分の強みと相手の強み、自分の弱点と相手の弱点をお互いを尊重し合いながらうまくカバーして、なおかつ相手の方により大きなメリットを与えなくては、人は長く働いてはくれない。


 自分が社長として会社を作って失敗するパターンは、もともと対等だったはずの友人関係に社長と従業員という、決して解り合えない主従関係を導入することで、ギクシャクしてしまい、最終的には「あんなやつじゃなかったのに」とお互いに失望して別れてしまう。


 ではどういう関係がうまくいくのか。


 ひとつは、職場の部下や後輩を誘うという手がある。

 その場合、もともと上下関係があったわけだから、それが会社組織になっても比較的上手く行きやすい。

 それに、誘って付いてくる後輩がいるということは、あなたにそれなりの人望があるということだ。

 部下がついてくる、という場合は、仕事の能力も認められているということだから、それはうまくいきやすい。


 とにかく最初はよほど信頼できる相手と組まなければうまくいかないのである。


 僕は最初の最初、会社は知り合いの10も年の離れたおじさんと二人で始めた。

 けれども、彼と意見が合わず、それぞれ別々に仕事をすることになった。


 それから求人広告を出したり、友達を雇ってみたり、ブログの読者を雇ってみたりしたが、どれもうまくはいかなかった。


 本当に会社が軌道に乗るようになったのは、ドワンゴ時代の同僚だった布留川くんが来てくれてからだ。

 そこから、内田君、水野君とドワンゴ時代の頼もしい同僚が次々とやってきてくれて、なんとか形になった。

 彼らはみんな僕より年長だったけれども、僕は彼らよりドワンゴの社歴が長かったので、ドワンゴにおいては直属ではないにせよ、上司であり先輩だった。


 僕は企画者であり、会社の幹部だったから、僕が考えて、彼らに作ってもらう、というスタイルはずっと変わらなかった。

 サラリーマン時代から役割分担がハッキリしていたから、うまくいったのではないかと思う。



■起業前「雑用は社員の仕事。社長は仕事に集中する」→起業後「社長が一番積極的に雑用をするべき」

 ドワンゴでは、川上さんは非常に腰の低い社長だった。

 ゴミを拾ったり、自分はタバコを吸いもしないのに誰かの机の上にたまった吸い殻を捨てたりしていた。それどころか、ときどき「ジュース買ってくるけど、何欲しい?」とまるでパシリのようなことまで進んでやるのだった。

 僕はそういう川上さんを好ましいが、暇そうな人、としか思わなかった。

 働かないのかな、と思った。


 しかし、自分で会社を始めて、当時の川上さんの行動は完全に理に叶っていたことが解った。


 なぜ、社長がゴミ掃除やパシリをやるのか?

 そもそも従業員は、仕事をするために雇っているのだ。

 そのために貴重な資本を消費して、立派な机とPCを揃え、できるだけ快適な環境を用意している。

 なのにその従業員に吸い殻を捨てさせたら、吸い殻を捨てている時間ぶんだけ、仕事をしないことになる。

 だからスタートアップのときは、社長ができるだけどうでもいい雑用をこなすのだ。

 会社が軌道に乗って来たら、改めてそういう掃除をする従業員を雇えばいい。

 けれども、スタートアップ、最初の数人、というときに、ゴミ捨てを従業員にさせていたら、いつまでたっても仕事が進むようにならない。



■起業前「社長の命令は絶対だ」→起業後「んなわけない」

 ドワンゴでまだ川上さんが社長だった時代、彼は命令らしい命令をしたことが無かった。

 彼の命令はたいていの場合、「おねがい」とか、「相談」というたぐいのもので、決して強制されることはなかった。

 これも僕が社長になってみてから初めて痛感したことなのだけど、命令なんかするのはよほどの理由がないと無理なのだ。


 なぜなら、社員にとって唯一最大の自由は、いつでも好きなときに会社を辞めることが出来る、ということだからだ。


 特にスタートアップでは社長の方が立場が弱い。

 特にプログラマーやデザイナー、経理職など、特殊な技能をもった社員の人たちは、どちらかというと、わざわざ小さなベンチャー起業に「働きにきてやってる」のであって、社長は彼らの人生の貴重な時間をわずかな賃金と引き換えに貸していただいている、という立場になる。


 そんな人に対して理不尽な命令など出せるわけがない。

 そんなことをしたら、すぐにでも辞めてしまうだろう。


 社長が理不尽な命令を出せるようになるのは、会社が軌道に乗って十分な給料と社会保障を与えられるようになってからである。それとて、優秀な社員が辞めてしまうリスクを考えなければならない。


 だから、川上さんも僕も、スタートアップのときは社員の人たちが自発的に「その仕事は面白そうだからやってもいいよ」と思ってくれるように話題をふったりして仕向ける必要があったのだ。



■起業前「会社を作る理由はなんでもいいや」→起業後「会社には存在理由と理念が不可欠だ」

 会社を作るときに必ずつまずくのがこの「企業理念」というやつ。

 世界の会社はけっこう立派な企業理念があるんだけど、会社を作ろうというときは会社を作ることが目的化していて理念はあとまわしになりがちだ。


 しかし、理念がない会社は、なかなか大きくならない。

 なぜなら、理念がないと優秀な人材を口説いたり、社員に仕事のやりがいを感じてもらうことが難しいからだ。


 十分な能力と実績のある個人に敢えてリスクの大きいベンチャー企業に来てもらう。

 そういうときに、「なぜ、この会社なのか」という理由の裏打ちになるのが、理念なのだ。


 この理念は、いわば秘密のマントラのようなものなので、特にスタートアップ企業であるうちはあまり大きな声で言うべきものではない。あまりにも大それていて、その理念を共有できない相手からはマヌケに見えてしまうからだ。

 しかし、本当に大切な相手とは、この理念を共有しなければならない。

 理念とは誓いであり、この誓いがある限り、多少の苦難は我慢できる。

 反対に、明確な理念がない場合、その会社は社長の自己満足に消費されて終わる傾向がある。

 なにしろ理念がない会社というのは、要するに創業者の自己満足、多くは「社長をやってみたかった」という程度の希望を叶えた時点でそれが終了してしまう。


 本人はそれで満足だろうが、それに巻き込まれる社員はたまったものではないのだ。

 従って社員に帰属意識が芽生えにくく、常に「自分はこの会社にずっと留まることはできないだろう」と思って働くことになる。理念を社員と共有しないと、社員は離れてしまう。


 実際、「幹部社員がやめちゃうんです」という社長と話をすると、根本的にこの理念の共有ができていない。そもそも理念などないというケースはあまりにも多い。



■起業前「資金はあればあるほどいい」→起業後「ハンドルできるだけの資金以上のものは持つべきではない」

 会社をつくるとき、いろんな人に話をした。

 中には出資せず、カンパとしてお金を出してくれるという人も居たし、出資したいと言ってくれる人も居た。

 最初はそうやって会社を作った。資金はあればあるほどいいと思っていたからだ。

 ところがすぐにこれは間違いだと気づく。

 会社というのは、ある資金があったら、その資金を運用して増やす、というのが大前提だ。

 100万円なら100万円以上の、1000万円なら1000万円以上のお金に増やさなくてはならない。


 しかし、資金というのは、使わなければ増やすことが出来ない。

 たとえば家賃、給与、仕入れ、と言ったことで資金を使うことになる。

 この、使う資金が多ければ多いほど、稼ぎも多くあるべき、というのが事業の基本的な考えになる。

 社長になったばかりの時は、そもそもこの効率が非常に良くない。

 創業当時はまだ社員も居ないし、使うべきお金の使い道がないままに資金を死蔵していると、心の平穏は保てるが、事業をしていることにはならない。


 また、創業時に大金を持っていると、使い方を誤る例を良く見て来た。

 僕が過去に見て来た例では、サラリーマン時代よりも多くの予算をいきなり持つと、使い方が解らずに自滅することが多い。


 たとえばいきなり1億円の資本金で会社を始めたとする。


 ベンチャー企業において資本調達は主に時間短縮を目的として行われる。

 ということは短期間に大金を使わなければならないが、そもそもたいていのサラリーマンは1億円もの予算を運用した経験など持ち合わせていないから、使いどころを誤る。


 たとえば、いきなり大量の人間を採用したり、いきなり広いオフィスを借りたり、いきなり大量の広告を投下したりする。でも人の雇い方も、経営の仕方も解ってないから、多くの場合は雇いすぎたり、広告を出しすぎたり、オフィスが広すぎたりして、空中分解する。

 資本は使えば使っただけ増やさなければならないので、経営スキルが低いうちはあまりに多い資本は却って毒になる。


 それでも資金繰りの恐怖というのは創業時の社長を襲う最初の難関であり、その恐怖から逃れたい一心でよくわからず資本集めに走ってしまう気持ちは僕も痛いほど良く解る。

 でも、創業する以上は、それは耐えなければならない試練だ。資金繰りの問題というのは経営者が立ち向かうべき最も身近で最も重要な課題なのだから、それを一時的に退けたとしても正しく経営ができなければまたすぐ同じ問題と立ち向かわなくてはいけない。



■起業前「社長の仕事は金を稼ぐことだ」→起業後「社長の仕事は夢を与え、現実にし続けることだ」

 理念の話にも通じることだけど、会社の目的とはなんだろうか、ということを考える。

 会社の目的は?というと、すぐに「お金儲けだ」と思ってしまうが、本当にそうだろうか。

 社員全員が「お金儲け」のために働いているのだろうか?


 僕もサラリーマンだったときは、たとえば年に一回くらい、社長がみんなを集めて、「うちの会社の業績は・・・」などと得々と語り始め、「というわけで×年後には上場も夢じゃない」みたいな感じで結ぶときに白けた気分でそれを見ていたことをときどき思い出す。


 たいていの社員にとっては、自分の給料が上がったりするのでもない限り、会社全体の業績など基本的にはどうでもいいのだ。というか、業績が上がることが自分の生活にどんな影響を及ぼすのか、すぐに理解することはできないのだ。

 

 「上場して嬉しいのは見栄っ張りの部長と、株主の役員連中だけじゃん」


 と、思っていたし、実際、やっぱりどこか白けた空気が漂っていた。

 僕がサラリーマンをやめた理由のうちのひとつは、この「上場を目指すようになった」ことに反発を覚えたから、ということがある。


 「おれは別に社長を儲けさせるためにこの会社で働いてやってるんじゃない」


 と思って、どうせそういうことになるんなら、一人で働いた方がいい、と思ったわけだ。


 しかしいざ、自分で会社を作ってみると、立場が逆になった。すると、確かに上場した方が結局は会社のためになるのだ、ということが解って来た。

 しかし、なんのために会社を維持するのか、という疑問に立ち戻ると、やはり理念がなければ意味がない、ということに気づいた。



 会社が上場したことで即座に直接的に利益を得られるのは株主だ。株主の中でもとりわけ社長だ。



 だから社長が上場したい、と言うのは当たり前なのだ。

  

 しかしそのために社員にかなり難しい仕事を要求しなければならなくなるし、中には独りで会社の売上げの何割も稼ぐようなスタープレイヤーが生まれてくるだろう。

 このスタープレイヤーにどのような形でモチベーションを持ってもらうか。

 昔はストックオプションという方法が取られたが、いまは税制が変わったのであまりいい考えとは言えなくなっている。だから現物株を社員持株会の形で段階的に渡していく形式が多い。


 すると、結局のところ、「仕事のやりがい」というものに回帰されていくのだ。

 

 自分にしかできない仕事をやっている、と感じたり、自分の将来のために役立つことをいまやっている、と実感できたりしている限りは、社員は辞めようとは思わない。


 そのためには常に未来を具体的なかたちでイメージし、社員に夢を与え続けるのが経営者の最大の仕事であり、上場したり、利益をあげたりしてお金を儲けるのは、むしろ夢を与えるための手段である、と考える方がまっとうなのだ、と思うようになった。


 もちろん夢というのがずっと夢のままでは、いずれさめてしまうから、夢を与えた後、その夢を現実のものにしなければならない。完全に同じである必要はないが、夢見たことと同等以上の幸せを得ることが出来れば、その先の新しい夢をまた信じて頑張ろうという気持ちで全体がひとつになれる。



■起業前「社長はカッコイイ」→起業後「カッコイイのは一流の社長だけで、殆どの社長はカッコわるい」


僕は社長はカッコイイ、とはさすがに思っていなかったが、「カッコイイから」という理由で社長になる人は意外とあまりにも多くて驚く。だから追記する。


社長はカッコ良く見える。が、それは間違いだ。なぜ社長がカッコ良く見えるかといえば、そもそも社長をちゃんと続けることそのものがかなり難しいのだ。そういうことを乗り切った社長は、カッコ良く見えて当たり前である。


たいていの人は、社長になることはできても、社長で居続けることはできない。なにしろ5年で半分、10年で9割が廃業するのだ。つまり10人の創業社長がいたら、10年後に社長でいられるのは1人以下であるということだ。


10年で10%というのはあくまで「会社」の生存率であって社長の生存率ではないことに注意したい。つまり社長でいることは会社を10年継続するよりさらにずっと難しいのである。


実際、知り合いの経営者でも、創業社長でありながら早々に引退したり降格したり会社を追い出されたりした人はかなり沢山居る。


上場すると社長は追い出されやすくなる。株主の数が増えるのでちょっとしたミスで大きく叩かれることになるからだ。

たとえばドワンゴの川上さんですらも、社長であった時期は7年ほどで、上場する前に会長に引っ込んでしまった。実は彼は本当は会長ではなく副社長になりたがってた。それほどに、社長という地位を維持するのはしんどいのである。


一般に会長は社長より偉いと思われているが、会長というのはいわば天皇陛下で、社長というのは総理大臣だ。経営の実権と責任を持っているのはあくまで社長なのである。


だから孫正義はあれだけ偉くなっても社長のままなのだ。


従って、テレビに出たり雑誌に出たりする社長は、かなり社長歴が長い人間に限られ、それは要するにその時点で「一流の社長」なのである。


厳しいプレッシャーに耐え、ありとあらゆる困難に立ち向かって来た人間がカッコわるいわけがないのだ。


反対に、どれだけイケメンでも、ちゃんと会社を経営できてない社長はカッコわるい。

ちゃんと経営できてない、というのは、たとえば部下の尊敬や忠誠心を集められなかったり、顧客の信頼を得ることが出来なかったり、事業をなにひとつ成功させることができなかったりする人のことで、世の中に、無能な社長ほどみっともないものはない。


物見遊山で出かけている僕のような人間はともかく、IVSに来るような他の会社の社長というのは、みんな恐ろしく色気がある。僕ですら、いますぐ抱かれてもいい感じがする。


あるとき、知り合った女性に「昔つきあってた彼氏がIVSに行ってる」と聞いたことがあって、「どんな人?」と聞いたら「うーん、けっこうイケメンかな」と言われたのだが、いざIVSにでかけてみると、そもそもみんなそれぞれ凄くいい男ばっかりなので、「けっきょく誰なんだよ!」という感じがするのである。


反対に、誰も聞いたことが無いような会社の社長はカッコわるいぜ。

僕は良く飲み屋に行くんだけど、「こないだIT系の会社の社長だっていう人からすごく迫られてどうしようか悩んでる」というので、「どんな人?」と聞いたら名刺をくれた。


それが全く聞いたこともないような会社で、IT系っていうから当然知っているものだと思っていたから、ネットで検索したらその会社は既に解散していた。


モテない奴に限って、そういう肩書きで女の子の気を引こうとする傾向は強いが、そのやり方ではぜんぜん、女の子は騙せないことを知るべきだと思うね。


実際、名のある社長とそういう店に行っても、まあ滅多なことじゃ自分の正体を明かしたりしない。

当たり前だよね。だってバレたらいろいろと面倒だからさ。

一流の経営者というのは、いわば暴れん坊将軍みたいなもの。


「あーおれさー、トヨタの社長なんだよね」とか名乗ったら、逆にカッコわるいでしょ。

一流の社長は、そういうときにどう振る舞うべきか完璧に弁えてる。そういうのを端から見ていてやっぱりカッコイイと思うよ。


けど、友達でもそうなんだけど、ちょっと資本金だして会社作ったくらいで、合コンとかキャバクラとかで「オレ社長」とか名乗って気を引こうとしているのはマジでカッコわるい。



だってたいしたことないお金さえあれば誰でも社長になることだけは簡単にできるんだから。

リスクをとらず、プレッシャーもなく肩書きだけ社長をやったってカッコ良くはならないよね。

陸サーファーって感じで。



社長がカッコ良くなるためには、とにもかくにも一流の経営者になるしかないのだ。

う、なんかこれ僕が自分自身に言ってるみたいだな。



■起業前「社長の敵は商売敵だ」→起業後「社長の最大の敵は幸福感だ」

これも追記。

というのも、これはちょっと前にものすごくヤバいと思ったからだ。


会社が軌道に乗ってくると、零細企業であっても、社長の給料はいろいろなことを見込んでかなり高くなる。


僕は創業以来、脇目もふらず、ガムシャラにやってきた。

給料の1/3しか使わないようにして、残ったお金を貯金してまた会社に投資(出資)するということをずっと繰り返して来た。

ちなみに1/3は税金になってしまうから、給料の1/3しか投資できない。


それでもあるとき、「これ以上、自社の株を買ってもしょうがない」というところまで達していて、しかも会社が育って、基本的な業務は僕なしでもこなせるようになってきて、そのうえ預金を見たら、新車が一台買えるくらいのお金が余っていた。


僕は創業したとき、一文無しだったにも関わらず、自分にプレッシャーを与えたかったのと、やる気を出そうと思って、300万円の中古車をフルローンで買った。必ず事業を成功させて払いきるぞ、という意気込みもあったんだけど、いわばこの五年ローンを返すのがひとつの目標だった。


それでめでたくローンも完済し、ただ愛着の湧いてしまったクルマに乗り続けていたら、いつのまにか新車が買えるくらい貯金ができていた。


このときの僕の幸福感がやばかった。

もうなにもしてなくてもニヤニヤしてしまう。

ずっとソワソワ、どんなクルマを買うか、一日中考えてしまう。仕事なんかもちろん手に付かない。


しかも、なんだか知らないけど、そういう時に限って、急激にモテ始めた。


まあ結局、そんなにモテるとどれもうまくいかないというのが常なんだけど、とにかく軌道に乗るとヤバい、ということが解った。


だって日中はクルマのこと考えて、夜は女の人のこと考えてたら、いつ仕事すんだよって感じでしょ?

しかも、仕事もなんかものすごくやりがいのある、興奮して毎日眠れないような仕事ばかりしていた。


それでさらに悪いことに、社員ってのは、みんな頭がいいから、僕がボケーっとしてるのがすぐ解っちゃうんだよね。


なんか社員の心もちょっと離れていってしまった。

そのとき、すごく冷や水をぶっかけられたみたいに思って、「これじゃイカン」と思った。

社長の仕事は夢を見せ続けること、だとすれば、僕が小さい夢を見てたらだめなんだ。


新車買って女の子にモテモテ、なんていう、ボンボンの大学生みたいに小さいレベルで満足したらいけない。



こないだ、某大手出版グループのS会長と夕飯を食べたときに、ひどく叱責された。


 「清水君ね、まあ川上さんとはいろいろあったかもしらんけど、彼のふるまいを見習うといいよ。彼はね、10億の時の友達と、100億のときの友達は違うんだよ。それから500億のときもね。そういうふうに、つきあう相手を変えていかないといけない。貴方自身がどんどん変わっていかないと、会社は成長しませんよ」


仕事をバリバリしたい、と思うときは、社長はとりわけ、なんかすごいコンプレックスを感じた時だ。

先日、面談でも入社二年目の社員にこう言われた。



 「清水さん、一時期、ちょっとギラギラしなくなったじゃないですか。あれでおれ、ちょっと会社やめようかと思ったんですよね。でもしばらくしたらまたギラギラしてきて、いまはぜんぜん、いいと思いますけど」



社長の敵は満足感や幸福感なのだ。

幸福を感じることにむしろ罪悪感さえ感じるくらいがちょうどいいのかもしれない。


振り返ってみると、たしかに大企業をつくった創業者は、みんな恐ろしいほど強いコンプレックスを持っていた。


ある社長は200億の豪邸を建てた時のパーティで僕にこういった。



 「おれは嫌われ者だからな。家くらい立派にしないと悔しくてまともに眠れない。もっと金持ちになってやらないと気が済まない」



とあるゲーム会社の伝説的な創業者もこう言ったらしい。



 「なんでうちの会社にはポケモンがないんじゃー!!!」



社長にとって強欲は力、なのかもしれない。


いま、いろいろあって僕はギラギラしてきてるので、ある意味で救われたと思う。

そういうときに、確かにつきあう人間が変わるか、その相手と一緒に成長するか、自分が彼らを出し抜いてとっとと次のステージに行くかするしかない。


■まとめ

 とはいえ僕は、若い人が会社を作ってみることはどんどんやってみるべきだと思っている。

 若い人から会社を作りたいんだと相談されるのは好きだし、実際、若い人の会社に出資したりアドバイスしたりもしている。


 会社を作ってみて理想と現実のギャップに苦しんでみるのがいい。

 そうやって得た経験は、実は非常に強い経験となって、たとえ奮闘虚しく廃業の憂き目にあったとしても、黄金のような経験をベースに他の会社で働けばいいのだ。そのときは必ず起業の経験が役に立つのである。


 たとえば僕の会社の主要なメンバーは、もともとドワンゴの同僚だったけど、それぞれ三人が別々の会社を作った。

 三人が別々に会社を経営して、三人がバラバラにやっていたけど、あるときこのやり方ではそこそこ上手く言っても大きく成功することは難しいということに気づいた。

 そこで三人で少しずつ話し合って、会社を統合していった。そうなってから初めて、会社が軌道に乗ったのである。

 

 起業を経験したメンバーは、頼りになる存在だ。起業しないと見えないことは決して少なくないからだ。

 逆にPFIの太田君のように、うちの会社をやめて自分の会社を作ったケースもある。


 そういうことは、どんどんやっていったらいいと思う。

 ただ、借金にだけは気をつけないと、コケたときの代償がでかすぎる。


 矛盾するようだけど、起業するのにリスクはなるべく負わない方がいい。

 リスクが大きいと失望の方が大きくなって上手くいかなくなるケースがある。


 あとから僕が幸運だったな、と思ったのは、起業するときに僕は貯金を一円も持っていなかったことだ。全くのゼロからのスタートだから、リスクがなかった。仮に1000万円くらい貯金してから起業していたら、創業期にどんどん目減りする貯金に胃をキリキリさせ、参ってしまったことだろう。1000万貯金するのに10年も掛けていたらなおのことだ。


 コツコツ貯金するタイプの人は、根本的に起業には向いていないと思う。結婚には向いてる。


 社長になってまず最初に身につけるべきは、精神的なタフさだ。

 創業期の社長は常に矢面に立たされることになる。どんな罵詈雑言もどんな危機も、ニヤリと笑って切り抜けるようなタフさが必要になる。


 それを乗り越えることが出来たら、たとえ会社を畳んでしまったとしてもどこに行っても通用する一流の人間になることができる。


 そういうわけで、僕は以前よりもわかいひとが起業することに対してポジティブになっている。

 いまは起業に失敗しても首をくくらなくていい時代だ。


 どんどん起業してポジティブに失敗するべきだろう。

 どうせ90%はつぶれるのだ。

 ダメでもともと。

 うまくいったら儲けもん。


 そのくらいのノリで起業してもいいと思う。