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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2011-02-09

腕に覚えのある少年プログラマー達よ、秋葉原に来たれ!! 君はもう一人じゃない 09:19

最近、#givemacの影響もあるのか、いろんな若者と出会う機会が増えたんだよね。


それも、ビックリするくらいみんな賢くて優秀で真面目なんだ。


さらに非常に興味深いな、と思ったのは、彼らは等しく激しい孤独を感じているということ。


彼らがなぜ孤独なのかと言えば、周囲が誰も彼の所業を理解できないからだ。



人間の世界は狭い。

特に、10代の少年にとって、世界はとても狭い。


どれだけネットが発達しようが、少年達にとって、世界とは、家と、学校と、その近所に制約される。


僕はここ数年、良く「コンピュータの投稿雑誌が無くなってしまってから、天才少年が発見しにくくなった」と思っていた。



たとえば、最後の投稿誌(と勝手に思っている)月刊I/O別冊コンピュータファンの編集部に居た頃、中学生だった頃の登大遊さん(現ソフトイーサ社長)や、高校生だった竹村伸太郎(TAOS)さんの投稿を精読し、日本にはまだまだ面白い連中がいるものだわい、と思っていたら、彼らは21世紀になってサクッと未踏のスーパークリエイターになっていた。


しかし、僕が観測できた「若くて才能溢れる若者」というのは、登さんが最後で、そのあとはネットに移行した。



雑誌の編集に関わっていると・・・と言っても、僕は「編集」をしていたわけでなく、編集部で丁稚をしていただけだが・・・投稿者それぞれの持っている才能がどれほど希有なものか痛いほど解る。



先日、うちにバイトで入ったある東大の一年生はこんなことを言っていた。



 「東大に入れば、もっと凄い奴が沢山いると思ったんですけど、みんな勉強しか能がない奴らばっかでつまんないんですよ」



また、別の東大生アルバイトは、こんなことを言っていた。



 「趣味は家で独り、プログラムを書くことです。学校にはあんまり行ってないかな」


 「家で一人?誰にも見せないの?」


 「はい。誰にも見せません」


 「なんで?」


 「見せてもどうせ解らないから。ネットでちょこちょこ公開したりはしていますが」



そして昨日は慶應高校の三年生と話をすると、やはり同じようなことを言っていた。



 「このゲーム、僕にしか遊べないって言われるんですよ」



やはり、というか、なんというか、なにかを極めようとしている天才的な素質、才能を持った少年達は今の時代も確実に居るのだ。


しかしネットの時代になって彼らを発見しにくくなった理由は、ひとつには彼らを教導する仕組みが消失してしまっていることにあるのかもしれない。



教導する仕組み、というのは、僕が思うのはひとつは雑誌のことだ。


僕は高校生の頃、コンピュータファンで月刊連載をやりながら、ときたま単発記事も書いて小遣いを稼いでいた。


当時はひとつの記事が10万円くらいの原稿料になるなんてざらで、僕はヒマにあかせて記事を書きまくっていたから、一部上場企業の平社員だった親父より収入があったくらいだ。


大学時代の生活費の殆どは、原稿料から賄っていた。


高校時代は原稿料は貯まったものの、ぜんぜん使わなかった。

お金を貰えることが大切だったのではないと後で気づいた。


自分の考えやプログラムに対して、第三者が評価し、矯正してくれることが大事だったのだ。


僕が高校一年生の冬に書いた最初の原稿は、目も当てられないほど酷い内容だった。

あまりに酷い内容で、ページ数にして30ページ分はあった。


それが初投稿で、掲載されたのは10ページに圧縮されていて、しかも僕が僕なりに推敲を重ねた文章は、90%がた破棄されていて、それっぽいオトナの文章に書き変わっていた。



今でも直視できないくらいひどい原稿だったけど、とにかくそれが最初だった。

原稿を直されるのが悔しくて、どうすれば直されない原稿を最初から書けるのか苦心した。



いま、こんなに長いブログを書けるようになったのは、当時の研鑽の賜物である。


しかし、それ以上に、僕の文章はもちろん、プログラミングの方向性や、作品の見せ方、そもそもどんなプログラムを書けば掲載されるのか、といったことを総て教導してくれた、編集部の指導がなければ、今の自分はあり得なかったと思う。



原稿料は、僕の書いたプログラムと原稿に対するスコアだ、と認識していたのだ。

その結果、僕は孤独をほとんど感じることなく大学に進学し、仕事をさらに発展させることができた。



投稿誌という存在が消失した今、同じ役割を果たせるものは実は極めて少ない。


後にPFI(はてなブックマークの関連エントリやTogetterの関連エントリのエンジンを開発している)を立ち上げる太田君が東大一年生の時にうちにやってきて、こんなことを言った。



 「ここで修行させて下さい」



けれども高校生にして既に世界的なオープンソースコミュニティのコミッターであった彼の経歴は、大学一年生にしてあまりに立派だったので、僕はこう言った。



 「いや、君がうちで学べることなんてほとんどないと思うよ」



 「そんなことないです。お役に立ちますから働かせて下さい」



 「じゃあバイト代いらないの?」



 「それはください」



太田君とその友達というのは、言わば新世代の天才少年たちだった。


彼らは雑誌になにかを投稿して評価してもらう代わりに、オープンソースコミュニティに所属したり、世界的なプログラミングテクニックコンテストに出場したりして腕を磨いていた。


しかしそれとて、天才の孤独という渇きを癒すための遊びに過ぎなかったのだろう。




太田君のすごさを一言で説明するのは難しいが、たとえば彼はGoogleの米国本社から誘われていたにも関わらず、それを断ってUEIでアルバイトを続け、その後、独自の検索エンジンを開発した東大の先輩である西川徹さんとともにプリファードインフラストラクチャー社(PFI)を立ち上げ、CTOに就任した。


東大の大学院時代、シカゴ大学でCPUコアを16万個も持つという世界最高速のスーパーコンピュータ"Blue Gene"用のファイルシステムの開発に携わり、日本に戻って東大を辞めた。



また、別の東大生は、UEIで働くためにこの春から東大を一年休学することにした。

彼のご両親から恨まれるか・・・と思ったが、その予想とは裏腹においしい洋菓子と立派なお手紙を貰った。


少なくとも彼は、10代最後の年を東大で一年過ごすよりも、UEIで刺激に満ちた経験をしたほうが良いと判断してくれたのだろう。僕はその想いに答えなければ成らない。




太田君の不幸は、彼と同年代の天才が、当時のUEIにそれほど居なかったことだ。

まだ20人くらいの規模でしかなかったUEIにとって、天才少年を一人養うのが精一杯だった。

その後僕は、彼が全く出社しない間も給料を払い続けた。

仕事をしようがしまいがどちらでもいい。

彼はなにかやってくれる、と思っていた。そして彼は成し遂げた。PFIという、日本発の超高速検索エンジンベンチャーの起業という大事業を。


今は医療分野で広く活用されているらしい。


今、UEIはアルバイトを含めると80人規模の大所帯だ。

利益に何ら貢献しない研究員としてのアルバイトを4,5人雇っても平気だ。

なあに、金がなくなったら僕の給料を減らせばいい。


それでか、タイミング的にいろんな若い才能が集まって来た。

彼らの振る舞いはみているだけで面白い。




孤独な若き才能をコンテストで試すのもいい。

コンテストは確かに面白いが、あまり渇きが癒えるものではない。

絶対的な基準ではなく相対的な基準だからだ。


例えば僕は、「絶対に読者アンケートで上位三位に入る原稿」は書く前から判別できる。はてなブックマーク数もだいたいいつも予想できる。


けれども、「コンテストで絶対に優勝できるプログラム」だけは解らない。


いろんなコンテストの審査員もしているけど、自分が審査しているコンテストですら、誰が優勝するのか予想もできない。


それがコンテストの難しいところなのだ。




そしてコンテストでたとえ優勝したとしても、また優勝を逃してしまったとしても、優れた才能は等しく評価されなければならないと思うのだけど、実際にはそうなっていない。



投稿誌にはコミュニティがあって、たまに投稿者を何人か集めて座談会を開いたりして横のつながりを作った。



そういうところで自分と同等の才能を持ち合わせた仲間達と議論や意見を闘わせ、ライバルとしてお互いを意識しながら励むプログラミングというのは、コンテストとはまた違った不思議な連帯感がある。



僕は彼らを「戦友」だと思っている。



今でもときどき、彼らと連絡をとりあい、酒を飲むことがある。

一緒に仕事をしていたわけでもなく、ましてや投稿者同士というのは、狭い誌面を奪い合う、いわばライバルだ。しかし、本気で殴り合っていたからこそ、他の誰よりも深く相手を理解できる。



例えばWinnyの開発者の金子勇さんや、いまやどのケータイにも入っているゼンリンの電子地図を開発した日向野保夫さん、超リアルな物理シミュレーションと3Dグラフィックスを作ったシリコンスタジオの永谷さんに、glclockを開発し、世界に先駆けてPaul Debevecの理論をリアルタイム実装した川瀬さん、ibisブラウザを開発した神谷英治さんは、そうした戦友達だ。





もちろん、世の中は広いから、たかが一冊の雑誌の投稿者のコミュニティ、なんていうのはカエルの棲む井戸のひとつでしかない。


しかしそれでも、同年代で、自分たちと同じレベルの腕をもった仲間達と出会い、互いを意識しながら腕を磨いた時間というのは、僕にとって紛れもなく、かけがえの無い青春の時間だった。



そこで思ったのは、今の時代、僕にもなにかできないか、ということだ。


高校生の僕を一所懸命育ててくれたのは、まだ26歳だったコンピュータファン編集長のtamo2さんだった。


僕はもう34歳。

僕もなにか若い人たちを直接指導し、育てるべき時期なのかもしれない。



いま、うちの会社には変な若者、面白い若者がいっぱい来ている。


しかし、もっと来たらもっと面白いだろう。


僕が22歳のとき、まだ40人しかいなかったドワンゴには、千野裕司、恋塚昭彦、alty、tarbo、モーレツ、みずのん、布留川英一といった、蒼々たる天才達が居た。さらに、その下にはハムゾー、スズナ、早川健、ゲンさん、江口君、須藤君、伴龍一朗といった才気あふれる若者がいた。


彼らの誰もが、一騎当千のエンジニア、すなわち、一人月で1000人月ぶんの・・・は、大袈裟としても、少なくとも10倍くらいの効率でプログラムを書けるエンジニアだった。


僕はそういう状況を見て、常々「これは本当に、奇跡みたいな会社だ」と言った。

誰もが自分の出身校や出身会社ではブッチギリの一番であり、つまり学校に必ず独りはいる「ぶっ飛び過ぎてて話についていけないくらいに凄腕のマニア」だけが当時のドワンゴに集まっていた。


僕が長い放浪生活をやめてしばらくドワンゴに腰を落ち着けてみようと思ったのも、要はこれだけ魅力的な仲間が居たからだ。いまでも彼らのことは大好きだ。


その後、千野、恋塚、tarboはその後、ニコニコ動画を創り、モーレツは電脳空間カウボーイズのリーダー、シン石丸に、みずのんと僕は未踏のスーパークリエイターに、布留川英一はベストセラーを多数持つ売れっ子のテクニカルライターになった。ハムゾーは今や100人の部下を持ち、伴龍一朗はニコニコ企画部長になっている。ゲンさんは子会社のCELLで30歳の若さでシステム部長になった。



当時、僕とtarboは同年代で良きライバルであり、みずのんは僕の高校時代の投稿を実はリアルタイムで読んでいて、「こいつにだけは負けない」と密かにメラメラとなにかを燃やしていたらしい。



そういう空気がまた、いまうちの会社に流れ初めている。


今度は僕は一線で働くプレイヤーとしてではなく、それをコートの外から眺め、指導する監督としての立場で、さまざまな才能を持った若者が、孤独を埋めるために会社に集まって来ている。




いまうちに来ている若者達は本当に面白い。

少なくともそれぞれの高校でブッチギリにコンピュータに詳しく、プログラミングの腕を持て余していたような連中がゴロゴロいる。



だから働けとは言わない。

コンピュータが好きでたまらない都内在住の若者が居たら、年齢も問わない。


君たちが好きなことをして、それが面白いものだと思えたら、僕が買おう。

面白くないと思ったら、どこをどうすれば面白くなるのか、指導しよう。


なにをしたらいいのか解らなかったら、テーマを与えよう。

都内近郊に住んでる保護者の同意を得た高校生や、大学生については、会社まで遊びに来てくれれば仕事をしなくても時給1200円以上のアルバイト代を払うことにしよう。



家でこもって一人でプログラムを書いていては、せっかくの腕がなまってしまう。

これはあまりに勿体ない。


うちの会社には、君たちと同じ悩みをもった若者達がいる。

そうした仲間達と自分たちを研鑽し、高め合う場を、僕は提供しよう。

君専用のMacBookを貸し与えよう。それにWIndows7を入れようが、Ubuntuを入れようが自由に使って家や学校に持ち歩いてもいい。



もちろんこれは慈善事業じゃない。

そうすることが僕は会社にとって利益を最大化し、新しい発明を生み出す起爆剤になると思っているのだ。


その成果を、たとえば僕のブログで紹介したり、または会社の製品として発売したりして、どんどん世に出していこう。



いま、僕の会社、UEIはそうした若者をこれまでにないくらい貪欲に欲している。


僕がドワンゴでケータイ電話の事業を立ち上げたのも、もともとはヒマでヒマで仕方が無くてたまたまケータイで遊んでいたら、商売になってしまったからだ。


だからお金になるかどうか、僕が言った通りに働くかどうか、は、まったく考えなくていい。

自分で思ったものを思ったように作って良い。


しかしアドバイスはきちんとする。

春休みの間だけでも、夏休みの間だけでもいい。

UEIはみんなの大好きな秋葉原の端っこにある。


最先端の機器や、ブログでは紹介することができない大手メーカーの極秘の新製品などもころがっている。UEIにくれば、そうした最先端の機器に実際に触れることもできる。


もし欲しいけど買えないような高価な機材やオモチャがあれば相談してくれ。

予算に限りはあるが、できるだけ希望に沿えるようにしようじゃないか。


経験豊富な先輩達も大勢居る。

AndroidiPhoneJavaScriptやFlashのActionScriptはもちろん、機械語C言語、それにもちろん3Dプログラミングに精通した先輩達と熱い議論を闘わせてみよう。


賢く手強い仲間達と、人狼ゲームや、ディプロマシーをやろう。



君の腕をとんがった仲間と一緒に磨いてみないか?

腕に覚えのある少年プログラマー達よ、秋葉原に来たれ!


応募は以下から

https://www.uei.co.jp/action/recruit_inquiry/