2012-01-19
■ギョーカイ人はなぜ「○○ちゃん」と相手を呼ぶのか?その意外な理由
いわゆる「ギョーカイ人」は謎が多い。
まず、「ギョーカイ」ってのはどこなのか。
そもそも社会人なら誰もがなんらかの「業界」に属しているものではないのか。
むかしむかし、僕が先生と呼ばれていた頃、生徒さんの一人が「なんとしても業界に入りたいです」と熱弁していて、吹き出したことがある。
もちろんこのとき彼が言っていた「業界」は「ゲーム業界」のことだったのだが、そんなの説明されなきゃわからないのだ。
それはそうと、いわゆる「ギョーカイ」とは、芸能関係のことを指すのが普通だろう。
高校生とかが「ギョーカイ人」と言うとき指すのは、とりわけ、テレビやラジオのプロデューサー、ディレクター、ADといった構造を意味する。これに映画や広告代理店、もしかすると雑誌や音楽プロデューサーなんかも加わって、なんとなく「ギョーカイ」の全体像が出てくる。
本当は広告代理店は広告業界、音楽プロデューサーは音楽出版業界、テレビ局はテレビ業界に属していて、ビジネスモデルも目的もぜんぜん違うのだけど、このへんが主にいわゆる「芸能人」を媒介として渾然一体となって織りなしているのがいわゆる「ギョーカイ」であり、それはどこにもあるようでどこにもない、という不思議な存在に感じられる。少なくともその「ギョーカイ」の外に居る人間としては。
ただ、東京に暮らしていると知人の何人かはいわゆる「ギョーカイ」のあちこちに居て、僕もまあ深夜の単発番組をプロデュース*1させてもらったり、社員にM1出場経験者が居たり現役の放送作家が居たりと、ギョーカイ周辺をチョロチョロ動き回っているので「ギョーカイ」にまるで疎いわけでもない。
あるとき、ちょっとしたTVCMキャンペーンの企画を手伝うことになって、弱小広告代理店のブレーンというか、まあ用心棒としてチームに参加したことがある。
そのときの体験がいわゆる「ギョーカイ」って奴を肌で体験した最初のものだった。
「清水さん、今回のクライアントはケータイ業界だから僕たちにはぜんぜん解んないんだよね。ちょっといっちょ噛みしてよ」
当時ヒマを持て余していた僕は、軽い気持ちで引受けたんだけど、さあ企画会議だってんで東京湾を見下ろす某ビルヂング*2の会議室に通されたとたん、数秒前まで「清水さん」と僕を読んでいた長年の知己である企画マンはこう言った。
「ハイ注目!この人が今回の用心棒、シミちゃん。はいシミちゃん挨拶して」
おいおいいきなり「ちゃん」付けかよ、と驚いた。しかしもっと驚いたのはそこに居た人たちの反応だ。
「ちぃーす、シミちゃん。よろ」
誰だよ君たち。
チーマーか。
なんだその慣れ慣れしさは。
それがまともな社会人が初対面の相手に対してやることか
面食らったのは間違いない。
ちょっと余談になるけどプレゼンの当日、なぜ僕が「用心棒」と呼ばれていたのか解った。
プレゼン会場に通されると、知った顔が座っていたのだ。
「あれー?清水さんなにしてんの?」
「なにもしてないよ。君こそなにしてんの?」
「おれこの会社の役員なんだよね」
「それは知らなかったなあ。おめでとう」
「そっか、ここは清水さんいるのかー。なら安心だなあ」
その一言で、我々チームは電通や博報堂、東急エージェンシーといった強豪代理店を向こうにまわしてあっさりとウン億円って仕事をもぎ取ったのだけど、なるほど用心棒だ、と思った。企画の内容はほとんど関係なかったんじゃないかな。どうせ頼むなら知ってる顔に頼みたいのが人情というものだ。
広告代理店でコネ入社が重視されるわけである。
その後、テレビ番組にも出たし、制作にも何度か関わったり、今でも月に何回かは電通に通っているんだけど、あんまり「ギョーカイ」っぽい喋り方する人には会ったことがない。
そう思ってたんだけど・・・。
その日、僕は六本木のバーで薄い水割りをやっていた。
そうそう。僕の友達はアイドルオタクが多い。
アイドルオタクと言っても、ドラマの「電車男」に出てくるような中途半端なやつじゃない。
アイドルが好きすぎてアイドル雑誌の編集者になったり、プロのカメラマンになったり、タレントのマネージャーになったり・・・もう病気って言っていいレベルの重度のアイドリアンが僕の身の回りにはなぜか多い。
彼らはなにか僕に同じ匂いを嗅ぎ付けてやってくるのだろうか。
僕もアイドルは好きな方だが、とても人生をアイドルに捧げるようなことはできない。
しかし某大手出版社のお偉いさんが、実は有名大学のアイドル研究会の創始者だったりとか、アイドリアンシンジケートはばかにできない。
その日は、まあやっぱり病的にアイドルが好きすぎて東証一部上場企業の役員を辞めてタレント事務所の経営に乗り出した変わり者と飲んでいた。彼とは良く飲む。
高校時代からレコード会社に足しげく通い、名門高校なのに同級生が軒並み東大に進学するなか、敢えて二流私大に進学して勉強しない時間を全てアイドルに捧げるという知能犯だった。
僕と年は少し離れているんだけど、それくらいの人のほうが友達としてはちょうどいい。
「ねえ、なんかギョーカイ人って○○ちゃんって呼ぶじゃん。あれって気持ち悪いよね」
すると彼は意外なことを言った。
「あれはねー、ギョーカイ人が上下関係をなくすために導入した呼び方なんだよ」
「え、そうなの?」
「○○ちゃん、って言うとさ、上下関係ないじゃん。男女も関係なくなるし。遠い関係の人でも、滅多に会わなくても、親しみを持って聞こえる。そういうところが、実は意外とけっこう、大事なのよ。清水ちゃん」
「よせやい、僕のこと清水ちゃんなんて呼んだことないじゃん」
「そりゃギョーカイの人じゃないからね」
「そりゃそうだな。つまり○○ちゃんってのは、承認でもあるわけか。"ボクは君をギョーカイ人として扱ってるよ"っていう」
「そうかもね。あと、もっと親しくなると逆にして呼んだりするよね。"ちゃんシミ"とか」
「さん付けすることはないの?」
「それはスポンサーとか、外部の人とかはさん付けするんじゃないかな」
「てことは○○さん→○○ちゃん→ちゃん○○という順にギョーカイに深くなって行くわけか」
「あと○○選手ってのもあるね。これも年齢とか性別とかを無くす呼び方。だけどやや下に見てる感じかな。清水選手、とか」
「選手ねえ。確かにADはそう呼ばれてるの見たことあるな」
つまり、ちゃん付けは「ギョーカイ」の内と外をわけるキーワードらしいのだ。
その意味では確かに僕がギョーカイの内側に居た、つまり広告代理店における広告企画の仕事をしたのは一回こっきりだから、それ以来、シミちゃんと呼ばれないのは道理かもしれない。
「まあでもね、本当に仲がいい人は普通にさん付けで呼ぶよ」
「あれ?そこで戻っちゃうの?」
「ギョーカイ人としての関係性、じゃなくて人と人との関係性、だったらそれはそれで呼び方変わるじゃん。だから僕は君を清水さんと呼ぶことにしてるしね」
「なるほどねえ」
テレビにしろ広告にしろ、いわゆるギョーカイにはアドホックなその場限りの関係が多い。
必要に応じてチームが招集されて、バババッと仕事して、はいお疲れ、で別れる。
今回タレントさんはこの人、カメラマンはこの先生、で、仕切りは電通、局はCX、作家さんは吉本興業、制作会社はスウィッシュ、とかなんとか。
仕事を繰り返していると、同じ顔が出て来たり、出てこなかったりする。
一緒に仕事をしたことがあっても忘れてることもよくある。
だからこそ、その場のアドホックな関係性としての「○○ちゃん」が必要とされるのだろうか。
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