2012-07-15
■若人へ
たまに「こいつは期待の若者なんですよ」と若人を紹介される。
だいたい歳の頃は二十歳前後、海外の超一流大学に通っていたり、起業していたり、ImagineCapで入賞していたり、まあその背景は様々だが、そういう若者に期待をかけたい人の気持ちは良くわかる。
昨夜もそんな夜だった。
全く無関係な場所で、心の師匠である水口哲也について話をしていたら、当の水口哲也から電話が掛かって来た。
水口さんはいつも不意に電話をかけてくる。「飲んでるから今からおいでよ」という日もある。昨夜がそうだった。
「店の名前教えてくれればググって行きますよ」と言うと、「ここネットには載ってない店なんだよなあ」と返された。
彼が酒を飲むのは、たいていそういう店だ。
仕方がないので近くまで来たら電話して迎えに来てもらうことになった。
店に入ると数人のギョーカイもバラバラな、しかし知らない相手でもない人たちが囲炉裏を囲んでいた。
ほぼ貸し切り状態。
その日三度目となる夕食を僕は適当に楽しんでいた。こういう付き合いを続けていると、珍しいことでもない。
するとGoogleの某さんが若者を連れて来た。つるんとした肌にぼやけた瞳。「こいつ今僕のイチオシなんですよ」
できるだけ厳しいこと言う人に話をしてもらえ、ということでなぜか僕の隣に来た。
話を聞くと、アイビーリーグに留学してコンピュータサイエンスを学んでいるのだと言う。
ご立派なことだ。
アイビーリーグとは、日本ではあまり知られていないが、アメリカ東海岸の超エリートだけが通うことを許されるごく限られた大学、つまりハーバード、コロンビア、ブラウン、イエール、コーネル、ダートマス、プリンストン、ペンシルバニアの八大学を意味する。
ノーベル賞学者や大統領を多数輩出した世界屈指の名門校でもある。
そりゃあ確かに凄い。
そのうえ、彼はマジシャンなのだという。
その場でマジックをひとつ披露してもらった。
僕はマジックは見慣れているのでタネはすぐに解ったが、なかなかの腕前だ。聞けば、世界屈指のマジシャン(もちろんマジックマニアの僕は知っているが、日本のテレビにも何度も出たことのある有名マジシャンだ)の付き人のようなことをして奨学金では賄えない生活費を稼いでいるのだと言う。
ハキハキと淀みなくしゃべり、知性も教養も感じさせる。なるほど、イチオシの若者、と言いたくなる気持ちは解る。
業界の大物とのつながりもあり、なにしろたまに日本に帰って来た時に、こういう場に呼ばれて座っていることが、彼がただ者ではない証だろう。
好ましい少年だと思って話をうんうんと聞いていたのだけど、ふと何か心にひっかかるものを感じた。
最初は彼が高校生を集めてなにか勉強を教えるイベントを仕掛けているのだという話だった。
彼はまだ二十歳だ。なぜ他人の心配をしなければならないのだろう。ということだった。
次は「コンピュータサイエンスの研究者になりたいんです」という言葉だった。
その違和感は次第に大きくなり、ついに僕の口から不意にこんな言葉が出た。
「君、なにか危うくないか」
すると彼は一瞬ドキッとした表情を見せ、それからマジシャンらしいポーカーフェイスに戻って言葉を止めた。
「なぜ僕が危ういと思うんですか」
「本当にコンピュータサイエンスの研究者になりたいのかな」
「え、どうしてそう思いますか」
「君からはコードの匂いがしない」
実は、と彼は語り始めた。もともとはコンピュータサイエンスとは無関係な別の学科に通っていたのだけど、途中からコンピュータサイエンスに興味が出て、学科を変更した。実はプログラミングの経験は殆どないのだ、と。
僕は6歳の時にコンピュータに魂を売った人間だから、正直、コンピュータに興味がない人生を歩んで来た人のことは解らない。
それでも、こんな若者はいままでうんざりするほど見て来た。そして彼らは周囲の期待に耐えられないのか、または実力の何倍も肥大化してしまった自意識を抱えきれなくなて自滅して行った。結果的に、僕がそのようにして紹介された「期待の若人」が期待通り何がしかの成果を成し遂げたことは、実のところただの一度もないのだった。
そしてこんなふうに「識者」からそうした若者を紹介されるたびに、いままで違和感を感じても言葉を飲み込んだこともある。
しかし言葉を飲み込んでも、飲み込まなくても、なにも変わらなかった。
だから僕は今感じている通りのことを彼に言ってみることにした。
若いうちは、何かをしようとしただけでちやほやされる。
けど、それは君がなにか凄い人間だからじゃない。若い人にはみんな期待したがるんだ。
ひとつの問題点は、学生は自活してないということだ。
彼の場合は生活費を自分で稼いでいるが、とはいえ普段接しているのは超一流マジシャンの客、つまり一国の宰相や、側近、大企業のVIPなどだ。
そういう人間と身近に接していると、すぐに距離感を見失ってしまう。
まるで親戚のおじさんのように、まるで自分の学校の先生と話すように、いつのまにか自分も偉くなったような錯覚を感じるのだ。
数学の教科書に書いてあることは全て真実だと思って良い。なぜなら、数学とは人間が想像力によって創りだした学問だからだ。
しかし、数学の教科書に書いてある内容を「読める」のと「理解する」ことには大きな隔たりがある。
VIPと普段接する仕事でこの点を見誤ると一流にはなれない。
彼らからなにか新しい知識や知見を得ようとすると失敗する。既にVIPになってしまった人間はもはや自分がどうしてVIPになったのか、客観的には理解できていないことが多い。
VIPとの会話は、自己啓発本と同じようなものだ。
自分の中にまず信念を置いて、そうした会話の中では、その信念が間違っていないかどうか、それを確認するだけでいい。
自分の中に信念がないままVIPと接すると、相手の言葉で簡単に考えが変わってしまう。
しかも悪いことに、自分の考えが簡単に変わってしまっているということに本人自身が気づかない。
中身が空っぽのおりこうさん一丁上がり。
昔、実際にいたクライアントで、「ラグナロクオンラインのチャット空間的楽しさと、ディアブロの操作の簡潔さとモンスターハンターの戦闘システム、ストリートファイター2のような戦闘における駆け引きがありつつレバガチャでもなんとかなる感じとファイナルファンタジーXIのような奥深いジョブシステムをあわせたゲームを作ってくれ」と言われて悶絶した記憶がある。
ラグナロクオンラインのようにするにはFFXIのようなジョブシステムはあわないし、モンハンのようにジョブによる闘い方がハッキリわかれるゲームで、スト2のようなキャラごとに必殺技があるようなものを実現するのは不可能だ。しかもディアブロとモンハンでは何もかも違う。パッチワークで「良いゲーム」を理解するとこういうわけのわからない注文になってしまう。案の定、そのゲームは完成しなかった。そのプロデューサーがいまどこでなにをしてるのか、ゲーム業界に残っているのか知らないが、クライアントでこれに関わった人は全て退職することになった。まさに呪われたプロジェクトである。
また料理に例えると解りやすいかも知れない。「しゃぶしゃぶとポン酢のさっぱりした美味しさとカレーライスのこってりスパイしーな感覚をひとつの料理にしよう」カレーもしゃぶしゃぶも個別では美味しいが、混ぜたらただのカレー鍋になってしまう。そこにはもうしゃぶしゃぶとポン酢のさっぱり感はないし、カレーライスのもりもり感もなくなってしまう。
フレンチの世界ではマリアージュという重要な概念がある。
マリアージュは、料理とワインが超絶的なバランスで調和することを意味する。例えば、生牡蠣にはシャブリという白ワインが合うことが良く知られているが、高級なシャブリでは却って生牡蠣の生臭さを際立たせてしまう。
そこで生牡蠣に合わせるシャブリは、格下のものを使うのが正しいマリアージュなのだという。詳しくは神の雫を参照のこと。
ゲームもまた然り。
人生もまた然りではないかと思う。
駆け出しの創作者がまさによく犯す間違いが、この「過剰なミックスイン」だと思う。沢山の材料を調和のとれたバランスで調理するには相当な訓練が必要だ。駆け出しの人間がいきなりそれに挑戦するとわけがわからないことになってしまう。ましてやそれが人生だとしたらどうだろう。
自己啓発本を読むのはかまわないが、発言が自己啓発本のパッチワークのようになっている人を僕は「危うい」と感じる。
基本的にそういう人には近づかないようにしているが、ここで会ったのも何かの縁。とりあえず僕が二十歳の時に大きな影響を受けた師匠の言葉を繰り返すことにした。
- まず、10年後、30歳の自分をできるだけリアルに想像しなさい。
- そのとき自分は少なくとも今自分から見える30歳前後の大人のうち、誰のようになっていたいか考えなさい
- そのためにはどんな努力をしなければならないか、明日からできることを具体的に考えなさい
このアドバイスは、僕にとって非常に役に立った。
そのとき立てた計画を何年か前倒しで実現することができたし、実際のところ、二十歳の時に想像していた30歳の自分よりもあらゆる面でマシな存在になることができた。
そうした明確なロールモデルを置くと、自分の何が武器で、何が足りないのか理解できるし、少なくとも道を自分で決めることが出来る。
成長とともにロールモデルは修正されていくが、下方向ではなく上方向への修正を繰り返すことで自分自身が向上したのを実感することができるようになるのだ。
それでオッサンになるとなんで説教臭くなるのかというとね。
ひとつは若さへの嫉妬。
それともうひとつは、人類への愛だと思うんだ。
今の若者と話をすると、特にまあお利口さんばかり連れてこられるからだと思うけど、なんか「僕は出世したいと思いません」っていう人が多いんだ。それは何かに対する反発なのかもしれないし、遅れて来た反抗期なのかもしれないけど、オッサンはね、若者にみんな出世してほしいんだよ。
出世したい、と思う世の中を作ることが自分たちの義務だと思っているからね。特にこういう場所にやってくるような人たちは。
そういう人たちが期待をかけた若者が、たいして出世もせず世の中に影響も与えず、人脈と器用さだけで小さくまとまってしまうのがとても残念に思えるんだ。
なぜなら、人類は発展して行くものだからね。
そして人類の発展というのは世代から世代へとバトンを渡して行くものだからだ。
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