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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2012-08-30

いいオンナの条件 01:29

そいつはまるで群れから抜け出した狼みたいで、とにかく尖ったナイフみたいなオンナだった。



初対面から凄い緊張感がビシビシ伝わってきて、一体こいつは何者なんだと僕の背筋は凍りついた。



色気みたいなものは微塵もなくて、わけわかんない生物としての緊張感を纏っていて、僕は生物としてただ畏怖を感じ、話し掛けることさえ躊躇われた。



ワケのわかんねえ8mm映画を撮っていて、しかもそいつは女子高生が巨大化して戦う特撮モノ。怪人サソリ女の怨念から生まれた巨大怪獣べビラと戦う。なぜかべビラはサソリ女の子宮と繋がっていて、べビラを倒すとサソリ女も死ぬというオンナじゃなきゃ作れないようなえげつない映画を、大学の同級生女子を騙くらかして作り上げた。



ワケがわからなすぎるので映画監督の樋口さんのところに預けたら、一日で破門されて帰ってきた。


そう。彼女の名前は田中晴子。当時多摩美に通う23歳。



それからいろいろあって、僕の仕事が忙しくなってくると、猫の手も借りたい状況になった。

何が足りないかというと、ブルドーザーが足りなかった。


ゲーム開発では瞬時の判断が重要だ。ディレクターというやつだ。

そういうときに瞬間的なインスピレーションで「これはいい、これはダメ」と即答できる人間が必要になる。しかもただ即答するだけでなく、なにがどうダメなのか、どうすれば良くなるのか見抜けるような人間、作品が良くなるためなら他人を傷つけることをなんとも思わないような、芸術の鬼みたいな人間が欲しかった。


当時のUEIにはそんな無茶な人間は僕しかいなくて、ゲーム開発をするとチームの雰囲気が最悪になるのが常だった。

それでも手が足りない。そのうえ僕は決定的に、美的センスが無かった。

どれだけ学んでも美的センスが身に付かない。英語もわからん。


「ああ、田中晴子みたいなやつが会社にいればな」と思った。

田中晴子は同人誌も描いていて、なんか絵も上手い。それに、あれだけの特撮映画を自主制作するには不退転の決意というか、恐るべき図々しさとうんざりするほど自信に満ちた態度が必要なのだ。


しかし田中晴子の性格を考えると、「うちに来てくれ」と言ったらまあ面倒なことになるのは間違いない。素直に来ない可能性が高いし、仮にこちらから頭を下げてやって来たとしても面倒なことになるに決まってる。


そこで田中晴子をおびき寄せるためだけに求人広告を出した。

欲しい人材は人類60億の中のたった一人、田中晴子だけだったが、田中晴子はまんまとその罠に嵌り、自分から「UEIで修行させてほしい」と言ってきた。バカめ。


ちなみにこれは、田中晴子本人には一度も伝えてない策略だ。


それからの田中晴子の活躍は、しかし想像を絶するものだった。

エリュシオンの開発では、全国を飛び回って無銘のイラストレーターの中から才能ある人物を次々と見いだしては育てて行った。


時には自らがモデルとなってポージングや構図や、服装の指示をイラストレーターに出した。

彼女はたった一人だったが、何十人というイラストレーターと連携し、きわめて質の高いイラストを作り上げた。アートディレクターとしての役割を立派にこなしたのだ。


その後、大手メーカーで大ヒットコンテンツを作ってきたゲームプロデューサーがうちにやってきたとき、田中晴子の存在に驚愕した。


 「清水、君はいったいどうやったらあんなに凄い才能をもった人間を雇うことが出来たのか」


当たり前だ。8mmで特撮映画を撮る女子大生なんてどう考えてもまともじゃない。世界中探したっているものか。


それから仕事の合間を見て、田中晴子は漫画を描いてはときどき全国紙に掲載していた。

彼女はまぎれも無い天才だが、天才すぎてやりたいことが多すぎた。


25歳になって、結婚を経験しながらも、逆に田中晴子は焦りを強めて行くのだった。


 「もう25歳になってしまった。でも自分はまだクリエイターとして何も成し遂げていない」


こういう強迫観念が、田中晴子の田中晴子たる所以なのである。

僕は密かに、田中晴子がUEIに果たした功績が大きいながらも、今のUEIでは彼女の才能を支えきれないことを予感していた。しかし、雇った社員に「そろそろ辞めれば?」と言うわけにもいかない。


それで彼女自身が自分で飛び出して行くその日をじっと待ち続けた。

彼女は才能がありすぎて、それはまだ小さなUEIという組織では受け止めきれるものではなかった。


僕が田中晴子に見たのは、自分自身だ。そしてそういう場合、たいていは相手のほうが自分より遥かに大きな可能性を秘めているのである。


傲慢でプライドが高くて、しかし作品にだけは忠実で、本当に良いモノを生み出すためにはあらゆるものを捨てる覚悟と能力を持っていた。


こんな人間に僕は人生のあらゆる時点で出会ったことが無かった。

凄すぎる才能を秘めているが故に、彼女は少々自分の実力よりも過大に評価され、期待され、それによって自分自身「私なんにもしてないのに」と内省する場面もあった。


田中晴子は驚くほどの美人ではないが、なかなかの美人である。

なかなかの美人で恐ろしいほど仕事が出来る。その才能はもはや計り知れない。僕がクリエイターの才能を見るスカウターをもっていたとしたら、田中晴子を決して見ないだろう。確実に爆発するから。


だがそれが本当に花開くかどうか、それは誰にも分からない。

継続が力だとすれば、田中晴子には継続する能力がない。少なくとも今のところは。

もしくは、実はずっとなにか普遍的なものを継続していて、それが顕在化していないだけなのかもしれない。


実のところ僕はずっと田中晴子が次に何をやりたいと言い出すか待っていた。

ゲームのアートディレクターとしては間違いなく一流だ。ずば抜けている。しかしそのままではそれだけだ。彼女の才能を考えたら、そこに収まるべき器ではない。


そしてついに田中晴子がなにか新しい目標を見つける日が来た。

僕はとっとと辞めればいいと思ったが、現場にとって田中晴子は無くてはならない存在になっていた。

すぐに辞められては困る、ということで現場ではかなりの慰留があったらしい。


それでもついに田中晴子がUEIを旅立つ日がやってきた。

この一年ちょっとの間、田中晴子と殆ど話しをしなくなっていた僕のもとに、一通のメールが届いた。


まあこの際、全文掲載してやる。

しみずさん

お疲れ様です田中です。

ご存知のことかと思いますが、

8月31日をもってUEIを退職します。

直接ご挨拶が出来ず申し訳ありません。

清水さんにはミルナインの時に拾って頂きはや2年半、

UEIのみなさまにも色々とお世話になり、

とても感謝しております。(こういうメールだと感謝してない感じもすると思いますが感謝してます)


清水さんには今後もお世話になることがきっとある様な気がしているのですが、

その際もどうぞよろしくお願いいたします。


あつかましくも社員としての最後のお願いなのですが、

ひでみーの体調など気になるので、ひでみーが働きすぎて倒れない様に見て頂けると・・・幸いです。

以上、よろしくお願いいたします。

実際に田中晴子が僕に挨拶する気はゼロだ。なにしろ僕は今日ずっと会社にいて、田中晴子は会社でこのメールを書いているのだから、挨拶する気があればやってくるだろう。僕に来いと言ってるのだ。


そのうえ会社のメールアドレスから送ってきてる。

返事を書いても明日にはもう届かない。


ったく。

まったく"らしい"メールだよな。


ついでに同期の体調を気遣ってみるとからしくないことまでしてやがる。

Hidemyと田中晴子はほぼ同期入社だ。どちらも最初は僕の元で会社にとって一番重要なプロジェクトの現場に立ってきた。最後の最後でHidemyの心配とはね。

Hidemyの方をみると、彼女もなにかメールを受け取ったらしい。目が合った。


 「行くか」


こくんと頷いた。

こんな日が来るのは最初から分かってた。

同僚が辞めて行くたびに涙を流していたHidemyも、もう泣かなくなった。

彼女にはもう分かってる。

これは単なる別れじゃない。田中晴子という人間が次へのステップを踏み出そうとしている、まさにその記念すべき瞬間なのだと。


それはもうみんなが分かってる。UEIのスタッフ150人が全員、とは言わないが、少なくともその半数くらいは、田中晴子が次になにをするか、どんな人間に成長するか、期待を込めて彼女を見てる。


田中晴子、今は結婚して性が変わった。26歳。

でも彼女は僕にとっていつまで経っても田中晴子だ。


10年前の僕だって田中晴子とたいして変わらない。僕がサラリーマンを辞めたのも26歳。UEIをスタートしたのが27歳。それから10年。10年後の田中晴子はどうなっているのか。大成功しているか、とるに足らない人間になっているか。


僕は信じてる。彼女が自分の人生の目的を見つけ、そして成功することを。

田中晴子に会いに行くと、まさに最後のタイムカードを打刻(といってもICカードを翳すだけだが)しているところだった。水臭いやつだ。


 「いままでありがとうな。助かったよ」


田中晴子、その偉大な才能が人生で最高に輝く瞬間、その二年半を一緒に過ごせたことは僕にとって、そしてUEIにとってかけがえの無い財産だ。もちろんこれからもっと輝きを増して行くだろう。



 「最後に写真を撮ろう」


エントランスで田中晴子の写真を撮った。

f:id:shi3z:20120831010935p:image


ふむ。田中晴子、いいオンナになったな。初めて会った時とは見違えるようだ。

自分の目標を見つけ、迷いのない目になった。

いいオンナは、迷いのない目をしている。

目標をハッキリと見据えた双眸が、最高にいいオンナのオーラを出して、それが彼女を輝かせていた。

仕事で輝く男が、最高にいいオトコに見えるのと同じように。


なかなかの美人であるにも関わらず、僕は田中晴子を異性として見たことは一度も無い。

けど、オトコのように感じたこともない。

彼女は最高にクールなオンナなのだ。

というよりも、彼女は僕にとって戦友なのだ。


そして彼女はこれからもっともっと輝いて行くのだろう。

自分の世界を作って。それがなんなのか、僕は全く知らないが、どうせ田中晴子のことだ。面白いものに決まってる。そこになんの心配もない。


 「いいオンナになったな。またなにかやらかすのに金が必要ならすぐ連絡しろよ」


 「それは期待してます」


ウソをつけ。田中晴子は既に相当な金持ちだ。生半可な金など要らないだろう。

彼女が作品を作るのに大きな資金を必要とするときのため、僕は億単位の金をもっと稼いでないといけないだろう。

エリックといい田中晴子といい、面倒な約束がどんどん増える。

僕は田中晴子がなにか新しい映画か、会社か、演劇かなにかわからないが、とにかくあいつがやりたいとおもったものの資本金を出してくれという日のために、もっとがんばらなきゃならないと思うのだった。どうせ将来、そういう時が来るのは解ってる。それだけの才能と意思が彼女にはある。


そのときに、肝心の僕が応じられなかったら情けないじゃないか。



 「じゃあな。出世しろよ」


 「がんばります」


そうして田中晴子は僕たちのもとを去って行った。