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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2012-12-06

清水亮vs川上量生vs東浩紀 怪獣大決戦 08:13

http://live.nicovideo.jp/watch/lv117013643


 いやー、ひどい番組だった。

 一応社員には「CEOとCPOが出てきて東証一部上場企業の会長と話すんだから見ろよ」とは言ったものの、終始川上さんのペースに飲まれっぱなしだった。MOONについてちょっと喋ったけど。


 4Gamerの川上さんの連載の対談に呼ばれたら、ついでにニコ生も、という話になり、なぜか東浩紀さんが呼ばれて来て司会という名の論客登場、みたいな。


 4Gamerの対談はそれはそれで面白い話になってると思うので(4Gamer編集部は困っていたが)、そのうち掲載されると思う。


 番組のなかで唯一印象的だったのは、川上さんが言った台詞。


 「あのブログでは仕事をしてるように見えない」


 あちゃー、という感じ。

 まあそうだよね。仕事の内容はブログに書いてないから。


 逆にブログに仕事っぽい建設的な意見書くってのはどうなのよ、というふうにも僕は思っていて、「仕事してる感」よりも重要なのは、読者は誰で、彼らに何を伝えたいか、ということじゃないかと思っている。


 仕事はけっこうしてますよ。ただ、仕事の具体的な内容については書けないよね。

 番組の中でも言ったけど、僕はもともと自分が力を入れる仕事をしてる最中っていうのはブログが止まるんですよ。


 寝ても覚めてもそのことを考えているから、つい口が滑っちゃう。

 だから書ける内容ってのは仕事の具体的な内容しかなくなっちゃうわけで

 そしたら書かない方がいいじゃない。

 


 で、最近は歳を取って仕事をしながらも仕事と関係ないことを書けるようになった。

 これは進歩だよね。ある種の。


 ただ、それをみても「仕事をしてるように見えない」というのは、まあブログに綴る日々の生活の要素から仕事に関連することをごそっとマイナスすると、確かに仕事は残らないからそうなっちゃうんだと思う。


 で、僕が想定している読者っていうのは、むしろ僕の部下や同僚だったり、enchant.jsのユーザーだったり友達だったりするから、彼らは僕が日々どれだけ仕事をしているか(そしてしていないか)間近で見て良くわかってくれてる人たちなので、仕事の話なんかブログでする必要はないわけだよね。



 けど、嬉しかったのは、川上さんが「(ちゃんと仕事をしてるみたいで)安心したよ」と言ってくれたこと。


 たぶんこのブログで想定していない読者の一人である川上さんや、もしかして森さんみたいな人たちからすると、「仕事してんのかコイツ、大丈夫か」と心配になってしまうのだろう。



 この二人は、若い頃、仕事することもなかった僕に無条件で高い給料を払ってくれた恩人でもある。


 そういう立場から見れば、「おまえ、俺たちがあんなに応援してやったのに、もう上を目指すのを諦めたのか。なんなんだコノヤロー」という目線でブログを見てしまうのかもしれない。この視点は僕にはなかった。


 なんだかんだいって、川上さんは僕に対する期待値が高いんだなと。

 僕も後輩の社長に対して同じように思ったり言ったりすることがあるから、川上さんが「おまえもっとやることあるだろコノヤロー」って言うのは理屈の上ではよくわかる。


 ただ、仕事の話ってブログとして書いてもつまらないんだよね。

 結局、そんなこと書く暇あったらモノを作れよと同時に僕の中の別の僕が囁く。

 

 ただ、やっぱり東浩紀は凄い。

 

 東浩紀が凄い奴なんだということを、どちらかというと社員の皆さんには放送を通じて解ってもらいたかったけど、わかりにくかったかもしれないなあ。


 放送開始時刻直前にやってきたから本当に打ち合わせとかしてなかったしね。



 川上さんならわかってくれると思うんだけど、プロデューサーって仕事をしてる感を出すのがものすごく難しい。


 ふわっとしたことを言って、誰かが具体的なアクションを起こす。これがプロデューサーの仕事。

 放送のなかで、僕はMOONのアーキテクチャを考える仕事をしていると言ったけど、この部分って実はほとんど仕事がない。


 ハードウェアのアーキテクチャはほとんど動かしようがないくらい固定化されてるし、ソフトウェアのアーキテクチャも自由度は低い。


 MOONのアーキテクチャについて、とあるジャーナリストの方の取材に答えたときに言われて嬉しかったのは、「まるで初代プレイステーションみたいな開発手法だ」ということ。


 初代プレイステーションも、アーキテクチャを考えている人は5人くらいしかいなくて、最初のブロックダイアグラムは久夛良木さんが自ら描いたのだと。そうだよね、と思う。久夛良木さんとは一面識くらいしかないけど、忘れもしない93年の月刊アスキーのロングインタビュー。まだ「プレイステーション」という名前ではなく「PSX」と呼ばれていたときのアーキテクチャの解説は神憑っていた。


 ずっと久夛良木さんみたいな仕事がしたかった。

 たくさんの開発者を巻き込んで、夢を見せて、それを現実にすることを仕事としてやっていけたらどんなにいいだろうと。


 ただ、アーキテクチャって一度線を引くまでは簡単なんだけど、それを実現するためにはものすごくたくさんのハードルがある。


 で、社長が細かなコードまで描き始めたら仕事が終わらなくなる。だから社長は手を出せない。

 軍人将棋の大将みたいな存在。それが社長。


 だから書く人を探してくるのとセットになる。

 

 僕たちがMOONの開発に至るまで少なくとも5年は掛かっている。

 その間にApple的でもWindows的でもない、新しいコンピュータの世界はどのようにあるべきか、検討を重ね、特許を取得し、そのゴールにつながるような仕事を紡いで来た。これは綱渡りというよりも空中ブランコである。


 綱渡りは一歩一歩が緊張の連続だが、空中ブランコは、ブランコに座っている限りは安全だ。

 零細企業の受託開発というのはまさにこのブランコに揺られている状態である。最近ではソーシャルゲーム開発もそれにくわえていいかも知れない。つまり、安定していて、直線的な成長が望める仕事だ。



 けれども空中ブランコは、ずっとブランコに座っていてはもちろんだめだ。

 立ち上がり、ジャンプし、向こうからやってくる別のブランコに飛び移らなければならない。


 今の安定を敢えて捨てて、新しい領域へむかって高く飛躍(leap)しなければならない。空中ブランコを飛ぶ本人はもちろん確たる自信があって飛ぶわけだ。だが観客からみるとゾクッとする緊張感漂うシーンだ。いま僕たちはまさにこの場面である。


 成功への切符を掴むことが出来るか、否か、のるか、そるか、そういう瞬間なのだ。



 僕が会社を作る時に最初に読んだ本「ビジョナリーカンパニー」には、ある企業がビジョナリーカンパニーとなるにはBHAGが必要と書いてある。



 BHAG、Big Hairy Audacious Goal (困難かつ大胆な目標)である。



 では一体なにをもって「困難」と定義するのか。


 経営の経験がない人にとっては、たとえば「100億円企業を目指す」というのは大胆な目標に思えるかもしれない。


 しかし、成長市場における経営というのは基本的には規模を拡大すれば自動的に売り上げがあがっていくので、100億円企業を目指すなら成長市場で20年会社を維持すれば自動的に達成される。もちろんそれだって大変だ。けど不可能というほど難しい目標ではない。なにしろよのなかに100億円の売上げの会社なんてゴロゴロある。



 逆に言うと「100億円企業」はBHAGになり得ない。



 では1000億円では?1兆円ならどうだろう?

 日本には1兆円以上の売上をもつ会社はかなり少ない。


 でも世界的な基準でみればまだまだだ。

 MicrosoftもGoogleも3兆円くらいの売上げ規模がある。




 よく「Appleを目指す」とか「Googleを倒す」とか威勢のいい経営者やその候補がいるが、彼らが本当にAppleやGoogleを倒せると思っているとは思えない。彼らの話のスケールはどれだけ拡大してもせいぜい1000億が限界だからだ。




 ドラゴンコレクションのカードと同様、ビジネスには持って生まれたレベル限界というものがある。



 たとえば、どんな人にも年間10円で売りつけられる商品があるとして、それは全人類が買うようになったとしても600億円が限界である。市場規模が3兆円しかなければ、最大限頑張ってもMicrosoft一社の売上げに及ばないということになる。


 ではあるべきBHAGとはなんなのか、それは具体的なものでなければならない。金額は具体的なもののひとつではあるが、共感を得にくい。なぜなら、カネはあらゆるものに交換可能な価値であり、カネを稼ぐこと自体を目的化するということは、一時的な富の所在を集約することを目的とするに過ぎない。カネは重要な指標のひとつであるが、BHAGそのものにはなり得ない。



 BHAGとは、例えばIBMのSystem360であり、ボーイングの747であり、Apple Lisaであり、PlayStationである。つまり具体的な製品であるのがわかりやすい。

 我々にとって、それがMOONである。


 

 川上さんがイロメロミックスをつくったときのように、僕は細部に拘り、みんなに嫌われながら、それでも物事を前へゴリ押ししている。


 川上さんは僕が後進を育てるという態度をとるのが気に入らないと言った。


 でもそれは違うのだ。僕は自分の野望を実現するためには、凡人をいくら集めてもだめだということに気付いてしまっただけなのだ。


 気の利いた着メロサイトを作るのに天才はいらない。凡人の集団で充分作れる。

 けど、イロメロミックスにしたって、川上さん自らが、19歳の大学生を集めて企画を考えさせた。やろうとしていることは同じなのだ。若者の力を借りよう。新しいことを成し遂げるには、知見だけではだめだ。若さ、青さと無知、そして目標に向かって一直線に進む根性が必要なのだ。


 人々の奥に眠る真に卓越した能力を引き出し、覚醒させる。自分たちの手で世界を変える。そのためには自分の力だけではダメなのだ。


 そのうえ、僕がやろうとしていることは、イケてる着メロサイトを作ったり、儲かるソーシャルゲームを作ったりすることではなく。パーソナルコンピュータ40年の歴史に、新しい解釈を加えることなのだ。


 enchantMOONのライバルは、iPadでもAndroidでもなく、Dynabookなのである*1

 東浩紀が一般意志2.0でルソーの社会契約論に再解釈を加えたように、僕らはenchantMOONでパーソナルコンピュータに異なる解釈を加えようとしているのだ。こんな馬鹿げた仕事は、大企業から受注することはできない。とてつもなく馬鹿げていて、遠大な目標。まさにBHAGなのである。


 僕がやりたいことは、ぶっ飛び過ぎていて、僕だけでは到底その領域へ辿り着けない。

 だから、優秀な開発者、企画者をまず自ら発掘し、育てる必要があったのだ。


 いわば僕はNERVを作ったようなものだ。ARCとはNERVなのである。

 彼らを覚醒させるために、東浩紀や樋口真嗣といった人物を必要とするのだ。アイヴァン・サザーランドのSketchpadが起こしたファーストインパクト、アラン・ケイのDynabookが起こしたセカンドインパクトに続くサードインパクトを起こすために。


 いつだって時代は誰かの手によって切り開かれて来た。その"誰か"が、自分ではないとどうして言い切れるのか。その"誰か"になるため、俺たちは産まれて来た。そう信じることがなぜいけないのか。俺は俺たちがその"誰か"になれると信じている。


 もちろんそれは、しばしば勇気のいる告白であり、口に出すべきではないことかもしれない。だが、男が一度決意を口にするときは、死ぬまでそれをやり遂げると決めた時だ。たとえこの命が尽きようとも、俺の屍を超えて、また別の誰かがその旗を掲げるだろう。この仕事はとても個人の手に負えるものではない。アラン・ケイにしてもサザーランドにしても、多くの学生や、多数の技術者の支援があって初めてあの大発明を成し遂げたのだ。


 碇ゲンドウ自身がエヴァを操縦できないように、僕自身が自らの手で革命を起こすことはできない。そのかわり、僕は若く優秀な人物たちと、思慮深く優れた経験を持つ者たちのチームをつくり、目標を与えることが出来る。そのためのARCだ。


 そのためには、僕がもっている全ての人脈、全ての知見、全ての能力をそこに集中的に注ぎ込む必要がある。莫大なエネルギーが必要なのだ。UEIという会社にとって、MOONを創りだすためにかけてきた研究開発費用は莫大だ。そのための要素技術を切り売りしていままでやってきた。フェラーリがレースの参加費用を稼ぐためにクルマを売っていたように。microZEKEもZeptopadも、enchant.jsも、全てはMOONのために必要だったプロセスに過ぎない。


 僕は優れた研究者も、優れたクリエイターも、優れた学者やビジネスマンも、たいていの人よりは良く知っている。


 彼らの誰からでも協力を引き出すことが出来る。


 しかしそこで僕が敢えて選んだのが、樋口真嗣と東浩紀、そして濱津誠なのだ。


 いわば彼らがエヴァである。経験豊富で頭が良く、優れた才能を持つ、日本最高の叡智を集めた。彼らを操り、サードインパクトを"実際に"引き起こすのは、現場にいる若く優れた技術者と企画者。全員が修士号を持ち、革命を起こすためにその全能力を賭けてenchantMOONを創りだす天才達だ。


 僕がなぜこのプロジェクトに興奮しているかというと、恐ろしく壮絶なコラボレーションが目の前で起きているからだ。天才が天才を刺激し、アイデアが重ねられ、技術と発想が火花を散らして飛び交う。そういう現場にいるからだ。しかも僕は、安楽椅子に座り、「全て計画通り」とか言ってりゃいいのだ。まあ実際はゲンドウもそんなに気楽ではなさそうだったが、僕も実際には具体的なコードの中身を見たり、面倒臭いことを言って現場を困らせたり(ダミープラグを入れろとか)している。


 僕はドミノの最初のコマを倒したに過ぎない。それが現場の天才達によって思いもかけぬ方向へ進化し、信じられないような発想の大ジャンプ(leap)を行っている。


 試作機では驚くほど非力なCPUで、信じられないような軽い動作をしている。iOSやAndroidでは決して得られなかったくらいの"感触"に、僕はただただ興奮するしかないのだ。


 しかしさらなるジャンプを僕らはする。実際にMOONの全貌が明らかになる頃には、もっと信じられないものになっているだろう。


 MOONがバカ売れするとは誰も思っていない。俺たちはそんなにバカじゃない。

 よく考えればわかるが、アラン・ケイのXerox Altoは商業的には盛大に失敗した失敗作だ。

 それをパクって作られた最初のWindows1.0だって、$99という低価格にも関わらず、市場から見向きもされなかった。

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 かの天才プログラマー、ビル・ゲイツですら、Windowsのビジネスを軌道に乗せるまで10年以上かかった。スティーブ・ジョブズだって、Lisa、そして初代Macintoshと失敗を続け、さらにその直後に作ったNeXTもあまりの売れなさぶりに絶望していたくらいだ。


 みんなよく考えてほしい。「enchantMOONはビジネス的に失敗する」というのは、「当たり前」なのだ。いまドヤ顔でこんなことを言ってる人は、かなりマヌケだということを自覚してほしい。成功するわけないだろ。僕らの成功基準はせいぜい、「enchantMOONを発売しても、UEIが潰れず、黒字を出し続ける」ということくらいだ。ヨミが甘い。なにしろ完売しても赤字になることが既に確定してるのだ。ただ、もし完売したら、次のMOONは予定よりは早くパワフルなものが作れるだろう。アポロ計画のように、11号から12号、13号と続けて打ち上げるには、そういう実績があったほうがいい。


 ゲイツはゴミみたいなWindows1.0を安売りをして失敗し、ジョブズは100万円もするうえにカラー全盛時代にモノクロ画面でメモリーが128KBしかなくOSさえまともに動かすのに苦労するMacintoshの販売不振と度重なる横暴を追求されて会社を追い出された。それに比べると、僕はenchantMOONを赤字必然の価格で販売し、失敗を前提にリカバリーするプランを最初から立ててる。重要なのは会社が潰れないことだ。潰れさえしなければ、10年もすれば市場が受け入れてくれるようになる。長い道のりなのだ。僕が当時のジョブズやゲイツほど若くないというのも理由かもしれない。ジョブズも禿げてからようやくまともなビジネスマンになった。


 僕がしつこいくらいにここで予防線を貼っているのはそのためだ。


 全く新しいコンピュータは、理解され、市場に受け入れられるまで最低10年はかかるのだ。いまではみんなが当たり前に使うMacintoshだって、ジョブズを追放したあと、細々とした市場を作ったに過ぎない。Macintoshの事業がちゃんと立ち上がるまで、ほとんどの売上げは旧式のAppleIIがあげていたのだ。


 ジョブズもゲイツも凄いところ、僕たちが見習うべきところは、決してやめなかったことだ。

 ジョブズなんか会社を追い出されても懲りずに同じものを追求している。


 そうしてつくられたNeXTは、世界で一番クールでめちゃくちゃかっこいいコンピュータになったが、300万円もして、全く売れなかった。


 しかし世界にほとんどいなかった、それを買ったユーザー、それを使ったユーザーがどれだけ賢かったか、それはジョン・カーマックやティム・バーナーズ・リーがなにを成し遂げたかを見ればいい。


 ジョン・カーマックは3Dの一人称視点ゲーム(FPS;ファーストパーソンシューター)をNeXTで開発し、それをPCに移植してぼろ儲けした。今や彼は伝説的な存在にまでなっている。


 一介の物理学者に過ぎなかったティム・バーナーズ・リーは、CERN*2にあったNeXT上で世界に革命を起こした。WWWだ。WWWはスティーブ・ジョブズの商業的失敗作から産まれたのだ。


 つまり、偉大な発明を理解できるのは偉大な人物だけであり、偉大な人物は偉大な道具を得て、より偉大な成果を生み出すのである。


 カーマックにとっても、もちろんティム・バーナーズ・リーにとっても、そして人類全体にとっても、NeXTの300万円という価格は非常にリーズナブルだったと言える。これがなければ、WWWは永久に産まれなかったかもしれないのだ。物理学者ですら、世界を革命するような凄いプログラムが作れる。それがNeXTだったのだ。カーマックはFPSの発明でDOOM、Quakeと世界的ヒットを飛ばし、億万長者になった。


 enchantMOONも真面目に売れば100万円以上になる可能性がある。もちろんそれよりは安いけれども


 しかし我々がenchantMOONの発売から"もと"をとろうとすれば当然そうなる。だからこんな馬鹿げたことは、経済合理性のみを追求する大企業にはできない。UEIという会社の根本的な価値は、こうした「経済不合理性」の必要性を経営陣全員が理解していることだ。経済不合理性を受容したうえで、会社全体としては黒字を出し、売上げを伸ばして行く。これは経営のアクロバットだ。


 スクウェアという会社を上場させ、ファイナルファンタジー7の世界展開を成功させた武市智行だからできるスーパーマネジメントである。


 ちょっとやそっとでは潰れない会社をつくり、そのうえでこの「馬鹿げた計画」を推進する。MOONの開発は経営に全く打撃を与えない。大企業の経理が聞いたら卒倒するようなローコストでこの壮大な計画は進められている。金がありゃいいってもんじゃない。金がいくらあっても、思想の選択を間違えればノキアのようになってしまう。

 

 そのために僕らは最低限の資金を調達したのだ。

 ふつうに考えて、たったの5億円で独自のハードウェアなんか作れるわけがない。

 そんなことができるならセガはDreamcastの後継機をいくらでもつくれたはずだ。


 だが俺たちはできる。

 ハードウェアを工芸品ではなく、ソフトウェアの一種と考えているからだ。

 日本にはハードウェアに強い会社はいくらでもある。そういう会社にいまのところ、僕らは技術で遠く及ばない。いずれ追い抜くつもりだが、今は無理だ。僕たちはソフトウェアエンジニアだ。


 しかし今のたいていのハードウェアは、搭載されるOSやソフトウェアの杜撰さによってその能力がスポイルされてしまっている。


 政治でがんじがらめのアーキテクチャが、幸せな世界を生み出す訳がない。


 別に僕たちはハードウェアに5億円を注ぎ込んでいる訳でもない。その何分の一、という予算でやっている。調達したのはあくまで保険のためだ。金に困ってキュウキュウしてたら大胆な冒険はできない。借りれるだけのありったけの金を、僕が個人保証して銀行からも借り入れてる。調達した5億の他に、ウン億という借金がある。なあに、借金は男の甲斐性よ。返すあてがあるかぎり、いくらでも借りたらいい。いまは借りるべき時だ。



 enchantMOONの開発計画を取締役会で明らかにしたとき、大きなどよめきがあった。


 「なぜMOONなんですか?」


 「月へ行くって言ったろ?」


 実はずっと前からUEIのエントランスにはサターン5型ロケットが飾ってある。

 名前がenchantMOONに決まったのは、偶然だったが、それは僕たちが自分たちの内なる声に耳を傾けた、当然の結果だったのかもしれない。


 我々が目指すのはMOONだ。

https://fbcdn-sphotos-h-a.akamaihd.net/hphotos-ak-prn1/65996_10152021372525752_330134717_n.jpg


 それは決して楽な道のりではない。

 でも、だからこそ、僕たちはMOONを目指すのだ。


 僕たちの知見、意欲、才能、実力、情熱、そうした全てのものが試される、壮大な挑戦なのだ。



 ただ、enchantMOONについては、まだ何も情報がない状態から、期待感だけが先走っている状況には正直戸惑っている。ありがたいことではあるが戸惑いを隠しきれない。


 まず値段が高い。100万円はしないが、「新しいコンピュータ」である以上、価格競争力は果てしなくゼロに近い。高すぎるので通常の量販店で売るのは諦めている。が、もし売り場に置いてもいいと考えてくれるお店があれば直接メールしてほしい。


 だから社員にも言っているけど、MOONは"新しいもの"ではあるが、"売れるもの"となるかは解らない。いや、むしろ売れないだろう。Apple Lisaだって売れなかったのだから。


 だからいわゆるごく普通の一般大衆がわーいと諸手をあげて買いに来る、というものにはならない。良くてポメラ、悪くてOQOみたいなポジションになるだろう。もちろんその二つとはぜんぜん違うが。初期のNewtonみたいなものだと思ってくれてもいい。


 とりあえずファーストランディングは「わかるひとだけわかってほしい(by 地獄のチューナー@湾岸ミッドナイト)」ものになるだろう。そういう人にとっては充分リーズナブルなものになるはずだ。


 MOONは便利なものではない。だが、使いこなせばそれで数億の富を生み出すことも可能だ。道具とはそういうものだ。


 紙と鉛筆だけで億万長者になった漫画家は山ほど居る。enchantMOONを活かすことが出来るかは、その人次第だ。



 それに、なんだかわからない。

 むしろ「これだけ煽っといてこんだけか!!!」と言い出す人たちの顔が目に浮かぶ。

 あとで言うと負け惜しみっぽくなるから先にいっておくが、NeXTやNewtonがそうであったように、大多数の人には、MOONの新規性も可能性もわからないだろう。解らない人たちは「なんだあんなショボい端末だしやがって」と言うだろう。ショボすぎて予想を裏切る、というものになるかもしれない。でも待ってほしい。

 世の中には数万円出してモンブランの万年筆を買う人と100円のボールペンを買う人が居るのだ。

 コンピュータは、もうそこまで道具化が進んでいるのである。


 また、いないと思うが「enchantMOONを買うためにiPad miniを買うのをやめた」という人がいたら、すぐにiPad miniを買ってほしい。それが正解だ。iPad miniは素晴らしい製品だ。もちろんWindows RTタブレットでもいい。


 MOONの新規性は、パッと見てもよくわからないはずである。

 よくわかるんだったらもうとっくに情報を公開してる。よくわからないからこそ、僕は情報の露出に細心の注意を払っているのだ。僕の人生でひとつの製品の露出をここまで過剰に秘密にしたり(先週まで社員も知らなかった)、情報を制限したことはかつて一度もない。enchantMOONという商品名だって、取締役会は寝耳に水だったはずだ。そしていくら僕から説明を聞いても、これが革新的なハードウェアであることを全員が理解するまでかなりの時間を要した。


 ひょっとすると、ジャフコの人たちはまだわかってないんじゃないかな。

 すごいよね、わけわかんないものに5億ポンと出してくれるって。


 当然、これがポンと世の中にでてきても、誰もが戸惑うだろう。


 そのために、僕は哲学的文脈、つまり「思想設計」を必要としたのだ。

 いってみれば「コンテクスト」が必要なのだ。MOONには。通常のハードウェアとは違う軸の製品だからだ。


 「モノ」の基本設計はもちろん僕たちがやっているのである。

 みんな忘れているので敢えて書くが、僕は国家が認定した天才プログラマーなのだ。プログラム書いてないけど。ただ、エンジニアがエンジニアの都合だけで作った機械を正しく理解できる人間はエンジニアだけだ。しかしenchantMOONはエンジニアのためだけのものではない。


 だから、人文的な存在の解釈が必要なのだ。それを僕は「思想設計」と名付けたというわけ。「設計思想」とごっちゃにする奴が居るが、設計思想は設計に先立つ思想、これは当然、僕が考えてる。繰り返すが僕はこの分野では国のお墨付きをもらっているのだ。思想設計は、この製品が社会に組み込まれて行くためのコンテクストの設計、オーケー?


 さらに言えば、僕の考えた設計思想を、何倍も進化させ、ついには僕ですら想像できなかった領域にまで高めたのが、MOONの企画者である。まあ旧ソビエトに倣って"チーフデザイナー"としておこうか。その想像力は僕以上だった。


 僕が設計思想を与えたのに、「僕が想像できない」という意味がわかるだろうか。技術的な話題において、「僕が想像できなかったこと」というのは過去ほとんどない。この能力については川上量生さんも、ニコ生の中で認めてる。なにしろそれだけが僕の取り柄、僕の唯一の武器といっていいくらいだからだ。この10年というのは、僕にとって想像の範囲内の未来だった。未来予知でコンサルタント契約をしているのだ。にもかかわらず、この僕にも予想できないようなものを、チームは作ろうとしている。



 だから自信を持って言えるのは、MOONの正確な姿を発売前に正確に描写できる人はいないだろうっていうこと。賭けてもいい。もし、MOONの正確な姿を描き出せると思う人が居たら、ブログかなんかで公開して僕(@shi3z)にTwitterでリプライを飛ばしてほしい。もし当たったら、MOONを一台進呈する。たとえenchantMOONが100万円になろうとも。


 もし、"チーフデザイナー"よりもっとマシなことを考えた、と僕が思ったら、その人には2台あげよう。そのかわり、そのアイデアは使わせていただく。



 enchantMOONが巷で予想されているようなOUYAのようなゲーム機だったら、思想設計なんていうややこしい仕事は敢えて必要ない。それは「21世紀のゲームボーイだ」とでも呼べばいい。だがenchantMOONがとてつもなく難解な存在であるために、東浩紀のような才能、難解なものを解りやすく既存の文脈に組み込む解釈を加えるという才能が必要なのである。



 MOONは、長い文脈でしつこく説明を続けなければいけないマシンだ。

 かつてのLisaや、それを承継したMacitosh、その後登場したNewtonやNeXTがそうだったように。


 解る人は非常に少なく、解る人は値段に納得して買ってくれるだろう。けど、最初からそんなに「解る人」ばかりではないというのが僕のヨミだ。


 まあとりあえず川上さんには500台くらい買ってもらって、全社員に配ってもらいたい。

 世界の誰もが評価してくれなくても、きっと川上さんならMOONの価値を解ってくれると思うからだ。

https://fbcdn-sphotos-h-a.akamaihd.net/hphotos-ak-ash3/534717_10151997759900752_994650124_n.jpg

今日は大阪の8nightsに出演します。

ニコ生にもまた出るよ

http://www.microsoft.com/ja-jp/events/8nights/osaka/default.aspx

*1:東芝のじゃないよ

*2:「シュタインズゲート」でおなじみだよね