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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2013-04-22

enchantMOON価格決定プロセス / "新しいコンピュータ"が39,800円である理由 09:51

アスキーストアから予約できるようになりました

|アスキーストア

 4月に予約受付開始と価格を発表すると言ってましたが、ついに正式な価格が決定しました。

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http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/139/139364/

究極の手書き入力タブレット enchant MOONが価格決定!4/23から予約開始 - 週刊アスキー


 我々のようなハードウェアビジネスをやったことがない会社が、どのようなプロセスで製品価格を決定したのか、なぜ2万円でも10万円でもなく39,800円なのか、せっかくなのでその価格決定のプロセスを説明したいと思います。


 ハードウェア製品の価格決定にはいくつか重要な要素があります。

 それは、製造原価、研究開発費、歩留まり、輸送費、流通経費です。


 製造原価は、実際の製品の部品や組み立てにかかる費用で、これは自社に工場を持たないAppleGoogleのような会社にとっては、仕入れ値になります。我々にとっても同じです。定価がこれを割り込むことは原理的にできません。ごく少ない例外はプレイステーションのようなゲーム機で、あれはゲーム機だけを買ってもどうしようもないので、逆ざやになったとしても安くハードを売り、ソフトウェアのライセンス料(ロイヤリティ)で投資を回収するモデルです。大企業でないとこういう売り方はできません。


 製造原価でまず大きいのは金型代です。

 enchantMOONは安倍吉俊氏がデザインした独特な形状をしているため、既存の金型で作ることが出来ません。また、マグネシウム合金製なので金型もそのぶん高くなります。が、僕たちはどうしても「高性能な機械は触ると少しひんやりする」ということを再現したかったので、金属に拘りました。これが安くても500万円くらい、いろいろ修正などを入れると1000万円くらいかかります。


 さらに部品。内部的な部品は専用に設計するには台数が読めなすぎるので、もともとある部材から調達することになります。静電容量タッチパネルとデジタイザーペンを組み合わせた部材は、それだけで2万円くらいします。これでも以前に比べたらずっと安くなりました。


 それと、フォントと文字認識エンジンのライセンス料。

 文字認識エンジンはフランスのVision Object社のMyScriptというエンジンを使っています。ネットで「日本語認識するの?」と書かれていましたが、もちろん日本語を認識します。enchantMOONは当初、日本語と英語、そして英語の筆記体(!!)に対応しています。筆記体に対応してるのは個人的に拘りたかったところです。というのも、Newtonが売れなかった原因のひとつが、筆記体への対応が不十分だったこと、と言われているからです。


 これ、数が多ければ多いほど一台当たりのライセンス料は下がるのですが、数字が読めない中、Vison Objectの本社の方もなんどかフランスから弊社までやってきていただいて、我々のやりたいことやコンセプトを何度も説明しました。その結果、破格の金額で提供してくれることになったのですが、それでも安くはないです。


 このVision Objectのエンジンは、実はMetamojiのMazecや、SAMSUNGのGalaxy Noteでも使われていて、いわば業界のデファクトスタンダードです。これだけはどうしてもオープンソースのもので誤摩化さず、いいものにしたかったのです。


 それと、フォントです。僕はフォントが大好きなので、きちんとした美しいフォントを入れたいと常々思っていました。フォントといえば、ヘルベチカ(Helvetica)とフツラ(Futura)を持つLinotype社のフォントを是非使いたいと思いました。ヘルベチカは、1957年にスイス人のデザイナー、マクス・ミーディンガーとエドワルド・ホフマンが開発したサンセリフの書体で、iOSのシステムフォントでもあります。あまりにも美しいデザインなのでいくつもの模造品が作られたという伝説的な書体です。Windowsに付属するArialは、ヘルベチカの代用書体であると言われています(文字幅が同じ)。Arialの組文字がなんか変な感じがするのはそのためです。フォントというのは、本物がひとつあったら、それがいいに決まっているのです。素晴らしいフォントは何百年も残ります。ヘルベチカにも様々な種類の書体がありますが、視認性に優れていて端末にマッチするものを選びました。


 フォントもまた、ライセンス料が必要です。

 しかしenchantMOONにおけるフォントとは、主にWebページの表示につかわれ、しかも切り取られてユーザーの作品の一部となるものです。これは拘ったものにしないと作品全体が台無しになってしまいます。これにはお金をかけるべきだと思いました。日本語フォントは柔らかい質感のあるモトヤのアポロという書体を採用しました。これもLinotype社のフォントです。


 よくみなさん「中華タブレット」といいますが、それを言ったらiPadだって中華タブレットです(Made in Chinaなんだから)。ハードウェアそのものは一緒なんです。enchantMOONの解像度XGA(1024x768)は古く思えるかもしれませんが、最新のiPad miniとドットピッチ含めて全く一緒です。


 いわゆる秋葉原の怪しいお店で売ってる中華タブレットがどうして怪しく見えるのかというと、それはフォントがいい加減だからです。これは間違いないです。「気」と「氣」の区別がつかなくなっていたり、日本人の目に慣れてないフォントだったり。フォントが奇麗に出てないと全く台無しなのです。



 それとenchantMOONのシステムフォントにはもうひとつ、Futuraという書体を使っています。

http://static.guim.co.uk/sys-images/Guardian/Pix/pictures/2009/9/2/1251903479848/Futura-font-001.jpg

From Nasa to Ikea: the story of the classic font Futura

The story of the classic font Futura | Art and design | The Guardian

 Futuraは、NASAが用いた書体で、アポロ11号の記念碑もFuturaで書かれています。

 その独特の書体が持つ美しさは、目を見張るほどで、enchantMOONという機械が宇宙計画をモチーフにして作られたという背景を物語る役割があります。

http://www.wired.com/images_blogs/wiredscience/2012/06/S66-05120-660x499.jpg


 Futuraで書かれた文字はなんとなく技術の確からしさを感じさせてくれます。

 本当は、システムフォントは手書き書体にしようという意見も数多くあったのですが、ギリギリまで考えて、ここは手書きじゃないフォントにすることに決めました。視認性も重要ですし、むしろシステムがシステム足りうる部分、つまり知性は手書き文字に現れるのだとしたら、偽物の手書き文字を敢えて出すべきではないという考えからです。

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 enchantMOONは4桁の暗証番号でロックできるようになっていますが、その場合はこんな感じで数字を手書きすると、Futuraの文字に変換されるようになっています。手書きとの親和性も良いと思います。実際、アポロ計画のプレートでは、Futuraのメッセージと手書きの署名が同居してますしね。


 次に研究開発費、その製品を実際に開発するために掛かった費用です。

 enchantMOONの場合、OSを構成するコンセプトそのものや、言語環境から作っているので、本来はもの凄い金額になるはずです。


 OSから開発しているという意味ではMicrosoftと似ていますが、普通は数千人〜万にとどく開発者で何年も掛けて開発します。一人月をもの凄く低く見積もって100万円と計算しても、1000人の開発者が居れば一ヶ月に10億円が出て行くことになります。それが一年で120億円です。


 これを予想される販売台数で割ったのが1台当たりの研究開発費となります。100万本売れるとして、120億円で開発された場合は一台当たり1万2千円です。


 enchantMOONの場合、オープンソースソフトウェアの活用とユーザーインターフェースの装飾を大胆に削ることで驚異的な少人数での開発を可能にしました。具体的には10人です。10人が1年間で約1億2千万円です。Androidソースコードが公開されていることが大きかったです。我々は自分たちに必要なものだけを作れば良かったからです。また、これまでキャリア様とお仕事をさせていただいている中で、ホームアプリの開発経験があり、ホームアプリを作るためのミドルウェア「microZEKE」を自社で保有しているというアドベンテージがありました。microZEKEの開発に掛かった費用は4億円で、これはこれまで何年も売って来たものですから費用の回収は終わっていますしソースも枯れています。さらに、プログラミング環境のMOONBlockの開発は、enchant.jsを活用することで飛躍的に時間短縮ができました。MOONBlockのプログラマーはenchant.jsでMOONBlockを開発し、一方でenchantMOON専用のJavaScript仮想マシンEagleVMの開発者はひたすらenchant.jsを高速に実行できる環境を整えるだけで良かったのです。enchant.jsを中間層に置くことで効率的に高速化することができました。


 問題はこれを何台で割るかということです。

 Windowsのように最初から1000万本売るつもりだったら簡単ですが、売れるわけがありません(そんなに製造できるわけもありません)。仮に1000台しか売れないとすると研究開発費は一台あたり10万円ということになります。

 1万台で1万円です。研究開発費は沢山売れれば売れるほど一台当たりのコストが下がって行きます。


 さらに輸送費。enchantMOONは「世界の工場」と呼ばれる中国の深圳(しんせん)で製造されます。Apple製品と同じです。


 そこから輸送船をチャーターしてコンテナでごそっと日本まで持ってきます。

 これも大量に輸送するほど一台当たりのコストは下がります。数百円といったところです。

 日本での倉庫代などを諸々考慮して1000円とやや高めに見積もっておきましょう。

 

 さらに歩留まり、これは初期不良率です。

 我々はハードウェアの専門家ではないので、ハンダ付けの職人が何人もいるわけではありません。そこで故障した場合は新品交換を想定しています。


 普通の製造業では故障率は1%未満ですが、今回はなにぶん初めてのことなので故障率をかなり保守的に見積もって10%としています。つまり全販売台数の10%は予備の機材として確保することになります。これは製造原価に10%乗せて回収することにします。


 そこから今度は流通経費です。

 日本はこれが異常に高いです。


 ある販売会社からは30%と言われました。30%というのは、10万円の商品のうち3万円が単に流通が持って行く経費ということです。大手量販店では50%近くなることもざらだそうです。相場からいくと、製造原価の3〜6倍が普通の価格です。もうわけがわからないのでメーカーは「オープンプライス」という価格を敢えて決めない戦略をとっています。でもそれは値段が決まったとは言えないですよね。


 これを極限まで下げたいと思いました。

 なにしろどれくらい売れるのか全く解らないので、当面直販のみとすることにします。


 ハードウェアの製造原価は30,000円程度です。ふつう、原価が30,000円だと店頭価格は9万円台になります。メーカーに居た経験のある社員にそれを聞いて仰天しました。


 だから「10万円切れるか切れないか」という話をずっとしていたのはそういうわけです。

 常識で考えたら少量生産の特殊なハードウェアが10万円切れたら凄いのです。SIGMAのDPシリーズみたいなものだと思って下さい。


 また、研究開発費をどのくらいで割るか、仮に1000台で割ると一台あたり10万円になって、ハードウェアとあわせて20万円くらいになってしまいます。


 値段が上がれば上がるほど買う人は減ります。


 「30万円未満ならすぐ買う」とまで言って下さった人もいるのですが、さすがにそれは数十人もいれば凄いと思います。


 それで一旦は7万円台を考えていました。

 79,800円とかね。


 ずっと7万円台で考えていたのですが、スタンフォードのApple Storeの隣にあるWindows Storeで、Microsoft Surface Proを見て、これが$899、要は8万円台ですが、これが高くて買えない、と僕は思ってしまいました。


 基本的に普通のサラリーマンよりは資金的に余裕のある僕でも9万円は出せないと思ってしまったのです。


 少なくとも5万円台でないと買えないと思いました。

 そこで5万円台にするためにいろいろ検討を重ねました。

 当初は直販に限定することで流通経費を圧縮するということ。これ、うちが既存の流通を使うハードウェアメーカーだったら絶対に出来ないです。流通の人たちを敵に回してしまうので。しがらみがないから直販限定でも大丈夫だと思いました。これだけで3割減らすことが出来ます。


 8万円から3割減で5万6千円です。ただし、どれだけ削っても10%程度は流通経費を確保しなければいけません。決済をクレジットカードにするなり代引きにするなりしても、それなりにコストがかかるからです。

 それで実は、なんと価格を発表した木曜日の昼過ぎまでは、僕は54,800円で売るつもりでいました。

 その価格ならなんとか研究開発費にかかった1億2千万円を回収できるギリギリのラインだと思ったのです。

 

 ちょうどお昼頃に、工場から「初期出荷は最終的に何台にするつもりか?」と問い合わせがありました。

 これが多ければ多いほど、最終的に一台当たりの製造原価は抑えることが出来ます。

 逆に少なければ少ないほど、一台当たりの製造原価は高くなります。

 

 僕は悩みました。

 もうひとつ、悩ましいポイントは、部材の不足です。

 去年、静電容量式タッチパネルとデジタイザーの組み合わせの部品と基盤を探すのに、ものすごく苦労しました。中国のCPUメーカーから何社も工場を紹介されて、そのなかで一番高性能なものを作れる工場を探しました。


 ところが今年は、そういう部材が作られなくなって、そもそも静電容量式タッチパネルとデジタイザーを組み合わせた部品そのものが減って行く傾向にあることがわかりました。


 つまりどういうことかというと、「今、欲しい人がいるとしたら、できるだけ沢山の注文を集めてまとめて発注しなければ、永久に買えない人が出現する」ということです。うちはソニーではないので、自社で部材を作ることは出来ません。ありものの部材を使うからこそ、それでも3万円という原価になるのです。これが部材が枯渇したあとでは、10万円だしても作れなくなってしまいます。この価格でenchantMOONを作るチャンスはまさに今しかないのです。


 注文がまとまっていることは、工場と話をするときに特に重要です。

 「全部で1000台作ってくれ」というのと、「全部で10万台作ってくれ」というのでは、工場のやる気も大きく変わります。原価にも響きますし、タッチパネルとデジタイザーの製造ラインが消えてしまう前に需要が発生することが大事なのです。


 そこまで考えると、例えば僕たちが非常に保守的な考え方で、どうしても資金を回収するために5万円で売るとします。5万円を超えるとサラリーマンのお小遣いで即決で買うにはちょっと厳しい値段です。こういう商品はじわじわと半年くらいかけて売れて行くでしょう。まあそれでも少量生産なので、enchantMOONは幻のハードウェアということになると思います。


 これはこれでUEIの事業としてはこと足りるかもしれませんが、その結果本当に欲しいと思っている人が5万円はいますぐ用意できなくて買うことができずに涙を飲むかもしれません。そしてこのようなハードウェアの場合、初回ロットが手に入らないということは、永久に手に入らないことを意味します。


 たとえば僕は、Macintoshのオリジナル版の開発者(ジョブズ以前の)であるジェフ・ラスキンが作った画期的なUIを持つコンピュータCannon CATという端末がぜひとも欲しいと思っているのですが未だに手に入りません。AppleのLisaも、完全に動作する商品は未だに手に入れることが出来ていません。僕は秘書をやとい、常にオークションをチェックさせているのですが、そもそもそんなものはそうそう市場に出回っていないのです。XEROXのAltoは、何千台か作られたはずでが、現存するものはアラン・ケイ氏の手元にあるものを含めてわずか数台のみです。そんなものなのです。


 僕は動作するNeXTを持っていますが、これとてオークションで何十万円も出して買ったものです。NeXTは300万円しましたが、ビジネス的には失敗しました。Lisaも値段が高すぎて失敗し、Macintoshも当初は日本で買うと100万円以上したそうです。それで売れませんでした。僕は実業家として、最小から失敗するとわかっている事業をすることはできません。それは株主の信頼に背くことになります。うちの会社の株主といえば、JAFCOさんもD2Cさんもそうですが、それ以上に、社員です。UEIは社員にストックオプションを配っておらず、そのかわり社員持株会を設置して社員が自分の意志で好きなときに入退会できるようにしています。つまり社員の財産が掛かっているのです。単なる趣味やヒロイズムで安易な価格設定はできません。


 価格が安いというのは、絶対の武器です。しかし安くしすぎて売れば売るほど赤字になるようなビジネスをしたら、今度は会社が潰れてしまいます。株主、そして社員の信頼に背くことです。だって考えてもみてください。UEIの100人の社員の中で、アルバイト含めて150人のスタッフのなかで、たった10人しか、このプロジェクトに関わることを許されていないのです。作ってる人間はまだいいでしょうが、作っていない大多数のスタッフによって、このプロジェクト全体が支えられています。昨年11月末、ハードウェア事業への参入を発表するとき、僕は彼らに約束しました。「今から僕がすることは、すぐにはわけがわからないだろうが、僕を信じてくれ」と。みんなが信じてくれたわけではありませんでした。取締役ですら、わけがわからない、とこぼす人も居ました。それでも色々な事情や思いを抱えながら、今目の前の仕事に打ち込む90人の社員がいるからこそ、enchantMOONの10人は全力で仕事に打ち込めるのです。それを決して忘れてはならない。会社の事業をきちんと成立させるのは、経営者として僕が果たすべき絶対の使命なのです。


 できるだけ安くしたい、が、絶対に損をしては行けない。

 そのギリギリの線を見極める必要がありました。


 せっかく作ったものを出来るだけ多くの人に触ってみて欲しいし、そして当然こういうものだから、不満も出ると思うんです。不満が出たときに、「よし、おれがなんか機能追加してやろう。いじってやろう。これでなにができるか考えてやろう」と一肌脱いでくれる人が、一人でも多く居た方がいいに決まってるのです。


 そういう人たちがどのくらいいるのかわかりませんが、しかし買う人にとってはUEIの研究開発費が回収できるかどうかなんて、本質的には関係ないですよね。


 1000万台売ろうとして作られる端末も、100台しか作られない端末も、値段は値段です。


 我々はなんのためにハードウェア事業をスタートするのか、それは新しいコンピュータを創りだすためです。それを世に問い、新しいパラダイムを見つけ出すためです。


 だとすれば、最初の機種で投資を全て回収しようなんてちょっとムシの良すぎる話ではないですか。

 買おうと思った人、欲しいと思った人みんなが買える価格にしたいと思いました。


 それだと5万円オーバーは、やっぱりちょっと高すぎます。


 「よし、よくわからないけどこのオモチャを買ってみよう」


 と思える値段ではなくなってしまっています。

 でも普通に考えたら、普通にヨドバシカメラで売るとか、そういうことを考えたら、5万円は絶対にするのです。


 だって考えてみて下さい。大手量販店はポイント還元だけで10%もあるんですよ。

 そこから広大な売り場の維持費と売り子の人件費を全部足したら、最低でも40%はないと、売れるかどうかわからない商品のために売り場の面積を割くことはできないじゃないですか。


 この例外中の例外が、Apple製品です。Apple製品だけは40%も利益を載せられません。

 でもApple製品がないなんて、パソコン売り場として物足りないじゃないですか。AppleはApple Storeを全世界に展開しているので、もはや量販店で売る必要はないんです。自分で売った方が利ざやも大きいから。そういう事情があるのでApple製品だけは特別扱いされています。


 ということは、我々もまずは直販に限定して流通経費を圧縮するべきだと思いました。

 そうしたら値段をグッと下げることが出来ます。


 仮にenchantMOONが1万台売れたとして、粗利は1億円。それだけあれば、また次の世代の端末を作ることが出来ます。もちろん1万台売るのは大変です。製造するのも大変です。でも、たとえばenchantMOONの値段を50万円にしたら、1000台売るのも大変です。価格はそういうトレードオフで決まります。


 それで僕は製造の担当者に「ちょっと待って」と言い、金庫番の武市さんのところに行きました。


 「武市さん、enchantMOONの価格なんですけど、5万円切ったらどうなりますか?」


 「ざっと500万円の損かな」


 「じゃあ、4万円切ったら?」


 「2500万円の損」


 「2500万円ですか」


 「ただ、円安で部材調達コストも上がってるから、それあわせると5000万」


 5000万円。

 年商10億円の会社にとって、5000万円は決して安い金額ではありません。

 けど、初回の製造販売が失敗したら、損するのは5000万円ではなく、1億5千万円まるごとです。



 「武市さん、僕、3万円台にしたいんですけど・・・」


 「サンキュッパ? 39,800円?」


 「そうです」


 「そうか・・・・・だったら腹ァ括るか」


 「損しませんか?」


 「ギリギリ・・・いや、研究開発費で割ったら確実に赤やけど、ギリっギリ、売れば売るほど損するというわけにはならない金額かな」


 「税込みで」


 「税込みで!?・・・うーん、でも4万と3万じゃえらい違いだしなあ」


 「送料別で」


 「・・・・・アリなんちゃうかな」


 「じゃあ、今からプレスリリース書きます」


 時間は午後2時をまわったところ。

 急いでプレスリリースを書いて、特急で申し込む。


 夜に開催された取締役会で、監査役の福岡さんが言った。


 「これ内覧会やらないの?」


 「えっ」


 「マスコミ向けの内覧会、やらないとさ。みんな記事にできないよ」


 さすが元週刊誌の編集長だ。マスコミの心情をよくわかってる。 

 急いで内覧会の段取りを手配する。

 取締役会の席上から、増田にFacebookメッセージを送信。


 「内覧会、4月23日の午後1時にゲンロンカフェで出来ないかな?」


 「聞いてみます」


 その間にも、取締役会では淡々と事業計画について説明がされていた。武市さんから、enchantMOONの価格決定プロセスについての説明。


 「・・・ゲンロンカフェ、確保できました」


 今日の今日で、翌週火曜日のイベントスペースを押さえることが出来るのは、ゲンロンカフェという場所を作った甲斐があった。


 それからプレスリリースと内覧会の案内を各マスコミに配ったのは9時過ぎ。

 すると週アスの伊藤副編からFacebookメッセージ


 「22時30分に記事出します」

 

 さすが伊藤さん。仕事が速い。

 3万円台というのは、ギリギリ、お小遣い制のサラリーマンでもなんとか買える金額。かつて取材に訪れた方のうち、何人かがそう語っていた。


 だったらそれでやってみよう。

 一人でも多くの人に、新しいコンピュータの感覚を体験して欲しいし、このムーブメントに参加して欲しい。子供がいたら、子供と一緒に、この新しいオモチャをどう活用するのか試して欲しい。もちろん、最初から完璧に完成されたものを出すことはできないけど、僕たちとしてはできるだけのことをやる。さあ、のるか、そるか。


 とりあえず目先の採算は無視して、しがらみに囚われないベンチャー企業だからこそできる野心的な価格設定で勝負したい。それで39,800円なのです。これ以上安くすると、僕たちは次の打席に立つことが出来ません。そういう値段です。



 4月23日の正午からオンライン予約を受け付け開始しますが、4月23日中に予約された分はよほど非現実的な分量でない限りは製造できるよう部材の確保をギリギリまで工場に待ってもらっています。24日には部材を発注するので、23日に予約を頂いた分は最低限作ることが出来ると思います。が、本当にあまりにも多く注文を頂くと生産が何ヶ月かに渡ってしまうかもしれません、注文を頂いた順番になると思います。そんなに大きな工場ではないので。


 この価格発表には意外な効果がありました。

 それまで「売れるかどうかわからないから通常の料率で」と言っていた複数の販売パートナーの方々が、「最低限の料率でいいから売りたい」と言って来てくださったのです。これなら値段はそのままで出せます。


 急転直下、直販のみではなく、複数の販売パートナーさんでも予約を受け付けることができるようになります。こちらも明日までには案内が出せると思います。


 ちなみに予約の開始は「23日火曜日の正午(12:00)」です。なぜか深夜0時と勘違いされてる方がいますが、お昼です。



 明日行う、ゲンロンカフェでのイベントでは、最終版のハードウェアは間に合いませんが(製造工程の調整があるので)、使用感は充分体験していただけるよう準備したいと思っています。こちらは無料のイベントですが収容できる人数に限りがあるのでお早めにお越し下さい。7時からです。


 また、マスコミの方向けの内覧会を1時から予定しています。ご希望の方はinfo あっと uei.co.jpまで


 それと、先ほどPV第四弾を公開しました。

 それではまた明日