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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2013-07-08

天才、金子勇 06:54

 まさか二回続けて訃報のエントリーを書く羽目になろうとは。

 しかも今度はまだ40代の若さ。

 そして僕の大切な友人の一人、金子勇さんが一昨日の夕方、逝去された。


 土曜日の夜に訃報を受けた時は現実感をもって受け止めることが出来なかった。

 あまりに突然な死に、僕は未だにそれを受け入れられていない。まさかよりによって彼が、なぜ・・・・。


 僕がまだ大学生だった頃、原子力研究所に居た金子さんと会った。

 僕たちは共通する趣味を持っていた。3Dプログラミングだ。


 僕はDirect3Dの本を書いたばかりの頃で、金子さんはNekoFlightという、マクロスに強烈にインスパイアされたアプリを作っていた。


 それから節目、節目で会う度に金子さんは凄いプログラムを書いてみせてくれた。3Dプログラマーで集まって、飲み会をする度に、金子さんはやってきて、凄いプログラムを見せてくれた。毎回凄かった。


 僕が最も尊敬するプログラマーであり、掛け値無しの天才だった。


 金子勇さんがなぜ天才だと思ったのかというと、まず情熱があり、その情熱を裏打ちする理論を自分で構築するという極めて希有な能力を持っていたからだ。ふつう、「天才!」と呼ばれるような人であっても、教科書に書いてある理論を実装するのがせいぜいである。それだけでも相当な明晰さを要求するし、褒められるに値する。


 しかし、金子さんはその教科書をまるごと書き換えてしまうような、とてつもなく優れた理論構築ができる、数少ない「本物の天才」だった。日本のプロの研究者のなかでも、金子さんほど大胆な理論構築が出来る人は居ないだろう。


 だから金子さんが未踏ソフトウェア創造事業で天才プログラマーに認定されたとき、彼ほどその称号に相応しい人物は居ないだろうと思った。未踏が金子さんを天才として認めたのではなく、金子さんが未踏に「天才」の正しい用法を与えてあげた、と解釈できる。


 僕は金子さんが天才プログラマーの称号を得ていなかったら、僕自身もそれに挑戦することを躊躇っただろう。僕にとって未踏の権威とは、金子勇そのものだった。金子勇がいるからこそ、未踏は天才を認定する資格を得ていたのだとも言える。IPAが金子勇を選んだのではない、金子勇に選ぶことを許されたのだ。


 あるとき、テレビのニュースを見たら、信じられないものが映っていた。

 逮捕の報道だった。


 なにかの間違いだろうと思った。

 まさか金子さんがWinnyの開発者だったとは・・・


 なぜ金子さんは逮捕されることになってしまったのか。

 それはWinnyが完璧過ぎたからだ。


 本来、著作権法違反をしているのは、Winnyという仕組みではなく、Winnyに著作物を「放流」する人々である。コピーする権利(ライト)を定めたものが著作権(コピーライト)であり、それを侵害するのは、あくまでもWinnyのユーザであってWinnyそのものではない。


 Winnyは、世界で始めて実用的に実装された超分散ファイルシステムの原型だった。

 それが実現したものは、利用者全員が平等に匿名の容疑者になるという究極の分散環境だ。


 Winnyのシステムの前では、全てのユーザーのハードディスクは単一の仮想ストレージに統合され、誰でもアクセスできるし、頻繁にアクセスされるものはそちらへ自動的に移動される。


 その結果、誰かが違法性のあるものを放流したとき、犯人の特定が極めて困難になった。

 いわばWinnyのユーザーは、Winnyをインストールし、稼働させているだけで全員が犯人であり、全員が犯人であると同じくらい全員が無実であった。


 従って警察は実際に著作権法違反を行った特定の人物または集団を見つけ出すことが出来なかった。

 見せしめとして最も相応しかったのは、Winnyそのものを創りだした人間、金子勇を逮捕するということだという考えに至るのはむしろ苦し紛れだったのかもしれない。


 結果的に金子勇は無罪だった。当たり前だ。彼が作ったのは単なる超分散ファイルシステムだ。あるものが違法コピーに使われたからといって、その作者が全て罪に問われるのならば、LinuxもWindowsもインターネットも同罪ということになってしまうだろう。


 成りすまし遠隔操作事件よりも遥か以前から、警察の対応能力はネットに追いつけなくなっていたのである。そしてヤケクソで明らかに無実の人を逮捕し、見せしめにしようとするスタイルは変わっていない。


 しかし何より金子勇が不憫だったのは、その無実への戦いである。

 七年もの長きに渡って行われた公判の最中、彼はコンピュータに触れることを許されなかった。


 日進月歩、秒進分歩と言われる時代に七年である。ドッグイヤー換算なら半世紀に相当する期間だ。あまりに長い期間、彼は「証拠隠滅のおそれ」があることを理由にコンピュータに触れることができず、腕はどんどん鈍って行ったのではないかと思う。それでも本物の天才である金子さんのことだから、新しいことを考え、第三回天下一カウボーイ大会では彼の考えた新しい人工知能のアイデアが披露されたときは嬉しかった。


 その天才が逝った。

 この喪失感は、かつてないほどの衝撃として僕を襲った。

 ここ数年、この業界の周辺で多くの有名人、重要人物が若くして逝った。


 しかし、これほど残念に思ったことは初めてだ。


 それは金子勇こそが、唯一、僕が心の底から本物の天才プログラマーと呼べる人物であり、同じ夢を追いかけた仲間であり、これから再び新しい夢、新時代のコンピュータを創りだそうとする同志だったからだ。


 我々は、もう彼のコードを見ることはできないのだ。

 本当に、本当に惜しい人を亡くした。


 電脳空間カウボーイズでは、クレバリーフォーセブンというカウボーイネームで未来のコンピュータについて語っていた。もっとその場を用意してやればよかった。もっと彼の言葉を僕は聞いておきたかった。残しておきたかった。まさかこんなことになるとは。


 本当に、未だに信じられない。

 嘘だとおもいつつ、誰ともわからないように呟いた。

 その言葉をクチにすれば、それが真実になってしまうような気がして怖かった。


 しかし現実だった。

 夢の中で知人が亡くなることはたまにある。


 ショックを受けて、苦しんで、もがいて、それからハッと目が覚める。なあんだ、夢か、と。安堵する。

 今日もそんなふうであればいい、と思っていた。


 しかし現実は変わらなかった。

 残酷だった。


 金子さんは僕の知るプログラマーの中で最も優れた頭脳を持っていたうえに、最も謙虚な好人物だった。あれだけのものを産み出したにも関わらず、彼はなお謙虚な態度を崩さなかった。


 コードを心から愛し、本当に愛し抜いた男が逝った。本物の天才が。


 僕は偽の天才だ。同じ名札がついてはいるが、金子勇という純金の前には、僕は金メッキされた真鍮のハリボテにすぎない。


 天才を喪うということがどれだけ辛いか、まだ気持ちを整理できない自分が居る。

 普段なら、誰かが亡くなっても、「誰でも永遠に生きられるわけではない」と納得するのだけど、今度ばかりは辛い。金子勇が生きる世界線に、できることなら移りたい。


 だが現実には、もうどうにもならない。


 いまの僕たちにできるささやかなはなむけは、彼のぶんまで生きてコードを書くことだ。

 本物の天才を知る者として、彼の友人として恥じないコードを書くことだ。


 ご冥福を。

 そして、いままでコードをありがとう。