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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2014-12-03

伝説降臨!神田"やまいち"のカツ丼が奇跡の復活! 08:24

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 神田の「やまいち」と言えば、カツ丼の名店中の名店。

 まず、トンカツとカツ丼は違う、というところから話をしなければならないが、トンカツはあくまでも豚を揚げたもの、カツ丼はトンカツを出汁と卵でからめ、丼に乗せたもの。


 「うまいトンカツの店」と「うまいカツ丼の店」は微妙に異なる。

 「うまいトンカツ」と言えば、上野のトンカツ御三家と呼ばれる「双葉」「ぽん多」「蓬莱屋」にいけばいくらでも食べることが出来る。御三家には入っていないが御徒町の井泉や秋葉原のまる五も相当美味い。


 トンカツの美味さというのは、ひとつは豚肉の質、もうひとつは揚げ方で決まる。

 これはもう一種の芸術であり、しかも店によって揚げ方に関する哲学が違う。だからどのトンカツ屋が一番であるとか決めるのは野暮というものだ。寿司職人の腕の違いというのは、素人がわかるのはなかなか難しい。よほどのことがないと材料が勝ってしまう。つまりいいネタを使えば素人が握ってもそこそこ美味いのが寿司である。


 しかしトンカツは、たとえ最高級の白金豚だろうがスペインでどんぐりだけを食べて育った最高級のイベリコ豚だろうが、揚げ方をひとつ間違えれば台無しになってしまう。緊張感が全然違う。


 衣はどう付けるか、肉に隠し包丁をどう入れるか、などなど、トンカツ職人の腕の見せ所なのである。


 しかし「カツ丼の美味さ」は、トンカツの美味さと必ずしも比例しない。

 むしろ伝統的なトンカツ屋ではカツ丼は出ない。


 カツ丼を作る技術とトンカツを作る技術は全く違うものだからだ。

 カツ丼の正否を決めるのは出汁と卵である。


 これは芸術的なまでに繊細な味覚のセンスが必要になる。

 トンカツの場合、味を構成するのはソースなどの薬味がメインになるのでここまで繊細な味覚は要求されない。フワッ、カリッ、ジュワッという食感が命だ。


 カツ丼はこれに加えて出汁の選定、卵の絡め方という極めて繊細な味覚が加わるのだ。


 だからカツ丼が美味いのは、意外にトンカツ屋ではなく蕎麦屋だったりする。

 蕎麦屋はつけ汁や出汁に非常に強い拘りがある。


 だから親子丼だろうがカツ丼だろうが非常に高いレベルで味を仕上げて来る。


 しかし残念ながら蕎麦屋においてトンカツはあくまで脇役であり、出汁が主役だ。

 つまりカツ丼においては主役であるはずの肝心のトンカツは、物足りないことが多い。


 「それこそが正しいカツ丼の姿である」という主張に敢えて異論を唱えるつもりはないが、完璧なトンカツによる完璧なカツ丼、それを追求しようとするとき、神田に名店「かつ漫」があった。


 大評判になった「かつ漫」の板長が独立し、さらにその味に磨きをかけ、最高レベルに研ぎすましたのが「やまいち」である。


 しかも店はかつ漫の目と鼻の先。

 因縁さえ感じるこのカツ丼戦争の勝者がどちらであったかは、昼の行列ぶりをみれば一目瞭然である。


 とはいえ、やまいちがあまりに人気店であるため、行列を嫌ってかつ漫に流れる客も少なくない。

 板長が変わったとはいえ、そこは名店。かつ漫のトンカツもカツ丼もまた、上野御三家と向こうを張る、名店の名に恥ずかしくない完成度を誇っているのだ。


 実際、僕もやまいちの行列にくじけて、むしろ近所のかつ漫の方に多く通っていた。

 「よし、今日は気合いをいれてなにがなんでもやまいちを食うぞ」というときでなければ、かつ漫で充分、美味いカツ丼を味わうことが出来たのだ。


 その意味ではうまい具合に共存共栄しており、こうして神田須田町におけるカツ丼戦争はつかの間の平和を享受した…かに見えた。



 異変が起きたのは数年前、突然のことだった。

 やまいちの入り口に不穏な貼り紙が貼られる。


 「店主入院のため、しばらくお休みさせていただきます」


 なんということだ。


 この食の芸術、あのやまいちの主が、病に倒れてしまったと言うのだ。


 この貼り紙に常連客が次々と「頑張って下さい」「またおいしいカツ丼を食わせてください」と激励のメッセージを書込み、卒業式の色紙さながらの様相となった。


 他人事ながらやまいちを愛する一人のファンとして、やまいちの前を通りがかり、この貼り紙を目にする度に目頭にこみ上げて来るものを感じた。


 これほどまでに人々に愛されたカツ丼屋が他にあるだろうか。

 しかしやまいちのカツ丼は本当に人を倖せな気分にさせてくれるのだ。

 明日への活力、辛いことがあっても、こんなに美味いカツ丼を食えた。また頑張ろうと奮い立つ気持ち。


 どんな凶悪犯でも、やまいちのカツ丼を取調室で出されたら、一発で自白してしまうだろう。

 やまいちのカツ丼を食べることを思えば、一刻もはやく娑婆に帰りたいと思うはずだからだ。


 そんなファン達の応援の声も虚しく、カツ丼を芸術の域にまで高めたやまいちの主は逝ってしまう。

 カツ丼を愛した一人の天才が、そうして息を引き取ったのだ。


 ライバルであるはずのかつ漫の店内はやまいちの客が流れ来て連日盛況だったが、空気はむしろ重かった。

 

 そして「やまいち逝く」の悲報はインターネットを通じて全国のカツ丼ファンに伝えられ、一人、また一人と神田に足を運ぶカツ丼ファンが減っていった。


 ほどなくして二代目が営業を再開した「やまいち」も、時間がランチタイムに限定され、しかもメニューは減り、看板メニューであるはずのカツ丼が消えていた。


 店舗の再開にわくわくして赴いたカツ丼ファンは再び落胆する。

 しかし常連なら誰もが心に期待していたはずだ。


 やまいちが、カツ丼を諦めるわけがないと。

 むしろ先代が芸術の域に高めたやまいちのカツ丼だからこそ、生半可なものを出せないのだと。そのために二代目が修行を積んでいるのだと信じて、ファンはランチタイムにやまいちに通うのだった。


 それからしばらくすると、かつ漫も経営者が変わってしまったという噂がながれた。

 店というのはデリケートなもので、経営者が変わると味も変わったと感じられるようになった。


 そうしてついに神田須田町からは本物のカツ丼、魂の入ったカツ丼を出す店が弊えてしまった。


 それからしばらくの間、僕は湯島の「かつ進」でかつ重を食べてカツ丼への渇望を慰める日々が続いた。

 ああ、あの芸術のようなカツ丼は、もう二度と食べることは出来ないのか。



 先日、ふと増田哲朗が「やまいち、カツ丼復活したらしいんですよ」と一報を入れて来た。

 いつも行く店の食べログを見るという驚異的なネットストーカー的性格を持つ哲郎はやまいちのページもいちいちチェックしていたのだ。


 「何!?ついに、ついにその日がやってきたか!」


 ちょうど昼時、僕はとるものもとりあえず、哲郎とともにやまいちへ飛び込んだ。

 はやる気持ちを抑えながらヒレカツ丼を頼む。


 心無しか、料理が出て来るのに時間がかかる気がした。

 まだオペレーションに慣れていないのだろうか。


 しかし待つ価値は十二分にあった。

 眼前に、見事なまでのあの時のカツ丼が復活していたのだ。

 やまいちのヒレカツ丼。1800円。


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 豚を食べる、という行為の中でも最も神聖な行為、それがやまいちのカツ丼を食べるということなのだ。

 盛りつけは往時のものと寸分違わぬ迫力がある。

 一切れ掴み、肉厚を確認する。

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 これだ。

 分厚すぎて、おもわず目の錯覚を疑うようなド迫力のヒレカツ。


 蕎麦屋のカツ丼はカツがぺったんこで、それがもの凄く物足りなさを感じてしまうのだ。

 しかしやまいちのヒレカツは違う。噛みしめると絶妙な歯ごたえとサクッとした衣、そしてあの至高の出汁と絶妙に溶けあった卵が、口の中で高度な味覚の芸術を完成させる。


 これだ。

 これこそが夢にまでみた、神田の人々が愛してやまなかったやまいちのカツ丼なのだ。


 まるで天にも昇るような気持ちで丼をあけた。


 そのときの僕はもはや無我夢中と言って良かった。


 完璧。


 もちろん口うるさい常連に言わせれば、まだまだ先代の味にはたどり着いていない、というかもしれない。


 だけれども、コレは紛れもなく他では決して食べることが出来ないやまいちのカツ丼なのだ。


 この味を再現するには想像を絶する程の苦労と苦悩があったと思う。

 完璧な味覚を追求したやまいちだからこそ、妥協のない状態でカツ丼を出したかった。


 しかし天才が産み出したメニューゆえ、それをトレースするのは並大抵の努力では難しい。

 だがこの困難・苦難をついに二代目はやり遂げた。


 これからもやまいちのカツ丼が食える。

 これがどれだけ人々に希望を与えてくれただろうか。


 カツ丼を愛する一人の男として、ありがとうと言いたい。