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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2015-01-08

子供の頃、何が欲しかった?  〜iPodのマーケティングとソニーの凋落 09:56


 飲み会などで、知らない人と会うとき、どんな話をするかというのはとても大切だ。

 つまらない話をすれば盛り下がるし、面白い話をすれば盛り上がる。


 僕は知らない人と面白い話をして盛り上がるのは、実はニガテだ。

 僕が面白いと思う話はたいていの人にはつまらない。それを面白いと思ってくれる人は、友達になれる。


 ではどんな人ともとりあえず盛り上がれる話とはなにか。

 それは相手の話だ。


 だから特によく知らない人と話すときは、できるだけ相手の話を聞くようにしている。

 とはいえ相手も自分から自分の話はしないもの。最初は仕事の話とか、出身地の話とか、好きな食べ物とか当たり障りのないものなんだけど、仕事がよほど好き、という人でなければ会話は途切れてしまう。そしてたいていの人は仕事の話をするのがそれほど好きじゃない。


 そこで最近は「子供の頃、何が欲しかった?」と聞くようにしてる。「サンタさんにお願いしてたものって何?」とか。とにかくそういうこと。


 そういう質問をいろいろな人に様々な場所でアトランダムに聞き出すと思わぬ傾向が見えてくる。


 たとえば今25歳の女性は、小学校の頃ほぼ必ずMDウォークマンを欲しがっている。

 誕生日やクリスマスやお年玉で、なんとかしてMDウォークマンを手に入れようとしていて、実際に入手している。

http://av.watch.impress.co.jp/docs/20030130/sony2_23.jpg

 「なぜそれが欲しかったの?」と聞いても、「なんとなく」という答えが帰ってくる。


 よほど宣伝が巧みだったか、何が奏功したのかわからないが、MD ウォークマンを手に入れなかった25歳女性は今のところ僕の観測範囲にない。


 子供の頃に欲しかったもの、欲しくてもなかなか手に入らなかったもの、というのはその人の原始的な欲求に紐付いている。


 子供というのは基本的に後先考えないし、コストも考えない。

 子供が純粋に欲しいと思うものは、その瞬間の人々が求めているものなのだ。


 大人の目線と子供の目線は違う。


 彼女たちが小学生の頃、僕は大学生だった。

 そしてMDといえば1992年だから、出始めの頃は高校生だ。


 僕らの世代では、MDは劣化した記録メディアという認識であり、形は3.5インチフロッピーに似ているが音質をスポイルしているというイメージがあってCDウォークマンのほうがどちらかと言えば人気があった。


 一度ダビングするというのも面倒だと思っていた。


 ところが25歳女性が小学生といえば、15年前だ。

 15年前とは2000年である。

D


 2000年のMDウォークマンのCMを見ると、驚くほどiPodのCMに似ている。

 

 機能のアピールはほとんどなく、ただカッコいい音楽と、楽しそうな人々と、カッコいい正方形のMDプレイヤー。


 ちなみにiPodはまだ発売されていない。


 この当時、社会人になっていた僕らが興味があったことといえばなんといっても携帯電話だ。iモードが破竹の勢いで発達し、ドワンゴが急成長していた頃である。この頃僕らは二ヶ月に一つのペースでネットワークゲームを次々と開発していた。


 音楽を聞くデバイスとしては、ダイアモンドマルチメディアのRioとか、釈由美子が宣伝してたHyperHydeくらいで、ちょっと病的な奴がPCでWinampを使っているくらいだった。

http://ascii24.ascii.jp/1999/12/21/images/images607946.jpg

ASCII.jp:アイ・オー・データ機器、MP3プレーヤー『HyperHyde』の発売を記念し、釈由美子さんのトークショーを開催

http://ascii.jp/elem/000/000/306/306788/?geta


 この当時のOSはCDのリッピングを標準でサポートしておらず、怪しいフリーソフトを使わないとCDからMP3に変換することができなかった。


 つまりこの時代の大人というのはMDプレイヤーへの関心を既に失っていて、どうせ劣化した音を聞くならMP3プレイヤーでいいやという感覚だったのである。


 この頃MP3プレイヤーは「シリコンオーディオ」と呼ばれていた。


 ただし当時のMP3プレイヤーには制約が多く、たとえば容量が最大でも32MBのMMC(マルチメディアカード)かスマートメディアしかサポートしていない。


 32MBというのは、CDに換算すると約1枚分の時間であり、これはヘビーな音楽ユーザにはあまりに少なすぎた。


 しかし誰も気にしなかったのは当時はそれが当たり前だったからだ。


 CDウォークマンにしろ、MDプレイヤーにしろ、1時間くらいの音楽を持ち歩くのが当たり前だった。


 だからシリコンオーディオも大容量化する必要など誰も感じていなかったし、その頃のMP3プレイヤーを使っていた僕が感じていた不満は「MMCとかペラペラのカードを何枚も持ち歩くのは面倒くさいなあ」ということだった。


 つまりMDのようにMMCを使おうとすると何枚も持ち歩くのは面倒だし、小さいからよく無くすし、そもそもMMC自体が非常に高価だった。


 でも一時間も音楽を聞いているとその音楽に飽きてしまい、やはり出先などでは違う音楽を聞きたくなったりする。けれどもそもそもCDからリッピングしてMMCに転送して持ち歩くということ自体がなにか腑に落ちないものがあった。


 シリコンオーディオの特徴は、長電池寿命と軽量性、そして何より物理的に回転する部品がないので「音飛び」がしないということだった。この点で、MDウォークマンがどれだけ頑張ってもひとつも勝つことができない。MDは過去のものだと僕らは認識していた。


 しかし小ささ、軽量さというシリコンオーディオの特徴は、実際には小さすぎて扱いにくいというネガティブな側面を持っていた。


 僕と千野裕司が釈由美子につられてHyperHydeを購入したのが1999年で、それから二年後にiPodが登場した。


 そのとき僕にはiPodはとても不格好に見えた。


 なぜならシリコンオーディオの特徴をまるごと否定していたからだ。

 シリコンオーディオの特徴はとにかく小さく軽いこと。回転部品がないから乱暴に扱っても平気なこと。


 ところがiPodはあろうことかハードディスクというPCのパーツの中でも最も壊れやすい回転部品を内蔵していて、なおかつ(当時のシリコンオーディオプレイヤーに比べて)巨大だった。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/35/Ipod_1G.png

 初代ウォークマンに先祖返りしたかのような巨大さは僕の理解を超えていた。


 5GBまたは10GBという容量は、確かに大きかったが、iPodよりも1年前に発売されたNOMAD Jukeboxも既に6GBのマイクロドライブ(HDD)を内蔵していたのでiPodによっていきなり容量が増えた、ということではない。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/ec/Nomad.jpg/1024px-Nomad.jpg

 むしろNOMAD Jukeboxは音楽マニア向けというか、大きめだし「そんなに入れる曲なんか持ってない」という人は興味を失っていた。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/cf/Creative_Nomad_MP3_Player.JPG/1024px-Creative_Nomad_MP3_Player.JPG

 NOMADの主力はより小さく、内蔵32MB+スマートメディアで64MBの96MBを実現する無印NOMAD シリーズで、これぞシリコンオーディオという感じだったし、そもそも見た目も小さく洗練されていた。



 だからiPodが発表された時、映画「スティーブ・ジョブズ」の冒頭のシーンのように拍手喝采が起きたかというとむしろ戸惑いと困惑の方が大きかった、と世界屈指のAppleウォッチャーである林信行は語っている。

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 当時の実際の発表会の映像がYoutubeにアップロードされている

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 今見直すと、これが本当にあのスティーブ・ジョブズのプレゼンかと思うくらいに白けている。

 ピューピュー口笛を吹いたり、「おおっ」とどよめいたりすることは全くなく、淡々と進む。


 クリックホイールを見せるシーンではジョブズがもったいぶるが、見せても反応は薄い。

 つまりiPodのプレゼンは終始ダダ滑りなのである。


 たまに笑い声が入るが、それはジョークに反応しているだけであって、往時のAppleのような熱狂ではない。

 どちらかというと「この人は何を始めようとしてるんだ?音楽?ビートルズとの商標権にケリがついたから音楽をやるというのか?」という困惑が支配している。

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 iPod nanoのプレゼンと比較するとしらけ具合がよくわかる。


 iPod nanoをジーンズから取り出すシーンは歓声が上がる。ジョブズもこの頃になるとだいぶプレゼンのコツを掴んでるようだ(NeXT時代のプレゼンはどれも冴えない)。



 だいたい、iPodはFirewireでしか接続できず、当然のようにWindowsともつながらなかった。

 当時Windowsにどっぷりだった我々はマイノリティであったMacユーザたちが一部熱狂してるのを対岸の火事として見てるしか出来なかったわけだ。



 そうしてiPodに大人が熱狂しはじめた頃に、小学生女子はMDプレイヤーに夢中だった。

 ここがこの話のポイントである。

 

 当時の僕、つまり24歳の僕の視点から見ると、MDプレイヤーなんか「誰が買うの?」という時代遅れのシロモノだった。


 当時既にテクノロジーのエッジにいた人々にとって音楽プレイヤーそのものが、電球のように魅力のないものだった。


 そもそもMP3プレイヤーそのものは1998年にダイアモンドマルチメディア社が発売したRio以来、さほど大きな進化も変化もなく(容量が最大64MB→96MBになった程度)、2001年時点では既にそれも廃れつつあり、僕らの目線では99年のHyperHydeが「MP3プレイヤー欲しいなー」と思う気分のピークだった。


 NOMADも買うかどうか検討することはあったが、2時間が3時間になってもたいした変化がないし、Jukeboxはイル(病的)に見えたし、必要ないかなという感じだった。そもそも日常的に音楽を聞く習慣さえも個人的には失っていた。


 電車通勤をやめて会社の徒歩圏内に引っ越してきたのもその頃だった。


 その頃夢中だったのはデジカメだった。毎月のようにデジカメを買っていた。さほど高くないし、魅力的なデジカメが次々に発売されていた時代だ。


 そんなときに現れたiPodは「遅れてやってきた(相変わらず冴えない)Apple製品」というものに見えた。

 iMacのデザインがクールだとか、iPodが凄いとか言ってたのはごく一部の人たちで、そしてこのブログの読者には意外かもしれないが、その中に僕は含まれていなかった。


 林信行が当時書いたiPodのレビューは正鵠を射ていた。


 「iTunesこそがiPodの最大の特徴である。つまりiTunesがなければiPodは成立せず、iPodはMacの周辺機器なのである」


 当時のドワンゴでは100人中三人しかMacユーザがおらず(そのうち一人は川上さんだった)、iPodを買う人も当然、3人しかいなかった。3パーセントだ。


 そしてMacユーザでない僕達はiPodになんの興味も持たなかった。


 それが大きな誤りだったと気づいたのは、4年後だ。


 会社を設立した頃の僕は、お金がなかったので電車通勤に戻った。

 電車通勤になって再びMP3プレイヤーが欲しくなった。


 その頃になるとiPodはかなり売れ始めていて、他のMP3プレイヤーは東芝Gigabeatくらいしかなかった。


 そこで僕はまず安かったiPod Shuffleを買った。安くて軽いし、ハードディスクも入ってない。つまり僕にとってはそれはApple製の(まともな)シリコンオーディオに見えた。


 iTunesをWindowsにインストールすると、いかにも鈍重で、しかもまるで別の世界からやってきたソフトのような違和感があった。


 そこでMacを買った。

 そしてOSXの完成度の高さに感激した。なぜ自分はいままでこれを触ってこなかったのだろうかと後悔し、周囲の人間に強烈にMacを薦め始めた。当時の僕はよくこう言っていた。


 「可哀想。Macじゃないなんて」


 そしてすぐiPod nanoが登場し、それが欲しくてたまらなくなった。

 

 その頃のソニーはかつての精彩を失っていた。


 ソニーはメモリースティックWalkmanで惨めな失敗を続け、僕も一度だけ買ったことがあったがOpenMG Jukebox(後のSonicStage)という信じられないほどダメなソフトに腹を立て、二度とウォークマンは買わないと誓った。

http://www.sony.jp/products/Consumer/PCOM/Acc/NW-MS7/Images/photo1.gif


 ソニーがAppleに負けたタイミングはいくつかあるが、ひとつの大きなターニングポイントが、OpenMG Jukebox(SonicStage)とiTunesだったと思う。


 ソニーはハードの会社だが、Appleはソフトの会社だ(ハードは基本的に外部調達している)。


 スティーブ・ジョブズはNeXT社時代にコンピュータの根源的価値はハードウェアではなくソフトウェアにあるという考えを強固にしていた。彼が重要だと思っていたものは、ソフトだ。NeXTが立ち行かなくなった時、ついにハードウェアビジネスを諦め、1993年(設立8年後)にNeXT SOFTWARE社へと改名した。


 そう、スティーブ・ジョブズは自らの使命を「ソフトウェア開発」と再定義したのだ。


 NeXTSTEP(OSの名称)からOPENSTEPとして移植性を高め、WIndowsNTやSUNのワークステーションで動かせるようにして売りだした(その名前とは裏腹にクローズドソースであり、販売されていた)。また、OPENSTEPの設計がJavaのクラスライブラリの設計に大きな影響を与えていることを考えると、いかにNeXTSTEPの設計が優れていたかうかがい知ることができる。

http://www.guidebookgallery.org/pics/gui/desktop/full/openstep42.png


 ただしOPENSTEP戦略はとりあえず失敗した(ように見えた)。

 

 ジョブズはAppleに、自分でもNeXT社でもなく、NeXTSTEPというソフトウェアを売り込んだ。

 これが実際には負け続きだった彼の生涯を永遠に変える一発逆転ホームランになったのだ。


 つまりジョブズ復帰以降のAppleというのはハードウェアではなくソフトウェアの会社である。

 だからiPodやiPhone、Macの工場がクパチーノではなく中国にあるわけだ。Appleは最初、自社工場でMacを作っていたが、それを全部アウトソースした。ソニーは自社工場を抱えているので価格でも性能でも厳しい勝負を強いられることになった。

 

 だからソフトウェア企業であるAppleのiTunesの方がソフトの出来がいいのは当たり前なのだが、それにしてもSonicStageは論外中の論外だった。戦おうという意志さえ感じられなかった。


 ソニーにとっては、ここがケチのつきはじめだ。ただ、ここに至るにはATRACというフォーマットの不味さ(MDから続く圧縮技術)やMagicGateという消費者無視の著作権保護テクノロジー(ソニー自身がソニー・ミュージックを持っているため、著作権管理者側の意識が表層化したと言われる)、メモリースティック、ソニーブランドのプライドを象徴する「It's Not Invented Here(それはここで発明されたものではない/自社技術に拘る傾向)」という大企業病などが複合してこの状況が生まれた。


 まさにソニーが「巨大企業であるがゆえの呪縛」によって敗北したのだとも言える。



 けれども当時のソニーというのはあまりにも巨大で、あまりにも儲かっていたので、それを問題視した人は社内にもほとんどいなかったという。ソニーのデジカメだけが頑なにメモリースティックを使うことに関してさえ「それがソニーらしさ」と考える人がまだ多かった。


 この時点でソニーの凋落を予想できた人はほとんどどこにもいないのではないか。

 しかしこのとき、つまり15年前にAppleとの勝負はついていた。


 ソニーはこれまで独自OSを何度も開発しながら、一般向けコンピュータとして成功するに至ってない。

 PlayStationOSやクロスメディアバー(XMB)のように、ゲーム機やテレビに特化した組み込みOSとしては成立しているが、それはOSが売れてるのではなくゲーム機やテレビが売れていただけであって、OSはオマケに過ぎなかった。


 11年間、ソフトウェア開発に注力し続けたスティーブ・ジョブズ率いるNeXTと、ひたすらハードウェアだけを売っていたソニーの差はここで生まれた。

 

 スティーブ・ジョブズがiPodを作ることを決断したのは、恐ろしくクレバーな判断だったと思う。


 iTunesは社外で開発されたSoundJam MPを買収して作った。

 iTunesと組み合わせたオーディオプレイヤーを作るため、コンサルタントのトニー・ファデルが呼ばれた。


 ここまで書いてから、この当時のエピソードはなにかないか探してみると、こういうことになった。

メモリースティックWalkmanにSonyの陥ったジレンマを見て、ジョブズはチャンスを直覚した。だから、確かにSonyの説明は不要かもしれなかった。ファデルを質問攻めにした後、大好きなプロダクト・プランニングに移った。

まずApple必勝の方程式に沿うことだ。

ソフトウェアとデザインの力で、驚くほどシンプルな操作性を実現する。そうすれば、mp3プレイヤーはギークのものから音楽ファンのものになる。シンプルを追求して非消費者を消費者に変えるのだ。

そのためにガジェットは再生専用とする。

Walkmanは、テープレコーダーから余計な機能を削り、「再生専用」にしたときに誕生した。ジョブズはハードとソフトを融合させることで、Walkmanを超えるつもりだった。むずかしい操作はガジェットから思い切り省き、ぜんぶパソコン上のiTunesにまかせてしまう。デジタル・ガジェットでAppleがSonyに叶うところは無いか。必死に考えて、iMovieに辿り着いた後に得たのが、このアイデアだった。


1000曲をポケットに持ち運べるよう、1.8インチHDDを採用する。

フラッシュメモリは当時64〜128MB程度だった。10〜20曲しか持ち運べないなら、Sonyの大賀典雄が創ったMD Walkmanを超えられない。MDを超えるためには、GB単位で小型のハードディスクを使うのが最適だった。

連載第45回 スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの〜iPod編 | Musicman-NET

http://www.musicman-net.com/SPPJ01/59-2.html

 

 ここだ。

 やはり「MDウォークマン」が原点であり、「メモリースティックウォークマン」がチャンスとして捉えられている。

 

 そしてまさかのソニーを超えるプロダクトを作ろうという決断をする。

 とはいえiPodが本当にウォークマンを抜き去るとは、やはり2001年には誰も想像すらできなかった。


 その裏側にはこれだけクレバーな戦略が敷かれていたのである。


 面白いのは、25歳女性はMDウォークマンの次は、メモリースティックウォークマンではなくiPodを買っているということだ。


 メモリースティックウォークマンなど、存在さえ忘れられているのではないだろうか。



 そして21歳の女性に話を聞くと、今はYotubeから(違法ではあるが)楽曲をダウンロードしてきてiPhoneに入れて聞いているのだという。アプリやスタンプなど、とにかくデジタルコンテンツに1円も支払ったことがないという。


 「なんで?」


 と聞くと


 「よくわからないけどそんなものにお金を払うなんて何かプライドが許さない」


 のだそうだ。


 この「プライド」とは何なのか、と考えると非常に難しい。

 ひとつの仮説としては、「ネットで調べ物をすれば(違法かもしれないが)タダで手に入るものに、お金を払うこと」が関係しているのかもしれない。本当のところはわからないが。

 

 実際、ゲームの課金会員率の低さを考えても、「一生課金しないユーザ」が依然として圧倒的多数である状況は変わらない。


 一部の重課金ユーザによってコンテンツ全体を支えている状況は今後もずっと続くのだろう。


 これは宝くじやパチンコと真逆のモデルである。


 宝くじやパチンコは大半のユーザが損をし、一部のユーザが得をする。

 ところがコンテンツは、大半のユーザが得をし、一部のユーザが損をする(しかも自らの意志で課金する)。


 このエントロピーの不均衡状態を作り出すことで、いまのコンテンツ産業は回っている。



 iPodとは、MDプレイヤーの事実上の後継機種である、という見方もできる。それはWindowsパソコンが(日本において)PC-9801の事実上の後継機種であったり、iPhoneが日本固有の携帯電話の事実上の後継になっているのと似ている。



 つまり、次世代の製品を作るためには、まず今の「MDプレイヤー」がなんであるのかを見つけ出さなくてはならない。

 

 例えば「それはiPhoneである」と定義するのは簡単だが、ならば、MDプレイヤーに対するiPodは、iPhoneに対するどんなものになるのだろうか。



  1月21日に久しぶりにリアルイベントやります

3年目のゲンロンカフェで僕と東浩紀が語らいます - shi3zの長文日記

http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20150116/1421373435