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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2015-12-09

日本のアニメ業界を変えた男の生き様に衝撃を受ける 08:31

 うちの親父が好きだったアニメが2つ有る。

 普段は滅多にアニメなんぞ見ないのだが、とにかく好きなアニメが2つだけあった。


 それは、ルパン三世、そして宇宙戦艦ヤマトだった。


 なぜか同じ松本零士の関わる銀河鉄道999やキャプテンハーロックには興味がなくて、特に宇宙戦艦ヤマトは親父にとって特別な存在だったらしい。


 そして、宇宙戦艦ヤマトほど特別なアニメは世界中探しても見つからないのではないか。


 アニメを「子供が見る暇つぶし」から「大人が感動する芸術」まで高め、数多くの人々に影響を与えた。



 ヤマトが映画になった頃、親父はもういい大人だった。

 しかしどうしても映画館でアニメを見たい、そう思わせる熱量があのアニメにはあった。



 ヤマトという社会現象。

 その爆心地には、たった一人の男が居た。


 男の名は西崎義展。

 もとは俳優を目指していたほどの男前で、名家の産まれ。

 しかし徹底したアウトローである。


 芸能プロダクションを立ち上げ、一定の成功を収めるが資金難に喘ぎ海外逃亡。取って返して手塚治虫に近づき、手塚の懐刀として数々のアニメをプロデュースする。そこで出会ったのは、若き天才、富野由悠季安彦良和だった。


 言うまでもないが、この二人は後に機動戦士ガンダムの制作をする中心人物となる。


 しかし西崎のやり方は強引で、すぐに次々と軋轢を産み、手塚治虫自身とも決定的な仲違いをしてしまう。難物である。

 しかし手塚治虫の完全主義が災いし、虫プロは倒産。

 西崎はそれまで誰もやっていなかった手法で、独自のアニメを作り出す。


 テレビ局と直接交渉し、自分のリスクで完全オリジナルアニメを制作。

 それまではテレビ局に移っていた著作権を制作会社が保持する形にして、テレビ局には放映権を販売する。

 

 そうして出来上がった前代未聞のアニメが、「宇宙戦艦ヤマト」である。

 ヤマトはアニメとしても画期的な挑戦の連続だった。


 宇宙戦艦はアニメとして動かすには複雑過ぎて、当時誰もやりたがらなかった。

 緻密なメカを動かすなど無謀とも思われた。


 しかし西崎はやり遂げた。


 あの時代にヤマトがあったからこそ、ガンダムがあり、エヴァがある。

 富野由悠季、庵野秀明、島崎和彦、いまのアニメ・マンガ業界の重鎮と呼ばれる人々で、ヤマトに影響を受けなかった人はいない。



 西崎はヤマトの成功をバックに、劇場版を大成功させ、巨万の富を築く。

 銀座で派手に金を使い、会社用の秘書と自宅用の秘書を何人も雇う。秘書の半数は愛人を兼ねていたという。

 愛人には住居と手当を与え、店と仕事を与えた。


 この世の春を謳歌していた西崎だったが、ヤマトの成功に拘り続けるがあまり、次々とミスを犯してしまう。


 ヤマトの興行成績は、第二作、「さらば宇宙戦艦ヤマト」で最高潮に達する。

 「さらば」は最後のヤマトとして作られ、ラストは古代進によるヤマトの特攻という衝撃的なラストで終わる。


 このラストはアニメファンの間で論争を巻き起こし、スタッフの分裂も招く結果になった。


 ところが西崎は、続く作品を失敗させ、テレビ版「ヤマト2」ではラストを変更。古代は死なず、森雪も生き残った。


 そこからファンの心は次第に離れていき、西崎と決定的な因縁を持っていた富野由悠季はガンダムで復讐を果たす。ガンダムの成功は見事なほどのヤマトの戦略を踏襲したもので、そして同時に富野にとって西崎は尊敬すべき優れたプロデューサーであると同時に不倶戴天の敵だった。


 ガンダム人気の台頭の影でヤマトは求心力を失っていき、西崎は会社を倒産させる。

 このあたりでかなりきな臭いことをやっていたようだ。


 さらに松本零士との著作権をめぐる裁判でヤマトの制作は泥沼化し、最終的には裁判で西崎に著作権があることは認められたが、ヤマトの評判は苦しい物になった。


 そうして彼が決定的に転落するのは、意外にも銃刀法違反である。

 西崎の自宅から、M-16などのアサルトライフルグレネードランチャーなどが発見されるのだ。


 自慢のクルーザーで石原慎太郎尖閣諸島に上陸しようとしていたらしい。

 

 この業界が破天荒なことはある程度知っていたつもりだったが、ここまで無茶苦茶な人がいるとは想像を超えていた。


 決して真似してはいけないし、そもそも真似のできることではないが、事業家として、職業人として、学び取れるところは数多い。


 久しぶりに衝撃を受けた本だった。

「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気

「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気