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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2015-12-15

実は仕事にノウハウなんてないのかもな 07:56

 いや、ないんだろう。


 基本的に、仕事で成功した人と、成功しなかった人がいるだけで、成功するかしないかは単純にどれだけ仕事をやったのか、ということに正比例する。


 仕事の場合、スポーツや芸術と違って、目標が無限にある。

 どこでも好きなところに目標を設定できる。


 だから、目標をどこに決めるか、決めた目標に向かってどれだけひたむきにエネルギーを注ぎ込めるか。

 もはやそういうことでしかない。


 最近面白そうな本が立てつつづけにでたので、持ち歩いてるんだけど


 ひとつは、旧メディアワークスで、「ソードアート・オンライン」や「とある魔術の禁書目録<インデックス>」などを立ち上げた編集者の三木一馬さんの仕事術に関する本です。

面白ければなんでもあり 発行累計6000万部――とある編集の仕事目録

面白ければなんでもあり 発行累計6000万部――とある編集の仕事目録


 この手の商売の場合、時と場合によっては著者よりも編集者の能力が大きく成功を左右します。

 

 その意味で編集者が全面に出てきて自分の仕事術を語るという、なんていうか、本来裏方であるべき編集者が突然前に出てきちゃって戸惑う、そんな本。


 基本的に読んでも真似できないのでどちらかというと舞台裏が知りたいファン向けです。

 時代とタイミング、そして「その場」にいないとなかなか体験できないことが多いので、これを活かそうというのは無理があります。


 僕もこの、「読んでも真似できない」系の仕事術の本を書けと言われることが多く、「読んで真似できないような本を読んで読者の人はどうするんですか」と聞くことがあります。


 するともう、ビジネス書の編集者としては、売れればなんでもいいので「とりあえず書いて」と言ってくるわけです。本の"開発費"なんて知れてますからね。


 保証印税で数十万、多くて百万、紙代あわせて数百万、それで納入しただけで一冊1000円の本が3000冊で300万の現金がポンと入ってくる。もちろん返本がでたら返さなきゃならないけど、お金で返さなくても新刊で返すことができる・・・という自転車操業なわけです。


 とはいえそういう「読者不在の編集者側のひとりよがりな理屈」にあんまり付き合いたくないので、僕としては、やっぱり本にするならするで、ちゃんとお客さんが見える本しか書きたくないなあと普段から思っています。本を作ってる途中で編集者の人と意見が食い違ったり、企画ではこうだったけど、書いてみたら変わってきちゃったりしてしまうこともよくあるので、そのときにどう軌道修正できるかが、たぶん編集者の能力の差だろうと思うわけです。


 同じ編集者の人が書いた本でも、レビューも好評でしかも意外と役立つ感じがするのがこの本


ぼくらの仮説が世界をつくる

ぼくらの仮説が世界をつくる


 著者の佐渡島さんは「宇宙兄弟」や「ドラゴン桜」の担当編集者として大変有名な方です。有名な編集者っていうのはなかなかすごくて、全然畑違いの僕のような人間のところにも噂が届くんです。


 「講談社で宇宙兄弟を担当してる佐渡島っていうすごい編集者がいる」っていううわさ話が聞こえてきて、最初のそのうわさ話を教えてくれたのは「もしドラ」の編集者で今はケイクスの社長をやってる加藤貞顕さんだったかな。


 作家の影に隠れた編集者の名前が業界で轟くっていうのは、やっぱり凄いインパクトがあるんですね。


 その佐渡島さんが独立して会社を立ち上げたらしく、新会社のプロモーションも兼ねた本なのだと思いますが、いろいろと示唆に富んでいます。


 編集と一口に言っても、その職域は非常に広いので、学ぶべきところも多いのではないかと思う反面、作家とのキャッチボールがメインの編集という仕事は、実際のところ自分の実力なのか作家の実力なのかよくわかんなくなってしまうこともあります。それが分かるためには一度作家と袂を分かつしかない、というのも悲しいところです。


 名物編集者が書いた本ということで言えば、やはり岸田一郎さんの本は外せないでしょう。



 もうけっこう懐かしい感じさえする「LEON」の名物編集長、岸田一郎さんの本です。


 「ちょいワル」などの流行語を生み出した人の言語感覚とはどのようなものか、興味を持って読んだのですが、エピソードひとつひとつは面白いものの、やっぱり、自分の生活には応用しづらい話が多いんですね。


 さらに人に勧められて読んだ幻冬舎の見城さんの本


編集者という病い (集英社文庫)

編集者という病い (集英社文庫)


 この本はぶっ飛んでます。

 たぶん「読んで役にたたない編集者の本コンテスト」があったら、ブッチギリの優勝です。


 もうなんとなく出てくる人が凄すぎるんだもん。


 「おれが尾崎豊と最後に話したのは・・・」っていう調子でビッグネームがさらっと出てくる。

 タイトルが「病い」なだけあって、全体的に病んでる。


 なぜここまでして本を刊行したかったのかわからない。わからないけど解る。


 「プログラミングバカ一代」を仕上げるときにこの本を勧められて、「なるほど、できるだけ大げさに仰々しく書くとよくわからない迫力が出るんだな」と思った記憶がある。



 だからプログラミングバカ一代も基本的に仕事術の本ではなく、読んでも役に立たない本を目指した。


 普通、自伝だとか、この手の「オレはこうしてのし上がった」系の本というのはラストが三パターンに別れる。

 

 ひとつは「オレはこうして成功した。お前も頑張れよ」というハッピーエンド型。これはまあ今回紹介した本はどれもそういう感じだ。


 もう一つは、「オレはこうして成功しかけたけど、こんな感じで失敗した。お前も気をつけろ。オレも頑張る」という、「俺達の闘いはこれからだ」型。



 これは名著「社長失格」とか「追われもの」、「私、社長ではなくなりました」などがある。


社長失格

社長失格


 この三冊は非常に名作なので、起業を考える人はいの一番に読むべき傑作だが、僕も本ばかり書いていると友人・知人に「君の本業はなんだね」と嫌味のひとつも言われるので、毎回本を書くにあたりそれほど脳天気でもいられない。


 そういう場合には、「本田宗一郎井深大松下幸之助福沢諭吉小林一三も多作だっただろ」と言い返すことにしている。まあ負け惜しみである。


 第三のパターン。

 現役の経営者が、現在進行形の仕事について本を書くのはかなり難しい。

 書けないことが多すぎるからだ。


宝塚生い立ちの記

宝塚生い立ちの記


 でもね、やっぱり経験は本にして残しておかないと時代も記憶も押し流されていってしまうものだから。

 そこにいくばくかの脚色や"編集"が入ったとしても、残っているのといないのとでは大幅に違う。


 もちろん、それはある程度決着がついてるから本に書ける、という話も少なくない。


 それでも阪急と宝塚(そしてゴジラの東宝)を作った小林一三が、ことあるごとに自分のナマの気持ちを書き残してくれているのは大変ありがたい。小林一三の本は今読んでもとても役立つ上に、青空文庫になってるものが少なくないので探してでも読む価値がある。


 こうした本を読み漁って、結局わかるのは、「要領のいい仕事のやりかた」なんていうものは、基本はあったとしても、絶対的な応用はないということだ。



 けれども、ビジネス書の編集者はまるで「この一冊を読めば万事解決。あらゆる仕事が効率化できる」などという夢のような商品を作りたがる。



 こんなタイトルの本を書いておいて僕が言うべきじゃないかもしれないけど、この本こそまさに編集者が主導し、編集者によって書かされた、タイトルはおろか目次まで完璧に決まっていたので、じゃあ書きましょう、ということで引き受けた。


 すぐ書けそうな気がしたし、実際にすぐ書けた。


 面白かったのは、先日ドサドサと四冊ほど本がでた時に、とある友人はこう言った。


 「私、最速の仕事術っていう本だけは買わなかったよ。だって私、仕事速いしね」


 実際そうなのだろう。

 彼女は栄転して今週からシンガポールに行った。会社が豪華な4LDKを用意してくれたらしい。


 結局、ただ真摯に仕事をとらえ、仕事に対してどのようなスタンスをとるか考え続けるしかない。


 仕事に向き合う真剣さ、そうしたスタンスだけが仕事術の要であり、それがなければどのような助言も役に立たないし、それがあれば究極、必要な助言は自ら探し求めることができるはずだ。



 いろんなすごい人のいろんな凄い仕事術の本を読んで、結局、抱いた感想は「世の中本を読むだけで仕事ができるようになるなんて甘い話はないよな」ということだった。


 けど、読まないより読んだほうが少しだけ勇気づけられる。気がする。

 そういうのが意外と大事なのではないだろうか。