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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2016-02-04

情報への信仰は20世紀的なのではないか。ではその次は? 05:43

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 昨夜は「最速の仕事術はプログラマーが知っている」のクロスメディア・パブリッシングさんの紹介で、文化放送の教養番組「オトナカレッジ」に出演してきました。


 ラジオって独特のスピード感のある世界で、さらに生放送ということで久しぶりに緊張しました。


 時間が詰まっているのと台本があるのとで、練習なしにその場その場でテンポ良く構成しなければなりません。


 言葉に詰まるとテレビと違って映像のないラジオでは放送事故になってしまうので、ものすごい緊張感です。


 わりと普段使わない頭を使って、普段イベントなどに登壇するよりも遥かに頭が疲れたなという感じです。


 いや、こういうことを毎日やってる吉田尚記さんはほんとにスゴい。


 しかもいつもみたいに言いたい放題言ってからあとで編集で切る、なんてこともできないわけです。


 だから失言しないように気を使いながら、その場でリアルタイムに言いたいことをまとめなければなりません。だから自然と早口になります。


 話した内容は、まあいつもの内容なんですけど、特に最近思っていることを付け足しました。それは、情報という概念をありがたがるのは二十世紀的だと。


 というのも、そもそも「情報」という言葉が産まれたのは二十世紀なわけです。


 しかも、当初、情報は「Intelligence」の訳語だったのです。


 CIAことアメリカ中央情報局は「Central Intelligence Agency」でしょ?


 ところがそもそもCIAが産まれたのも第二次大戦後です。

 その前はOSS(Office of Strategic Service)、日本語では戦略情報局と訳されることが多いのですが、実際にはOSSという言葉には情報に対応する言葉は入っていません。


 さらにOSSの全身である、OCI(Office of the Coordinator of Information)は情報調査局と訳されます。ここでなんとInformationという情報本来の言葉に戻るわけです。これが設立されたのも第二次大戦の直前、1941年です。


 フランクリン・ルーズベルト大統領に情報の重要さを説いた人物の一人は、英国秘密情報部(こちらはSecret Intelligence Service)のウィリアム・スティーブンソン。


 実は情報という概念が世界に広く使われるようになってから、まだ一世紀も経っていないのです。


 そして振り返ると二十世紀は、情報の世紀でした。

 出版、放送といった情報産業が生まれ、情報通信が一般化し、ついには情報処理を行う究極の機械、コンピュータが発明されました。二十世紀で最もカッコイイ仕事は、情報に関わる仕事でした。つまり、マスコミ、広告、コンピュータのどれかに関わることがステータスであり、憧れでした。金融も例外ではなく、金融において情報ほど重要なものはないわけです。情報によって株価が決まり、情報によって大儲けできる人とそうでない人に別れるようになりました。


 情報が戦争の決着さえ決めてしまう決定的な役割を担うようになり、二十世紀最大の戦争はソビエト連邦アメリカ合衆国による情報戦と非正規戦闘、俗にいう冷戦でした。


 そして二十世紀にうまれた世界最大の企業、GoogleとMicrosoftはともにミッションステートメントに情報の支配を掲げています。


 では21世紀はどんな時代になるのでしょうか。

 二十世紀で最大の関心事が1940年代にうまれた情報という概念だったとすれば、21世紀の関心事もまた、2040年ころまでに生まれるはずです。


 そして2040年までに定着するであろう新しい概念のひとつは、人工知能です。

 21世紀は、思考の世紀、または知性の世紀へと真価していくのではないでしょうか。


 よく、できの悪い報告書を「この報告はInformationに過ぎず、Intelligenceではない」とこき下ろします。

 

 奇しくもここに情報の限界と情報に求められる次の役割が込められている気がします。


 つまり、Informationとは、単なる事実、単なる記号の羅列を意味し、そうこれはまさしく古典的なコンピュータが普段から扱っているビットそのものです。


 しかしIntelligenceとは、様々な情報を元に考察を加え、独自の視点で分析し、提言にまで落とし込んだ思考のプロセスを意味します。


 CIAが、OCI(Office of the Coordinator of Information)から発展した組織であるのは象徴的で、つまりCoordinator of Information、情報(Information)のコーディネーターから、CIA、Intelligence Agency、知性(Intelligence)の代表組織へと変革していったのです。


 面白いのは、情報にInformationとIntelligenceの2つの意味をもたせているのは日本語固有の問題だということです。


 例えば、AI、Artificial Intelligenceという言葉を欧米人がクチにするとき、その思考の裏側には、無意識のうちにInformationとの違いを感じています。


 ところが日本語では戦争に関わるIntelligenceは情報と呼ばれ、それ以外のデータ、単なるInformationもまた情報と呼ばれます。この錯誤が起きてしまうのが日本語のやや勿体無いところですが、Intelligenceという言葉に知性という訳語を割り当てているのも日本語の美点です。



 従って、20世紀にもてはやされたような情報(Information)の先にあるべきものは自明で、それは知性(Intelligence)である、ということになります。



 とまあ、ここまでの話はいくら早口でも語り尽くせないので、ブログというメディアの利点を感じたりもします。



 放送内容はPodcastでも配信されているので↓こちらから聞いていただけます。

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 いやーしかし緊張したなあ