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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2016-03-12

AlphaGoが囲碁5000年の歴史の常識を打ち破った・・・のだとすれば 10:03

 中央日報に面白い記事が出てた。

アルファ碁が5000年間続いてきた囲碁の原理を根本から書き換えつつある。核心は中央攻略だ。かつて人間が「厚み」と命名して神秘の領域として残してきた空間を、アルファ碁はついに精密な計算力で征服し遂げている。

第2局は第1局とは違った。対局中ずっと李世ドル(イ・セドル)九段は冷静かつ柔軟、時には果敢だった。特別に失着(誤った手を打つこと)もなかった。むしろアルファ碁が無理な方法と唐突な手を連発した。終盤の振り替わり(フリカワリ)部分は、大きな錯誤のようにみえた。だが、それは人間の目から見た時であった。人工知能の文法は違っていた。

中原(第5線から中央あたり)の運営力においてアルファ碁は優秀だった。序盤・中盤にアルファ碁が右辺に37を置いた時、観戦室はざわついた。イ・ヒソン九段は「本にはない手」と言った。アルファ碁が第5線で肩ツキ(相手の石の斜め上に打つ手)したためだ。

<囲碁:人間vs人工知能>神秘の領域、中央の「厚み」…アルファ碁は計算した | Joongang Ilbo | 中央日報

http://japanese.joins.com/article/108/213108.html?ref=mobile


 こういう話しがプロの中から出てくるのは興味深い。

 ニコ生の解説者は「妖怪マネマネ」と言ったが、実際には全く新しい発想での囲碁戦略を創造しているとも言えるのかもしれない。


 昨日、情報処理学会(http://live.nicovideo.jp/watch/lv253878684?ref=zero_mytimeshift)で経産省の境眞良と会った際、こんなことを言っていた。


 「しかし将棋にしろ囲碁にしろ、基本的に有限な盤面しかあり得ないんだから、全パターンのデータを持ってれば絶対に勝てるはずじゃん。だからAlphaGoが強いと言われても正直ピンとこない」


 なるほど。確かにAlphaGoの仕組みを知らない人からしたら、そう考えてしまうかもしれない。


 しかし実際のAlphaGoは、全パターンを暗記していない。

 それどころかパターンという考え方を使っていない。


 ニューラルネットワークが得意とするのはパターン認識だが、通常のプログラムが単にパターンが完全に一致しているかどうかを判定するだけであるのに対し、ニューラルネットワークはノイズの混じった中からある特定のパターンを探せる。コレが凄い。


 どういうことか。


https://i.gyazo.com/a1bedc261301296962774db11965c4c6.png


 これを見て、これがどんな英単語で表現されるかあなたに解るだろうか。少なくとも僕にはわからなかった。

 これは実際に国際的な画像認識コンテストで使われた学習データの一部である。

 ちなみに正解は「box」


 縦横比すら異なる、このような雑多な画像を10000枚ずつ、1000カテゴリに分けて認識する。

 その精度はもはや人間を超えていると言っても過言ではなさそうなことがわかっていただけるだろうか。


 このような画像の識別は、通常のプログラムが行うような単純なパターンマッチングではまず無理だ。

 なぜなら通常のパターンマッチングは完全一致にせよ部分一致にせよ、データとしての共通点が必ず必要だからだ。しかしここに挙げたような画像にはそうした共通点が全くない。


 しかし深層ニューラルネットワークは、これを認識できるようにしてしまう技術なのだ。


 今回、GoogleのDeepMindチームが選んだのがたまたま囲碁だったのは、それが人間の知性に深層ニューラルネットワークが勝るという、分かりやすい題材だったからだ。彼らは囲碁に愛着があったわけでもないし、囲碁のルールや定石にもさほど詳しくなさそうだ。


 なぜならAlphaGoの原理を考えると、プログラマーが定石や過去の棋譜を知っていることは、あまり意味を成さないからだ。


 AlphaGoが定石とは外れた打ち筋をしてきても、それは当然のことで、なぜならAlphaGoは過去の全ての棋譜を入力し、さらに自分たち自身で互いに対戦して棋譜そのものを作った上で勝ち上がってきたからだ。

これまでの常識では説明できない手を、アルファ碁はその後も頻繁に駆使した。中盤形勢の不利を感知した李九段が上辺に果敢に攻め入った時はこれに対応せず無関心なように左辺を着手した。序盤・中盤の捨て石に近い石をあえて生かして中央側に引っ張っていった時はアマチュアのように見えた。

高段者のトーレードマークである後味(局面を決定せず余韻を残して後続手段を狙うこと)もなかった。時には自ら失敗を招くような手も躊躇しなかった。部分戦闘が広がるたびに勝戦譜を上げたのは常に李九段だったが、霧が晴れた後の局面を確認してみれば、バランスをとっていたりこまかいながらもアルファ碁の優勢だった。狐につままれたようだ。

<囲碁:人間vs人工知能>神秘の領域、中央の「厚み」…アルファ碁は計算した | Joongang Ilbo | 中央日報

http://japanese.joins.com/article/108/213108.html?ref=mobile


 囲碁は大勢の棋士が5000年もの間、様々な勝負を繰り返し、戦法を検討し、進化してきた。

 しかし囲碁の場合、高齢のプロよりも若いプロの方が強くなったりするのも珍しくない。囲碁が論理的思考能力や人生経験、知識量によって決まるゲームではなく、認知能力によって決まるゲームだとすれば、AlphaGoのようになにも考えずにひたすら碁を打ちまくって学習することで強くなるのも納得である。


 しかしAlphaGoの出現に悲観することはない。

 イ・セドルがAlphaGoと、今後1000回でも戦ってみれば、イ・セドルはAlphaGoのレベルに追いつくことができるかもしれない。要するにAlphaGoは未来から来た棋士だと考えられる。


 そして囲碁は、相手が強くなければ自分も強くなれない。

 Googleはお金よりもAlphaGoのクローンをイ・セドルにプレゼントするべきだろう。

 そしてイ・セドルを始めとした囲碁関係者がAlphaGoクローンの囲碁を経験し、研究すれば、現時点のAlphaGoクローンに勝てる日が来るかもしれない。


 ただしその頃には、本家のAlphaGoは10万年未来の囲碁をやっているかもしれない。

 この進化のスピードに人間が追いつくのは絶望的だ。


 けれども、そのときはまた新しいバージョンのAlphaGoクローンをプロ棋士にプレゼントするのだ。そうすれば、人類は今よりもっと進化できる。AlphaGoは、いうなればタイムマシーンなのだ。


 AlphaGoの出現に悲観的になることは全くない。

 むしろAlphaGoが出現したことによって囲碁の可能性は広がったといえる。

囲碁だけの専有物のように存在してきた勢い・勝負の呼吸・判断力など人間の直観力を、アルファ碁が数学的能力で押し倒した瞬間だった。従って人間の囲碁では理解できない変則手が出てくるのだ。行馬(石の形)・布石・手順など人間が試行錯誤を経て積み重ねてきた囲碁の方式もやはり原点から再び検討するかもしれない。キム・ヒョジョン二段は「アルファ碁の囲碁は既存の観念では説明できない。当惑する」と話していた。

<囲碁:人間vs人工知能>神秘の領域、中央の「厚み」…アルファ碁は計算した | Joongang Ilbo | 中央日報

http://japanese.joins.com/article/108/213108.html?ref=mobile


 囲碁にとって戦法や戦略は重要と思われがちだが、そうした戦法・戦略は受動意識仮説を引用すれば、全て起きてしまったことの後から、脳が辻褄を合わせるためにでっちあげた論理であると考えることができる。


 今、AlphaGoには意識に相当する機能がない。それくらい単純なものなのだ。

 つまり自分の戦略を説明することが出来ない。


 だがこれも、きっとそのうちできるようになるだろうと思う。

 既に、絵を見せると内容を説明するAIというのが作られているし、それどころか絵を見せて質問すると質問に答えるというAIもある。これは一切の論理的な処理をしないで、ただひたすら、絵と説明文をセットで学習させただけで得られる。勝手に学習し、パターン認識できるようになってしまう。認識したら、過去の認識と照らしあわせて、適切なデータを生成できる。


 論理的なパターンがないところに感覚的なパターンを見つけ、時にはパターンそのものを合成によって生成する。それが最新のニューラルネットワークのできることで、DeepMindとしては、今回の勝負でその可能性を証明できたということになるだろう。


 今日の勝負も楽しみだ。