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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2017-01-07

21世紀のスティーブ・ジョブズを目指す人必読! 全く新しいスティーブ・ジョブズ伝 07:51


 正直、一時期のスティーブ・ジョブズ本のラッシュにはウンザリしていた。

 ジョブズについて書かれた本は数多いし、そのどれもが、初期Appleでの成功と挫折、カリスマ的な魅力、そしてピクサーへの投資、伝説的な復帰と前人未到の大成功といった、ほとんど分かりきっている事実をなぞるものが多い。


 しかし、そうしたきらびやかなジョブズ伝には最も重要な要素が完全に見過ごされていると思った。

 

 それはジョブズが、神がかり的な天才でも、伝説上の人物でもなく、実際に20世紀後半から21世紀初頭を生きた生身の人間の一人に過ぎなかったという事実である。


 これまでのジョブズ伝は、21世紀のカリスマ経営者であるスティーブ・ジョブズを過剰に神聖視する視点が強く、彼の本質を形作ったはずの仏教や神秘体験、そして傲慢さ故に招いた失敗や不完全な人間としての欠落、30歳になっても子供のままだったジョブズがどのようにして成長し、失敗から何を掴み取ったか。


 とりわけ、NeXT時代ほど重要な時代はないというのに、その時代について語った本はほとんどない。 ジョシュア・マイケル・スターン版の映画「スティーブ・ジョブズ」では、NeXT時代の話はまるごとカットされている。まるでAppleをクビになった後、だらだらと生きていたら突然復帰して奇跡のようにAppleを成功に導いたかのような描写になっていてこれは大変不満だった。


 なぜなら、たしかにジョブズにとってNeXTは失敗した会社かもしれないが、NeXTの時に作られたアーキテクチャが現在も残るmacOSiOSといったものに連綿と受け継がれる原型であったことから考えれば、ジョブズがNeXT時代に成し遂げた功績は非常に大きかったと考えるべきである。


 また、誰も指摘していないが、そもそもWWW、いまはそれはほとんど普通の人にとっては「インターネット」という言葉と同義になっている技術は、まさにスティーブ・ジョブズがこだわったオブジェクト指向技術の粋を結集したNeXT上で開発されたものであり、WWWが生まれたことがそのままジョブズの功績とはもちろんならないが、間接的にWWWの出現に重大な役割を果たしたことは事実である。


 それはAppleIIの成功がVisiCalc(表計算ソフト)によって加速したことが見過ごされがちなのと同じぐらい、コンピュータ史においてNeXTの存在は極めて重要で、ジョブズの主張通り、「優れた人たちの創造性を加速する」コンピュータとしてNeXTは立派に機能したのだ。ちなみに一人称視点シューティングの実質的な発明者であるジョン・カーマック(現Oculus VR社CTO)も、NeXTを利用して一人称視点シューティングを開発したと言われている。さらには、スティーブン・ウルフラムによるMathematicaの最初のバージョンも、NeXTで作られ、NeXTにバンドルされている。Mathematicaは、現在もWolfram Alphaのエンジンとして使われており、SiriやBing(Microsoftの検索エンジン)のバックエンドとして現在も使われている。極めて重要な発明である。


 コンピュータ史上の三大発明が、これほどニッチなコンピュータによって行われていることを偶然とは片付けづらい。


 NeXTというプラットフォームがあったからこそ、我々は今の世界を享受できている。僕はNeXTはiPhoneよりも重要な発明なのではないかと思っている。そしてもちろん、今もNeXTの技術がiPhoneやmacOSを支えている。残念ながらこうした芸当はMicrosoftには望むべくもない。


 にも関わらず、NeXTを軽視するようなジョブズ伝があとを経たないのは、要するに書き手がジョブズの持つビジョナリーとしての本当の才能を理解していないのだろう。それどころかNeXTに触れたこともないに違いない。ちなみに僕は完全に動作するNeXT Cubeを一台保有している。もちろん、払い下げ品だが。


 そのNeXTの時代にジョブズと出会い、それから自宅に何度も招かれるようになったジャーナリストがいるらしい。クラフターの石井さんもかなりのジョブズ好きで、石井さんと中央線でジョブズの話になったときに「今まで語られたことのないジョブズのエピソードが満載ですよ」と言われて読んでみたのが本書だ。



 この本は、全ての経営者、いや、敢えて言うならば、我こそは21世紀のスティーブ・ジョブズとなってやると思っている全ての意識高い系経営者に読んで欲しい。神格化されていないジョブズ、幼稚なジョブズ、それでも立ち直るジョブズといった、ジョブズの苦悩とそこからの立ち上がりの歴史が刻まれている。


 読み終わってから、「そうかこれは上巻だった!なんとすごい!もう一冊分読めるなんて!」と感動した。

 どのくらい読んでいたかというと、石井さんと別れてから、その場でKindle版を買い、仕事で人前に出る時以外はずっと読んでて、ついさっき読み終わったという感じ。


 ジョブズについての基礎的な知識がないと読んでもよくわからないかもしれないけど、僕はね、面接のときに必ず聞くことにしていることがあって、それは「尊敬しているコンピュータ史上の偉人を三人挙げてみて」ということ。


 そうすると、まあ一人二人はちゃんとそれなりの名前が出てくるんだけど、三人となると知らない人も多い。で、苦し紛れに最後に「スティーブ・ジョブズ」って言う若者を何度も見てきた。


 しかも面白いことに、「悔しいけど、スティーブ・ジョブズ」って言うんだよね。若い人ほど。

 彼がサイテーのインチキ野郎であることは知っている。エンジニアとしてなんの実績もないことも知っている。だけどスティーブ・ジョブズはやっぱり凄いんだ、と思ってる。


 これがジョブズが没落していた20年前なら、「君はなかなか見どころがあるな」と言われたかもしれないが、ジョブズが大成功し終わった2011年以降の世界においては「ミーハーだね」と言われて終わってしまう。


 こんなことを言うのも申し訳ないんだけど、僕が独自のOSとプログラミング言語とハードを作ろうという、端から見たら無謀としか思えないことをやろうと決意したのは、やっぱりスティーブ・ジョブズが死んじゃったからなんだよね。彼が亡くなってから、半年くらいして、「ああ、もうあのプレゼンを聞けないんだ」と思うと、道端で涙がぽろぽろ零れてきて、僕は一度きり、遠くから見ただけのスティーブ・ジョブズが、そんなに好きだったのかと自分に驚いた。


 もう世界のどこにも、彼のような人間がいない。理想主義者で、宇宙に凹みを作ろうとしている、若い頃のスティーブ・ジョブズはいないんだよね。Appleに戻ってきてからは、天才的なマーケッターにはなったかもしれないけど、ビジョナリーとしての仕事は実はNeXTの頃にほとんど終わっていたんだと思う。経営者に向いてなかっただけで。


 でもみんな、ジョブズがお金を稼いだことにばかり注目する。


 もちろんそれは資本主義社会では絶対的な正義なんだけど、ジョブズはお金を稼いだから偉大なんじゃない。真に偉大なものを真剣に作ろうとしたから偉大だったんだっていうことを、まるごと無視して、「プレゼンが上手い」だとか、「5つの業界に革命を起こした」という金銭面にばかり注目しているのは忸怩たる思いでもある。


 宇宙に凹みを作るというのは、単なるホラじゃない。1984年を歴史的な一年にしようとしたのは、少なくとも彼は本気だったと思う。それはもしかすると、気が狂ってるのかもしれない。でも世界はいつだって気が狂ってる人によって動かされてきた。決して、器用にお金儲けをするひとたちによってではない。ジョブズはそういう人になろうとしたし、実際になった。お金は、ジョブズがやりたいことを成し遂げたからついてきた副産物であって、彼は成功した後も何度も破産しかけてた。


 なぜだか分からないが本書を読み終わる頃にはいろいろな思いが溢れて涙が流れていた。いや、本当はそんな本じゃないんだけど。


 僕が若い起業家を紹介されて、いつも苛立つ原因はこれだと思った。

 要はみんな、お金儲けのことしか考えてないのだ。志が低いのだ。そういう人と話す時間を僕は勿体無いと思う。


 宇宙に凹みを作る。歴史を変える。次の瞬間を歴史的瞬間にする。

 そういう気合が、たいていの場合、ほとんど感じられないのである。


 彼らの頭のなかにあるのはせいぜい、IPOしていくばくかのお金を得るとか、億万長者になって自家用ジェットで銀座のホステスとハワイに行くといった程度の夢しかない。


 僕はお金に苦労したことがあまりない。そのかわり、大儲けしたこともない。

 僕にとって、お金儲けは真の目的ではないのだ。自分の夢にとって必要だから、会社を持っているだけだ。


 昨年末、ある出来事があって僕は帰り道、気がつくと泣いていた。

 嬉しかったわけでも、悲しかったわけでもない、ただただ全てのことに感謝したい気持ちになって、どんどん涙が溢れてきたのだ。


 20代の頃に会社をつくったときは、40歳で引退しようと思っていた。

 だけど40歳になって最初の年越しを迎えた僕は、少なくとも80歳までは働こうと思った。そういうことができる時代にきっとなるはずだ。


 スティーブ・ジョブズは56歳でこの世からいなくなってしまった。


 彼に生涯最大の衝撃を与えた、アラン・ケイはまだ生きて研究を続けている。76歳である。


 アラン・ケイが新しい研究計画を提出して採用されたのは、2006年のことだ。65歳である。そのときケイは70歳までは働こうと思っていたに違いない。ジョブズも長生きしていれば、あと2,3回は宇宙に凹みを作れたかもしれない。


 でも彼はもういない。

 人類にたった一人だけいた、暑苦しいまでに情熱的な男が。

 次は誰がその背中を追うのか。


 お金ではなく、彼の情熱の部分を追いかける人が増えて欲しい。

 そういう、ジョブズの苦悩を知るのに非常に良い本でした。

 石井さん、ありがとうございます。