Hatena::ブログ(Diary)

shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2017-01-10

"クソ野郎"スティーブ・ジョブズはなぜiPhoneを作ることが出来たのか 08:02

 スティーブ・ジョブズについて、彼の天敵でありライバルでもあるビル・ゲイツはこう言っている。

「スティーブのようになりたいという人は、だいたい、くそ野郎部分は実現するんですよ。足らないのは、天才の部分です」スティーブ・ジョブズ式会社経営は「チェックと管理の組織という概念がない」のが問題だというのがゲイツの意見である。


 クソ野郎が世界を変えた。

 この神話の持つ魅力は凄まじい。


 誰だってクソ野郎になりたい。傍若無人に振る舞いたい。

 そして好き勝手に振る舞ったその先には、成功が約束されている・・・のだとしたら、これほど魅力的な話はない。

 

 しかし実際にはそうではなかったというわけだ。



 ブレント・シュレンダーの「スティーブ・ジョブズ 無謀な男が真のリーダーになるまで(下)」では、ウォルター・アイザックソン版では決して語られなかった真のジョブズ像が生々しく描かれている。


 全てのスタートアップに影響を与えているといっても過言ではない、「ビジョナリー・カンパニー」の著者、ジム・コリンズは本書のなかでこう言っている。


「世の中で語られているのはスティーブ1・0ばかりです。男が練達のリーダーへゆっくり成長していく話ではあまりおもしろくありませんから。どうすれば可処分のキャッシュフローが得られるのかを学び、どうすればしかるべき人が雇えるのかを学び、成長し、角を丸め、おかしな行動をしているだけではなくなる――そんな話ではあまりおもしろくないのですよ。ですが、個性とか人間的魅力とか言われるものはパッケージングです。どう飾るかです。どういう夢を持っているのか。成長を続けられる謙虚さはあるのか。失敗から学んで伸びることができる謙虚さはあるのか。主義主張をどこまでも追求する気概はあるのか。執拗なまでのこだわりはあるのか。激しさや知性やエネルギーや能力や才能やアイデアを表に出し、自分より大きく影響力も強いなにかに注げるのか。偉大なリーダーシップとはそういうものです」


 なるほどそのとおりだ。

 物語は神秘的であればあるほど良く、スティーブ・ジョブズを神格化すればするほど、司祭や語り部となる人々の地位は相対的に高く見える。ウォルター・アイザックソンはまさしくそのように振る舞いたかったのだろう。


 しかし、ナザレのイエスにもいろいろな生き様や解釈があるのと同じように、クパチーノのスティーブも単なる人間に過ぎなかった数多くの欠点を残している。


 数々の決断を成功させてきたジョブズだが、自らの生命については決断を大きく誤った。

 癌が見つかっているのに直ちに切除せず、化学療法や食餌療法を試してみたのだ。その結果、転移した癌によって、最終的には死に至った。



 スティーブ・ジョブズが癇癪持ちの鼻持ちならない独善主義者だった頃、彼はひたすら失敗を繰り返した。


 つまり、クソ野郎であるスティーブ・ジョブズがそれでも成功の片鱗を見せることが出来たのは、桁違いの天才だったからだ。


 しかしその桁違いの天才を発揮できないようにしていたのが、スティーブ・ジョブズのクソ野郎部分である。ではスティーブはどのようにしてクソ野郎部分を改め、真のリーダーとして覚醒していったのか。


 どうやら驚くべきことに、それにはエド・キャットムルの影響が大きかったらしい。


 キャットムルは本書ではかなり控えめに書かれているが、実際には彼もまたコンピュータの歴史に名を刻むことが確定した人物の一人である。


 彼はアイヴァン・サザーランド(アラン・ケイAdobe創業者ジョン・ワーノック、シリコングラフィックス創業者ジム・クラークの指導者)のに師事し、テクスチャマッピングやZバッファ法といった、今現在我々が当たり前のように使っているCG手法の基礎的発見に大きく貢献したピクサーの共同創業者である。


 もし、科学者に「天才」という冠をつける愚が許されるとしたら、キャットムルは超がいくつあっても足りないほどの天才である。もちろんCG研究者として世界最高の栄誉であるクーンズ賞受賞者の一人だ。


 そのキャットムルから、スティーブは多くのことを学んだようだ。

 それは天才の集まる組織の作り方、天才集団のマネージメント手法、彼らの力を引き出して大きな目的を達成するための方法などだ。


モノには完璧であってほしいと願っています。そこが彼のすごいところなのです。全員に対し、それぞれが全力を尽くしてほしいと願っています。彼は、大きなチームより小さなチームのほうがいい、そのほうが多くをなし遂げられると考えています。ほぼぴったりの人材を選ぶよりぴったりの人材を選ぶほうが100倍いいと考えています。これはいずれもそのとおりです。この情熱を傲慢さととらえる人が多いのです。


 スティーブ・ジョブズは妥協しない。

 スティーブ1.0の頃と2.0の頃の違いは、1.0の頃はスティーブは自分「だけ」が世の中を変えるビジョンを作り出せると心底信じていたということ。だからこそ、誰も気にしないところに拘り、常に自分は最高のものを求めているんだというスタンスを維持する必要があった。


 B級の人材が混じった組織で、それでもその中にいる数少ないA級の人材に対して、「ものを作るとはこうあるべし」という姿を見せたがった。たぶん若い頃のスティーブ・ジョブズは、自分でもどうすれば真に偉大な仕事が成し遂げられるのかわからず、必死でそれを求めてもがいていたのではないかと思う。ただ内なる情熱だけは人一倍あった。もしスティーブ・ジョブズに何らかの才能や資質があったとすれば、それはこの燃えるような情熱だけである。その情熱は、あまりに熱すぎたため、スティーブ自身も火傷することになった。


 「世界を変えたい」「宇宙に凹みを作りたい」そんな燃えるような情熱のコントロールを、スティーブはキャットムルから学んだようだ。


 キャットムルは、おそらくサザーランドからそれを学んだのだろう。なにしろサザーランドの研究室からは、無数の天才たちが生まれている。事実上、サザーランドが今の世の中を作ったと考えても大げさではない。何しろ彼自身の発明したものは、ディスプレイなのだ。今あなたの目の前にある、それである。


 ディスプレイがなければ、コンピュータグラフィックスが今日ほど進歩することはなかった。

 振り返れば当たり前だけど、ディスプレイの発明は明らかに宇宙に凹みを作る行為だった。


 うんざりするほどの手間とエネルギーと、驚異の大天才たちの知力が結集して、ディスプレイとインタラクティブコンピュータ、この2つの大発明がサザーランドとその研究チームによって成し遂げられ、サザーランドの弟子たちがピクサーやAdobeやシリコングラフィックス(プレイステーションやXboxに大きく影響を与えた)が産まれたのだ。


 ならず者の天才だらけの集団をまとめるという点で、サザーランド以上の歴史的貢献をした人物を探すのは難しいだろう。ちなみにサザーランド博士は未だ存命である。


 では、天才集団を率いることができるようになったスティーブ2.0は、どのようにしてiPhoneを生み出したのか。


 スタンフォード大学のスピーチを今見直すと、スティーブの成熟ぶりが伺える。これはiPhone開発を決断する直前のスピーチである。


D


 本書によって明らかになるが、実はこのときすでに癌の転移が指摘されており、スティーブは誰にも知らせずに化学療法で癌と戦っていた。

 スティーブにとって最後の7年間の始まりである。


 このあと、スティーブはいろいろなことを同時並行で進めるのをやめ、ひとつのことに集中する決断をする。


 よく知られているように、スティーブはまずタブレットコンピュータを作ろうとした。

 ところがこれまでの彼の言動からは信じられないことに、彼は途中まで進めていたアイデアを自分で却下したのだ。


 スタンフォード大学で感動的なスピーチをしているその裏で、5つのそれぞれ異なるプロジェクトが進行していた。

スティーブが祝辞を述べたころ、アップルでは電話の開発が進められていたが、これは、一見するとなんの関係もない5チームがスティーブの後ろ盾を得て好きに研究を進め、その結果、スティーブとしては一番開発したかった製品、すなわちタブレットはあきらめたほうがいいという結論を出さざるをえなくなったからだ。スティーブは、結果論として点がつながるのを見て満足するところまで成長した。そういうことができるようになったのは、彼が成熟したから、また、すばらしい才能を集めたチームがあったからだ。



 スティーブの盟友、ジョナサン・アイブもこの件について語っている。

いつもどおりアップルキャンパスを歩きながらブレインストーミングをしていたとき、スティーブは、少し考えが変わってきたと言いだした。


「あのプロジェクトは棚上げにしたいって言いだしたのです」と、アイブは証言している。


「驚きましたよ。私はこれだと思っていましたからね。でも、彼の意見は――例によってスティーブ一流のものなんですが――『タブレットが価値のある種類の製品だと世の中に納得してもらえる自信がないんだ。でも、もっといい電話が欲しいという話なら納得してもらえる』でした」


 おそらくそれ以上にスティーブには時間がなかった。

 自分が生きているうちに、コンピュータを真にパーソナルなものに変える。


 iPhoneは、まさしくスティーブのビジョンを実現するための究極の製品だった。


 そして彼は成し遂げ、iPhoneの延長上にもともとやりたかったタブレットコンピュータiPadを完成させ、そして彼は死んだ。無念だっただろうと思う。まだ56歳だった。


 ティム・クックは入念な検査の末、自分の肝臓がジョブズに適合すると知り、肝臓の提供を申し出たという。もちろん、喜んでそうすると、するとジョブズは凄い勢いで怒り出した。


「そうしてほしいと本当に思っていたのです。でも、途中でさえぎられました。

『だめだ。そんなことはさせない。そんなことはしない!』と」

「自分勝手な人間はあんなことを言いません。

 だって、死にかけてるんですよ?肝臓が悪くて死にかけてる。

 そこに健康な人間から解決策が示されてるわけです。言いましたよ。

 『スティーブ。僕は健康だ。検査もした。検査結果だってここにある。僕なら大丈夫、なにも危険はないんだ』って。

 でも、考えてみようともしないんです。

 『本当にいいのかい?』でもない。『考えてみるよ』でもない。『いや、僕の症状だとね……』でもない。


 『だめだ。そんなことはしない!』なんです。

 がばっと起き上がってそう言ったんです。状況は最悪だったというのに。スティーブとは13年間付き合いましたけど、その間、どなられたのは4、5回しかありません。その1回はこのときです」


 「クソ野郎」の伝説が本当だとすれば、13年で側近が4,5回しか怒鳴られていないのはおかしい。スティーブとエレベーターで同席しただけでクビになるとまで言われていたのだ。


 クックはこう続ける


「彼のこういう側面は全く知られていません。アイザックソンの本なんてひどいものですよ。あちこちに書かれていることの焼き直しで、彼の人格や個性のごく一部にしか光があたっていない。あれでは、自負心ばかりが強く、わがままで強欲な男という印象にしかなりません。ぜんぜん人間が描けていないんです。あそこに登場する人物とだったら、あれほど長い時間、いっしょに働きたいとおもうはずがありません。人生は短いんですから」



 たしかに「ウォルター・アイザックソン版スティーブ・ジョブズ伝」はスティーブ本人の「公認伝記」である。でもそれは、「空手バカ一代」がある時期までは大山倍達の公認伝記だったのと似ている。つまり、本人があまり過剰に大人物と描かれるのをきらって、敢えて誇張した人物像を描いている可能性があるのだ。


 そしてジョブズは自分が「クソ野郎」と呼ばれているのを知っている。そしてまた、それを許容もしている。


 本書(ブレント・シュレンダー版)でもっとも泣けるエピソードは、最終章「僕はくそ野郎だからと言ってやれ」に描かれている。


 そのとき、ブレント・シュナイダーはビル・ゲイツやマイケル・デル(Dell創業者)、アンディ・グローブ(インテル社長)とスティーブ・ジョブズの鼎談を企画していた。


 なにしろどれも億万長者だ。だけれども、スティーブと話せるならと全員が何ヶ月もかけて日程を調整し、この日しかない、という日に照準を定めた。しかも病気のスティーブのために、全員がスティーブの家の近所に集まるという算段だ。


 ところが、土壇場になってスティーブはキャンセルの電話をかけてきた。

 病状が悪化し、生粋の菜食主義者であるスティーブ・ジョブズが、その建前を捨てなければならなくなっていた。それでも体重は減る一方だったというから、見た目にも衰弱していたのだろう。


 「君にだけ言うが、病状が思わしくない。このことは社員も妻以外の家族も知らない。君も決して他人に話さないで欲しい。本当に残念だが、鼎談には出席できそうにないんだ」


 ブレントは困った。スティーブのために集まったほかの三人になんと申し開きをしたらいいのか。


 「どうすればいい?他の三人に病気のことを言っちゃダメだとしたら、どんな理由をいえばいいんだ?」


 するとスティーブ・ジョブズはこう答えた。


 「僕がクソ野郎だからだと言ってやれ」


 このときスティーブが守ろうとしたのは会社である。

 カリスマ的CEOの体調が思わしくないと競争相手にバレれば、つけ込まれる隙になる。特に抜け目ないビル・ゲイツはここぞとばかりに攻勢をしかけてくるだろう。だから体調不良と知られたくなかったに違いない。衰弱した自分の体を見せることでも、おそらく付け入る隙を与えてしまうかもしれないと思ったのかもしれない。


 実際、マイクロソフトはその後SurfaceやWindowsPhoneを仕掛けることになる。


 スティーブ・ジョブズがクソ野郎だったという評伝は、あまりにも有名だが、実際にはそうではなかったのかもしれない。ブレント・シュレンダーによる下巻は、未熟だった一人の男が成熟し、真のリーダーとして目覚め、そして大勢の人に愛されながら死んでいく一部始終が綴られている。涙なくして読めないものであり、また同時に大きな勇気と、今日から生きる希望を与えてくれる本でもある。


 まだ上巻を読んでない人はこちら