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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2017-05-15

大学院卒は学部卒よりも生涯賃金で4000万円多くもらえるらしい。投資としてどうなのそれは 07:36

 知人の大学の先生が学生に「院卒は学部卒と比較して4000万円も生涯賃金が多い」と教えているらしく、まあそれが本当だとすれば、お金の話しだけで考えれば、おそろしく非効率的な投資だなと思った。


 僕は学生時代、年に300万円くらいは生活費が掛かっていた。当然仕送りでは賄えず、仕送りは家賃と学費だけもらって、生活費は自分で稼いでいた。奨学金もらえるほど頭よくなかったし。


 んで、僕はたまたま国公立夜間だったので学費が爆安だったけど、この話しをしたのは私立大学の先生なので年200万円くらいはかかっているとかんがえられる。


 すると、500✕4=2000万円の投資をして40年後に4000万円になって返ってくると考えるとしよう。

 

 投資として考えたら、こんなバカな話しはない。

 しかもリスクは低くない。病気するかもしれないし、戦争やその他の要因で経済環境が40年後も同じという保証はまったくない。


 仮にもっと切り詰めて250万円で四年で1000万にするか、もしくは修士で我慢して2年で1000万にするかしたとして、4倍になるとしても馬鹿げている。


 40年という年月は、それほど短くない。実際に40年働くことは無理で、大学院を出た場合、定年を60と仮定すると、博士課程後期修了者は34年しか働けないことになる。


 20代の1年は重い。40歳になると痛いほどわかるが、20歳の頃になにやっていたかが40歳での明暗をハッキリと分ける。

 

 社会にでるのに早くてマズいことはなにもない。少なくとも僕はなにもなかった。誰もが大学を中退して社会に出るべきだとは思わないが、僕よりも早く社会にでた、たとえば草野翔とか、なにも困ってる様子がない。


 20代のときに誰もがやる投資というのは、時間の投資だ。大学の勉強とアルバイト、もしくはもっと高度な仕事や趣味の研究、どれに時間を最も投資するか。大学の勉強が必ずしも投資として非効率なわけではない。ある分野では大卒でなければいけないケースはたくさんある。


 とはいえ、大学院の勉強が必ずしも経済的に非効率的であるとも言えない。10代の頃、投資を誤って受験勉強以外のことを学ばなかった人たちにとって、大学院は最後のチャンスだ。大学院の研究の中で画期的な技術がうまれることはいくらでもある。Googleはたしかそうしてうまれた会社のひとつのはずだ。PFNもそうだ。


 重要なのはカネじゃない。問題は、なにを目的としてどのように時間を使うか、ということだ。


 カネというのは穴の空いたバケツのようなもので、稼げば稼ぐほど無駄に浪費されていく。カネがなければ浪費されない。だからカネを稼ぐことそのものは人生の目的には成りえない。生涯を金儲けに捧げることほど馬鹿げたことはない。


 カネで買えるものは意外と少ない。クルマと家、テレビ、パソコン、PS4、そんなもんだ。それを買うのに4000万円の生涯賃金が絶対に必要かというとそうでもない。家など場所を選ばなければ誰でも買える。そももそ買う必要すらない。なければ困るが、ありすぎても持て余す。


 僕が件の先生の発言に違和感を感じたのは、大学院に行く価値を「生涯賃金」というかなりつまらないものに還元してしまったことだ。おなじ1000万を40年間運用するとして、年10%で運用したら自動的に4億円になる。半分の5%であっても、7000万円弱になる。カネに還元して考えたとき、大学院に通う意味は果たしてあるのか、ということになってしまう。


 そして、「運用する」ということの意味がわからない読者もいるだろうから説明が必要だろう。

 「運用する」のと「貯金する」のでは全く意味が違う。


 大学院に行くのは貯金と一緒で、しかもいつ返ってくるか予想できないし確約もない。

 1000万を貯金して年利10%だったら凄いが、複利が発生しないので、40年後の受取までにいくら貰えるのか予想もできない。


 「運用する」と言った場合、もし貴方の手元に1000万あったら、1000万の全額を使う。人を雇い、事務所を借りて、営業し、仕事をとってきて、仕事を回す。店を開くのでもいいし、会社を作るのでもいい。最初の頃は赤字だが、軌道に載ってくれば黒字になる。


 この時、貴方が得たものと失ったモノはなんだろうか。

 失ったものはなんだろう?1000万円の現金?いやちがう。実はなにも失ってないのだ。1000万円を使って1000万円以上稼ぐ価値のある会社を経営している。この会社は、望めば、誰かが1000万円以上で買ってくれる可能性がある。つまり1000万円の現金を持ってなかったとしても実態価値として1000万円以上あれば、帳簿上はなにも失っていないのと同じである。



 得たものは何か。スタッフ、仕事、そして経験値だ。どれだけお金持ちであっても、仕事がなければ社会になんのインパクトを与えることもできない。そして、気心が知れたスタッフがいなければ、仕事を受けても回せない。経験値がなければ、仕事を受けるべきかどうか判断できない。



 同じ1000万円でも、ただ漠然と先生の言うことを信じて大学院に通い続けるのと、自分で資本として運用するのではこれだけの差がある。


 資本金1000万円の会社の利益が100万円であることは全く不思議がない。むしろもっと多いのが当たり前だ。ということは、貴方の1000万円は一年間で1100万円の価値を産んだわけだ。この1100万円を翌年再投資すると、さらに10%増えて1210万円になっている。このペースで会社を回していくと、40年後には4億5千万円になっている。これが運用だ。もちろん会社は10年で97%が倒産するということを計算に入れなければならない。だけど100人に3人程度の能力がない人が、そもそも大学院でなにを勉強するのという気もする(経営の能力とは別だとしても)。


 生涯賃金の話しをするなら「いますぐ経営者を目指せ」と言うべきだ。ちなみにあとで聞いたらその先生の研究室は、起業の仕方も教えてくれるそうである。


 もちろん経営者にはリスクはあるが、大学院を卒業したからってリスクは減らない。むしろ増大する。


 大学院に価値を見いだせない若者が増え始めている、という話しはよく聞く。でもそれはそれで仕方ないんじゃないの?と思う。研究っていうのは好きな人がとことん真面目に取り組むものだと僕は(勝手に)思っているし、そういう中からじゃないと意味のある研究成果は生まれてこないんじゃないか。もちろん大学のセンセイからしたら、大学院に生徒が残ってくれないのは困るんだろうけど、カネの話しにするのはなんかショボいしなにか違う気がする。



 たとえば僕は研究者の見習い、みたいなことをさせてもらってるわけだけど、これが有効に機能するためには結局僕に「研究したい」というものがなくてはならない。僕はもともと研究したいテーマがあったので、大学の身分を使って研究者しかアクセスできないデータを入手したり、研究者しか見ることの出来ない論文データベースにアクセスしたりできる。これだけでも大学の研究者という人たちが恵まれた環境で研究できてることがわかる。僕は実際になってみて初めて「研究者とはこんなに恵まれていたのか!」と感動しているくらいだ。これはなってみないとわからない。


 そこに価値を見出すか、見出さないかは本人の判断だ。そして22歳はもう立派な大人である。

 自分が何にお金ではなく時間を投資すべきか、自分で判断していい年齢だ。


 それでもまあ22歳というのは、僕もそうだったけど、視野が狭くて頭が硬かった。

 

 そんななかでガムシャラに夢中になれるものを見つけたら、それが研究だろうと就職だろうとアルバイトだろうと必死にやればいい。


 ただひとつ付け加えると、大学生のアルバイトって、企業にとってはお客さんなので、そのままバイト先に就職したとしても仕事の内容はガラッと変わる。そして、大学生のアルバイトには二種類いて、「大学をいますぐやめてでも社員になって欲しいアルバイト」と、「職場に若いヤツがいると活気が出ていいから雇ってるアルバイト」がある。後者の場合、学生をやめるとアルバイトは自動的にクビになるのでいくらバイト先で可愛がられているからといって油断してはいけない。実際、そうなった人を何人か見たことがある。こうなると新卒チケットもないし仕事探すの大変ですよ



 また「何者」を思い出してしまった。


何者 (新潮文庫)

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 「何者」の続編の何様も面白い


何様

何様