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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2017-06-09

広告は悪なのか。 07:10

※この記事は修正後のものです。経緯はこちら→http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20170609/1497001206



 広告は悪なのか


 ということに関して、結論から言うと僕は「悪ではない、ただし広告とわかっていれば」と思っている。


 なぜかというと、僕はどちらかというと広告を見るのが好きだからだ。


 たとえばプロモーションビデオ。これは広告の一種である。なにせ「プロモーション」を目的としたビデオなんだから。


 好きな広告は何度も繰り返し見てしまう。

 たとえばOK GOのこのビデオはHONDAが協賛しているので二重に広告的である。


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 タイのCMとかも泣ける


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 ホンダで思い出したが、これなんかも泣いてしまう。


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 んで、24年前のアイルトン・セナの最速ラップをもとに光と音で再現するなんていう馬鹿馬鹿しいことは、広告が目的でもなければ実現することができない。「いや、マニアはチケットを買うはずだ」という意見はあるかもしれないけど、ホンダのかっこよさ、素晴らしさ、ホンダミュージックの「これだ」感を表現するのにこれほど良い方法はちょっとない。



 僕は広告というのは現代のパトロネージュだと思っていて、だからこそCMクリエイターが尊敬される時代があった。


 ただし、CMはちゃんとCMとわかるようになってる。

 誰かがお金を払って作る広告記事に「広告」とか「PR」と入れなくていいとか入れるべきとかいう議論と、広告そのものが素晴らしいカルチャーであるという議論は分けなくてはならない。


 で、たぶんタイトルに「PR」と入れるとPVが減る。それは間違いないだろう。

 しかしPVが減ったとして、それで何が問題があるのか。


 タイトルにPRという文字を見つけてクリックしない人は、たぶんクリックしてもそれが広告だと分かったら広告主や書いた人を嫌いになるだろう。「騙された」と思うかもしれない。


 これを広告業界では「潜在敵対顧客」と呼ぶ。

 あたりまえだが潜在敵対顧客が増えると商品や企業のブランドが下がる。


 タイトルに「PR」と入れたり、最初から具体的な製品名を入れたりするのは潜在敵対顧客を増やすのを抑制するので本来の広告目的に照らせばマシな話のはずだ。


 それでもなぜ「PR」と入れるのに積極的じゃないかというと、PVが広告記事の指標として使われることが多いからだ。


 ネット上の広告にはいろいろな種類があるが、記事広告の場合は、ブランディングアフィリエイトの二種類が考えられる。


 企業からお金をもらって記事を書く場合はブランディング広告の場合が多いだろう。ブランディング広告の場合、記事を何人に最後まで読んでもらった、という指標しかないので、質の悪い(潜在敵対顧客を生むような)クリックであったしても、1は1とカウントされてしまう。


 だから本音でいえば、読者を騙してでもクリックが欲しい。だからこそステマは嫌われる。


 いっぽう、アフィリエイトの場合、実際の売上にどのくらい繋がったか、すなわちコンバージョンレートが重要なのであってPVは低かろうが売上さえ立っていれば関係ない。


 ちなみに僕のブログのアフィリエイトのコンバージョンレートは10%前後であり、これを広告と考えるととんでもなく高性能な広告である。


 無理をしてPVを10倍にしても、必ずコンバージョンレートは下がる。

 だとすれば潜在敵対顧客にはむしろ記事を見せない方がいい。


 そのうちタイトルに「shi3zの長文日記」と入っているだけでクリックされなくなるだろうから、潜在敵対顧客に積極的に記事を見せるメリットはないし、無駄にクソリプが飛んで来るので対応も面倒になる。



 広告で食ってる人間が広告であることを隠そうとしたり否定しようとしたりすれば必ずしっぺ返しを食う。ましてや、公正であろうとする(少なくともそう見せたい、思われたいと願う)ならば、もっと無理だ。


 ちなみに僕と広告業界について明記しておくと、僕の会社は電通とドコモの合弁であるD2Cにほんの少しだけ株を握られている(0.5%)。ドコモとも電通とも関係が深いからだけど、僕は電通から依頼されて記事広告を書いたことは一度もないことは先に書いておく。


 僕と電通の関わりがあるのは、主に電通社内の講師を引き受けたり、海外で電通主催のイベントで講演したりしていたせいで、電通社内で講師をしていたときに知り合った元教え子の人たちとは今でも交流があるし、仕事の相談を受ける。


 でもそれよりもなによりも僕は電通という会社を尊敬しているし、とても好きだ。世間ではブラックだのなんだの言われてはいるが、電通マンは基本的に電通が大好きである。そして彼らは頭がよく、フットワークが軽い。だから好きなのだ。


 電通では、広告を使うことを「コミュニケーション」と呼ぶ。

 「正しいコミュニケーションを設計すること」が電通の目標なのだ。


 広告による「コミュニケーション」とは、顧客企業が伝えたいけどなかなか消費者に伝えられないことや、商品の潜在的な魅力を、言葉や映像で伝えることである。


 たとえばホンダの良さ、というのをアイルトン・セナの最速ラップの再現で伝える。切ない顔で音の行方をみつめるおっさん。あのおっさんは本当にセナの現場に立ち会ったエンジニアで、だからこそあの表情が出せる。役者ではないのだ。


 これが「コミュニケーション」の大原則だとすると、ある種の記事広告は一見まるで関係ないタイトルで関係ないことをしていながら、最後はこれの広告でしたー、とネタバラシをする。最近はあたまのところに「記事広告です」と注意書きがあるものも増えてきたらしいが、目立たない書き方だったりして急いでいる時は気づかないことも多い。あと、そもそも「記事広告なら別に読もうとは思わかなったのに」とガッカリすることも少なくない。


 読者はなんだか馬鹿にされたような気分になり、商品の魅力はとってつけたようにしか伝わらない。そんなもの欲しくなるわけない。広告主も馬鹿じゃないから気づくだろう。


 ちなみに広告について勉強したいときはこの本がオススメ


ブランドは広告でつくれない 広告vsPR

ブランドは広告でつくれない 広告vsPR



 と、この流れで書くと、クリックした10人に1人は買っちゃうんだよ。


 これがコミュニケーションなのです。






(13:07追記) 僕の追記についていくつかわかりにくいところや誤解をまねくような表現があったのでTogetterの吉田代表からコメントを頂いておりますのでここに追記させていただきます。

トゥギャッター代表のyositosiです。shi3zさんが追記していることで当時、および現状の認識で間違っている部分があるので、私から説明させてもらいます。


ヨッピーさんにライター等で関わってもらっているトゥギャッチに関しては、2013年のスタート当時からノオトさんと共同運営でありトゥギャッター社が一方的なクライアントという立場ではありません。現在ではトゥギャッチ単体の収益でメディア運営できており、ライターの方々のお陰と考えています。


くわえて、ライティングやライターの選定に関してはノオトさんに裁量をすべて任せており、記事の内容等には一切口出ししておりません。メディアとしても、ライターの方々とも対等な立場であるという認識ですし、ヨッピーさんを含めて、ライターの方々からの持ち込み企画で収益を上げさせていただいている場合も多数あります。お金を支払っている側という書き方がブログ内にあったので訂正させてもらいます。


shi3zさんがトゥギャッター社の代表だった時期はありますが、3年前には独立して業務を遂行しており、トゥギャッターやトゥギャッチには関わっておりません。


また、話の発端となったPR表記に関しては、トゥギャッチ&トゥギャッターともに、金銭の発生している記事に関してはすべてにPR表記がありますのでご安心ください。