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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2017-09-23

あいつが死んだらしい 08:10

 あいつが死んだんだ、というメールが来たのは軽井沢の講演の途中だった。


 あいつか。マジか。そういや同窓会で会った時、酒を一滴も飲まなかったな。

 すげーハゲになってて、ちょび髭生やして別人のようだった。けど、目元とか、中学時代の記憶と符合したな。


 なんかどっかの会社の営業部長かなんかになってたって聞いて「お前そんなヤクザみたいなナリしてなんの営業してんだよ」って言ったら「うるせえよ」と言ってたな。


 「飯も食わないのか?」


 って聞いたら「食わない。食ったら死ぬ」って言ってて


 「お前昔から変なことにこだわるやつだったよなあ」って笑って聞き流してたけど


 「そのうちわかる」


 と、意味深なんだか意味不明なんだかわかんないこと言ってたな。


 「お前の身の回りに起こることで、俺がそのうちわかることなんかあるわけないだろ。現に今だってお前がなんの営業してんだかさえ知らないんだぜ」


 と言ったら、不敵に笑っていた。昔、日テレでやってたマネーの虎の小林社長みたいでカッコよかったけど、こういうことだったんだな。


 癌で一年、闘病生活を送ったあげくの同窓会、本当は病院を抜け出せないかもしれなかったから出席の連絡がギリギリまでつかなかったんだな。


 そういや今年、もう一人亡くなった人がいて、会社が出来たばかりの時にいろいろ相談に乗ってくれたり、一緒に仕事したりした社長さんだった。


 なんか妙に電話がかかってくるなあと思ったからコールバックしてみたんだ。俺は普段は電話が嫌いなので滅多にかけたりしないんだけど


 そしたら「会いたい」っていうので、まあたまには世話になったじいさんの話でも聞くかと思って、秋葉原で焼肉を食った。


 「元気そうで何よりです」


 と言ったら、困った顔をして


 「それがそうでもないのよ」


 って言ってたな。


 「え、全然元気そうじゃないですか。焼肉だって食べてるし」


 「うん、そういうのは平気なんだけどさ。俺、来月死ぬんだよね」


 「またまたー」


 「いや、ホント。癌でさ。それでみんなにお別れを言ってるの」


 「マジですか」


 それから一ヶ月後、本当に亡くなっちゃって、寂しかったな。



 今年の頭に、「湯を沸かすほどの熱い愛」という映画をみた。去年の映画だけど、ロングランになっていた。


 主人公は宮沢りえ

 一人娘がいて、旦那はどこかへ行ってしまって、そんな状況で末期癌の宣告を受けた。


 残りの人生をどう過ごすか。


 そんな映画だった。


 俺も昔、末期癌の宣告を受けたらどうしようと考えたことがある。もっとこどものころだったけれども。


 自分の命があと半年だと言われたら、残りの人生で何をするだろうか。


 あいつはどんな気持ちで同窓会に来てたんだろう。みんなに余計な気を使わせたくなくて、お母さんにも固く口止めをして。


 昔からつまんないことにこだわる奴だった。なんか知らんが、自分の美学を貫こうとして、それで浮いてしまっても精一杯やせ我慢して、気にしないふりをする奴だった。


 結局、あいつは死ぬまでそういう奴だった。いろんなことができたはずだ。同情を引いたり、死にたくないと泣き喚いたり。



 死の前に人は平等だ。どうしたってそうだ。

 俺だって他人事じゃない。いつそうなるかわからない。


 俺は最低でも80までは働くつもりだ。できれば100まで。ボケなければ、という条件付きだが。周りの先輩たちはそうだ。こないだ先輩の古希祝いがあった。まだまだ働く気満々である。


 この業界でいろんな人を見て、わかったことがある。

 キャリアは、そのまま、力になる。

 フラフラとやることを変えてはダメで、目先の仕事が変わったように見えても、常に同じことを蓄積した人が大きな成功を手にするし、その成功は時間を重ねれば重ねただけ大きなものになる。


 金銭的な成功ではなく、作品としての成功は歳を重ねるほど良くなっていく。「天空の城ラピュタ」と「風たちぬ」では物語の深みが全くちがうと思っている。歳を重ねたからこそ書ける話だと思う。逆に言えば、僕はじぶんが歳を重ねたからこそ、風立ちぬで何度も心を震わされることになる。シン・ゴジラもそうだ。


 若くして死んでしまうというのは、そうした熟成する喜びを丸ごと失うということだ。そんなことを望む人間はどこにもいない。


 しかし周囲に死があふれていて、歳を重ねるほどに死に鈍感になっていく。古希祝いに出席した翌週に同級生の訃報に触れるとはなんとも皮肉だ。


 こんな状況では、せめて健康に気をつけるくらいしか、やれることもない。


 あいつも無念だっただろう。

 卒業以来、同窓会まで思い出すこともなかったやつだけれども。


 人間は無力だ。

 俺は癌治療のためのAIを研究開発する仕事をしてるのに、友人一人さえ救えない。今の科学ではどうにもならないのだ。だからこそ俺たちは足踏みをせずもっと科学を発展させなければならないのだろう。


 AIがいつか癌を克服する、という夢を見るのは自由だ。だが現実にそれが間に合わなくて命を落としていく人たちのことを考えると、そんなことは敢えていうべきではないのかもしれない。それはあまりにも残酷だからだ。


 何が正しいのか。

 まだ俺にはわからない