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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2017-09-28

怒涛の長岡 07:30

 おれはそもそもどちらかというと身内びいきが嫌いな人間である。


 同じ出身地の人間を、それが理由で重用するというのは馬鹿げている。少なくとも合理性に欠けている、と思う。事実、おれの会社には長岡出身の人間は今日のところは、全くいない。


 なんだ、群れないとやっていけないのか。蟻か。君らは。

 世の中には本当に同じ出身地の人間を依怙贔屓する人がいて辟易する。わからん。そんなコネに頼って嬉しいか?


 まあこれはこれで長岡のメンタリティかもしれないのだが、おれのうまれた長岡の男は、独立自尊の精神を大事にしている。独立自尊はおれの幼稚園の校訓として口酸っぱく教えられていたし、自分の日本の足で立つのが長岡の男のまずもって第一のメンタリティであり、遠い異国で肩寄せあって支え合うというメンタリティでは、薩長が跋扈する帝国海軍で連合艦隊司令長官まで出世することは不可能だっただろうし、エリート官僚の派閥にありながら、中卒で総理になるような特異な人間は生まれなかっただろう。


 長岡の男は独立自尊、一匹狼である。

 長岡の女のことは幼少の頃から研究し、残念ながら未だ未知の部分が多いが、長岡の男の根底にあるメンタリティはそれである。


 そのおれが、敢えて長岡に会社を作ろうと考えたのは、いくつか合理的な理由がある。


 まず、東京から90分でいけること、なるほど。田中角栄が長岡ニュータウンを作って東京に新幹線通勤するユースケースを夢想するわけだ。片道8000円。不可能な距離ではない。まあおれは会社から徒歩30分以内の距離に住むと決めているから通勤するつもりはないが。


 次に、若者が多い街だということ。これは田舎にしては珍しいことだ。


 そして、大学進学率が日本で二番目に低いということ。


 おれの経験では、大卒よりも高卒、専門卒のほうが結局のところ長く仕事をしているので特定の仕事に対する熟練度は高い。これからの時代、人工知能が学力を代替していくことが十二分に考えられるので、むしろ高卒、専門卒が欲しい。高卒、すなわち18歳の段階から人工知能の開発を覚えてもらって、人工知能エキスパートになって欲しい。下手に大学を卒業するよりも遥かに人工知能を深く理解できるはずだ。


 最後は、行政である。今回、長岡市が全面的にバックアップしてくれることになった。磯田市長がわざわざ東京の弊社までやってきて、長岡を世界で最先端のAI都市にしたいと語ってくれた。もともと長岡は、独立国となることを想定するくらい、軍事的、技術的に先端を行く街である。司馬遼太郎の「峠」を読めばだいたいのことはわかる。


 幕末には河井継之助が日本中のガトリング砲を買い占め、太平洋戦争では山本五十六が世界初の航空主兵による襲撃作戦で多大なる戦果を上げた(が、山本は人を信用しすぎてミッドウェイでしくじった)。田中角栄は長岡まで新幹線を引いた。遠藤諭は月刊アスキーという雑誌でマイクロコンピュータブームを牽引し、業界全体の道標となった。どんなときも、常に最先端のテクノロジーを使いこなすのが長岡という国のメンタリティである。であれば、当代きっての先端技術である人工知能を使わないという選択肢はない。むしろこれは必然的な動きであるといえる。


 長岡市では、10月に中学生と高校生に向けて無償の人工知能講座を開講する。本物の人工知能に中高生が触れる機会をつくり、ゆくゆくは常設で子どもたちが人工知能に触れ合える場所を作るという構想がある。これは本当に素晴らしいことで、世界でまだ誰もやっていないことだ。


 新潟の大学進学率は沖縄の次に低い。しかし大学進学率が低いということが、むしろ素晴らしいことなんだという単純な事実が、世の中の既成概念を根底からひっくり返していく。なぜなら勉強できることはすべてAIがとってかわるからだ。大学進学率が低い、高卒就職率が高いということは、勉強では得られない、言い換えれば人間でなければ経験できない知識を獲得している人が日本で二番目に多いということだ。


 そして世界で勝利するAIは、そういうところにしかない。DeepMindのデミス・ハサビスと宮崎駿はどっちがより希少な知能か。ハサビスのAlphaGoのクローンは100以上ある。ドワンゴも関わったDeepZenGoは世界のコンピュータ囲碁リーグで優勝した。しかし宮駿は誰にも真似出来ない。彼は学習院大学卒だが、学習院大学をでればだれもが宮駿になれるわけではない。



 従って、真に価値ある貴重な知能は、大学教育や科学によって育つものではない。むしろ、大学では教育できない場所にこそ、真の知能が必要であり、それを集めることが重要である。こういう考えは、もはや僕の中では確信になっている。