26歳の朝はワシントン州シアトルのアップタウン、リパブリカン・ストリートで迎えた。
会社をやめたばかりで、新生活が始まったところだ。夏のシアトルは北国のクセに暑苦しかった。
さらに10年前、16歳の僕は何を考えていたっけ。
たしかその朝は、うだるような暑さに悪態をつきながら、45分もかけて高校に向かう電車に乗っていた。
そうだ、思い出したけど、それは花火大会の日で、クラスメートの女の子をモデルにして花火写真コンテストに挑戦しようと思った頃だった。うん、それは17歳の頃だったか。どちらにせよ誕生日だったのは間違いない。なにしろ花火大会の日は誕生日なのだ。
彼女は性格の悪い女だったが、美人だった。あとで思えば、あの性格の悪さは思春期特有のものだったんだろう。ツンデレというやつか。いや、デレられたことは残念ながら一度としてないが。
彼女は面識もないのに入学初日から僕のことが大嫌いだと公言せずに居られない女だった。
その発言の影響で僕は入学初日からクラスで孤立したけど、僕は逆に性格の悪い人間を演じることの快感に目覚めた。御陰で今ではすっかり性格が悪くなっている。ああそうだ、彼女に片思いしてた非モテ野郎がとにかく僕を執拗に攻撃してくるので、「君なんかどうせコードも書けないくせに」とバカにしたら、坂村健の話で盛り上がり、「アルファロメオってクルマ屋がイタリアにあってさー」と奴の得意分野に話をもっていかれ、それから親友になったなあ。カーグラフィックス誌に載ってたアルファロメオは高校生の僕には魅力的に思えた。今では大嫌いだが。
彼女は僕を大嫌いなクセに、なぜか一緒に帰る日が何度かあって、僕は親父からお下がりされたNikonのF801だかなんかでフラッシュと三脚を使った多重露光を試してみたかった。ポートレートというやつも。帰りしな、手近に彼女がいたので、「花火大会の写真モデルになってよ」と言ったら意外にもあっさりとOKした。女はよくわからない。他にもモデルを頼めそうな子は居たけど、すっかり性格が悪くなっていたので敢えて僕が嫌いなんだという女を撮ってみたくなった。
待ち合わせには1時間遅刻した。道が混んでたのと、時間の読み違いだ。僕のことが大嫌いな割には、クソ暑い駅で、彼女はちゃんと待っていた。ケータイなんか高校生は誰も持っていなかった時代だ。
「一時間も待たせるなら先に言ってよ」
「悪かったよ。道が混んでたんだ。花火大会でバスが迂回するのは計算に入ってなかった」
「そんなに時間あるなら家帰って浴衣に着替えたのに」
「俺はこれでもチャリで全速力で来たんだよ」
「そんなの関係ないでしょ」
その後もめちゃくちゃに怒るので、そのへんの花屋で一輪160円の百合の花を買ってやると、嬉しそうに笑ったのを覚えている。それは僕が見たこともない笑顔で、女はどれだけ機嫌が悪くても花さえ買えば喜ぶ生き物だ、と、このとき学んだ。
そして今日、36歳の朝は、札幌のすすき野にできたばかりのホテルで迎えることになった。
今日は高校生に対してプログラミングの魅力を語るという講演で、これはまあ、ちょっと難しいテーマだった。
もともとプログラミングが好きな人にプログラミングの魅力を語ったり、プログラミングのコツを語ったりするのは、容易い。
けれども、プログラミングに欠片くらいしか興味のない人たちにプログラミングの魅力を語ると言うのは、難しい。
壇上に立って、見回しながら、「コンピュータが好きな人は?」と聞くと、ほぼ全員が手を挙げた。
「ではプログラミングをしたことがある人は?」と聞くと、一人だけが手を挙げた。
そんなもんだろう。
僕が16歳の頃、国際情報高校の情報科学科、なんていうたいそうな名前の学科に通っていたにも関わらず、プログラミングができる同級生など皆無だった。
そのスキルの値打ちは毛ほども理解されず、全ての同級生から落ちこぼれとして扱われていた。
僕は一人、8086のアセンブリで三次元の回転行列をくるくると回しながら、暗い青春を過ごしていた。
そんなわけだから、コンピュータの専門学校に進もうと考える高校生が、プログラミングを全く経験していないとしても驚きはしない。
そして万が一、彼らが両親をなんとか説得して、三流大学ではなく、コンピュータの専門学校に進学する道を選ぼうとするならば、なにか実用的な話がよかろうと思った。
二十歳の頃、ゲーム専門学校で講師をやっていたとき、そこに通う子供達はほぼ例外なく親に泣きながら土下座して通って来ているのだった。それほどまでにゲームクリエイターになりたい、という気持ちの強い子供達が高い意識で挑戦して、サークルもバイトもやらず、ひたすら卒業制作に集中して、それでもなお成ることが叶わないのがゲームクリエイターというものだ。
しかしプログラマーというのは一度は目指してみる価値のある仕事である。
その過程で学ぶことは非常に多く、決してプログラミングというスキルは、単にプログラムを書くという目的だけを満たすものではない。真に論理的な思考力を鍛え、あらゆる判断を冷静かつ的確なものにするための能力を身につけることが出来る。
だが、プログラミングの魅力というのは知らない人にそう簡単に伝えることはできない。
そこで僕自身が16歳の頃から今まで、20年の間、プログラミングとどのように付き合い、活用し、これまでどんな冒険をしてきたか、という話をすることにした。
本当はもっとワークショップ的な内容のスライドを用意していたのだが、最初の質問でプログラミング未経験者ばかりだったので方針を変えたのだ。
それから東京に戻る。
飛行機が混んでいて、どこの席でも真ん中になってしまう。
こりゃ辛いなあと思っていたところ、そういえばキャビンアテンダントのお姉さんと仲良くなるにはできるだけ後ろの席に座るべし、という教訓を昔誰かから聞いた記憶があり、せっかくだから試してみる。なるほど、仲良くなれそうだ。しかし男はなんでキャビンアテンダントが好きなのかね。やはり制服かな。
羽田から前ちゃんと会社までドライブ。
アルファロメオの悪口を言うと前ちゃんは156GTAに乗ってると悲しそうに言った。
いいんだよ。悪口を言うってことは、それほど悪く思ってはないってことなんだから。
高校生の時は好きだった。なんか、ツウって感じがして。しかし今はダメだ。ミーハーを絵に描いたようなOLに「アルファ買おうと思うんだけどー」と相談されたとき、僕の中でアルファロメオは終わった。こんな連中が乗り回すようになったとは。あの秘密めいた、女子供にゃわからない、男の隠れ家としてのアルファロメオはもう居ない。あるいはそれは幻想なのかも知れない。もともとアルファロメオはそんな大層なものじゃなかったのかも。若き日のエンツォ・フェラーリが青春を燃やした面影はどこへ、今は大衆車メーカー。けれども、そんなふうに思っていたのは新潟のど田舎で雑誌でしかアルファロメオを知らないクソガキだけかもしれず、アルファにとってはそりゃあ相手が誰であろうと一台でも多く売れた方がいい。トヨタがそうであるように。
ヨーロッパでは147で一週間くらい過ごしたけど、それは悪夢のような乗り心地だった。MTだっていうのもあるんだろうけど。できれば二度と147のMTは運転したくない。
もちろん、サンクアルピーヌに乗ってた前ちゃんが、表面的なブランドイメージでアルファに乗ってるわけはないだろうし、僕もRZまでのアルファロメオは好きだ。
話をしているうちに前ちゃんと僕はともにZ3乗りだったことが解った。
これは嬉しい共通点だ。
BMW Z3 Roadsterはまあいろいろと問題はあるが好きなクルマのひとつで、なにしろ僕が初めて買ったクルマでもある。ゴーカートみたいで楽しいクルマだった。女の子のウケはイマイチだったけど。
いつかロータス・エリーゼが欲しいよね、モテないけどさ、という意見で丸く収まり、それから二人でトヨタの悪口で盛り上がる。持つべきものは共通の敵。ついでにマセラティも敵だ。クルマそのものは素晴らしいが。
会社に行くとミニ四駆の予選大会で盛り上がっていた。
そこに週アスのF岡さんがやってきて、新しいプロジェクトの話を聞いて、それはいいねと話をする。そういやF岡さんも僕の嫌いなアルファロメオの、しかも最悪なことに147に乗っている。あれのいったいぜんたいどこがいいのか、まったくけしからんと思いつつも以前それについてはひとしきり文句を言ったことがあるので、今日は黙ってる。前ちゃんに紹介するときに、「この人もアルファロメオなんですよ」って言ってやりゃ良かったなあ。僕は乗ってるクルマで人を差別しない。クルマを憎んで人を憎まず。
ARCに顔を出すと、僕がこの数ヶ月、一番楽しみにしていた新製品のプロトタイプが出来上がっていて、まだ公表はできないが、まずまずの出来映えに小躍りした。満足はしてないが。まずまずの出来上がり。
家に戻って明日からの出張に備えて荷造りして、それから新宿の思い出横町の焼き豚屋、ささもとに行く。笹本の主は、64歳で現役3Dプログラマー。顔が見たくなった。
なんか今日は機嫌が良かったらしくて、二言三言、喋って、またこんど、笹本さんの書いたプログラムを見せてもらう約束をした。
笹本さんを見ていると、プログラミングは一生の趣味になる、という予感を確信する。
彼は本当に楽しそうにプログラミングするんだ。
Facebookのウォールがお誕生日おめでとうメッセージで汚れていて、これは面倒だけどせっかく書いてもらったものなので、一人一人、メッセージを返す。次から誕生日は非公開にしよう。
そうしていたらあと5分で36歳最初の日が終わろうとしているところで、今日一日のことをブログにまとめたりすることにした。
10年後、46歳の朝、僕はなにをしてるだろうか。
たぶんまた東京には居ないんだろうな。
そうこうしてるうちに36歳の誕生日が終わった。
明日はロサンゼルスに行く。
UEI社長 清水亮の日記です。経営とか技術とか就活とかあとどうでもいいこと