言われたことだけでは?

おはようございます。

台風10号は東北、北海道に大きな爪跡を残しました。お見舞い申し上げます。一日も早い復興をお祈り致します。
長月(ながつき)9月です今月もよろしくお訪ね下さい。
長い夜をゆっくりと安らかに休むようにしましょう。そのためにも祈り学びが肝要。小僧時代お師匠様によく「言われたことばかりやっていたのでは一人前になれん」と教えられました。
言われたことをやっていればいいのでは?と修行始めは思っていました。お師匠に言われたことを考え考え目の前のことをやっていましたら、ふと「前後を考えれるようになったのです。」「言われる前と、言われたことをやった後のことです。」
何一つ「言われたことだけで仕事にはなっていない、こと、」この「当たり前のことを知ったのです。」
気づいてから、少しずつですが、「工夫というものを知ったようです。」「周りを見れるようになったようです。」何よりも「仕事がどうすれば仕事になるかを感じ始めたのです。」
言われたことしかやれていなかったときは、「任されることがなかったようです。」いわゆる信頼がなかった。何かをやるにしても「相談もしてもらえなかった」、当然のことです。「何のためにやっているのかさえ言われても解っていないのでは、どうやればもっと上手く行くのかなどと相談をかけてくれるはずもない」のです。
また、前後を考えられるますと「手伝いになる」「準備もできるようになる」「後片付けもできるようになる」といった具合に「仕事の流れをつかんでいけるようになっていくのです。」
言われたことをやっていたときは「やらされているから楽しくない、面白くない。」しかし前後を考えられるようになったときから何となく「意欲がわき充実感が出て楽しくなったのです。」それ以上に「考えの枠が広がった、広く見るようになった」のです。それ以上に「周りのことが気になるようになった」「周りとの調和、バランスを気にするようになったのです。」
言われたことだけしかやっていなかったときには、楽しくありませんでしたから、やればいいんだとうと高をくくり、言われたことすらできなくなっていったのです。そして「叱られる、注意されることが多くなり、益々面白くないスパイラル、悪循環。」
次第に前後が見えるようになってからは、周囲のいろいろな人の行動を観ることにもつながり、「お手本が多くなったのです。」それ以来多くの事が自分に取り入れられ、楽しさを増したのです。
今月は前後のことを考える楽しみを再び味わいたいと思っています。いわゆるお陰様ですかね、今月もよろしくお願いします。
今夜は「にんげん学」一宮講座「新・論語を読む」、明晩は東京講座「論語を読む」です。共に楽しみにでかけます。会場でお会いしましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
私たちは熊本・大分地震の復興支援を応援します。ボランティアの皆さんご苦労様です。お気をつけてご支援ください。ありがとうございます。