介護って、なんなのさ?(笑)

前回の記事で、自身の結婚をにおわせたところ、「プロポーズの言葉がない!」と、各方面からご指摘をいただいた。

ええ、書きませんでしたが、言葉は発しております(笑)

それに、9月に帰国した際にも、会ってすぐに、その言葉を連発したと、本人ははっきりとは覚えていませんが、もう一方の当事者が申し述べております(笑)

さて、今度こそ本当に最終章なのですが、最後の最後に書いておきたいことがあります。

「介護」に相当する言葉がなく、似て非なるホーリーと呼ばれる職業があり、むしろ看護師よりも専門職として頑張っているんじゃないか、、、、、とも思える、そんなベトナムで、僕は3年間、「日本語で介護を学ぼうとする看護学生」に、日本語を教えてきた。

僕の姿勢は、相手(学生)が、高校生だろうが大学生だろうが、社会人だろうが、准看護師だろうが、日本人だろうがベトナム人だろうが、変わらない。目指す学校に合格することだけではなく、その仕事に就く心を育てたいと考えている。

この3年間、ダナンの教室で、「病院は病気や怪我を治して、家へ帰ってもらうところ。介護の施設は、幸せに死んでもらうところだよ」と教えてきた。

もちろん、病院で亡くなるケースも少なくはないし、介護の施設にはそれぞれ役割分担があり、語弊があることは百も承知ですが、ざっくり言うとそういうことだと思う。

さて、3年間のダナン生活の中で、後半の2年弱の間の身の上話しでの大事件は、父親の入院、施設(介護付き有料老人ホーム)への入居であった。そう、介護が必要な高齢者をひとり残して、異国で介護の心を教えるという、何とも矛盾した行動をしていたのである。

その代わりと言ってはなんだが、施設での親父の様子は逐一伝えてもらっていたし、時々送られてくる写真やエピソードは、「教材」として活用させてもらった。一時帰国の際に銀行に親父を連れていった時に利用した「リフト付き介護タクシー」の写真を見た学生は、「こんな車、ベトナムにはありません!」「これは便利です!」と大興奮だった。

もっとも、介護タクシーの前に救急車をなんとかしたいですけどね、ベトナム。

さて、大晦日の話に遡る。

12月に入って体力が急激に落ち、そろそろ覚悟が必要かと、そんな状態であったのだが、ドクターの判断で胃瘻を作ることで体力の回復を図ることになった。何とか年は越せるかな、、、という状態で迎えた大晦日だったのだが。

僕がベトナムにいた3年の間に、以前から予備校講師仲間で集っていたお店がなくなってしまった。その後、大晦日にはみんな集まって年を越すのが恒例になっているのだけど、今回、僕は初参加と言うことで、楽しみにしていたのだ。

ところが、宴たけなわの22時ぐらいに施設から連絡が入り、、、、、12時間ぐらい頑張ったのだが、元旦に亡くなった。苦しまずに逝ってくれたのは幸いだったのだけど、ひとつ残念な事があった。

夜が明けてからだったから、7時ぐらいだろうか。実は僕はある決断をしなければならなかった。家庭の事情で我が家は、父方の親戚と一切のお付き合いを絶ってきた。その事情は、僕にはわからない。

昨秋、偶然facebookでつながった従姉とは、35年ぶりぐらいで連絡を取り合うようになっていたが、彼女のご両親、つまり僕にとっては叔父、叔母に連絡するべきか否か、この決断は苦しかった。結果的に来て頂き、看取ってもらえたのだが、それが良かったのかどうかはわからない。そのことは横に置いて、、、


徐々に心拍数が下がり、血圧も下がっていく中で、看護師さんの適切な処置には感心した。僕はきちんとした知識を持っているわけではないが、それでもバイタルサインの数字から的確に状態を把握し、適切に処置していく様子がわかる。そして、僕に状況を説明してくれるのだった。

「バイタルって、こんなに如実に知らせてくれるんですね」と、この期に及んでも「教材にできるな」と、そんなことをぼんやり考えていた。

その時である。聞こえちゃったんだな。

「陣内さん、ダメなの?」

百歩譲って、業務としての、お仕事としての確認で、必要な発言だったとしよう。
それならば、せめて、家族に聞こえないようにお仕事してくださいよ。

入居の際に、確かに「看取る」という方向の介護を行うことを承知し、サインした。だったら、心静かに逝かせてやってくださいよ。

正直、「なんだ?この野郎!」と思ったが、発言した人間を特定するのはやめておいた。
謝らせることは簡単だっただろうけど、あまりに虚しいと感じたから。

父が逝ったのは、間もなくだった。

施設のみなさまには、心から感謝している。そのことは今も変わりはない。
しかし、そのような発言を、何の遠慮もなく発するような輩は、業界から出て行ってもらいたい。これだけは看過できませんな。

後になって、親父の荷物を片付けに行ったときに、事務の方にそっと伝えておいた。

介護に関わる人は、優しい人が多い。それは、この施設だけではなく、僕をダナンへ派遣してくれていた法人のスタッフと接しても同じである。

しかし、技術はともかく、心の方はいかがなもんだろうか。
心配りがなければ、せっかくの「優しい心」も一瞬で吹き飛んでしまう。

看護師の方の心配りに感心した直後だっただけに、何とも言えない後味の悪さが残る。

ようするに、何が言いたいかというと、、、、

その人間が、もし僕の教え子だったら、ぶん殴ってる!

ということです。

施設の方にも、同じ事を伝えました。もちろん、冷静に、静かな声でね。

と言うわけで、気分良く終わりたいので、
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