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映画ジャケ本

別冊宝島 その2

2005-03-17

shidehira2005-03-17

ノンストップムービーにあらず!!!

ダブリン上等』を快速ノンストップムービーとか言ってるやつぁ、タイトルまで見て眠っちゃって気がついたら終わってたんだと思う。それかトレーラーとプレスシートかなんかだけで語ってるヤツ。

だいいちタイトルも羊頭狗肉で主要人物は全然「ケンカ上等」でもない*1

でもって、スピード感溢れるOPが一気に終わるや、後はボンクラどものチンタラポンタラが続くのである。

が、そのチンタラポンタラが…マジで面白いのだ。どいつもこいつもスットコドッコイばっかり、というかひとまずこの映画にまともなヤツは一人も出来やしない。全員がこすくて打算的でうじうじしてるのである。

いやあ、特にあれは信念でやってると思ってたのに「TVの画面で見て」あっさり心が折れるとこなんか腹のそこから爆笑してしまった…それから(…以下自粛)

この映画は是非是非見てほしいから、中身はあんまり書きたくないんで、このへんで終わっとく。あくまで「チンタラ・スットコ・ボンクラムービー」の快作と心して観てほしい。

とにかくにもコリンが歌う「アイ・フォート・ザ・ロー」(もろクラッシュ)で燃えることは間違いない。

あ、あのガキが『ダブリン上等』なんだ。タイトルもあながち間違いじゃないぞ。

ポニキャンたら

昨日から「ポニーキャニオン」てのがはてなを巡っているみたいだ。

まあ気になるのは仕方ないんだろうが。

でも、あのクシなしのドメインってのは潔いのだろうか、脇が甘いんだろうか。

まあどっちにしてもはてなのリンクを全部辿るのはひどく退屈で大変だと思う。大半がたーだ「富豪刑事見た」とか「少年ジャンプ読んだ」とかだからさあ。

ところでホリモエンとこのLBOだかELOだかが話題になっているが、なして日本の金融関係者は指咥えて看てんだ。儲け話外資に全部持ってかれるこたあないじゃないか。

別に資金調達は外資に任せる必要ないやんか。

村上氏が「僕はファンドマネジャーなんで株を高く売るのが仕事」って至極当然のこと言ってたけど。

なんかさあ今時「金、金、金の世の中がどうたら」とか頭の緩いこほざいてる爺ぃが多いけど、今までも「金、金、金の世の中」だったことには変わりはない。ただそこに世間の注目が行かなかったり、世間の見えないとこでやってただけのことじゃん。

時間外取引にしても爺ィたちの大好きな「桶狭間の奇襲」*2でも「鵯越」にでも例えれば納得したり、評価したりするのか。

ネットも四足、電波も四足!」*3とかって。

オウム裁判ってば

まず、訂正、僕の日記*4佐々淳行なんていう大法螺ふきと佐木隆三氏を間違って記していました。明らかに僕の注意不足と認識不足でした。「佐木隆三」をリンク元にカチッされた方が訪問されるまで気付かなかったことも含めて反省しております。佐木氏に興味を持ってネットを巡られた方には不快な思いをさせたことに対してお詫びします。

だからというわけではないけど『別冊宝島 隣りの殺人者』に佐木氏のインタビューが載っていて、そこに興味深い発言がある。

(荒木虎美について)彼は一、二審で死刑を宣告されて、最高裁に上告中にガンを患って八王子医療刑務所で死んでいくわけです。それと関連して思い出すのは、田中角栄ロッキード事件・丸紅ルートの裁判ですね。あれも難しい裁判で(略)被告人死亡で公訴棄却。その問題については刑は確定してません。荒木の事件も(略)困ったな、困ったなと思っているうちに本人がガンだと分ったので、ワザと裁判を引き伸ばしたんだろうと僕は思ってますけどね。そのうち予定通りに荒木が死んでくれたので最高裁判事もホっとしているんじゃないでしょうか。

なんか麻原の裁判の進行具合を見ていると日本司法ってさもありなんだ。今更精神状態がどうだとかなんていってるところを見ると。

『カナリヤ』

映画館にいく時、移動や待ちの時間のため本を持っていく。今回一応オウム関係の本を2冊ほど持っていたのだが、直前であんまり頭にそんなもんを詰めないほうが良いなと思って読まずに観た。

で、観てがっくり。読もうと読まずにいようと関係なかった。

おそらく今年一番の腰砕けの一本。

製作者側の腰が引けてるのか、単に頭が悪いのかどうかは判断しかねる。とにかく「ニルヴァーナ」=オウムの描写がおざなり、はっきり言って出しただけ。オウムに対しても、世間に対してもケンカを売る覚悟がないから(単に創造力が欠如しているかもしれないが)教団を笑いものにも、恐ろしいものにも描いていない。ましてや観てて「自分もしかしたら…」なんていうような気も起こらない。この十年の様々な論議がすっぽり抜け落ちている。監督は「オウム」に関心を寄せているつもりだろうが、これまでに語られた言葉の積み重ねを無視してる*5

谷口美月だけがいいって、もうこういうのばっかじゃん。

まず、時代設定がダメ。冒頭美月がエンコーのための車の中でケータイゲームをやってるシーンと指名手配中の幹部信者がTVで中継されてるところを合わせると「地下鉄事件」を最近の事件として描いていることが判る。まあ、近い過去として設定して事件をリアルに感じさせる魂胆だろう。だったら、あの2曲は何なんだ。ユキの母との想い出としての「銀色」はともかく、唐突に登場する「君の瞳は〜」は何なんだ。思いっきり時代相を無視したノスタルジックなんかやってどうする。まあ、あの幹部連の成長した時代とあの事件を必ず重ね合わせなければいけないとは言わないが、あの事件や教団を生んだことを「あの雑誌」や「あんなTV」や「レインボーマン」を抜きに語ると話に深みは生まれないんではないだろうか。やはり僕の中ではあの事件は「時代」が生んだと言う思いが強い。それを覆すような説得力のある設定が出てくるならともかく、あれじゃ何も考えてないといわれても仕方ないと。

それに、人物描写が杜撰。コウイチが単に「場」や「空気」が読めない、単なるバカにしか見えない。根っから反抗者というわけでもなければ、教団の教えに呪縛されているように見えない、マジで中途半端。その半端さを描きたかったんだったら、別にオウムじゃなくても良かったじゃん、単に問題のある家族の話でといいたくなる。りょうとも一人の女も出てきただけ。少年のお母さん役も顔は似てたけど『火宅の人』でいしだあゆみが演じきった母の強さも悲しさもない。

教団の設定も平凡というかやる気がない。学研「ムー」は読んでいても、ブックス・エソテリカさえちゃんと読んでさえいない。あのシリーズくらい読よんどきゃつっこみどころ満載のあの教団の教義パッチワークのチグハグさが出てこない。なんであんなもんに高学歴の人間*6がころっと騙されたんだというあの事件の際に語られたこともあっさり無視。

で、結局「自分なんだ」って言われても、「自分」ってなんなの?「戸籍名」と「ホーリーネーム」やHNの違いはどこにあるの?この映画の製作者たちはそんな不毛な「自分探し」があの事件の一因だということも判ってないのである。

子供が主役なのも外れ。確かに子供も被害者であったろう。でも、あの事件の核となった世代が何ゆえあそこまでのことをしでかしたかを考えたら、20代、30代が主人公になってしかるべきだったはずである。子供を主役にしたもんだから、単に何かはまった母親の被害者と言うことしか描かれなくなっている。ならばこれは別にオームである必要はない。そんな新新宗教はごろごろ転がっている

だから本丸宮台真司が「エンコー」少女はOK!の自己批判を始めた今、ユキだけがしっかり自分の足で立っているというのも悲しいよなあ。

とにかく、あの事件群を見つめる深い洞察も、それについて語られた言辞の数々の反芻も、己のことして深く突きつける切実さもこの映画にはない。「兄妹が離れ離れになって可哀相」なんてアホな理由で泪きたい人だけ見たら言いと思う。

何というか、こんな薄っぺらな映画が作られたこと自体が「あの事件群」が風化してしまった証左なのかもしれない。

※その後監督のインタビューを読んだ。「思考が硬化していくことの恐ろしさ」を訴えていたが、あの事件を子役を使って描くことが充分「思考の硬化」に思えてならない。

P.S.これはついでのツッコミね。

なんでもいいけど、まだ事件がホットな時期に元信者のコミューンみたいなとこに「公安」や「1課」が何の監視もしてないとしたら、警察はこの映画の製作者と同じくらいマヌケらしい。

あと、TV壊されて食堂の人はどうして黙ってんだ。

あーあ、それで『殺人の追憶』思い出してしまった。あのクルーが作ってたらこんなことになってないよな。

興味ある人はあくまでも"自己責任"(笑い)でこんなページでもでも読んでください。

あとこんなトンデモもありますけど...

*1コリン・ファレルを『ファイトクラブ』のブラピに重ねている人はその人の夢か不眠による妄想だ。

*2:実際にはあれは奇襲でもなんでもないことは常識なんだけど。

*3:上手いのが思い浮かばなかった。ごめんなさい。

*4http://d.hatena.ne.jp/shidehira/20050222#1109005241

*5:これは那須監督が『デビルマン』を読んで、これは凄いと思ったのは本当だろうだが、ファンがそれ以上に深い読み込みを既にやっていたのを知らなかったのと同じような図式だ。

*6:といっても人文科学社会科学高学歴者がいないじゃん!ということも当時盛んに言われたことだけど。