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XRQ技研の業務日誌(XRQ Tech Lab)

2017-10-08 多様性

みんなちがってみんないい

 金子みすずの作品の中に「私と小鳥と鈴と」という有名な詩がある。

 この詩は「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい」とまとめられているが、前半部分では私と小鳥と鈴の違いをうたっている。全く異なるこの3つを並べているのだが、妙に違和感なく「みんな違ってみんないい」という言葉が心に入ってくる。

 それぞれが異なっているのが当たり前であり、相互に比較する必要はないのだが、どうも人は共通項を求めて仲間をつくり、違うことを排斥しがちである。

 先日コスモスを見に行ってきた。河川敷いっぱいにコスモス畑が広がっているところである。ちょっと時期が早かったようで、掲示されていたビラには2週間後にコスモス祭りが開催されると記されていた。早咲きの花は咲いていたが、全体的にはまだ緑の畑が広がっており、華やかな色が見られるのは一部分だけであった。

 畑の中を散策すると、全く花が咲いていないのではなく、ぽつりぽつりと緑の株の中に花が咲いている。柔らかな白やピンク、黄色や深い紅色の花である。コスモスは一重の花というイメージがあったのだが、よく見るとさまざまな花があることに気付いた。色も単色だけでなく、絞りのように変化しているものがあり、形にも変化がある。目立ったのは筒状に花弁が丸まっているものである。一見、八重のように見えるが、一重の花弁が筒状になっている。花弁の表と裏の色が異なっているものもある。また、花弁に筋が入っているものもある。さらに、その筋が切れ込みになり、細い花弁がたくさん付いているように見えるマーガレットのようなものまである。

 一重の花弁に”丸まる”や、”筋が付く”という変化が起きた時、その程度の差によって様々な形の花が生まれる。自然界ではこのような変異が常に起きているのだろうが、それを人間が選択することで品種改良に結びつき、このようなさまざまな花が生まれてきているのだろう。

 人は”種”というまとまりで生きものを捉えるが、その中にはさまざまな個があり、多様性を秘めている。その多様性があることで環境などの淘汰に耐えて、生き延びてきたのが生物なのだ。同類を求めるのは生存のための人の知恵なのだろうが、逆に、違いを広く許容することの中に可能性を求めていくのが自然界のようである。

 コスモス畑の中を歩きながら、さまざまな花をみつけた。一つ一つの花に個性が溢れている。コスモスという名前でくくるのがもったいないほどのバリエーションである。この畑の中だけでも、生きものの多様性が豊かに見られることに感動した。どの花もみんな違ってみんないい花たちである。