肺がん病棟にて−2(2010-7-22〜7-30)

ガン宣告からほぼ3ヶ月。やっと治療が始まった。今度は病室からリアルタイムで闘病記を発信しようと思い、ノートパソコンを持ち込んだ。ところがノートパソコンを扱い慣れない上に抗がん剤の副作用で気分がすぐれず、ベッドの上でぐだぐだする日が続き、退院の日が来てしまった。高齢のブログ初心者には、病室から発信するということはハードルが高かった。

【アームストロングとともに?】
6月22日、手術で胸を開いた後、切除せずにすぐ閉じられた。胃がんでも、切ろうと思って開いたらガンが広がりすぎて切ることができず、そのまま閉じたという話を聞いたことがある。正直な話shigeの場合も同じこと、切る時期を失したのだ。数日前、隣のベッドに来たDr・が言っていた「レントゲンでも、CTでも、僕たちは影を見ているだけです」、と。
検査精度をうたい文句にする最新の検査機器でも、所詮は影を見ているだけ。人間の生身を見るのとはわけが違う。今回そのことをshigeは身をもって知った。当初CTによる画像診断ではガン進行度はステージ1だった。ところが手術中断後、ステージ4を告げられた。つまり末期がんだ。「ステージ1からいきなりステージ4になるんですか?」という質問に「最初からステージ4だったんです。見えなかったんです」との回答。あれほど検査をしたのに。生身の身体には影からは見えないものがいっぱいある、ということを知った。辛すぎる勉強だった。
後何年生きられる?1年か?5年か?分からない。だが希望をなくしたら終わりだということは分かる。4年前、塩尻に住む友人が肝臓がんにかかった。治療を拒否した彼は4ヵ月後に亡くなった。今思えば、治療拒否には奥さんの信仰する宗教が関係していたのかもしれない。今となって確かめる術もないが。  写真のリストバンドには”LIVESTRONG”と書いてある。ツールドフランス伝説の王者アームストロングに由来するものだ。心配した次男が送ってくれた。末期がんを克服したというアームストロングのように”強く生きなければ”と思う。腕にかけたアームストロングの言葉は、これから始まる険しいであろう道のりに、希望を失いかけるshigeを励ましてくれる。気弱になったときは、このリストバンドを見るよう。まじないでもなんでもいい。支えが要るのだ。


【ガン治療あれこれ・・・・ひとつの疑問】
7月23日、抗がん剤を2時間に渡って投与。いよいよ治療開始。ここに至るまでの道のりは長かった。看護婦のお姉さんにお願いして記念写真を一枚。
これから様子を見ながら、基本的には3週間ごとに抗がん剤を投与することになる。2回目からは日帰り投与だそうだ。抗がん剤につきものは副作用だ。がん細胞だけを狙い撃ちできる抗がん剤はまだないので、どうしても正常細胞にも悪影響が出る。抗がん剤の説明書のうち副作用の項目を読んでいると、それだけで副作用が出そうになる。食欲不振、嘔吐、全身の倦怠感、湿疹など、など、など、・・・・十数項目が並ぶ。
数日後shigeにも副作用が現れた。何にも食べたくない。食べたものを吐かないようにし、寝ているだけで精一杯だった。だが副作用の真打はこれから現れるだろう骨髄抑制(白血球減少)だ。これは自覚症状を伴わないので注意が必要だそうだ。体内に入って来る外敵と戦う白血球が減少するのだ。感染症にも要注意だ。副作用が強く出て抗がん剤治療が続けられなくなることを”抗がん剤に負けた”と言うらしい。

これほどの負担を負って抗がん剤治療をしても有効かどうかは不明だ。少なくとも、がんの進行が抑えられないことが分かれば、別の抗がん剤に移らなければならない。果てしなく(死まで)続くと思われる泥沼が待ち受けているかもしれない。多くのがん患者はこのようにして死を迎えるのではないか。
「ガンは切らずに治す」「私はこうしてガンを克服した」というような本が毎日のように出版されている。秘密の特効薬も昔の”サルノコシカケ”から最近の”びわの種”まで、噂の種は尽きない。この種の話にshigeが惑わされることはない。びわの種など食ったって毒にもならないからだ。ところが現役の新潟大学大学院医歯学総合研究所 安保徹教授(2003年当時)の著した”安保徹の免疫学入門”−宝島社文庫−から受ける印象はちょっと違う。国立大学医学研究所の教授が著した本だ。それによればshigeが受けてきた治療は概ね否定されている。”手術が引き金になってガンは全身に広がっていく”なんて、なんとショッキングなタイトルだ。安保教授は抗がん剤についても否定的だ。”免疫抑制治療を受けているのならすぐ止めなさい”と言う。shigeはいったいどうしたらいいんだ。何を信じたらいいんだ。平凡な結論だが、医学は一つではないと思った。
この日も名古屋は最高気温が38℃を超えた。病室はエアコンが効いて快適だ。目の前には名古屋の行政の中心地の夜景が広がる。大通りを真直ぐ南下すれば名古屋最大の繁華街栄に至る。1年後に電波発信基地としての役割を終えるテレビ塔も見える。お月さんも丸くなってきた。一流ホテルからでもなかなか見られない夜景を見ながらぼんやりした頭でshigeは考える。病室の夜は長い。考える時間はいくらでもある。
安保教授によればガン発生の最大要因はストレスだという。”笑いを絶やさないようにし、免疫抑制の治療をやめ、身体にいいものを食べて副交感神経を刺激すればガンは治る”そうだ。これも現代医学がたどり着いた一つの結論だろう。その一方新しい薬はどんどん開発されている。shigeは遺伝子が合わなかったので受けられなかったが治験薬は常に用意されている。どちらをとるか、患者に選択肢が残されているようで、患者が選ぶのは難しい。製薬会社の戦略も絡んでいるのではないか。初めて知ったが、抗がん剤は”驚くほど高い”のだ。1ヶ月分の抗がん剤治療費は、高給で有名な名古屋市市会議員の給料でも追いつかない。shigeたちは保険で3割負担になり、そのうえ市の”限度額認定”という制度で実際の支払いはさらに少なくてすむ。それでも、貯えが無いと医療費の支払いは難しい。塩尻の友人が治療を諦めたのは、高額な医療費も関係していたのではないか、そんな考えがチラッと頭を掠めた。

【般若心経】
遺伝子も影響するのだろうが、ストレスがガン発生の大きな要因であることは医学的知識のないshigeでも感覚的に理解できる。だが、マッド・マネーがますます猛威を振るうであろうグローバル経済社会にあって、生きていくのにストレスが減るとは考えにくい。shigeも44年間のサラリーマン生活で人並みのストレスを味わってきた。こんなものはざらにあるストレスだ。だが、ここ20年間普通の人が味わえないストレスも味わってきた。このストレスは回避できないもので今も続いている。安息場はどこにあるか?  笑いがいいとは誰もが言う。そこで思った。大好きな「寅さん」のDVDを買おう。shigeは寅さんの初代「おっちゃん」の大フアンなんだ。おっちゃん、今会いに行くよ。

入院中に毎日1枚は写経を書こうとした。生来の怠け者のshigeは副作用でけだるかったせいもあり5枚書くのがやっと。それも字が乱れているものが多い。写経の功徳も色々言われているけど、何かをしていないと不安に襲われるんだね。
南高梅で漬けた梅干、旨かった。副作用で食欲のないときでも、この梅を入れてお茶漬けにすれば少しは喉を通った。これは面識のないファンボーイさんの御家族からFOXさんのお骨折りで送っていただいたもの。食べてしまう前に写真に撮ってないのを思い出してよかった。自転車を巡る不思議な巡り合わせ。