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関西学院大学社会学部 島村恭則ゼミ

2013-01-30

 砂川のマウガン祭祀

| 16:51

砂川のマウガン祭祀

社会学部 0579 上田晴菜


【目次】

序章 

  第1節 問題の所在

  第2節 マウガンとは何か

  第3節 砂川の概況

第1章 砂川みねさんのマウガン

第2章 砂川貞子さんのマウガン

第3章 宮里久男さんのマウガン

第4章 マウガン祭祀の現在

 結び


序章

第1節 問題の所在

宮古島には数多くの御嶽が存在し、宮古の人々にとって神聖な場所である。そして御嶽は様々な宮古独特の祭祀と関わり合い、人々の生活に根ざしている。私は数多くある祭祀の中でも御嶽との関わりが深いマウガン祭祀に着眼し、調査することに決めた。私が調査を行った場所は、宮古島南部に位置する砂川である。本調査では現在、砂川のマウガン祭祀がどのように行われているのかについて報告する。

第2節 マウガンとは何か

 マウという語は、宮古諸地域では魂、霊などを意味する。そしてマウガンとは個々人の守護神を指す語で、マウガンを持つことをマウをカミル、あるいはマウをトモすると言う。

 マウガン祭祀は御嶽(ムトゥ)の帰属と結びついている。人々は自分が帰属する御嶽のことをマウムトゥと呼び、自らの御嶽の神をマウガンと呼んでいる。したがって人々はある御嶽の帰属が決定すると、そこの御嶽の神を自分の守護神とすることが決まるのである。しかし砂川において御嶽の帰属が決定した時点ではまだマウをトモさない。

 次にいつ、どのようにして御嶽の帰属が決定するのかについて述べる。砂川では出生時に御嶽の帰属が決定する。子供が出生すると、8日目または10日目にナージキという名付けの儀礼をおこなう。宮古島では戸籍記載の名を決めるより前にヤーヌナーと呼ばれる童名が付けられるのである。このナージキの儀礼と一緒に行われるのが、御嶽の帰属を決める儀礼である。

御嶽の帰属は、神籤によって決められる。神籤には父、母、祖父母が帰属する御嶽の神名が記される。そして神名が書かれた紙をお盆の上に載せて揺さぶる。これを何回も繰り返し、3回同じ神名が書かれた紙が振り落とされるとその神名に決定する。決定した神名は生児の童名となり、同時に生児はその神がいる御嶽への帰属が決定するのである。このように御嶽への帰属が決定するのであるが、先で述べたように、砂川では御嶽の神を自身のマウガンとしてトモすのはまだ先のことである。砂川では成人後に体調不良をきっかけとして、マウをともすのが一般的なのである。このように砂川の人々は成人後にマウをともし、帰属する御嶽へはマウをともしてからの方が頻繁に行くようになるという。

 第3節 砂川の概況

  砂川は宮古島市城辺に位置する宮古島南部の古い村落である。砂川の人口は644人(平成25年1月10日現在)、男女比は男性が313人、女性が331人である。そして世帯数は256世帯である。砂川の産業は8割弱がサトウキビ農家であり、他にドラゴンフルーツを栽培している農家もある。


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写真1 砂川の町並み


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写真2 砂川のサトウキビ




砂川には御嶽がたくさんあると言われているが、正確な数は分からない。今回調査の中でお話を聞いた砂川みねさんによると、砂川には約数十カ所の御嶽があるという。

  私が調査していた中で見つけた御嶽は3つあった。この中で正確に名前が分かる御嶽は、ユクイムトゥである。残りの2つの御嶽のうち1つは、標識の名前が消えているため名前が正確には分からなかった。そしてもう1つは標識がないため名前は分からないが、地元の人々には認知されている御嶽である。砂川区長の砂川正則さんから教えていただいた。


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写真3、4 ユクイムトゥ



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写真5、6 名前が正確に分からない御嶽



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写真7 砂川正則さんから教えていただいた御嶽




第1章 砂川みねさんのマウガン

砂川みねさんは昭和9年生まれ、砂川出身である。

 みねさんは出生時神籤により母方の神名が下りたため、母と同じ御嶽(ウイピャームトゥ)に帰属することが決まった。みねさんのヤーヌナーはメガである。御嶽の帰属は生まれて間もない頃に決まるため、親から自分の帰属する御嶽はどこなのかを教えてもらったという。みねさんの場合、幼いころに親から「あなたはウイピャームトゥのマウ(ムトゥ)だよ」と言われていたので、自分の帰属する御嶽がウイピャームトゥだと認識したのである。

 みねさんは32歳の時体調を崩し、これをきっかけにマウをともすこととなった。みねさんはウイピャームトゥに帰属しているのでウイピャームトゥの神をマウガンとしている。マウをともす時、家に香炉を置くことが決まっている。人々は香炉が自分のマウガンだと認識し、神棚に大切に香炉を置いている。みねさんの香炉は家の二番座に置かれている。


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写真8 みねさんのマウガン(右端の香炉)



みねさんがマウをともした時お祝いをした。このお祝いのことをカンミョーズ(神の祝い)という。この時にはたくさんご馳走を作り、家族や親戚と一緒にお祝いしたそうである。3ヵ年目、7ヵ年目、13ヵ年目と続けてカンミョーズを行っていたが、最近ではもう行わなくなったと話していた。

ウイピャームトゥでは二月籠りや津波よけと五穀豊穣を願う伝統祭祀のナーパイなどのカミネガイの行事がある。みねさんはこのような御嶽の行事を含め、年に6回くらい御嶽に行っている。みねさんが御嶽で行うことは歌を歌い、カミネガイすることである。昔に比べると御嶽に行く回数は減り、御嶽に行く人の数もとても少なくなっているのが現状である。

 

第2章 砂川貞子さんのマウガン

砂川貞子さんは昭和19年生まれ、来間出身である。

 貞子さんは出生時神籤により父方の神名が下りたため、父と同じ御嶽に帰属することが決まった。貞子さんのヤーヌナーはブナである。

 貞子さんは30歳くらいの時、自分の健康を祈願するためマウをともした。貞子さんのマウガンは来間にある御嶽の神である。マウをともす時隣の家に住むおばあを御嶽に連れて行き、マウをともすのを見届けてもらった。おばあは「今日のきれいな日にともすから守ってくださいね」と神にお話し、貞子さんは無事にマウをともし終えた。そして家族と一緒にカンミョーズを行った。

 現在貞子さんの香炉は砂川の家にある。そして旧暦の一日、十五日、旅に出るときだけ線香をあげている。来間にある御嶽は砂川から遠く頻繁には行けないが、毎年6月頃に行われる来間の御嶽のカミネガイには必ず行き、御嶽の神に日頃のお礼を言うのである。


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写真9 貞子さんのマウガン(右の香炉)




第3章 宮里久男さんのマウガン

宮里久男さんは大正15年生まれ、砂川出身である。

 久男さんは出生時神籤により、祖父や父と同じミャードムトゥに帰属することが決まった。

 そして久男さんは39歳の時体調を崩し、マウをともした。男性はマウをともす時ソウシを書き写す儀礼を行う。久男さんは同じミャードムトゥに帰属する先輩のソウシを書き写させてもらった。ソウシを書き写すのに2日掛かったという。ソウシとは半紙や障子紙を二つ折りにして綴じた書物のことである。この表紙には「双紙一冊」等と書かれ、所有者、書写年月日が併せ記されている。冒頭には御嶽の神々の名が記され、本文は黒と赤の二色を使って独特の記号や絵や文字が記されている。

 久男さんは月1回の頻度でミャードムトゥに行き、豊作や健康祈願をしている。そして御嶽に行く際には必ずソウシを持参し、御嶽でソウシを開いて置きカミネガイをする。

 久男さんの香炉は奥さんの香炉、そして息子夫婦の香炉と一緒に神棚に置かれている。毎日朝にはお茶と線香をあげ、晩にはお酒を供えている。


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写真10、11 宮里さんのソウシ


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写真12 宮里さん夫婦と息子夫婦の香炉



第4章 マウガン祭祀の現在

今回砂川でマウガン祭祀について調査し、予想していたよりもマウガンを持っている人に出会うことができなかった。この状況からマウガン祭祀が以前のように活発に行われていないということがわかった。お話を伺った3人の方の話によると、現在砂川でマウをともしている人は60歳以上の方しかいないということである。実際私は50代の方にマウガン祭祀について聞いたが、マウガンという言葉を聞いたことがあるという程度しか知らないと答えてくれた。砂川に住む子供や若者はマウガンという言葉さえ知らない。子供や若者は日常の中で祖父母が持つ香炉を見る機会があるが、その香炉がマウガンだと認識していないだけではないかと思われる。このように現在出生時に御嶽の帰属を決定するための儀礼が全く行われなくなったため、マウガンを信仰する人が途絶えてきていると考えられる。

 また現在新たに御嶽に帰属する人がいないため、御嶽のカミネガイに参加する人も随分減ったようである。3人の話者が口を揃えて言うように、このままマウガン祭祀が後世に伝えられなくなると消えてしまうだろう。砂川のマウガン祭祀の現在は、マウガン祭祀が継承されず衰退の一途を辿っている寂しい状況であると感じた。


結び

本調査は、砂川に住む人々から砂川のマウガン祭祀が現在どのように行われているのかについて聞き取りをし、それについて明らかにしたものである。

 本調査で明らかになった点は、以下の3点である。

  1. 砂川では出生時に神籤で御嶽の帰属を決定するが、この時にマウをともすのではなく成人後病気や体調不良をきっかけとしてマウをともすのが一般的である。

 2. マウをともしている人々とって香炉が各人の守護神でありとても重要なものなので、大切にお祀りされている。

  3. 現在砂川ではマウガンを祭祀している人がとても少なく、祭祀が継承されていないため衰退に向かっている。


参考文献

1.鎌田久子, 1976, 「守護神について」『沖縄―自然・文化・社会―』, 弘文堂

2.喜多村正, 1986, 「宮古島南部村落における拝所帰属の動態」『馬淵東一先生古稀記念社会人類学の諸問題』, 第一書房

3.小池淳一, 2011, 『陰陽道の歴史民俗学的研究』, 角川学芸出版

4. 琉球大学民俗研究クラブ, 1970, 『沖縄民俗』, 18