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関西学院大学社会学部 島村恭則ゼミ

2013-01-31

宮古島のミキという飲み物

| 14:55

宮古島のミキという飲み物

                           社会学部 0301 寺尾麻沙

目次

序章 ミキとは

第1章 マルマサ商店のミキ

 第1節 マルマサ商店

 第2節 ミキという商品

第2章 ミキとゲンマイ

 第1節 ミキとゲンマイの違い

 第2節 ゲンマイの作り方

第3章 神酒との関係

 第1節 西原の神酒

 第2節 佐良浜の神酒

結び

序章 ミキとは

 このレポートでは、沖縄県宮古島市におけるミキ という飲み物について記していくこととする。

 ミキは、漢字表記では「神酒」と記される。 神酒の最古の歴史資料は1477年の朝鮮王朝実録の中の与那国島の口噛み酒の記述で、具体的な祭事などは定かではないが、台湾中国でも神酒は存在しており、神酒を作るのは当時から女性の役割であった。また、祭礼だけでなく婚礼・接待用にも用いられていたが、その後の1879年の廃藩置県を機に口噛み酒の習俗は急速に廃れていった。

 日本では昔から祭事のときに振舞われることが多く、おみきの名前で全国に知られている。特に沖縄では神酒の文化は色濃く残っており、主に南西諸島ではミキを習慣的に飲む文化が発展している。現在の神酒は米やサツマイモに砂糖や麹を加えた手作りのものや、清涼飲料として販売されているものが一般的である。販売されているもののひとつがマルマサのミキである。注1)祭事などで見られる神酒は、すでに研究された事項であるが(萩尾 2006、平敷 1973)、商品化されたミキについての研究はなく、今回はそちらのマルマサミキという商品を中心に取り上げる。ただし、フィールドワークすることによって得た祭事と神酒との関係も記し報告することとする。

第1章 マルマサ商店のミキ

第1節 マルマサ商店

マルマサ商店とは、沖縄県宮古島市平良字西里に本店を置く宮古島唯一の菓子の卸売り店である。40年ほど前に現在の場所で営業を開始し、現在の専務取締役である伊佐幸次氏は二代目である。マルマサの名前は、先代の伊佐正一氏の名前の“正”をとって、そこに○をつけたことに由来している。正一氏がマルマサ商店を創業したきっかけは、正一氏の兄弟にあたる人物が、宮古島市西里でマルエキという菓子店を営んでいたからだという。ここで店の手伝いをしていた正一氏は、自分でも店を持ちたいという思いから、マルマサ商店を創業した。マルエキが自家製の菓子を販売していたため、マルマサでは既製品の販売をすることに決めた。

創業当時は船での輸送がほとんどを占めていたため、港から程近い平良字西里に拠点を置くことにしたそうだ。マルエキと近く馴染み深かったことも理由のひとつである。また当事の沖縄アメリカ領土だったため、取り扱う菓子は外国製品が多かった。

下里に土地を借りて宮古島市内で2店舗を展開していたこともあったが、現在は宮古島市の本店と、那覇市に倉庫を構え営業している。商品は、店の看板商品であるマルマサミキと国内メーカーの既成菓子を主に販売している。


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マルマサ商店本店

  

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店内の様子

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専務取締役の伊佐幸次氏

f:id:shimamukwansei:20130131132205j:imageかつての店舗(宮古島市平良字下里)

第2節 ミキという商品

 芋や玄米などの穀物と砂糖を煮詰めて作られるミキは、沖縄県では昔から馴染み深い飲み物であった。かつては各家庭で作るのが一般的であったが、既製品の販売が行われるようになってからはそちらが一般的となった。マルマサミキもその商品のひとつで、宮古島では最も有名なミキである。

 創業当初は瓶詰めのミキを沖縄本島より仕入れて販売していたが、瓶詰めのミキは輸送の際の破損や、完全密閉が難しく賞味期限が短いことなどいくつかの難点があった。しかし商品の売れ行きは良好であった。そこで先代は自社でオリジナルのミキの政策に踏み切った。密閉、長期保存が可能で輸送にも便利な缶で、ミキの販売を試みた。先代の提案は委託業者によって具現化され、30年ほど前からマルマサミキとして販売を開始。元々馴染み深いミキが、より便利になったため、マルマサミキはあっという間に宮古島を代表するミキとなり、マルマサ商店の看板商品となった。本州の方が原材料が豊富なことから、現在は和歌山県サカイキャニングという業者に製造を委託し販売している。

 マルマサミキの種類は4種類あり、玄米を原料に作られたものと、紅芋を原料に作られたものがある。宮古島には年間40950本、沖縄本島には年間21,600本のミキの出荷がある。

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マルマサミキ

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マルマサ商店でミキが販売されている様子

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輸送時のマルマサミキのダンボール箱

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委託業者サカイキャニングパンフレット


第2章 ミキとゲンマイ

第1節 ミキとゲンマイの違い

 宮古島市平良下里にある、宮古公設市場に伺った際、“みゃーくの味”という加工食品売り場で、ゲンマイと呼ばれるミキによく似た飲み物を見つけた。また、スーパーマーケットにも、マルマサミキの隣に、メーカーから発売されている黒糖げんまいという商品が並ぶ。

 ミキとゲンマイの違いは何なのか。みゃーくの味で働く仲間美智子氏に話を聞くと、ミキとゲンマイに決定的な違いはなく、昔はでんぷん質の多く含まれるこのような飲み物を総称してゲンマイと呼んでいたそうだ。ところがマルマサミキがあまりにも有名になり、宮古島では一般的になったために、マルマサの商品とともに、ミキという呼び名が普及していったという。

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みゃーくの味で売られているゲンマイ

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スーパーマーケットで販売されていたげんまい

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メーカー商品の黒糖げんまい

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みゃーくの味で働く仲間美智子氏

第2節 ゲンマイの作り方

 宮古公設市場のみゃーくの味では、自家製のゲンマイをカップに入れて販売している。原材料はもち粉と上白糖または黒糖、水で、もち粉350グラムに対し砂糖700グラム、水6リットルの割合で作る。

 まず水4リットルを沸騰させ、そこに砂糖をいれる。そのときに残りの水ともち粉を混ぜ合わせ、だまのない様にしておく。砂糖が全て水に溶け、再び沸騰したら、一度火を止めて冷ます。その中に水と合わせたもち粉を入れて弱火にかける。焦げ付かないように20〜30分混ぜながら煮詰めて出来たものがみゃーくの味のゲンマイである。

第3章 神酒との関係

 宮古島には西原と佐良浜という集落の区別がある。祭事を行う上で、両者には様々な違いと、それぞれの文化、決まりごとが存在する。そこで使用される神酒についてもまた、それぞれの文化がある。

第1節 西原の神酒

 西原では祭事の際、麦、粟、芋のいずれかを使って神酒を作る。特に豊穣祭では、麦の豊穣祭では麦を、粟の豊穣祭では粟を、というようにそれぞれの穀物の豊穣祭でその穀物を用いた神酒が作られる。神酒作りは各家庭で行われ、各々がそれを集落で一番大きな御獄 注2)へ供えに行く。最近では少しずつ神酒を作れる家庭も減っており、マルマサミキやその他の既製品で代用する者もいるそうだ。

 御獄へのお供えが終わった神酒をそれぞれが回収し、それを本家(実家)に持って行き、ご利益を願って家族で飲むのが習慣である。

 西原では、旧暦の6〜7月に行われる豊穣祭で特に盛んにこのような神酒作りが行われる。

第2節 佐良浜の神酒

 この節では、旧暦10月の豊穣祭であるユークイのフィールドワークの記録と福里美江氏の話を元に書いていくこととする。

 佐良浜では、旧暦4月は麦、6月は粟、10月は芋を使って豊穣祭に供える神酒を作る。宮古島での祭事は全て旧暦に沿って行われており、旧暦はカレンダーに記されている。

 ユークイは男子禁制の祭りで、祭りの間集落の男子は祭事を行う御獄に現れてはならない。佐良浜の集落にある8つの御獄をまわり、それぞれの場所で1時間ほどかけて礼拝を行う。ユークイに参加する女性をユークインマと総称し、なかでも神に仕える役割のツカサンマという人々が3つの階級に分担されている。上位から、ウフンマ、カカリャンマ、ナカンマである。そのほかに、アニンマ、ナナスンマ、インギョーンマという役職があり、この中で神酒に関わるのはウフンマとナナスンマである。これらの人々が各集落に存在する。佐良浜はさらに3つの集落に分類されるため、これらが3グループ存在する。

 ユークイの前日、佐良浜の中の各集落のウフンマが大きな鍋で神酒を作り、それを鍋のまま玄関先に置いておく。この祭事における神酒の作り方は、穀物に麹と熱を加え発酵させるというものである。ユークイの日の朝、ナナスンマが取りに来る。ナナスンマ以外が神酒をもらうことは出来ない。ナナスンマが神酒を取りに来る際に使用される壷は、カラスガミというユークイの神酒を入れるためだけ使う特別な壷である。この壷で神酒を持ち帰り、アダンバと呼ばれるアダンという植物 注3 )の葉で蓋をする。アダンネと呼ばれるアダンの根を使ってアダンバを固定する。その上にクパンと呼ばれる皿に盛った塩を乗せて初めて、神に供えるための神酒が完成する。

 祭りの間中、この神酒の壷を、マグと呼ばれる籠に入れたものを、カウスと呼ばれる手ぬぐいを頭に乗せた上から乗せ、ナナスンマが頭に乗せて、各御獄をまわり礼拝を行う。あくまで神への供え物のため、祭りが終わってもその神酒を飲むことはしない。

 ユークイの礼拝は荘厳なもので、礼拝の最中、御獄はえも言われぬ空気に包まれる。ツカサンマの中には、神のあまりの強さに礼拝中に体調を崩したり、精神を保てず泣き出してしまう人もいた。島での祭りの重要性、祭りの人間と神の距離の近さ、住民の信仰心の強さ、自然と共存する神の強さを見ることの出来た貴重な体験であった。その中に神の飲み物として存在する神酒が、少しの変化はあれど、ミキとして人々の日常の中にあることに伝統と習慣の深さを感じた。

 私がユークイを見学した時、実際に麹で発酵させた粟の神酒を飲むことが出来た。色は黄色がかった白で、どろりとした食感に加え少し酸味のある味であった。マルマサミキの甘いぜんざいのような味とは違うように感じた。

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旧暦の記されたカレンダー

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カラスガミ(神酒を入れる壷)

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マグ(神酒を運ぶときの籠)

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良浜で一番大きな御獄

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御獄での礼拝の様子

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神酒やその他の供え物を運ぶ様子

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実際に飲んだ神酒

結び

 沖縄県の特に南西諸島では、ミキ、またはゲンマイと呼ばれる飲み物が商品として存在し、一般的に飲まれている。宮古島ではマルマサミキが最も有名であり、菓子の卸売り店であるマルマサ商店の看板商品といえる。マルマサミキは和歌山県の委託業者を通じて商品化され、宮古島に限らず沖縄県本島でも多くの人に飲まれている。またミキとゲンマイの決定的な違いはなく、ゲンマイと呼ばれる飲み物も、手作りや既製品問わず沖縄県の各所で見られる。

 このように沖縄県だけにミキが深く根付いているのは、沖縄県の神の信仰が他県に比べ圧倒的に強く、多くの祭事で使用される神酒もまた、愛着のあるものであるためだ。つまりミキの文化は、沖縄県民というエスニックグループに属した文化であるといえる。

注1)宮古島でのマルマサミキのほかに、奄美諸島八重山諸島にもオリジナルのミキが存在するが、今回はそれらの一例としてマルマサのミキを取り上げる。

 2)御獄(ウタキ)とは、神を祭る、いわば神社のような場所を指す。宮古島やその周辺諸島では御獄と総称される

 3)アダンとは、宮古島や周辺諸島に見られる植物である。このとき使用されるアダンは御獄に生息しているアダンである。

参考文献

1.萩尾俊章,2006,「沖縄における口噛み酒と神酒の民俗」『沖縄県博物館紀要』32号,pp31-40

2.平敷令治,1973,「沖縄の神酒」『沖縄国際大学文学部紀要 社会編』pp38-51