2007-05-20 祝・矢元照雄社長&関孝二監督ご健在!
■[雑誌]映画秘宝7月号
- 出版社/メーカー: 洋泉社
- 発売日: 2007/05/21
- メディア: 雑誌
- 購入: 2人 クリック: 22回
- この商品を含むブログ (10件) を見る
日本最大のエロダクション国映とインディーズ映画プロダクションの時代
取材・構成:鈴木義昭
■国映を創り上げた男・矢元照雄(文/田野辺尚人)
幻の大ヒット戦記ドキュメント『電撃作戦11号』(文/柳下毅一郎)
■矢元照雄、初期国映作品を語る1
総理大臣も出演した教育映画から日本テレビで放映されたアニメ作品まで
(構成/鈴木義昭)
■初期ピンク映画を支えた幻の監督 関孝二の世界(文/鈴木義昭)
■和製ディズニー動物映画?『海魔の逆襲』メイキング(文/田野辺尚人)
■矢元照雄、初期国映作品を語る2
日本初の女ターザン映画「情欲」シリーズから、ピンク映画の黎明時代へ
(構成/鈴木義昭)
■和製女ターザン『情欲の谷間』&『情欲の洞窟』(文/鈴木義昭)
■矢元照雄、初期国映作品を語る3
◎メモ1
「善戦映画」として注目したい
大和映画製作『われ真珠湾上空にあり 電撃作戦11号』(構成:原千秋)は
同年4月29日には『明治天皇と日露大戦争』が公開されていました。
原千秋さんは
アララギ派の歌人・原阿佐緒女史(原阿佐緒記念館を参照)の長男。
武智鉄二さんの『浮世絵残酷物語』『スキャンダル夫人』などに協力した由。
◎メモ2
国映創業者・矢元照雄氏は「1925(明治43)年」生まれと記載されていますが(苦笑)
当年97歳とのことですので「1910(明治43)年」生まれと推察。
『戦え!オスパー』『とびだせ!バッチリ』『冒険少年シャダー』を
1965〜1968年の間に製作。
ご子息の矢元一行さんは国映専務として若松孝二作品などをプロデュース、
1982年に早世。
◎メモ3
キネ旬『日本映画監督全集』(1976年12月24日発行)より転載。
関孝二(せき こうじ)
1911年9月20日、東京市浅草区雷門に生まれる。30年郁文館中学を卒業、東京美術学校に入るが一年で中退。37年、建築業の父が新興キネマ大泉撮影所の大道具主任になり、これについて大道具副主任として入社。のち助監督に転じ、曽根純三、青山三郎、久松静児、鈴木重吉に師事、31年監督となり『隣組』を撮る(※1)。ついで鈴木とともに北京の華北電影公司に入社。同地で召集され軍務につく。終戦で帰国、今村貞雄と目黒柿木坂に貸しスタジオ、ラジオ映画撮影所を設立(※2)、50年には伊賀山正徳監督『海魔陸を行く』などを製作する。自らも『どうぶつ物語』『小さな怪物の世界』『コロチャンの冒険』『ニッポン・イソップ物語』などのテレビ映画を撮ったあと日本放送映画を設立、62年『情欲の谷間』(国映)で成人映画の監督に転出。63年10月には『情欲の洞窟』(国映)のロケをマスコミに取材させ、<ピンク映画><エロダクション>の新語を生むきっかけを作った。ピンク映画のパイオニア的存在で、喜劇ポルノを得意とし、犬、蛇、猿など動物と女体を組み合わせた作品を数多く手がける。日本で初めての立体ピンク映画『変態魔』を完成させたり、ピカピカ光る映画、映画と実演をミックスさせた連鎖劇、赤外線映画など、成人映画界のアイディア監督である。現在は関東ムービーの作品を月一本平均監督、これまでの作品は百本以上になる。(東京都渋谷区笹塚×-×-× ××方 電話○○○-○○○○)(川島)
自宅の電話番号まで記載されている大らかさ(笑)
執筆者は「月刊成人映画」編集長として知られる川島のぶ子さん。
(※1)「隣組」は1940年の内務省布告で制度化されたそうですので、
監督になられたのは1940〜1941年頃ではないでしょうか。
(※2)「ラジオ映画は1947年から1953年ごろまで存在した会社。
戦時下に『病院船』(1940年)を監督し、戦後の『白い山脈』(1957年)で
カンヌ映画祭の賞を受賞した今村貞雄が代表を、さらに小津の初期作品の
(NFC「発掘された映画たち2005」
National Film Center, The National Museum of Modern Art, Tokyo)
「教配スタジオ」を思い出します。
(1941頃?)隣組(新興大泉)
1962 海魔の逆襲、情欲の谷間(国映)
1963 情欲の洞窟(国映)
1964 痴情の家、鉄火芸者(国映)
1965 ヒップで勝負(新幸プロ)毒唇(国映)埋蔵金物語 残虐の穴(新日本映画)
1967 産婦人科日記より 芸者、スペシャル(新日本映画)おヘソで勝負(国映)売女 ばいた(日本シネマ)変態魔、好色番外地(日本シネマ)
1968 立体透視映画 異常性犯罪史、エロチック風土記 替え床、透明人間エロ博士(新日本映画)セックス人間(国映)孤島のうめき(大東放映)恐怖のサディスト 異常性犯罪(国映)透視のテクニック 覗く(新日本映画)
1969 日本三代好色伝(東京プロ)モーレツ女とゼツリン男(東京プロ=関プロ)ピカピカハレンチ(関プロ)秘密クラブの女(日本シネマ)乳房で勝負(国映)
1970 セックスパトロン(日本シネマ)浮気虫の歌(国映)蛇淫の舘(国映芸能)エロエロ入門(東京プロ)
1971 女の急所教えます(関東ムービー)咬みつかれたハマグリ坊主(関東ムービー)あなたもセックスに満足できる(新日本映画)
1972 あの穴この穴(国映)セックス(秘)話(東京興映)美女と淫獣(関東ムービー)日本の恥部を覗く(国映)変態家族(東京興映)性処理のテクニック(国映)夜昼しびれ泣き(東京興映)痴漢天国(関東ムービー)
1973 女高生スケバン物語(関東ムービー)ポルノ裁判 わいせつ罪(国映シネマ)男妾になるテクニック、穴場さぐり、パンマSEX裏のぞき、女風呂色ざかり(関東ムービー)行為・妊娠/中絶(国映シネマ)
1974 性惑の宝庫、女湯淫情記、快感の闘い、ドラゴン柔道SEX対決、性艶みだら海女、団地妻色競べ、新婚初夜の秘技(関東ムービー)
1975 東西性豪色くらべ、(秘)淫慾ホテル、情痴の争奪、セックス秘伝、湧き出る性の泉、女高生と(秘)玩具(関東ムービー)
1976 性科専門女医、痴女 裸の暴走、変態女 男狩り、新婚痴漢旅行、痴漢快楽境、濡れた花弁の三姉妹、女子学生(秘)SEX実験、セックス覗き百態、団地妻セックス集団(大蔵映画)好色産婦人科医の告白(関東ムービー)混浴温泉穴場名所(大蔵映画)
1977 痴漢透明人間(新東宝)痴漢女色狂、好色女子学生 童貞男遊び、秘境 夜這い村(大蔵映画)痴漢透明人間PART2 女・女・女(新東宝)ダイナマイト性ジャングル、花のダンプ姐ちゃん 性大暴走(大蔵映画)痴漢横丁 濡れたいの(関東ムービー)
1978 混欲濡れ濡れ穴場、山荘の淫女、バイク姐ちゃん 性乱大暴走、港町性感地帯、痴漢秘境女村、好色女子大生 濡れた砂丘、痴漢ドライバー、東京VS大阪 痴漢集団(大蔵映画)
1979 女子大生バイト芸者(大蔵映画)痴漢透明人間PART3 わいせつ?(新東宝)襲って!、痴漢遊覧船、にっぽんエロばなし 夜這い(大蔵映画)
『立体映画 ザ・アクメ』への貴重な証言
『ザ・アクメ』という、3Dの邦画ポルノもありました。全部3Dではなく、濡れ場になると画面の端にメガネのマークが出て3Dになるのですが、劇場の男たちが一斉にあわててメガネをかける様が(私も含めてですが)実に間抜けでした。女の足なんかが意味なくこちらに伸びてくるのも笑えました。確か代々木忠の催眠術物と同時上映だったと思いますが、記憶がはっきりいたしません。
ドキュメンタリージャパン初代社長・河村治彦さん。
こちらは岩波映画が製作したテレビ映画「ハロー・CQ」シリーズのスタッフで
作ったところ「びっくりするようなカタイ(笑)」作品になったそうです。
(『ピンク映画水滸伝』大井由次プロデューサーへのインタビューより。
"国映の発端は差し押えたフィルム"という身も蓋もない話題が……)
貸切シアターは「カップルプラン 25,000円(税込)」より!
そして↓復刊熱望!
- 作者: 鈴木義昭
- 出版社/メーカー: プラザ企画
- 発売日: 1983/01
- メディア: ?
- クリック: 12回
- この商品を含むブログ (6件) を見る

そして、関孝二監督のめくるめくフィルモグラフィーの数々(文中の「ピカピカ光る映画」とは『ピカピカハレンチ』という作品のことでしょうか?)がスゴイですねー。しかも「犬、蛇、猿など動物と女体を組み合わせた作品」って一体…。
『ピンク映画水滸伝』、私も復刊希望でーす。
『ピカピカハレンチ』は”要点”が光るそうで、テリー伊藤さんや高橋がなりさんに通じる発想がステキです。リメイクしてもイケるんじゃないかと(笑)
「ピンク映画水滸伝」と「ザ・ロケーション」はかえすがえすも名著ですので、ちくま文庫あたりで是非復刊を……!!
青年についての誤記は、もう申し開きも出来合い大チョンボです(実際、次々のページには関監督と同じ歳と言う表記もあるのです)。お恥ずかしい限りで、次号にてこの指摘につきましては、改めてお詫びと訂正を掲載する所存です。
今回の特集はあまりに多くの話題が出た取材だったので、万全を期し十全を提示できる構成になっていなかったこともあり、反省しきりなのですが、こうしてご指摘いただけることは励みにもなり、今後の取材についても頑張ろうと決意できるものです。東宝の不手際をお詫び申し上げると共に感謝しております。今後も不定期ではありますが、刺激的な、宿題がはかどらないような特集を続けていく所存です。ありがとうございました。
コメントありがとうございます。わざわざすみませんでした。
実際、もう知ることもできないと思っていた作品の話題が一気に噴き出した感じで、記事を読んでいて興奮しました。『電撃作戦11号』のフィルムが現存することだけでも「見られる」期待が一気に高まりました。なかなか顧みられることのないこうした映画の発掘が出来る貴重な雑誌として、『映画秘宝』誌の今後に期待しております!(宿題もがんばります……)