「秘密保護、欧米水準に」

 12月10日に施行を控えた秘密保護法についての、10月19日付日経新聞の特集記事の
見出しです。

 え、日経新聞はこういう認識なわけ?
 と思って記事を読んだら、記事の中身は、秘密保護法の問題点をそれなりに指摘している
ではありませんか。見出しをつけた整理部の人は記事を読んだのだろうかと思ってしまうほ
ど、見出しと記事の内容が違っていました。驚きでした。

 それにしても、「欧米水準に」という表現がどこか「遅れているニッポン。欧米に追いつけ」と
いう号令で世の中が動いていた文明開化時代を彷彿とさせる感じで、古い、古すぎます!
 日経新聞はこういう感覚で世界の秘密保護法制を観ているのでしょうか?

 秘密保護法制については「欧米」というくくり方はできません。国によって制度も運用もかな
り違います。しかも、秘密保護の問題では国家間の関係が重要なポイントです。日経新聞は、
国際情報戦に関する、「5−Eyes」(米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド
と他の国々との関係さえわかっていないようです。スノーデンが暴露した資料からはっきりし
ているのに。何という不勉強!
 これでは国民の問題意識を誤導することになります。

 「5−Eyes」を知れば、日本がいくら頑張ったところで「欧米水準」(これ自体、具体的にな
にを指しているのか意味不明ですが)になることはない
、そういう問題ではないということが、
はっきりわかります。

秘密保護法の予行練習?!

 10月10日、ビデオニュースの神保哲生さんのインタビューを受けた。
 内容は、「イスラム国」に戦闘員として加わろうとしたとして北海道大学の男子学生が、私戦
予備・陰謀罪違反の疑いで警視庁公安部から家宅捜索や事情聴取を受けた事件についてだ。

 わたしは私戦予備・陰謀罪(刑法93条)に詳しいわけではない。というか、明治時代につくっ
た刑法に規定されたこの条文は、裁判例が見当たらないことからすると、実際に適用されたこ
とがない。だから、明治時代から今まで、学者でも弁護士でもだれも専門家はいない。警察官
も裁判官も同じ。

 専門家ではないが、条文をみればどう解釈するかくらいはわかる。
 私戦予備・陰謀罪は「第四章 国交に関する罪」に規定されている。この点だけからしても、
就職に失敗した一大学生ごときが「イスラム国で戦争がしたい」と思って、渡航しようとしたく
らいのことが、国交を害することなどあるはずがない。

 で、条文をみると、
 「外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、3月以上5
年以下の禁錮に処する。」
とあるだけ。

 北大生のしようとしたことが私戦予備・陰謀なら、紛争地域に行って戦闘に加わる傭兵はだ
れもが私戦予備・陰謀罪で処罰されることになる。日本にも海外で傭兵をしていたことを公に
している人はいる。でも、だれも処罰されていない。おそらく強制捜査もされていない。だった
ら、北大生も同じ。

 では、なぜ、警察が動いたのか?

 動いたのは刑事警察ではなく、公安警察だった。ここが1つのポイントだ。
 刑事警察の場合は、逮捕⇒起訴⇒有罪判決を見通して捜査を始める。ところが、公安警
察は犯罪でないことを扱っているので、逮捕も起訴も有罪判決も考えていないし、見通して
もいない。自分たちが欲しい情報を入手できればいい。

 今回の強制捜査(家宅捜索)を実行したのは公安警察だ。
 目的は北大生の逮捕、起訴、有罪判決ではない。北大生の部屋の家宅捜索でもない。北大
生と関わりを持った人たち、イスラム学者の中田考同志社大学教授と、イスラム圏の取材経
験が豊富で最新の情報を持っているジャーナリストの常岡浩介氏、特に常岡氏が持っている
情報こそ公安警察が欲しかったものだったに違いない。
常岡氏の自宅の家宅捜索をしたこと
で、一定の成果を挙げたに違いない。

 12月に秘密保護法が施行されれば、公安警察は「テロ関連で秘密保護法違反の疑いがあ
る」と何らかの口実さえ作れば、その秘密が何かを明かすことなく、根こそぎ関連証拠を持っ
て行くことが可能になる。今回は、秘密保護法違反捜査の予行演習だったのではないか。

 とは言っても、公安警察は独断で強制捜査をすることはできない。
 裁判官の捜索差押許可状(刑事訴訟法218条)という協力が必要不可欠だ。
今回は、東京
簡易裁判所の裁判官が捜索差押許可状を出したようだ。地方裁判所の裁判官だと強制捜査
の許可を出してくれそうもないときでも、簡易裁判官だと出してくれる。簡易裁判官は、地方
裁判所の裁判官とちがって、司法試験に合格していない裁判所書記官などがなっている(裁
判所法44条1項4号)。

 私戦予備・陰謀罪など捜索差押許可状を出したことのある裁判官はこれまでいなかった。
地方裁判所の裁判官だったら、慎重に考えて捜索差押許可状を出さなかったのではないか。

 だが、問題の本質は、地方裁判所の裁判官か簡易裁判所の裁判官かではない。裁判官が
強制捜査を安易に許す傾向があることが素地として問題なのだ。そして公安警察が動く事件
「捜査」では、警察は起訴、有罪判決を目指していないのだから、裁判官がそんな「捜査」に
協力することはもっともっと問題だ。

 マスコミは、少なくとも公安警察強制捜査や問題のありそうな強制捜査では、捜査令状を
出した裁判官名を報道すべきだ。裁判官の仕事は、人の人生を一変させるだけのものなのだ
から、実名で世間の批判に晒されて当然だ。
 そうされることで、裁判官は(公安)警察の暴走を止める役割を果たすべきことを制度上期待
されていることを自覚すべきだ。