ユッキーの紙ごはん（連載7）

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ユッキーの紙ごはん（連載7）

【恋の奴隷市場で私の価格最安価を記録中！】

ユッキー

音楽番組を見ていたら、少し昔の曲も紹介されていた。奥村チヨ『恋の奴隷』という曲で、以下の一部分だけが流れた。

好きなように私を変えて
あなた好みのあなた好みの
女になりたい

ほほう、いじらしい……女性かくあらまほしきことかな……。
健気な乙女心があまりにも自分に縁遠いものなので、自己反省もかねて、次の曲の紹介に移ったあとも、その歌詞を頭の中で繰り返した。私を変えて。あなた好みの女になりたい。あなた好みの……。

そのとき、ハッ！と私に電撃走る。
これ、相手の男性が「俺の好みは、俺の言うことなんて聞かないような高飛車で反抗的な女だ！」とか言い出したら、パラドックスが発生しちゃうんじゃ？

だってこの場合、男性の好みになろうとする＝男性の言うことを聞かない＝高飛車で反抗的な女の逆をいかねばならない＝男性に従順な女にならなければならない……となってしまう。
つまり、「男性の好みである高飛車で反抗的な女になろうとすれば、男性に従順な女という男性の好みとは正反対の女になってしまう」というパラドックスが生じるのだ。

このことに気付き、私は大興奮した。すごい！日常に埋もれているパラドックスに直面し、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。ひゃっほー！
となれば、誰かに話さずにはいられない。当時、私は居酒屋でアルバイトをしていた。仕事終わり、まかないを食べるときに、ちょうど同じ時間にあがった後輩の男の子達２人に話した。興奮気味に。

「……っていうパラドックスが生じるんだよ！すごくない！？」

１人は、とても紳士的に、「ははあ」と（少なくとも表面的には）興味深そうに聞いてくれた。「いやーユキさんが嬉しそうで何よりです！」と言う笑顔が優しい。ところがもう１人は、普段と同じく、「いや、何言ってるのかマジわかんねえ」と冷たい態度。

やめておけばいいのに、私は「だからね、パラドックスだよ」と食い下がった。「意味わかんねっス。パラドックスとか何言ってんの？」と後輩。
「だから、『クレタ人は嘘つきだとクレタ人は言った』って文は、クレタ人は嘘つきなんだから『クレタ人は嘘つきだ』って言ったことも嘘になっちゃうでしょ。でも嘘だとすると、クレタ人は本当のことを言っているってことになって、嘘つきだって言ったことも本当じゃん。つまりクレタ人は嘘つきなのかそうじゃないのか、わかんないでしょ。みたいなやつが、自己矛盾のパラドックス」

私の説明がいけないのか、話術が足りないのか、はたまた人望が足りないのか。ちょっとそのあたりはわからないが、優しい後輩が苦笑いしている横で、冷たい後輩は「ふーん」とつまらなさそうに呟き、「つーかさあ」と言って、こう続けた。

「ユキさん、いっつも彼氏ほしいって言ってますけど、ユキさんは彼氏つくらないほうがいいっスよ。彼氏になる人が可哀想」

……「じゃあ君も彼女つくらないでよね！そんな冷たいんじゃ彼女になる人が可哀想！」と言い返しつつも、痛いところを突かれたあまりに負け惜しみ感が半端ではなかった。

彼氏がほしいと喚く私に、彼氏ができない。幸か不幸か、これはパラドックスではない。

※肖像写真は本人の許可を得て撮影・掲載しています。無断転用は固くお断りいたします。