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清水正ブログ

2016-05-18

平成28年度、清水・ドストエフスキーゼミ課題レポートより(連載2)

今年は宮沢賢治生誕百二十周年にあたる。今まで単行本に収録していない千五百枚強の賢治童話論

を刊行することにした。『清水正宮沢賢治論全集』第二巻として今年中に刊行する予定で準備に入った。現在、校正中。

清水正が薦める動画「ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ」

https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

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京都造形芸術大学マンガ学科特別講義(2012年6月24日公開)

ドラえもん」とつげ義春の「チーコ」を講義

https://www.youtube.com/watch?v=1GaA-9vEkPg

清水正ドストエフスキー論全集』第八巻が刊行されました。

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清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。

清水正『世界文学の中のドラえもん』『日野日出志を読む』は電子書籍イーブックジャパンで読むことができます。ここをクリックしてください。http://www.ebookjapan.jp/ebj/title/190266.html


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四六判並製160頁 定価1200円+税

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ここをクリックしてください エデンの南 



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ソーニャについて

  河野 優樹


平成28年度、清水・ドストエフスキーゼミ課題レポートより






セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフの娘ソフィヤ愛称ソーニャ、彼女が登場したのは彼女の父マルメラードフが酒場で酔って、主人公のロージャに語りかけている話の中での登場だった。彼女が登場したとき、私はひとまず続きを読むのを中断してどんな人物なのかを想像した。父親がかなりのろくでなしの人間であるので、その影響をかなり受けている。そう考えるとソーニャは父親のようにひねくれて、家庭の現状から目をそらしているなど、いいイメージは沸かなかった。数分後ある程度考え終えたので、いよいよ本をよむのを再開した。罪と罰を読んでいくとソーニャに対しての私の想像はいい意味で裏切られた。彼女は人が世間で言ういい人を具現化したかのような人物だ。いや、あのレ ベルの性格はいい人という言葉のさらに上の言葉に当てはまる人だ。これほどの性格の人物はこの世に生まれてくることは無いだろうと思う。人が目指すべき人格。こんな性格になりたいという人々の願望を表すなら彼女ではないかと思う。それほどに彼女はなんと言い表さなくてはいけないのか、分からないほどの人物です。きっと彼女のような崇高な人物は、この世にいないです。回りの人たちがあの人は優しいと思っている人も、心の中では何を考えているか分かりません。助けている人を見下したり、嫌々やっているでしょう。彼女も神様を信じていなければ、あのような人格ではなかったと思います。神様を信仰しているこその行動、思想、言動でしょう。しかし現代の人類に本当に神様を信じている人は どれだけいるのでしょうか。彼女みたいに信じられる人など世界に二桁くらいしかいないのではとまで私は考えます。今の日本の寺にいるお坊さんに、神を本当に信じているもの人がいるのでしょうか。テレビで神様はいるといっている場面をみると吐き気がします。昔の時代にはソーニャのような人物がいたのかもしれません。昔ではお告げというのがあったので皆神様を信じていたのでしょう。ソーニャは今の現代に対しての皮肉のようにも感じました。あれほどに神様を信じられるのが尊敬でき、羨ましいです。しかし彼女は素晴らしいのにも関わらず、なぜあの父親なのか。本当に親子なのかと思うほどの差です。親であれば子供に迷惑をかけたくないと考えるはずです。酒がやめられなくて家庭を崩壊させ 、子供に迷惑をかけるなんてとても親と思えないです。母親も病気で発狂寸前であるという状況。それに母親には連れ子がいます。親たちがこれでは生活費は収入源も無く食べていくことができません。親たちは私はどうなろうとかまわないと思ったのですが彼女は違います。彼女は、家族たちをみんな養っていきます。この家庭は彼女が頑張ることでしか生きていきません。しかしもう少し親たちがまともだったら、ソーニャはあそこまでしなくてもよかった、裕福とまではいかないけど少しの幸せがある家庭になっていたのかもしれない。ソーニャのような人物がいたら回りにいい影響を当たえるはずだと思います。もしかしたら親の性格も良くなっていたかもしれない。しかし親は変わらなかった、だからあん な事故に出会ってしまった。あんな別れをしてしまった。どうにかならなかったのかと悔しい気持ちがあります。この親科の関係は、彼女の父親をあえて酷い人物に書くことによって、ソーニャの人格の良さを引き立たせるいい関係だと思いました。そしてソーニャを駄目な親の子供なのにまるで正反対の性格をしている健気な人物のように書いています。これを読んだ読者は、彼女に同情する人が多いと思います。駄目な親じゃなければ、もっと生活ができたのに。家族を救うために娼婦になったなんてかわいそう。もっともっといろんなことを感じたり、思ったりするでしょう。私も彼女に同情の感情を強く抱きました。そして大勢の人はあんなにも苦しいのに回りのためにがんばっている姿を見て、彼女は聖母 のような人物だと思う人もいるはずです。ソーニャドストエフスキーが皮肉の感情をこめて作った人物だと感じました。あんなにも清らかな人はいない、存在しないのだと。他にも詳しく読めば彼女は聖母のような人物じゃないというのも分かってきます。その完璧じゃない部分もあるからロージャと結ばれていくのだと感じました。

2016-05-17

平成28年度、清水・ドストエフスキーゼミ課題レポートより(連載1)

今年は宮沢賢治生誕百二十周年にあたる。今まで単行本に収録していない千五百枚強の賢治童話論

を刊行することにした。『清水正宮沢賢治論全集』第二巻として今年中に刊行する予定で準備に入った。現在、校正中。

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京都造形芸術大学マンガ学科特別講義(2012年6月24日公開)

ドラえもん」とつげ義春の「チーコ」を講義

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ソーニャについて

  霞由利菜


平成28年度、清水・ドストエフスキーゼミ課題レポートより



 ソーニャは家族のために自分の身体を売って生きている。そしてその穏やかとはいえない生活にも、それを催促した周囲の人間にも、ソーニャは怒りや憎しみを露わにすることなく、それどころか寛容な態度を示している。このことについては、罪と罰におけるドストエフスキーの、ソーニャに対する絶対的な人物像を位置づけるためのものだと推測することができる。つまりソーニャは、自身の身体が穢れていてもその心は以前無垢であり、少女という言葉が当てはめられるほどに純真なのだ。ソーニャはこの物語において、周囲にあたたかな白い光を灯す役割を担っているのだと思う。

 わたしは、そんなソーニャが羨ましかった。彼女は本来、羨ましがられるような境遇に生きてはいないが、わたしは頭を抱えたくなるほどの羨望を彼女に向けていたと思う。わたしは、恵まれた日常に「こわい」と感じる。帰ることのできるあたたかい家があって、生活に困らない程度にはお金があって、親や周りの人間がわたしの幸せを見つめてくれている。ありがたいことだということは自覚している。しかし、だからこそ辛い時があるのだ。見つめていられるのが苦痛でたまらない時がある。わたしのことなど放っておいてほしい、そうでなければわたしから全てを放ってしまいたいと思う時が。だったら初めから恵まれた日常に身を置かずに、劣悪な環境で生きていたいと考えてしまうのだ。こんなわたしはいっそのこと、親に捨てられたかった、ろくな教育を受けたくなかった、幼いうちに不運な事故にでも合いたかった。こんなにも、愛されるべきではなかった。わたしは家族や、あるいは他の誰かのために身体や心や、他のなにか大切なものを売って生きるくらいが丁度いいのかもしれない。何故だかは自分でもまだ分からないが、わたしは自分がいたって普通に安定した場所で生きていると常に息苦しさを覚えるし、幸福を感じた時にはほとんど同時に罪悪感、罪の意識が沸き起こるのだ。

しかし、この考えはただ自己犠牲なんてキレイなものではなく、「逃げ」だということもわたしは知っている。つまり、わたしは言い訳がほしいのだ。きちんとした人生の過程の中で、それなのにきちんと生きられない自分に、逃げ道があったらどんなに気が楽だろうと。それならば仕方がない、とわたしの無力さを見逃してくれる何かに期待してしまう暗愚な思考がよく分かる。この考えは、実際にそういった家庭環境や事故に合われた方に対して非常に失礼にあたるということも分かっている。けれど、それでもわたしは上に述べてきたような考えをいまだに変えることなく持っている。

ソーニャは周囲の人間からみたら望まれない、恥ずかしむべき環境の中で生きているにも関わらず、その顔に苦悶の表情を露わにしたり、誰かに冷たく当たったりすることもない。まさにけなげで可哀そうな女性である。わたしはソーニャの姿を思い浮かべると、白い花が連想される。ソーニャ自身は穢れてしまっていても、その内面は彼女が本来持つ純真さがうかがえるからだ。もしくは、そうでなければわたしと同じで、自分が恵まれない境遇にいて可哀そうな人間だということに安心感を覚えているのだろうか。少なくとも罪と罰の本文からはそこまで彼女の深いところまで考察することができない。彼女もまた、自分を大切に出来ない女の子なのだろうか。いずれにせよ、いつか彼女は耐えられなくなる時が来ると思う。ふと我に返って、思い返して、もううんざりだ、わたしはわたしに生きさせてほしいと思うだろう。

 また、ソーニャの父親であるマルメラードフは、働きもせずに酒に飲んだくれる堕落した男である。マルメラードフは自分がろくにお金を稼いでいないために自身の身体を売っている娘を見て、どう思っただろうか。いや、自分の娘を見るということは、自分がどれだけひどい状況を生み出しているのかということを真っ向から見ることであるために、マルメラードフはソーニャを見ていなかったかもしれない。ソーニャがいつ全てを投げ出し、自分の家庭が今度こそ崩壊することにおびえながら、けれど現実を映した被写体である娘を直視できなかっただろう。ソーニャが弱音や愚痴を吐かずに働き続ける様は、周囲に不満をまき散らし泣きわめくよりも効果的にマルメラードフの精神に罪悪感を呼び起こしたかもしれない。

 この物語におけるソーニャの健気なキャラクター性は、読者の心に悲哀や道徳心を催促させたかもしれない。もしソーニャが別の家の子供として生まれ生きていたら、彼女は今と同様に優しくひたむきに、悲しみを隠して生きていただろうか。今よりも、より一層幸せに笑って生きていただろうか。それともこのように彼女が儚く輝いて見えるのは、この恵まれない環境ありきなのかもしれない。いずれにせよソーニャは、周囲にたくさんいる罪や罰を背負った人間のその罪の深さ、罰の重さを一層際立たせていると思った。

2013-05-12

清水・ドストエフスキーゼミ 第三回課題「マルメラードフの告白」を読んで


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清水・ドストエフスキーゼミ 第三回課題「マルメラードフの告白」を読んで


 マルメラードフという人間が存在したわけ


冬室 祐人 

私はこのマルメラードフという人間をわかりたくもないし、理解したくもない。そもそも理解できないのはこの「罪と罰」が1861年の帝政ロシアの農奴解放後を時代背景に設定しているからだと思う。このころのロシアクリミア戦争に負け、南下政策に失敗している。これは高校の世界史の先生が述べていたのだが、「ロシアという国の地理的位置をよく考えて見てください。この国は農業国であり陸軍国であるのですが、イギリスフランスに対抗するためには海軍の増強が必要です。しかしロシアは周りが北の海に囲まれていて貿易もできず海軍の展開などできません。特に冬になると海は凍り、港は使えなくなるのです。そのためになんとしても南下政策をし、港と海軍の補強をしなければならないのです。だから現在でもロシアは日本の北方領土を手放さないのですよ。」これを聞いたとき、私はあれだけの国力がある国がそこまでして成功させたかった南下政策、そしてロシアの貧しさを初めて実感した。

 マルメラードフが登場して後の会話の長さ(その後のロージャの母の手紙の方が長いのだが)には驚いた。しかし読んでいてものすごくいやな気持ちになったが、とても現実的な内容であった。貧しい国ロシア、国民の犠牲の上に成り立っている典型的な国。「ヴォルガの船曳きたち」をみればすぐにわかるだろう。おそらくあの酒場に出てくる脇役を含める登場人物はみな貧しい生活を強いられていたのだろう。だからマルメラードフのような酒におぼれ、自分を含めた家族全員が不幸のどん底に堕ちるのもわかる。しかしなぜそこまでに家族に対しての愛を初めて会った、しかも見ず知らずの他人であるラスコーニコフに語るのだろう。私にはそこが理解できないが、しかし逆に考えるとそこまで堕ちれば誰かに打ち明けたのかったのかもしれない。私もちょっとしたことで他人に相談することがある。この時代に生きていて、しかも職もなければもちろん金もない、家には病で苦しんでいる嫁がいて、腹を空かして泣いている子供たちもいる。自分がふがいないせいか娘は体を売りに行く。こんなことがあれば(そのうち大半はマルメラードフが原因なのだが)誰かに愚痴をこぼすのも当然だ。しかも酔っていればなおさらだ。

 マルメラードフの台詞の中にはカチェリーナは寛大な女だと述べているが、私は読んでいるうちはそうは思えなかった。髪の毛を抜きちぎり、殴り、蹴るなどをすること女を寛大とは思えなかった。けれどこれを自分に置き換えて想像すると、きっと自分はこんな男が

自分の家族だったら見捨てるどころか殺してしまうかもしれない。これについてカチェリーナはすごいと思うが、決して寛大だとは思えない。しかも私はカチェリーナという女性はきっと病で心も病んでいて短気で今で言うヒステリー症候群の女だと思っていた。しかし体を売りに行き、帰ってきた後のソーニャは誰とも口をきかなかったのだがカチェリーナがソーニャの寝台に行き、彼女もまた一言もものを言わずに一晩中添い寝をした。この部分を読んだ瞬間このカチェリーナという女性は決して家族を嫌っているわけではないのだと感じた。それどころか娘に対してもうしわけなさでいっぱいなのだろう、普通の親であれば実の娘が体を売るなどと言ったら、大惨事になるだろう。しかしこの家族はそうでもしないと生きていけないのだ。それが生生しく感じる。

 実は不思議に感じていたのは、この最早アル中であるマルメラードフが家族に対して暴力を振らないところである。酒で溺れる奴は大体、暴力にでる。これは現代でよく見ることだ。この男を最低の人間に仕立て上げたいなら暴力をさせるべきだが、それがない。それどころかマルメラードフは自分の行為を恥、自分の醜さと浅ましさをよく理解している。妻にはもうしわけなく思っている、だからカチェリーナからの暴力を受け入れており、売春婦の娘に感謝しつつもそんな娘の行いを恥ずかしく思っている。そんな現状を変えたくても変えられない。変えたくても酒を飲むことで自分の現状に背を向け逃げている。けれどもなぜか憎めなくなった、それはこのマルメラードフという人間が弱く、とても弱い人間に見えてしまうからなのだろう。これで暴力をふっていたら見捨てるだろう。

 しかし最後の最後でこのマラメラードフが狂っていると思ってしまった。それはカチェリーナに髪の毛を引っ張られながら、これは私にとっては快楽なのだと述べるところだ。本当は妻の暴力が恐ろしいはずなのに、それを快楽と述べた瞬間この人間はもう壊れてしまっているのだろうと感じた。この男はこの時代における犠牲者の一人なのだろうが、私はこの男の人間味には感心するがあり方は決して理解したくない。




 若き日のマルメラードフ

齊藤瑛研


「僕の事は放っておいてくれ!」

 青年マルメラードフは狂気を含んだ声でそう叫ぶと、見えない鎖を振り払うかのように両腕をばたばたと振り回して家を飛び出した。

マルメラードフは頭がおかしかった。というよりは、他人と関わってはいけない人間だった。もう少し言及すれば、社会に決して存在してはいけない人間だった。確かに、マルメラードフは街中の路地に溢れる恥知らずの乞食供よりは、社会的地位は上かも知れない。頭に血がのぼりやすい低賃金のブルーカラーよりは、まともに頭がはたらくかも知れない。しかし、彼が社会に出てきてはいけない人間であるという事は間違いない。なぜなら、彼のその性根は矯正不可能なほどに腐っており、どんなに徳の高い人間、いや、神でさえ見放してしまうほどに醜くねじ曲がっているからだ。これは決して後天的なものではなく、先天的な彼の人間としての欠陥だ。彼のためにも社会のためにも、彼を最初に受け取った助産師が、その醜悪な心を持つ赤ん坊を窓から放り投げた方がどんなに良かっただろうか。しかし、残念な事にその赤ん坊は、ぬくぬくと育ち、大病にもかからず、ついに成人までしてしまったのだ。これぞまさに最高の皮肉、最高の喜劇だ。だが現実にこんな事が起きてしまっては、誰の口角も上がる事はないだろう。そう、彼も同じように。

家を飛び出したマルメラードフは、そのやせ細った体が許す限り走った。息を切らして座り込んだその場所は、この街の乞食達が好んで集まる狭く細い路地だった。マルメラードフは周囲の乞食達に対する根拠の無い優越感に浸りながら、あたかも自分に言い聞かせるように支離滅裂な演説を始めた。

「おい、よく聞け乞食供。僕は決して無能なんかじゃないんだ。この世界で全力を注ぐだけの価値があるものをまだ見いだせないだけなんだ。僕は頭が良い、やろうと思えばすぐにでも大きな偉業を成し遂げる事ができるはずさ。きっとそうさ! 父さんも母さんも、まだ僕という人間を分かっていないんだ。僕にはつまらない役人になって一生を終えるつもりなんてない。僕はそんなもんじゃないんだ。きっと、そうなんだよ。」 

感情に任せて、その生産性の無い演説を始めたマルメラードフは、だんだんと自分でも、言いたい事がわからなくなってきて、ついには黙り込んでしまった。そして再び、その哀れな青年は自らの体が許す限り、自分の居場所を求めて走り出していくのであった。

そんな事の繰り返しが、マルメラードフの青春だった。青春と呼ぶにはあまりにも哀れで醜いが、それが彼の青春の全てだった。そんな彼も、だんだんと変わってきた。自分の愚かさを理解できるようになったのだ。自分がどれだけ取るに足らない人間か、しっかりと理解できるようになったのだ。しかし、それは決して進歩ではなかった。何故なら、彼は普通の人間が持つ感情を持ち合わせてはいないからだ。いや、そう言うと少し語弊があるが、まあとにかく彼は卑屈すぎたのだ。自分の愚かさ、無能さが理解できても、彼はそれを良しとした。それを克服しようとは思わなかった。いや、思えなかったのだ。しかし、いくら彼でも、そんな自分に嫌悪感を抱かないほど心が壊れているわけではなかった。だからこそ彼は、どんどんと泥沼のような感情に飲み込まれていってしまったのだ。




川上真紀

酒場でマルメラードフは、ラスコーリニコフに自分の家族について告白した。マルメラードフは、家族への屈折した愛情を述べていたが、私はこの時のマルメラードフと家族との関係について考えてみたいと思う。

本文中では、マルメラードフは後妻カチェリーナに髪の毛をつかまれ、引きずり回されたと述べられているが、後妻との関係が悪いわけではないと私は考えている。

マルメラードフはカチェリーナを心の広い女と称している。マルメラードフの告白が始まった時点での私のカチェリーナのイメージは怒りっぽくて短気な女性であり、これは本文中からも読み取れる。私は、カチェリーナが心の広い女性だとは考えられなかったので、このまま、カチェリーナのイメージは変わらないと思っていたが、ある出来事を境に大きく変わることになる。それがカチェリーナのソーニャとのエピソードである。体を売りにいったと思われるソーニャは、家に帰ってきた後、誰とも一言も口をきかなかった。そんなソーニャに、カチェリーナは一晩中寄り添っていた。言葉を交わした描写は無かったが、沈黙が二人の感情を生々しく表現していると感じた。私は、この出来事からカチェリーナの人柄が表れていると感じた。普段、夫や子供につらくあたっているが、その実、誰よりも深く家族を想っているのではないだろうか。

マルメラードフは、カチェリーナのそのような一面を初めから理解した上で、心の広い女と称しているのだろう。そう考えると、家族の繋がりの深さを改めて感じさせられたような気持ちだった。家族の繋がりの深さと言うと少し大げさに聞こえるかもしれないが、これを自分の家族にあてはめて考えてみると、一番しっくりとくる表現だと私は考えている。

マルメラードフの告白は、カチェリーナに関する話題が多いが、ソーニャについてもいくつか述べられている。マルメラードフは、ソーニャを口答えしない子と称している。これは、本文を読んでいる間、一貫としており、ソーニャは優しい女性として描かれている。マルメラードフの告白からもソーニャに対する肉親としての限りない愛情が読み取れる。

このように、家族との関係はそれほど悪くないように思われるマルメラードフだが、彼自身は失業により困窮した生活の中で、家族への愛情の他に、屈折した感情も抱いていた。マルメラードフは家族を愛しながらも、側を離れ、酒場で酒浸りの生活を送っていた。マルメラードフは、酒を飲むのはカチェリーナの肺病の苦しみを酒の中に見出すためだと述べているが、彼はラスコーリニコフと共に自分の家に向かう途中にこんなことも述べている。「子どもたちの泣き声もこわい……なぜって、もしソーニャがめんどうを見てくれなかったら、いったいどうなってることやらわからないんですから!」この文章を読むと、カチェリーナやソーニャだけでなく、他の三人の子どもたちにも負い目を感じているようにも読み取れる。マルメラードフの告白の中では、カチェリーナやソーニャばかりが出てきているという印象があったが、三人の子どもたちにもちゃんと愛情を持っていることがわかり、少しほっとした。

だが、私には一つわからない点がある。それは、なぜマルメラードフが今の職を捨ててしまったのかということだ。このまま働けば、家族を困窮させることもなく、安定した生活を送ることができたのに、彼はそれを自分から捨ててしまった。マルメラードフが役所に再就職して最初に得た給料はほぼ全て酒代に消えてしまい、彼は現在、自堕落な生活を送っている。この様子を見ていると、私はマルメラードフが自分から不幸に飛び込んでいるように思えてならない。だが、なぜ自分から不幸に飛び込まなければならないのか。やはり、家族への負い目が原因なのだろうか。しかし、もしそうだとしたら、これ以上家族を巻き込む必要があるのか。様々な疑問が胸をかすめるが、詳しい説明は本文中で述べられておらず、私はマルメラードフが家族に屈折した愛情を抱いているということ以外に彼の胸中を読み取ることができなかった。

マルメラードフの告白は、何を言っているのか全くわからないということは無かったが、登場人物の具体的な心情は少しぼかされているように感じた。そして、登場人物の心情が知りたくて何回も読むうちに、思考の深みにはまってしまった。私は、人によって様々な解釈ができるマルメラードフの告白は魅力的な文章だと感じた。



小林一歩

私はかわいそうという言葉が嫌いだ。この言葉には同情心が欠けている。見下しているとまではいかないにしても、こいつと比べればまだ自分の方が救われている、という気持ちがなければ出てこない。意識的にせよ無意識的にせよ見下しているように感じる。憐れみの言葉だ。

 しかしそれを踏まえたうえで言う。マルメラードフはかわいそうな奴だ。おまけに、自らそう言われることを望んでいる。思うに、マルメラードフは不幸になりたいのだ。彼の一連の行動を見てみると、周囲の人々から「不幸だ」とか「かわいそう」と言われるような状況に率先して自分を追い込んでいるように感じる。せっかく与えてもらった仕事を放り出して酒に走るような人間が、幸せな生活や温かい家庭を第一に望んでいるとはとても思えない。とはいえ、マルメラードフも一家の大黒柱だ。妻や子供のことを大切に思っていないわけではないのだろう。だからこそイワン・アファナーシヴィチ閣下の元へとわざわざ出向き、許しを乞うたのだ。そしてその結果、マルメラードフは許しを得、職を手に入れた。当然のことではあるが、働けばお金がもらえるし、お金があれば生活が豊かになる。もう襤褸を着なくてすむし、毎日満足のいく食事をすることも可能だ。家庭に笑顔が戻る。マルメラドーフも一時はそれを望んだのだろう。しかし、一番ではなかった。彼には自分や家族の安泰

よりも優先したい何かがあったのだ。それは怠惰だ。きっとマルメラドーフは、勤勉に働き周囲から丁寧に扱われるよりも、家畜のようにごろごろして、悪口ばかり聞かされているほうがずっと楽だったのだろう。その一点を決めるのに、家族や給料のことなどは関係ない。ただ自分にはどういう生活が性にあうのか否かを知っているだけならば、誰にも迷惑はかからないからだ。問題なのは、行動に移してしまった場合だ。マルメラドーフもきっと、最初のうちは辛抱したのだろう。彼は自分がどうすれば家族が幸せに暮らしていけるのか十分承知していたに違いない。だから必死になって自分の心を抑え込んだ。しかし、緊張の糸はある日突然ぷつんと切れる。そこであの行動だ。周囲からすれば理解不能と言われても仕方のないマルメラードフだが、それでも彼なりのタイミングのようなものがあったのだと思う。我慢の限界というのは、いつ来るのか自分でもわからないことが多い。

 さて。マルメラードフが妻のカチェリーナに髪の毛を引っ張られながら「これも快楽だ!」というシーンがある。マルメラードフの怠惰が罪だとすると、カチェリーナの暴力は罰だ。マルメラドーフは罰を受けることによって、より自分の罪を確かなものにしようとしているのではないだろうか。あるいは、マルメラドーフは筋金入りのマゾヒストなのかもしれない。彼が怠惰に浸かっていたがっているのは単なる私の思い込みで、全ては苦しい、痛い思いをするためにやったことなのではないだろうか。どちらの可能性も捨てきれない。ただ共通して言えるのは、彼には上昇志向というものがほとんどないということだ。そういえば、話の冒頭で、マルメラドーフはラスコリーニフに向かってこんなことを言っていた。

“「それはそうと、学生さん、あなたにはできますかな……いや、もっと単刀直入に言わせてもらえば、できますかな、じゃなくて、勇気をおもちですかな――いまこの場で、私の顔を見ながら、お前は豚じゃない、と断言なさる勇気を?」”(上巻p.35)

 これを聞かれたラスコリーニフは何も答えなかった。私自身、この時点では何とも言えないと思ったのだが、今考え直してみると新しい答えが見えてくる。マルメラードフは豚だ。もっとも、彼が本当に問いたかったのはそういうことではないのだろうが、豚か豚でないかといえば、やはり彼は豚なのだ。怠惰をむさぼり、妻に暴力を振るわれて喜ぶ姿は家畜にしか見えない。

 私は最初、彼が不幸になりたがっているように見えるといったが、少しだけ訂正しようと思う。マルメラドーフは家畜になりたがっている。

後藤舜

マルメラードフは私小説でも書けば大成できたのではないかと、ふと考えた。ぐだぐだに酔っ払いながらもラスコーリニコフに語り始める彼の身の上話は、私小説的な魅力を多分に含んでいたと思う。

 マルメラードフは同情や憐れみを求めているわけではない。カチェリーナからの暴力を指してあれがないとやっていけないと言ったり、貧乏のどん底の中でやっとありついた働き口を自分から捨ててしまったり、むしろ彼は自分をどんどん惨めなほうへと追い込んでいっている。

 彼の行動は傍目には非常に奇妙なものに見える。仮に酒飲みの悪癖はどうにもならないものだとしても、新しい仕事を放棄してしまうとは一体どういうことなのか。私にはいくら考えても判然とは理解できそうもなかったが、先程の私小説という言葉を思いついた時、ぼんやりと彼のどうしようもなさに思い至った気がした。

カチェリーナと結婚した当初、彼は酒を絶っていたという。酒瓶には指一本も触れなかったとラスコーリニコフに語っている。それは裏返せば、彼は自分自身酒に手を出すべきではないという自覚があったということだろう。その酒癖の悪さは、後にも自分で語ったとおり、全てを呑んでしまわなければいられないような激しいものであった。けれど、彼は一方で自らの酒癖を恥じているようなそぶりも見せる。彼は大げさな身振り手振りで娘と嫁の哀れを訴え、それと対比させるように自分の醜態を明晰に曝け出す。しかし、いっかなそのおこないを改めようとしない。悔いるだけは誰より悔いて見せるのに、一向に行動が伴わない。

普通に考えて、これは改めないのではなく改められないのだろう。いくら頭で判っていても、いちど堕落してしまった性根がもうどうにもならなくなってしまった、というのが実際なのかもしれない。けれど、もし彼が意識的にそうしていたら面白いと、ふと考えついた。そういった生き方は私が好んで読むジャンルである私小説の作者たちにしばしば見られるものだと思うからだ。

偉そうに語れるほど私も詳しい訳ではないのだが、一般に私小説作家はネタがないと言われる。日常のどうでもいいようなことをいくら書いても身辺雑記の紙屑にしかならないから、自分の人生のうち最も鮮やかで味がある一幕をいつまでも細かく書き接いでいく。けれど、そのような一幕が必ず誰にでも訪れるわけではない。だから、一部の肚の座った作家は自らをどんどん悲惨な方へ、破滅的な方へと追いやっていく。

例えば、それこそラスコーリニコフ屋根裏のようなタコ部屋で食用の臓物を一日中さばき続けるだけの生活をしたり、他人の女を寝とっておいてそれを作品にし、いざ出来上がったらさようなら、などということを平気でやったりする。いや、平気ではないのかもしれないが、それでも自らを徹底的に修羅場へと追い込んで、そうしてそこに取り残される自分とその環境へ透徹とした観察眼を向け続ける。何故なら、それが彼らにとって一番の美味しいネタであるからだ。そして、私はこういった種の捨て身な自己観察の精神をマルメラードフが持っていたのではないかと思うのだ。

家では癇の強い嫁が自分を邪険にし、仕事の先は理不尽に奪われ、そういった生活下で彼は自分を観察して、それを嘲るなり憐れむなりでどうにか僅かな慰みを得ていたのではないだろうか。人間として限界の生活を続けるなかで、彼はこよなく家族を愛する父であると同時に、どうしようもなく人生に失敗してしまった男としての自分に陶酔していたのではないか。そう考えると、彼の不可解な行動のいちいちも一応の理解は出来るように思えてくる。

 総じて、私はマルメラードフという男が好きである。情けない、などということばでは括りきれないほど碌でもない彼は、確かに当時のロシアの世情に翻弄された人間の一人であったのだろうが、それでもやはり情けない奴は情けない奴である。けれど、その情けなさに慰められる人間も確かにいる。この「罪と罰」という長い物語のなかで、マルメラードフという情けない男がどういう意味を持っていたのか、それを私なりに見極めることが、今この小説を読む一番の原動力となっている。


藤賀怜子 

まず私がこの酒場での出来事に関する意見を端的に答えよと問われたとするならば、マルメラードフは哀れな人間だ、と述べるだろう。

そのシーンでマルメラードフは見ず知らずのラスコーリニコフに自虐話を一方的に持ち掛け、その話を幾度となく聞かされている酒場の酔っ払い連中に煽らせて、あたかも自らを悲劇の主人公かに見せ掛けていた。そうして人の関心を向かせようなどとする愚かな人間なのだとそう思わざるを得ないからだ。酒に酔っていて理性も何もないだろうが、そうであったとしても自らの失態を打ち明け更に家庭の内情を赤裸々に語るマルメラードフの行動はどうしても理解できない。特に娘のソーニャが売春婦をしているという話は、できることなら隠しておきたいと常識的には思うだろう。しかしマルメラードフは隠すどころかの娘の稼ぎが少ないことや学がないことまで曝け出したのだ。

一八〇〇年代のロシアの一般的な生活は分からないが、普通の親なら娘に黄色い鑑札を掛けさせたりはしないだろう。娘に教育をまるで受けさせずあげく売春婦として働きに出す、マルメラードフの最初の罪はもしかするとこのことかもしれない。いや、そうに違いない。彼は自らの口でソーニャに売春婦として働きに出ろと言ったことはないのかもしれない。ただ、ソーニャが働かざるを得ない状況を作りあげたことが罪になったのだ。マルメラードフは稼ぎに出掛け帰ってきたのちのソーニャの様子を『そのあいだ一言も口をきこうとしないどころか、顔をあげもせんのです。ただ、うちで使っているドラデダム織の大きな緑色のショールを取って(うちにはみなで使っているそういうショールがあるんですよ、ドラデダム織のが)、それで頭と顔をすっぽり包むと、顔を壁のほうに向けて寝台に横になってしまった。ただ肩と体がのべつびくん、びくんとふるえていましたがね……』と描写している。家族にあれほどの仕打ちをしている者がそんなことを言ったって説得力に欠けるが、それでもやはり心のどこかで負い目を感じているのだろう。

先に私はマルメラードフを哀れな人間だと述べたが、私のマルメラードフに対する第一印象は前述とは異なる。彼のラスコーリニコフに対する第一声は「失礼だが、あなた、ひとつ見込まれたと思って、話相手になってくださらんか?(以下略)」といかにも官吏らしいものものしい話しぶりであった。その発言を読んで傲慢ではあるがまともな人なのかと思ってしまった。確かに身だしなみに関する記述はお世辞にも良いとは言えないものだったが、その口調は感じの悪いものではなかったのが大きな要因と言えよう。

 本文には『酒場にいたほかの連中――亭主もそうだが――を見る官吏の目には、なれっこになってもうあきあきしたとでもいわんばかりの、いや、それと同時に、身分も教養も低くて話にならぬ連中を見るときのような、一種傲慢な軽蔑の色がうかがえた。』と、ラスコーリニコフから見たマルメラードフの第一印象が書かれている。しかし実際は本文で後述されていたようにこの酒場の常連で見も知らぬ人間を相手にくだをまく習慣はむしろ酒場の亭主やボーイ、あるいがほかの連中からあきあきされていたに違いない。そうやって人を見下しているようで見下されていたことを、マルメラードフ本人は気付いていたはずだ。だとしたらなぜやめなかったのか。彼の性格を考慮するとすぐにやめるかまたは二度とその酒場には訪れなくなるものだろう。それでも話すことをやめなかったのは(酒のせいでもあるだろうが)自らの罪を償いに行く勇気がほしかったのではないか。最後に決心してカチェリーナのもとへ向かったのは、自らの罪とようやく向き合い罰を受けるためだったのだと考える。マルメラードフが『教育もあり、名門の出で、育ちも違うあの家内』と言っていたように、カチェリーナは不釣合いだったのかもしれない。しかしマルメラードフのような人間が罪の大きさに相応する罰を受けるにはあれくらいヒステリックで気位の高い女性は丁度よかったとも言えるだろう。

その一部始終を正視したラスコーリニコフがどのように変わっていくのか、これから読み進めていく所存である。

                                       

加藤佳子

彼への第一印象は父親として最低な人。読んでいて、私の父親は短期で理不尽で少々横暴な人だけど、私や母、そして祖母を、家族を大切にしてくれていることは理解している。

マルメラードフが家族を大切にしていないわけではないだろう。だが、本当に家族のことを想っているのなら、勝手に仕事はやめないだろうし、娘が体を売ってまで稼いできたお金を酒に費やさないだろう。とにかく、今の私にはマルメラードフがとるこれらの行動を理解することはできない。

ラスコーリニコフと出会った場所、つまりは彼の初登場の場所――酒場。楽しむためでなく、悲しみを探すために酒を飲んでいると言った彼。しかもその酒代は娘が与えたなけなしのお金。何より私が一番頭に来たのが、彼が自分自身の取っている行動を自覚しているということだ。無意識であったらまた問題だが、自覚しており、かつその行動が悪いということを理解しているということが、私が彼を嫌う一番の理由だ。再び仕事をもらえ(しかも給料が良い)、普通の人ならそう得られぬチャンスを彼は手にしたというのに。仕事をもらえたと妻に告白した時、初めての給料を妻のカチェリーナに渡した時、彼女がどれほど喜んだかその目で見ていたというのに。一度は仕事を真面目にすると決意し、 水商売をしている娘を家に戻せるのではと考えているのに。根っから悪い人ではなく、家族を大切にしたいという気持ちがあるのに、何故なのだろうか。私はマルメラードフが分からない。欲が強くなりすぎたのだろうか。突然降ってきた幸福に酔い潰れてしまったのだろうか。与えられた幸福に、これなら少し楽をしてもいいだろうと、怠惰な心が増幅してしまったのだろうか。

マルメラードフは罰せられることを望んでいた。もし、あの時ラスコーリニコフが、いや、彼でなくとも彼を糾弾できるほどの心を持った者が彼の前に現れたのなら、彼の人生は変わっていたのだろうか。マルメラードフはラスコーリニコフ一人に聞こえるようにではなく、わざわざその場にいた者全員に聞こえる声量で話した。酒が回っていたこともあるのだろうが、ラスコーリニコフだけが聞くことを望んではいなかったのではないだろうか。それは何故なのだろうか。一人でも多くの人に聞いてもらい、自分を非難し糾弾し、憐れんでもらいたかったのだろうか。

私はマルメラードフという人間性がいまいち理解ができない。自身のしている行いが他者から憐れまれるようなものだと分かっていながら、続けるその心が。麻薬やたばこのような中毒性が含まれているのだろうか。その毒にやられ、一種の依存性に陥ってしまったのだろうか。もし、断ち切れるものがあったとしたならば、それは一体何なのであったのだろうか。ラスコーリニコフがあの時、「おまえは豚だ」と言えばよかったのか。それとも「いまえは豚じゃない」と言えればよかったのだろうか。カチェリーナが体たらくな夫をもっと避難すればよかったのか、ソーネチカが怠惰な父にお金を渡さなければよかったのか、家族で話し合いの場を持つべきであったのか、あの酒場にいた誰かがマルメラ ードフを叱責すればよかったのか。私には分からない。どれがマルメラードフにとって、また彼の家族に最適な答えなのか。

マルメラードフの告白の場面を読み直して思うのは、彼は救いを求めていたのではないかということ。自らの罪を大勢の前で告白し罵られることを望んでいた。もう一度、家族のために働きたいと願えたあの頃の自分に戻りたいと心のどこかで思っていたのではないだろうか。そしてなにより、ラスコーリニコフに声をかけたのは、教養があり、自分と似通った闇を抱える彼に話すことで、マルメラードフは自分と同じ立ち位置――この場合は自分と似た種の人間と言うべきか――の者からの断罪を望んでいたのではないか。自らを罰せることができない彼にとって、かぎりなく自分に近い者から罰せられたいと考えていたのではないかと思う。

この告白を読んで、マルメラードフが良い人と思える人は少ないだろう。しかし、私はどうしてもマルメラードフを尊敬、というよりは嫌いになれない点があった。それがこの「マルメラードフの告白」ということだ。私は自分の非を認めても、それを他人に話すことは、恐ろしくてできない。それをマルメラードフはやっている。それははたして勇気と称賛できるものなのかと言われれば、また違ってくるのだろうが、私はこのマルメラードフの行動は素直に凄いなと思えた。話の内容は最低にあることは変わらないが。

例えば私がこの先、かぎりなく幸せななにかを得られ、自分がそれに甘え、怠けることを望んだ時、マルメラードフという人間について少しは共感できるのだろうか。あまり理解したいとは思えないが、今の私には彼のことは謎だらけすぎる、不可解な存在なだけに、彼のことを知りたいという気持ちもこの文を書いていて芽生えてきた。


自分の不幸は笑い話。

加藤 芙奈

「なあ、おい。お前、罪と罰は読んだことがあるか? 1800年代のロシア文学作品」

 唐突な問いかけだった。僕は今しがたまで読んでいた漫画から顔を上げる。すると、問いかけの主の女は何を考えているのかわからないような無表情で僕を見ていた。

 そんな彼女に僕は半開きの目を向ける。何を言い出すのか、と無言のまま視線だけで受け答えた。

「……うん。愚問だったな」

 ひょい、と肩をすくめる彼女にため息を吐く。そうとも、愚問だ。愚問極まりない。何故なら、僕は漫画しか読まないからだ。本と書いて睡眠導入剤と読むと信じてやまない。それが僕だと彼女も分かっているはずだ。何せ、生まれてこの方ずっと一緒なのだから。全く、何故双子に生まれてしまったのだろう。

「どうせ、ドストエフスキーのドの字も知らんだろうな」

 鏡に映したかのような僕と同じ顔が呆れに歪む。何故だろう。他人にこんな顔をされても屁とも思わないが、同じ顔からされると妙に苛立たしく思える。

「それは何の呪文だ」

「人名だ」

 僕の片割れは素っ気なく答えた。外国の名前は面倒だな、というのが僕の感想だ。まあ、昨今の日本が言えた義理ではないが。

「で、それがどうした?」

 僕は漫画に指を挟んで栞代わりにし、ページを閉じた。常に黙々と読書に勤しむ文学少女である彼女がわざわざ自分から話を振ってくるのはそれなりに珍しい。

 僕が話を続けるように促すと片割れは少しだけ笑った。

「その小説に面白い登場人物がいる」

 その笑みに当てはまる形容詞は「にやり」だ。まあ詰まる所、非常に悪役じみた顔をしている。自分とそっくりな顔がここまで悪役面をしていると、しかもそれが似合ってしまっているのを目の当たりにすると少し凹んだ。

「……お前の面白いは禄でもないのが常だ」

「失礼な。私の趣味が悪いように聞こえる」

 聞こえるのではない。現にそう言っている。

 しかし、彼女はそこが論点ではないと気付いたのか、その面白い登場人物について語り出した。

「マルメラードフという男だ。役人なんだが、酒場で飲んだくれていたところ、主人公のラスコーリニコフと出会う。というか絡む」

 とりあえず、現時点で分かるのはどいつもこいつも名前が覚えにくい。

「で、そのマルメラードフは自分が畜生だと言うんだ。まあ実際そうだ。なかなか素晴らしいダメ男だ。胸焼けがするくらいに」

 褒めるか貶すかどっちかにしないか。

「いや、本当に清々しい駄目な奴なんだ。そもそも、彼は役人なんだからそれなりの収入があっていい筈だ。しかし、定員改正の煽りで失業する。ここに彼の非は無い訳だが、彼と彼の家族はたちまち貧乏人だ」

 まあ、現代でもよくある話だ。不景気、リストラ、路頭に迷う失業者。今も昔もそこは変わらないらしい。

「まあ、マルメラードフはダメ男だからな。再就職そっちのけで飲んだくれる」

 本当に駄目だな。現代にもいるであろう駄目親父と同じだ。そして、いつか家庭内暴力が始まる。

 そんな僕の内心を読み取ったかのように彼女は付け加えた。

「この男は心底家族を愛していた。暴力なんて振るわない。むしろ、振るわれてそれを受け入れている口だ」

 ……凄まじい家庭環境だ。というより家族を想うなら再就職しないか、マルなんとかさん。

「まあ、何とか再就職するんだが今度は自分の責任で失業する」

 本当に駄目な奴だ! そう思ったのが思い切り顔に出ていたのか、彼女は意地の悪い笑みを浮かべ、くつくつと笑った。

「それだけじゃないぞ。またもや収入口を失った一家は財政難に立たされ、継母の八つ当たりを受けた長女が身を売って金を稼ぐようになるんだ。そしてマルメラードフはその金で酒を飲む、と」

 僕は思わず顔をしかめた。片割れよ、これのどこが面白い登場人物なんだ。不愉快極まりないのだが。

「その上、妻の持ち物も換金して飲む。飲めば飲むほど家族の苦労を感じることができるらしい」

 いや、それはただの言い訳だ。言い訳にもならない戯言だ。とにかく飲みたいだけの飲んだくれにしか聞こえないぞ、マル何とかさん。

「かくして、娘は世間体の問題上家族との別居を余儀なくされた。だが、健気なものでね。昼間に帰ってきては家の手伝いをするんだ」

 名も知らぬ長女よ、もう見切りを付けるべきだ。

「しかし、マルメラードフにもまだ運が残っていた。再び就職したのだ」

 おお! と僕は目を見開いた。やるじゃないか、マルさん。やればできる男だったか。

 彼女はくすくすと目を細めた。

「いやぁ、そうなると妻の対応が手のひら返しになってな! 除け者扱いだったのが、きちんと一黒柱として扱われる! 給料なんて持って帰ってみれば、べた褒めの嵐だ。世の中金だと見せつけられたね」

 興味深そうに何度も頷く片割れの感性はさて置き、僕は彼女の目の奥の光を見逃さなかった。これはまだ何か残っていると予感させるような光だ。

「マルメラードフはな、その給料をこっそり持ち出して飲んでしまったんだ! それから五日間、主人公に絡むまでホームレス状態だったのさ」

 面白かっただろう、と同意を求める片割れ。僕は眉間にしわを寄せた。やはり、双子といえど感性は全くの別物だ。というより、この片割れと共感できることは稀だ。どうにも考えが交わらない。

「飲んだくれ駄目親父の話のどこに面白味があったんだ」

「飲んだくれ駄目親父だから面白いんだ。なあ、マルメラードフはどうしてこんな自分の恥を晒すようなことを他人に語ったんだと思う?」

 知らない、知りたくない、どうでもいい。身勝手極まりない親父の心境を察してやる気分にはなれない。

 そんな憮然とした顔の僕に生真面目な顔で向かい合いながら彼女は言った。

「自分の不幸は、行くところまで行くと他人ごとに聞こえてくるんだろうな。自分のことなのに、自分は第三者の視点に居ると思えてきてしまう。そんな自分であって自分でない者の姿が滑稽で、笑い話にしたくなるんだろうと私は思う」

 それが面白い、と彼女は言った。

「……そうか、よく分かった」

 僕はすいっと彼女から目を背けた。

「やっぱりお前は悪趣味な上に性格が悪い」

 そう言って僕が再び漫画を開くと彼女は、

「お前は平平凡凡で人間的な面白味が薄い」

 と言ってのけた。やはり、僕らは顔しか似ていないようだ。

 なんてことのない日のちょっとした話である。


河内智美

 さらっと一読しただけではマルメラードフはただの頭のおかしい飲んだくれで、女性の地位が高くない時代に妻や娘など周りの女性を巻き込み貧乏のどん底に一緒になって沈んでいく最低な男だ。確かにそれは事実なのだが、よく読むと飲んだくれの夫や父親の典型的なパターンとして物語や小説の中に登場する人物とマルメラードフは少し違っているように感じた。それは、だいたい飲んだくれの男として登場する人物は自暴自棄になり、家庭で女子供に暴力を振るい狂ったように暴れまわるように書かれている事が多いのだが、マルメラードフは妻や娘に対する愛情が深く、暴力を振るうどころか尊敬し崇拝に近い感情を抱いているように思った。では、なぜそれほど家族を愛しているマルメラードフが生活

に事欠くくらい飲んだくれてしまうのか、私なりに考えてみた。

 娘のソーニャが黄色い鑑札を持つはめになって、マルメラードフがイワン・アファナーシエヴィチに頼み込んで職にありつけた時、最初の給料日まではマルメラードフは酒も飲まずに真面目に勤めを果たしていた。しかし、給料日のその夜にはもう盗むように金を持ち出して服も取られソーニャにせびってまで酒に使い果たしてしまった。普通に読んでいたらマルメラードフは頭がおかしいとしか思えないのだが、似たような事は私たちの日常でも起こりうるのではないか。

 例えば大学生活で考えてみると、日にちがたつにつれてだんだん大学の授業に来なくなってしまう人がいるという話をよく聞く。これは小学校でも中学校でも高校でも同じだと思うが、ほとんど遅刻も欠席もせずに真面目に授業に出ている時は、自分の中でそれが当然の義務になっているためそんなにルーズになったりはしないものだ。しかし少し休みが続いたりサボって遊んだりしてしまうと、自分のルールを一度破ってしまっているため、軽く自暴自棄のような気持ちになりもう一度休んだり遅刻したりするのが自分の中で容易になる。そうなるともう学校に行かないで遊んでいたいとか家で寝ていたいと思ってしまうため、不登校になったり単位を落としたりするはめになる。

 もっと多くの人が感じているであろう事を例にとると、テスト勉強や課題がある。指定日までに勉強なりレポートなりをやらなければいけないとわかっていても、ついつい後回しにしてやりたい事をやってしまう。そうしてテストや提出日や夏休みが終わる前日になって慌てた経験がある人は多いのではないだろうか。これも、やらなければいけないと思いつつ目の前にやりたいことがあるとその誘惑に勝てずに「まだ時間はあるし」とか「少しだけなら」と思って勉強中についつい漫画を読む、課題が終わっていないのに遊びに行くといったことをしてしまい、一度そうしたやらなければいけない事より楽しいことをやってしまうと欲求が止められなくなる例だと思う。そして気付くと大変な事になっていて、や

らないで遊んでいた時の自分を呪うことになるのだ。

 マルメラードフの飲んだくれ癖も、これらとほとんど同じものだと思う。アルコール中毒になってその欲求に逆らえず、少しだけと思って飲み始めるともう少しもう少しとあっという間に金を酒につぎ込んでしまい、ふと気付くと恐ろしい後悔の念に襲われる。そしてその後悔の恐怖に耐えられずにまた際限なく飲み続け、すっからかんになるまでやめられないのだ。ここまで来ると端から見ればただのバカにしか見えないのだが、マルメラードフを見て笑っている周囲の人々も何かしら似たようなことをしているのだ。つまり、程度は違えど人は皆マルメラードフ予備軍なのだ。

 マルメラードフは後悔の恐怖に屈して八つ当たりをするようなよくいる飲んだくれではなく、いくら飲むたびに後悔してもそれを自分の中で留めて本当なら最も自分の愚かさを感じて怖くて帰りたくないはずの家にもちゃんと帰り、妻の怒りをむしろ喜んで受け止めている。この点がラスコーリニコフが同情せずにはいられなかった点でありただの典型的な飲んだくれよりも私たちの日常の過ちに近いと言える理由でもあると思う。


藤野絵里香

マルメラードフの家族についての告白を読んで私は、彼の家族に対する歪んだ感情に興味を持った。本文中での彼との家族関係についてもっと詳しく読みたい、感じたい、と思った。

まず妻への愛情についてである。彼は後の妻であるカチェリーナにされた酷い仕打ちについて述べている。私は彼の告白を読んで彼を「哀れな男」として捉えていたが彼の妻も彼の妻で短期で可笑しく、哀れな様子が窺える。ソーニャに寄り添って寝ていたシーンを読んでも私は彼女の行動が理解できなかった。愛情の裏返しとは言え、夫や子供につらく当たってしまう点について、私はそこにカチェリーナの弱さがあると読んだ。マルメラードフの告白にはカチェリーナが多く登場するが、彼がカチェリーナのことを心の広い女として、心の広い妻として受け入れていたことに私は未だ納得できないでいる。そして、マルメラードフがカチェリーナを心の広い女として受け入れた点でもマルメラードフの弱さや哀れさを感じている。

そしてマルメラードフの娘も「哀れな娘」である。自分の身体を売って手に入ったお金で、自分の父親が酒を飲んでいるのにも関わらず、口応えをしていないとマルメラードフの告白には書かれている。実に「優しい娘」だ。そして「哀れな娘」だ。

マルメラードフは自分の娘が身体を売って得たお金で酒を飲んでいた。仕事も勝手に辞めていた。また仕事を得て喜ぶ妻を見て、マルメラードフは本当は何を感じていたのだろうか。何を考えていたのだろうか。私は彼の告白を読んでも全く分からなかった。理解できなかった。「哀れな男」マルメラードフもきっと優しい心を持っているはずなのに、彼はそれをどこに忘れてきてしまったのか、それとも隠してきてしまったのか。そして彼の行動には不可解な点が多すぎる。マルメラードフは周りにも聞こえるような大きさで告白を行っていた。大きな声である必要はなかったし、普通ならだれにも聞こえないような声の大きさで話すはずだ。なのに彼はあえて周りにも聞こえるような声で話していた。そしてもう一つ。彼は自分の行動のすべてが悪いと自覚していた。

これらの点を踏まえて、私はある一つの答えにいきついていた。マルメラードフはとても「哀れな男」だった。それは間違いない。そして彼は「哀れな男」なりに、SOSのサインを周りに出していたのではないかと考えた。マルメラードフは自分を他人に、誰かにどうにかして助けてほしかったのではないかという考えにたどり着いた。マルメラードフは読めば読むほど、私の中で「哀れな男」という言葉が似合う男性になっていった。

私は酒場のシーンを読み、彼の家族への歪んだ愛情を聞いているうちに自分の父親を思い出していた。私の父親は、というよりも私の両親はお酒が大好きだった。そんな両親を私は大嫌いだった。お酒は控えろと何度も言っているはずなのに、二人が遅くに帰ってくるときは大抵お酒の香りがした。その匂いすら私は大嫌いだった。でもそんな両親を強く注意できなかった自分自身も大嫌いだった。いくら両親がお酒にのまれていく姿を見ても、やっぱり普段は優しかった。私への愛情を感じていた。その思いが私に両親を強く注意させなかったのだと思う。こうやって文章にして現わしてみると、胡散臭いし、綺麗事のように感じるが、やはり家族同士の関係はその家族にしか分からないし、周りも深く理解しようとは思わないだろう。それと同じでカチェリーナもソーニャもマルメラードフを強く注意できなかったのはマルメラードフの家族に対する本当の愛情が頭にチラついていたからではないかと私は考えている。

彼の行動は実に不可解で尚且つ不快だった。彼の言葉を見るたびに、自分の中に取り入れるたびに、父親の嫌な姿を思い出す。しかし、彼の不可解な行動には読者を動かす力があるとは思っている。私には到底理解できない行動や言動ばかりだったが、彼の家族に対する愛情や自分に対する思いも僅かではあるが感じ取れた。マルメラードフは私の中で最後まで「哀れな男」のイメージのままだったが、垣間見れる優しさや人間味のある弱さに感銘を受けたのも事実だった。そしてそんな彼のことをもっと読み進めて、深く理解したいと「マルメラードフの告白」を読み終えて感じていた。

2013-05-05

清水・ドストエフスキーゼミ 第二回課題「自己紹介」

清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。


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f:id:shimizumasashi:20120829170256j:image

四六判並製160頁 定価1200円+税

京都造形芸術大学での特別講座が紹介されていますので、是非ご覧ください。

ドラえもん』の凄さがわかります。

http://www.youtube.com/watch?v=1GaA-9vEkPg&feature=plcp

f:id:shimizumasashi:20120816101244j:image

http://www.youtube.com/user/kyotozoukei?feature=watch


清水・ドストエフスキーゼミ 第二回課題

自己紹介


 冬室 祐人

 放課後になった。早くグラウンドに行って準備をしないと、また先輩に叱られる。中学生になったからといって僕は誰かに叱られるのが怖くて嫌だった。多分これからも変わらないだろう。教科書やノートで重くなった黒いエナメルバックを右肩に背負い駆け足で部室に向かった。

 コンクリで造られている部室棟に着く。部室棟と言っても道の下に横に広がる感じに建てられている。階段を下りた右手に手前から『アメリカンフットボール部』、『中学野球部』、『陸上部』、そして僕の所属している『ラグビー部』がある。陸上部とラグビー部の横のスペースに荷物を置く。小学生の頃は部活などに入ったら部室の中のロッカーに自分の荷物を置けるなどと思っていたが、現実はそんな些細な理想さえも許さなかった。ラグビー部は、その部室の狭さから1つの大きさがコインロッカーよりも小さなロッカーが3つ程度と、ダミーやボールなどといった用具、スパイク、泥まみれの練習着などでいっぱいだった。その為中学生の僕らには部室の中に荷物を置くと、先輩から叱られた。

 練習着に着替え終え、鉄でできた青い扉を開ける。砂埃の匂いがする。どうしてこんなにも汚いのだろうと初めてこの部室の中に入った時に思った。おそらくろくに掃除などしてないのだろう。女子マネージャーはいないのかなと思った。いるわけがない。中高一貫の男子校なので野郎ばかりのムサイ場所である。隣に女子高があるが全く違う世界だった。

 部室の扉が古めかしい音を上げながら中から、人が3人出てきた。3人とも大きくて、決して小さくもない僕からでも巨人に見えるぐらいの大きいのが中3の先輩たちであった先輩達と目が合う。緊張して何も言えない、すると一番手前の先輩が

 「挨拶はどうした1年!」

 大きな声で怒鳴られる。僕は慌てて

 「こ、こんちわーっす・・・」

 小さな声で言う。先輩は僕を睨みながら

 「声が小さいんだよ1年!早く水の準備しろ」

 そう言うとグランドに出て行く、水の準備とはボトルに水道水を入れる事だ。水を全部入れたボトルは細い僕が持つと重いものに変わっていた。水いっぱいのバケツを持っているイメージだ。それをグラウンドの脇に置いておく。そして次のボトルを持ってくる。他の1年生のちょろちょろとやってくる、そしてまた先輩の怒号

 「1年!おせーぞ!」

 他の1年生達は急いで着替え始める。

 練習が終わり、汗だくのあちこちに泥がついていて、疲れている僕らには容赦ない先輩からのグランド整備を早くしろとのお達しが下った。

 それからも、理不尽とまで言わないが色々と先輩達にしごかれた。その代わり、普段からの挨拶、目上の人への礼儀、雑用スキルが付いた。これらが無かったら本当のダメ人間になっていたであろう、そう私は感じる。しかし中学3年生の時に何もかもが嫌になったことがあった。

 なんでおれがこんなに辛い練習ばっかりやらなきゃならないんだ。こんな気持ちで精一杯だった。これじゃこれまでの3年間はお遊びをやっていたようなものだった。中学のころ憧れていた先輩が自分にばっかり辛い練習をやれと命令してくる。グラウンド練習の後にボロボロの体でランニングを20周や筋トレをした後にまたランニング、この頃から不満が溜まっていった。クラスにもあまり馴染めていなかった私はこの頃から、一人で本を読むようになっていった。主にライトノベルばかりだったが。

 そしてとうとう学校をさぼるようになった。両親が家にいない時をねらって学校をさぼった。さぼりの心地はとてもよかった。みんながグラウンドで必死にぶつかって泥だらけの汗まみれになるのを想像すると、小さな罪悪感が誕生し始めた。しかし一度味わってしまう抜け出せなくなっていた。

 結局さぼりはばれてしまい、両親に当たり前だがこっぴどく叱られた。そしてその後の部活のスパルタはヒートアップしていき、僕は高校1年の春にラグビー部を退部した。そしてアメフト部に入部した。元チームメイトや先輩からは裏切り者と蔑まされ、一時期までギスギスした雰囲気だった。これが私の第一の裏切り行為であった。そして半年後にアメフト部をやめた。高1の秋からラグビー部に出戻りという感じで再入部した。これが第二の裏切り行為であった。私は人生で早くも2回の裏切り行為をやってのけたのである。

 それからラグビー部に戻ってからはどんなにも練習がきつくても仲の良い友人達がいれば乗り越えられることを思い知ったのである。アメフト部をやめたのは、同級生との人間関係が上手くいかなかったからである。チームメイトにはとても嫌な奴もいたが、何よりもこのメンバーでプレイするのがとても楽しかったから三度の裏切りをすることがなかった。

 私は人より大変な人生を送ったとか、苦労して生きてきたということはないが、自分を紹介しろと言われたらラグビーは絶対に外すことはできない。

中西 強 

私の名前は中西強です。下の名前は、強とかいて『かん』と読みます。

 この名前、誰がどう読んでも初見では『かん』と読めないと思います。今、キラキラネームなんてものが世間を賑わせていますが、私の名前はそれに当てはまらないという事を予めお知らせします。これについては私から、きちんと、納得のいく説明をさせていただきます。

 そもそも、苗字が中西だからと言って、初め会った時に私を日本人として接する方は多く居ますが、その判断は半分正解ですが半分間違えていると言えるでしょう。

 私は日本人の母と韓国人の父の間に生まれた、早い話が日韓ハーフです。

 ですので、この強という名前は韓国語読みで『かん』と名付けられたのです。

 余談ですが、私が生まれた当初は、父がたの祖父と祖母は私のことを飛(ひ)龍(りゅん)と呼んでいた事をごく最近知りました。祖父と祖母には悪いと思いますが、その名前が定着しなくて良かったと、その時は思わず胸を撫で下ろしました。何故ならば、そのまま私の名前が飛龍に決定されていたら、きっと学校で様々な問題が起きていたと安易に予想が出来るからです。たとえば、昨今のモンスターハンターブームにちなんで狩りの真似事でもされたらたまったものじゃありません。確実に、標的は私になるでしょうから。

 私はハーフだという事で、今まで二つの苗字を使い分けて世の中を渡って来ました。

 幼稚園は中西で通い、小学校から高校までは崔(チェ)という父の苗字で通いました。病院の保険証やツタヤのカードは中西ですが、アマゾンの商品は崔で取り寄せています。苗字を使い分けるのに一定の法則はこだわり、細かいルールは存在せずに適当に使っていますが、

「日本大学に合格したら、絶対中西で通おう」

 と、受験に燃えていた秋頃だけはこだわっていました。その理由は、当時の私は一度韓国の大学を中退しているからです。私は去年の春に地元の私立高校を卒業し、韓国の名門大学へ帰国子女枠で入学しました。私は国際学部に所属し、経済について学んでいました。一時期は、将来貿易の仕事に就く事を考えていて、それが安定した将来に繋がると考えていたからです。しかし、私には夢がありました。高校生の時から志している作家になりたいという願望があります。韓国での私は、まず自分で食っていける力を身につけてから夢を目指せば良いじゃないかと思っていましたが、大学の夏休みを利用して日本へ帰国した時に、それは自分で逃げ道を作っただけではないのかと考えを改めました。

 自分の人生なのだから、自分のしたい事を先行しないでどうする。自分でそんな答えを導き出し、大学を辞めて受験を試みた経歴が私にはあります。

 所で、私が通っていた大学というのが、この日本大学の交換留学制度の大学一覧にも記載されている慶煕大学校だったりするので奇妙な運命を感じてしまいます。

 慶煕大学校では、帰国子女なので崔の苗字を使っていたから、この日本大学では中西を使うことに決めました。

 他にも、理由はあるのですが、先に述べたものに比べれば物凄く下らないです。

 私の崔という苗字と強という名前ですが、韓国ではチェカンと読みます。韓国の辞書でこれを調べると最強と出ます。日本でも、崔は『さい』と読めます。強も『きょう』と読めます。そのせいで、小学生の時の仇名は最強(さいきょう)さんでした。某漫画にも同じ名前のキャラクターが登場していて、その漫画雑誌の中で異彩を放つその漫画の中で最も際立っていたキャラクターが彼でした。そのせいで、私はその仇名を好きではありません。だから、大学で崔を名乗るのをやめようと決心しました。

 さて、自己紹介と簡素なタイトルを付けておきながら、目標の二千文字中千四百文字以上を名前の説明だけで埋めるという誰もが予想し得なかった事態に陥りました。やはり、書く事を決めずにぶっつけ本番で書くとバランスがおかしくなります。

次は、私の趣味などについてお話をしたいと思います。

 私は読書が好きです。最近は、ネットの毒に侵されて読書に割く時間が減ってはいますが、読書好きである事には変わりありません。

 私は小説や児童書に専門の書籍等、興味さえ引いてくれれば基本どんな本でも読みます。とは言っても、好きなジャンルはあります。幼い頃は暇さえあれば児童書を読んでいたせいか、児童書が結構好きです。この前、図書館でグリム童話の本を三冊程借りて二日で読破しました。

 他には、英文学、とりわけイギリス作家の本が好きです。ガリバー旅行記や宇宙戦争、高校の授業で扱った物を含めれば数えきれません。

 そういえば、私は武術もいくらか嗜んでいます。小学生から高校生二年生の始めまでかけて、三種類の武術を習っていました。日頃が本を読んでばかりなので、運動不足の解消程度に道場やジムで身体を動かしました。しかし、背が大きいというのは不運な事で、百八十二センチの私は他に体格の合う人が居ないという理由で、スパーリングや組手は常に師範代とするという地獄を味わってきました。

 では、とっくに二千字に到達していますので本日はこれにて失礼します。自分的には、まだまだ自分の事を語りきれてない感じが拭えないので、もしまた機会があれば、自分の事を語りたく思います。



藤賀怜子 

自己紹介と言うからにはまず名前から紹介したい。

 私の名字は“藤賀”という。父方の名字であり、関西出身の父に聞いたところそのルーツは兵庫県らしい。“藤賀”という名字をおそらく大半の人が初めて目にするだろう。私自身、親戚以外で同じ名字を持つ人を見たことがない。自ら珍名と言いたくはないが、珍しい名字だと自認する。時々(特に大学に入学してから)格好良いなどと言われる。羨ましがられることもある。しかし名字が珍しいことが良いことばかりではないということをこの場を借りて言いたい。まず読み間違えられる。私の場合は“とうが”と読むのが正しいのだが、半分以上の確率で“ふじが”と読まれる。もう十八年それが続くため読み間違えは慣れたものだ。勿論その度に訂正をするのだが、相手が名前を間違ったことに負い目を感じさせてしまうのが何だか申し訳ない。こちらは慣れているから特に気にしていないのに。因みに最近は面倒なので全く興味のない見ず知らずのキャッチセールス程度では訂正すらしなくなった。それでも読み間違えはまだ良い方だったりする。見慣れない名字というのは同時に聞き

慣れない名字でもある。そのためいくら“とうが”と言っても相手に聞き取ってもらえない。最終的には「たちつてとの“と”、あいうえおの“う”、がぎぐげごの“が”。」と言ってやっと伝わるということも多い。(しかしこれだけでは名字の読みしか伝わらないため、漢字を説明する必要があるので通常もう一手間かかる。)余談だが母が電話で普段通り「“藤賀”です。」と言ったら、相手に“トーマス”と聞き間違えられたことがある。これは非常に稀なケースだが嘘みたいなことが本当に起こり得るのだ。

 名字の話はここまでにしておいて次は名前の話をしよう。

 私の名前は“怜子”という。読み方は“りょうこ”である。これは母が名付けた名前で“怜”という字には“賢い、賢しい(智しい)”という意味があり、どうやら頭のいい者に育って欲しかったらしい。実際賢く育ったかどうかは置いておいて、個人的にこの“怜”という字は気に入っている。しかし名前もまた問題を孕んでいる。というのも“怜”という字は日常生活であまり見掛けない。常用漢字にも入っていない。そのため漢字の“つくり”である右側の“令”部分から判断して“れい”と読まれる。未だに振り仮名のない状況で“りょう”と正しく読まれたことはない。逆もまたしかり、“りょうこ”と口頭で伝えても字までは伝わらない。例えば“良”や“涼”なら一言で説明出来るからいいものの“怜”という字はまず思い当たる熟語がないのだ。辞書で調べてやっと一つ見付かる程度である。したがって普段名前の漢字を説明する際には漢字の成り立ちから伝えるようにしている。

 ここまで名前についてマイナス面ばかり挙げてきたが、決して自分の名前が嫌いなわけではない。むしろその珍しさからか愛着と誇りさえ感じている。そのうえマイナス面に比べたら少ないもののプラス面だって存在する。例えばまず他の人とかぶることがないため珍しさから名前を覚えてもらいやすい、自分の名前を見付けやすい、しつこいキャッチセールスにも名前を読み間違えられれば「人違いです。」の一言で一蹴できる(稀にそれでも引き下がらない方もいらっしゃるので要注意)、会話の糸口になる等だ。どんなに珍しくて漢字の画数が多くて書くことが面倒で頻繁に間違えられる名前だったとしても、一生付き合っていく名前だからこそ(今のところ結婚の予定はないため名字が替わることは想定していない)良い面や悪い面をすべて引っくるめて受け入れ歩んでいくと心している。

 最後にこれからの話をしよう。私はこの日本大学芸術学部文芸学科に入学しすぐにゼミが割り振られた。初めに聞いたときはゼミが決まっていることに驚いた。そのうえ清水先生の専攻するドストエフスキーは名前しか知らず、ましてロシア文学など全くの未知の世界である。それでもこれも何かの因果と思い、この一年間『罪と罰』について研究していきたい。


後藤舜

 春一番の風が古ぼけた校舎の窓を叩いていた。例年にない暑さであった今年の春は、桜などはもうすっかりと散ってしまって、深い色の緑葉が吹き付ける風に嬲られている。

取り敢えず番号順に自己紹介だと、白いポロシャツを着た担任はくぐもった声でそう言った。彼は最前列の廊下側にいた女子生徒に目線を送ると、のっそりと教壇左のパイプ椅子に腰を下ろした。

視線を受けて、彼女は音もなく席を立った。ざわつき淀んだ教室の空気のなか、立ち上がった彼女の姿は雲間を抜けてそびえる山岳のような存在感があった。

「芦田彩子です」

ただ一言で自己紹介を済ますと、教壇の前で彼女はゆったりと頭を下げた。耳に掛かった長い黒髪が肩口にまで垂れて、それは如何にも美しい、といった所作であった。目を伏せてゆっくりと顔を上げると、硬質の光を伴った黒い瞳が教室の中心を一息に貫いた。

 部屋の中の全てが呆気に取られたように黙っていた。それを真正面から見た誰もが、今のあれは一体なんであったのかと、ひどく不思議なものを見た気がして自席へと戻る彼女を見つめるばかりであった。数瞬のあと、前の席の女が一言二言なにかを喋ると、それが契機となってようやく教室に多少のざわめきが戻ってきたが、それでもなお先のエア・ポケットのような一瞬の残滓は教室の中に未だ色濃く残っていた。

妙に浮ついたような空気の中、担任だけが先の一瞬に気が付かなかったように次の生徒を促した。なにか、じとりとした嫌な注目が次の生徒に集まった。

 緊張を感じさせる動作で、彼女はがたりと椅子を鳴らして立ち上がった。彼女は机の間を体を横にしてすり抜けていくと、咳払いの後、頭を下げた。

「井上、裕子といいます。好きなものは、えぇ……映画、鑑賞です」

一つ一つを区切るように頼りなく、ぼそぼそと喋る彼女は傍目にものぼせ上がっているように見えたが、それでもなんとか事をやりおおせると再び頭を下げて足早に席へと戻っていった。

 その後の自己紹介も大したことはなく進んでいき、細々とした諸々を伝え終わるとその日は下校となった。私は帰り際、同級となった女子生徒に囲まれて帰る芦田彩子の背中を見た。遠目に見るに、彼女を取り巻く女子生徒達は皆がてんで好き勝手に喋っているようにしか見えなかったが、そうあるのが当然だというように、彼女は皆に微笑してその中心に収まっていた。やはり、その姿は如何にも美しく、だからなのか、私は軽い反感を覚えて、しかしその後ろ姿を延々とながめていた。

 その翌週のことだった。一等に早く教室へ着いた私は、そこで妙なものを見た。私に少し遅れてやって来た井上裕子と芦田彩子が廊下で話をしている。昨日のような取り巻きは一人もなく、彼女たちはじっと二人きりで話しているのだが、時折、井上の顔が堪えきれないといった様子でひどく歪むのだ。芦田彩子はそれを間近に見ても特に顔色も変えずに話し込んでいる。私は己の心臓が加速度的に熱を上げていくのを自覚しながら、息を詰めてそれを見つめた。暫くの後、やがて朝もそれなりの時間となり、廊下の人通りも段々と増えてくると、彼女等は自然と別れ、各々の机へと戻っていった。その、去り際のことだった。不意に、芦田彩子の黒い視線が私の両目を突き刺した。寒気さえするほど、それは硬く冷たかった。情けなくも私は指先一つ動かすことさえできなかったが、肚の底に残っていた微かな反感が私に目を逸らすことを許さなかった。

 やがて、ひどくつまらないものを見た、といったように私から視線を外すと、今度こそ彼女は自分の席へと帰っていった。

 それを契機に、私はよく彼女等を気にかけるようになった。芦田彩子は相変わらず女子生徒の輪の中心にいた。彼女は学業の成績も抜群であり、授業後などは取り巻きたちが集ってはちょっとした補講を開催するのが常だった。取り巻きたちはどんな詰まらないことでも薄ピンクの可愛らしいノートを片手に一つ一つ聞き、彼女もまたそれらに懇切丁寧な解説をつけていく。それは、恐らくは一つの儀式であったのだろう。それを如何に正確に繰り返すかによって、取り巻きたちは芦田彩子との繋がりの強さを確かめているようだった。

 一方で、井上裕子はそれを遠巻きに眺めている姿がよく目についた。そういった時、彼女はひどく悲しげな顔をして、じっと伏し目がちに女子生徒の輪を見つめているのだった。私は余程彼女に話しかけようかと気を揉んだが、しかし結局は何もしなかった。

そうしてやはりというべきか、彼女は段々と学校を休みがちになり、夏休みの明けた九月の朔日、転校をしたと担任からの発表があった。

先般、私は芦田彩子と会う機会があった。

安い大衆居酒屋の淀んだ空気の中に、彼女はよく泥んでいた。彼女は安いサワーをちびちびと傾けながら、眠たげにあくびを噛み殺していた。その姿は、私の知るところの芦田彩子ではなかった。これなら聞けるのではないかと、私は掌に力を込めた。

「どうして、井上裕子だったんですか」

私の幾分間抜けな質問に、彼女はきょとんとした様子で私を見つめていたが、やがて何の話かを飲み込むと薄く笑って

「第一印象」

と短く答えた。

 彼女は再びあくびを噛み殺すと、不意に涙に濡れた瞳でこちらをぎょろりと見た。それは硬く冷たいあの時の眼であった。


小林一歩

 私は小林一歩といいます。変な名前です。「かず」とか「小林」と呼ばれると喜びます。三月三十一日生まれのB型で、職業は学生です。今は東京の親戚の家に居候中ですが、出身は栃木です。村のようなところから出てきました。緑がいっぱいのいいところですが、私は根っこからのインドア派なのであまり関係がありませんでした。あんなに自然に恵まれた場所に住んでいたくせに、カブトムシ狩りも木登りもほとんど経験することなく幼少期を過ごしてしまったことをたまに後悔します。いつか挑戦できたらいいです。

 私は自宅でのんびりするのが好きです。常にこもりっきりという程ではありませんが、一人でいる方が楽に感じることが多いです。学校がある日などは別として、夏休みなどの長期休暇中は一日外出したら三日は家にいないとストレスが溜まります。私の趣味のほとんどが家でできるようなことだからだと思います。

はじめに、私は漫画が好きです。文芸学科に所属しておきながらこんなことをいうのはアレがアレアレですが、私は今まで小説よりも漫画の方を優先的に読んできました。特に「ガラスの仮面」や「テニスの王子様」はもう何度読み返したかわかりません。どちらも違った意味でとてもよい漫画だと思っています。しかし、名作なだけに語りどころが多く、話を始めると長くなりそうなのでやめておきます。それ以外でいうと、去年知人に勧められて読んだ市川春子という人の短編漫画集が心に残っています。市川さんが描く人と人でない生き物の心の触れあいをみていると、切ない気持ちになります。漫画にしては一ページごとの文章量が多い方なので、内容を読み込むのに少し時間がかかりましたが、むしろそういうところが好きです。博識な人がする空想ほど聞いていて楽しいものはないと思います。やさしい絵柄でありながら、ときたまぞっとするようなひとコマがあるのも魅力です。また、最近読んだものの中から一つ上げるのだとしたら、阿部共実の「空が灰色だから」です。ネットの

評判に踊らされて読んでみたところ、私の中で大ヒットしました。どうせならもっと早くに読めばよかったかもしれません。私はこの漫画の、とことん読み手を憂鬱な気分にさせてくれるようなところが大好きです。かわいい絵柄に騙されて買うと少し痛い目にあいます。そのギャップがたまりません。

 次に、私はゲームが好きです。ゲームというジャンルそのものにはあまり詳しくないのですが、単純に、私が今まで見た中で一番好きなストーリーが詰まっているのがゲームソフトでした。スーパーファミコン専用ソフトの「学校であった怖い話」というゲームが私の中で今一番熱いです。四年ぐらい前からずっとそうです。出会った当初はとても怖かいゲームだと思っていたのに、いまやってみるとなぜか心が温かくなります。笑いが止まらなくなることもあります。おそらく登場人物に対する情が沸きすぎたのだと思います。

 三つめ。私は猫が好きです。元々興味はあったのですが、親戚の家に引っ越してきて、元々飼われていた五匹の猫と共に暮らすようになってからスイッチが入りました。猫の魅力はつれないところにあると思います。犬は愛情を与えた分だけ返してくれるけれど、猫はそうではないのです。あまりべたべたしすぎると嫌われてしまいます。やりすぎないように気を付けながら猫を構うのは大変です。私は猫を後ろから捕まえて毛玉の中に思う存分顔を埋めるのが好きなのですが、この間ついしつこくしすぎて怒られてしまいました。猫が小さな体を必死に大きく見せて威嚇してくる姿もまたかわいいのですが、だからといって調子に乗るとストレスを与えてしまいます。でもやってしまいます。猫のためを考えてもう少し構う頻度を減らした方がいいといいうことはわかってはいるのですが、なかなかうまいように自分をコントロールできません。あんなにかわいい猫をスルーするなんてむしろ失礼ではないか?とイタリア男のようなことまで考えてしまいます。猫にしてみればとても迷惑な気遣

いだと思います。私はどうしたらよいのでしょうか。誰かご指南ください。

 私が好きなものはだいたいこんな感じです。これからよろしくお願いします。



川上真紀

初めまして。私の名前は川上真紀です。趣味は読書と音楽鑑賞です。私は小学生の頃は音楽を聴くことに全くと言っていい程興味が無かったのですが、中学生になって小型の音楽プレーヤーを買ってもらったことがきっかけで、以来、気分が沈んでいる時や、イライラしている時には良く音楽を聴いています。その頃から、インターネットを利用するようになり、普段テレビをあまり見ないことからニュースや天気を見る時はいつもインターネットを利用しています。かつては新聞でニュースを閲覧していましたが、家で取っていたのは経済新聞だったので経済に関するニュースの方が多く、今では主にインターネットを利用しています。

私は最近、東京都に引っ越して来たのでまだ周囲にどんな施設があるのか、はっきりと認識できてはいません。しかし、近くのスーパーや駅には行ったことがあります。最寄り駅に初めて行ったとき、以前住んでいた所とは比べ物にならないくらいの人通りを見て、とても驚きました。以前私が住んでいた所は、少し閑散としており、最寄り駅にもそれほど人が多くはなかったので、余計に衝撃が強かったのだと思います。加えてテレビの中でしか見たことが無かったビルの外壁に付いている液晶広告を見て、改めて都会に引っ越して来たと感じました。私の従姉妹も同じ東京都に住んでいるので、機会があれば会いに行きたいと思っています。

先程述べたように、私の趣味は読書と音楽鑑賞ですが、休日にはその他にもたまにゲームをしています。ゲームというとカードゲームやボードゲームを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、私はDSやPSPといった携帯ゲーム機を利用して遊んでいます。私が初めて使ったゲーム機は、父が持っていたファミコンでした。マリオカートやストリートファイターといったソフトで遊び、夢中になった記憶は今でも鮮明に覚えています。そして、次々と発売され話題になった携帯ゲーム機に魅かれ、週に一日程度はゲームを行うようになりました。私の弟もゲームが好きなので、よく二人でゲームの感想を言い合ったりもしています。

私が小学生の頃には、家族でボードゲームやカードゲームをすることが多かったのですが、段々と回数が減り、今では年に一回も遊んでいません。私は、ボードゲームで言うとチェッカーやオセロ、カードゲームで言うとトランプ(ババ抜きや大富豪)やUNOが好きでした。チェスも遊んでみたいと思っていたのですが、身近に駒の役を覚えている人がいなかったので、いつか学びたいと思っています。UNOはババ抜きと並んで一番、家族と遊んだゲームです。カラフルなディズニーの絵柄のカードを使って遊んだので、すぐにルールを覚えられ、何回も遊びました。このように様々なボードゲームやカードゲームがありますが、これらの中には一つの遊びでもルールが何種類かあるというものも多々あります。例えば、大富豪はルールによってはカードの役が全く変わることもあるそうです。私は、ゲームやカードゲームに関してはまだ初心者ですが、このように、どのゲームも奥が深いので、家族と今度は違うルールで遊びたいと思っています。

ゲームに関しては以上です。小学生の頃には、ゲーム以外にも様々な遊びを考えて、家族と一緒に遊んでいましたが、年月が経るにつれ、そういった機会も段々と減っていきました。高校生になった頃には、軽い息抜きに遊ぶということもほとんどなくなり、その代わりに空いた時間に読書をするようになりました。最初は推理小説や時代小説などの中から比較的読みやすいものを読んでいましたが、その結果、他の様々なジャンルの本に興味を持つようになり、本についてより深く学びたいと思い始めました。それがこの大学を志望したきっかけです。

高校には、私と同じように本が好きな友達が何人かいたので、たまに本の内容について批評し合ったりしていました。本の批評は、相手に自分の言いたいことが上手く伝わらなかったりする時があるので、私はあまり得意ではありません。しかし、自分の意見が上手く伝わった時や相手が自分の意見と同じだった時は批評をして良かったと思えるのでこれからも続けていきたいと思っています。

私は、人から内向的な性格だと言われることが多く、じぶんでもそう思っていますが、頑固な一面もあると思います。大学に入って自分の世界を広げていきたいです。




加藤芙奈という人物について

 文章で自分を表すということはなかなか難しい、とこの文章を起こしながら思う。高校時代、自画像なんてものを描かされて「うぎゃー」となった時と同じ心地がする。

 しかし、やはり単位がほしいので頑張ってみようと思う。

 私こと「加藤芙奈」について、特筆すべき点は「元不登校」「カフェイン中毒」「ゲーム好き」「過敏性腸炎」といったところだろう。

 まず一つ。「元不登校」について。

 これは小学生時分の私が可愛げのないガキンチョだったせいだろう。あの頃の私は「みんないっしょ」の同調圧力に唾を吐きかけて足蹴にするような子供だったのだ。いや、協調性がなかったとか空気が読めなかったとか言われてしまうと少しばかり耳が痛い。だがいまだに私は「みんないっしょ」が大嫌いだ。人の顔色と空気で行動するなんて疲れる。小学校なんてその風潮の真っただ中だ。付き合っていられなかったし、卒業式は内心小躍りしていた。うん、ひねくれていると自分でも思う。

 まあ、そんなひねくれ者も中学校は私立へと進学し、同じように「みんないっしょ」に背を向けたような仲間たちと楽しく過ごした訳である。世の中、変人しかいないのではないかと思わされた六年間であった。

 二つ。「カフェイン中毒」。これは、小学校の終わりから紅茶に興味を持ち始めたせいである。アールグレイ、ダージリン、アッサム等々。いろんな風味があるのが楽しくて楽しくて、ぐーんとのめり込んだ。未だにのめり込んでいる。しばらく飽きそうにない。

 だが、これが思わぬ弊害を発生させた。中毒症状である。

 あれは中学校の修学旅行。沖縄へと旅立った。ちなみに私は日航機墜落事件のドキュメント番組を見てからというもの、飛行機が苦手になった。沖縄行きの飛行機の中でも戦々恐々としていた。怖かった。

 さて、本題に戻ろう。沖縄に降り立った私は旅行を満喫していた。紅イモタルトに舌鼓を打ち、ブルーシールアイスクリームを楽しみ、サーターアンダギーを頬張り、沖縄そばをすすり、タコライスで腹を満たす。

 食べてばかりのように聞こえるが、ちゃんと色々見て回りました。きちんと勉強しました。

 そして、それは旅行三日目に起きたのだ。

「……なんか。落ち着かない……」

 何をしてもそわそわする。何かがおかしい。何かが足りない。要するに、カフェイン切れである。ペットボトルの紅茶の微々たるカフェインに期待しつつ、ほぼプラシーボ効果で乗り切ったが、それからというもの旅行には茶葉を持ち歩くことを心に決めたのである。

三つ。「ゲ―ム好き」。友人は皆、口を揃えて私のことを“ゲーマー”と称する。いや待て皆の衆。私はゲームが好きなだけであって、ゲーマーではない。ゲームのシステム性やら製作者サイドに口を出す気はない。一切、全くない。

私にとって、ゲームは小説の延長だ。少々操作性とアクション性が加わった小説だ。よって、ストーリーが良ければいい。これに尽きる。

まあ、ストーリーのいいゲームを探すために少々ゲーム会社に詳しくなったり、会社に対し思うところをぼやいてしまう辺りが友人らの目にはゲーマーと映るのだろう。違いますからね。

最後。「過敏性腸炎」。これは最早、私のアイデンティティと化している気がする。私が腹痛を訴えると、私を知る人々は落ち着き払った様子で「ああ、いつものか」という顔をする。はいそうです、いつものです。

私の腹は弱い。とにかく弱い。

病気にかかれば真っ先にダメージを受け、精神的なダメージの影響も受け、油と生ものを嫌う。めんどくさい。

そんな腹の持ち主である私は常にそれを気遣わなければならない。

あ、調子が悪そう。と思えば夕飯を粥に変更し、そうでなくても滅多に肉――特に揚げ物、焼いたもの――なんて食べられない。主に焼き魚と野菜の煮物などなどが食卓に上る。最近のお気に入りは糠漬けである。あれはいい。お腹に優しく、美味しいものだ。

朝なんかは目が覚めてから三十分経たないと食べ物を受け付けない。旅先なんかでは非常に厄介だ。

そして、この腹は何かにつけて私の予定を狂わせる。何かの予定に対し、遅刻やら欠席をした場合は十中八九、腹が原因だと思われる。なので皆様、私が遅刻欠席をした場合は「ああ、腹かあ」と思ってほしい。ええ、腹です。

総括しよう。私、加藤芙奈という人間はこの場で書き切れるようなものではない。というよりも、人間を文章で言い表すのは無理だと思う。特に生きている人間を正確に、克明に、精密に紙の上には写し出せない。

なので、実際に見て、話をしてみてほしい。恐らく、そちらの方が数段分かりやすく加藤芙奈が理解できるだろう。




【“私”という人物についての考察】

加藤 佳子

自己紹介を書いてこいと言われた瞬間、私は本当に焦った。自己PRは私の苦手分野だ。自分について何を書けばいいのか、全く言葉が頭に浮かんでこない。これといって皆に自慢できる特技はない。誇れる賞をもらったことはないし、頭がいいわけでないし、運動音痴だ。過去を振り返ってみれば友達と過ごした楽しい思い出は在れど、真っ黒な、一生かかっても消えてはくれないだろうしこりもある。

そんな私が一体どんな自己紹介を書けばいいのか。これから一年、同じゼミで過ごしていく人達に、まさか盛ったものなんて書けないし、書きたくもない。ありのままの自分、と言っても私自身が本当に犹筬瓩箸いβ減澆鰺解しているかは不明だが、今の私ができうる限り、嘘偽りない自分について考えてみた。

名前は加藤佳子。佳子は「けいこ」と読むが、「よしこ」と間違われることの方が多い。時折「かこ」と間違える人もいた。しかし私の祖父は実際に三つの名前 (一つの漢字に読み方三つだそうだが、実際に三つの名前を使い分けていたという)を持っていたそうなので、読み方を違われるくらいなら特になんとも思わなくなった。

誕生日は早生まれの3月15日。出産予定日より、約一か月早く生まれた。もし、予定通り生まれていたら今は高校三年生。おそらく、今とは全く違う人生を送っていただろう。日芸に進もうとは思わなかっただろうし、何より、今まで出会って来た友達と出会わなかった、友達にはならなかったのだと思うととても不思議な感覚だ。

将来の夢は漫画家か小説家。できれば漫画を描ける小説家か、小説を書ける漫画家。どちらの夢も捨てきれず、なら両方頑張ってみよう!と思った結果この形となった。どちらも自分から崖っぷちに立つような現実的には厳しい夢だし、実力、技術共にまだまだ未熟だが、幼少時から絵を描くことや物語をつくることが好きだった私にとって、他の夢を探すということは想像もつかなかった。

 趣味は一番に絵を描くこと、次に物語をつくること。 おそらく、私が書く物語の大半はファンタジーで、ラノベ小説風。どこからがラノベ小説なのか、定義は分からぬが純文学ではないだろう。

アニメや漫画、ゲームは大好きだ。浅く広く、少年漫画から少女マンガまで範囲は結構広い。俗に言う浅く広く、なタイプだ。微妙なキャラ、もしくはマイナーキャラから好きになる傾向がある。同じゼミでアニメや漫画が好きな子と友達になれたのは、今のところ大学に入って一番嬉しかったことだ。

ちなみに一番好きなものは、と聞かれたらポケモンと答えるだろう。赤・緑時代からハマリ、アニメ一話から映画まで見て、今でも気持ちは色褪せることはない。私がアニメやゲームを好きになった原点ともいえる。

性格は自分ではいまいち分からぬが中学、高校と友達に口酸っぱく「お母さん」と言われてきたので世話焼きお節介タイプだと思う。結構それで空回りすることもあるが。買い物の時などは優柔不断だが、結構頑固な一面もある。そして面倒くさいほどネガティブだ。人の溜め息一つでビクビクするほどの小心者だし、他者からの視線に過剰なまでに反応する。一時期それによるストレスでカウンセリングを受けたほどだ。

人間関係にはかなり疑い深い。それはもう自分でも面倒くさいと思うほどに。どんなに仲のいい友達でも、この人今どんなこと思っているのだろうか、自分のこと嫌に思ってないだろうか、口ではそう言っているが内心はどう思っているのだろうかと延々と考えてしまう。小学校時代からの親友や、保育園時代からの付き合いである幼馴染みに対してもそう考えてしまう。ある事から一種の人間不信症気味になってしまい、素直に友達だからと信じることができない。そのくせ、友達が自分から離れていくことをとても恐れている。どうしたら喜んでくれるだろうか、どうしたら傍にいてくれるだろうか、どうしたら離れていかないだろうか、といつも考えている。友達と離れるということは、私にとって苦行 ともいえる。ある意味で、親しい友達に対して依存してしまう傾向があるのだろう。

そんな私が今こうして親しい友達もほとんどいない学校へ進めるのは、やはり友達の存在が大きい。定期的に連絡をくれたり、遊びに誘ってくれたりする。メール一件、たったそれだけのことでも私にとっては非常に嬉しいものだ。自分は忘れ去られてない、まだ繋がりあるのだということに安心する。私にとって友達とは、心の支えになってくれる大切な存在だ。実際に、私が一度生きることに絶望していた時に救ってくれたのも友達だった。彼の些細な、たった一言が私を生かしたのだ。私が犖斥姚瓩了つ力に魅入られたきっかけともなった。今私が日芸へと進んだのも、彼のその一言が深く関わっている。

友達の為だったら私は自分にできうることは何でもするだろう。こんな重い本音はまだ誰にも話したことはない。書いたのも初めてだ。多分、直接言ったら引かれてしまう。だけど、それはまぎれもない犹筬瓩覆里澄人は、私は誰かに、多くの人に支えられて生きているのだと自分のことを見つめ直すたびに実感する。

だからこそ今までの、そしてこれからの出会い一つ一つを大切にしていきたい。

出会いを大切にしていきたいという気持ちが確かになったのは高校二年生での学習旅行が大きな要因だ。私の高校での修学旅行は、観光が目的でない、ハッキリ言うと全く楽しみのない、学習しに行くための旅行だ。学んだことは水俣病、ハンセン病、原爆症。所謂公害病にかかってしまった患者さん達のお話を聞くことが目的のもの。

患者さんたちはどの方も、ほとんどが高齢で、特にハンセン病患者さんの方々に会いに行くのは私達が最後の代となった。言い方が悪いかもしれないが、彼らは常に死を感じているという。普段生活しているだけでも、常に死と隣り合わせ。いつ死んでもおかしくない、痛み、苦痛、葛藤と共に病気と、そして社会と戦ってきた。

「もう会うことはないだろうけど…」

「来年、来月、来週、いつ死ぬか分からない。もしかしたら明日死ぬかもしれない。きっと君達と会うのもこれが最初で最後だろうね」

とあるハンセン病患者さんの言葉だ。とても重い言葉だった。当時の私は、その言葉の重さが怖かった。確かに生きているものには必ず死がある。人間も然り。しかし普段過ごしている中で、自分は明日死ぬかもしれないと考えるだろうか。ふとした時に思うかもしれないが、常日頃からそれを念頭に置いている人は少ないだろう。

一期一会という言葉がある。人生で一度きりの出会い。私はその言葉を学習旅行で嫌と言うほど実感した。残り少ない人生の中、文字通り命を削ってまで話を聞かせてくれた方々と、貴重な、そして大切な出会いを経験した。出会えたことが奇跡に近い。その出会いは私の人生に大きな影響を及ぼしたし、今私が日芸にいることにも関わっている。その出会いがなければ、今の私はいない。それが出会うということの価値なのだと思う。

だからこそ私はこれからも出会いを大切にしていきたいし、是非皆にもこれから出会う沢山の人々との出会いを大切にしていってほしい。中には自分と相性が合わない人や、出会わなければよかったと思う人もいるかもしれない。それでも、一つ一つの出会いの中で自分の人生を変えるものが潜んでいるのならば、その出会いは大きな意味を持つだろう。今までに出会った人達、今知り合った人達、これから知り合う人達。もしかしたら人生で一度きりの出会いかもしれない。もう会うことはないかもしれない。そう考えると、今こうして私達が同じゼミになって知り合えたということも一つの奇跡なのだから、この出会いを誇ってほしい。

このような面倒くさい性格な私と一緒のゼミになった人達、清水先生には少々申し訳ない気持ちもあるが、私はこれからが楽しみだ。日芸の文芸学部に進んだ人たちにはそれぞれが違った気持ちや覚悟を抱いているだろう。少なくとも皆、先行きの見えない道に踏み込んできた、言うなれば猜僂錣蠎圻瓩僚犬い覆里世ら。一体、どんな文や言葉、物語と出会うのだろうか。どんな意見や考えが聞けるのだろうか。今まで私の周りには文芸に進みたいという人はいなかったので、とてもわくわくしている。

こんな私ですが、一年間よろしくお願いします。



今の私

河内智美

 私の性格は、一言でいえばマイペースだ。これは自称だけでなく小中高と学校や先生が変わるたびに河内ワールドとか河内星とか自分だけの世界にいるというようなことを言われていたので、他人からもマイペースとか天然だと思われているのだろう。私自身はそれほど自分が天然だとは思わないのだが、自分以外で私が天然だと思っている人を見ると天然の人はだいたい自分が天然だとは思っていないようだから、皆が言うのなら私もそうなのかもしれない。マイペースという部分についてはさすがに自覚がある。私は昔からいろいろなことが他人より遅いのだ。普通に歩いているつもりでもいつの間にか集団の最後尾にいたり、食事の時間がものすごく長かったり、のんびりだらだらできる日が続く とだらけ癖がすぐついてしまう。なんだか人生損をしているような気もするが、無理にせかせかするよりは自分のペースでのんびり生きた方が得策だと思ってしまう。だから一向に直らないし、なぜか友達にも割とのんびりした人が多い。きっとせかせかしたい人は私と一緒にいるとイライラしてくるのだと思う。だからよく、気づいたら一人置いて行かれていたりする。さすがの私でもずっと一人ぼっちでのんびりしていたくはないので、そういう時くらいは急ぐ。でも私のマイペースはきっと一生治らないと思う。

 私は少々人見知りだ。でも寂しがりでもある。だから初対面でも気にせず話しかけてすぐ打ち解けられるような人に憧れる。一度話しかけたり話しかけられたりすれば平気なのだが、初対面で自分から話しかけることが少し苦手なのだ。それゆえに学校が変わったりして新しい場所に行くといつも友達を作ることに出遅れる。だからなのかはわからないが私の友達には私以上に人見知りの人が多い気がする。おそらくそれは友達作りに出遅れた同士で友達になりやすいからだ。あとは大人数も少し苦手だ。私にとっては二人くらいでじっくりのんびり話すのがちょうどいい。でも大人数で打ち上げやご飯を食べに行くときなどの雰囲気は好きだ。それはたぶん私が寂しがりだからだと思う。大人数でがや がやした空間にいれば自分は一人ではないと思える。そういう時は結果的にただ集団の中にいてあまりしゃべらなくなってしまうのだが。でも私の人見知りはだんだん直ってきているように自分で思う。小学生や中学生の頃に比べたらよっぽど友達もすぐ作れるようになっており、いつか自分の殻を完全に破ってもっと積極的な人になれたらいいと思う。

 自分の殻を破るといえば、私の人見知りが少し良くなったのは部活の存在が大きい。小中高と合唱部や吹奏楽部など音楽系の部活に入っていたのだが、全てほとんど毎日練習があるような緩さとは程遠いような部活で、私はこれらの部活で音楽的なことだけでなく様々なことを学んだ。

その中でも一番大きなことは、自分に自信を持つことの大切さだ。自分に自信がないまま恐る恐る演奏していては、いい音もせず音程が下がったりして演奏のクオリティも悪くなってしまう。間違えてしまった時も、自信がないとおどおどして目立ってしまうため誰がどこで間違えたということが聞き手にすぐにわかってしまい、ちゃんと演奏している人に迷惑がかかる。逆に自信を持っていれば、自信がない時よりよっぽどいい演奏になり間違えた時も堂々としているだけであっているように見える。先生に演奏には奏者の性格が出るとよく言われていたが、自信を持って演奏したりソロを吹いたりできるようになるとその人の性格も向上し成長できると思う。音楽に限らず全てのことは、自信がありす ぎても困るのかもしれないが自分にまったく自信がないままでは何もできない。芸術に関することならなおさらそれは大切なことではないだろうか。部活で盛んに言われていたことが、自分の殻を破れだった。自分の殻の中にこもっていてはいい演奏はおろかこれからの人生で何一つうまくやっていけないということだと今改めて思う。それが私の十八年間の人生の半分を費やした九年間の部活動生活で私が学んだことだ。

今の私は、たぶんもともとのマイペースや人見知りなどの性格に部活での経験が加わって少しだけ良くなった結果である。小中高と学校が変わる度に少しずつ変わってきたように、大学でも自分を今より良くする何かを見つけられたらと思う。



藤野絵里香

私は集団行動が嫌いだ。人に従って行動したり、誰かと同じ行動をとったり、学生にはつきものの行為だが、私はいつまでたっても好きになれなかった。

中学での修学旅行。行き先は京都。事前に決めた「班」という単位で行動して観光を楽しみながら、京都という地を学ぶ。いつもの授業とは違った、「楽しい」授業だ。確かに好きな友達と同じ「班」で観光しながら学べることは、とても嬉しいことだった。けれど、自分が本当に行きたい場所を見れているのか、学べているのか、冷静に考えてみるといつも答えはノーだった。特に女の子なら同意してくれる子も少数ではあるがいるのではないだろうか。本当は××に行きたい、本当は××が食べたい、そう思っていても、和を乱したくない、我が儘言っていると思われたくない、そんなくだらない考えばかりが邪魔をして私の中の本当の観光は出来ていないのだ。だから後々思い出を語ろうとしても出てくるのは、友達との思い出だったりで、京都という地についての思い出は少ないのだ。だからいつまでたっても、集団行動をとるときの私の顔は醜いのだ。

そんな私を劇的に変えたのが高校での三年間だった。一年時、私にぴったりのクラスの一員になることに成功した。集団で何かをしたり行動したりするのは行事や特別なときだけ。それ以外はお互いに詮索しないし、関与しない。そんな冷めきったクラスだった。私は一年間、自分がやりたいことだけを行っていた。それは楽しい楽しい修学旅行より質素ではあるが、充実した一年間だった。でもなぜだろう、胸の中にある寂しさ、物足りなさ、そういったマイナスな気持ちがずっと消えなかった。二年時、モヤモヤの原因がハッキリ見えてくる。一年次とは真逆の正統派熱血クラス。私は地獄の一年間をおくることになると心底がっかりした。クラス替えを行ったばかりで、誰の名前も分からない状態でのお花見には大変驚いた。でも一年時にはなかった、心の温かさを密かに感じている自分もいた。体育祭、クラス全員で放課後まで残ってリレーの練習。私のように集団で行動することを嫌う人だって絶対いたはずなのに、クラスのほとんどが残って練習をしていた。私もまた和を乱したくないという考えで参加していたのだが、クラスのほとんどが練習に出席している光景を見て、また驚いた。体育科の先生に怒られない時間帯で毎日練習をして、みんなで綺麗な夕日を見る。バカみたいな青春漫画でしか見たことないような光景がそこにはあって、くだらないと思っていた大人ぶった自分は少しずつ消えていた。体育祭当日、練習した夕日を見たあの日を思い出す。体力がつくほどの練習だっただろうか、成長するための練習だったのだろうか、と考えるより先に、全員で真剣に練習をしたという事実を私は嬉しく感じていた。体育祭は優勝できなかった。けれど、みんなで特に力をいれていたリレーは一位になることが出来た。今までの自分では考えられないくらい喜んでいたと思う。何がそこまで自分を突き動かしたのか、体育祭でみんなの涙を見るまでは分からなかった。体育祭終わりの反省会、一人一人胸の内を明かしていく。「優勝できなかった」「悔しい」「あんなに頑張ったのに」と涙を流す人たちがたくさんいた。その涙を見たときに、あぁこういう涙が待っていたから、あんなに心を動かされたのか、と一人で納得していた。一人じゃ涙も出ない。「悔しい」なんて感じない「嬉しい」なんて感じない。集団で行動した時に初めて得られる感情なんだ、と痛感した瞬間でもあった。

高校三年間、周りにもみくしゃにされながら、私は自分を変えていった。というよりかは変えられていた。好きになれなかった集団行動も、あの感情が欲しくて今ではすんなりと行えるようになった。今思えば、我が儘と思われたくないと理由をつけては逃げていたのは、逃げたい理由を無理に考えて自分を正当化しようとしていただけなのだ。他人と切磋琢磨しながら得られる素晴らしい感情がこんなにたくさんあるのに、素晴らしい時間がこんなにたくさんあるのに、自分は見て見ぬフリをしてきたのだと思うと、なんだか今までの自分が恥ずかしく思えてきた。

今私が考える「自分」という姿は、5年前には到底考えもしなかった姿だ。大好きな音楽を大好きな友達と共有し合うことが最近の趣味である。共有し合うことで自分の知らなかった世界がまた一つ広がる。そんなことに快感をおぼえているのだ。そしてこれからはもっと交流の場を広げたいとも思っている。コミュニケーションをとることを極端に嫌っていた昔の自分を忘れるのではなく、心に残して、こういう世界もあるんだと教えてあげる気持ちで大学生活をおくって行けると良いと考えている。

齊藤瑛研

一発の銃弾が螺旋を描いて、俺の胸を貫くために一直線に向かってきていやがる。どういうわけだか、俺の目にはその銃弾がゆっくりゆっくりと見えるんだ。そりゃもちろん、馬鹿みたいに速い銃弾の事だ。そんなもんがゆっくり見えるって事は、それ以外のものなんて止まって見えるさ。いや、それ以外のものって言ったところで、俺の視界に入っているのは風に吹かれて舞う落ち葉くらいなんだけどな。まあいい、今からどう足掻いたってあの銃弾は俺の胸をぶち抜いてその短い人生を終えるだろう。だからよぉ、あんたに俺のくだらねぇ人生について話してもいいかい? 俺みたいな世間に胸張って生きる事のできなかった奴でも、やっぱり死ぬって分かるとどうしても自分について語りたくなっちまうんだ。別段、面白くもねぇ話だけどよぉ、まあ眠くなっちまうような話でもねぇから、暇つぶしにでも聞いてくれよ。

まずは、なんで俺がこんな事になってんのかって事から話した方がいいよな。まともな仕事に就いて、汗水垂らして会社のために働いている奴はきっと、銃弾をぶち込まれて死んだりなんかしねぇよな。だからまあ、俺の仕事ってのはまともじゃねぇんだろうな。でもよぉ、俺は自分とそこらのサラリーマンが特別に何か違うとは思わねぇぜ。たとえばあんた、仕事は何やってんだい? へぇ、そいつはまたパッとしねぇ仕事だな。まあいい、その仕事、あんたはやりたくてやってんのかい? 子供の頃からの夢なのかい? 違うよなぁ、人生の成り行きってやつだよなぁ。いやぁ、気を悪くしないでくれ。俺もそんなもんさ。だからよぉ、俺が言いたい事は、俺も成り行きでこの仕事をやってんだって事さ。そこらのサラリーマンやあんたと変わらねぇよ。気付いたらやりたくもねぇ仕事をやってたのさ。人を殺したり銃を売ったりする仕事に思い入れなんてありゃしねぇよ。こんな俺でも、昔はちゃんと大学に行っていたんだぜ? そりゃまあ大した頭の大学じゃねぇけどよぉ。それで、学生ってのは結構金がいるもんなんだ。最初はつまんねぇ仕事ではした金をせっせと稼いでいたんだけどな、だんだん面倒くさくなってきてよぉ。そこである時、安い酒を飲んでいるとそこの酒場の店主に、小遣い稼ぎをやってみねぇかって言われたわけよ。ただ荷物を運べば、つまんねぇ肉体労働なんて馬鹿らしくなっちまう程の金が手に入るんだぜ? 貧乏学生が飛びつかねぇはずがねぇよな。まあその荷物ってのも、包装紙で厳重にぐるぐる巻きにされてっから、きっとポリ公の目に止まっちゃまずいもんだったんだろうな。割れ物注意の茶碗を運んで、大金が転がり込んでくる道理はねぇよな。

おっと、もうあんなところまできやがったか。ありゃよく見ると俺の頭をぶち抜くんじゃねぇか? まあどちらにせよ、俺が死ぬのは確実だな。えっと、どこまで話したっけな。ああ、そうだ。俺がまだ小遣い稼ぎやっているところか。あんたも長く生きて、分かっただろうけど、人間の欲ってのは底なしだよなぁ。絶対に満たされねぇんだ。俺もだんだんと、小遣い稼ぎじゃ満足できなくなってきだんだ。それを酒場の店主に言ったら、俺の手に拳銃を握らせやがったんだ。血の気の多い馬鹿な若者には、それが凄まじくかっこいいものに見えたんだ。まるで自分が映画の主人公になった気分でよぉ。そんな馬鹿にその拳銃を使わせるなんて、古狸の店主にとっちゃ造作もねぇ事だったのさ。現実は映画みたいにかっこいいもんじゃなかったが、金はしっかり手に入った。肉体労働なんておろか、荷物運びの小遣い稼ぎすら、はした金になっちまうくらいのとんでもねぇ大金さ。そっからはもう語る事なんてありゃしねぇ。一線を越えちまってからは、もう新鮮な事なんて何一つねぇ。他の奴らと一緒で、同じ事の繰り返しで構成された毎日さ。その毎日を送った結果が、今俺の目の前にある銃弾なんだろうな。

さて、もう話す事も時間ねぇな。あと少しで俺は、誰もが目を背けたくなる汚物に変わっちまう。丁寧に自己紹介をしてやったんだ。俺がどういう人間かよく分かっただろ? ほら、ここからはあんたの仕事だ。俺はどっちに行けばいいんだ? 天国か? それとも地獄か? 


2012-12-03

ゼミ雑誌「ドストエフスキー研究」24を学生に手渡す

本日は出来上がったばかりのゼミ雑誌「ドストエフスキー研究」24を学生に手渡す。一年間の成果がつまった雑誌ということでみな嬉しそうであった。

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="deco" style="color:#FF0000;font-size:large;font-weight:bold;">『清水正ドストエフスキー論全集』第六巻『「悪霊」の世界』の刊行

A五判上製608頁 定価3500円+消費税 

栞16頁には下記のエッセイが収録されています

下原敏彦……清水探偵のひらめきと想像・創造批評

山下聖美……重厚で濃密な批評世界

猫蔵……清く流るる水

穴澤勇樹……私と清水先生

五十嵐綾野……清水先生という風に吹かれて

山崎行太郎……ニコライ・スタヴローギンの帰郷

       ─清水正の『悪霊』論三部作を読む─

此経啓助……続・「世間」にとらわれない男

本屋にない場合は直接D文学研究会のメール(qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp) 宛に申込むことができます。住所、電話番号、氏名、購読希望の著書名、冊数を書いて申し込んでください。振込先のゆうちよ銀行の番号などをお知らせします。既刊の『清水正ドストエフスキー論全集』第一巻〜第六巻はすべて定価3500円(送料無料)でお送りします。なおD文学研究会発行の著作はすべてこの方法で申し込むことができます。

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京都造形芸術大学での特別講座が紹介されていますので、是非ご覧ください。

ドラえもん』の凄さがわかります。

http://www.youtube.com/watch?v=1GaA-9vEkPg&feature=plcp

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http://www.youtube.com/user/kyotozoukei?feature=watch