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清水正ブログ

2014-03-07

清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載11)

清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。


清水正『世界文学の中のドラえもん』『日野日出志を読む』は電子書籍イーブックで読むことができます。ここをクリックしてください。http://www.ebookjapan.jp/ebj/title/190266.html


ここをクリックしてください。清水正研究室http://shimi-masa.com/

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四六判並製160頁 定価1200円+税




江古田文学」82号(特集 ドストエフスキーin21世紀)に掲載した「ドストエフスキー論」自筆年譜を連載する。

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清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載11)

二〇〇九年(平成21年)60歳

◎『清水正ドストエフスキー論全集』第四巻「手塚治虫版『罪と罰』を読む」 (4月10日 D文学研究会

 ※「栞」原稿

 近藤承神子……雑誌「るうじん」のこと

 校條剛……清水宴会

 此経啓助……続・「あちら側」のドストエフスキー

 下原敏彦……伝説は終わらない

 五十嵐綾野……清水先生は熱い

 浅沼璞……山脈への覚悟

◎『手塚治虫版「罪と罰」を読む』 (★付箋文★ Д文学研究会)A5判・並製頁 非売品

 ※『清水正ドストエフスキー論全集』第四巻の私家版・限定五十部。 

○「椎名麟三ドストエフスキー──椎名麟三の読む『白痴』『悪霊』『未成年』をめぐって──」:「江古田文学」72号(12月15日 江古田文学会)

○「小林秀雄の三角関係:──〈踏み越え〉と〈悔恨の穴〉──」:「ドストエフスキー曼陀羅」3号(12月20日 日本大学芸術学部文芸学科「雑誌研究」編集室)

○「椎名麟三ドストエフスキー──椎名麟三の読む『カラマーゾフの兄弟』をめぐって──」:「ドストエフスキー曼陀羅」3号(12月20日 日本大学芸術学部文芸学科「雑誌研究」編集室)

○「村田沙也耶香の「ギンイロノウタ」を読む──『罪と罰』とも関連づけながら──」:「ドストエフスキー曼陀羅」3号(12月20日 日本大学芸術学部文芸学科「雑誌研究」編集室)

 

二〇一〇年(平成22年)61歳

○「椎名麟三ドストエフスキー──椎名麟三罪と罰』の〈読み〉に関して」:「藝文攷」15号(2月15日 日本大学大学院芸術学研究科)

○「『罪と罰』の深層構造 批評の醍醐味はテキストの解体と再構築にこそある」:「現代思想」四月臨時増刊号38巻4号(3月15日 青土社

◎『清水正ドストエフスキー論全集』第五巻「『罪と罰』論余話」 (4月30日 D文学研究会)A5判・上製三九五頁 定価三五〇〇円

 ※「第一部『罪と罰』再読──犯罪から復活へのドラマ──」「第二部『罪と罰』論余話」「第三部 ヒングリーの『ニヒリスト』をめぐって」「第四部 工藤精一郎訳『罪と罰』の二つの問題場面」「第五部 現在進行形の『罪と罰』」を収録。

 ※「栞」原稿

 山下聖美……アラカンの星☆清水正

 益田勇気……我が心の師

 五十嵐綾野……清水正寺山修司

 此経啓助……「世間」にとらわれない男

 下原敏彦……『清水正ドストエフスキー論全集』第4巻に想う

◎『現在進行形の「罪と罰」』 (6月20日 Д文学研究会)A5判・並製394頁 非売品

 ※『清水正ドストエフスキー論全集』第五巻の私家版・限定五十部。

○「〈講演〉ドストエフスキーなんかこわくない 清水正の世界で一番楽しい『罪と罰』の話」:(11月24日 まつもと市民芸術館小ホール)

二〇一一年(平成23年)62歳

◎『ウラ読みドストエフスキー』韓国語訳 (1月30日 openbooks)四六判・上製三四一頁

◎『私家本 林芙美子屋久島 (2月30日 Д文学研究会)A5判・並製一五九頁 限定五十部・非売品

 ※「『浮雲』と『罪と罰』について」所収。

東日本大震災(3月11日)

●福島第一原子力発電所事故(3月11日)

◎『林芙美子屋久島 (4月30日 D文学研究会)A5判・並製一五六頁 定価一五〇〇円

 ※Д文学研究会版『私家本 林芙美子屋久島』の新装版。内容に一部変更あり。

○「椎名麟三が『地下生活者の手記』に見たもの──〈うなり声〉こそ文学である──」:「ドストエフスキー研究」23号(12月30日 清水ゼミ) 

○「椎名麟三が『罪と罰』に発見したもの──魂の慟哭──」:「ドストエフスキー研究」23号(12月30日 清水ゼミ) 

二〇一二年(平成24年)63歳

○「ロープシンの『蒼ざめた馬』を読む──ドストエフスキー文学との関連において──」:「藝文攷」17号(2月15日 日本大学大学院芸術学研究科)

◎『世界文学の中のドラえもん (9月10日 D文学研究会)四六半・並製一六〇頁 定価一二〇〇円

 ※「〈分身〉の現出・ドストエフスキーの場合」「『カラマーゾフの兄弟』における〈父殺し〉」「ドストエフスキー文学の特質性」所収。

◎『清水正ドストエフスキー論全集』第六巻「『悪霊』の世界」 (9月30日 D文学研究会)A5判・上製六〇八頁 定価三五〇〇円

 ※『「悪霊」論──ドストエフスキーの作品世界』(一九九〇年一月・Д文学研究会。一九九〇年七月・鳥影社)『ドストエフスキー悪霊」の世界」(一九九〇年七月・Д文学研究会)『ドストエフスキー悪霊」の世界』(一九九〇九月・鳥影社)『「悪霊」の謎──ドストエフスキー文学の深層』(一九九三年八月・鳥影社)を一冊に纏めたもの。

 ※「栞」原稿

 下原敏彦……清水探偵のひらめきと想像・創造批評

 山下聖美……重厚で濃密な批評世界──人間とはいったい何なのだろうか──

 猫 蔵……清く流るる水

 穴澤勇樹……私と清水先生

 五十嵐綾野……清水先生という風に吹かれて

 山崎行太郎……ニコライ・スタヴローギンの帰郷──清水正の『悪霊』論三部作を読む──

 此経啓助……続・「世間」にとらわれない男

○「〈書評〉〈自殺〉の真相に鋭く迫る 亀山郁夫『謎とき「悪霊」』」:「東京新聞」(10月14日 東京新聞社) 

○「〈鼎談〉『悪霊』という尽きせぬ謎(亀山郁夫清水正三田誠広)」:「週間読書人」No.2968(12月7日 読書人)

○「ネジ式対談ドストエフスキー清水正vs中村文昭)」:(12月25日 日本大学芸術学部文芸学科中村研究室) 

○「思い出のドストエフスキー論──批評の過去・現在・未来──」:「ドストエフスキー研究」24号(12月30日 日本大学芸術学部文芸学科・清水正ゼミ)

2014-03-05

清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載10)

江古田文学」82号(特集 ドストエフスキーin21世紀)に掲載した「ドストエフスキー論」自筆年譜を連載する。

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清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載10)

二〇〇二年(平成14年)53歳

○「〈書評〉木下豊房『ドストエフスキー その対話的世界』」:「週刊読書人」(5月10日)

◎『土方巽を読む──母性とカオス暗黒舞踏 (7月20日 D文学研究会)A5判・上製四五七頁 限定五十部・非売品

 ※「母性とカオス暗黒舞踏──中村文昭著『舞踏の水際』を読む──」(「大野一雄の舞踏とドストエフスキー」「土方巽ドストエフスキーの人神論者たち」)所収。

◎『土方巽を読む──母性とカオス暗黒舞踏 (7月30日 鳥影社)A5判・上製四五七頁 定価二八〇〇円

 ※D文学研究会版『土方巽を読む──母性とカオス暗黒舞踏』の新装版。「あとがき」が異なる。

○「謎の女」:「Д文学通信」No.1042(10月29日 Д文学研究会)

二〇〇三年(平成15年)54歳

○「〈監修〉『〜お笑い芸人で読み解く〜ドストエフスキー罪と罰』」:「お暑いのがお好き?」(6月12日 フジテレビ

◎『つげ義春を読め』 (7月30日 鳥影社)A5判・並製六七三頁 定価四七〇〇円

 ※「第孤堯つげ義春・回想と文学」(「わが青春の一モメント──ドストエフスキーつげ義春を読んでいた頃」)所収。

◎『つげ義春を読め 限定特装バージョン』 (8月30日 鳥影社 )A5判・上製六七三頁 定価九五二四円

 ※『つげ義春を読め』の限定一〇一部特装版。付録に栞「清水正を読め」

◎『志賀直哉ドストエフスキー(9月30日 鳥影社)A5判・上製二五四頁 定価四二〇〇円

 ※「序章 志賀直哉を読め」「犠蓮暗夜行路』を読む──〈罪〉と〈罰〉の不在」「蕎蓮志賀直哉ドストエフスキー──三木利英『志賀直哉大山』を読んで──」「珪蓮―晶腓粉霪朕徒・志賀直哉の非キリスト教的世界──中村光夫志賀直哉』所収「内村鑑三」を読んで──」「絃蓮愨った頭』を読む」「江蓮愨った頭』と『罪と罰』──津田とラスコーリニコフの犯罪──」「詐蓮大津順吉』を読む」「讃蓮悵燭訝法其姉の死』を読む」を収録。

○「〈講演〉志賀直哉ドストエフスキー」:(10月10日 白樺文学館)

○「アントンチェーホフを読む(連載8)チェーホフの『かわいい女』を読む(1)──ドストエフスキー文学との関連において──」:「Д文学通信」No.1063(11月30日 Д文学研究会)

 ※「ドストエフスキーの描く女性たち──『罪と罰』のカチェリーナ、ソーニャ──」「『罪と罰』を振り返る──長編少女マンガにも、俳句にも見える──」所収。

○「アントンチェーホフを読む(連載9)チェーホフの『かわいい女』を読む(2)──ドストエフスキー文学との関連において──」:「Д文学通信」No.1064(12月1日 Д文学研究会)

 ※「穏やかな波間に浮かぶ空き瓶の実存──ドストエフスキーからチェーホフへ──」所収。

○「アントンチェーホフを読む(連載10)チェーホフの『かわいい女』を読む(3)──ドストエフスキー文学との関連において──」:「Д文学通信」No.1065(12月2日 Д文学研究会)

 ※「〈かわいい女〉と烈しい女──ナスターシャ・フィリッポヴナ、アンナ・カレーニナとの比較において──」「〈かわいい女〉と不幸なクーキン──ドストエフスキーの『弱い心』との関連において──」所収。

○「アントンチェーホフを読む(連載11)チェーホフの『かわいい女』を読む(4)──ドストエフスキー文学との関連において──」:「Д文学通信」No.1066(12月3日 Д文学研究会)

○「アントンチェーホフを読む(連載12)チェーホフの『かわいい女』を読む(5)──ドストエフスキー文学との関連において──」:「Д文学通信」No.1067(12月4日 Д文学研究会)

○「アントンチェーホフを読む(連載13)チェーホフの『かわいい女』を読む(6)──ドストエフスキー文学との関連において──」:「Д文学通信」No.1068(11月30日 Д文学研究会)

○「アントンチェーホフを読む(連載14)チェーホフの『かわいい女』を読む(7)──ドストエフスキー文学との関連において──」:「Д文学通信」No.1069(12月6日 Д文学研究会)

二〇〇四年(平成16年)55歳

◎『チェーホフを読め──空虚な実存の孤独と倦怠──』 (4月8日 鳥影社)四六判・上製四五五頁 定価三六〇〇円

 ※「『かわいい女』を読む──ドストエフスキー文学との関連において──」(「ドストエフスキーの描く女性たち──『罪と罰』のカチェリーナ、ソーニャ──」「『罪と罰』を振り返る──長編少女マンガにも、俳句にも見える──」「穏やかな波間に浮かぶ空き瓶の実存──ドストエフスキーからチェーホフへ──」「〈かわいい女〉と烈しい女──ナスターシャ・フィリッポヴナ、アンナ・カレーニナとの比較において──「〈かわいい女〉と不幸なクーキン──ドストエフスキーの『弱い心』との関連において──」)「『六号室』を読む──ドストエフスキー文学との関連において──」(「『六号室』と『分身』の出だしの場面に見る相違点」「グローモフの過去──チェーホフラスコーリニコフ──」「グローモフの〈不本意な罪〉──『分身』のゴリャートキン氏との関連において──」「六号室の〈日常〉と描かれざる〈大騒ぎ〉──ドストエフスキーチェーホフの語り手の性格の相違点──」「〈友情〉厚きミハイルとの旅──ドストエフスキーの『弱い心』との関連において──」)「『退屈な話』を読む」(「老教授の名前はニコライ・ステパーノヴィチ──『悪霊』との関連において──」)所収。

◎『遠藤周作の「沈黙」を読む』 (8月30日 Д文学研究会)A5判・並製二一一頁 限定五十部 非売品

 ※「四 ドストエフスキーの人神論者たちとロドリゴ」「二五 憐憫は情慾と同じ一種の本能──『白痴』との関連において──」所収。

◎『遠藤周作とドストエフスキ──ー『沈黙』と『真昼の悪魔』を読む──』 (9月30日 D文学研究会)A5判・上製340頁 定価三二〇〇円

 ※Д文学研究会版『遠藤周作の「沈黙」を読む』に「遠藤周作の『真昼の悪魔』を読む」「あとがきに代えて」を増補。

 ※「遠藤周作の『真昼の悪魔』を読む」(「三 遠藤周作はどこまでドストエフスキーに迫ることができるのか」「五 〈人を殺す〉のは悪か──『罪と罰』のラスコーリニコフとの関連において──」「六 〈二十日鼠〉殺しの実験──『悪霊』のニコライ・スタヴローギンとの関連において──」「八 ステパンとニコライ・スタヴローギンの関係」「九 女医とニコライ・スタヴローギンの相違点──『真昼の悪魔』の物足りなさ──」「一二 女医と『罪と罰』──女医の浅薄な『罪と罰』解釈──」「十三 女医と老神父の対話──ニコライ・スタヴローギンとチーホン僧正の対話のなぞり──」「女医の〈悪魔〉とニコライ・スタヴローギンの〈幻覚〉──両者の決定的な相違点──」)「あとがきに代えて」(遠藤周作ドストエフスキー」「憧れのドストエフスキー」「『おバカさん』と『白痴』」)所収。

二〇〇五年(平成17年)56歳

◎『暗黒舞踏論』 (3月21日 鳥影社)A5判・並製三九四頁 写真一〇三頁 定価三八〇〇円

 ※鳥影社版『土方巽を読む──母性とカオス暗黒舞踏』(二〇〇二年)の増補改訂新装版。

○「萩原朔太郎ドストエフスキー──朔太郎が読んだドストエフスキーの本」:「江古田文学」25号(7月25日 江古田文学会)

◎『三島由紀夫文学と事件──予言書「仮面の告白」を読む──』 (9月10日 D文学研究会)A5判・上製391頁 定価三二〇〇円

※「美──『仮面の告白』と『カラマーゾフの兄弟』──」「自意識過剰の拱手傍観者と自己演出家──ドストエフスキーの地下男かと三島由紀夫──」所収。

○「〈講演〉ドストエフスキーの『罪と罰』の魅力を語る」(9月24日 柏・京北会館ホール)

 ※東葛飾自遊人楽校主催の講演会「清水正 芸術を語る」第三回目

◎『三島由紀夫文学と事件──予言書「仮面の告白」を読む──』 (9月30日 Д文学研究会)A5判・並製三九〇頁 限定三十部・非売品

 ※D文学研究会版『三島由紀夫文学と事件──予言書「仮面の告白」を読む──』の新装・私家版

○「〈講演〉ドストエフスキーの魅力『影響を受けた日本の作家』」(10月29日 柏・京北会館ホール)

 ※東葛飾自遊人楽校主催の講演会「清水正 芸術を語る」第四回目

二〇〇六年(平成18年)57歳

○「三島由紀夫が読んだドストエフスキー」:「江古田文学」61号(2月25日 江古田文学会)

◎『ウラ読みドストエフスキー (6月8日 清流出版四六判・並製四〇九頁 定価二六〇〇円

 ※『ドストエフスキーの暗号』(一九九四年)の増補改訂版。「第四章 ドストエフスキー〈言葉に隠された謎〉」を増補。

○「〈対談〉 チェーホフの現在(清水正・工藤正廣)」:「江古田文学」62号(7月31日 江古田文学会)

○「〈座談会〉ドストエフスキー派から見たチェーホフ清水正・下原敏彦・下原康子・横尾和博)」:「江古田文学」62号(7月31日 江古田文学会)

○「この陰鬱な曇り空は永遠に晴れない──チェーホフ戯曲『イワーノフ』を読む──」:「江古田文学」62号(7月31日 江古田文学会)

○「〈書評〉作家をキリスト月のとして把握──はたして愛と信仰だけで成立しているのか── セルゲイ・フーデリ著、糸川紘一訳『ドストエフスキーの遺産』」:「週間読書人」No.2656(9月29日 読書人)

◎『童話集「注文の多い料理店」を読む』 (12月10日 Д文学研究会)A5判・上製六九一頁 限定五十部・私家版 非売品

 ※「『注文の多い料理店』を読む」(「「紙くづ顔」の紳士とルージン」「紙くづ顔と虚無とジャーナリズム」)所収。

◎『萩原朔太郎ドストエフスキー体験』 (12月10日 Д文学研究会)A5判・並製三九八頁 限定五十部・私家版 非売品

 ※「萩原朔太郎とドストエフスキ──ー朔太郎が読んだドストエフスキーの本(テキスト)」「書簡に見る萩原朔太郎ドストエフスキー」「わがドストエフスキー体験を語る──埴谷雄高の「ドストエフスキーの摂取」を読みながら──」を収録。

  ●サッダーム・フセインの死刑執行(12月30日)

二〇〇七年(平成19年)58歳

◎『清水正宮沢賢治論全集』第一巻「童話集『注文の多い料理店』を読む」(1月30日 D文学研究会)A5判・上製六八七頁 定価三五〇〇円

 ※Д文学研究会版『童話集「注文の多い料理店」を読む』の新装版。

◎『清水正ドストエフスキー論全集』第一巻「萩原朔太郎ドストエフスキー体験」 (3月20日 D文学研究会)A5判・上製三九三頁 定価三五〇〇円

 ※Д文学研究会版『萩原朔太郎ドストエフスキー体験』の新装版。

 ※「栞」原稿

 下原敏彦……『清水正ドストエフスキー論全集』と私

 横尾和博……清水正との出会い

 小菅未奈……『ウラ読みドストエフスキー』を読んで

 清水正……『ドストエフスキー論全集』刊行に際して

◎『ケンジ・コードの神秘』 (6月14日 清流出版四六判・並製二五九頁 定価一八〇〇円

 ※「序章 なぜ、今、宮沢賢治なのか?」(「『銀河鉄道の夜』と『カラマーゾフの兄弟』──テキスト深層に隠されたドラマ──」)所収。

○「座談会 団塊世代が読むドストエフスキー清水正・下原敏彦・下原康子・横尾和博)」:「江古田文学」66号(11月30日 江古田文学会)

○「対談 現在進行形のドストエフスキー清水正山崎行太郎)」:「江古田文学」66号(11月30日 江古田文学会)

二〇〇八年(平成20年)59歳

○「〈対談〉現在進行形のドストエフスキー(続)」:「ドストエフスキー曼荼羅」(1月20日 日本大学芸術学部文芸学科「雑誌研究」編集室)

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む」:「ドストエフスキー曼荼羅」(1月20日 日本大学芸術学部文芸学科「雑誌研究」編集室)

○「手塚治虫版『罪と罰』の最終場面を読む」:「ドストエフスキー曼荼羅」(1月20日 日本大学芸術学部文芸学科「雑誌研究」編集室)

◎『ドストエフスキー曼陀羅・別冊 鼎談ドストエフスキー (1月20日 日本大学芸術学部文芸学科「雑誌研究」編集室)A5判・並製九九頁 非売品

 ※「鼎談 ドストエフスキーのり現在(江川卓・小沼文彦・清水正)」(「江古田文学」12号:一九八七年5月の再録)「ロシア文学者・小沼文彦氏との三十年」(「Д文学通信」No.554:一九九八年12月16日の再録)「幻の雑誌「露西亞文學研究」(「Д文学通信」No.561号:一九九八年12月25日の再録)所収。

米川正夫訳『青年』をめぐって」

○「学生と読むドストエフスキーの『罪と罰』」:「ドストエフスキー曼陀羅」(1月20日 日本大学芸術学部文芸学科「雑誌研究」編集室)

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載1):「Д文学通信」No.1154(4月1日 Д文学研究会)

 ※「手塚治虫は天才なのか」「なぜ『罪と罰』を子ども向けに漫画化する必要があるのか?!」「なぜ英語表記「CRIME AND PUNISHMENT」なのか?!」「手塚治虫が読んだ『罪と罰』のテキストと月報」「手塚治虫版が描いたドストエフスキー肖像画」「ロシア語表記のタイトル」所収。

○「〈講演〉『涙と笑いの名作劇場』第一回 ドストエフスキ──ー人間の心の中は神と悪魔の戦場だ」(4月4日 北千住読売日本テレビ文化センター)

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載2):「Д文学通信」No.1155(4月5日 Д文学研究会)

 ※「手塚治虫版『罪と罰』世界への参入」(「鳥の眼で描かれたペテルブルク」「猫の眼でとらえられたペテルブルク」「『罪と罰』の主人公」「ラスコルニコフの帽子と服装」「老婆宅までの道程」「漫画の描き方──〈省略〉〈誇張〉〈変化〉」「原作と漫画の老婆アリョーナ」「主人公の部屋」「主人公の理論」「斧──犯行の道具」「手が四本指の主人公たち」「老婆宅に到る階段と踊り場」「二人のペンキ職人」「斧を持った〈少年〉ラスコルニコフ」)所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載3):「Д文学通信」No.1156(4月10日 Д文学研究会)

 ※「老婆宅を訪れる原作ラスコーリニコフ」「ペンキ職人の仕事場」「原作ラスコーリニコフの犯行現場」「省略されたラスコーリニコフの二つの犯行」「犯行後のラスコルニコフの逃亡」「冤罪で逮捕されるニコライ」「原作ラスコーリニコフの犯行後の逃亡」「手塚治虫の〈省略〉の横暴」「原作『罪と罰』における時計時間」「国家権力と一庶民」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載4):「Д文学通信」No.1157(4月15日 Д文学研究会)

 ※「原作におけるミコライ逮捕劇」「酔漢マルメラードフの登場」「ポルフィーリイ判事の登場──〈犯罪に関する論文〉をめぐって──」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載5):「Д文学通信」No.1158(4月17日 Д文学研究会)

 ※「屋根裏部屋に戻ったラスコルニコフ」「母親の手紙──原作と漫画の決定的な違い──」「犯行の翌日──漫画と原作の相違点──」「突然の訪問者」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載6):「Д文学通信」No.1159(4月20日 Д文学研究会)

 ※「原作に秘められた男と女の性的関係」「ラスコルニコフとポルフィーリイの対決場面」「手塚治虫が〈省略〉した信仰の問題──原作ラスコーリニコフポルフィーリイの対決──」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載7):「Д文学通信」No.1160(4月22日 Д文学研究会)

 ※「手塚治虫が〈省略〉した信仰の問題(続き)──原作ラスコーリニコフポルフィーリイの対決」「原作ラズミーヒンの鋭い指摘」「ラスコーリニコフの〈無罪〉を信ずるラズミーヒン」「漫画版〈手紙〉の改ざん」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載8):「Д文学通信」No.1161(4月25日 Д文学研究会)

※「ラスコーリニコフとザメートフの対決──原作と漫画を照合しながら──」「「人間は卑劣な存在だ」──しかし、もしそうでないとすれば──」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載9):「Д文学通信」No.1162(4月30日 Д文学研究会)

※「ラスコルニコフとマルメラードフの出会い」「やせ馬殺しとマルメラードフの死」「原作ラスコーリニコフの見た恐ろしい夢」「マルメラードフの臨終──マルメラードフ一家が抱え込んでいた闇──」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載10):「Д文学通信」No.1164(5月15日 Д文学研究会)

 ※「原作カチェリーナの肖像」「ソーニャの〈踏み越え〉に隠されたドラマ」「ソーニャ登場の場面」「『罪と罰』最大のテーマ──〈復活〉という〈踏み越え〉」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載11):「Д文学通信」No.1165(5月17日 Д文学研究会)

※漫画ラスコルニコフとルージンの出会い──打算で成立した婚約と、その破綻のドラマ──」「ルージンの悪イメージの源泉──プリヘーリヤの手紙の特質性──」「神を信ずるテロリスト」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載12):「Д文学通信」No.1166(5月20日 Д文学研究会)

※「原作ラスコーリニコフとルージンの出会い」「ルージンという存在──〈損得勘定〉と〈魂〉──」「ラスコーリニコフとルージンの対話」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載13):「Д文学通信」No.1167(5月22日 Д文学研究会)

※「ルージンの肖像」「原作に見るルージンとラスコーリニコフの決裂場面」「三年ぶりの再会──母と息子の間に潜む深淵──」「ルージンからの手紙」「想像力の欠如」「リザヴェータ殺しの神秘」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載14):「Д文学通信」No.1168(5月23日 Д文学研究会)

※「ソーニャの登場」「ルージンとの対決」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載15):「Д文学通信」No.1169(5月25日 Д文学研究会)

※「ルージンの卑劣」「ハチャメチャな通夜の場面──グロテスクなカーニバル空間──」「ルージンの仕掛けた冤罪事件」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載16):「Д文学通信」No.1170(5月27日 Д文学研究会)

※「バフチンカーニバル理論をめぐって」「カチェリーナの特異な性格」「『罪と罰』の読み直し」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載17):「Д文学通信」No.1171(5月29日 Д文学研究会)

※「カチェリーナとリッペヴェフゼリ婦人の激しい口喧嘩──手塚治虫のニヒリズム──」「スキャンダラスな冤罪事件をめぐって──卑劣漢はルージンだけなのか──」「『罪と罰』の少女漫画的な設定──ドストエフスキー文学における大いなる母性の欠如──」「スヴィドリガイロフを省略した手塚治虫」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載18):「Д文学通信」No.1172(5月30日 Д文学研究会)

※「手塚版法事後のラスコルニコフとソーニャ」「原作ソーニャの部屋とラスコーリニコフの眼差し」「『罪と罰』のテーマ」「娼婦ソーニャの実態」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載19):「Д文学通信」No.1173(6月5日 Д文学研究会)

※「ソーニャとカチェリーナの微妙な関係」「ソーニャの追い詰められた現実」「人類のすべての苦悩の前にひざまずくづく〈悪魔〉」666」「〈罪の女〉ソーニャの〈三つの道〉」「〈ユロージヴァヤ〉ソーニャ」「ソーニャの部屋にあったロシア語訳新訳聖書」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載201):「Д文学通信」No.1174(6月7日 Д文学研究会)

※「「ラザロの復活」はどこ?」「〈ラザロの復活〉を朗読するソーニャ──ソーニャの信仰告白──」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載21):「Д文学通信」No.1175(6月10日 Д文学研究会)

※「ラザロの〈復活〉をめぐって」「〈ラザロの復活〉の朗読後──呪われた者同士の行く末──」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載22):「Д文学通信」No.1176(6月12日 Д文学研究会)

※「立ち聞きしていたスヴィドリガイロフ」「手塚漫画における〈省略の功罪」「手塚版ラスコルニコフとポルフィーリイの対決場面」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載23):「Д文学通信」No.1177(6月15日 Д文学研究会)

※「原作に見るラスコーリニコフポルフィーリイの対決場面」「原作に見るポルフィーリイの饒舌」「手塚治虫の〈省略〉」「ポルフィーリイの言葉の性格」「ポルフィーリイとわたし」「〈紙巻煙草〉と〈パイプ〉」「ポルフィーリイは〈おかま〉か?!」「ポルフィーリイのニコライ分析」「事件の核心に迫るポルフィーリイ」「ポルフィーリイの謎のような言葉」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載24):「Д文学通信」No.1178(6月18日 Д文学研究会)

※「ラスコーリニコフにおける〈魔の偶然〉──リザヴェータ殺しの象徴的意味──」「ラスコーリニコフがしなければならない〈偉大な事〉」「神は殺人者に〈生〉(жизньを用意した」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載25):「Д文学通信」No.1179(6月20日 Д文学研究会)

※「〈太陽〉(ロジオン)による〈太陽〉(リザヴェータ)殺しの秘儀」「二つの尻尾を振ってみせる〈誠実な人間〉」「ラスコーリニコフの〈言明〉──〈告白〉(испаведание)ではなく〈言明〉(объявление)──」「ソーニャが直観する相手の〈苦しみ〉──〈直観〉と〈解釈〉の問題──」「ラスコーリニコフの〈言明〉の場面──〈だれ〉がリザヴェータを殺したのか──」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載26):「Д文学通信」No.1180(6月22日 Д文学研究会)

※「〈肉体〉を封印されたソーニャ」「〈ぼく〉と〈その男〉の分身関係──〈偶然の魔〉の唆しに乗った〈その男〉──」「〈殺人〉と〈告白〉の瞬間──ラスコーリニコフの苦悩を抱きとめるソーニャ──」「真の革命家ならソーニャを殺さなければならない──中途半端な青年ラスコーリニコフ──」「ソーニャは〈不幸な男〉に〈人殺しの声〉を聞く」「〈殺人〉の説明──犯行の〈謎〉を解こうとして〈おしゃべり〉に終始する──」「ラスコーリニコフの〈踏み越え〉(殺人)の第一原因は母プリヘーリヤにある」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載27):「Д文学通信」No.1179(6月25日 Д文学研究会)

※「忘却しがちなリザヴェータ殺し──老婆アリョーナは〈しらみ〉なのか、そうでないのか──」「〈出まかせ〉と〈原因探し〉」「犯罪と環境問題」「神によって悪魔に渡された〈神の冒涜者〉」「「ぼくはただ殺したんだ──〈おしゃべり〉から〈踏み越え〉へと──」「〈悪魔〉に唆された犯罪者が、ソーニャに指示を仰ぐ」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載28):「Д文学通信」No.1182(6月27日 Д文学研究会)

※「闘い続けようとすラスコーリニコフ」「〈嵐〉(буря)の後の二人──〈不幸な男〉と〈不幸な女〉のつながり──」「一緒に十字架を背負う」「ラスコーリニコフの大地への接吻──ラスコーリニコフにおいては、或る決定的なできごとは突然襲ってくる──」「〈ひとつの幻〉(Одио видение)をめぐって──二人の謎の人物(スヴィドリガイロフとポルフィーリイ)との関連において──」所収。

○「手塚治虫版『罪と罰』を読む(連載29):「Д文学通信」No.1183(6月28日 Д文学研究会)

※「罪意識のない犯罪者の〈心底からの悔悟〉と〈復活の曙光〉」「〈突然〉現れた〈ソーニャ」──「ふたりを復活させたのは愛だった」──」「〈思弁〉の代わりに〈生活〉が到来したと語られる〈いまの彼〉──〈新しい物語〉はついに書かれなかった──」「ラスコーリニコフの頭をかすめた〈ただ一つの考え〉──ソーニャの信念を自分の信念とする──」「変換可能な〈思弁〉と〈生活〉──五カペイカ並の分別や知性の大切さ──」「ラスコーリニコフに突然襲いかかる〈或る何ものか〉──」所収。

◎『清水正ドストエフスキー論全集』第二巻「停止した分裂者の覚書」 (5月30日 D文学研究会)A5判・上製三七五頁 定価三五〇〇円

 ※「停止した分裂者の覚書」「テキストの解読と再構築──志ん生落語『もう半分』とマルメラードフの「告白」をめぐって」「『ドストエフスキー体験』を書いていた頃」「執筆と校正の苦楽──『清水正ドストエフスキー論全集』第二巻を刊行するにあたって──」所収。

 ※「栞」原稿

 横尾和博……強烈な武器、「ドストエフスキー体験」

 此経啓助……「全集」とアイディンティティ

 下原康子……清水正のカリスマ

 塩原淳一郎……清水正カラマーゾフだ!

 浅沼璞……ドストエフスキー西鶴──清水正コンテクストにそって──

 清水正……爆発で誕生する清水批評

◎『停止した分裂者の覚書──ドストエフスキー体験──』 (7月10日 Д文学研究会)A5判・並製三七五頁 限定五十部 非売品

 ※『清水正ドストエフスキー論全集』第二巻の私家版・限定五十部。

◎『清水正ドストエフスキー論全集』第三巻「ドストエフスキー罪と罰』の世界」 (9月20日 D文学研究会)A5判・上製535頁 定価三五〇〇円

 ※創林社版・鳥影社版『ドストエフスキー罪と罰」の世界』の新装版。

 ※「栞」原稿

 横尾和博……脇役もまた人間である

 山下聖美……私の師匠

 此経啓助……「あちら側」のドストエフスキー

 牛田あや美……越境する清水正、あるいは普遍的なる清水正

 山崎行太郎……ドストエフスキー的なるものの現象学

 清水正……『ドストエフスキー罪と罰」の世界』全集版刊行に寄せて

◎『ドストエフスキー罪と罰」の世界』 (10月10日 Д文学研究会)A5判・並製五二八頁 限定五十部・非売品

 ※『清水正ドストエフスキー論全集』第三巻の新装・私家版。 

○「工藤精一郎訳『罪と罰』(新潮文庫)の二つの問題場面」:「ドストエフスキー曼陀羅」2号(11月20日 日本大学芸術学部文芸学科「雑誌研究」編集室)

2014-03-04

清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載9)

江古田文学」82号(特集 ドストエフスキーin21世紀)に掲載した「ドストエフスキー論」自筆年譜を連載する。

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清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載9)

一九九八年(平成10年)49歳

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第一回)」 :「江古田文学」34号(1月25日 江古田文学会)

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第二回)」 :「江古田文学」35号(3月31日 江古田文学会)

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第三回)」 :「江古田文学」36号(6月30日 江古田文学会)

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第四回)」 :「江古田文学」37号(10月25日 江古田文学会)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載1)」 :「Д文学通信」No.520(11月1日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載2)」 :「Д文学通信」No.521(11月2日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載3)」 :「Д文学通信」No.522(11月3日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載4)」 :「Д文学通信」No.523(11月4日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載5)」 :「Д文学通信」No.524(11月5日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載6)」 :「Д文学通信」No.525(11月6日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載7)」 :「Д文学通信」No.526(11月7日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載8)」 :「Д文学通信」No.527(11月8日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載9)」 :「Д文学通信」No.528(11月9日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載10)」 :「Д文学通信」No.529(11月10日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載11)」 :「Д文学通信」No.530(11月11日)

○「『歎異抄』第三章を読む──ドストエフスキーの諸作品と関連づけて──(連載12)」 :「Д文学通信」No.531(11月12日)

○「ロシア文学者・小沼文彦氏との三十年」 :「Д文学通信」No.554(12月16日)

○「〈幻の雑誌〉と〈幻の本〉をめぐって──文献収集家としての小沼文彦氏の或る一面──」 :「Д文学通信」No.561(12月25日 Д文学研究会)

一九九九年(平成11年)50歳

○“幻の本”『青年』後編 邦語訳ドストエフスキー全集をめぐって :「Д文学通信」No.563(1月7日 Д文学研究会)

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第五回)」 :「江古田文学」38号(2月15日 江古田文学会)

○「〈追悼〉小沼文彦氏の思い出」 :「ドストエーフスキイ広場」8号(3月30日 ドストエーフスキイの会)

○「ドストエフスキー :「国文学解釈と鑑賞」別冊〈坂口安吾と日本文化〉(9月20日 至文堂)

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第六回)」 :「江古田文学」41号(10月15日 江古田文学会)

○「ロシア文学者・小沼文彦氏との三十年」 :「江古田文学」41号(10月15日 江古田文学会)

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第七回)」 :「江古田文学」42号(11月30日 江古田文学会)

○「幻の雑誌「露西亞文學研究」と米川正夫訳『青年』をめぐって──文献収集家としての小沼文彦氏の或る一面──」 :「江古田文学」42号(11月30日 江古田文学会)

◎『浦沢直樹の[モンスター]を読む』 (12月25日 日本大学芸術学部文芸学科)A5判・並製二四三頁 非売品

 ※編著「浦沢直樹『モンスター』を読む」(「ルンゲ警部とポルフィーリイ予審判事」「ドストエフスキーの『悪霊』と『モンスター』──ヨハンとピョートル・ヴェルホヴェーンスキ──ー」)所収。

◎『清水正が読む 浦沢直樹[モンスター]』 (12月30日 D文学研究会)A5判・並製一四二頁 定価一二〇〇円

 ※編著『浦沢直樹の[モンスター]を読む』所収の再録。

二〇〇〇年(平成12年)51歳

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第八回)」 :「江古田文学」43号(4月27日 江古田文学会)

○「〈書評〉有機的に結合させたつ作家の生涯と作品 コンスタンチン・モチューリスキー『評伝ドストエフスキー』」 :「東京新聞」(5月28日 東京新聞社)

○「劇団・昴 『罪と罰』を観る :「Д文学通信」No.864(6月29日 Д文学研究会)

○「〈ドストエーフスキイ情報〉有機的に結合させたつ作家の生涯と作品 コンスタンチン・モチューリスキー『評伝ドストエフスキー』」 :「ドストエーフスキイの全作品を読む会・ミニ通信」No.61(6月1日)

 ※「東京新聞」再録

○「マルメラードフの「告白」をめぐって──テキストの解読と再構築(連載1)」 :「Д文学通信」No.977(10月22日 Д文学研究会)

○「マルメラードフの「告白」をめぐって──テキストの解読と再構築(連載2)」 :「Д文学通信」No.978(10月23日 Д文学研究会)

○「マルメラードフの「告白」をめぐって──テキストの解読と再構築(連載3)」 :「Д文学通信」No.979(10月24日 Д文学研究会)

○「マルメラードフの「告白」をめぐって──テキストの解読と再構築(連載4)」 :「Д文学通信」No.980(10月25日 Д文学研究会)

○「マルメラードフの「告白」をめぐって──テキストの解読と再構築(連載5)」 :「Д文学通信」No.981(10月26日 Д文学研究会)

○「マルメラードフの「告白」をめぐって──テキストの解読と再構築(連載6)」 :「Д文学通信」No.982(10月27日 Д文学研究会)

○「マルメラードフの「告白」をめぐって──テキストの解読と再構築(連載7)」 :「Д文学通信」No.983(10月28日 Д文学研究会)

○「マルメラードフとキリスト幻想(連載1)」 :「Д文学通信」No.984(10月29日 Д文学研究会)

○「マルメラードフとキリスト幻想(連載2)」 :「Д文学通信」No.985(10月30日 Д文学研究会)

○「マルメラードフとキリスト幻想(連載3)」 :「Д文学通信」No.986(10月31日 Д文学研究会)

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第九回)」 :「江古田文学」45号(10月31日 江古田文学会)

○「マルメラードフとキリスト幻想(連載4)」 :「Д文学通信」No.987(11月1日 Д文学研究会)

○「マルメラードフとキリスト幻想(連載5)」 :「Д文学通信」No.988(11月2日 Д文学研究会)

○「自著をたどって振り返るドストエフスキー体験──二〇世紀末に思い出すことなど、とりとめもなく──」 :「ドストエフスキー研究」18号(12月25日 日本大学芸術学部文芸学科・清水正ゼミ)

○「二〇世紀末に振り返る清水正ドストエフスキー・ゼミ〉の軌跡」 :「ドストエフスキー研究」18号(12月25日 日本大学芸術学部文芸学科・清水正ゼミ)

二〇〇一年(平成13年)52歳

○「テキストの解読と再構築──志ん生落語『もう半分』とマルメラードフの「告白」をめぐって──」 「キリツボ」6号(2月15日 日本大学大学院芸術学研究科)

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第十回)」 江古田文学」46号(2月28日 江古田文学会)

◎『ドストエフスキー宮沢賢治 (5月15日 D文学研究会)A5判・上製三一〇頁 定価二〇〇〇円

 ※編著。「自著をたどって振り返るドストエフスキー体験──二〇世紀末に思い出すこと、とりとめもなく」「二〇世紀末に振り返る清水正ドストエフスキー・ゼミの軌跡」「テキストの解読と再構築──志ん生落語『もう半分』とマルメラードフの「告白」をめぐって──」を収録。

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第十一回)」 江古田文学」47号(7月25日 江古田文学会)

  ●アメリカ同時多発テロ事件(9月11日)

○「『カラマーゾフの兄弟』を読む(第十二回)」 江古田文学」48号(10月20日 江古田文学会)

◎『今村昌平を読む──母性とカオス美学 (11月8日 鳥影社)A5判・上製五五九頁 定価三二〇〇円

 ※「『赤い殺意』を読む」(「ルージンを救う母性」)所収。

◎『宮崎駿を読む──母性とカオスのファンタジー──』 (12月10日 鳥影社)四六判・並製二五〇頁 定価一二〇〇円

 ※「『となりのトトロ』の授業をめぐって──大学教育・学生の反応・宮沢賢治ドストエフスキーなどをめぐって──」所収。

2014-03-03

清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載8)

江古田文学」82号(特集 ドストエフスキーin21世紀)に掲載した「ドストエフスキー論」自筆年譜を連載する。

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清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載8)

一九九四年(平成6年)45歳

◎『ドストエフスキーの暗号』 (4月25日 日本文芸社四六判・並製二五五頁 定価一三〇〇円

 ※「序章 なぜ、今、ドストエフスキーか?」「第一章 ドストエフスキー〈数字に隠された暗号〉」「第二章 ドストエフスキー社会主義批判の暗号〉」「第三章 ドストエフスキー〈思想に隠された暗号〉」所収。

【本書には一九九四年三月三日に執筆したもう一つの〈あとがき〉がある。「Д文学通信」二八七号に掲載したものを次にそのまま引用しておこう。

《わたしは本書の序章において「ドストエフスキーを読まずして人類の現在と未来を語るなかれ」と書いた。何を大げさな、と思った方もあるかもしれない。しかしどう思われようと、このことはわたしのいつわらざる気持ちであるのだから仕方がない。ドストエフスキーが死んだのが一八八一年であるから、今年で実に百十三年も経ったことになる。が、ドストエフスキー文学は一向に色褪せない。それどころかますます輝きを増している。作品世界に秘められた謎も、死後百年を経てようやく明るみに出てきつつある。

 わたしがはじめてドストエフスキーに触れたのは危険な年頃一七歳で、それから今日まで二十八年間にわたってドストエフスキーを読みつづけている。ドストエフスキ|論をはじめて書いたのは一九歳の時『白痴』についてであった。それから今日までおよそ七〇〇〇 枚のドストエフスキー論を書き継いできたが、依然としてドストエフスキーはその全貌を見せることはない。

 一九八六年に一〇〇〇 枚の『罪と罰』論を上梓して以来、わたしの作品批評は量的に膨大なものになった。『悪霊』論にいたっては、全三部作で一七〇〇枚を超えるものとなった。

 一九八九年に『宮沢賢治ドストエフスキー 』を書いて以来、わたしはもっぱら賢治の童話について書きすすめ、結果としてドストエフスキー論はしばらくやすむことになった。いずれ『カラマーゾフの兄弟』に関して徹底的なアプローチをしようと思っているが、ここ五、六年は充電期間と考えていたのである。

 世間でどれくらいの人たちがドストエフスキーを読んでいるか知らないが、わたしは日大芸術学部の文芸学科のゼミで、十余年間にわたって学生たちとドストエフスキーを読み続けてきた。その成果は年度たびに刊行するゼミ雑誌「ドストエフスキー研究」に結実している。が、序章でも触れたように、一九九一年、ユネスコが「ドストエフスキーの年」と定めた年においてすら、日本の文芸ジャーナリズムはドストエフスキーのドの字もとりあげることはなかった。中国天安門事件、東西ベルリンの壁の崩壊、ルーマニア独裁者チャウシェスクの処刑、イラククウェート侵攻に始まる湾岸戦争、ソ連邦の解体、民族紛争の勃発──と近年の国際情勢はとにかくめまぐるしく移り変わり、血なまぐさい事件に満ちている。まさに世界はドストエフスキー的諸問題に充満しているというのに、わが日本では、やれカラオケだ、ディスコだ、コンパだなどと、老いも若きも能天気に浮かれっぱなしである。こんなことでいいのか。いいわけはない。

 ドストエフスキーは人間の神秘を解き明かすべく小説を書き続けた作家であるが、この世に人間として生まれて来た以上は、だれもが一度はドストエフスキーの作品を読むべきである。べきなどというと、押し付けがましい感じがして拒否感を抱くかもしれないが、もうそんなことにはいちいち気を止めず、とにかくだまされたつもりで読んだらいい。そうすれば、百年以上も前に、人間と神との問題を徹底的に見つめ、描き出した一人の作家が存在したことに烈しい感動を覚えるだろう。本書は、ドストエフスキー の現代性、ドストエフスキーの預言性、ドストエフスキー文学の奥の深さを強調するために、かつて刊行した拙著の中から、特にインパクトの強い箇所をピックアップし、それを読者にわかりやすく、しかも刺激的になるよう配慮して、書き直し、書き足して再構築をはかった。

 本書を一読していただければわかるように、ここでとりあげたのは主に『罪と罰』と『悪霊』であり、しかもごく限られた主要人物に限定してある。が、本書にはわたしのドストエフスキー論のエキスがたっぷりいれこんである。読みようによっては充分に堪能していただけるのではないかと思っている。

 ドス卜エフスキーが作品の中に埋め込んだ謎は深く、発表されてから百年以上たつというのに、謎自体が発見されてこなかったと言っても過言ではない。

 ここでは本文で触れなかったことを『罪と罰』と『悪霊』から一つづつあげておこう。

罪と罰』から

 ラスコーリニコフの名前は666であり999 であると本文でも触れたが、それだけではない意味もふくんでいる。自分の名前に三つのРを持ったロジオンロマーノヴィチ・ラスコ|リニコフ(Родион Романович Расреда в скольников) はテロリスト(Террорист ) でもあったということである。ラスコーリニコフは高利貸しの老婆アリョー ナを殺害した非凡人の思想家であっただけでなく、その名前(三つのР) の中に皇帝殺しを謀るテロリストの貌をも隠し持っていたのである。シベリアの十年を生き抜いて来た元政治犯のドストエフスキーは、間違っても皇帝殺しを謀る主人公を前面に押し出すようなことはしなかった。しかしきちんと、あるいはちゃっかりと主人公の名前に、「教理問答書」を書いたネチャーエフ並みのテロリストを潜ませていたのである。

悪霊』から

 ウリイ州の市民は、ドアのうしろにぶらさがっていた。小卓の上には小さな紙片が置いてあり、鉛筆で次のように書かれていた、──『だれをも咎むることなかれ、われみずからなり』。同じその小卓の上に、金槌と石鹸のかけらと、予備に用意したものらしい大きな釘とがのっていた。ニコライ・スタヴローギンが首を吊った丈夫な絹ひもは、明らかにあらかじめ吟味して用意されていたものらしく、一面べっとりと石鹸が塗られていた。すべてが覚悟の自殺であること、最後の瞬間まで意識が明晰に保たれていたことを物語っていた。

  町の医師たちは、遺体を解剖したうえで、精神錯乱説を完全に、そして強く否定した。

悪霊』全巻はこれをもって幕を降ろした。主人公ニコライ・スタヴローギンの“自殺”を報告して作中作者アントンは姿を消した。

 アントンが「覚悟の自殺」と書いたことで、『悪霊』の読者はニコライ・スタヴローギンの“自殺”を微塵もうたがわなかった。一九世紀中葉の町の医師が、遺体の解剖で〈精神錯乱説〉を否定したなどというまるで冗談のような最後の一行を、なぜ読者は大まじめに受け入れて来たのだろうか。

 ここでもまたわたしの脳裏には、「ヒドク・ワラウ、ワライスギル」赤く長い舌をもったピョートル・ステパノヴィチ・ヴェルホヴェーンスキーの顔が浮かんでくる。 『スターリン──その秘められた生涯』(バーナード・ハットン著、木村浩訳、講談社学術文庫)の中に次のような文章がある。

 この時代には恐ろしいことが沢山あった。秘密警察の責任者であったエジョフは、五年前、先輩のヤーゴダがしでかしたと同じような重大な問題をひきおこした。これは彼が、スターリンに、共産党政治局の人々に関する情報を手渡したことに始まった。彼の報告書には、モロトフ、ヴォロシーロフ、ベリヤ、カガノヴィチ、ミコヤン、ヴォズネセンスキイの名前がのっており、彼等はスターリンを謀殺しようとしている反対派に種々知恵をかし、現在の政府を倒して、トロツキイと一緒になって勢力をのばそうとしていると書いてあった。

 スターリンは、ヤーゴダの時と同様に、この書類を火にくべ、エジョフをその地位から追放してしまった。彼はまもなく、秘密警察の医師たちによって気が触れていると宣告され、レニングラード近くの精神病院に拘禁されることになった。病院へ送られたその日、公園の木に首を吊っている彼の姿が見られた。その死体の首のところに、『私は腐肉だ』というカー ドがぶら下がっていた。それが彼の筆跡でなかったことは明白である。

 ニコライ・スタヴロー ギンの遺書の筆跡が本人のものであったなどとはどこにも書いてなかったことを改めて想起すべきであろう。

  西ドイツ立直後、脱獄計画は実行に移され、メンゼンブルグはフランスの牢獄から逃亡した。しかしその二日後、この共産党リーダーの体は、木にぶらさがった死体として発見され、“自殺” と発表されたのである。

 これは広瀬隆氏の『クラウゼヴィッツの暗号文』(新潮社) からの引用である。

 もう、わたしの言いたいことはお分かりだろう。今まで“自殺”として微塵も疑われなかったニコライ・スタヴローギンの死は、ピョートル・ステパノヴィチ・ヴェルホーヴェンスキーおよび彼の手先による“他殺”の加能性もあるということである。

 ドストエフスキー予言的眼差しは、人類の破滅とその後の運命に向けられている。1999 年まで、あとわずか五年にせまった。ラスコーリニコフは〈1〉人の〈999 〉として〈7 〉月の首都ぺテルプルクを舞台に〈踏み越え〉のドラマを展開した。はたして、1999年7月は、人類の〈破滅〉と〈復活〉を成就する運命的神秘的な年・月となるのだろうか。

いずれにせよ、本書を読み終えた者は、さっそくドストエフスキーの作品に直に触れていただきたい。本書ではいっさい言及しなかったが、『カラマーゾフの兄弟』はこの世に生まれて来たすべての人間の必読書である。》】(「自著をたどって」より)

◎『宮沢賢治・不条理の火と聖性──『貝の火』をめぐって──』 (5月28日)A5判・上製241頁 定価2200円

 ※「三三章 ホモイの切迫した時性」「三六章 ホモイの〈熱病〉と〈てんかん〉」「三七章 ホモイの精神病理」「三八章 宮沢賢治ドストエフスキーの「てんかん性本質特徴」──ホモイのてんかん病理と抑圧されたオイディプス的野望をめぐって──」「宮沢賢治てんかん」「四二章 ホモイとラスコーリニコフの思想」所収。

一九九五年(平成7年)46歳

●阪神・淡路大震災(1月17日)

地下鉄サリン事件(3月20日)

◎『ビートたけし終焉──神になりそこねたヒーロ──ー』 (3月25日 D文学研究会四六判・並製二二三頁 定価一五〇〇円

 ※「一章『ソナチネ』をめぐって」(「村川の〈死の美学〉と、キリーロフの〈人神思想〉」「ニコライ・スタヴローギンに通ずる村川の虚無と行動」「キリーロフの我意と二重思想」「キリーロフの叫びと憤怒」「キリーロフの〈神〉となる実験・〈死の美学〉の成就」「ひとはみな卑劣漢・他をを殺し己れを殺す〈神〉」「村川とニコライの死・母の領地での自殺」)「あとがきにかえて ビートたけしドストエフスキーを読むとき」所収。

○「〔第9講〕ある「聖女」の話◎『罪と罰ソーニャにみる偉大なる母性」:『マイカレッジライブラリー 心とからだの大学』 (5月1日 DHC)所収。

○「『ドストエフスキーの暗号』のもうひとつの“あとがき”」 :「Д文学通信」No.287(7月15日 Д文学研究会)

◎『つげ義春を読む』 (11月30日 現代書館)A5判・上製三一〇頁 定価

二八〇〇円

※「『ゲンセンカン主人』の多義的解読」(「『ゲンセンカン主人』を論ずる前に──〈意識空間内分裂者〉による『分身』解釈と『ゲンセンカン主人』について──」「終幕場面とドストエフスキーの『分身』」「ゲンセンカン主人とスヴィドリガイロフ──〈幽霊〉〈永遠〉〈淫蕩〉をめぐって──」)「『チーコ』のその後」(「芸術的雰囲気と犯罪者の心理──つげ義春ドストエフスキーをめぐって──」)所収。

一九九六年(平成8年)47歳

○「『停止した分裂者の覚書──ドストエフスキー体験──』を書いていた頃」 :「Д文学通信」No.288(2月29日 Д文学研究会)

○「《悪霊》の時代の闇は《白い》」 :「Д文学通信」No.288(2月29日 Д文学研究会)

○「ドストエフスキーから宮沢賢治」 :「江古田文学」32号(12月30日 江古田文学会)

一九九七年(平成9年)48歳

◎『「オイディプス王」を読む』 (7月30日 D文学研究会四六判・上製三三五頁 定価二二〇〇円

 ※「神に反逆しないオイディプス──ドストエフスキーの人神論者たちとの関連において──」所収。

◎『つげ義春を解く』 (7月30日 現代書館)A5判・上製三二四頁 定価二八〇〇円

 ※「『四つの犯罪』と探偵小説をめぐって」(「〈探偵小説〉の面白さと、〈文学〉の豊饒──江戸川乱歩の作品とドストエフスキーの作品──」)所収。

◎『つげ義春の快楽──学生と読むげ義春──』 (12月10日 日本大学芸術学部文芸学科)A5判・並製255頁 非売品

清水正編著。「わが青春の一モメント──つげ義春ドストエフスキーを読んでいた頃」所収。

◎『つげ義春の快楽──学生と読むげ義春──』 (12月20日 D文学研究会)A5判・並製255頁 定価二二〇〇円

 ※新装版

  

2013-04-19

清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載7)

江古田文学」82号(特集 ドストエフスキーin21世紀)に掲載した「ドストエフスキー論」自筆年譜を連載する。

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清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載7)

一九九一年(平成3年)42歳

Д文学研究会の機関誌として「Д文学通信」の発行を開始する。

○「創刊にあたって」 :「Д文学通信」No.1(1月1日 Д文学研究会)

○「『悪霊』の日付解明」 :「Д文学通信」No.4(1月5日 Д文学研究会)

○「〈書評〉ベローフ『「罪と罰」注解』 :「週間読書人」No.1865(1月7日 読書人)

○「『悪霊』とその周辺(1)──《征服者》リーザと忠実な騎士──」 :「Д文学通信」No.5(1月8日 Д文学研究会)

  ●湾岸戦争勃発(1月17日)

○「『悪霊』とその周辺(2)──『罪と罰』の聖痴女──」 :「Д文学通信」No.6(1月18日 Д文学研究会)

○「『悪霊』とその周辺──リーザの罪と罰 :「江古田文学」19号(1月20日 江古田文学会) 

○「『悪霊』とその周辺(3)──マリヤ・レビャートキナの神=自然──」「マリヤ・レビャートキナの聖母=大地信仰」 :「Д文学通信」No.7(1月25日 Д文学研究会)

○「『悪霊』とその周辺(4)──狂女マリヤの透視と「汚れた霊」──」 :「Д文学通信」No.8(2月7日 Д文学研究会)

○「『悪霊』とその周辺(5)──マリヤ殺害者フェージカ──」 :「Д文学通信」No.9(2月16日 Д文学研究会)

○「日本で刊行された『悪霊』(蔵書から紹介する)」 :「Д文学通信」No.10(2月27日 Д文学研究会)

○「『悪霊』とその周辺(6)──太母対聖母の勝利者へ向けて」 :「Д文学通信」No.10(2月27日 Д文学研究会)

○「“幻の本”『青年』後編──邦語訳ドストエフスキー全集をめぐって──」 :「Д文学通信」No.12(3月20日 Д文学研究会)

○「賢治童話を読む(連載2)『注文の多い料理店』をめぐって」 :「Д文学通信」No.12(3月20日 Д文学研究会)

 ※「紳士とラスコーリニコフの非凡人」の項あり。

○「賢治童話を読む(連載4)『注文の多い料理店』をめぐって」 :「Д文学通信」No.14(3月30日 Д文学研究会)

 ※「「紙くづ」顔の紳士とルージン」の項あり。

○「賢治童話を読む(連載11)『注文の多い料理店』をめぐって」 :「Д文学通信」No.21(4月25日 Д文学研究会)

 ※「紙くづ顔と虚無とジャーナリズム」の項で、ピョートル・ステパノヴィチの虚無に触れる。

○「『悪霊』について──神話学的心理学的側面からの考察」 :「ドストエーフスキイ広場」1号(5月1日 ドストエーフスキイの会)

○「賢治童話を読む(連載13)『注文の多い料理店』をめぐって」 :「Д文学通信」No.23(5月10日 Д文学研究会)

 ※「若い二人の紳士の神話学的側面」の項で、ニコライと太母ヴァルヴァーラについて論じる。

○「『悪霊』とその周辺」 :「江古田文学」20号(6月30日 江古田文学会)

 ※「『罪と罰』の聖痴女」(「Д文学通信」No.6)と「『悪霊』の作者アントン君をめぐって」(「ドストエフスキー研究」10号)の二論考を再録。

○「『となりのトトロ』の授業をめぐって──大学教育・学生の反応・宮沢賢治ドストエフスキーなど──」 :「Д文学通信」No.38(7月29日 D文学研究会

○「賢治童話を読む(連載27)『銀河鉄道の夜』をめぐって〔14〕」 :「Д文学通信」No.39(7月30日 Д文学研究会)

 ※「ジョバンニ少年の試練──『銀河鉄道の夜』と『分身』(1)」の項あり。

○「賢治童話を読む(連載28)『銀河鉄道の夜』をめぐって〔15〕」 :「Д文学通信」No.40(7月31日 Д文学研究会)

 ※「恐るべき夜──『銀河鉄道の夜』と『分身』(2)」の項あり。

○「『少年たち』を観て」 :「Д文学通信」No.45(8月26日 Д文学研究会)

 ※『少年たち』は『カラマーゾフの兄弟』の主に第四部第十編「少年たち」を映画化した作品。監督はレニータ・グリゴリエワ/ユーリー・グリゴリエフ。

○「臨死体験 側頭葉シルビウス裂 神との対話 側頭葉てんかん ドストエフスキー 宮沢賢治 :「Д文学通信」No.46(8月27日 D文学研究会

◎『宮沢賢治を読む 「注文の多い料理店の世界』 (9月20日 Д文学研究会)A5判・並製一九八頁 限定五十部・非売品

 ※「一五 「紙くづ」顔の紳士とルージン」「紙くづ顔と虚無とジャーナリズム」所収。

◎『宮沢賢治を読む 「注文の多い料理店の世界』 (10月10日 鳥影社)A5判・並製一九八頁 定価二〇〇〇円

 ※Д文学研究会版『宮沢賢治を読む 「注文の多い料理店の世界』の新装版。

◎『ドストエフスキー罪と罰」の世界』 (11月27日 鳥影社)A5判・上製四六三頁 定価三九〇〇円

 ※創林社版『ドストエフスキー罪と罰」の世界』の新装・改訂版。

○「『ドストエフスキー罪と罰」の世界』が鳥影社より刊行されたので紹介します」 :「Д文学通信」No.57(11月28日 Д文学研究会)

◎『ドストエフスキー「白痴」の世界』 (11月30日 鳥影社)

 ※「第吃堯愬鮹圈戮寮こΑ廖福愬鮹圈戮惴けて──純粋の結末──」「ムイシュキンは境(Граница)を超えてやって来」「ИДИОТ・新しい物語」「ホルバインのキリスト像をめぐって」「復活したキリストの無力」「ムイシュキンの魔」「ナスターシャ・フィリッポヴナの肖像」「レーベジェフの肖像」「トーツキイのプチジョー」「ムイシュキンの多義性──異人論の地平から──」)「第局堯アンナ・カレーニナ』の世界 アンナの跳躍と死をめぐって──死と復活の秘儀──」(「第八章 ラスコーリニコフのあれとアンナの跳躍」「第九章 跳躍の軌跡・アンナとゴリャートキン」「第十三章 ゴリャートキンの発狂とアンナの死ぬ・自由と復活」「第十五章 ラスコーリニコフの復活とアンナの死」「第十六章 アンナの死とイッポリートの「死」」「第十七章 もう一人のアンナ=ナスターシャ・フィリッポヴナ」「第十八章 神の使徒・ひげぼうぼうの百姓とムイシュキン公爵」)所収。

【『ドストエフスキー罪と罰」の世界』とほぼ同時期に刊行した著作である。本書には先に私家版で刊行した『死と復活の秘儀──「白痴」の世界』(一九八七年十月一日 Д文学研究会)に収録した『白痴』論と『死と復活の秘儀──「アンナ・カレー ニナ」と「銀河鉄道の夜」の世界── 』(一九八八年十一月十五日 Д文学研究会)に収録した『アンナ・カレーニナ』論とで構成した。私家版二著は各限定五十部でほとんど人の自に触れていない。刊行したのはいいが、それを人に読んでもらうという気持ちにはあまりならなかった。ただ新人に捧げるという気持ちだけが強かった。

 トルストイの作品では『アンナ・カレーニナ』だけが批評意欲をそそった。『戦争と平和』は論じるには大きすぎるとでも感じたのだろうか。いや、ドストエフスキー以外にこういった巨大な作家を相手にすると命がいくつあっても足りないと思ったからだ。トルストイのオリジナル版九十巻全集は入手できなかったがリプリント版は研究室Dに置いてある。大学に出勤すると否応なしにこの全集の背表紙が目に飛び込んでくる。学問とか研究は本当にきりがない。時聞がいくらあっても足りない。時間と相談しながらの研究などたかが知れているとはつくづく思っているが、限りある時間の中でやれるところまでやろうという気持ちが失せたことはない。

 トルストイは『アンナ・カレー ニナ』で「死」のところだけ見出しをつけている。トルストイは死に対して極度の恐怖を抱き続けていた。死を恐れている者が〈復活〉を信じているわけもない。トルストイの『復活』は題名に反して〈復活〉の内実に肉薄しているようには思えなかった。】(「自著をたどって」より)

ソ連崩壊(12月25日)

○「『白痴』(ムイシュキン)の足どり」 :「ドストエフスキー研究」11号(12月25日 日本大学芸術学部文芸学科・清水正ゼミ)

○「ナスターシャ・フィリポヴナ・バラシコワの履歴」 :「ドストエフスキー研究」11号(12月25日 日本大学芸術学部文芸学科・清水正ゼミ)

○「賢治童話を読む(連載44)『オツベルと象』をめぐって〔12〕」(「ヨブの嘆きからイヴァン・カラマーゾフの反逆へ──不条理な“事実にとどまる”ことをめぐって──」) :「Д文学通信」No.68(12月29日)

一九九二年(平成4年)43歳

○「賢治童話を読む(54)第局堯オツベルと象』をめぐって〔1〕」(「罪と永生──『ヨブ記』と『カラマーゾフの兄弟』における“死んだ子供”をめぐって──」) :「Д文学通信」No.83(1月30日 Д文学研究会)

◎『宮沢賢治の宇宙──『銀河鉄道の夜』の謎──』 (7月7日 Д文学研究会)A5判・並製二三三頁 限定五十部・私家版 非売品

 ※「二〇章 ジョバンニ少年の試練──『銀河鉄道の夜』と『分身』(1)──」「二一章 恐るべき夜──『銀河鉄道の夜』と『分身』(2)──」「二四章 〈キリスト〉を体現した少年カムパネルラとジョバンニ少年の使命にまつわる諸問題」所収。

◎『宮沢賢治の宇宙──「銀河鉄道の夜」の謎──』 (9月7日 鳥影社)A5判・並製二三三頁 定価二八〇〇円

 ※Д文学研究会版『宮沢賢治の宇宙──「銀河鉄道の夜」の謎──』の新装版。

◎『宮沢賢治の神秘──「オツベルと象」をめぐって──』 (10月27日 鳥影社)A5判・上製五三三頁 定価六八〇〇円

 ※「第吃二三章 ヨブの嘆きからイヴァン・カラマーゾフの反逆へ──不条理な〈事実にとどまる〉ことをめぐって──」「第局一章 罪と永生──『ヨブ記録』と『カラマーゾフの兄弟』における〈死んだ子供〉をめぐって──」所収。

 

一九九三年(平成5年)44歳

○「誰よりも拍手を、そして私だけが拍手をしなかった──ユーリー・リュビーモフ演出『罪と罰』を観る」 :「Д文学通信」No.174(4月1日 Д文学研究会)

◎『宮沢賢治・童話の謎──『ポラーノの広場』をめぐって──』 (5月12日 鳥影社)A5判・上製四七一頁 定価四八〇〇円

 ※「第吃堯ポラーノの広場』・謎と神秘」(「三章 非・小役人的なレオーノキューストとイーハトーヴォ──ドストエフスキーの初期作品の役人たちとの関連において──」)「第局堯ポラーノの広場』・解体と再構築」(「六章 組織の中の小役人と組織の中の〈ぼんぼん〉──ドストエフスキーの初期作品の人物たちとの関連において──」「九章 レオーノキューストとロザーロ──ラスコルニコフとソーニャとの関連において──」「一三章 夢想家と怪物デステゥパーゴ──ドストエフスキーの人物との関連において──」)「第敬堯ポラーノの広場』・レオーノキューストの現実」(「ドストエフスキーが見るレーヴイン(トルストイ)」)所収。

◎『「悪霊」の謎──ドストエフスキー文学の深層』 (8月28日 鳥影社)A5判・上製二一一頁 定価二八〇〇円

 ※「第一章 リーザの罪と罰」(「江古田文学」19号)「第二章 《征服者》リーザと忠実な騎士マヴリーキー」(「Д文学通信」No.5 )「第三章 『罪と罰』の聖痴女」(「Д文学通信」No.6/「江古田文学」20号)「第四章 マリヤ・レビャートキナの神=自然」(「Д文学通信」No.7)「第五章 マリヤ・レビャートキナの聖母=大地信仰」(「Д文学通信」No.7)「第六章 狂女マリヤの透視と「汚れた霊」」(「Д文学通信」No.8)「第七章 マリヤ殺害者フェージカ」(「Д文学通信」No.9)「第八章 〈太母〉対〈聖母〉の勝利者に向けて」(「Д文学通信」No.10)「第九章 『悪霊』の作者アントン君をめぐって」(「ドストエフスキー研究」10号/「江古田文学」20号)所収。

【『悪霊』論の第三部である。『悪霊』は国家から派遣されたスパイであるアントン・Гが、自由主義者ステパン先生のところにもぐりこんで情報を収集して書き上げたスクヴァレー シニキにおける革命運動顛末記である、というのがわたしの説である。ステパン先生はホモであり、彼はニコライ・スタヴロー ギンが十歳ぐらいのときにそういった関係を取り結んだと考えられる。

 とうぜんアントンはステパンとホモの関係を取り結ぶことでステパンの絶大な信頼を獲得していた。アントンとステパンのホモ関係およびアントンのスパイであることを疑っていたのは、市井のスパイと言われていたリプーチンのみである。

 ピョートル・ヴェルホヴェーンスキーが単なる五人組という秘密革命結社の主魁などと思っていたのでは話にならない。彼こそは革命家およびそのひよっこどもをポクロフ祭までに当局に一皿盛りにして進呈することを約束してスクヴァレーシニキに乗り込んできた二重スパイなのである。市井のスパイであるリプーチン、二重スパイのピョートル・ヴェルホヴェーンスキー 、そして国家から派遣されたスパイであるアントン・Г……この小説にはスパイ用語が満載されている。ドストエフスキーは死ぬまで国家から監視されていた元政治犯であったという噂もある。その作家の書いた小説である。そこにはいろいろな謎が仕掛けられており、そうそう簡単には全貌が露出しないように予め仕組まれている。当時の検閲官の厳しい目を逃れるために考えられ得るすべての手法を駆使したはずである。】(「自著をたどって」より)