Hatena::ブログ(Diary)

shin422の日記

2018-05-25

The Gang's All Queer

00:49

 去年、ニューヨークのバンズアンドノーブルにて購入したヴァネッサ・パンフィルという女性の犯罪社会学やクイア理論を専門とする研究者によって書かれた ”The Gang's All Queer−The Lives of Gay Gang Members”(ニューヨーク大学出版会)は、300頁ほどの分量のある著作であるが、単なる犯罪社会学の研究書にあらず、また単なる「犯罪集団」のエスノグラフィックな著作にあらず、そこには犯罪社会学なる学問そのものに対する「反省」をも含めた批評的視点にも彩られた好著である。

 パンフィルは周到な準備の下で主としてオハイオ州コロンバスのギャングの集団の中に入って行き、50人ほどのゲイのギャングたちの生活をインタビューを交えながら描写していく。ゲイのギャングやヘテロセクシャルのギャングあるいはバイセクシャルなギャングとそれぞれの傾向性の違いにも触れながら、これまでの犯罪社会学におけるステレオタイプ化されてきた言説を覆していく。これまでのギャングに対する言説は、その過剰な「男性性」の性格から、典型的なヘテロセクシャルなマッチョホモフォビアとして描かれることが多かった。事実、ギャングたちが「ハッテン場」にて性交するゲイを襲撃して金銭を奪取するなどの事件もあり、そうした事件もこのステレオタイプ化された言説の信頼性を補強する機能を果たしもした。ところが、ギャングの中には相当な数のゲイやバイが存在する。そうした事実を明るみに出しただけでも功績がある。

 もっとも、ここでは多数派としてのヘテロセクシャルのギャングとゲイのギャングではその性格が異なることもしっかり明記している。前者は地域密着性のある、要は「ジモト」の人間が自然に集まり、強盗ドラッグの売人などの犯罪に手を染めているのに対して、ゲイのギャングらは必ずしも「ジモト」ばかりではなくして方々から集まってきた連中で、主としてドラッグの売人やら金銭的な詐欺あるいは売春などに向く傾向にあるという。暴力的な「ワル」に性愛を抱くことに気がついた者たちが集まってきたという側面もある。この点は、日本と若干異なる面もあろう。例えば、暴走族は既に都市部においては壊滅状態に近いが、地方に行けばまだ散発的ながら「ゲリラ暴走」をしているチームもある。そういうチームは、各中学ごとに、あるいはいくつかの周辺の中学単位で構成されているがゆえに、必然的に「ジモト」の人間の集まりとなるわけだから、たとえゲイ寄りのバイがいたとしても、米国のような顕著な特徴を探し出すことは難しい。その点、カラーギャングの連中は必ずしも「ジモト」というわけでもなく、例えば東武東上線沿線といった広範囲にまたがっているという違いはあるだろう。とはいえ、ゲイやバイのギャングそれ自身の特質を探すのは難しいといえる。

話を元に戻すと、これら特質が微妙に異なるストリートギャングではあっても、当然のことながら、粗暴犯を繰り返していることは両者共通だが、ヘテロと思われるギャングにも実はバイセクシャルな性向を隠し持つ者がいて、なかなかカミングアウトできない力学がギャング内にも渦巻いていることも伺える(もっとも、カミングアウトに特別な意味を持たせるべきではないと個人的には思うが)。それ故に、他のギャングとの抗争ともなると、いきおい多数のヘテロのギャングたちよりも凶暴化し、ギャングとしての力を誇示せんと必死になる。己のアイデンティティを賭けているというわけだ。

 実は、事は米国の主として黒人ギャングだけに当てはまるわけではない。表には見えにくいものの、日本の暴走族などの「不良集団」にも見て取れることなのである。暴走族やカラーギャングなどとは微妙に異なる面もあろうが、彼らの中にも相当数のゲイやバイが存在するということである。生まれながらのヤンキーなど存在しない。徐々にヤンキー化していくのである。そのきっかけは、例えば中学入学時に出会った先輩であったり、たまに単車で母校に流しに来るOBであったり、いずれにせよすでにヤンキー化した先輩の姿に憧れを抱いたことにある。その憧れが、単純に規範逸脱行為の面白さへの興味でしかない者もいるだろうが、性的な含みをも持っていることだってある。例えば、ここに廃刊になった雑誌「チャンプロード」の2009年に発刊されたものがある(何月号とまでは言わないが)。連載されている「俺のヘイん中の物語―少年院・鑑別所体験者告白」には、はっきりと自分はゲイであるとカミングアウトする者もいれば、それとなくほのめかす者もいる。また各チームを取材した特集では、何人かが男同士の性行為体験を語る者もいて面白い。「売り専」の子にも新宿二丁目で働くゲイバーにも元ヤンキーという人は、一般に思われているよりも多い。ここで「一般に思われている」といったが、日本にも同様にステレオタイプ化された言説が機能していたということである。ゲイといえば、いわゆる「オネエ」系か「マッチョ」系か、いずれかのイメージで描かれるケースがいまだに多い。しかし現実には、ヤンキーやあるいはギャル男の中にも、いやむしろそちら側の方が、社会全体での比率よりも多いのではないかと思われるほど多い。そうした隠れた事実が表面化されない。

 幸い、米国ではパンフィルの著作が出た。日本では、もはや「古典」にもなっている佐藤郁哉『暴走族のエスノグラフィーーモードの叛乱と文化の呪縛』(新曜社)があり、また荒井悠介『ギャルとギャル男の文化人類学』(新潮新書)もあるものの、デリケートなセクシャリティの部分に切り込んだものにはなっていない。クイアスタディーズが未発達な部分も原因しているのだろうが、実のところ我が国の文化伝統には男色と切っても切れない関係があり、「キリスト教倫理」がほとんど占める位置を持たない日本において、本来は同性愛への抵抗はさほどなかったはずで、実際に文献も豊富に残っているのである。バサラ・カブキモノ・男色、これらは混然一体にのっているのに、この点を無視した言説がいまだに大勢を占めている。

2018-05-23

交渉と均衡

00:23

 FOMCの議事要旨を待ちながら、8年前の原稿に手を入れてみた。

 「n人ゲーム」は、.押璽爐離廛譟璽筺次↓各プレーヤーの戦略の集合、戦略の集合の直積上の実数値関数である利得関数の組として表現される。ここで、「n人ゲーム」の最も単純なモデルとして、「2人ゼロサムゲーム」を考える。そうすると、このゲームには必ず均衡点が存在する。このことを証明したのがフォン・ノイマンであることは多くの人に知られているわけだが(「ミニマックス定理」)、その立論の流れは以下の通りである。プレーヤーの純戦略の集合をとり、他方のプレーヤーの戦略の集合の確率分布をプレーヤーの混合戦略として、両プレーヤーの混合戦略の集合を定式化することからはじめる。ある混合戦略をとったときのプレーヤーの利得関数を対応させて、かかる利得関数間に成立する「マックスミニ」かつ「ミニマックス」の性質を持つ一定の関係(利得関数の鞍点になっている)を形成する混合戦略の組を「均衡点」として導きだす。

 この「ミニマックス定理」を「n人非協力ゲーム」にまで拡張したのが、ジョン・ナッシュの業績の一つである(ナッシュは、21歳の頃になしたこの業績により、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞を受賞した)。もっとも、この受賞対象となった業績は、ナッシュの純粋数学上の業績、すなわち、「リーマン多様体の埋め込み定理」やら「自己放物型方程式と楕円方程式の解のヘルダー連続性」などと比べれば屁みたいなものであるというくらい、ナッシュの天才は際立っていた(トポロジストのジョン・ミルナーの言)。事実、この論文の成果は、角谷静夫ブラウアーらの「不動点定理」の応用でしかない。ゆえに、数学者からすれば大した業績にはならないらしい。ゲーム理論の個々の業績に関するの純粋な数学的側面についての上記の如き評価が仮に適切だとしても、「均衡解」と「交渉解」というある意味で「水と油の関係」に立つ両者を結びつけるという驚嘆すべき結果を導き出したところにこそ、ナッシュの稲妻の如き閃きの冴えが際立つというべきであろう。「天才とは、かくあるべし!」というような独創的な業績であって、ナッシュの純粋数学上の業績と比べて必ずしも劣った業績とは言えないように思われる。

 まず、単純な「ナッシュ均衡」の概念について、ナッシュの1951年の論文「n人非協力ゲーム」に即しながら確認しておこう。まず、「ナッシュ均衡」とは、他のプレーヤーが同一の戦略をとり続ける限り、どのプレーヤーも自らの戦略を変えたとしても、自身の利得を増やすことができない状態を意味する(早い話、「抜け駆け」できないということ)。この均衡点の存在について、ナッシュは有限個の純戦略に基づき、「n人非ゼロサムゲーム」について証明した。のみならず、「2人非セロサムゲーム」に関しては、ゼロサムゲームの場合とは異なり、2人の協力可能性を示し、かかる状況下での解を「ナッシュ交渉解」として定式化することも既に成し遂げている(これは別の論文「交渉問題」において確認されていることである。

 ナッシュのアイディアはこういうことである。2人が高度に合理的であること、各人は様々な物に対する自身の欲求を正確に比較できること、8鮠諜蚕僂砲弔い討郎垢無いこと、こ匿佑呂發1人の嗜好と選好について完全に知っていること、という4つの仮定をおいて立論する。ところで、個人効用理論を展開する際に、個人は2つの可能な期待を提示された部分につき選好を判断することができること、選好の順序付けは推移性をみたすこと、等しく望ましい状態の確率的組合わせは等しく望ましいこと、ある期待と別の期待の確率的組合わせでそれ以外の期待と等しくなるようなものが存在する連続性をもつこと、という仮定をおき、効用関数の存在を証明し、かかる効用関数が線形性をもつことを示していく。次いで、個人の効用関数をとり、コンパクトかつ凸であり原点をふくむような実現可能集合Sと、その共同混合拡大を考える。実現可能集合に属する「交渉基準点」についての交渉問題を考えるにあたり、両者を対応づける写像について、さらに、パレート効率性、2人の合理的な個人がいて、実現可能な取引の集合Tにおいて、c(T)が公平な取引であると同意しているとすると、もしSがc(T)を含むならば少なくとも集合S外の点で表される取引を試みないことには進んで同意するはずで、SがTに含まれているなら状況はSが実現可能な集合である場合に還元される、すなわちc(S)=c(T)という対称性が確保されていること((a,b)が集合Sに含まれるならば(b,a)もSに含まれるような、要するに直線u1=u2について対称となるような効用の演算子がu1,u2が存在するときSは対称である)、正一次変換に対して独立であること、といった前提をおくことで、交渉基準点が「ナッシュ交渉解」に一意に定まることを証明するのである。

 このような「ナッシュ均衡解」と「ナッシュ交渉解」との関係をどうみればよいのか。粗雑な理解かもしれないが、これは「非協力ゲーム」と「協力ゲーム」とをどう関係づけるか、という問題でもある。「2人協力ゲーム」という論文において、ナッシュは、「2人協力ゲーム」の解につき、2つの独立した導出を試みている。1つは、「協力ゲーム」を「非協力ゲーム」に還元する方途。これは実は途方も無い内容を含意している。2つ目は公理論的アプローチであり、解の持つべき性質として自然であると考えられるものを7つの公理として提示した上で、これらの公理が解を一意に定めることを示している。

 交渉問題の状況に対して、ある要求ゲームを想定しよう。すなわち、各プレーヤーはそれぞれ混合戦略を選択する。2人の要求が両立不可能である場合に、この使用を強制される戦略をプレーヤーの「威嚇」とする。プレーヤーたちは互いに自分の威嚇を知らせあう。ここでは各プレーヤーが独立に行動するという仮定がおかれている。この意味は、プレーヤーが協力が自分にある効用をもたらさないかぎり協力しないということである。この利得の実現可能集合を考え、この集合に関する当該要求ゲームにおけるある特性関数を導入して、各人の利得と戦略の組を関係づける。次いで、この特性関数をとったとき、解析的手法で平滑化された近似された要求ゲームにおいて、唯一の「ナッシュ均衡解」の存在が証明されるのである(平滑化ゲームにおける均衡点の唯一の必然的極限)。そして、かかる均衡解は「ナッシュ交渉解」に近似していくことが示される、という結論が導かれる。

 ここから指摘できることは、やはり「リヴァイアサン」の必然性が証明されるどころか、むしろその必然性のないことが示されている、ないしは、少なくともその含意を読み取ることができる、ということである。つまり、ある公理系を定めてそこから導かれた「ナッシュ交渉解」を「ナッシュ均衡解」に平滑的に近似させていくことが可能であるとするなら、個々人が存在する一定の範囲を統治する「不可分な主権」のもとに個々人を服せしめずとも、諸々の要求を満足させる秩序形成は可能ではないか、という考えである。

 ところで、国際政治理論とりわけ安全保障論において、ゲーム理論がしばしば参照されるのは抑止理論においてである。抑止とは、相手国にこちらが望まない行動をとらせないために、もし相手国が攻撃的行動に出た場合、こちらが懲罰的報復措置をとるという威嚇態勢をとることによって、相手国が当該行動に出ることを事前に思いとどまらせることを意味する。安全保障理論によると、この抑止が機能するためには、抑止する側が当該国家の安全及び国際秩序を遵守する約束を実行しうるだけの能力と意思を有し、かつそのことについての情報が被抑止側に伝達され認識されていることが前提となる。そして、被抑止側が攻撃に出た場合の結果は、報復された場合の損害の大きさと被抑止側が推測する報復される蓋然性の掛算によって割り出すことができ、この計算可能性が攻守双方の行動の予測可能性を担保するという構造を持っている。被抑止側と抑止側の意図と能力を誤認・誤算しなければ、予想される報復の被害が攻勢に出た場合に得るはずの期待利益よりも小さいと確信しないかぎり、抑止は機能するとされる。

 cost(攻撃の費用)、risk(反撃される危険)、benefit(利得)、probability(抑止側が反撃に出る確率)の関係は、P(C+R)>(1−P)Bとなるときに抑止効果が期待できるとされる(計算的抑止)。もっとも、少し考えてみればわかるように、抑止が機能したことを直接証明することはできない。起こったことをその力によって検証することが可能であっても、起こらなかったとして、それが抑止の効果のためであることは、何ら証明できないからである(トンプソン曰く「事実によって証明も反証もされない命題」というわけだ)。

 シェリングらによるゲーム理論や、他にも「バーゲニング理論」などが提起され、抑止理論の基礎づけの試みがなさた。その後の意思決定過程論の進展に伴い、認知科学心理学を応用するアレキサンダー・ジョージやら、組織理論をひっさげて『決定の本質』をものして「官僚政治モデル」を示したアリソン、さらにはサイバネティクス適用するスタインブルーナーの貢献により精緻化されていったわけである。とは言うものの、「キューバ危機」やヴェトナム戦争といった事件を除き、意思決定論を導入した抑止理論であっても、検証可能性が乏しいとの批判は依然として根強い。単純な合理的計算モデルが直接反映された例としては、「キューバ危機」以後、米ソ首脳間にホットラインが敷かれたというできごとがあげられようが、それ以外に関しては、この単純なモデルは使用に耐えないことがいよいよ指摘されて久しい。実際の政策決定過程におけるアクターは、認知的不協和や価値のトレードオフを避け、限定された状況下での心理的抵抗の少ないオプションをとろうとするものという前提をおいて(これは合理的計算モデルをとらず、ある種「非合理的」存在であることに基づいた理論の組みなおし)、抑止理論を再構築する試みがなされてきた。そこでは、意思決定が合理的計算の結果としてなされるのではなく、単純な希望的観測や歴史のアナロジーからもたらされるもの、はじめから一定のありうるオプションが排除されたり、あるいは当初からあるオプションが念頭におかれて政策決定がなされる、といったモデルが採用されてきた。かかる「サイバネティクスパラダイム」に基づくスタインブルーナーの見解は、日常的な各意思決定過程が機能する結果として破局を生ぜしめる可能性があることをも示すものである。ともかく、単純なゲーム理論的アプローチのままでは十全に抑止を説明することすらできないということが示されているというわけである。

2018-05-21

帝国の陰謀

23:32

 「このとき、『私生児』は、権力の座にとどまり得るなら、それが大統領であろうと一向にかまわないと思っている弱気な『嫡子』に、初めて現実的な決断を促すことに成功する。大統領が真の権力を行使するには、対立する権力機構としての立法府を蹂躙せねばならず、それなくしては、いかなる権力の維持も実践的な意味を持たないだろうし、それが、第二共和制憲法の不備から導きだされる当然の結論にほかならない。そのとき、陸軍大臣として軍隊を掌握すべき信頼するに足る軍人サン・タルノーを、この義兄弟はすでに陰謀に引きいれている。かくして現実主義者の義弟は、律義なまでに議会制民主主義にこだわる優柔不断な義兄に、皇帝として君臨するしかない必然を理解させることに成功する。近代国家における最初のクーデタとして歴史的な意味を持ち、少なからぬ数の後世の野心家たちに有効なモデルを提供することになるこの陰謀が『父親の名』と『他人の名』にまつわる『双生児』てきな兄弟の巧みな連携によって実現されている事実を、ここで改めて思い出しておくことにしよう」(蓮實重彦『帝国の陰謀』日本文芸社)。

 上の一節は、蓮實重彦『帝国の陰謀』(日本文芸社)にある文章である。文芸批評家の福田和也は、既に廃刊になった文藝春秋の雑誌「諸君!」誌上で、蓮實のこの『帝国の陰謀』の一節を持ち出して、「脳ミソに金髪のカツラを」と揶揄したことがあったが、その評価とは逆に、蓮實重彦の著作の中では短くしかも簡便にかかれているものの、その筆致はまさに「1851年12月2日のクーデタが開示する20世紀的主題」を優雅に彩っており、いつか自分もこのような書き物を残したいものだと思わせるほどの書物。福田の罵倒は全くのお門違いというものだ。比較的容易に読めるものだが、この短い書物にはベンヤミンの複製技術の問題系、デリダ署名や散種といった問題系、はたまたドゥルーズの反復とシミュラークルの問題系といった主題で編まれた織物となっている。

 この書物は、「近代」と呼ばれる特殊な一時期において、具体的な人間によってなされた署名がどのような空間において可能となり不可能になるのかという関心の下、1851年12月2日に起こったクーデタと、そこから始まった「第二帝政」がことによると20世紀後半に可視化されてきたポストモダンな状況を先駆ける意味を持っていたのではないかという問題提起の書でもある。このクーデタは、周知の通りマルクスをして『ルイ・ボナパルトブリュメール18日』(平凡社ライブラリー)で反復された笑劇(ファルス)と書かしめたあの事件であるが、蓮實はマルクスですら見逃していた意味を読み取ろうとする。すなわち、マルクスのこの断定は、政変によって開示された政治的な空間を支えもする複製技術時代におけるシミュラークルの「祝祭」ともいうべき事態について意識的でないという点である。オリジナルの正統性を欠いたいかがわしいイメージが無限に反復されることで現実味を帯びてしまう空間が「第二帝政期」に出現した。いや、そう断定することは慎まされるべきか。「起源」のさだかならぬ空間がいつのまにやら横たわっていたという方が適切かもしれない。

 かつて松浦寿輝は、『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』(河出文庫)の解説文にて、蓮實重彦のテクストを「優雅と贅沢の輝き」と形容していたと記憶している(柄谷行人は、かつて松浦のことを「蓮實のエピゴーネン」であるかのように揶揄したことがあったが、そんなことは断じてない。若い頃は、特有の気取りもあって、そういう面も無きにしも非ずであったが、後年はそんなことはなく、優れた批評を残している。『表象ディスクール』に収録されている「国体論」などは今読み返してみても秀逸な出来栄えである。松浦は、ベルトリッチ監督の『ラストエンペラー』に出てくる甘粕正彦の執務室に描かれた壁画など「ファシスト的」美学の魅惑を語ってもいた。もちろん松浦寿輝はファシストではない。だが、ともすれば「敵」たる対象ですら、その対象の「魅力」をその場で輝かせてみせる批評の手腕は一流である)。また浅田彰は、『映画 誘惑のエクリチュール』(冬樹社)を指して「反動的な美しさ」と表現してたか思う。普通の者が真似をすれば、単なる出来損ないの「おフランス野郎」と化してしまう。蓮實重彦は、安易な模倣を寄せ付けない古き良き「古典的な教養人」なのである。

クボタクボタ 2018/05/22 00:43 こんばんは。
久しぶりにブログを拝見したファンの者ですが、たくさん更新されており、驚きました。お忙しい方なのかと推察しますが、断続的にでも更新して頂ければ、読者としては嬉しい限りです。
さて、あまり気の利いたコメントができず申し訳ないですが、最近わたしは蓮實の書評に触発されて、川上未映子の『ウィステリアと三人の女たち』を読み、かなり興奮させられましたが、しかし蓮實の書評とはまったく違う感想を持ちました。shin422さんが読まれれば、どういう感想を持たれるか、知りたいなあと思いました。以上、テキトーな放言、失礼しました。

shin422shin422 2018/05/22 23:39 >クボタさん

コメントありがとうございます。
お察しの通り、仕事で多忙な時が多いため、中々更新できずにいる状態です。仕事柄、金融市場や有価証券についての様々なタイプの投資のもたらす結果と、それら結果が生じる確率に関する見通しを立て、最適な投資ポートフォリオの最適化のためのファイナンシャル・エンジニアリング中心のレポートを分析したり、また僕自身も執筆することもあり、思想や文学系の読物とは縁遠い生活を送っています。「反資本主義」を掲げるくせに、やっていることは資本主義の中心地で資本家の「走狗」となっている滑稽な人間です(笑)。クボタさんがおっしゃる川上未映子の小説は、残念ながらまだ読んでいません。というより、最近は全くと言っていいほど小説を読む機会がなく、強いて言えば、米国と日本の往復時に機内で、英語の力をより身に着けるべくギルバート・チェスタートンの小説や評論を暗唱できるくらいに何度も読んでるくらいですかね(チェスタートンの文章は諧謔や機知に富んだ名文といわれてますが、我々日本人からすると読みにくいところもしばしば(小説ではないですが、ヒュームの『人間知性研究』も。『人性論』の方ではないです。こっちはあまりきれいな英文ではないですから)。

2018-05-19

「他者」とは何か

00:17

 書庫を漁っていると、昔読んでいた雑誌「men's egg」や「チャンプロード」などがわんさかと出てきて、懐かしさのあまりしばらく見入ってしまった。いずれも廃刊の憂き目にあったが、これらバックナンバーをオークションに出品でもすれば、かなりの金額になるのではなかろうかとほくそ笑みながらパラパラ眺めていると、結構際どい誌面もあって、それに引き換え現在は自主規制のためなのか、「ヤバさ」を全面に出す雑誌はほとんどなく、強いて言えば「実話ナックルズ」くらいになってしまった感がある。「チャンプロード」は「暴走族御用達雑誌」と言われたことだけあって、例えば富士山麓の河口湖を目指して暴走する「初日の出暴走」やその他の「祭り暴走」の特集があって、臨場感ある写真がその場の興奮をよく伝えてもいた。冷静に考えれば、道路交通法違反(共同危険行為)を助長しているとも受け取られかねない内容であったが、その無茶ぶりを愛さずにはいられなく十代半ばから廃刊まで愛読者でありつづけた(単車乗りでもあるのでなおさらのこと)。

 他方、「men's egg」はというと、ともすれば「ゲイ雑誌」かと見紛うような際どい内容も特集として組まれていた。ギャル男のペニスにバターを塗りつけ犬にそれを舐めさせることもしてたし、ギャル男に首輪をつけさせソフトSMのような真似事をさせたり、どう見ても編集部やギャル男の連中のなかにゲイもしくはゲイよりのバイがいたはずである。事実、ゲイむけのDVD作品に出演していた人も僕の知る限りで数人いた。バターを塗りつけたペニスを「愛撫?」され「今までにない快感を味わった」と正直に告白するギャル男にちょっとした興奮を覚えたものである(笑)。

 愛撫とは、エマニエルレヴィナスによると「他者」との「近さ」と「隔たり」の両義性において捉えられるものである(熊野純彦『差異と隔たり』(岩波書店)は、題がそのままこのレヴィナスの「他者」を想起させるものになっているわけである)。この「他者」とは何なのか。8年前と6年前に書き殴った文章を若干い改稿することで再度考え直してみたい。

 サルトルによる『自我の超越』(人文書院)によると、現象学において意識は志向性として定義されるのであるから、「超越論的自我」というようなものはありえない、むしろ「超越論的自我」なる概念は有害ですらある、という。他方、フッサールはというと、現象学的還元によって見出された超越論的主観性は、一切の客観的存在と真理に対して、その存在と認識の根拠を与えるものである、とされる。すなわち、世界その他の志向的相関者は、認識論的主観の意識能作を超越して自存するものではない。だからフッサールとしては、世界の超越は世界を究極的に構成する自我との相関における超越に他ならず、かかる意味において、自我は存在する一切の超越に対する絶対的な前提としての地位が保障されるのである。

 こと意識の志向性に定位すれば、世界のみならず自我すらも徹底的に還元の対象になり、フッサールが「経験的自我」と分けたところの「超越論的自我」なる概念は、サルトルから言わせると、還元の不徹底をこそ意味するものにほかならなかったのである。つまり、自我は世界及びその他の対象と同じく、すべて意識の志向的対象の一つであって、むしろこの自我を世界へ向けて投げ出せねばならない、というのである。「世界に向けて己を炸裂させる」、というわけである。したがって、意識それ自体は何ものでもなく、正に「白紙状態(une table rase)」ないし素裸の”無”というほかない。かくして、現象学的還元は以後”無化作用”(neantisation)という意義を付与されることになるだろう。すべてであるところの充実したものとしての後のサルトルのいう即自存在(l'etre-en-soi)と、存在から抜け出た無としての対自存在(L'etre-pour-soi)であるところの意識。ここにおいては「超越論的自我」なる概念が成立する余地はない。

 だがフッサール自身は、「超越論的自我」なる概念が成立する余地などないというような結論に至る還元の方法について受け入れはなしなかった。というのも、フッサール自身もかかる表現を既にしていたというだけでなく、超越論的他者経験についても言及していることからすれば、当然に超越論的相互主観性の問題に拘っていたのである。「超越論的なもの」と「経験的なもの」との関係を考えるにあたり、「経験的なもの」を可能にする条件である「超越論的なもの」は「経験的なもの」から純化される必要があるにもかかわらず、それがなされなかったというのが、ドゥルーズカント批判の一つだった。ドゥルーズの「超越論的経験論」は、「超越論的なもの」を「経験的なもの」の諸形象から転写することのできない唯一の手段である、と『差異と反復』(河出書房新社)にあったはずだ。だが、カントの「超越論的なもの」は、あくまで「経験的なもの」の転写でしかない。「経験的なもの」であるにもかかわらずそこに見出されたものの諸形象を「超越論的なもの」にスライドさせ、「超越論的なもの」の「資格」を欠くものを「超越論的なもの」と錯視し、「経験的なもの」の基礎づけの構図を描くという悪循環の誤りを犯しているというのである。

 フッサールは、「自然的態度」において思念されたものをすべて「ノエマ的意味」に還元し、自然的に思念されていた他者も同じく還元の対象とされる。『デカルト省察』(岩波文庫)では、超越論的主観性による他者構成の機制を解明していくことになるが、ここにおいて言われる「他者」とは、世界の側の対象となる被構成体としての他者を意味するものにあらず、”ともに”世界を構成する「他者」、つまりは、超越論的主観性において世界を構成するときに、そこに既に居合わせているところの「他者」である。換言すると、「等しく世界をともに構成する他者」という「間接的」現前ないしは呈示の仕方でしか現象しないところの「他者」にほかならない。とはいえ、かかる「他者」経験を発生論的場面に即しながら、「対化」という「受動的総合」の一形式による「類比化的統覚」が決定的役割を果たす「自己移入論」を展開する『デカルト的省察』は、その悪評通り、こと「他者」構成論に限っては、明白な破綻をきたしているように思われる。この箇所への批判は、現象学に対する批判者からのみならず、基本的に現象学的思考の型をベースとして自己の哲学的立場を形成する哲学者からも寄せられていることは周知であろう。すなわち、超越論的領野にはもはや主観なり自我なりが入る余地などなく、脱人称化された〈場〉のごときものが残るばかりである。ところがフッサールは、還元によって見出された超越論的領野に再び〈経験的なもの〉を持ち込んでいるのであって、ここにフッサール自身の思考の後退がうかがえるという類の批判である。

 フッサールの思考では、レヴィナスの思考にある「他者」の「他性」は還元不可能であるがゆえに(意識に「我有化」されない)、「他者」であるにもかかわらず、再び超越論的相互主観性の議論に持ち込んでいることからすると、フッサールは「他者」を自我へと回収すること、あるいは単に「他者」を自己の志向的変様態としか扱っていないということになる。世界の内部の存在者として構成の対象となる「相対的他者」に埋没させてしまっていると言ってもよい。もちろん、このような他者は、既にレヴィナスのいうところの「他者」とは異なる。超越論的領野とは、すべてのものが”そこ”にもたらされるところの「場」であって、「現象する」とは、この「場」において現象することに他ならず、端的に例外などない、ということを意味するはずである。レヴィナスの「他者」は、この超越論的領野に現れはしない。”そこ”をどこまでも逃れ行き、かつ逆に、超越論的領野そのものをもたらしたところの”そこ”の”外部”、もはや「他者」だの「外部」だのの表現すら無意味になるところの「他者」であり「外部」であるはずだ。

 しかし、フッサールの思考にみられたパースペクティブ性に定位した現象学的還元の初歩のあり方は一体どこへ吹っ飛んでしまったのだろうか。また、次の点も問われるだろう。すなわち、超越論的領野の「外部」としての「他者」は、当然世界内の具体的他者ではありえない。レヴィナスの「他者」もそのような具体的他者の意味で他者を論じているとも確かに見えない。しかし同時に、世界内の具体的他者とおぼしき形象をもつ者への形容を「他者」の形容に用いていることからするに、何らの関係もないというわけでもないのだろう。事実、他者は「顔visage」そのものではないが、「顔visage」は他者の「痕跡」として位置づけられるというわけだから。超越論的領野の「外部」としての「他者」、もはや「他者」とすら言い難いほどの、とりあえず「他者」と表記しておくほかない何か(「何か」ですらないというしかないが表現の仕様がないので)と具体的他者との関係はほとんど無関係に思えてしまう。一体この両者の関係がどうなっているのか。

 「存在すること」へと集約されていく歩みを持つ西欧哲学への異議申し立てとしてのレヴィナスの思考は、存在の思惟としての西欧哲学があらかじめ排除してしまった当のものへと視線を向ける。決して現前しえないがゆえに隠蔽されてしまった根本的「事実」を語りへともたらそうとする、「はじめから不可能であること」を強いられた思考の「可能性」に賭けるのがレヴィナスである。「存在すること」は、「戦争」という極度の「共時性」であり、「平和」とは「存在への執着」としての利害に基づいて理性によってこれを調停することにより見出されるものであった。しかし、何者も存在のうちにあり続けることは利害関係から免れず、したがって平和は存在者たちの利害の言いなりとならざるを得ず、ゆえに平和とは本質的に不安定たらざるを得ないのに対して、レヴィナスは、この「存在すること」に基づいているかぎり「戦争」は不可避である、と考える。だから重要なのは、この「存在すること」の彼方を思考する可能性なのだと考えたのである。レヴィナスは、「存在すること」を超越したからこそ「息切れ」した精神の可能性に賭ける。

 レヴィナスの「他者」とは、したがって、決して「存在」ではない。だから日常的に出会われる具体的他者は、ここでレヴィナスが言う「他者」ではありえない。なぜならば、一個の存在者として知の対象となった他者は、すでにその「他性」を剥奪され、何らかの属性を有する存在として同一化されることを意味するからである。レヴィナスの「他者」とは、知の対象となった存在者の同一性に回収されるものではなく、それを「無限に凌駕」するものであるがゆえに「他なるもの」としての「他者」である。なぜ「他者」は「世界−内−存在」としての存在者たる具体的人間の「顔visage」の「彼方」に非現前という仕方で指し示されるのか。「他者」は具体的な人間ではないことは明らかであるのに、なにゆえその人間の「顔visage」の「彼方」という仕方でしかないのか、ということの説明がないのである。人間の「顔」の「彼方」こそが私をして「主体」たらしめるのであり、かかる人間の「顔」の「彼方」として「彼性の痕跡」をとどめている限りで、それに対する私はすでに「責任を負っている」という事実があるばかりである。もちろん、そのことの説明はない。

 もちろん、こうしたレヴィナス読解に異を唱える人もいる。すなわち、一連のレヴィナス研究は、非現前の「他者」との関わりとしての現象学の展開、西欧哲学なかんずく存在論にみられる「他者」への暴力の批判、デリダ批判にみられるような「存在論的言語」から「倫理的言語」への転回、というかたちをとってきたが、少なくともレヴィナス『全体性と無限』(岩波書店)は、現象しないえない「他者」つまりは非現前の「他者」についての論に非ず、対話や愛をめぐる批判的検討に開かれた「他人論」であるという主張もある。そういう読み方もあるのだろうが、ならば、なぜレヴィナスは現象学研究からスタートしたのか、なぜハイデガーの存在の思考を執拗に批判したのか。レヴィナスやデリダの読解を通じて、特に90年代の我が国では他者論が一部で隆盛を極めたことがあった。「他者」は、時には「アジアの民衆」に時には「従軍慰安婦」に読み替えられて語られもした。読み手の都合にしたがって「他者」はどうとでも解釈される便利な符丁と化してしまった面も否めないだろう。

 蓮實重彦が確か『「知」的放蕩論序説』(河出書房新社)において、隆盛を極める「他者論」を指して、「表象不可能」と言いながらある「高さ」のイメージを伴いながらそこから無限に言説が紡ぎ出されていく事態について批判していたかと思うが、柄谷行人も、この時期の「他者論」の隆盛に影響されてかどうかは判然としないが、「カントの物自体Ding an Sichは他者である」という言説を残していた。あながち間違いというわけでもない解釈だと思うが(ある意味アルチュセールもそうだと思うが、アルチュセールや柄谷行人にあって、廣松渉に欠けているのが、この物自体Ding an Sichへの拘りであろうかと思われる)、蓮實重彦も柄谷行人も浅田彰も偉かったのは、安易に「表象不可能性」というマークの下で、無限に言説が紡ぎあげられる限りでの「他者論」の隆盛に飲み込まれた言説に対して、それぞれの仕方で「抵抗」の身振りを示していたということである。80年代に「スター」扱いされていた頃の浅田彰(というよりか、「浅田彰現象」というべきかもしれない)は、本人にその責を帰すことはできないとはいえ、今から見るとメディアが無理矢理作り上げた虚像に踊らされている「滑稽さ」がないわけでもなく、そんな浅田彰に左翼から批判が寄せられもした。英文学者の富山太佳夫は、『逃走論』に収録されている「マルクス主義ディコンストラクション」に対して批判を加えた1人であるが、その富山太佳夫に対して、十数年後の共同討議「ドゥルーズと哲学」の冒頭において、名前こそ出してはいないがチクりと嫌味を言うなど意趣返しをしているところに粘着質な性格を見てとることもできなくはない。そういう面もあるが、それでもなお、特に現代の批評シーンが絶望的なまでに貧しい現状を見るにつけ(個別の論者では面白い人も僅かながら存在するが、大抵は「基礎学力」と教養が圧倒的に足りなく、総じて「多摩川の二軍」(柄谷行人・蓮實重彦『闘争のエチカ』(河出文庫)ばかりがしゃしゃり出てデカいツラをしている感が否めない)、「やはり彼らは偉かった」という思いが日に日に募る。いずれにせよ、蓮實重彦の言う「『深さ』の誘惑に身を晒しながら『浅さ』にとどまる」(『物語批判序説』中公新書)ことも必要だという思いを抱きながら、思考は堂々巡りするばかりである。

2018-05-13

現状批判のためのマルクス(改訂版)

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 南北首脳会談後の日本を取り巻く外交情勢はかなり厳しい状況になりつつある予感はどうやら現実のものとなりそうである。日本だけが交渉当事者の席から外された格好になり、ほとんど打つ手がないという状況である。何とか外交ゲームに入れてもらおうと焦るあまり、北からの軍事的脅威の除去や拉致被害者の帰国といった目的も何ら達成できぬままに交渉当事国ではない日本も応分の協力をしろと、それこそ経済支援という名目で資金を拠出させられる羽目に陥るという最悪のシナリオだって考えられる。南北融和には共通の敵がいた方が何かとスムーズにいくわけで、その共通敵として日本が矢面に立たされることだって十分ありうる話だ。「慰安婦」問題だけでなく、「徴用工」問題も前面にせり上がって来て、それを口実に外交的恐喝を南北朝鮮がこぞって仕掛けてくるかもしれない。

 いずれにせよ、安倍晋三政権は本来ならとうの昔に退陣しておくべきだったが(財務省理財局による組織的な公文書改竄事件の発覚段階で、安倍政権の命脈は尽きたはずなのに、何故だかこの国の国民は能天気に構えている。何もかも無茶苦茶な政権に外交を任せてはいられない。一刻も早い内閣総辞職を求めたい)、ゾンビのように生き延びる政権に外交のハンドルを握らせておくのか?この一年は安倍外交の失策が表に現れてくる一年になるのではないか。

 ところが、この期に及んで保守を自称する言論人や露骨なまでに安倍を擁護する御用評論家、御用ジャーナリスト、御用芸能人がまたぞろ沸いて出ている。試しにその連中の懐具合を調べてみるといい。おそらく何らかの便宜が直接的ではないにしろあるはずである。中には直接官房機密費を受け取っている者もいるかもしれないし、そうでなくとも例えば自身が経営する会社に政府関係から仕事が受注されるようになっているかもしれないし、安倍を応援する右派的思想を持つ資産家がスポンサーになっているメディアに登場することで得られるギャランティを溜め込む者もいるだろうし、講演会に呼ばれてバカ高い講演料収入を得ている者もいるだろう。ちなみに日本会議もしくは日本会議系の団体が主催する講演会に誰が呼ばれ一回につきどの程度の講演料をもらっているのか追跡調査してみるといい。とりわけ日本会議は様々な新興宗教の寄せ集まりで、それゆえ豊富な資金力を有しているはず。実際、日本会議系の講演会の会場は、今はともかく、以前は各新興宗教ごとの受付ブースが設けられていたほどで、明らかに各新興宗教ごとに動員がかけられていたことが推察される。安倍政権を支えるコアな支持層は、文鮮明と仲良しだった祖父岸信介以来懇意な関係で安倍自身も「合同結婚式」に祝電を送るほどの関係であるところの旧統一教会といったカルト集団のみならず、日本会議を組織する様々な新興宗教の信者たちが数多く、その勢いは侮れない。もちろん、新興宗教の信者でない者もいるが、そういう支持者は大抵は単なるノータリンか、あるいは何らかの利害関係にある御用言論人たちである。彼ら彼女らには是非とも福田恒存の『問ひ質したき事ども』(『福田恒存評論集12巻』麗澤大学出版会)を読んでもらいたいものである。

 こうした真に反日的な連中によって日本という国が解体されようとする最中、海の向こうでは、そんな日本政治の醜態にほくそ笑む人間がいるはずだ。そう、キム・ジョンウン朝鮮労働党中央委員会委員長である。彼に完全にしてやられたといってもいい。そう思いながら『金正恩著作集』(雄山閣)を読む。キム・ジョンウン自ら著した論文や万景台革命学院などで行った講和を収録したものである。朝鮮民主主義人民共和国という国家は、一般に思われている以上に、徹底した文書主義らしい。特にキム・イルソン主席やキム・ジョンイル総書記の残した論文や講和など遺訓に基づく政治体制だ。そうした表に現れた文書を読んでいくことでかなりの情報が得られる。キム・ジョンウンについても然り。彼の論文や講和を子細に読むと彼の思考や行動原理がなんとなく理解できるような気もする。

 ところで話はかわって、以前、「帝国主義論」がわが国の政治状況のみならず国際政治環境を分析する道具として今もなお有効であることを触れたが、この点、改めて強調すべきだと思われる。ほとんど再掲の形をとることになるが、政治学者渡辺治哲学者の後藤道夫による日本社会の構造の特徴を捉えた「企業社会論」からの流れを汲む「新帝国主義論」は、数年前にベストセラーとなったデイヴィッド・ハーヴェイの『新自由主義−その歴史的展開と現在』(作品社)のネオリベラリズム批判に10年以上も先行していたわけで、この点については適切に評価されていいのではないか、と思われるのである。彼らは日本共産党に近い学者であり、僕とは全く思想的立場が異なる者だが(僕は民族派右翼であるが、日本会議に代表される自称保守とは水と油の関係である)、その党派性バイアスがあるとしても、日本における新自由主義の萌芽が1980年代の中曽根康弘政権と見て、それが1993年細川護熙政権以降に本格化するという診断は正しかったわけである。この政権を囃し立てた結果、小選挙区比例代表並立制という最悪の選挙制度が日本政治を今も泥沼に嵌ったままの状態にしているのである。

 僕のみるところ、渡辺治と後藤道夫とは若干ではあるが、日本共産党との距離の取り方が違っている。少なくとも渡辺治に関しては、日本共産党の党員ではないかと見て間違いなさそうである。毎年のように新春対談と称して新聞『赤旗』紙上で日本共産党委員長志位和夫と対談しているし、不破哲三の『スターリン秘史』(新日本出版社)が出されるや、その対談者として不破へのインタビュアーになっていることから、渡辺は党幹部の覚えよろしい知識人なのであろう。彼らの議論は、戦後の日本経済の復活過程をどうみるかということに関して共産党の「公式見解」である「従属帝国主義論」とは異なるいわば「自立帝国主義論」を展開している。日本共産党に相当近い距離にある渡辺治であるが、しかし完全に日本共産党の見解に全て同意しているわけでもなく、研究者として反体制の旗印を掲げ、そのために渡辺の書くものはいきおい社会運動家の書き物と見紛う一面もある。この点を欠点とみるかそうでないか意見の分かれるところであろう。

 研究の一端をみると、東京大学社会科学研究所という附置研究所在籍時に著し名著との定評のある『日本国憲法「改正」史』(日本評論社)や、戦後の象徴天皇制がその時々の政治過程により役割と機能を変質させられていった次第を批判的に分析したが『戦後政治史のなかの天皇制』(青木書店)、中曽根政権時に設けられた「臨教審」の場で繰り広げられた「教育改革」に潜むイデオロギーの分析を皮切りに、そこから「資本ー労働」関係の再編過程を取り上げた『現代日本の支配構造分析−基軸と周辺』(花伝社)、高度成長からバブル経済をむかえる前までに形成されていった日本社会の特殊な構造を企業社会化の視点から、特に日本に特徴的な企業別労働組合と連合の動向に注視しつつ「豊かな社会」を支える権威主義的支配秩序の形成と構造を取り上げた『「豊かな社会」日本の構造』(労働旬報社)、その延長にある『企業支配と国家』(青木書店)、日本において新自由主義を正面きって掲げた細川護煕連立政権を支えた小沢一郎の中曽根路線との親和性を暴露した『「政治改革」と「憲法改正」−中曽根康弘から小沢一郎へ』(青木書店)。90年代末から徐々に胚胎し始めたネオナショナリズムの性格と日本企業の多国籍化の関係を論定した『日本の大国化とネオナショナリズムの形成』(桜井書店)、そしてこれら一連の流れを資本のグローバル化とともに連動してきた(いわゆる先進国ではむしろ遅い方なのだが)日本企業の多国籍化と自立帝国主義化を、レーニンの帝国主義論を下敷きにそれを大幅に改良した上で適用して分析を試みた「講座 現代日本(全四巻)」のシリーズの序巻を飾った『現代日本の帝国主義化』(大月書店)、冷戦終焉後に世界を覆い尽くした経済グローバリズムと米国の帝国主義的行動やテロやイスラーム原理主義の発生との関係を分析し、ネグリやハートの『帝国』(以文社)や藤原帰一デモクラシーの帝国』(岩波新書)の帝国論いずれをも批判した『「新しい戦争」の時代と日本』(大月書店)などなど。いずれも詳細な分析・記述がなされており、その冴えも光っている。

 渡辺の現代日本社会分析のメスは非常に鋭いものがある。もっとも、渡辺の主張と日本共産党の主張とは必ずしも一致しない点が多々存在する。むしろ後藤道夫の影響もあって、こと学説に関しては一定の独立性を保っているように思われる。日本資本主義の発展過程を企業社会化による社会統合の権威主義的再編成とリンクさせて論じる展開は、説得力がある。特に金融の最前線で働いている身からして、リアリティがあるのだ。しかし、新たな帝国主義化に対抗する勢力として称揚される市民運動労働運動への過剰な期待と対抗戦略として打ち出される「新福祉国家」というオチは、その現状分析の鋭さとは打って変わって拍子抜けの感がしないでもない。

 そこで僕なりに特に戦後の資本主義の変遷過程を整理するとこうなる(これは、8年前のまだ僕が20歳の大学生の頃に書き留めた文章を再掲することになるのだが)。資本主義は、抽象的に言うならば、自己の経験可能領域を無限に押し広げていく運動として機能している。すなわち、フラットな一元化の運動を内在させた機制といってもよい。その意味で資本主義は「外部」を求め、「外部」を”食い尽くす”ことでそれを内在化させていく。毛色の異なるはずのヨーゼフ・シュンペーターローザ・ルクセンブルクにも共通していることだが、資本主義は「外部」としてのフロンティアを求め、かつ当該フロンティアを食い尽くすことによって成長を維持する。利潤の源泉を投下労働価値説に依拠する「搾取」に求めるにせよ、あるいは共同体間の「差異」に求められるにせよ、あるいは「イノベーション」に求められようと、あるいは「植民地」に求めらるにせよ、資本主義の駆動する力学の作動因でもあり目的因でもあるのがこの「利潤」であることに変わりない。

 資本主義が歴史的な経済システムであること、それゆえ資本主義を駆動せしめるメカニズムに亀裂が走ると、当然それは資本主義の「危機」として認識される。資本主義が数度の恐慌を乗り越えてきたのは、資本主義が自身を自己修正してきたからである。しかし同時に、資本主義というシステムの安定性はそう自明なものでもない。確かに、恐慌は宇野弘蔵が論定した通り、資本主義の周期的なメカニズムの一契機にすぎないので、恐慌が原因で資本主義が崩壊するとは思われない。ケインジアンの政策が、資源インフレバブル崩壊に対して適切な処方箋を提起しえずにいることから、その権威が失墜したわけだが、さりとて、主流派経済学でも上手くいっているわけでもない。

 巨大株式会社の形態で主として重化学工業を発達させてきった列強の資本が、過剰資本の投資領域を拡張しようと世界分割戦争を繰り広げたのが20世紀前半の資本主義の特徴であった。この要因は、過剰資本を吸収する内部的有効需要を創出しきれなかったことにある。1950年代以降は、金融と産業をつなぐ金融資本の組織性が耐久消費財を中心とする重厚長大設備投資を実現していく経済システムへと転化していった。

 米国を中心とする資本主義世界の協調路線・通商拡大路線が安定的な国際通貨体制とともに冷戦構造を支える政治経済秩序とされ、これにより先進諸国の安定的な高度成長がもたらされたのである。冷戦下での巨大な軍事費支出は、生産能力の過剰を吸収する有効需要を創出し、派生的産業技術によって耐久消費財の多様化・高度化がもたらされ、その結果として、他の先進諸国の回復成長を助長しもした。他方で、先進諸国の耐久消費財中心の高度成長過程において、「第三世界」の諸国の経済はモノカルチャー化による単一の一次産品輸出に特化され、不利な交易条件を押し付けられたために停滞を極め、政治経済的混乱が反復される状況が常態化した。

 先進資本主義諸国はというと、ケインズ主義的政策によって完全雇用の維持と福祉の充実が第一義的課題として認識されてくるようになった。しかし、ケインズ政策では慢性的なインフレを抑えることが困難であることが後に「新自由主義」として総称される一派から非難が加えられ、米国や英国では1980年代のレーガノミクスサッチャリズムに見られるように、緊縮的財政金融政策によるインフレ沈静化、公企業民営化とそれにともなう労働運動への攻勢、情報技術の進展ならびにそれを利用したオートメーション化による非正規労働者の増大、企業の多国籍化による途上国低賃金労働者の利用拡大、労働力商品の供給制限、労働者の所得上昇の抑制ための法制度再編(日本でも労働法制の改訂、商法改正やその帰結としての会社法制定などに典型的に見られる)が資本の論理のもとに推し進められたのである。労賃コストを大幅に圧縮して自己金融化傾向を強め、過剰設備を抱えがちになったことが金融の投機的バブルに動員されやすい累積資本を生む土壌が形成されていった。そんな中、米国はドルの国際基軸通貨特権のために国際収支赤字を積み重ねても経済が維持できる地位を享受しつつ、他方で主要諸国はドル債権を外貨準備として蓄積していった。こうした大きな枠組みのもとで、金融の「中心」とその「周辺」との非対称的関係が固定化され恒常化され拡大化されいったというわけである。

 とはいえ、専ら経済理論として所謂「マルクス経済学」を新たに宣揚することに意味があるとは思われないし、理論経済学としての「マルクス経済学」は、このままでは使い物にならない。所謂「正統派」のマルクス主義に立つ者たちがエンゲルスやレーニンに倣って自然科学によってマルクス主義哲学の理説を主張してきたことは、宇野弘蔵も論文「『資本論』と弁証法」(『講座哲学』岩波書店)で言及している通り、「不見識の謗りを免れない」といえる。だが、現状の「政治経済学批判」の一つの契機をつかみ出す「道具」としては、マルクスの思考そのものは今もなお有効ではないかと考えている。これができるのは、「マルクス経済学者」ではない。十分な社会科学的知見をバックにした哲学的分析こそのなせる業である。社会科学者は体系への懐疑を欠落させている。我々の生は多分に資本主義の力学に絡めとられている。あるいは我々の生は多かれ少なかれ資本主義によって条件づけられており、冷戦終結後にその放縦な正体を見せているこの資本主義という得体の知れれないものを思考を通じて格闘すること。そこにこそ現在の喫緊の思想的・哲学的課題の一つが横たわっているはずなのである。

 だが残念なことに、哲学者は社会科学的知見に対する謙虚さを欠いている。これは自然科学に対する態度にも言えよう。哲学者が自然科学の諸問題の解決に直ちに貢献できるわけではない。とはいえ、物理学者が拠って立つ基礎的とはいえ、概念の理解が物理学の体系内部で完結させて理解されているわけでは必ずしもない。科学哲学でも問題になっているように、物理学者が使用する基礎的な概念の使用に見られる暗黙の前提に潜む哲学的問題は確かに存在するのである。その意味で、哲学が自然科学に間接的に貢献することはできるし、逆に自然科学の知見の刺激を受けて新たに哲学的思考が駆動することもありうる。問題は哲学者も自然科学者もあまりそのことに自覚的ではないという点だ。自然科学者は日々の仕事に追われて自らが拠って立つ基礎的な概念の使用に暗黙裡に潜む重大な問題を放置したまま、否、放置せざるを得ないほど忙しいから当面無視を決め込むも、忘却しようとしたこと自体を忘却してしまい、何ら反省的意識を失ったまま自らの営為を素朴に信じ込む「オメデタイ」人へと変貌し、惰性が募ってなおのこと硬直化する。対して哲学者は、自然科学的知見を得るのに必要な作業を億劫がり、自然科学の成果に対して、批判的視点を保ちつつも同時に謙虚に学ぼうとする姿勢を欠いている傾向にある。それゆえ、哲学者の発言にはしばしば科学に対する無知・無学が露見される。科学者の哲学的反省を欠いた能天気さも相変わらずだ。

 スノーがいうところの「二つの文化」が互いに没交渉なままだと、おそらく、人文的素養のある科学者に任せて、科学に全く不案内な人文系知識人についてはお払い箱にして構わないという議論が大勢を占めるということに至りつくだろう。こうした状況は決して望ましいことではない。哲学的問題意識を持たず単なる「技術屋」と化している凡百の科学者・技術者も確かに大勢いる。しかし彼ら彼女らは、それこそ実利上「技術屋」として制度的に生き残っていくことだろう。真理の探究に何ら貢献しなくとも。他方、人文系知識人は、人文知が直接的に実利に結びつかない以上(間接的にはありうるかもしれない)、不要な存在とされかねないのである。もちろん、そうなって欲しくない。それならそれで、人文系知識人も自らのフィールドに自閉するのではなく、様々な知を貪欲に吸収し、これに対して建設的な批判を通じた貢献が実利とは別になされることが肝要であろう。

 制度的に、日本の大学に設置されている哲学専攻は、正に哲学だけで完結できるようになっている。もちろん、科学哲学系ともなると論理学・数学基礎論あたりを事実上の必修扱いにしているところもあるかもしれないが、経験的な諸科学との並行学修はなされていない。僕の職場の同僚で英国のオックスフォード大学の修士にあたる課程を修了した男から聞いたところ、オックスフォード大学の哲学専攻者は好きな他の分野を副専攻として履修しなければならないとされる。例えば、数学、物理学、生物学政治学、経済学、国際関係論などから一つ選択して学修するプログラムである。そういう諸科学の学識とセットにしてはじめて哲学の知が磨かれるという考え故のことなのだろう。

 哲学は経験的対象をそのオンティッシュな側面において分析すること自体を目的とする学問ではない。それを超越論哲学というべきかはともかく、哲学における理性行使は多かれ少なかれ超越論的理性行使たらざるを得ない。「幾何学を知らざる者は、この門に入るべからず」とプラトンが言ったか言わずかは知らないが、自然を対象にせざるを得ない存在論や認識論などにおいて、現在の自然科学的知見を一切見ない哲学と堕しては、単なる戯言と変わらない。元々哲学者は「自然学者」でもあったし、metaphysicsは、physicsなくしてありえない。今も刺激的な哲学は17世紀から18世紀の哲学(ライプニッツヒュームは、今もなお最先端科学と応接可能な哲学であり、その可能性の幅は20世紀の哲学よりも広いかもしれない)であるように、自然学(現代では異常に細分化されてしまっているから、全く同じに解するわけにはいかないとしても)との緊張関係の上に思考が促されているがゆえに、高度な哲学的思惟がその輝きを放っていたにもかかわらず、現代哲学は特に現象学を筆頭に自己完結的でつまらないものと化してしまっている。

 現象学は、現象学自身によって基礎づけられることにより自己完結的であろうとする。いわば「現象学の現象学」の遂行を試みようとさえしている。まるで哲学上の「自己責任」といわんばかりに。オイゲン・フィンクにより継承された『超越論的方法論―第六デカルト的省察』(岩波書店)の問題意識は、それに貫かれている。確かに、現象学の当初の目的、自然諸科学の基礎づけのプロジェクトに組み込まれていたところを見ると、方法としては完全に誤っていると思われるものの、緊張関係が全くなかったとは言えないかも知れない。『形式論理学超越論的論理学』(みすず書房)などの「確定的多様体」の議論などは、その一例である。公理系の標準モデルとは、公理系定立に伴って志向される一意的対象領域たる多様体である。数学における演繹は、この志向された一意的標準モデルについての演繹なのであるからこそ有意味なのであるが、こうした標準モデルの概念は、構文論的規定性とは異なる数学的厳密性を考える上でも重要な示唆を与える。その意味で、フッサールの『論理学研究』(みすず書房)と『形式論理学と超越論的論理学』は、現象学の可能性の極北ではないだろうかと思われるのである。しかし結局は、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(中公新書)の中の案山子を標的にしているに過ぎない「ガリレイ」批判と「生活世界」論に貶せられ、後期のフッサールの思考は、フッサールの意図とは別に、後の現象学者の自然諸科学に関する無知の弁明とその正当化の道具として機能するようになった一面があること否めないだろう。

 現象学は産業資本主義に照応するイデオロギーとみることもできなくはない。仮に現象学を使って思考するなら、現象学でいう「超越論的領野」は、今なら「金融市場」(これは具体的な金融マーケットを意味するのではなく、何らかの価値の交換される場としてという意味である。超越論的領野とは意識に内在するものではなく、そこに於いて思考し、そこに於いて行為する基底的な場、すなわち社会的交通空間というべき場として強引に読み返すのである)のことだと強引に読み替えて(現代に生きる個々人の社会的紐帯を基礎づける可能性の条件となっているからである)、金融資本主義化に対応した使い方を試みたい。

 そうやって社会科学との接点をもとめることもできないわけではない。しかしそのためにも、「政治経済学批判」としてマルクスを読み直す必要がある。マルクスは、周知の通り、「マルクス経済学」なるものを体系化する意図などなかった。マルクスの意図はあくまで「政治経済学批判」である。社会の現状の認識と社会を対象として営々と理論体系が形成されてきた社会科学への見識をもちつつ、それを批判的に捉え返す便として、虚心にマルクスと向き合って格闘するに相応しいのではないか、もしやこれから面白いマルクス研究が哲学の分野から登場することになれば、と思うのである。何もサルトルのような路線で行けというのではないが、サルトルの『弁証法的理性批判』(人文書院)みたいなマルクスとの応接をものした大著が登場してくれないかと思うのである(『弁証法的理性批判』は物理的な量の多さだけでなく、必ずしも立論の筋が整序されて書かれているわけでもない上に、時に酒でも飲みながら書き殴っていると思われる箇所がいくつもあるので、レヴェルは段違いながら本ブログのように読みにくいことこの上ない。『存在と無』(ちくま学芸文庫)や『弁証法的理性批判』の序文をかざる『方法の問題―弁証法的理性批判序説』(人文書院)と比べても破格の難解さである。しかも、この世代の特徴なのか、やたらと冗長である。この冗長さを蓮實重彦山内昌之との対談本『20世紀との訣別ー歴史を読む』(岩波書店)において第三共和政的知識人の書く文章の特徴と捉えている)。

 佐藤嘉幸・廣瀬純『三つの革命ードゥルーズ=ガタリ政治哲学』(講談社選書メチエ)が出された。買ったはいいものの、まだ腰を据えて読んではいないのだが、パラパラとページを繰る限りでわかることは、この書はドゥルーズとガタリとの連名で書かれた三つの書物、すなわち『アンチ・オイディプス』、『千のプラトー』、『哲学とは何か』(いずれも河出書房新社)が、「いかにして資本主義を打倒するか」という一貫した戦略のもとで書かれたテクストであり、それぞれの時代状況に応じた各々のテクストに現れた固有の戦術を明らかにした上で、それに照応する一見相異なる社会運動反資本主義という文脈において捉え直すことを目的に書かれている。つまり、これら三つのテクストをあくまで政治哲学の書として読み解こうとするのである。そのため、文体も歯切れの良い切迫した文体になっており、筆者がこの時期にどうしてもこれだけは言っておかねばならないという焦りの感情すら滲み出ているように思われる。

 ドゥルーズと政治というテーマについて主として二つの立場に分かれてきた。國分功一郎『ドゥルーズの哲学原理』(岩波全書)の冒頭にも触れられている通り、「政治的ドゥルーズ」、「非政治的ドゥルーズ」のいずれが実相かという争いである。スラヴォイ・ジジェクアラン・バディウなどは、ドゥルーズは本来政治には関心のない哲学者であるという見方が「非政治的ドゥルーズ」の描像であるのに対して、ドゥルーズのテクストから何らかの政治哲学的に含意を引き出すことに意義があると考えるネグリやハートのような立場もあり、ここでの描像が「政治的ドゥルーズ」とすると、少なくとも日本国内に出ているドゥルーズに関する書物は、「非政治的ドゥルーズ」の像が強く押し出され、「政治的ドゥルーズ」の像が前面に押し出されることは稀でしかなかった。そんな日本の言論状況に苛立って執筆に踏み切ったのかもしれない。我々の生を条件づけている資本主義がいよいよその凶暴な姿を現し始めている現在において、哲学者は何悠長に構えて見せているのだ、という叫びの声でもあるようだ。そもそも、「フランス現代思想」とは、その言説の曖昧性やいい加減さに対する評価を別にすれば、当初から専ら政治的な闘争の場であったはずである。その闘争は、総じて我々の生を条件づけている資本主義に対するあからさまとまではいかぬ不要な謙抑性に彩られていたきらいはあれど、銘々の足場に立脚した政治的闘争であった。その意味で、市田良彦の診断は正しいし、見せかけの「非政治性」の持つ陰険な政治性に対して敏感になる気持ちも理解できる。第一、「フランス現代思想」を哲学・形而上学として読もうとしたところでさしたる成果は期待できそうもない。そんなことなら、よりましな哲学・形而上学の書物は「フランス現代思想」以外のジャンルがより精緻な思考を働かせているはずであって、「フランス現代思想」に魅力があるとするならば、その政治性の持つ魅力でしかない。

 この点で、柄谷行人の『世界史の構造』(岩波書店)は、ある意味でマルクスの遺産を独自な仕方で継承した仕事であり、宇野弘蔵や鈴木鴻一郎の理論を上手に取り入れた立派な仕事だと思われる。こうした変化の兆候を『トランスクリティークカントとマルクス』(岩波書店)に見て取ることができよう。柄谷の「マルクス回帰」というべきかはともかく、顧みるに、80年代から90年代中頃までの仕事が酷い有様だっただけに、この「回帰」は喜ばしいものであった。柄谷行人の現在の仕事を評価するが故に敢えて何度も強調することになるが、80年代から90年代中頃にかけて、柄谷自身の言うところの「形式化」にこだわって(形式化すること自体は別に問題ではない)、「自己言及パラドクス」だの「ゲーデル問題」だのと言って悦に浸り自惚れ鏡にポーズを決め込む柄谷行人の仕事は、全くのデタラメであったと言っても過言ではない。

 ゲーデルの定理を哲学体系の議論に直に当てはめる愚は、ちょうどジャック・ブーブレスが『アナロジーの罠ーフランス現代思想批判』(新書館)において、特にレギス・ドブレなどが社会や共同体の問題に対して何の前提もなくゲーデルの定理を濫用している点を指摘したことにも現れている通り、柄谷行人のみならずフランス現代思想系の思想家にも見られたファッショナブル・ナンセンスであって、批判に対する居直りともとれる態度は知的不誠実の極み以外の何物でもなかった(アラン・ソーカルとジャン・ブリクモンによる『「知」の欺瞞ーポストモダン思想における科学の濫用』(岩波書店)に対するジャック・デリダの反論は、批判に対して正面から答えておらず、論点をはぐらかすばかりで、知的誠実さとは程遠いものであり、この点につきブーブレスが的確なデリダ批判を展開している。ジョン・サールとの論争にしてもそうだが、何かにつけてはぐらかす手法に苛立ちを覚える者は多かろう。その代表格がウィラード・クワインである。とはいえ、デリダの思考には優れたものがあり、初期の『「幾何学の起源」序説』(青土社)は、明晰なフランス語で書かれ、後の「差延」の概念が見てとれ、その中におけるメルロ・ポンティのフッサール解釈に対する批判も的確で、きわめて筋の通った論文になっていた)。

 そもそもゲーデルの定理は、「自己言及のパラドクス」とは何の関係もない。1931年のゲーデル論文を読めば、多少の論理学の知識がある者なら、ゲーデルの定理が「自己言及のパラドクス」なるものを明らかにしたなどとは読みようがない。柄谷行人ではないが、ゲーデルの定理について、これを人間の理性の限界や人間機械論への反駁を決定づけたものとして理解する言説がポピュラーサイエンス本などで一時期流通したが(その典型は、吉永良正『ゲーデル・不完全性定理ー猴性の限界爐糧見』(講談社ブルーバックス)であろう)、これも端的に誤りである。ゲーデルの定理は、初等整数論が整合的であるならば、その肯定も否定も定理では証明できない式が存在することを主張するものであって、ゲーデルの定理そのものは真であり何も「自己言及のパラドクス」なるものを抱懐した定理であるわけではない。「論理体系は必ず不完全であり、いかなる論理体系であろうとも全ての真なる命題を証明できない」などということも意味しない。不完全性定理とは、いかなる論理体系でも証明できない真なる命題を持つと主張するものではなく、極めて特殊な高階述語論理で体系づけられる数学の命題を表せる非常に強い論理体系においては、真でありかつ証明不可能な命題を見つけ出すことができるという定理なのであるから、自己言及や自己参照ないしは自己指示(要するにself-reference)の一般的不可能性を意味するわけでも何でもないのである。これは解釈云々以前の問題であって、「ゲーデル問題」云々と言っているのは、数学・論理学の論文が単に読めていないというに等しい。ラッセルのパラドクスか何かと完全に誤解した上での与太話であったということで決着はついている。

 したがって、柄谷行人に見られる完全に誤った理解に則り、それを土台として議論構築している東浩紀存在論的、郵便的ージャック・デリダについて』(新潮社)は、初っ端から議論が破綻しているわけである。こういう妙な論考が雑誌『批評空間』に連載され、サントリー学芸賞まで取ったというのも、この時期の柄谷行人の悪しき影響として歴史に記録されることになるだろう(もっとも、この仕事を全否定するつもりはない。東浩紀は、柄谷を前提することなく立論すれば良かったわけだ。もっとも柄谷行人の思索を大前提とした立論なので、柄谷に捉われずに論じられたかどうか、大いに疑問なのだが。ただ、東浩紀の責任というよりも、当時まだ20代だった東浩紀を結果的に誤らせてしまった柄谷行人や、『有限責任会社』(法政大学出版局)にて「決定不可能性の完全性」だの意味不明な与太を飛ばしたデリダこそ責めを負うべきでかもしれない。優秀な若者を結果的に騙したわけだから。ともあれ、ほとんど意味不明なパフォーマティブな言説で埋め尽くされた中期デリダの思索について何とかこれを合理的な理解にもたらし、コンスタティブな言説として組み直そうとして体当たりした東浩紀の意欲は肯定されるべきである)。

 自己言及的システムについて論じるならば、その参照項はゲーデルではなくルーマンであれば、まだ理解できただろう。というのも、ルーマンは機能的に分化した社会システムを自己言及的システムとみなしているからである。自己言及的システムとは自己自身に関係しなければならないシステムのことである。システムがパラドクスによって自壊しないためにその都度の状況に応じて脱パラドクス化される必要があるものの、この脱パラドクス化は、パラドクスの一時的不可視化であるに過ぎないことを論定するという構えになっているからである。そして、この点についてはルーマンのみならずルーマンについて研究している長岡克行による堅実な研究が参考になるはずだ。

 対して、この時期の柄谷行人の戯言を『成城だより』(講談社文芸文庫)において「数学的妄言」だと適切に指摘した大岡昇平の卓見が際立つ。その毒舌ぶりは「ケンカの大岡」との異名を持つ大作家の面目躍如たるものがある。大岡昇平は、70歳を超えてもなお、数学者に個人教授してもらって、数学基礎論やら位相幾何学などを吸収していった。連続体仮説選択公理、果ては圏論まで貪欲に勉強していた(定評のある圏論のテキストとして有名なマクレーンによる『圏論の基礎』(丸善出版)に目を通せばわかろうが、読み通すにはかなり骨が折れる教科書。もちろん、大岡昇平の存命中には、本書のような圏論の本格的なテキストは日本語では出されていなかっただろうから、語学の堪能な大岡昇平のことであろうから、外国語のテキストから学んだのだろう)。井上靖との「蒼き狼」論争にしろ、森鴎外の『堺列挙始末』を批判した『堺港攘夷始末』(中公文庫)にしろ、納得のいかないものに関しては徹底的に調べ上げ、理解できたことだけを正直に語るという知的誠実さのお手本のような存在というべきかもしれない。

 再度言うように、現在の柄谷行人の仕事を評価すればこそ、この時期の仕事のデタラメぶりを指摘するわけだが、『批評空間』の共同討議「ドゥルーズと哲学」(柄谷行人『シンポジウム3』所収)を読むと、我田引水牽強付会夜郎自大な言辞が飛び交い、ゲストの前田英樹と財津理が少々気の毒に思えるほどであった(もっとも、前田英樹の『小林秀雄』(河出書房新社)は、いささか贔屓のひき倒しという面なきにしもあらずで、小林秀雄を無理矢理にベルグソンやドゥルーズに引き寄せて読み込むものだから、小林秀雄の思考なのか前田英樹の思考なのかが判別し難いものになっていて残念の一言。もっとも、前田英樹が好む小林秀雄といい小津安二郎といい保田與重郎といい、僕の好みとほとんど重なるので、気になる思索者であるには違いないのだが)。蓮實重彦とは論点がズレていたので話は当然噛み合わず(ドゥルーズはジャン・ルノワールに負けているだの、映画は哲学者の手に負えないだの、人を誑かす舞文曲筆を弄して、それはそれで面白いのだが)、潜在的なものの存在論の解釈にしても浅田彰と前田英樹の会話は噛み合わず、中でもにドゥルーズの哲学を整理する財津理に対しては暴言とも取れる言辞を柄谷行人が弄しているわで、はじめから喧嘩を売ったような内容で、建設的な討議がなされたとは思えない討議内容である(喧嘩腰なのは別にいいねだが、喧嘩には喧嘩の礼節というものがあろうもの)。しかも、柄谷行人がまたもや「形式化」が云々とインチキ与太を飛ばすものだから(蓮實重彦が、ドゥルーズにはハナから形式化への関心なんてものはない、と間接的にたしなめる場面もあったが)、途中で放り投げた読者も多かったのではないかと思われる(浅田彰による冒頭の整理は、僕とは若干解釈の相違はあれど、相変わらずの手際の良さである。但し、『近代日本の批評』(講談社文芸文庫)における戦後批評史の整理は時間がなかったせいか、かなり手抜き仕事であろう。それに谷澤永一のかなりまともな仕事である『大正期の文藝評論』(中公文庫)に対して、適切な評価をしていなかったのも不満の一つである。もっとも谷澤の専門外の著作はロクでもないものばかりだが、それでも国文学書誌学関係ではまともな仕事があることを認めるのがフェアな態度というものだろう)。

 とまあ、この時期の柄谷行人の仕事は散々だったわけだが、ようやく正気を取り戻してまともな仕事を再開していることは、日本の思想界にとって良いことだととりあえず言っておくべきかもしれない(但し、この時期の仕事ではあるが、例えばフレドリック・ジェイムソンとの共同討議「湾岸戦争以後」は、ジェイムソンよりもむしろ柄谷行人の見方が正しく、事実そうなっているという点も強調されて然るべきかもしれない。マルクスを語るときの柄谷は安心できることは確かである。『資本論』をまともに読んだことがはっきりと見て取れるからである)。