京極夏彦『魍魎の匣』レビュー

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)

・100字レビュー

百合的な少女二人の友情。不器用な刑事の恋。小説家同士の軋轢。マッドサイエンティストの秘密基地。匣(はこ)を売りつける宗教団体。そして四肢を切断された匣詰めの少女。一見バラバラの要素がみっしりハマる匣。

・長文レビュー(約2,500字)

400字詰め1,000枚ほどのデビュー作『姑獲鳥の夏』を上回る分厚さの「百鬼夜行シリーズ」第2弾は、百合的な少女二人の友情、不器用な刑事の恋、小説家同士の軋轢、マッドサイエンティストの秘密基地、匣(はこ)を売りつける宗教団体、そして四肢を切断された匣詰めの少女といった、一見バラバラの要素がみっしりハマる匣のような本。

いま「バラバラ」と書いたように、東京都武蔵野市などで発生した「連続バラバラ殺人事件」を解決させるのが本書の主なストーリーである。時間軸は前作に続いていて、前の事件の話なども出てくるが、単品でも読める作りになっている。

冒頭いきなり出てくる『匣の中の少女』という幻想小説の作者は、久保竣公(くぼしゅんこう)なる新人作家で、出版社期待のホープ。そんなこともあって、売れない作家の関口巽は彼を毛嫌いしている。

『匣の中の少女』は四肢を切断された少女を匣詰めにして持ち歩く話で、バラバラ事件の犯人に影響を与えた可能性が指摘される。

江戸川乱歩押絵と旅する男』が基礎になっているような感じだが、そちらは生きているように見える立体的な押絵の少女に恋した男が、自分も押絵の中に入ってその少女と暮らしたいと願う話なのに対し、『匣の中の少女』はどうやら生きているらしく「ほう」と奇妙に鳴くのである。

次に平凡な14歳の中学生・楠本頼子が、勉強もスポーツもできる同級生の美少女・柚木加菜子に寄せる複雑な感情が描写される。頼子は加菜子の首筋にニキビを見つけ、学校で教わった「天人五衰」なる熟語を思い出す。

「天人」は普通の人間より秀でた超人もしくは仙人を表す仏教用語で、その「天人」といえども寿命があり、死の兆しとして現れる五つの衰退のこと。その中の「身体臭穢(しんたいしゅうわい)」がニキビに相当する身体のケガレ。三島由紀夫が自決直前に書き遺した『豊饒の海』最終章の題名としても有名だ。

そしてその直後に加菜子は中央線に轢かれて重傷を負うのだが、その時に一緒にいた頼子は記憶が混濁していて、何が起きたのか覚えていない。もしかすると友情を超えた感情を抱いていた完璧なはずの加菜子にニキビを見つけ、それにショックを受けて自分が線路に突き落としたのかもしれないと不安になる。

それは加菜子に訊けば分かるはずのことだが、動けないほど大怪我を負ったはずの彼女は、病室から忽然と姿を消してしまう。誰かにさらわれたとしか考えられない状況だ。そうすると最初から彼女は狙われていて、誘拐犯は突き落とした人物と同じかもしれない。

他にも行方不明の少女が出ていて、その一方で少女たちの手足だけが発見されていた。刑事の木場から相談を受けた、古本屋店主にして神主かつ陰陽師京極堂こと中禅寺秋彦は、匣を売り付ける宗教団体「穢れ封じ御筥様(おんばこさま)」の存在に気付き、さらわれた少女たちの親が皆、その信者であることを突き止める。

そして得意の憑き物落としによって御筥様の教祖を追い詰めるが、しかし少女たちの誘拐とは関係ないことが分かり、事件はさらに迷宮入りする。

本シリーズは戦後まもない昭和初期を舞台にしていることもあり、京極堂や関口の友人の中には戦地で知り合った者もいる。しかし京極堂は戦時中、前線に出ていたのではなく、特殊兵器を作る731部隊に所属しており、マインド・コントロールの研究をしていた。それも憑き物落としの役に立っていたようだ。

それにしても京極堂の過去は謎すぎて驚くが、乱歩の明智小五郎島田荘司御手洗潔といった名探偵もそうだったから、ある意味それはミステリの王道的要素なのだろう。

その部隊の上司に美馬坂幸四郎なる天才外科医がいて、重傷だった加菜子は彼の研究所で高度治療を受けていたのだが、その病室のベッドから急に消えてしまったのである。

刑事の木場は加菜子の姉・陽子に恋心を寄せていた。というのも陽子は過去に銀幕のスタアだった時期があり、木場は彼女のブロマイド写真を持ち歩くほど熱狂的なファンだったのだ。

というところで冒頭に記したバラバラなエピソードは書き尽くしたことになるが、それらの出来事が一体どうして繋がるのかについては、読んでいただくしかない。もしくは実写映画化もされているので、それを観てから読んでもいいだろう。

銀幕スタアだった設定の柚木陽子を演じているのが黒木瞳なのも見どころ。なお著者のデビュー作でもある前作『姑獲鳥の夏』も映画化されていたが、そちらは原田知世が珍しく妖艶な演技をしていて、合わせておススメしたい。

最後に書名につけられた「魍魎」について説明しておこう。前作の「姑獲鳥」は単体の妖怪だったが「魍魎」は何の妖怪なのか不明だが、とにかく妖怪であるらしいことだけは何となく分かる「未確認妖怪の総称」だ。そういう点で現状「百鬼夜行シリーズ」最新作である『邪魅(じゃみ)の雫』の「死神を呼び寄せる妖怪の卵」的な「邪魅」にも近い曖昧な存在である。

かくしてこのレビュー自体からして曖昧なものになってしまったが、古い記憶に基づいて書いているので、内容に誤りがあったら申し訳ない。

なお最新の文庫版では、ニンテンドー3DS用ソフトであるコナミ恋愛シミュレーションゲームNEWラブプラス』とのコラボで、そこに出てくるヒロインのひとり「姉ヶ崎寧々」が表紙。「姉ヶ崎寧々」はゲームの主人公がバイト先のファミレスで知り合う1学年年上の先輩で、大人っぽく見られてるせいか何かと頼られてしまうのが嫌で、主人公にも敬語を使わぬよう頼む。そんな彼女の趣味はオカルトやホラーで、この作品は愛読書としてゲーム内にも登場している。

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