インタラクティヴ読書ノート別館の別館 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

 玄関  別館  amazonインスタントストア

2006-09-21

[][]ベーシック・インカムと「勤労の義務」 ベーシック・インカムと「勤労の義務」を含むブックマーク

 憲法学では、憲法27条1項が規定する勤労の義務と憲法25条との関連で、勤労の義務を果たさない者、すなわち、勤労の能力があり、その機会があるのにかかわらず、勤労しようとしない者に対しては、国は、その生活を保障する責任を負わないと解する説が、有力説ないし多数説である(野中他『憲法機有斐閣〔野中俊彦執筆〕、遠藤美奈「『健康で文化的な最低限度の生活』の複眼的理解」斉藤純一編著『福祉国家社会的連帯の理由』ミネルヴァ書房)。その意味で、最近わが国で注目されているベーシック・インカムの構想も、それが稼働能力ある成人も含め一律に金銭給付を行う趣旨であれば、わが国憲法構造下での実現可能性はきわめて低いといわざるを得ない。

菊池馨実「社会保障規範的基礎付けと憲法」『季刊・社会保障研究』第41巻第4号、317頁注21



 憲法27条1項が定める勤労の義務は、勤労の能力ある者がその機会があるのに勤労しないときには、生存権労働の権利の保障を国に求めることはできない、という限りで法的意味を持つ(生活保護法4条1項、雇用保険32条1項、2項)。

樋口陽一『憲法』創文社、169項



 憲法27条1項は国民の勤労義務を定めている。これは、人が労働にいそしむべき道徳的義務を負うことを宣言しているにとどまる。金利などの不労所得によって生活することを法律で禁止し、勤労を法的に強制するならば、かえって憲法18条および19条違反の問題を生じよう。また、勤労所得と不労所得の区別自体きわめて困難である。(中略)

 生活保護法4条1項や雇用保険法4条3項が、生活扶助や失業保険金の給付の前提として、働く能力や意思の存在を前提としていることを、憲法の定める勤労の義務の帰結とする見解も存在するが、勤労の義務が憲法上定められていない限り、このような規定に憲法上疑義が生ずるとするのであればともかく、そうでない限り、この種の規定は立法裁量に委ねられたものであって、勤労の義務が憲法に定められているか否かとは関係がない。

長谷部恭男『憲法(第3版)』新世社、105-106頁


 ふーん。

追記(9月22日)

 濱口先生のご教示。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_90fd.html

 長谷部説ではまずい、ということでOK?

 でも基本書って判例の話はあっても立法過程の話まではあんまりないよね。

 古き良き労働・社会政策畑の人間はそういう話好きだったんですが(イギリス労働・社会政策についての戸塚秀夫・中西洋ら大先生がたの業績、下っては治安警察法についての上井喜彦、戦後労働法についての遠藤公嗣、戦後社会保障・社会福祉制度についての菅沼隆といった諸氏のお仕事とか)、最近は流行らんのかな……。

BUNTENBUNTEN 2006/09/21 22:29 私は勤労は権利だと言いたい。俺に食える仕事をよこせ。かーちゃん返せ。

>勤労の能力ある者がその機会があるのに勤労しないときには

俺に勤労の機会くれ。切実にくれ。m(_@_;)m>政府

ロー生ロー生 2006/09/25 20:19 いや、長谷部説はそんな一筋縄ではいきません。「憲法」の法源論のところなどを参照。

shinichiroinabashinichiroinaba 2006/09/26 13:51 長谷部憲法の1.3を読んでみたのですがよくわかりません>ロー生さま

ロー生ロー生 2006/09/28 20:18 こっちのほうがわかりやすいかも。
3.2憲法9条の解釈「ある法律の成立の経緯、あるいは起草や審議にあたった人々の考えは、その法律の解釈を決定するわけではない。法としての効力を有するのは、あくまで条文に定式化された限りでの立法者の意思である。」法律もそうですが、議決されるのはその法文にたいしてであって、制定過程にたいしてではないんですよ。もちろん違う学説はあるけど、私は法の支配というか立憲主義の観点からはこっちが妥当かなと考えます。まちがってたらだれか突っ込んでこださい>ハセビアンの方々。

shinichiroinabashinichiroinaba 2006/09/28 22:53 「あたしは制憲者(立法者)意思なんてあんまり信用しないわよ」とはB助教授もおっしゃってますな(『Interactive憲法』6章)。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20060921/p2